TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『女舞剣紅楓』道行寝みだれ髪

今年1月から続けてきた『女舞剣紅楓』翻刻も、今回で最終回です。

 

いままでの翻刻

 

 

 

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道行寝みたれ髪

恋に染木や茜屋の。半七が身のうきつらさ。おなじ美濃屋の三

勝と。つばさかはせしかさゝぎの。かさのやどりの。かりぶしに。いひか

はしたることの葉も今は二人が身の上に。かゝる涙の玉つばき。

千代も。八千代といのりたる思ひすごしのいとしさが。あだとなり行

我中の。お通が事や親々の。歎キに心ひかされて。つきぬ名残の数々を

袖と。袂に。引しめて。今宵限りに捨し身も雪のふる日は寒ふこそ。

 

 

 

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あれ見かへればふくる夜の。なんばのかねにつく/“\と。思ひ出せば今頃は。おれ

とそなたが添ぶしの。中にお通を抱きしめて。いくつにならはどうしてとよくな事

をば言イあかし儘ならぬ身を。かこちては。泣キあかせしもいく夜さか。積り/\て

人目さへ。忍ぶ涙にかきくもるほんに思へばふかい縁。ちよつと見初メてとけ

そめて。水の出ばなのさかりには。浮名の立が嬉しさに。わしがすゝめて

其手には三勝夫トと入レぶくろ。思ひ染込二つ紋。ついの小袖についのおび。

はでなありたけしつくしてかはいらしいか身のひしと。思へどかひも嵐吹。木々

 

の落ち葉の。はら/\/\。ちらり。ちら/\吹はらふ顔に。ふゞきの花の露。持チ

こし髪のつやぬけて。倶にすあしの釘氷。消る命は惜まねど。かげ何と

なく物すごし。木津や今■跡に見て。心細さと悲しさを見合す涙そむけ合。

常覚へたる道さへも心の闇にうか/\と。やぐら目当に浜茶やの。なじみ/\が。

寝入ばな。おくり迎ひと籠もたへ。今は誰をか忍ぶらん。あすは浮世の。口の

葉に。世話狂言と成ルならば花井東が念仏に。一座なじみのゆかりなる

悪かうを。せめて手向草。水の流れも。すむほしのひかりも薄

 

 

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く明ちかき。四方の初ツ雪見はてんとあはれなき身の一トふしや。何ン

の因果にしやばにきて。いきてそはるゝ身でもなし。歌の心も。身の

上も。いづれかはらじ川浪の。誰ちぎりをは相生の。橋の名さへも浦山し。

迚もかくても此身には。人を殺せし罪とかのおもたきがうへのさよがらす。

かはい/\とないて行。我々も早先キへ火屋の煙の立のぼる。無常の浮世

爰こそは。逢始より今迄の恋し床しい。にくいかはゆい恨もあたも。

最早捨ゆく千ン日の最期。場にこそつきにけれ。

 

二人は暫し。立別れ。露の命の置ク方を。思ひ極めて半七がすぼめる傘の柄にすがり。

ほんにわたしが舞の名代はかさや。死る今迄此かさのやどり。暫しの縁といふしらせかとお

もへば。心ぼそふござんすと。涙にむせぶ顔さへも。雪のふゞきにことならず。とても詮方なき命

早々用意とすゝむれば。コレ半七様ン。其上着を脱で下さんせ。訳もない事斗。人は生キ恥より死

恥。そなたも見ぐるしうない様にと。いふにせきくる。うき涙。去ながら死る時には。経帷子を着ルと

やら。親の歎キ子の別れに一ツ遍の念仏さへ。涙にくもる迷ひの闇。未来の程も覚束ない。せ

めて上ハ着をぬぎ捨れば此世の迷ひもぬぐ心。寒からふかしらね共と。あどなき詞のふびんさ

 

 

 

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に。二人リが倶にとく帯も。過キし逢夜に引かへて。今は形見と成やせん。心も倶に空蝉のもぬけ

のからを三勝が。かさを衣桁にかけならべ。妻と/\を引寄て。結ひ返せば半七が。ハテぐちな事斗を

と。いふよりわつと泣出し。アレあの。お前の小袖のつまには。お園様ンの紋所桐のとうの三つ重。契り

こそはぬすむ共心の御縁はぬすむまいと。私が心の言訳に兼て付ケたる筐のきぬ。私がつまにはお

前の定紋一ツ巴。どふぞ未来はお園様ンと。夫婦の御縁のはなれぬ様に。今迄仇にさせませし。せめ

て私が罪ほろぼし。とはいひながら此世斗の縁かと思へば。わしや。それが。/\悲しうござんする。ふ

便と思ふて下さんせとかきくどきたる。うき歎きいつれ。わりなき折からに。はやしのゝめの

 

空すめば。死そこなひは恥の恥用意/\と一ト腰を。ぬきはなせば手を合せ。なむあみだぶつ。

/\。コレ申。今いふ通り。義理にせまりし此身なれば。未来の夫婦はお園さん。其さきの世

は。やつはりわしと女夫じやぞへ。ヲ丶道理/\。いひかはした事忘れはせぬ。コレ是を見や。そなたを殺

すと心得て。長九郎めを殺したる此血。其又脇指で。終にそなたを殺すといふも。とても遁れ

ぬ定り事。思ひかへせはかへす程。大恩ふかき二親の歎き。ア丶ふ孝者義理しらずと。我レと此身

があさましい。わたしとても。とゝさんや姉さんの。お歎きが思はれて猶悲しい。イヤこれ。そなたはあべ

ので。お通めが顔を見やつたかや。見よふと思ふたれと。親御様やお園さんのお心根がいとしぼ

 

 

 

 

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さに泣てばつかりゐた故に。横顔を見た斗。それで今もお通が顔が。目にちら/\とするはい

な。おれも寝顔を見るやうなと。顔見合せてハアはつと。身もよもあられぬうき涙ことはり。

せめてあはれなり。とても角ては詮なしと。心をおさめ用意はよいか。なむあみだ仏。なむあみだと。

突通さんと指付クる。抜キ身わな/\手もわな/\乱れ心を。三勝が。ア丶比興なと一ト筋に。覚

悟する程気もおくれどうどふして。歎キしが。夜も明ケ人に身付ケられ憂目を見する心かと。女の

詞にいさめられ。げにもと心を取リ直し眼をふさぎ観念し。ぐつとつつ込ム今端の刃。はつと玉ぎる

だんまつま。顔色かはり目を釣上手足をもがく四苦八苦。顔ふりそむけ取リ乱すな。南無あ

 

みだ仏。/\未来で。/\/\と。詞の内にひい/\と息も次第に尽果て。刃を抜ケばかつくりと

師走七日の夜の雪消てはかなく成リにける。血押シぬぐひ脇指を。取リ直さんと思へ共。いとしかはい

の執着に。握り詰たる刃の柄。手をはなれねは気をおさめ。我レと我手に喰切ツて。手さき

ゆるめばはなれ落。おつる心を取リ直し。死骸かき寄降雪で。血ふきはらひ小袖をきせ。思ひ切

たる心にも。かはり果たるふひんやと。跡は。涙にくれけるが。ハアおくれたり/\。早追ツ付カんなむあみだ

と。くつと突込釼の紅葉血汐の茜屋半七も。浮世の夢はさめにける。かゝる所へ半兵衛

夫婦お通をせなに嫁のお園。ヤア半七様ン。三勝。もふ事切レたか。おそかつたと。わつと四人が

 

 

 

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歎ケきの中。市蔵小勝が跡よりも勢ひきつて平左衛門。善右衛門に縄をかけ。二人がさい

ごふ便ながらいふて返らぬ昔語り。善右衛門長九郎が。永代帳に贋筆し。工の段々顕れ

て。市蔵様の科もゆり。其儘本家を御相続。コハ有がたや目出度やと。歎ケきの中

の悦びに。勝次郎か一命チを願ひ請て見る斗リ。先ツ々お立と悦びの。ひらく花咲詞さく。■

竹の葉の末ながく松の。千歳ぞ目出度けれ

 

(終)

 

 

 

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くずし字のサイトや辞書、近世語の辞書を引きながらの牛歩ぶりではありましたが、くずし字を勉強しようと思ったきっかけの作品を実際に一冊自力で読み終わることができて、よかったです。大人になると知識の積み重ねはしても、基礎的な学習をすることはそうそうないので、そういったものに地道に取り組むという点でも、大変勉強になりました。お読みいただいた皆様も、ありがとうございました。