TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『女舞剣紅楓』二巻目 先斗町貸座敷の段

翻刻浄瑠璃 『女舞剣紅楓』の翻字二巻目。

『艶容女舞衣』において半七は親に勘当されたお坊ちゃんという設定だが、その先行作である『女舞剣紅楓』では設定がやや異なる。

半七が大和五條の茜屋の跡取り息子であることは同じ。しかしポジションや性格に違いがあって、『女舞剣紅楓』の半七は茜屋主人である父に命じられて、大坂の大店「宇治屋」へ出向している。現在は半七は手代の立場で若旦那・市蔵の京都行きへ同行し、世話を焼いている設定。仕事をちゃんとしていて、周囲への目配りができる結構なしっかり者。また、茜屋は半七の父(半兵衛)が宇治屋の先代(市蔵の父、現在隠居)から独立して開いたという設定になっている。

本作オリジナルの登場人物、市蔵は隠居した父から家督を譲られたれっきとした若旦那でありながら、相当なポワポワボンボンで、無邪気に遊び歩いている。市蔵には遊女の小勝という恋人がおり、実はこの小勝というのが三勝の姉。その市蔵が小勝を呼び出し、悪賢い手代・長九郎、いとこの善右衛門らとともに先斗町の貸座敷で今日もまた遊びに耽っているが……というのが二巻目のはじまり。

市蔵の放蕩や宇治屋には実在のモデルが存在するが、詳しくは三巻目の掲載時に譲る。

 

一巻目

 

 

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二巻目

千八百両。二千六百両。三千二百両。百二十八貫六百三十三匁六分。九十六貫目。
三百五十貫目。二百四十貫目。見れば金高凡七千六百両。銀高八百十五貫七
百三十三匁二分と。帳面合す奥の間は琴の音色も美しく。こがれし其夜は。あだ

 

夢の。いつをあふせにうつせみの。何ンと喜兵衛。先斗町の借座敷で。かうした勘定すると
いふは。あたらしいではないかい。いか様旦那市蔵様は嶋の内の女郎。小勝殿を連て此京に。三月キ
余りの御逗留。月勘定は御隠居からの格式。それ故はる/“\勘定を。お目にかけに来
たれど。何があの色すに打込。勘定は打やりに気にさへ入レばめつたむしやう。金は湯水と
蒔ちらし。大内相模には廿貫目やるの。山本屋三郎を受出すのと。出入の者は金もふけ
の昼。学問やら色事やら取交たせんさくと。かげ口いへば長九郎。ア是々。そりや旦那をやくた
なしにいふのか。君々たらず共。臣従たりといふ古語か有ル。忝くも旦那は。大坂ては宇治やといふ

 

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て。ならびのない金持。百貫目や二百貫目。おつかひなされても跡のへるといふではなし。人に
やるは。そくゐんの心仁の道。余りしはきはりんしよくといふて。聖人も呵つておかせられたと。学
問ごかしに市蔵を。そやし立たる一思案是ぞ浮名の初めなる。奥より出るは。難波津の。嶋
に名高期き全盛の小かつといへる訳しりが。爰に思ひをつながれて。しとけなりふり取なりも。おぼ
こらしうて色ふかき。長九郎は膝立なをし。久しぶりでの名が琴。アいつ聞てもきびしい/\。是は
又長九様のわるじやればつかり。ヲヽしんき。それはそうと。お前は物しりじやげなが。アノ。此宇治屋を
なぜ。都の辰巳とはいふへ。ハテ。宇治屋は都から。辰巳にあたつて有ル故。そこで宇治屋を辰巳。本ン

 

にそれでよめたわいな。喜撰法師の歌の心で。かはいらしい名では有ルと。我恋人にひかされ
てあだ名浮名もにくからず。何と喜兵衛見たか。旦那の迷ひもむりではない。今の世の
国色/\。おりやこくしやうでもひらでもくふて。お留守居方へ廻らふやならぬ。そんなら今の
せんなふは。二千両迄出すつもり。そふ心得て挨拶仕や。酒すごさずとつい戻りやと。番頭顔
のきりもりは。仏頼んで地獄なる。小かつは立て長九様ン。後にあをへと奥へ行。裾をひかへてこれ
小かつ殿。むごいぞや/\。大坂からこつち。こなたにくどくは幾度ぞ。思いひきらふ。と思ふても。モヽモ
とふも思ひ切れぬ。二度とはいわねぬたつた一度。つき合じやと思うふてと。ほうどだけばふりはなし。コレ

 

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長九様ン嗜まんせ。市蔵様ンはお前の為には何ンじやへ。現在のお主様。いかにわしが勤する迚そふ
さもしうはないわいな。学問とやら獄門とやらに。そんな事が有ルかへ。仮令勤の身じやと思へ
ばこそ声山立ずにこふして居る。憎ふはないがふつつりと。思ひ切ツて下さんせと。粋のさばきはくど
からず。かたいは詞も色めなり。いかにも聞へた。そんならこなた。茜屋の半七は旦那の為にはなんで
ござる。アリヤ親半兵衛が。御隠居に仕別られて大和五条の商人。其子の半七なら市蔵様
の為にはやつぱりけらい。ムヽあぢな事をいはんすはいな。半七様がけらいなら何ンとしたへ。アヽこれ/\小かつ
殿いはしやんな。それ程道立るこなたが。何ンで半七とはしていやしやる。サア。其訳が聞たい。とふから

 

状の取かはし。くろい眼コで見て置イた。有リやうにいやりやよし。そふないと今すぐに。旦那殿へまき出す
ぞ。サア。サヽヽヽどふじやと問詰られ。小かつは顔を打赤め。指うつむいて居たりしが。成ル程状の取
かはし。様子が有ル申シましよ。全わしとの訳ではない。証拠はと懐よりほどきし状を取出し。
うは書キは私が名。中の当テ名は三勝殿半七。其又三勝の状を。何ンでこなたの当名にして有ル。
さればいな。今迄隠して居たれ共ナ。アノ長町に居る舞子の三勝はわしが妹。半七様とは
お通といふ子迄有ルふかい中。始終の世話は姉の此わし。何ンで世話やくと思しめそふが。大和の
芝居で半七様ンを。妹三勝が見初。命にかけても逢たいときつい執心といふ事を。傍

 

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輩衆に聞た故。一人の妹かはいさに色をしらぬわしでもなし。どうぞあはしてやりたいと思ふ
た斗。大和の事ならつてもなし。其中トふつと市蔵様ンと。嶋の内の夏屋で一チ座の時。そこ
へ見へたが兼て聞た半七様。それからわしが取リ持て。今はかはいらしい中じやはいなア。したがかうし
た事がおもやへ聞へては。いふ事がこたへぬと。半七様のきつい隠しやう。それて三かつを妹といふ
事も。隠してゐたは此訳。必々疑ふて下さんすな。市様ンへはきつとさたなし。是斗リは頼ぞへ。きつい
粋では有ルぞいなと。長九郎を立テのぼし。のぼし立テられ両手を打。 大和の者も油断はならぬ。
半七めあやかり者。旦那殿にはいふまいが。其かはりにこなさんに。無心が有ルと付ケ込ムをあぢに

 

あしらい紛らかす折から表に。頼ンませう。なむ三ひよんな魔がさしたと。うぢ付ク間に小か
つはそつと。奥座敷へと走り行。案内とふて入来るは卡立派にいため付。勿体らしき
侍イに。挨拶なれし長九郎。いづ方よりと手をつけば。手前義は桜川大納言殿の家来。今川
大学と申ス者。宇治屋市蔵殿に直々御内意を得たく参ン上致た。其段よろしく御取
次願入と相イのぶれば。幸イ市蔵在宿致せば其段申達ツする間。暫く是に御休息
それおたばこ盆お茶持テと。礼儀もあつく奥へ入ル。やゝ時移り奥よりも長九郎引
つれ宇治屋市蔵。病気の長髪其儘に撫付ケ鬢のつやも能ク。座に居なを

 

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つて是は/\。大納言家よりのお使者と有レば爰は端近。先々奥へと末座に付キ。手前義
は宇治屋市蔵。自今以後御見しりおかれ下されと。挨拶聞イて堂上の使者ハヽハツト飛
しさり。扨はあなたが宇治屋市蔵様でござりますか。初めておめ見へ仕り冥加に余る
仕合と。思ひも寄ぬ挨拶尊敬。只ひれふすぞいぶかしき。アヽこれ/\。拙者は町人。左用の
御挨拶では近頃迷惑仕ると。かうべをさぐれば今川大学。市蔵を見上見おろし涙を流し。
御前にはいまだしろしめさぬ事故。さやうの御ふ審は御尤。もと御前には。桜川大納言家
の御三男。俗に申ス四十二の御二つ子故。陰陽家で占はせし所。公家武家になし奉つては。かなら

 

す御身に凶事あらん。町人百性となし申さば。御寿命長カしと申せしより。方々と承はり合せし
所に。大坂宇治屋喜左衛門殿に取かへ子の入由。それより拙者が親今川左近と申ス者。其節
の番頭源兵衛と申ス仁と相談仕り。人しらず宇治屋の惣領とは成給共。実は桜川大納
言家の御三男と。聞クより市蔵長九郎。初めて聞きたる取リかへ子さらにふ審ははれやらず。シテ
又其証拠ばしこざるかと。長九郎が根を押ス所へ。奥より出る善右衛門。両手をついてそこつながら
御使者様へ御ふ審。拙者義は是成市蔵とは従弟。親佐左衛門為には市蔵は甥。其
伯父たる佐左衛門。終にかやうの噂も申さず。跡にも先キにも只今承はつたが初め。何ンぞ慥

 

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な蹤跡をと。皆迄いはさずいふにも/\。去ながらたとへ此方に証拠有ツても。其方に証
拠なくては。猶々ふ審に思はれんと。いふ人々心付キ。幸イ此程入用有リて取寄セし。永代帳を持チ
来れといふより早く長九郎。廿七年以前ンの年ン号。くりかへし見る其中に。今川左近手代源兵
衛内々にて。桜川大納言の御三男を。惣領に申請ると。あり/\と印せし蹤跡。扨はそふか
と市蔵始メ皆々。[革可]*1て詞なき。今川大学家頼を招き。挟箱より木地台取出し。冠
装束重二単。市蔵が前に直し置。廿七年以来。御館には殊の外の御なつかしかり。使
者を取て御様子もおきなされ度ク思しめせ共。堂上の聞へを憚り給ひ。今日迄も其事

 

なく。此程しさりの仰には。外の子供はいづれも。雲上の交するに。あれ一人リ果報拙く。町人の
生立チ。年寄ルに従ひ思ひ出すと。御館の思しめしあだ疎に思しめしますな。夫故此装束は。
常こそはならず共。式日ツ五節の折柄は内々にて御召シなさる様にとくれ/“\の思しめし。若シ奥方
もあらば此重二単を指上いと。彼是の御心遣ひ。先ツ々御機嫌の御様子見奉り。いか程か悦
ばしう存ますと次第つぶさに述ければ。市蔵も涙を流し。公家武家の交ならず。ふ運
なる某を。子と思しめす御情。偏に父母の御恵の廣大さよと斗にて。有がた涙に伏しづむ。
座敷もしらけて見へければ。善右衛門は心付キ。先ツ々めでたい家のほまれ。縁ンにつながる手前

 

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迄いか程か大慶/\。長九郎が学文は雑掌役に相応。市蔵殿の惣髪はお公家様に又
相応。重二単は指詰小勝。先ツお使者をば通しませと。俄に追従けいはくは浦山しくぞ見へに
ける。使者は改め懐中より一通取出し念の為。御装束二通り慥に頂戴の御印形をと。いふ
にげにもく市蔵が早印形も手にふれず。長九郎宜しくはからへと。仰にはつと印形を押スにおさ
れぬ高位の旦那。今川大学奥へ来れ。九献をくんで寿んと。詞に各々ハヽハツト敬ひ傅く
かんたんの。爰の栄花の雲の上。皆々打つれ入にける。引かへし出る善右衛門。続いて跡より長九郎。
顔見合せて上首尾/\。扨テ家折たは。永代帳のもくさん大伴の黒主をはだし/\。何ンと善右

 

衛門が智恵見ておけ。市蔵を奢者にして家を追イ出し。跡目なければ親佐左衛門が後見する。
スリヤ此身体は善右衛門が心儘。其時そちを別家させ惚て居る小かつを請け出すか。拙者は舞
子三勝を思ひ者。何ンと色と金とのもふけ取。むまい/\と悦べば。アヽめつたにむもふないてや。アノ
こは者は今川大学。万ン一もくを割おると。おまへやおれが首がとぶ。こちらが命にはかへられぬ。いか様そこも
有ルわいや。そんならどふせうかう/\と。耳に口よせ相談の中へ小かつは走り出。善右衛門様ン長九様ン。市蔵
様ンの御待兼。早い事じやと言ひ捨てとつかい入レばヱヽどんな。奥でとつくり相談と心せはしくはしり入ル。
所へ出る今川大学。おめでた酒のほろ/\酔。ひよろ/\立出あたりを眺め。懐中より金子取出し

 

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明て見て。褒美の金子八十両。ヱ忝しと押シいたゞく。後へ長九郎善右衛門。たまし打に切付クるを引ツ
はづして取ツて投。又切リ付ルを算盤で。はつしと請ケし手引の早わざ。こなたをすかせばあちらから。つ
いてかゝるを大帳で交ケつ流しつ両人を。右と左リに捻上ケて天秤をこだてに取リ。顔も損ぜずさはがぬ
色目。コリヤ藤戸の格じやな。十夜の晩に誓願寺で友達チに頼れた大切ツなもふけ事。仕そん
ぜぬ所が宵寝の仁助。そんなあまい事でいくやうなおれじやごんせぬ。高がかるい者じやによつて。
跡のほぐれの気づかひさに。ばらして仕廻フつもりと見た。ふ了簡/\。惣体仕事といふ物は。念を入レ
てあつらへりや末代道具。ざつとしたでき合は損じがはやい。末代道具にせうと。でき合にあつらよ

 

ふと。どふ成リと手間賃次第。ばた/\せずと出なをさんせと。せんの先ン取ルすつぱの兀頂。二人は思案
の腰ぬかれ[革可]て。詞もなかりけり。何ンと長九郎。末代道具に誂ふかい。したが善右衛門様。末代道具
の代用見にや。手間賃がやられませぬ。いか様。代物見てからと。念をつかへば飲込みました。其代物見
せませうと。表へ向ひ手をたゝけば。ずつと出くる草履取リ。是も十夜の夜番の仲カ間。長九郎様。
善右衛門様。マアおめでたふござります。仁助。ア昔にかはらぬ手際/\。どうみやく事ならお家じや。サ。
十両のわけ口。丁稚衆に聞て置イた。久しぶりじやに。マア握らせ。いかにも浚そと。いふより早くぐつと
突込氷の釼キ。二人はがち/\色青ざめ。立たり居たりうろ付ク内。物をもいはさずとどめの刃。善右衛

 

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門様。長九郎殿。末ツ代道具誂の代物。性根のすはらぬ安ス物と。息の根とめる手間賃が二十
両。其又殺すを代物とは。ハテそつちがばれりやこつちも此首。互イにもらさぬ引ぱり仕事。分口
やらず一人リして。頂戴致す始終の工面と。人を殺して悠々と血押シぬぐふて立ツたるは。ぞつとする程
恐ろしき。さつても物仕め落付イたと。二人もおづ/\廿両。ソレ手間賃と投ケ出せば。押シ戴て懐
中し。御用があらば何ン時でも。随分まけて上ませう。おふたり様。おさらばと。ずつと行をアヽこれ/\。其死
骸をめつそふな。かうして置イてよい物か。どふぞ頼ムと引とむれば。三条のかはら迄。かたげて行のが金
十両。それは高い。高くば外を聞キ合して。お暇申と出て行を。ヲツト十両高ふない。切が有ルならおつての

 

さん用。かゝりはないと両人を。思ふ様に取たくり死骸をかたに引かたげ表へ出るぞふ敵なる。奥より
さは/\市蔵小勝。此喜びを大坂の夏屋でくいつと惣振舞。是からすぐに下リの用意。長
九郎供せい善右殿。同舩致そふいざ/\とあすをしらふの鷹の夢。富士見る夢のたびご
ろもきつれ。引つれ難波津の詞の。花ぞさかりなる

(三巻目へつづく)

 

 

*1:あきれ。革+可で一字。