TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『女舞剣紅楓』七巻目 阿倍野の段

『女舞剣紅楓』の翻刻も七巻目。

行方不明になった半七と三勝を、それぞれの親たちが探し回るという内容。『艶容女舞衣』の現行上演で稀に出る「道行霜夜の千日」(増補。実質新作)と近い内容となっていて、先行作である紀海音『笠屋三勝廿五年忌』に内容の近いくだりがある(死出の道行)。

 

いままでの翻刻

 

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七巻目

迷子の半七ヤアイ。半七様ン。半七ヤアイ。尋られるも。尋るも。義理と情と恩愛の。三つの巷に

迷ふ身は憂節しげき竹の杖。心くれたる老足の。光りもほそき小提灯。半七が親半兵衛夫

婦。孫のお通を介抱しお園は長の病上り。しつかと背に大坂の町を。放れて在所道。あべのゝのほとり

 

うろ/\と。尋さまよふ四人連レ。雪のすあしのいた/\し何とコレかゝ。二三日此かた方々へ手分ケして。こちとら迄

此様に。尋ても行方の知レぬといふは。狐にでも誘はれたか。おれはすつきり合点がいかぬと。おろ/\涙のくもり

声。何ンのいの。そんな事でら有ルまい。おれが頼んだ義理詰に。心底を作つて見せた三勝も。其夜から見

へぬげな。是を思へば此母がひよんな事を頼かけ。若い者に苦をさせて。かはいや今ン夜は寒からふ。此寒さで

しまへばよいがと。ふたりの親の諄を聞てお園が猶悲しく。どんなわたしが有故にとゝ様ンやかゝ様ンの。苦に苦

を重ねしふ孝の罪。とうにぬしへの輪廻を切リ。尼にでもなつたなら。こんな案じは有まい物。女子の

さもしい心から。半七様ンの機嫌も直り。せめて朔日十五日二十八日此三日。女房らしう御膳も

 

 

 

 

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すへ。しほらしいお詞を聞事も有ふかと。待ツてゐたのが皆様に。歎キをかけるもとゝ成リ。此寒いに勿体ない。お

二人リのおしくらう何ンにもしらぬ此子に迄。苦労をかける科人は。わたし一人リと斗にて。身をかこちたるいぢらしさ

雪も。涙にとけぬべし。何のいやい。こちとらが事は忘れても。此お通めが有ルからは。子にひかさるゝ親のならひ。めつ

たな事は有まいが。常からちつと男気な生れ付キ。三勝の兄勝二郎が。どふで遁れぬ命ぞと。あいつが

科を身に受ケて。牢へ入たと聞たなら是は生て居られぬと。無分別は出来まいか。それがちつと心がゝり。コレ

親父殿。夫レはマア大事の事。人は聞じと思ふ共。壁に耳といふ譬。■の物いふ世のならひ。それを爰で

いふ事か。ヲ丶それもふこんやも夜中カ過キ。待てあぢきない事する者は。今時分ンから明ケる迄。

 

是から生玉の馬場さき。小橋の方を尋て見よふと。涙ながらに打ちつれ立しぼ/\

とこそしたひ行。四方の気色も。しん/\と。ふりむもれたる稲村より。半七三勝二人共。

忍び出しが顔見合セ。ア丶勿体ない此寒いに。お年よられし親御様。お園様に数々の御苦

労かけるは悲しいと。跡ふしおがみ涙ぐむ。半七も目をはらひ。最前爰で思はずも。めぐり逢た

はつきぬ縁。つれ立帰りともかうもせんといひしが。そなたの兄勝二郎に科をふりむけ。どふも

生キてそふてはゐられぬ。縄目に逢フて死る命を。自滅して礼がいひたいと。聞て三勝打しほ

れ。死ふと思ひ極めた此身。そんならおまへもわしと一所に。死ンでくだんす心かや。ハテそれを

 

 

 

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とやる事かいの。此身二タつを方々の。義理を恩とに捨る世も。せめて御法の道しるべ千日前で

しぬまいか。わしが心もあの火屋の。煙にさそふ願ひぞと。早しめ直すかゝへ帯。死出の旅路の

用意をと。身拵へする後の方。迷子の三勝ヤアイ。三勝ヤアイと尋る声。見付ケられじと手に手

を取リ。こけつまろびつ死神に。ひつ立られて走リ行。平左衛門は只一人リ尋さまよふ向ふより。来る人かげに

気を付ケて。ためらふ所へ善右衛門。三勝をとらへんといかつがましくのつさ/\。すり違ひさまふり返り。わりや

みのやの平左衛門そふいふは善右殿かと。いはせもはてず胸ぐら取。ヤイ爰な生キずりめ。大まいの金

を出して。買て置た三勝を。わりやどこへふけらした。其上人を殺した半七を。よふ肩持て逃し

 

たなア。其かはりに代官所へつれて行用が有。サアこいうせいと引立るをふりはなしてせゝら笑ひ。

三勝や半七を取リにがしたは。そこ元のぶ調法。それに此平左衛門を代官所へ連レて行。用が有ルと

は何ンの用じや。ヱ丶おさめなやい。儕レが子分ンにして置イた。三勝や小勝が兄。勝二郎といふ大盗人。

いつぞや京で市蔵を。大納言様の落し子じやと。衒をいふて金を取リ。其上に彦六といふ夜番

を殺した。その親なればモウ遁れぬ/\。引ずり出して訴人する。ほうげた利ずと早ふうせいと。何ン

で成リ共あたり眼。おのが悪事をおのが手に。口ばしつたる天の網。平左衛門声とがめ。其勝二郎と

いふやつは七つの年からきうり切ツて置イたれば。某にたゝりはない筈。それはそれで済ム事じやが。

 

 

 

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市蔵様をかたつたり。夜番を殺したといふ事を。こなたは又どふしてしつた。ヤア。ハテ。たつた今

いふたじやないか。サア其しつた入訳聞ふと。とひ詰られてサアそれは。サアなんと。ハテめんどい

と善右衛門。うらくはされては叶はぬと。逃ケ出すをひつかづき。雪もろ共に粉になれと。ひつくり

かへすおひなげを。ひるまずおきる我武者もの。平左衛門めくはんねんと。切リ付れはからかさ

をしやんとひろげて請ケとむる。こなたは大事を悟られて。助ケおかれぬめつた切リ。捕てしめんと

身をかはし。すきを窺ひ付ケ入ツて。かさもおれよと打ツ手の内。抜キ身をがらりと打落さ

れ。コリヤたまらぬと逃ケ出すを。いづく迄もといつさんに跡をも見ずしておふて行

 

(次巻・道行に続く 次回最終回)