TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 5月東京公演『桂川連理柵』石部宿屋の段、六角堂の段、帯屋の段、道行朧の桂川 国立劇場小劇場

清十郎ブログが久しぶりに更新されていた。恐るべき連投で。
書いていたけど、投稿できていなかったのことだった。状況はよくわからなさすぎだが、良かった良かった。

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第三部、桂川連理柵、石部宿屋の段。

あらすじはこちらから。

長右衛門が、部屋に逃げ込んできたお半を布団に寝かせてやるところ。玉也さん長右衛門は、お半だけ布団に入れて枕を当ててやり、自分は布団の外にはみ出て、手だけ布団にかけていた。お半は長右衛門が寝る場所も作るためにちょっと布団の端に寄ってるんだけど、最終的に調整されて?、真ん中に寝かされていた。玉也長右衛門、社会性ある!と思った。(正確には「玉也には社会性がある」。長右衛門に社会性はない)
玉男様長右衛門は、最初から自分も一緒に布団に入って、お半を思い切り抱きしめていた記憶がある。社会性絶無だと思った。
ちなみに今回は、枕に紙がかかっていなかった。そういう小道具の扱いは、誰が決めるのだろう。なお、朝の場面の簪落とし/指しはアリだった。

長吉〈吉田玉佳〉は、ほかの人形よりフレーム数が8倍はありそうな動きで、せわしないソワソワとした動きが不気味だった。ひとりだけ動きがすばやい。こういう虫、これからの季節、台所に、おる。と思った。カサカサカサカサカサと高速で柱によじ登ったり、ナナナちゃんみたいにピョカアアアアアッッッッと折れ曲がるのが怖かった。
長吉さんは、いわゆる「年齢不詳」のお顔立ちで、老け顔の若年者なのか、童顔の中高年なのかわからないところも不気味だが、今回、気色の悪い動作によって、その顔立ちがより一層怖く思えたのも良かった。(実際には18歳の設定です)

 

 

 

六角堂の段。

やはり、勘彌さんのお絹は最高だ。なんともいえない美人感、お色気奥様感がある。出てくるだけで、有難や、尊や。私が隣の家に住む男子高校生なら、模試の点が200点は下がる。
お絹は、頭巾をした状態での姿の見せ方がうまいと感じる。頭巾をかぶっていると、顔から肩が覆われてしまい、首の角度による表情が出にくい。配役された人のレベルによっては、何をやっているのかわからない場合も多い着付けだ。しかし勘彌さんの場合、たとえばうなずき演技は、首だけちょっとコックリではなく、上半身全体、胸から上全体でかがむようにするなど、強いニュアンスを入れているので、頭巾姿でも何が言いたいかがわかりやすく、かつ優美に見えるのが特色だと思う。勘彌さんは女方の人形の基本的な姿勢や所作を、かなり意識して工夫していると思う。姿勢自体の艶やかさは突出していて、現状、誰よりも美しく、お色気では簑助さんにつぐ。こういう役はそれがより活かされると思う。
お絹役の場合は、若干ラフなところもあるのがいい。勘彌さんに時々発生するあのラフさ、どういう基準でラフ化するのかは正直わからないところもあるが、美人の人の夕方のほつれ毛(おしゃれ後れ毛とかじゃなく、意図せずほどけちゃってるような)めいたものがある。

 

玉志さんの儀兵衛は、目が全く笑ってないのが良い。人形そのまんまの、死んだ目をしている。そして、動きがせわしないのもあいまって、虫っぽいのがいい。背中の模様が人面になっている虫が手足をジタバタさせてるかのような、独特の不気味さがある。
今回は、「手付け」と称してお絹にタッチするセクハラが、ちゃんとセクハラに接近していた。良かった、と胸をなでおろした。相変わらずグヘヘ感は全くなく、お絹に全然興味なさそうなのはどうなんだと思わなくもないが。
なお、この「手付け」、現行の床本は改訂が入っている。原作の原文だと「そんなら手付けにお口を祝はう」で、「ムチュー❣️」としようとしているということなので、ふとももタッチより、吸い付いたほうがより正確ですね。誰か玉志さんに言ってもらえませんか?

 

 

 

帯屋の段。

勘壽さんおとせ&玉志さん儀兵衛は、かなり、親子オーラがあった。玉志さんは常に浄瑠璃ジャストで演技をしているが、今回は勘壽さんも間をきつく詰めたセカセカ系のジャスト演技で、動きが完全に同じだった。勘壽さんおとせは、愛嬌があるようでないような、こざっぱりした感じが良い。重みを乗せないこのさじ加減、かなりの技巧。バッタっぽい。
なお、儀兵衛がおとせの肩もみをする前、プチイ!プチイイッッ!!と白髪抜きをするのが良かった。抜ききれへんやろ。あと、中盤でおとせが一瞬やる阿弥陀様ポーズ、あまりに良すぎる。一瞬しかやらないのが、なにより、良い。

 

帯屋前半の最大の見せ場、儀兵衛がお半から長右衛門への手紙を読み上げるくだりと、呼び出された長吉の弁明のくだり。今回はこの部分の質感がなんともいえない味わいで、良かった。素朴すぎず、かといって堅苦しくなりすぎず。品のある可笑しさが、文楽らしい。

玉佳長吉の鼻水は怖い。なんかこう……本物の鼻水のように、「たら〜っ…」と垂れてくるんじゃなくて、「ピョコッ!!!!!!!」といきなり出て、即引っ込む。鼻水が意思を持った別の生き物のようで、恐怖を覚える。長吉の鼻に寄生しているエイリアン的な……。色がきゅうり色なのもヤバイんだよねえ。焦点合ってなさそうな、開放感あふれる目元も怖い。
言ったらいかんことかもしれんが、玉佳さんの長吉には、玉男様に対する六助のようなものを感じた。

それにしても、「帯屋」での長吉の鉢巻の結び方。ここ数年の上演を見ていると、配役された出演者によって違っているのですが、それぞれ狙ってオリジナルの結び方をしているのでしょうか。師弟関係の継承を研究したいところです。

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玉志儀兵衛は至極「まともな人」って感じ。この段での儀兵衛は、事実、正論しか言わないが、玉志さんの生来の生真面目感がキラキラ系の役とは別の意味でうまく活きていた。所作のせわしなさや手数の盛り込みは、勘十郎さんのチャリ役に近い。複雑な動きををキッチリ整理してすっきりと見せ、浄瑠璃オンタイムに乗せてやっていくのが、玉志さんの特徴。床と人形の間合いがキッチリ合っていないと、この段の可笑しさ、出ない。そこが矜持なのだろう。
帯屋の儀兵衛は、長吉に脇腹のこむらがえりを治してもらったときの真顔が特に不気味で、良かった。

玉志さん儀兵衛と玉佳さん長吉は、両者とも、人形らしい愛らしさがあった。主役級とは異なる、いかにも脇役という滑稽さ、しょうもな感があるのも良い。息がぴったり合って、一緒に踊る部分は、初日から振りがちゃんと合っていた。二人でちょっかい出し合う部分もうまい。儀兵衛の最後の箒倒し反撃は、長吉に若干無視されていましたが! 玉佳チャン反応してッ!と叫びそうになった。

そしてなにより、呂勢さん、清治さんの演奏は愛嬌に富み、登場人物やこの曲の持つ独特のチャーミングさを味わうことができた。いかにもおもしろおかしげにこしらえるより、むしろこのような温かみやのびのびした雰囲気こそ、古典らしくて、良い。呂勢さんって、平生は別にのびのびしたタイプだというわけではないので、この段を全く期待していなかったのだが、よくやったなあと思う。やりすぎないように心がけてそうな気配だけど、なんなら、もっと盛ってもいいと思う。

 

帯屋の後半は、どうなのか……。繁斎が喋るところまではいいけど、それ以降。特に、長右衛門の変化のなさは、どうなの。長右衛門がお半の書き置きを発見してからのくだりに、人形も床も驚きとドラマティックさ、盛り上がりがない。そこが予定調和になってしまうのは、かなり、どうなのか……。
床はもう諦めるにしても、人形に関しては、お半が煙草盆に手紙を入れていったのを長右衛門が気づくきっかけにもう少し工夫がないと、物語の静から動への変化がなさすぎだと思う。そして、長右衛門が自分で自分を抱きしめるところ、お半の顔を見てを抱きしめるところに、彼なりの感慨がなさすぎやしないかという点も気になった。長右衛門は基本じっとしていて、受け身での言動が多い。こういうところでのちょっとした動きに、長右衛門の人間味(悪い意味での、も含め)を出していかなくてはいけないのではないかと思う。

お半役の清十郎さんは、のれんからの後ろ向きの出が、以前拝見したときより安定していた。単なる少女の可憐さにとどまらず、やや異様な雰囲気があるのは、清十郎さん独特のもの。お半は登場人物のだれよりも深く思い悩んでいる設定なので、ある意味、よく合っていると思う。
ただ、清十郎さん云々よりも、清十郎さん(お半)に影響を与えるほかの要素の微妙さが気になる。お半も、「どうしたいの?どうしたいの?」と、ちょっとソワソワしているような(?)。お半にあまり集中できなかった。

 

ちなみに、配役表を見ると繁斎役は清五郎さんなんですが、帯屋の世界にあまりになじみすぎていて空気と化し、繁斎がいたことは覚えているんですが、清五郎さんが存在していたことに気づきませんでした。清五郎、今月、どこにおった???状態です。あんなになじむこと、あるか? 一種のミラクルを感じました。

 

 

 

道行朧の桂川

床、というか三味線、なんでこんなことなってるの??? しかも、こういう状況、今回が初めてではないと思うのだが、反省とか対策はない…ってコト!? 私、ハチワレになりそう。

 

 

 

 

  • 人形役割
    娘お半=豊松清十郎、下女りん=吉田玉路、丁稚長吉=吉田玉佳、帯屋長右衛門=吉田玉也、出刃屋九右衛門=桐竹亀次、出刃屋の女中=吉田玉延(前半)吉田玉峻(後半)、女房お絹=吉田勘彌、弟儀兵衛=吉田玉志、母おとせ=桐竹勘壽、親繁斎=吉田清五郎

 

 

 

第三部は、安定している人とそうでない人の落差が大きいというのが、一番の印象。六角堂から帯屋の前半までは面白かった。登場人物の個性がよく出て、世話物らしい賑やかさを楽しめた。以降は、特に床にはガッカリした。全般的にどうにも年寄り臭いのも気になる。ここが年寄り臭いと、老人の妄執めいて、単に不気味な話になってしまうと思うのだが……。

ただ、長右衛門の人形に関しては、玉也さんの責任ではなく、配役の問題だよね。長右衛門役は、その人の持つ個性による適性が相当にあると思った。玉也さんの良さが活かせる役じゃないなというのが正直なところ。玉也さんの、油の染みた揚げ菓子のような世話味や、鄙びた古風な雰囲気は、こういう異常譚の主役とはちょっと違う。玉也さんだと、本当に文字通り、裏表なしの「近所の良いおじさん」だよね。研究や稽古が足りない等とは違う次元なので、どうしようもない。それと、これも技術レベルとは関係ない次元の話として、道行は、「道行」自体に慣れていないと、空気感、雰囲気を出すのが難しいのだと思った。そういえば私、玉也さんが道行に出てるの、初めて観た。
端正さとクズオーラを併せ持つ玉男さん以外で、長右衛門に完成度の高いアプローチをする人がいるのか、いないのか。

どうせなら、長右衛門・儀兵衛・長吉は、玉也さん・玉志さん・玉佳さんでぐるぐる回す交代制にして欲しかった。
玉也さんはどうみても、仕事ができるイヤミなチャリ役の儀兵衛向きだ(実際そういう配役だったのを見たことがあるが)。玉佳さんは清潔感とともに愚行オーラがあるので、意外と長右衛門がうまくいきそう。玉志さんは清潔感と思いつめ感が非常に強く、長右衛門のしくじり感、ションボリぶりという点がうまくいきそうだ。長吉は、玉也さん・玉志さんとも、ご馳走役として、見てみたい。玉志サン長吉は、完全なるサイコパスになってしまいそうですが……。想像すると、楽しい。

 

今回の国立劇場桂川のプロモーション文言には、首をかしげた。
「大人の男性と少女の恋を軸に描かれた、世話物の傑作だよ✨様々な人の思いが交錯し、翻弄される2人の結末をぜひ劇場で見届けてね🌟」。
色々言いたいことはありますが……、「2人」の「恋愛」が主役で、それが周囲によって翻弄されているかのように喧伝するのは、あまりにも素朴というか、古いというか。
逆だよね。最近、まさに似たような事件があったよね。あれに対して、「世間」からどういう反応が起こったのかってことだと思う。世間から猛バッシングされるようなことをやらかした長右衛門、それに翻弄され、それでも長右衛門を支えようとするお絹や繁斎の情愛やそのどうしようもなさに眼目があると、ストレートに言ったほうがいいと思うわ。それが、ほかのエンタメには替えがたい、文楽の最大の特徴だと思う。

 

参考 過去の『桂川連理柵』感想一覧

もうこんなに観てるのかと思うと、怖い。
がついているのが、特に良かった公演です。

 

 

 

ゴールデンウイークに、早稲田大学演劇博物館で開催されている「奇才の浄瑠璃作者 近松半二」展を観に行った。

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早稲田大学が所蔵する半二作品の全正本の現物を中心に、近松半二登場以前の人形浄瑠璃界にまつわる資料、半二作品の番付、人形(所蔵品からの展示)、歌舞伎化された際の衣装を含む資料を展示していた。

正本が展示のメインになっており、閉じられて表紙のみが見える状態、あるいは1ページ目がめくられた正本がずらっと並んでいた。絵入番付も出ているが、ほんの少し。視覚的要素は、文楽以外を含む人形の展示で補足されている。

個人的には、半二以前の浄瑠璃界にまつわる資料のほうが興味深かった(浄瑠璃界の立役者を竹林の七仙のように絵画化した掛け軸や、浄瑠璃制作のアドバイスをもらうため故人の作者に会うべくあの世へGoする話の本など)。早大のデジタル化資料データベースに出ていないものもあり、ここが一番、見るのに時間がかかった。

会場の案内パネルには、古典芸能になじみのない方に向けても、という旨が綴られていた。ただ、実際には、元々知識がある人向けだと感じた。近松半二の業績を広く周知するための企画というより、早大が所蔵する近松半二関連資料を並べた、という感じ。読み取りは来場者に任せられている。自分は最近、半二の未翻刻化作品をデジタル化された正本で読んでいるので、ああ、現物はこういうモノなのねという感慨があった。

半二の持つ演劇人としての特性とセンス、つまり彼がいかに奇才の人で、その舞台がどのように華やかであるかは、実際の舞台を観たことがある人にしかわからないだろう。展示の性質上、仕方ないのだが、そのあたりは難しいところだ。私の半二への関心は、半二はなぜ現代でも集客力がある浄瑠璃作家なのかという点だ。半二は、話の面白さとともに、技術が大幅に躍進した人形や舞台装置のビジュアル面をいかした舞台効果が高い脚本を書いたゆえに、現代にまで文楽・歌舞伎ともに作品が継承されているのではないかと思う。その魅力の真髄に近づこうとすると、もっと予算をかけた大規模企画になるしかないのだろうなと思った。

常設展のほうには、桐竹門造作という景清の人形が出ていた。サイズは現代の景清より随分小さく、肌は茶褐色に焼け、髑髏のような全く肉付きのない顔立ち。「これ、即身仏を参考にして作りましたよね???」状態の凄まじい形相で、人形ピンでもものすごい迫力があった。また、初代吉田玉男の景清の映像が流されており、その映像を延々と観てしまった。

 

 

 

 

文楽 『桂川連理柵』全段のあらすじと整理

文楽の世話物の代表的演目にして、上演されるごとに長右衛門のいい加減さが客をキレさすことにおいても文楽を代表する定番演目、『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』の全段のあらすじをまとめる。

 



┃ 概要

初演 安永5[1776] 北堀江市の側芝居、豊竹此吉座
作者 菅専助+近松半二*1

設定は、宝暦11年4月に、京都・信濃屋の娘お半(14歳)が失踪し、その翌日、隣家帯屋の主人・長右衛門(38歳)とともに桂川で遺体が上がったという実説をもとにしている。
これは江戸時代にも大きく注目された事件で、多数の随筆に記されている。さまざまな事件年月日、2人の年齢等の異同のある説が流布したが、それらの説で共通しているのは事件の真相で、心中ではなく、第三者による強盗殺人事件であるという推測だ。しかし巷間では「心中」と噂されていたことがこの物語の発想源になっているのだろう。

最も早い演劇化作品は、宝暦11年[1761]初演の人形浄瑠璃『曽根崎模様』(作者=若竹笛躬ほか)。事件の翌月、曽根崎新地で興行を打っていた豊竹座が、お初徳兵衛物のストーリーにお半長右衛門事件を入れ込んで興行したものだ*2。この時点で主要登場人物名や事件の経緯は『桂川連理柵』とほぼ一致しており、物語の大枠は完成している。(ほんとに結構同じ。文言まで流用されている箇所がある)

 

 

 

┃ 登場人物

※「*」付きは現行上演に登場する人物。名前の表記は、文楽現行上演の番付に合わせています。

お半 *
信濃屋の箱入り娘。ロリ。長右衛門に可愛がられて育ったため、相当に懐いている。

長吉 *
信濃屋の丁稚、18歳。まじ? もっといってるか、逆にもっと幼いと思ってたわ。出身は丹波。お半に片思い中で、お半と自分のことをお染久松だと思っている。人形の顔だけだとアホそうに見えるが、結構悪賢い。ただ、すべて思いつきで行動するため、金になびきやすく、計画性はない。

りん *
信濃屋の下女。眠い!!!!! 長吉のことが好きみたいです。

長右衛門 *
京都虎石町の呉服屋、帯屋の主人。40歳近い年頃。元は捨て子だったのを信濃屋の主人に拾われて養育されていたが、5歳のとき、隣家の帯屋の養子に。そのため、両家に深い恩義がある。にもかかわらず……。

お絹 *
長右衛門の妻。帯屋へ嫁入りして10年、夫を気遣い、義父母を気遣い、隣の家も気遣いの、気遣いし通しの人。かなり賢い女性だが、賢さの使いどころが可哀想。

繁斎 *
帯屋の前主人。長右衛門に家督を譲って以後は、隠居所で念仏三昧している。後妻おとせの態度には辟易しているが、外聞を憚って離縁などはせず、時々注意する程度。

おとせ *
繁斎の妻。元は帯屋の飯炊き女だったが、繁斎の元の妻が亡くなったのち、帯屋の奥様に成り上がった。連れ子の儀兵衛ばかりを可愛がって、長右衛門やお絹にイヤガラセをするのが日課

儀兵衛 *
帯屋の手代、長右衛門の義理の弟。おとせの連れ子で(元から帯屋に奉公していた?)、兄嫁であるお絹に横恋慕している。帯屋の家督とお絹を狙っているが……

お石
お半の母。夫・次兵衛亡き後、信濃屋を切り盛りしているシッカリ者。
なお、信濃屋にはお半の上に治助という兄がいて、いまは江戸店を任されている設定がある。お半の書き置きにある「江戸の兄様」というのはこのこと。

才次郎
お絹の弟、仏壇職人。まだ親元で暮らしているので、金はない。長右衛門夫婦の仲人で、近くお半と縁組することになったが……

雪野
才次郎の恋人の舞子。クズ兄・惣兵衛によって、田舎へ売られそうになっている。

本間の五六
長吉の兄。いたんですよ、そんな人が。

針の惣兵衛
雪野のクズ兄。お金LOVEで、妹を金ヅルとしか思っていない。

 


┃ 上の巻

道行恋の乗かけ

京都・信濃屋の娘、お半は、丁稚長吉、下女りんを連れて伊勢神宮へお参りに出かけていた。その下向道で、お半は偶然、隣家の呉服屋・帯屋の主人、長右衛門と出会う。
長右衛門には、赤ん坊のころ捨てられていたのを信濃屋の主人に拾われ、育てられたという過去があった。5歳になったとき、長右衛門は実子のいない隣家の帯屋の主人に見込まれて、養子として帯屋へ入った。長右衛門は育ての親の信濃屋の主人への恩義から、主人に晩年になってからできた娘のお半をその幼いころから可愛がっていた。主人は先頃亡くなったが、そのとき臨終の枕元へ呼ばれた長右衛門は、お半の行く末をくれぐれもと頼まれていた。
長右衛門は、遠州の得意先からの帰りがけで、京都へ戻るところ。大好きな長右衛門と会えたお半は大喜び、ちょうどよいとばかりに、お半と長右衛門は同道することにする。
(現行上演では「石部宿屋の段」の冒頭に入れ込み)

 

石部宿屋の段

お半と長右衛門は、石部の宿屋・出刃屋へ投宿していた。丑三つ時を過ぎた頃、お半が長右衛門の部屋へ逃げ込んでくる。道々、長吉がいやらしくじゃれかかってくるが、今夜はことさらウザく、いつもは退治してくれる下女のりんも今夜は目を覚まさないというのだ。長右衛門は、あまり騒ぎ立てては長吉がお払い箱になってしまうからとお半をなだめ、部屋に帰って大人しく寝るように諭す。しかし戻ればまた長吉に何をされるかわからないというお半は、ここで寝かせて欲しいと懇願する。長右衛門は子どものことだと思い、彼女を布団へ入れてやる。
しばらくして、お半を探して長吉がやってくる。猫なで声でお半を誘い出そうとする長吉は、大方長右衛門のところへ入り込んでいるのだろうと、部屋の障子に聞き耳を立てる。ン? ンン? 不審な様子に中を覗いてびっくり。腹を立てた長吉は、お半を盗られた意趣晴しに、長右衛門が遠州の大名から預かってきた刀を盗み出し、刀身を抜いて己のショボ旅差のそれとすり替えてしまう。
やがて、朝食の膳の支度ができたという宿の者たちの声が聞こえる。一同は、出立の支度をはじめる。

 

信濃屋の段

石部宿屋の一件から5ヶ月後。お半には、長右衛門の妻であるお絹の弟・仏壇屋才次郎との縁談が持ち上がっていた。仲人の長右衛門に代わり、義弟・儀兵衛が結納品を信濃屋へ持参すると、お半の母・お石が歓迎してもてなしてくれる。
連れの衆がお石から振る舞いを受けている影で、儀兵衛と長吉はコソコソ密談。お半を狙う長吉、帯屋の家督(アンド 長右衛門の妻・お絹)を狙う儀兵衛は利害が一致し、二人で組んで長右衛門を陥れようとしていたのである。儀兵衛は、必ずお半が長右衛門へ付け文をするとして、その手紙を盗むように頼む。しかし長吉は手が早いので、お半から長右衛門への手紙をすでに盗んでいたのだった。また、儀兵衛は、石部宿屋で長吉がすり替えた預かり物の脇差を、自分が発見したふりをして手柄とし、長右衛門を蹴落とそうと考えていた。ただ、すぐに本物の刀を受け取るのも目立つので、一旦、脇差は長吉の兄・本間の五六へ預けることにする。

その二人がウッシッシと去ったあと、仲人として、礼装姿の長右衛門が信濃屋を訪問する。するとお半が走り出てきて泣きつき、自分を嫁入りさせようとする長右衛門をなじる。お半は寺子屋の師匠から「娘たる者、夫と決めた男はただひとりとしなさい」と習ったこと、そして、長右衛門の子を妊娠していることを告白する。長右衛門は当惑し、年端もいかない身での不憫さにお半を抱きしめる(すべてお前のせいだろ)。

長右衛門の来訪に気づいたお石が迎えに出てくると、玄関先にひとりの武士が現れる。その男は、お半と才次郎の縁談は取りやめにして欲しいと言いだす。婿の才次郎には隠し女がいて、その女から、才次郎の妻にしてもらえるよう頼まれたというのだ。ヤンヤヤンヤと侍を応援する長吉と儀兵衛。お石は固辞するが、男はそれでは武士が立たないとして、この家で切腹すると言い出す。お石は金を包んで切腹をやめさせようとするが、侍は金をスマイルでチラ見しつつ「切腹する」と言い張り、押し問答になる。するとタバコを吸っていた長右衛門が割って入り、おもむろに「人が切腹するとこ見たことないな〜、見たいな〜、はやくはやく〜」と言いだす。どれだけ切腹のそぶりを見せても動じない長右衛門に、武士はスゴスゴ逃げていくのだった。
実はその侍は、長吉の兄・五六が化けた姿だった。五六は儀兵衛・長吉の頼みで、お半と才次郎の結納を妨害しにきたのだ。

お石は長右衛門の機転を喜び、早速お半を呼び出して、才次郎との結納の盃を取らせようとする。しかしお半は拒否。そうしているところへお絹がやってきたので、長右衛門はお絹にあとを任せて立ち帰る(は?)。お絹はお半に、嫁入りは最初は不安でも大丈夫、自分もしばらくついていてやると説得する。それでもシクシク泣いて聞き入れないお半に、親の決めた結婚を嫌っては、最終的には「八百屋お七」の芝居のように、自分ばかりか他の人の名まで傷つけると語る。こうしてお絹はとくとくと意見した上で、無理に嫁入りさせては互いに無益として、才次郎との話は破談にすると言い出す。お石はお絹に取り縋るが、お絹はそのまま帰ってしまうのだった。

その夜、お半は、どう考えても長右衛門とは夫婦になれないこと、お絹や母への申し訳なさから、カミソリを取り出して自害を企てる。と、長吉がその手を掴んで止めるッ! そこまでは偉かったが、どうせ長右衛門とは結ばれないと言い、なおもしつこくお半に頬ずりする長吉。それを突き飛ばすお半。その変なタイミングで、縁の下に潜んでいた五六が脇差の受け渡しを長吉に催促する。長吉は懐に隠していた脇差を五六に差し下ろすが、そのせいで手元がお留守になり、お半と下女りんがいつの間にか入れ替わっていたことに気づかない。行灯が吹き消された暗闇の中で、長吉は門口で待ち構えていた儀兵衛に腕の中の女を託す。その不審な声を聞きつけ、お石が燭台を持ってやってくる。燭台の光に照らし出された盗人を見たお石は驚いて声を上げるが、お半(と思い込んでいるけど実はりん)を背負った儀兵衛は、そのまま闇の中へと消えていくのであった。
(現行上演なし)

 


┃ 下の巻

六角堂の段

六角堂でお百度参りをしている女は、帯屋の女房・お絹だった。跡をつけてきていた儀兵衛は、彼女のお参りが終わるのを見計らってお絹に擦り寄る。儀兵衛はお絹の気を引こうと、長右衛門が隣家のお半とデキていると言い立て、お半から長右衛門への手紙をちらつかせる。すり寄ってくる儀兵衛をキモく思いながらも、お絹は夫のためとうまくあしらい、追い返すのだった。

そんなところへ、寺の敷地内にもかかわらず、平気で生臭物の🐟おさかな🐟を手にしたお使い帰りの長吉が歩いてくる。お絹は長吉を呼んで自分の隣に座らせ、お半と長右衛門のことを知っているだろうと尋ねる。石部宿屋で見たことを思い出してムシャクシャする長吉に、お半への思いを叶えてやると言うお絹。近日中に帯屋の内でその話が出るから、そのときには長吉が「既成事実」をぶちまけ、「お半は俺の女房」と言い張るようにと持ちかける。さらには、そんなことをしては信濃屋を追い出されるであろうから、長吉がお半を連れて家出した暁には、お絹が仕送りをしてやるという。お絹の話をウンウン聞いていた長吉は、手つけとしてビッグなお小遣いまでもらって有頂天。お絹と長吉は道すがらの談合をしつつ、連れ立って帰っていくのであった。
(現行上演ここまで)

 

お絹と長吉が去った六角堂に、為替の金を受け取りに行っていた長右衛門が通りかかる。長右衛門は、茶屋の床几で一休みすることに。
そんな六角堂へ、さらに、お絹の弟・才次郎がやってくる。才次郎は、ここで恋人の舞子・雪野と急ぎの待ち合わせをしていたのだった(六角堂って境内かなり狭いと思うが、そんなにワラワラ集まってきたらみんな顔を合わせてしまわないのか? 昔は広かった?)。陰に隠れて待っていた雪野の話によると、雪野は兄・針の惣兵衛の企みによって、近いうちに遠方の田舎へ百両と引き換えに嫁にいかなければならなくなったという。雪野を助けようと思っても、単なる仏壇職人で部屋住みの才次郎には金は才覚できず、二人は心中しようと思い詰める。そこへ雪野を探していた惣兵衛が現れ、雪野を引き離し、ゼニなしが妹へ手を出すなと才次郎を罵倒。惣兵衛は口答えする才次郎を踏み倒して打擲するが、様子を見ていた長右衛門が割って入り、惣兵衛を投げ飛ばす。騒ぎ立てる惣兵衛に、長右衛門はさきほど受け取ってきた百両を投げ出す。💰お・か・ね🤑を見た惣兵衛はクル〜ッと態度を変え、ヘコヘコと請取状を認める。では!!とばかりに百両を持って帰ろうとする惣兵衛だったが、長右衛門に踏み倒される。長右衛門は、さっきのお返しとして才次郎に惣兵衛を踏みつけさせる。ボロボロになった惣兵衛は、スタコラと逃げていった。
喜ぶ雪野と才次郎に、長右衛門は心づもりがあるとして、二人を伴い、雪野のひとまずの預け先へ向かうのだった。
(後半部分、現行上演なし)

 

帯屋の段

呉服屋・帯屋は、京の虎石町に店を構えていた(柳馬場通りと押小路通りが交わるところらへん。最寄駅は京都市役所前)。お絹はこの家へ嫁入りして10年、口うるさい姑・おとせに叱られないよう、掃除洗濯と、せっせと家事をこなしている。
そこへおとせがやってきて、長右衛門が朝出たきり帰らないのは、花街で遊んでいるのだろうとブツクサなじる。お絹は、夫は遠州の殿様から預かった刀の研ぎが仕上がったので、研屋から受け取ってそのまま蔵屋敷へ届けに行ったと説明する。おとせはなおも長右衛門にチクチク言葉、自分の連れ子の儀兵衛を褒めるばかり。隠居の繁斎が姿を見せ、それをたしなめてお絹を励ます。
やがて繁斎はお絹を連れて隠居所へ行くが、それと入れ替わりに儀兵衛が帰ってくる。儀兵衛は長右衛門が受け取ったはずの為替の金がないのを怪しみ、先方へ確認しに行っていたのだ。すでに長右衛門が金を受け取っていると知った儀兵衛は、それをネタに長右衛門をなじってやろうと言い出す。一方、おとせは長右衛門の管理になっている戸棚の金50両を合鍵を使ってくすねており、それも合わせて大金の紛失のかどで長右衛門を揺すり立てようというのだった。

そうして二人が悪巧みしているところへ、当の長右衛門が思案にくれた様子で帰ってくる。帰りの遅さをおとせが罵っていると、お絹を連れた繁斎が再び母屋へやってくる。繁斎が止めるのも聞かず、おとせは為替の金の行方を詰問。受け取りは明日の予定と言い抜けようとする長右衛門だったが、先方の受け渡し済みの確認を取った儀兵衛に逃げ道を遮られる。続けておとせは、別件で受領しているはずの50両がどうなっているかを尋ねる。長右衛門は金の入っていた戸棚の鍵を開けるが、50両が紛失していることに気づき、驚愕する。
そこへ儀兵衛が畳み掛けるように、近所で流れる長右衛門とお半との噂、そして、その証拠となるお半から長右衛門への恋文を見せびらかして、「伊勢参りの下向道、石部の宿の仮枕……長様参る」と手紙を読み上げる。恩のある信濃屋の娘をそそのかし、嫁入りを邪魔したことを責め立てるおとせと儀兵衛。温厚な繁斎もあまりのことに、ついに長右衛門へ恨みごとを口にする。義母義弟がいくら悪辣といってもすべて事実なので(それはそう)、長右衛門は反論でききず、ただ涙ぐむばかり。

しかしそこへお絹が割って入り、長右衛門に不義はないと言い出す。お半の手紙の宛先は、信濃屋の愚鈍な丁稚、長吉だというのだ。そんなことはありえないと、儀兵衛は大笑いしながら隣家から長吉を呼び出してくる。やってきた長吉は、お絹から目配せされ、六角堂での約束通り、「お半と懇ろしている、お半は私の女房」と宣言する。驚き呆れた儀兵衛が聞き直すも、長吉はなお「“長”様とは自分のこと」と言い張るので、儀兵衛は頭をかきむしるのだった。
お絹はこれで長右衛門の不義は晴れたと言うも、おとせは金の行方の詮議はまだ終わっていないとしつこく迫る。長右衛門は、為替の100両は自分が使い込んだが、戸棚の50両は知らず、合鍵で盗んだ者がいると言う。図星をさされたおとせは怒って、捨て子だった長右衛門の生まれをなじり、儀兵衛に棕櫚箒で長右衛門を打擲させる。あまりのことにお絹は驚き、おとせら親子の氏素性も知れたものではないと言い出すが、長右衛門がそれを止める。泣き出すお絹に、調子に乗るおとせ。儀兵衛はさらに箒を振り上げるが、そこに繁斎が割って入って止める。長右衛門は帯屋の主人であり、主人が自分の家の金を何にどれだけ遣おうがそれは主人の勝手だというのだ。これ以上言うならおとせは元の飯炊きに戻すという繁斎。おとせと儀兵衛は頰を膨らして去っていき、長右衛門夫婦は父の情けに感謝するのだった。

日も暮れてあたりが落ち着いたころ、繁斎は長右衛門夫婦に向き合う。おとせには帯屋の仕切りに口出しさせないようにするので、長右衛門は悩みすぎて「逆様事」をしないよう、これからもいままで同様、誠実に商売を続けるように諭す繁斎。そうして父は仏間へ去ってゆく。
夫婦ふたりきりになると、お絹もまた、長右衛門に「妙な考え」はしないで欲しいと話す。また、お半とのことを知ったであろう女房の気持ちを考えて、お半の嫁入りの仲人を引き受けた長右衛門に、その心遣いを感謝する。お絹がお半と才次郎の縁組を反故にしたのは、その長右衛門の気持ちへの返礼であった。嫉妬心はあるけれど、それを表に出さなかったのは、家内に波風を立てて長右衛門を苦しめたくなかったからだというお絹。彼女が六角堂へお百度参りに行っていたのは、みずからの夫婦仲だけでなく、お半と長右衛門の噂が世間に立たないようにという願いをかけていたのだった。
お絹は自分を見捨てないで欲しいと嘆き、それを聞いた長右衛門も、お絹の心遣いに涙する。長右衛門は、100両の金は才次郎と雪野を助けるために使ったことを告白する。また、戸棚の50両の金の行方はわかれど親不孝になるので詮議はできないと語る。そして、お半とのことを深く恥じ、お絹に謝る。お絹は女房に詫びることはないと言って、少し休むという長右衛門にふとんをかけてやり、酒と肴の支度をしに勝手へと立つのだった。

長右衛門はその姿を見送り、お絹と繁斎の心遣いに感謝する。しかし、お半が妊娠したという事実はどうしようもない。さらに、遠州から預かった正宗の刀がいつの間にか偽物とすり替えられ、本物を今夜中に見つけなければならないこともまたすでに手詰まりで、自害するよりほかないのであった。
長右衛門が床に伏せて嘆いていると、隣家からお半が忍んでやってくる。お半は今朝長右衛門からもらった手紙を読み、仲はこれきりにする気持ちの整理がついたという。お半の決意を褒め、こうしていてまた噂が立たないようにと、早く帰るよう促す長右衛門(まじでなんなんだこいつ?)。最後に長右衛門の顔が見たいと言うお半に、長右衛門もまたお半の顔を見て涙を流し、彼女を抱きしめる。そうしてお半は突きやられ、帯屋を出ていくのだった。
去り際のお半の様子に違和感を抱いた長右衛門が門口を見ると、手紙が落ちている。その書き出しには、「書置の事」という文字が見えた。慌てた長右衛門は外へ駆け出すが、すでにお半の姿はなく、帯屋へ戻って手紙の内容を確認する。繁斎の看経の声が聞こえる中、お半の手紙を繰っていくと、そこには、長右衛門と縁切りして他へ嫁に行くつもりはないこと、お腹の子のことが世間に知れては、自分はよくても長右衛門やお絹、母へ合わせる顔がないため桂川に身を投げるので、長右衛門はお絹と夫婦仲良く暮らして欲しい旨が綴られていた。お半が死んでは長右衛門もなおもって生きていられない。長右衛門の脳裏に去来するのは、十五、六年前に恋仲であった、芸子・岸野のことだった。岸野と桂川で心中すると誓い、岸野が先に飛び込んだにもかかわらず、長右衛門はそこから逃げてしまったのだ。お半はその岸野の生まれ変わりではないのか。長右衛門は観念し、桂川へと走っていくのだった。
(現行上演ここまで)

 

それと入れ替わるように、長吉の兄、本間の五六が走ってやってくる。出てきた長吉は兄に50両を渡し、正宗の脇差と引き換える。五六は、この程度の骨折り賃で儀兵衛から50両も弾んでもらえることを不思議がる。長吉は得意げに金の出どころや刀のすり替えのいきさつを説明し、儀兵衛がこのあと本物の正宗を遠州蔵屋敷へ持っていけば、長右衛門は御用達を失い、帯屋の家督は儀兵衛のものとなることを語る。ところが、それを聞いた五六は長吉を叱りつける。実は、五六と長吉の父は、元々繁斎の世話で八百屋商売を開くことができた者であり、長吉が信濃屋へ奉公に入れたのも繁斎の差配で、彼らは帯屋には一家ぐるみで恩がある立場だったのだ。儀兵衛からきた偽侍の依頼を怪しんだ五六は、誘いに乗ったフリをして、儀兵衛の企みを探ろうとしていたのだ。そして、さきほど長吉に渡した正宗の刀も偽物であり、本物は五六がしっかりと持っていた。逃げようとする長吉をとっ捕まえ、帯屋から飛び出してきたおとせ・儀兵衛をも投げ飛ばす五六。騒ぎを聞きつけた繁斎とお絹が駆け出てくると、長吉・おとせ・儀兵衛はスタコラサッサと逃げていくのだった。
五六から50両を返されたお絹は喜び、長右衛門に見せようとするが、夫の姿が見えない。信濃屋から出てきたお石から、お半が書置を残して失踪したと聞き、お絹と繁斎は、いなくなった二人の行方を危ぶむ。五六は一旦、本物の正宗を持って、遠州の屋敷へ状況報告に向かう。
そこへ桂の百姓たちがやってきて、桂川で長右衛門とお半の遺体が上がったことを知らせる。繁斎は驚き慌て、我を失う。帯屋の一同は、百姓たちに連れられ、長右衛門とお半の最後の場所へ向かうのだった。
(五六の出以降、現行上演なし)
(おしまい)

 

┃ 増補について

桂川連理柵』は、現行上演では、原作(正本)から演出・文章が改訂されている部分が多くある。
チャリ場として有名な「帯屋」での儀兵衛と長吉のやりとりは、実は増補によるもの。儀兵衛がお半の手紙をおもしろおかしく読む部分、愚鈍な長吉の様子に笑い転げる部分、長吉を“詮議”する部分は、原作では比較的手短にまとまっており、現行ほどボリューム感のある「おもしろおかしい」描写にはなっていない。
さらに、原作では、長吉はニキビ面ではあっても鼻水を垂らしている描写はない。長吉さんの人形は、いつから鼻水を垂らしていたのだろう……。いまの文楽のお客さんに一番喜ばれているの、あれだと思うけど……。
また、後半、お半が帯屋へ忍んできて、長右衛門を揺り起こす部分にも文章に手が加えられている。
現行『道行朧の桂川』も、初演にはない増補。上演史を追うと、文化11年[1814]には「帯屋」のあとに道行がついており、段名が「道行朧桂川」となっている。以降、「帯屋」のあとに道行がつく例が多くみられる。初演当時は心中物が禁止されていたので末尾に死出の道行がなかったものの、その統制が緩んだことで付けられたのではないかと言われている。

 

 

 

┃ 参考文献

*1:作者の表記に「近松半二」が加えられた正本が存在する。近松半二は竹本座の作者だが、『桂川』の初演年である安永5年のみ、一時的に豊竹座で菅専助と合作して作品を書いていた(『鯛屋貞柳歳旦闙』『蓋寿永軍記』)。『桂川連理柵』も関与の程度は不明であるが、そのひとつであると考えられる。

*2:まじで『曾根崎心中』と『桂川連理柵』をドッキングしたような内容。ハヤシ・カレーのあいがけのような状態で、両者の必然的関連性はほぼなし。長右衛門が徳兵衛の兄であるという点のみでストーリーが接続される。どんな兄弟なんだ??????

訃報 来賀友志先生ご逝去

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来賀友志先生が、5月8日に逝去されたとの発表がありました。
4月末に急病で入院する旨、SNSで報告されていましたが、あまりに急なことで、ただただ、驚くばかりです。


来賀先生の作品からは、数えきれないほど多くの感銘と力をいただきました。
『あぶれもん』、『天牌』、『てっぺん』、『麻雀蜃気楼』といった来賀先生の作品に出会うことがなければ、ブログも続けられなかったと思います。
『あぶれもん』は、本当に衝撃的でした。昔の麻雀漫画で、こんなにも独自の世界観と広がりを持ち、光輝を放つものがあったのかと思わされました。


来賀先生の作品によって、友人知人の輪が広がりました。そして、来賀先生の作品をできる限り読みたいと思い、古本屋を回って単行本を集めるほか、雑誌掲載のみの読み切り作品を探すために国会図書館などに毎週末通って、80〜90年代の麻雀漫画雑誌、パチンコ雑誌、謎のオヤジ雑誌を無限に確認しつづけたのもよい思い出です。そして、弘明寺をはじめ、鹿児島や福岡、高知など、作品の舞台になった場所に行ったりと、多くの面で私の世界は広がりました。

また、個人的なご縁としては、来賀先生にインタビューをさせていただき、同人誌を作ったのが大きな思い出です。その際には、なんの縁もゆかりもない若造に、誠実に、親切に対応していただきました。
原稿チェックの赤字出し戻しも、元編集者の方らしい、丁寧で几帳面な記入と対応をいただいたことを覚えています。そして、来賀先生はご自身の作品をきっちり記録・保存されていたので、私たちの確認漏れや認識間違いなどを多く訂正・補足することができ、同人誌そのもののクオリティアップに大変なご協力をいただきました。その過程を通し、来賀先生はいわゆる「天然」「才能」で書かれているわけではなく、一般読者からどう見えるかまでこだわりのある方だと感じました。
でも、私たちのやりたいことには、全然口出しされなかった。いっぱい言いたいことあったと思いますけど、見守ってくださいました。

入院中のSNS投稿も、ファンを過剰に心配させないよう、しかし不安にもさせないよう、あくまで明るく書かれているのが来賀先生らしかった。

 

天牌』は、ずっと読んでいけるものと思っていました。
発表があった昨日は、まったく心の整理がつかず、葬儀の案内は間違いではないのかと何度も見返しました。今でも信じられません。

たくさんの素晴らしい作品たちと、その情熱と興奮とともに過ごす時間をいただき、本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。