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文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽《再》入門 文楽の「人形遣い」を知る本[吉田玉男・森真弓=著『吉田玉男 文楽藝話』]

文楽の初心者向け本はいっぱいあるけれど、中級者にステップアップするための本や中級者向けの本はあまりない。そんな私の不満に自ら答える「文楽中級者向け」ブックガイド第2弾。今回は、ついつい流し見してしまう人形の演技をじっくり考えるきっかけを作ってくれた本を紹介したい。

 

今回取り上げるのは、10年以上前に亡くなった往年の名人の談話ながら、いまなおリアルに共感でき、理解でき、納得できるという驚くべき1冊。

いままでに買った文楽の本の中で、もっとも買ってよかったと思う本でもある。持ってない方は、次に文楽行ったときに絶対買ってほしい。

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吉田玉男・森真弓=著、国立劇場調査養成部調査記録課=編『吉田玉男 文楽藝話』日本芸術文化振興会/2007

 

戦後を代表する人形遣い・初代吉田玉男(1919-2006)の芸談聞き書き本で、一般書店には流通しておらず、国立劇場国立文楽劇場売店でのみ販売されている。

32の有名演目について、玉男師匠が自分の工夫や修行時代の思い出を語っていくというもので、簡素な装丁の新書サイズの本ながら、現代の人形演技を見る上での超超超必携書だと思う。

 

 

 

この本を読んで一番驚いたのは、人形の演技とはここまで理論に支えられているものなのかということ。

私は、人形の演技には決められた伝統的な振り付けがあって、それをいかに正確に美しくこなしていくかで巧拙が現れていくものだと思っていた。だから、いかに稽古するかが重要で、芸談も、そのためにどういう修行をしたとか、いかに耐えたかという、努力論や精神論の話になるのかと思っていた。極端に言うと、頭の上に水を張ったタライを乗せて徹夜で踊りの稽古をしたとか、そういう感じの。しかし、この本ではそういった話は全くされていない。浄瑠璃(本)を読み込み、それをどう表現するか、舞台での実践が重点的に語られている。

だから、この本を読んだときにはその理論性にものすごくびっくりした。玉男師匠の理論とは、個人的にそう思ったからという意見という意味ではない。文楽の根幹である浄瑠璃(本)に基づいた人物の解釈を中心に、その人形はどういう人物なのか、なぜその演技をするのかを常に自分に問いかけ続けるというものだ。

この本には、その問いかけによる深い考察と、納得できる演技を作り上げるための試行錯誤に支えられているかがつぶさに語られている。その解釈がかなり仔細で、文楽において「人形は義太夫の演奏に合わせて演技している」というのは基礎知識中の基礎知識だけど、「ここまで考えてやっているんだ」という素直な驚きがあった。現代演劇ならともかく、古典芸能にここまでの理知性を持ち込んでいることに、とても驚いた。

 

 

 

本の解釈を重視することは、実際の舞台にどう反映されるのか。

浄瑠璃の解釈と人形の演技を一致させた代表的な例は、玉男師匠が伝承演技を改定した例だろう。玉男師匠は若い頃から浄瑠璃の内容と演技の一致についてよく考えていたようで、自身が大役を任されるようになったとき、かねてから「おかしいのでは?」「人形をもっと美しくor的確に見せられるのでは?」と思っていた箇所の演技・演出を改定している。

中でも有名なのが、『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段、帰宅した熊谷に刀を携えた藤の局が襲いかかる場面だろう。我が子・敦盛を熊谷に殺害されたと思い込んだ藤の局は、熊谷の留守中に陣屋へ入り込み、熊谷の妻・相模を説いて邸内で待ち伏せする。熊谷が帰宅したところで隙を狙って陰から襲いかかるが、気づいた熊谷に刀を奪われ、取り押さえられる。ここは、浄瑠璃では以下のように語られる。

無官の太夫敦盛の首取たりと咄しに扨はと驚く相模。後に聞居る御台所我子の敵と有あふ刀。熊谷やらぬと抜所鐺摑んで。ヤア敵呼ばはり何やつと引き寄するを女房取付。ア丶コレ/\聊爾なされな。あなたは藤のお局様と。聞て直実恟りし。

 

この場面の人形の演技について、玉男師匠は以下のように語っている。

 本公演での熊谷は、昭和四十四年五月の国立劇場が最初です。相模は紋十郎さん、弥陀六は勘十郎君、藤の局は簑助君でした。この時、かねがね疑問に思っていた演技を改めています。「熊谷やらぬと抜くところ」で藤の局が、熊谷の太刀を取って詰め寄る場面、それまでは藤の局が右手で刀を持って、トンと突き、熊谷に差し出すようにしていました。浄瑠璃には「抜く」とあるのに、右手で鞘を掴んでいては、刀を抜けないし、それどころか、逆に熊谷に向かって抜いてくれと言わんばかりになってしまう。その後の「鐺つかんで」でも、従来のやり方だと、熊谷役の左遣いが、鐺(鞘尻)を逆手に持って一回転させなくてはならない。この時、わざわざ鐺を掴むのも不自然です。普通なら藤の局の握っているすぐ下を持つはずでしょう。昔のやり方だと熊谷役には確かに便利なのですが、やはり理屈に合いません。
 そこで、藤の局が右手で刀を取り、左手に持ち替えて抜きかけようとするところで、熊谷が局の裾を払い、前のめりになった拍子に、跳ね上がった鐺を背後から掴むように演出を変えました。膝を払う時、煙管でとも思ったのですけど、相手は女性ですし、手ですることに。いずれにしても、これで、局の体勢が崩れ、鞘尻が上がる。そうすると、一気に全てが解決します。左を遣うている間からずっと、そうしてみたいと考えていて、実は、昭和三十九年に藤の局の役がついた時(十月芸術座)、熊谷役の玉助さんに進言してみた。けれども、昔からのやり方のままでいくとのことで、主張を通したのは、自分が本役で熊谷を持つようになってからでした。

この改訂は定着し、現在の上演においても「藤の局が刀を右手から左手に持ち替えて熊谷にそっと近づく→気づいた熊谷が咄嗟に藤の局の膝を払う→藤の局が前のめりに転倒→反動で刀の鐺がはね上がる→熊谷が鐺をキャッチして、そのまま刀の鞘で倒れた藤の局の背面を抑えつける」という演技が踏襲されている。

古典芸能でも演出の変更って可能なんだと驚くと同時に、それが出演者の好みや自己顕示、「現代的にするために」新奇性を狙ってみたいとかではなく、浄瑠璃に紐付いているべきであるという考え方に端を発しているのがさらに驚き。一概に「昔の通り」がベストなのではなく、上演の中で常に検討が繰り返されているんですね。

 

 

 

ところでこの変更、文章で読むと、「なるほどぉーそりゃーそうですねぇー直して当然ですねぇー」と、100人中100人が思うだろう。ものすごく筋が通った、明快な理論なので。

ところが、実際の舞台でこの演技をこなすのは、実は相当難しいのではないか思う。人形は義太夫の演奏に合わせて演技をしているので、義太夫が「我子の敵と有あふ刀。熊谷やらぬと抜所鐺摑んで。」と演奏しているあいだに全ての手順を完了させないといけない。この部分、意外と一瞬で流れていってしまう。それにもかかわらず、演技の組み立てが非常に理論的なので、正確に手順を踏んだ演技をしないと、2人が何をやっているのか、観客に全然伝わらない。

人間なら自然にできる動作でも、3人で遣っている人形だと大変だ。熊谷役の3人、藤の局役の3人の息が相当合っていないと、こんな複雑な手順を踏んでの演技はまずできない。かつては藤の局が熊谷に刀を差し出していた訳もなんとなくわかる。たとえ話の筋として不自然でも、過去の演技のほうが舞台の取り回しがスムーズで、失敗が少ないのだろう。

舞台での実践を観てみると、演技を改定しようと玉男師匠が考え、共演者がそれに同意して協力したことのすごさがよくわかる。昨年12月東京公演の『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段の上演を見たとき、実際の舞台での理屈以上の難しさを感じ、玉男師匠の執念を知った。思いつきレベルでは絶対にできないし、まず周囲の人を説得できない。玉男師匠は苦労話を一切しないので、大変だったとかそういうことは1文字も書かれていない。この本で語られていることのすごさは、実際の舞台を観ることにより、より一層実感できるようになる。それも、この本の大きな魅力だ。

 

 

 

浄瑠璃に沿ってやればいいと聞くと、画一的になりそう、個性が不要なのかと感じる方もいるかもしれない。しかし、浄瑠璃が優位だからこそ、人形遣い個々の裁量は実はとても大きいと感じる。何をどこまでどう解釈するか、それをどう検討するかは人それぞれ。本書でも、ほかの人はどうやっているかの例が合わせて述べられている例が多い。

玉男師匠の深いこだわりは、周囲の人形遣いの談話からも窺える。玉男師匠の相手役を多く勤めた吉田簑助さんの話に、1,100回以上演じた『曾根崎心中』の徳兵衛でさえ、舞台に立つごとに、お初役の簑助さんへ、ああしよう、こうしようと声をかけていたというものがあった。また、一番弟子である当代の吉田玉男さんも、師匠の思い出として、玉男師匠は何回も演じている演目であってもいつも床本を読んでいたと話されていた。高い理知性と納得いくまでやるこだわりは、玉男師匠の大きな個性だったのだと思う。

 

 

 

かつての文楽は、こんなに理論的だったわけではないと思う。玉男師匠自身が過去と現在の違いに対してどう考えていたかは、この本では語られていない。しかし、別の学術調査用のインタビューを読むと、かつての人形遣いは細かいことは気にせず、型は決めていても肚はあまりない遣い方をしていた、その人物の心境なんかは見ていてもわからないと話している。これらの、自分のやりやすいようにして目立つ手法を玉男師匠は「昔の人形芝居の遣い方」と語っている。

このようなスタンスは、本書で語られている玉男師匠の理論とは真逆のものに思える。玉男師匠は、意識的に「昔の人形芝居の遣い方」から決別しようとしていたのではないか。映像で観ると、玉男師匠の若かった頃の演技もまた後年に比べれば大雑把に見えるので、技術の向上以上に、ある時期以降、考えてのことがあったのではないか。そのあたりの心境は、本書では語られていない。

 

 

 

ただ、古い時代の人形遣いがみな「昔の人形芝居の遣い方」だったわけではない。

演技の理論性に加え、本書のもうひとつの魅力となっているのが、玉男師匠の修行時代の思い出。明治から昭和にかけて活躍した往年の芸人たちや、当時の文楽座の様子が様々に語られる。玉男師匠は文楽に縁故のある家庭の生まれではなく、一般家庭から入門した人。入門時は当時の人形頭取であった吉田玉次郎の弟子になったが、本書で頻繁に名を挙げられるのは、初代吉田栄三(1872-1892)だ。この本を読んでいくと、玉男師匠が初代吉田栄三から大きな影響を受けていることがわかる。

例えば、『摂州合邦辻』合邦庵室の段。玉手御前が継子・俊徳丸への道ならぬ恋心を父・合邦に打ち明け、恋の取りなしをして欲しいと頼む場面。ここで重要な役割を果たす合邦の人物描写について、こう語っている。

栄三師匠を学んで取り入れさせていただいたのは、玉手がなおも俊徳丸と夫婦になりたいとわがまま勝手を言うのを聞いた合邦が、「まだ『俊徳様と女夫になりたい、親の慈悲に尋ねてくれ』とは、ど、ど、どの頬げたでぬかした」と、驚き呆れる場面。以前は合邦が玉手の台詞を鸚鵡に言うところで、眉を動かし、科を作るようにして色気を出し、ちょっとチャリめいて演じる人が多かった。それを栄三師匠は、合邦はそういう人物ではないと判断され、左右の方に向かって右手でトンと床を打つ、毅然とした態度に改められたのです。首(かしら)の性格からいっても当然そうであるべきで、私もそのまま踏襲させてもらっています。

ほかにも、若い頃の玉男師匠が初代栄三の遣う『一谷嫰軍記』熊谷の足をやりたくて、連日舞台の袖でじっ……❤️っと見つめてアピールし、ついにやらせてもらえた話や、栄三師匠の『義経千本桜』権太や『加賀見山旧錦絵』の尾上の足についたときにはみっちり絞られ指導された思い出が語られている。初代栄三は戦後まもなく亡くなったため、玉男師匠が間近で見ていた期間が長かったわけではないが(玉男師匠は戦時中、2度兵役につき文楽を一時的に離れている)、後年、様々な役がつくようになったとき、栄三師匠が遣っているのを一度も見たことがない役であっても、栄三師匠ならこうも遣われるだろうと想像し勤めることもあったという。本書全編を通して、初代栄三は玉男師匠の相当の憧れだったのだろうなということがしみじみと感じられる。

栄三師匠とともに頻繁に名前が挙げられるのは、女方の名人として有名な吉田文五郎(1869-1962)。相手役を勤めたときの自然な愛らしさが絶賛されているほか、文五郎師匠が実に理知的に浄瑠璃や舞台効果を解釈していたことが語られている。意外なことに、玉男師匠の『義経千本桜』大物浦の段の知盛は、文五郎師匠から指導を受けたものだという。また、同じ「検非違使文楽では“けんびし”と読む)」のかしらを用いる『鳴響安宅新関』勧進帳の段の冨樫も文五郎写しだと言い、文五郎師匠の検非違使のかしらに似合うピリピリとしたシャープな品格を語っている。文五郎師匠の理知性は弟子だった吉田文雀さんの談話にも多く語られており、文雀師匠、ひいてはその弟子である吉田和生さんにも引き継がれていることだと思う。

玉男師匠は、初代吉田栄三と吉田文五郎が様々な整理を行い、人形の芸の近代化をはかったと語る。玉男師匠もその流れの中にある人だろう。

 

 

 

理論的な浄瑠璃の読み解きに加えてもうひとつ、本書で印象的なのが、頻繁に出てくる「品」という言葉。

人形は、浄瑠璃に描写される性根やかしら(人形の顔のタイプ)に見合った品を踏まえることが重要だという考えが感じられる。現代の日常生活では「品」という概念すら存在していないが(?)、文楽の時代物は身分制度がある時代、公家、武家など身分の高い登場人物はそれに見合った描写が不可欠だ。

玉男師匠の品格高い芸風を代表する役としては『菅原伝授手習鑑』の菅丞相が有名だ。玉男師匠は、菅丞相の役を「立役人形遣いが勤める役の中でも最も位の重いもの」と語る。

 それはさておき、本物の丞相で一番大切なのは品格の描写です。公卿としての、また高い教養の持ち主としての人物像を、少ない動きの中に滲ませていく。『忠臣蔵』の大星由良助も孔明の首ですけど、それ以上に細かい神経を使うので、芯の疲れる役ですね。
 首はこの丞相に最も上質の物を用います。これも以前は、殿上眉といって実際の眉毛の上に丸く印を施していたことがありましたけど、今は単に“べらぼう眉”と呼ばれる描き眉にしている。お公家さんらしさを出そうとしたのだと思いますが、ちょっと滑稽でもあるでしょ。殿上眉のない方が品はある。

官位をもつ学者である菅丞相では上記のような考えになるが、公家に化けた武家という特殊な役、『奥州安達原』環の宮明御殿の安倍貞任になるとかしらが文七になるので、これまた難しい。

 “矢の根”の貞任は、桂中納言則氏に化けていて、衣装は衣冠束帯のお公家さんの姿です。ここは、あくまで肚を割らず、公卿らしい品格を滲ませるのが大切です。とはいえ、首が『菅原伝授手習鑑』の菅丞相のような孔明ではなく文七なので、よけいに難しい。(略)
 (略 切場“袖萩祭文”で)貞任は切腹した傔杖の懐から密書を抜き取ります。ここで、ずっと以前は、貞任の人形が「してやったり」とでもいう風に「べー」と舌を出す演技をすることがあったそうです。私は話に聞いているだけで見たことはありませんし、栄三師匠ももちろんそんなことはなさっていません。素朴な面白さはあるでしょうけど、貞任の性根にはやはりふさわしくない。

立役(男性の役)の場合、かしらの種類が多彩にあるためか、かしらが何であるかもその役の人物造形に関わってきて、それゆえの難易度が発生することがよくわかる。

 

 

 

加えて玉男師匠は、人物描写はわざとらしく拵えたものではなく、内面から滲み出ることが重要と考えておられたようだ。特に色気に関しては描写が慎重。『本朝廿四孝』十種香の段に登場する武田信玄の嫡子、超キラキラ系イケメンの武田勝頼の描写をこう語る。

 とはいえ、勝頼の色気はあまり意識しては表現しません。また、計算して出せるものでもない。さりげなく滲み出るようでなければいけません。文五郎師匠の八重垣姫も、得も言われぬ可愛らしさでしたけれど、拵えたものではなく、あくまで自然な描写でした。(略)勝頼の場合は衣裳が美麗なので、それだけで十分華やかですし、あとはやはり首の遣いようです。歌舞伎の二枚目のように、襟を衣紋に抜いたりしない。本来、私はどんな役でも、棒襟をきっちりとつけるのが好みです。

対して、これまた玉男師匠が得意としていた世話物の二枚目の色気はどう表現するのか。『心中天網島』の主人公、治兵衛について問われた玉男師匠はこう語る。

 和事の二枚目の色気をどうやって出すか、ですか。拵えた色気はいやらしいものですし、自然と滲み出ないといけないのですけど、技術的にはまず胴串の握り方ですね。普通、立役でも時代物なら力強さを出すために、左の掌の中心部に胴串をどっしり据えて、五本の指でしっかり握る。対して女形は指の付け根あたりに胴串をふんわり置く感じで、握り方も柔らかい。二枚目はその中間くらいでしょうか。ただ、おなじ源太の首を用いても、裃をつけた『本朝廿四孝』「十種香」の武田勝頼や『絵本太功記』の武智十次郎と、世話物の治兵衛や忠兵衛のような役はまた違う。そのあたりは微妙で、言葉では曰く言い難いのですが、時代物の方が色気の描写を控えめにする必要があります。

この談話はかなり具体的で、かつ、客席からは絶対に知りえない「胴串(人形のかしらの下部についた棒。主遣いはここを左手で握る)の握り方」というヒミツ(?)が語られているのも貴重だ。

玉男師匠の「おさえた中の的確な表現」へのこだわりを読むと、みんなおなじように見えていたいまの人形遣いさんにもそれぞれの考えや遣い方があることが浮き上がってくる。過剰めの演技をする人がなぜそうしているのか、地味に思える人は本当にただ地味なのかを考えるきっかけになる。

 

 

 

舞台のちょっとした裏話が散りばめられているのも楽しい。客席から見ていると、舞台上にはたくさんのお人形さんたちがうぞうぞしていて、衣装をもぞもぞ脱いだり、中空からモノをぱっと突然取り出したり、エア椅子にどっしり腰掛けていたりする。そういった舞台は、いったいどういう段取りで進行しているのか。

例えば、物語上重要な小道具の準備。『加賀見山旧錦絵』長局の段で、尾上が自害する前、文箱を開けていくつかの中身を取り出る場面がある。玉男師匠は後年の立役のイメージが強いが、尾上などの品格の高い立女方も多く勤めている。この尾上役のときは、箱の中身に入れ忘れのないよう、初日からしばらくは準備してもらったものを自分でも確認していたそうだ。

そして、遣っている本人しか気付けない、人形自体からくる難易度。たとえば、『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段の最後に登場する源義経。首実検の最中、舞台の上手にじーーーーーーーーっと座っているだけなのでラクそうと思いきや、鎧をつけているせいで重量があり、ふらふらさせずに綺麗な姿勢で持っているのが大変なのだという。上演中は観客みんな熊谷を注視しているので、義経はいるような、いないようなイメージ(失礼)だったけど、大変だったんですね。

ほかにも、『良弁杉由来』二月堂の段の良弁上人、『桂川連理柵』帯屋の段の長右衛門など、じっとしていて動きの少ない役の難しさ、それゆえのやりがいは繰り返し語られている。じっとしている系の役の重要さは、ぜひ本書を読んで確かめていただきたい。当代の玉男さんがなぜあんなにもじっとしているのか、わかった気がした(?)。

誰も気にしていない(褒めてます)左遣いや足遣いの、見えない見所(?)の披露も。『源平布引滝』の斉藤実盛など、舞台上で馬に飛び乗る人形を綺麗に馬に乗せるには、足遣いと間合いを合わせることが必要だとか、『絵本太功記』で武智光秀が遠寄せの太鼓の音を聞いて下手へ向かって駆け出す際の「団七走り」では、左遣いが人形の前に回って主遣いの腰を支えながら人形を遣うので、その加減が重要であるとか、3人遣いの文楽ならではの左遣い・足遣いとの関係性の話題も興味深い。このような話を読んでいると、普段、存在感の薄い(褒めてます)左遣いや足遣いの動きがいかに重要か、具体性を帯びてきて、よくわかる。

 

 

 

玉男師匠の言葉は常に明晰な言葉で語られているので、玉男師匠の舞台を観たことのない、現在の文楽の観客である私にも何を言っているのかが理解できる。これって、すごいことだと思う。芸談本には、自分の意見と他人の意見を混同している方とか、本心を明かさずものすごくおおざっぱな一般論を語る方とか、独自の精神論を語る方も多いので……。本書の明瞭さ、仔細でありながら読みやすい文章は稀有なものだ。おそらく、取りまとめをされた森真弓さんの工夫によるところも大きいだろう。私は玉男師匠の実際の舞台を観ることはできなかったけど、この本を通して、玉男師匠が文楽に残した偉大な足跡を知ることができた。

談話のテーマになっている演目は以下の通り。

伊賀越道中双六/一谷嫰軍記/妹背山婦女庭訓/絵本太功記/奥州安達原/近江源氏先陣館・鎌倉三代記/加賀見山旧錦絵/桂川連理柵/仮名手本忠臣蔵/源平布引滝/恋女房染分手綱/心中天網島/心中宵庚申/菅原伝授手習鑑/摂州合邦辻/曾根崎心中/染模様妹背門松/玉藻前曦/壇浦兜軍記/夏祭浪花鑑/鳴響安宅新関(勧進帳)/彦山権現誓助剣/ひらかな盛衰記/双蝶々曲輪日記/平家女護島/本朝廿四孝/嬢景清八嶋日記/冥途の飛脚/伽羅先代萩義経千本桜/良弁杉由来

各演目の解説のほか、本文中に出てくる文楽専門用語や人名をまとめた用語集つき。このあたりは下手な入門書よりわかりやすく書かれており、これだけでも価値あり。

談話の内容があまりに詳細なので、観たことのない演目のページは読んでいても何言うてるか本当にわからない。公演に通ううち、「読める」ページが増えていくことが楽しい。文楽を観るようになって4年、もうほとんどのページを読んでしまったけど、まだ読んでいない数演目を読み終わる日が楽しみ。

 

……と、いろいろ理屈を並べたが、玉男師匠についてなにより本当に一番びっくらこくのは、人形遣いとしてのぶっちぎった技芸のレベルの高さだね。記録映像で観ると、演技が理論的とかそれ以前に、とにかく、もう、めちゃくちゃにうまい。衝撃的。本当に次元が違っていて「は???????」となる。NHKが往年の名演をまとめた文楽DVDをたくさん発売しており、人形の重要な役は大抵玉男師匠なので、本書を手にされた暁には合わせて実演も確認してみてください。

 

 


備考
前述の通り、本書は国立劇場国立文楽劇場売店でのみ店頭販売されているが、国立劇場売店の文化堂(http://bunkadou1.com/)から通信販売で購入することもできる。本体価格1,000円、送料200円。

通販ページ https://store.shopping.yahoo.co.jp/bunkadou/1-580.html

 


文楽《再》入門 ブックガイド 過去記事
第一弾 

くずし字学習 翻刻『女舞剣紅楓』三巻目 嶋の内夏屋の段

本作に登場する「宇治屋」およびその若旦那・市蔵の放蕩は、辰巳屋事件をモデルにしている。

辰巳屋事件とは、元文4〜5年(1739〜40)、大坂の富商・辰巳屋で起こった家督相続騒動が発展し奉行所汚職にまで及んだ事件で、その概要は以下のようなものだったという。

  • 大坂の炭問屋・辰巳屋久左衛門は資産200万両、手代460人を有し、大名貸しまでする豪商だった。
  • 先代久左衛門の弟・木津屋吉兵衛は、辰巳屋の財産を狙い、養子である当代久左衛門の後見に。
  • 当代久左衛門および手代新六らはそれに抵抗し、奉行所に訴え出る。
  • 吉兵衛はあらかじめ東町奉行稲垣種信へ用人馬場源四郎を通じて賄賂を贈っていたため、訴状は却下され、新六は入牢。
  • 当代久左衛門派の手代が江戸へ行き、評定所(幕府の最高司法裁決機関)の訴状箱に願書を投じたため事件が発覚。
  • 関係者は江戸召喚となり、数回の吟味を経て種信・源四郎・吉兵衛の罪状が判明。
  • 町奉行稲垣種信は失職し持高半減、閉門。源四郎は死罪。吉兵衛を遠島に処された(のちに減刑)。
  • この事件に際して、幕府側に多数の有罪者が出た。


この事件は、大坂の一商家の家督相続騒動が奉行所汚職にまで発展して多数の処分者を出す大事件に発展したこと、江戸での詮議に大岡越前守忠相が関係したことで有名だが、吉兵衛に町人の身分にふさわしからぬ奢った振る舞いがあったとされたことは当時の小説・演劇等の格好の題材になった。辰巳屋事件を扱った文芸として最も早いものが、事件の6年後に初演されたこの『女舞剣紅楓』(延享3年[1746]10月大坂道頓堀陸竹小和泉座初演)である。以降、小説『銀の笄(かんざし)』(早大蔵の写本では寛延4年[1751]?)、歌舞伎狂言『棹歌木津川八景』(『銀の笄』の脚色、安永7年[1778]角の戯場初演?)がある。*1


『女舞剣紅楓』では、吉兵衛の「学問好き、学徒向けに蔵書公開や学資支援を行う」「強欲で虚栄心がある」「町人の身分に満足せず公家の家来になったり、侍の真似事をする」等の行状を、宇治屋(“都の辰巳”と呼ばれている)の若旦那・市蔵、従兄弟・善右衛門、手代・長九郎のキャラクターに分解している。
若旦那・市蔵の行動のうち、2〜3巻目にある“公家装束を身に付ける”、“茶屋遊びで「無間の鐘」になぞらえて正金を撒き散らす”は吉兵衛が実際に行ったことの可能性が高いようだ。辰巳屋事件を描いた実録風の小説『銀の笄』には、吉兵衛の以下のような行状が描かれている。

  • 烏丸家から公家装束を拝領し、堂上家風の正月の儀式を行った
  • 道頓堀升屋三郎方で、瀬川菊之丞(歌舞伎女方、初代)に「無間の鐘」の所作事を演じさせ正金100両を撒き散らした*2


ただ、奉行所汚職等の社会的事件性要素、『銀の笄』にみられるような奢侈の張本人吉兵衛を主役とする(悪役として描かない)観点は本作には取り入れられておらず、豪商の奢侈ネタのひとつとして使われているにとどまっている。また、『女舞剣紅楓』の後続作、『艶姿女舞衣』ではこの辰巳屋事件は取り上げられなくなり、半七と三勝およびお園の物語に要素が絞られている。

 (参考:内山美樹子「辰巳屋一件の虚像と実像-大岡越前守忠相日記・銀の笄・女舞剣紅楓をめぐって-」 『早稲田大学大学院文学研究科紀要 29』早稲田大学大学院文学研究科/1983)

 

 

以下翻刻

いままでの翻刻

 

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三巻目

先ツ旦那には此年月御懇望なされしに。大納言家の御恵ミ。殊に御装束を下され。
すぐに束帯なされし所。生れ付イての上つかた。ナントアレ位高ふ見ゆるでないかと。長九郎が

 

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ついしやうに夏屋の三婦頭をさげ。御意の通りあなたには何くらからぬお身の上。殊に此度お
位迄下され。大納言様とやら。小豆の異名聞クやうな。結構なお公家様。此夏屋が座敷
にて。其御祝儀の御振舞。仰付ケられ下さるは。茶屋冥加に叶ひし事。何で有ふと嶋の
内始つての大慶。私が為の福の神。小勝様は弁財天。おふた方のあの様に御遠慮の内にご
ざるを見れば。しつかい生キた雛様じやと。畳に額を付ケにける。市蔵笏を取リ直し。いか様爰らめづ
らしき束帯客。朕が心をよく悟り町家の座敷を此様な。殿にしつらひ思させし気転
殊更小勝諸共に装束の姿故。雛に見ゆると祝ひしは。出かしたりひがめにあらず。夏屋

 

めに。褒美をやれと。俄につくる殿上人。のぼり切ツたる笑止さよ。小勝は始終恥しさ顔は
あからむ恥紅葉。覆ひし袖をそつとのけ。市様ンの縁ンにつれて。賤い此身が十二単お妃様
と人様ンに浦山れ。雛様と迄いはれるは皆様のお世話故。ゆるりと礼をいはふぞへ。イヤもふそふ思ふて下
さるれば。私共も千ばい。ヤほんに千ばいで思ひ出した。お盃がないによつてどふやら御殿ンがかたづま
る。三婦ソレ言いつきやれヲツト酒の菅丞相大神様へ御酒備へんと。勝ツ手に向ひ手をたゝけば。
アイと返事も所めく声もはすはなきなりに銚子盃携て。花車は座敷へ出にけり。コリヤ/\
女房。上様にはお装束長九郎様も此三婦も。袴かちぎ手が目に見へぬか。外のお客へ出る様に。

 

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前垂がけは慮外じや/\。テモあの様ンのぶ粋な事いはんす。お前方は麻卡モ。わしは又女子の
装束。此前垂が緋の袴。なんといやとはいはれまいと。いふに市蔵につこと笑ひ。いしくもいふたり
三婦が妻。其頓智なる返答に。彼レ木も口をつぐむ斗。朕もなめらひ/\と行先揃はぬ堂
上詞。アノはつさいのべり/\にはかたかれる物ではござりませぬ。ムヽちつとそふもござるまいと。どつと
笑ひを催せる。長九郎はしたり顔。先キ達てお上ミから仰付ケられた通リ。下タ々共は参る筈か。イヤそれは
ぬかりは致しませぬ。何がけふの御祝儀に。藝尽を御覧なされると。人をやつて置た故。和平様ン
万九様ン。此ふたりを始メとして稽古衆碁盤人形。嶋の内の芸者に一人も残りはござりま

 

せぬ。ムヽさも有なん重畳/\。ヤふすいめ何とした。イヤふすいは三勝殿を同道して参る筈。
ムヽきつうおそいに人をやれと。長九郎が指図に任せ花車は勝手へ入にけり。誠にそれよ三勝は。
けふの趣向のおも役者。追イ々迎をやるべしと。せり立る市蔵が。詞もいまだおはらぬ所へ。ふすい様が
見へましたと。しらせにつゞいてくるふすい。台鼓にまれな沙門の姿。居士衣の裾もほら/\と取シ
しめもなく座に直る。長九郎は人々に目まぜして。ふすいをこまらせ笑はんと。しさいらしく膝立な
をし。三勝殿は何ンとした。イヤ三勝様もお供致。アノ端の間で。中居衆と何やらお咄。去ルによつて
坊主め斗。先ツおめ見へをと手をつけば。ヲヽそれは大義/\。扨改メて其方に言渡す事が有ル。向後

 

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そちは旦那の御前へは叶はぬぞ。そこ立ツて早帰れと。思ひがけなき一チ点ンに。ぎよつとせしがさすが
のふすい。是は又終にないお詞。私が身に取ツて。御機嫌を背く様な誤りの覚へもなしと。いはせも果
ずイヤ誤りは少シもない。夫レに又帰れとは何故におつしやります。ヲヽ子細いふて聞そふ。見る通リ
旦那には大納言のお位。すべて職原の掟にて。仏ツ事供養の其外には。僧尼の類ひを
お嫌ひなさるゝ。そふ心持て此後は。君の御前へ必出なと。誠。しやかに言ければ。ふすいはうぢ/\袂より。
かけ鬢かづら取出し。左様有ふと存た故。只今是へ参りがけ。芸子衆の衣装櫃に有合た
此かづら。用意して参りしと。すつぱりかづく撥鬢かづら。是は出来たとそう/“\が。はつめい/\ヤア

 

打ておけ。しやん/\。も一トつせいしやん/\。祝ふて三度しやんのしやん。酒にせいとぞさはぎける。
市蔵は餘念なく予が目をかける程有ツて。出かしおつた去ながら。天窓は撥鬢からだは坊
主。鵺同然の台鼓持チ。早速言付ケる役目有リ。それ/\と有ければ畏て長九郎。挟箱より
金三百両取出し。今日我君の御慰みに。三勝殿を太夫に頼ミ。無間の金を御挽なさる。かの
三百両ふる金に。誠の小判を天井から蒔ちらすお物好。鵺といふ名の付クからは。天井の役
目は相応。急度申渡したぞ。ナントきついか小勝様と。そやせどのらぬ気の毒顔。三婦はうき立チ。年シ
越に豆板を蒔ちらした椀久さへ。今の世迄の一つ咄シ。小判を直キにふらすとは。あなたでなければ

 

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ならぬ事。ふすい様二かいの手伝ひ間のぬけぬやう頼ますと。いへどふすいはすまぬ顔。大まいの此
小判。石か瓦をする様に。どふぞ外の思ひ付キ。今一思案なされぬかと。指足しての異見口。市蔵
耳にやかゝりけん。景色かはつてヤイづくにう。言付クる役目気にいらいでのたは言かと。顔色かはればふす
いは小判取上ケて。イヱ/\きつと勤めます。御ゆるされて下さりませと。気にさからはぬを長九郎。ヲヽそれが能イ
/\。只何事も御意に任せよ。追ツ付ケ藝も始る時刻。夫レ迄は御座をかへ一献すゝめ奉らん。入御ならせ
給へやと身の程しらぬあしらひを。悦ぶ心は雲の上。あやうきけふの栄花共。しらでのぼるや中二かい。
打つれてこそ入にけり。世の中に。ひとしからぬは人心。男ぶりさへきつとして主を大事と一心に。染リ

 

切たる茜屋の半七は只一人。夏屋が中庭案内もなくすぐ通り。人待チ顔にうそ/\と。奥の
様子を窺へば。奥に打手のちよん/\/\。アイと中居が立出るを。これ/\と呼とゞめ。台鼓持のふす
いに。立ながらちよと逢たい。呼出して下んすまいかと。ついいふ事も愛敬有リ。いそがしい中なれど。よい男
様のお頼み。心いきで呼ンであぎよ。そこにお待と言捨てこそ走行。所がらとて仮初にも。色を持タし
た詞のはし。いか様にくふもない物と。一人言して居る所へ鵺の冠位を下された。此鼻を呼出すは。どい
つじやい。どこのおさんでござんする。する/\/\と。走リ出。是は/\めづらしい。逢たいとはお前様かと。立よれば半
七。ふすい。われは聞へぬぞよ。改めいふには及ばね共。親半兵衛が宇治屋から大和へ帰り此半七

 

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が生れし時。そちが母が乳母。其躮のわれなれば。マア半七は主でないか。其主の大事にかけ
る市蔵様は。主の主じやが合点がいかぬか。心台鼓持をして。人をおだてるが商売じや迚。一たん
頼んだ様にもない。なぜかけ引をしてたもらぬ。聞ば今日此所で無間ンの鐘の藝をさせ。誠の小判を
蒔ちらすと。此あたりでの風聞。親旦那は西国の留守。戻らしやつて聞カしやつたら。大抵の事であ
らふか。よしそれは親子の中。料簡も有にもせよ。おごりの沙汰に聞へては。旦那のお為になら
ぬ。それをじつとたまつて居るは頼かいもない男。異見をすべき長九郎。おんなし様にあほうの腰押。
大納言じやのお公家のと。ろくなやつが一人リもない。腹が立ツてたまらぬと。せきのぼしたる。恨声。

 

ふすいは顔を打寄り。ア丶善悪は水波といへ共。それ程にも違ふ物か。長九郎殿とは格別お前
は一チ途に主思ひ。私も人じや。それしらいでよい物か。天道様が証拠。折々の御異見。先キ程もその
金の事で。申シ出かけて見たれ共。中々に聞入あらばこそ。かへつてお腹を立てられる。それ故にせう事なし。小
判まく役目を受ケ。爰に持ておりますと。懐中より取出せば。半七も懐より金三百両
取出し。子供の時からそちが気もよふしつて居る。よもやとは思ふたが。余りの事に興がさめ腹
立紛れの悪口。馴染がいに料簡仕や。扨と。此噂を聞た故。けさ早々からかけあるき。拵へてき
た此小判は。厚紙の箔置。此を蒔て間に合せ。人の口をふさいでたも。よしそれが気に入ラ

 

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いで。重て座敷へ呼れずは。お主の為とあきらめて。夫レ程貧乏してくれと。わりなき詞に
涙をながし。それ程におつしやられずと。合点してゐる事じや物。何しにお詞背かんと。紙の小判
を懐中し。誠の小判は市蔵が。挟箱にしつかとおさめ。錠前しやんと押シ直し。もふお帰りなさ
れませ。私は奥へ参ります。そんなら必頼ムぞや。跡の事は是程も。お気づかひ遊ばすなとふ
すいは。奥へ入りにけり。アヽあれで先ツ落着イた。さらばお暇申そふと立帰る後より。半様ン/\と声
をかけて立出るは。ヤア三勝かと上り口立よれば引よせて。ほんにマア嗜んせ、あんまり便りが
聞へぬ故。在所へ人をやつたれば。京へとやらいふて戻る。定メて戻りに伏見から。くだつてごんす心で

 

あろと、待ツても/\見へぬ故。若シ煩ふてはゐさんせぬか。早ふ顔を見せてたべと。天神様へ願ンかけ
て、梅を一ツ生断たぞへ。わしは見たふないにもせよ。お通がおまへに逢たがる。ちつとは又女房子もか
はいがつたがよいわいなと。涙ぐみたる恨声。ヲヽ恨ミやるは道理/\。わしも顔は見たけれど。ことしはきつ
い綿年で近ン年の大下カり。商事でめつらも明ず〈いそが〉しい最中に。二三月の逗留で京へのぼ
れと親父の用事。何ンでも是はよい次手。是からそちへと思ふたがよい所に居やつたの。マア息才
で嬉しいと。語るを聞て女子気の。ついほれ/”\と恨もはれ。それなれば見へぬも道理。したがなが
く京に居て。悪性なかつたか。やせて戻りはさせぬかと。膝引廻ししなだれて袖から袖へ手

 

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をいるゝ。妹背の中ぞわりなけれ。奥より中居が走リ出。申シ/\三勝様。追ツ付ケ藝の始る。早ふ
お出なさりんせといひ捨行をコレお藤。ちよつと耳が借たいと囁ば。こんた/\。最前のよい男
様ンどふで誰レぞがたゞ置クまいと思ふてゐたに違ひはない。幸イ茶の間が明イて有明ケ。朝迄なりと
請込ンたど。口合たら/“\取もてば。まだ咄したい事も有リ。そこで待ツてゐやしやんせ。そんならいても大事
ないかや。ハテわししだいサアお出と。中居が案内に半七は別れて後チにと三勝も。奥の一ト間に
入にけり。飼かふ犬におとりたる長九郎はそろ/\と。人なき透を窺ひて挟箱を取出し。  ア小勝めは
命じや。染小袖にいくせ織の幅広を前帯。嶋田に髪をゆふた時さへ。よい女房と筒一ツ

 

ぱい惚て居たに。けふの又美しさ。馬鹿めが現を抜かすも道理。そこを拙者が先キへ廻り身請
するこんたん。則チ金は此中の三百両。福徳の三年めと。錠前に手をかけてねじてもこぢても明カ
ばこそ。いかゞばせんと思ふ内奥に始る役者のこは色。思ひがけなく恟りして。うろたへ廻る盗人眼コ。わな
/\ふるふおかしさよ。物まね終れは胸なでおろし。あつたら肝をつぶさせおつた。したが此錠前をと
案じる内に無間ンの鐘。うたひかくるか三味の音。二八十六でふみ。付ケられて。二九の十八でつい。其心。
長九郎は一ツ心ンふ乱。歌の唱歌を聞すまし。思案工夫のたばこ盆。火入レ取リ上押シいたゞき究竟の合鈎
と立よれは。噂へ聞ク無間の鐘をつけば。有徳自在心の儘。此世は蛭に責られ未来永々無間ン

 

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だごくの業をうく共。だんない/\大事ないと。語るにつれて鳴ル釣鐘。音トに合せてくはつち/\。なんなく錠
前打放し。件の金を取上ケしが。座敷の騒に気もうろ/\。隠し所をそこ爰と思ひ付イて巻あげし。
御簾の間タへ押入レて次の座敷へ立忍ぶ。程なくはてし奥の藝よふ/\/\の声につれ。立出る三勝
は。髪も乱れてあせたら/\。跡よりふすいが逃出るを。市蔵抜身を引さげて儕レ坊主め赦さぬと。
いふに家内は俄の騒動皆かけ出てとゝむれば。半七も驚て。暖簾のかげに聞居たり。
市蔵せいたる面色にて。けふの趣向の第一は。小判を蒔が思ひ付キ。それでさつきに念を入言付ケた
大事の役。なぜ贋物を蒔ちらし。此市蔵に恥かゝせた。サア爰へ出い切さげると。ふり上る手に三

 

勝小勝すがり付マア/\待て下さんせ。ついにお前のお詞を背かんせぬふすい様ン。訳がなふ
てならふか。つい其訳をいはんせと。心を付けれど只アイ/\。始終をしつた三勝は。いふてよいやらわるい
やら。夫トの心はかり兼。何事もめでたい折から。御料簡遊ばせと。なだむるより外詞なし。長九郎
はもゆる火に。よい焚付ケとふすいが胸ぐら引回し。ヤイ爰なぬらくらめ。儕レ一人リの分別で。旦那に
恥辱をあたへたでは有ルまい。相談相手か頼人が他に有ルに極つた。どいつじやぬかせと捻伏られ。
イヤ頼人も相談相手も有ル事ではこざりませぬ。どふ思ふても大事の小判。蒔ちらすが勿
体なさに。わたし一人リの分別でやめたのでござります。御ゆるされて下されと。いふに市蔵たま

 

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り兼。モウゆるされぬと飛かゝるを。半七見るより走リ出いだきとめて。マア/\お待と抜身を
取リ。何ンで有ふと私に。お任せ有レとなだむれば。半七。よい所へ来合した。おれが恥を雪。分別せいと若
気の一ツてつ。気にさからはぬ発明者。お気づかひなされますな。お前のお顔は立テますと。ふすい
が傍に立寄ツて。小判をまくは。家内の者にひろはせての賑ひを。御覧なさるゝお慰の。妨を
したと有ルお腹立。此はきつい御心。それ故そちを。以前ンのことく坊主にして追払ひ重て旦那
の御前へはかなはぬと。鬢かづらを引ツぱつし。手討にするとおつしやれば。命がはりの此かづら。ナ合点ないたかと
打テひゞけ。事をわけつゝ両方を。一度になだむる半七が心づかひぞしゆせうなれ。放逸気随

 

の市蔵も。道理の詞にふせられて納得したる顔の色。ふすいは又半七が心をかんじ手をつかへ。
重て御前ねめされぬは。なんばう悲しいござれ共。御料簡遊ばする此悦びにはかへがたし。預カりおきし
お金を指上御ン暇申さんと。立上つて挟箱。ふた押シ明ケてさがせど金のあらばこそ。ふしぎ/\と挟箱
打返し/\。うろ/\するに人々はどふじや/\と立さはげば。ふすいは[革可]*3。ハハツト斗にどうと座し暫し。詞もな
かりしが。半七挟箱をきつと見て。此中へ入置しをよくしつて。錠前をたゝき砕き盗取たに紛れ
なしと。いはせも果ず長九郎。イヤこれ半七。それはちつとおろかな分ン別。其中へふすいめか。慥に金を
入たといふ。証拠なければ有論/\。さつする所此金は。ふすいめが盗んたれど。外のしわざといはせふ為。

 

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錠前に疵付ケたな。此推量にちがふまいと。おのが悪事をかぶせんといひ廻せば。ふすいはせき上ケ。
何此坊主が盗んだとは。何ンぞ慥な証拠が有か。サア盗まずば金を出せ。サア其金が。なけれ
ば儕レ盗んだに極つたと。立チ蹴に蹴倒し出させにやおかぬとかさかけて。いぢめる心ぞ恐ろしき。ふ
すいは無念ンさ口惜さ。喰付クやうに思へ共。眼ン前見へぬ三百両。とかうの事もないじやくり身を
ふるはして伏しづむ。小かつは見るに気の毒さ台鼓持チこそなさんすれ。常から気しつはしつて居ル。
よもやとわしらは思ふて居れど。預らんした物がなければ。どふも此場がすみにくい。早う言訳さん
せいのと。姉が詞に三勝も成ル程そふでござんす共。サア言訳はないかいなと兄弟倶に立寄ツ

 

てゆすりうごかし尋れど。顔ふり上て見た斗リ。泣より他の事ぞなき。市蔵猶も納得せず。
纔金は三百両それ惜むてはなけれ共。いかにしてもしかたが憎い。長九郎はからや/\。畏つたと
立上りふすいが利腕しつかと取。サア代官所へ引て行。立上れと引立るを。半七暫しと押シとゞめ。コレ
長九郎殿。こなたは人もしつた宇治やの内では大学者。其弟子の若旦那。おふたり様へ此様なちん
ぷんかんは釈迦に経なれど。事の疑はしいは。ふたゝび是を正すとの事じやげな。あながちふすいがぬ
すみしと。慥な証拠もない事に。代官所へも渡されまい。今一トせんぎして見よふと引すへて。ヤイふ
すい。言訳をせぬからはどふでも儕れに疑かゝる。といふて慥な証拠もなければ。ごうもんして

 

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是非を正し。明白に白状させる。身うごきすなと立寄ツて。巻上し御簾むんづと掴引放さん
とする所を。長九郎飛かゝり半七それは何するのじや。ハテふすいめが詮議をする。ム丶此御簾を
引おろしふすいめが詮議とは。サレバナ。竹はもとすなをな物。人の心も竹にによと神の教。さるに
よつて神前にと上つかたの御殿にも。其すなを成ル竹を割。簾にあみて御簾と名付ケ。〈いましめ〉の為
かけ置カれる。其直なる竹を以ツて。心のゆがみしふすいめを。ぶち伏白状させるが誤りかと。ふり放せば
又取付キ。サア/\それは心じやが。それ程に詮議せずと。よしにしたがよいわいの。そりな又なぜに。ハテ
ふすいめは盗はせまい。外を詮議して見ると。身をもみあせれば顔をながめ。たつた今迄盗人

 

はふすいめじやといふたこなた。俄にそふは有ルまいとは。ハ丶扨は誰レといふ事よふしつてか。イヤそふでは
なけれど。なけれ共ならゆるされぬと。なんなく御簾を引はなし。拷問の塩梅見よとふり上れば
ばら/\と。こぼれ落ちたる三百両。ヤア金が爰にと人々は[革可]。呆たる斗也。半七金を取リ上て市
蔵が前に置キ。ふすいめが覚へわるく。御簾の内へ入置キしを。挟箱と取違へ。旦那にもお腹を立さ
せ。其身も盗人呼はりせられ。重々のたはけ者。しかしながら金さへ出れば。きやつがあかりは立まし
たと。長九郎がしはさとはしれ共にいはぬ半七が。心の内ぞ奥ゆかし。市蔵ほつとせいつかし。コリヤ半七。
其方が働で。金は無事に戻つたれど。おれは大分ン気が尽た。わつさりと酒にせまいか。是は

 

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てんとよござりましよ。サア長九殿。奥へ/\。おりやそんな事しらぬわいの。勝ツ手にさしやれとむ
くろ腹。市蔵何ンの気も付カず。サア御家老。そちが居ぬと座敷が持チぬ。三勝殿も半七をつ
れて立ツてサアお出。小勝たちやいのサア/\と。手を引あふて現なく。酒には酔はで長九郎が。わるいたく
みによはされて皆々。引連レ入にけり。ふすいは一ト間を忍び出。台所にて隠したる出刃庖丁を鼻
紙に。くる/\巻て懐へいらつく胸を撫おろし。奥の様子を窺ひて。尻ひつからげ逸参にかけい
らんとする所へ。ぬつと出たる半七が。顔見るより恟りし。からげおろしてさあらぬてい。半七は心付カ
ず。そかあはまだいなずにか。アイヤ忘れた物がござりまして。道からちよつと戻りました。早ふいんで

 

休みやいの。アイ/\お暇申さふと。いぬるふりしてかたかげに立びてぞゐたりける。半七は手をこまぬき。
しばし思案の顔に皺。ム丶そふじや。武士道は立テね共。主を大事と思ふには町人迚も同じ事。儕レ
長九郎待おれと。覚悟極めし風情にて。尻引からげ身繕ひかけ入ラんとする所を。ふすいはすかさ
ず飛ンで出しつかとだきとめ。コリヤ半七様何なさると。留めてもとまらぬ有様に。待た/\何ぼでも様子
聞ねば放さぬと。いふ口おさへてだまれ/\。サア夫レなれば声は立テぬ。其様子は。長九郎めを殺しに行。ヱ丶につ
くい大悪ク人。親半兵衛は在所へ引。親旦那の教貞様は隠居のお身。何もお構なされぬ故。番頭
顔にのし上り。アノ若い市蔵殿に悪い事のせいらいを。教へこんであほうに仕立テる。魔王と

 

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いふあいつが事。殺してしまふが家の為。おれは命を捨てゐると。又かけ出すを引とゞめ。サアそれは成程
尤。お為にならぬ悪ク人。殺してしまふはよけれ共。高があいつも奉公人。追イ出せば済事。今殺して
のどふしてのと。其様なさはぎが出来ては。もとのおこりが市蔵と。代官所の評議に成リ。かへつてあな
たの難義になる。爰が悲しい。町人の身の上は命を捨たばつかりで。つい事は済ませぬ。よふ分ン
別して見給へと。物に馴たる利発の異見。台鼓持チには惜かりし。半七とつくと聞届。いかさま
そふじや。あいつを殺し。死ンでしまへば事済ムと。飲込だは誤り。跡の段へ気が付カなんだ。スリヤ御合点が
参りしか。ハア丶忝や嬉しやと。悦ぶ顔をとつくと見。さ程跡の難義を弁へ。市蔵殿を大切ツに思ふそ

 

ちが。懐に出刃庖丁。誰レを殺しに行気じやと。いはれてハツト胸おさへ。物をもいはず。蹲る。半七辺
を見廻して。様子聞ねど知レた事。長九郎に鬱憤を。いはふと思ふ気で有ふが。夫レではやつぱり跡の
難義。きやつが金を盗ンだは。其時から知ツたれ共。態しばしためらひしは。浪風もなふ長九郎めを追イ出
さんと思ふ故。人を殺せば其身もコレ死ねばならぬ。スリヤ年寄ツたそちが母。おれが為にも乳母成レば。
血こそ分ケね母同然。おことが死で誰カ育む。親の事は思はぬか。女房はかはゆふないかと。打返したる
半七が異見の詞骨身にしみ。声をも立ずむせび入ル心ぞ。思ひやられたり。やゝ有て顔を上。
商売迚人々の。はき物迄なをせ共。ついに是迄盗人と。いはれた事のない私。盗賊にする

 

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のみならず。すねにかけたる口惜さ。身の明りは立ツにせよ。モウ此顔は立ぬと思ひ。無分別の有ル条。
利口そふにおまへには。跡の難義をいふたれど。私が身にはとんと心が付カなんだ。母の事迄言ならべ数々
の御異見。もふ胸がはれましたと。真実見へたる其気色。夫レでおれも落付イた。必無念ンの虫をおさへ。
乳母に孝行尽してたも。おれもよつて久しぶり顔も見たいが。又其内と念頃に。頼む/\と涙声。
座敷はさはぎの一ト踊。是をきて見よかしのへ。ア丶あれを聞きやふすい。アノたはいのなさでは行
末が心もとないと。奥を見やりて目にもつ涙。こなたは今さら身の上を。うらみ。くやみ
の口おしなみだ袖に。しほ/\と我家に。こそは。帰りけれ

(四巻目につづく)

*1:そのほか関連作として、歌舞伎狂言『けいせい楊柳桜』(寛政5年[1793]正月大坂中の芝居初演)、浄瑠璃『持丸長者金笄剣』(寛政6年[1794]3月大坂豊竹此母座初演)がある。

*2:手水鉢を「無間の鐘」に見立てて叩くという所作事は初代菊之丞の『けいせい福引名護屋』(享保16年[1731]正月江戸中村座初演)からはじまる。人形浄瑠璃『ひらかな盛衰記』(元文4年 [1739] 4月大坂竹本座初演)の神崎揚屋の段で梅ヶ枝が手水鉢を「無間の鐘」に見立てて叩く趣向はこれを受けたもの。

*3:革+可で一字。あきれ。

文楽 2月東京公演『菅原伝授手習鑑』吉田社頭車曳の段、佐太村茶筅酒の段、喧嘩の段、訴訟の段、桜丸切腹の段 国立劇場小劇場

国立劇場の前提に植えられている「菅丞相お手植えの梅」*1にたくさん花がついていた。

一方、私の愛樹・鉢植えのレモンは最近やたら葉っぱが散りまくっている。にもかかわらず、信じられないほど巨大な実がなっていて、怖くて摘めない(去年のゴールデンウィークくらいからなってる)。

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第一部『菅原伝授手習鑑』吉田社頭車曳の段。
梅の咲き乱れる吉田神社藤原時平〈吉田勘市〉の参詣を聞きつけた梅王丸〈吉田文司〉と桜丸〈車曳=吉田簑紫郎〉が神社の前で待ち伏せしていると、時平の牛車が到着する。

 

車曳、文楽で見ると派手さが文楽のそれと合っていなくて、不思議な感じがする。歌舞伎の演出を取り入れているようだが、それが逆効果になっている気がした。「文楽と歌舞伎は本質的に違う」ということがハッキリわかる段だった。
そしてなにより、全体的にものすごいガチャガチャ……。みんな手探りなのか、人形はかなり混沌としていた。

車曳の松王丸は数年前に若手会で観たとき、あまりのガタガタぶりに「ヒエエエ」となった。そのときは若手だから仕方ないと思っていたのだが、今回、普段かしらにぐらつきのない玉輝さんがやっていても結構不安定だったので、車曳の松王丸自体が根本的に難しいということがよくわかった。佐太村に入るとそうでもなく、安定していたので、おそらく車曳の松王丸のかしらと衣装の特性によるものだろう。あのメチャクチャ凝りまくった編み込みの髪型、重そう。それに対して衣装がペナペナで、重量バランスが悪くて持っているのが大変なのかなと思った。あと、左の人がうまかった。

梅王丸の文司さんはかなり安定していた。こざっぱりとした雰囲気の梅王丸だった。崎陽軒シウマイ弁当に入ってる梅って感じ……。

杉王丸の玉翔さんはかなり良かった。役自体は出てくる意味ほとんどなしの雑色だけど、ピンと凛々しい雰囲気。スタンバイ姿勢もきちんと行儀のよい子だった。 

時平〈太夫=竹本津國太夫〉につられて笑ってしまうお客さんがいるのがよかった。妹背山でも入鹿につられて笑う人がいるが、気持ちはわかる。佐太村でも白太夫や八重の笑いにつられて笑ってしまっている人がいて、文楽のお客さんは素直……。と思った。津國さんの悪人役、独自の味があって良い。昭和の特撮感がある(?)。
勘市効果で時平は真面目そうだった。その通り、文楽世界では真面目じゃなきゃ悪事は働けない。サクっとしていて下郎に全然興味なしの気配があり、梅王丸や桜丸どころか松王丸・杉王丸すら全然視界に入っていなさそうでよかった。さすが貴族の生まれ。ピシッとしていた。それにしても、時平が姿をあらわすところ、牛車がパカーーーーーーーーンとなるのがおもしろすぎて、良い。どういう状況やねん。牛さんがいつのまにかいなくなるのも良い。そしてなにより、時平が徒歩で退場していくのがものすごく良い。牛車が壊れたから歩かざるを得ないのでしょうか。あれだけド派手に登場し、豪華な衣装を着た大型の人形のくせに、トコトコと地味に下手に去っていく姿は愛らしい。

 

 

 

佐太村茶筅酒の段、喧嘩の段、訴訟の段、桜丸切腹の段。

佐太村では、梅王・松王・桜丸〈佐太村=吉田簑助〉の父・白太夫〈吉田和生〉が菅丞相の愛樹、梅・松・桜の木を守って暮らしていた。きょうは白太夫の誕生日、その祝いに三兄弟の妻、千代〈豊松清十郎〉・春〈吉田一輔〉・八重〈桐竹勘十郎〉が訪ねてくるが、彼女らの夫たちはなかなか姿を見せない。

 

太夫役の和生さんが白太夫の人形に似すぎていてびっくりした。
和生さんの顔も白太夫の人形も今まで何度も見てきたはずなのに、ものすごく似ていることに気付いた。まゆげと目元がそっくり。あえて言えば白太夫のほうが若干目が怖い。和生さんって、普段は出遣いでも和生さんの顔は気にならないのに、「人形遣いさんが人形にそっくりすぎてそこに目がいく」「自分にソックリな人形に芝居をさせる大変特殊な伝統芸能状態」という忠臣蔵の文司さん=鷺坂伴内と同じ現象が発生していた。
太夫は何度か桜丸の運命を象徴する不吉な予兆に出くわすが、和生さんの白太夫はそれを見ても平静を保ったままの演技だった。八重が差し出す真新しい三方、折れた桜の木に視線は向けても大きなリアクションはしない。白太夫は桜丸の意思を最初から知っているので異様な驚きはありえないという理解だと思うが、わかりやすいリアクションをここまで拒否するのは渋い、和生さんらしいなと思った。白太夫は訴訟の段で松王丸を追い払うとき、ほうきで壁板をばんばん叩く。それもあまり極端でないのが、逆に印象に残った。
太夫は嫁たちが作ってくれたごはんをもしゃもしゃと美味しそうに食べているのがよかった。あと、訴訟の段で梅王丸と松王丸の差し出した訴状を読むとき、ひょこっと取り出したメガネをかけるが、メガネのレンズの感覚が白太夫の目の感覚と全然合ってないのも可愛くてよかった。新口村の孫右衛門の目隠しの素早さ的確さはもはやプロの域に到達しているが(プロがやってます)、白太夫は若干もぞもぞして慣れてなさそうなのが微笑ましい。

八重役の勘十郎さんは、大根のヘタ切りのヘタぶりが凝っていて、単に厚さがまばらなだけでなく、斜めに刃を入れて乱切り風に切っていた。勘十郎さんらしいやばい執着心を感じた。しかし文楽の大根切り、最後には必ず執拗に千切りしているけど、一体何を作っているのだろう。台詞からするとなます。みじん切りみたいに切ってるけど……と思ってクックパッドを見たら、八重より包丁の使い方がやばいと思われる方も写真を上げておられたので、あれくらいでいいのかもしれない……。
八重にしても、第二部野崎村のお光にしても、包丁で指を切ったあと袖の中をなにやらゴソゴソしているが、あれは袖の中にたまっているホコリを取り出して傷口につけているのだと聞いたことがある。いまでは不潔に感じるが、当時は血止めだったそうだ。いろんなものを隠してそうな感じに、すごいごそごそしてはった。

桜丸は簑助さん。会期はじめのほうに観たときは、正直、これは最後までもつのかと思った。かなり儚い印象で、切腹する前からもうだいぶ力なくなっていた。儚さがいままでとは違う次元で、私に危機感を抱かせた。しかし、千穐楽では力ない美青年に落ちていた。以前観たときと同様、はじめから最後までやや上向きで、ほかの人にあまり目を合わさないのが桜丸の今生から切り離された雰囲気を醸し出している。桜丸ははじめから死んでいて、桜丸が切腹するとき、八重が妙に間近でうずくまっているのが今までどういうことなのかわからなかったが、桜丸は取り付いてくる八重を膝で抑えて切腹したということだとわかった。
桜丸の左、変な感じに浄瑠璃とずれている気がした。最近、浄瑠璃の間合いからずれている人が気になるようになってきた。なぜそんなに気になるのだろう。逆に気にならない人というのはどうやっているのかを観察してみたら、ちょっと袖を振るとか、かがむにしても、浄瑠璃に乗せてやっていることに気づいた。音楽がすべてを支配している世界ならではの動作だと思った。ただ、ずれているように感じるのは、私の感じ方なのか、意図的な演出なのかはわからない。

八重は全体的にはクセ控えめ、桜丸を立たせる方向での演技で普通の娘さん風、千代の清十郎さん、春の一輔さんともおとなしげな雰囲気だった。ところで千代や春が道中で摘んでくるおかず用の草、菜の花のほうはわかるけど、もうひとつ、完全に道端の草では? あれが嫁菜?

 

 

 

第一部は全体的にシック、安定して落ち着いた印象だった。

それにしても、2月が3部制なのは時期的に客が減るから……なのかもしれないが、3部制で割高で、その上、番組編成が微妙だから、客が減っている気がしないでもない。せっかくの良い配役でも、一日におなじ人形演技が重なる番組編成だと不要な飽きを感じてしまう。料理で指を切るといった目立つ演出が複数並ばないようにプログラムを作って欲しいと思った。

2月は新型コロナウイルスの影響で、いつもよりお客さんが少ないようだった。かなりの前方席でも空席がぼつぼつとできていて、キャンセルも多いようだった。来ているお客さんはみんな、入り口や館内にあるアルコール消毒液でちょこちょこと手を消毒していた。客はともかく技芸員さんの健康は心配。おじいちゃんが多いし、人形遣いさんたちとか、どう考えても濃厚接触してるから……。

久しぶりに清十郎ブログを見たら、3月は無職と書かれていた。清十郎は無職じゃないよ……。分裂して欲しいくらいだよ……。グレムリンみたいに夜中におかしをあげたり、水をかけたら増えないかな? と思っています。

 

 

 

 

*1:私の大好きな名物「〇〇手植えの植物」のひとつ。1996年、国立劇場開場30周年を記念して、初代吉田玉男が遣う菅丞相&竹本住太夫によって植えられたもの。国立劇場のウェブサイトでは、「小田紅(おだべに)と貴山白(きざんはく)は、国立劇場開場30周年記念公演「菅原伝授手習鑑」(平成8年9月)を上演する折に、梅と縁の深い菅原道真にちなみ、太宰府天満宮より寄贈されたもの。人形浄瑠璃文楽の出演者らによって植樹されました。」と紹介されています。→https://www.ntj.jac.go.jp/topics/kokuritsu/2019/3956.html