TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 6月大阪鑑賞教室公演『二人三番叟』『菅原伝授手習鑑』寺入りの段、寺子屋の段 国立文楽劇場

今年の大阪鑑賞教室はAプロだけ見た。


◾️

二人三番叟。

久しぶりに「二人組」らしい三番叟を見た。いつも人形の振りが合っておらず、タイミー発注で偶然やってきた人同士状態になっているが(失礼)、曲に対する間合いの取り方、ペアになる演技のタイミングが一致していた。芸の系統が同じだからだと思うが、まるで先輩後輩二人組のようだった(本当に先輩後輩だぎゃ)。飛行機で出張へ行くので羽田空港にやってきたはいいものの、いつまで経っても自分が乗る便の手荷物検査がはじまらないので混んでるのかなぁと思っていたら、「せ、先輩ッ…! これよく見たら成田発って書いてありますッ…!」だったことが出発17分前に発覚し大慌てしているようで、良かった。

一番評価したいのは、間合いが合っていること。ちゃんと曲に合わせて踊っている。これだけ頻繁に出ている演目でも、曲に合わせて踊れない人、たくさんいる。当たり前のことだけど、人形は曲に合わせて踊って欲しいし、曲に合わせて踊っている三番叟は気持ちいい。『二人三番叟』はこうであって欲しいと思う。

三番叟で難しいのは、いかにかしらをまっすぐ遣えるかだろう。三番叟は帽子をかぶっているため、顔の正中線がわかりやすい。「初日は〜」のところで、顔をコクコクと振る振付があるが、単に頭をうなずかせるだけではなく、上半身ごと直下へ下げなくてはいけない。みんながみんな本当にまっすぐ下げられるかというと、難しい。玉路さんの三番叟役ははじめて見たが、かしらをヨレさせずにしっかりと首を座らせて遣っており、上手いなと思った。しかし、かしらを左右に振るとき、上手側はしっかり振り向けているのに、下手側にちゃんと向けていないのが惜しい。単なる正面向きになっている。かしらを連続して左右にきっちり振るというのはかなり難しいようで、曖昧になっている人が多い。なんなら、玉男さんも出来ていないことがある。でも、検非違使のかしらは、本当にしっかり振らんといかん。まだお若いので、頑張ってお稽古してくりゃれ。と思った。その点、おにいさんの玉翔さんは均等に左右へ振っていて、さすが初代玉男の弟子、師匠をよく見ていたんだなと思った。

三味線は良かった。曲の構造を理解し、舞台全体を牽引する演奏になっていた。常にこうでいて欲しい。しかし、ここまで自信をもって弾けるようになるまでに時間がかかるのだろうと思う。やはり最後は自分との勝負か。

 

『二人三番叟』は、頻繁に上演される「こればっかりかい」な演目。だけどその分、出演者の技量がはっきりとわかる。そういう意味では、客としてもとても勉強になる演目。と思った。

 

 

  • 義太夫
    三番叟 豊竹睦太夫、三番叟 竹本南都太夫、竹本小住太夫、豊竹薫太夫/鶴澤清馗、鶴澤友之助、鶴澤清允、鶴澤清方
  • 人形
    三番叟[検非違使]=吉田玉路、三番叟[又平]=吉田玉翔

 

 

 

◾️

解説。

今年は妙に解説の時間が長くとってあるなと思ったら、通常の解説のほか、来場者に人形遣い体験をしてもらうパートが設けられていた。
私が見た回に、「場内半分以上男子中学生」という、技芸員さんにとっては夢のような回があった。男子中学生たちは体験者に指名してもらおうとキャアキャア騒いでいた。元気やのー、ええのー。技芸員さんも、いつになく丁寧に指導していた。おまえら、これまで「手を叩くときはかしらをちょっとうつむかせてください☺️」とか「左手のほうを高くしてください❤️」とかまで言うてへんかったやろ。指名された少年たちはなかなかうまかった。主遣いの子は人形がちゃんと前を見るように遣っていて、本当に立派。簑太郎さんは「ゾンビみたいですね〜⭐️」と言っていたが、「本職」かてガラクタの百鬼夜行になっとることしょっちゅうあるやろがい。と思った。
簑太郎さんは、終了後に体験の感想を語った生徒さんから「名人」と言われて嬉しそうにしていたのが良かった。

演目解説で、「恩のある人のために自分の子供の命を差し出すという現代では考えられない話ですが」と言っている。しかし、それは逆だよね。江戸時代でもそんなこと考えられないから、芝居になっている。突飛な話じゃないと商売にならない。
この物語のポイントは、松王丸が忠義のために子供の命を差し出すことでなく、こんな極論に走らざるを得ない理不尽な境遇に追い詰められたことだ。鑑賞教室の解説は基本的に制作が作成した台本だと思う。こんな説明でいいと思っているというのはどうなのだろう。解説では、江戸時代の「差別(区別の意)」と現代の「差別」を混同している人、前近代の「戦(いくさ)」と近代戦を混同している人もいるが、なんでそんなこと言うんだろと思う。わざわざ安直で誤りのある理解に誘導する必要、あるのだろうか。

 

 

 

  • 解説=吉田簑太郎

 

 

 

◾️

菅原伝授手習鑑、寺入りの段、寺子屋の段。 

松王丸・玉志さん、千代・清十郎さんが良かった。清廉で透明感がある寺子屋になっていた。
いままで玉志さんの松王丸を何度か見てきたが、ご本人の性質にバチハマりする役ではないためか、これまでは試行錯誤があるように感じていた。が、ここで自分の性質をいかした方向に落ち着いたのか。過去に玉志さんが「車曳」「佐田村」の松王丸に配役されていたことがあるが、そのときの松王丸と性根が繋がっている。派手な演目としての虚飾は行わず、ひとりの青年としての、等身大の松王丸になっていた。『菅原』の全段からすると、これが、「寺子屋」が独立して上演されるようになる前の、本来の松王丸に相応しい人物像なのだと思う。

人物像としては、やはり、かなり若く見えていた。動きがしゃきしゃきしていて、凛々しい雰囲気になっているからだと思う。
玉志さんは、「どのような演技をするか、どのタイミングで演技をするか」は基本的に玉男さんと一致している。しかし、演技は同じでも、役の雰囲気は、全然違う。玉志さんは、若さゆえの生真面目さが強く出て、松王丸の心情が客の眼前ギリギリのキワまで迫っている。心に前のめりさがあるのだ。とても一生懸命で、本来は「嘘をついている」はずの前半ですら、すでにとても哀しそう。しかし、玉男さんの松王丸にはもっと大きな余白がある。松王丸と客のあいだには、エアバッグのような巨大な空気のクッションが挟まっている。観客は、クッションに阻まれて、松王丸の本当の心情を知ることはできない。そういう意味では、玉男さんの松王丸は、不気味に見えて、抒情的でもある。
松王丸は「大きい役」という理解にとどまる人も多い中、方向性は違えど内面性をもって演じられるというのは、すごいことだと思う。

ほか、過去に玉志さんが松王丸に配役されたときから、明らかに改善されているところがあった。これまでは、最初に「ヤレお待ちなされ」で駕籠から降りたあと、過剰な「仮病」演技をしすぎて、単にまっすぐ立てていないだけに見えていた。しかし、今回は玉志通常営業的に、しゃきっ!と立っていた。咳き込みも控えめ(床も控えめだからだが)。このほうが良い。また、衣装の捌きがかなり綺麗になっており、通常の武士の役同様のスムーズな処理になっていた。役に慣れたんだなと思った。
逆に、これまでと変わらないのは、二度目の出の野袴姿でのパートと、いろは送りのパートが首実検よりも上手い点。後半のほうが松王丸の性根そのもので演じられるからだろうか。小太郎の遺骸を乗せた駕籠の扉を閉める手つき、千代とともに踊る際に泣き崩れる千代に添えてやる手元も、やはり、とても良い。瑞々しい健気さと情緒があり、松王丸の繊細な優しさが出ていた。これは本当、玉志さんならではの人物像。あの優しさは、どこから来ているのだろう。

 

それにしても、玉志さんと清十郎さんの透明感は本当にすごい。文楽の場合、人形配役にかかわらず人形のかしらは基本的に同じ。なので、透明感のあるなしはルックスではなく、配役された人形遣いの性質から生まれているということになる。生身の人間の世界では、「透明感」というとメイクや服装での小細工が喧伝されるが、所作や姿勢だけでここまでの透明感が出るんだなと思った。透明感を出すべく青のコンシーラー(ジバンシイ プリズム・リーブル・スキンケアリング・コレクター ブルー 税込¥5,060)を目の下とデコにぬーりぬりして「あ、なんかこれ見たことある!『四谷怪談』で戸板がひっくり返ったときに裏側にくっついてる、お岩さんじゃないほうの人だよね?」状態になってる場合ではない。この多大な透明感は常に姿勢を正し、立ち上がる時にはまっすぐに立ち上がる、丁寧な所作を心掛け指先の細かい動きにも気を配る等によるものだと思う。今後の人生の参考にさせていただきます。

 

今回は、芝居のきっかけを作ることができる人の重要性をつくづくと感じた。
今回、源蔵・戸浪がかなり不慣れな人に配役されていた。本人なりに頑張ってるんですというのは理解できるが、なかなか大変なことになっていた。自分がわかる範囲の振付をやること自体が目的化しすぎて、動きのタイミングが義太夫演奏に合っていない。思い出し次第やっている状態。人形の動きが義太夫から離れてしまうのは、文楽ではかなり難のある状態だ。また、文章に対する心情表現のメリハリが不自然だったり、演技が飛ぶなどの事象が発生していた。今回は床も不慣れなため、一層よくわからない状況。源蔵戻りのあと、源蔵と戸浪がふたりで会話するところは「寺子屋」でも最も難しい部分だが、かなりガタガタになってしまっていた。
しかし、松王丸が出ると、全体的に演技がしっかりする。それは、玉志さんの演技のタイミングやメリハリがしっかりしているからだと思う。玉志さん自身も、松王丸という役に習熟しているわけではない。しかし、演奏に対する適切なタイミングで演技ができているので、源蔵・戸浪もそれにリアクションすれば、自動的に演技タイミングが正しくなる。また、演技の強弱も適切についているので、それに合わせて芝居すれば、強弱がつけられるようになる。あるいは、相手役の演技が飛んでしまったとしても、リアクション演技をすることで「あ、自分演技飛んじゃった」と気づくだろう。

具体的に言えば、戸浪は、芝居が義太夫に乗っておらず、テンポがすべて緩慢になっている中、机の数を数えた松王丸に凄まれるところで松王丸が適切なタイミングでキッと強く睨むことによって、それを受ける戸浪も自動的にタイミングがあうし、松王丸に呼応する芝居として強い反応が出ていた。この調子で、ほかの部分でもメリハリ付けの必要性をわかってくれるといいんだけど。
あるいは、首実検の直前のくだり、松王丸が首桶を受け取ろうとするところで、源蔵が松王丸を改めて睨む演技をする必要があるのだが、ある日の上演では、飛んでしまっていた。しかし、松王丸は通常通り、驚く演技をしていた。これ、客席から見たら、松王丸が意味もなくビビっているように見えて、かなりの違和感がある。それでもあえてリアクション演技をしていたことで、源蔵役は自分の演技が飛んだことに気づいたと思う。実際、翌日は、演技が飛ぶことなく、源蔵も睨みをきかせていた。

周囲をリードするような演技の振り出しができる人の存在は、本当に、重要。不慣れな人が多い場合、こういう人が一人は舞台に出ていないと、意味不明になる。和生さんがよくやってるよね。お母さん役のとき、子役の若手がまごついてたら、世話をする振りをしながら、本当のお母さんのように「立たせる」「座らせる」「こっち向かせる」等の演技の示唆をすることがある。立つタイミングで手を握ってあげるとか。そうしてもらうと直感的にわかるし、若い人たちも「ここではこうすればいいんだ」と勉強するわけだよね。演技を思い出すこと自体に必死にならず安心して舞台に立てるので、パフォーマンスも上がるし。文楽自体の今後にもいかされる、大切なことだと思う。
玉志さんは、普段から、たとえ相手役がぬぼ〜っとしてても、一人でリアクション演技をし続けていることが多い。それ自体は、この役はこうすべきだという自分のこだわりを貫いているのだと思う。それでも、トラブルなどによってやむを得えず演技を続行できない場合はパッと演技を抜くわけだから、やっぱり、相手役の人がリアクションしてくれる日を待ってるのかなとも思う。

ただこの演目、演技の振り出しをすべきは、本来は源蔵だろう。「寺子屋」の物語の軸は源蔵であり、彼の心情に沿って物語は展開している。源蔵が話をリードしないとわけがわからなくなる。今回の鑑賞教室では、源蔵役はすべての回で「チャレンジ配役」になっているが、がんばり中な人が松王丸をやる場合、しっかりした人が源蔵役をやったほうがいいと思った。ほかの配役がどうなっているのか、おそろしい。

 

菅秀才〈吉田玉征〉はあいかわらず巨大ハムスターのようだった。なんなんだその貫禄。師匠に似たということだろうか。後半、正装(?)に着替えてからの貫禄もドすごい。確かにある意味、菅秀才に合った芸風。
「寺入り」が終わったあと、「寺子屋」の冒頭で源蔵が出るまでのあいだ、舞台に出ているよだれくりや手習子たちが子供だけで遊ぶ演技を見せる。その際、よだれくりが菅秀才に食べ物(千代のお土産の野菜の煮付け)をおすそわけしようとする場合があるが、菅秀才は受け取らない。ところが、今回、菅秀才が食べ物を受け取っている回があった。さすがに食べてはいなかったが、受け取る菅秀才もおるんか!?!?!?!?食いしん坊!?!??!?!?!と思った。

よだれくりが隠し持っていた食べ物を菅秀才へ渡そうとする演技は、玉翔さんがよくやっていたよね。子供ならではの素直な優しさや気遣いの表現で、好ましい。玉翔さんの演技の源流が何なのかはわからないけど、いまの若手は結構みんな真似しているので、このまま定型化するかな。
しかし、今回のよだれくり〈吉田玉彦〉は、ほかの人と少し演技が違う。野菜をちょっとかじってから、菅秀才に渡そうとしていた。1個目を少しかじって微妙な顔をしてから一旦しまい、2個目を取り出してまた少しかじってウンとうなずいてから渡すという流れ。なぜ食べかけ?と思ったが、もしかして、毒味してるってこと? 玉彦よだれくりは以前から「かじる→渡そうとする」という演技だったとは思うが、そのときは普通の「おすそわけ」に見えていた。ただ、今回は結構慎重に味(?)を確認していた。よだれくりは菅秀才の正体を知っているわけではないが、師匠の息子=「お主」だと思っているとして演じているのかな。普段の玉彦さんを見ていると、話の流れを踏まえて演技をしているのかなと思う節があるので*1、千松(先代萩)的な演技を取り入れているのかもしれない、と思った。
よだれくりは「寺入り」冒頭のノンビリコとした緩慢な動きも良く、曲の雰囲気に合った演技が検討されているのを感じた。

三助〈吉田玉峻〉は、持ってきた文箱をふーふーして磨く演技で、ちゃんと「ふーふー」しているのが良かった。かしらと上体をうまく遣って、小ぶりな動きの中に、それが何を示すかを明確にしていた。居眠りは、寝る準備をシッッッッカリしすぎて、居眠りに見えないね。居眠りをする人形は難しい。若手はまず居眠りに見えない。客席の学校観劇の生徒さんたちがわざとらしく「居眠り」風のポーズをとっているのをよく見るが、あれと同じ。姿勢が不自然で、かつ急に寝るので、「ねむみ」ではなく「力み」を感じる。なお、私が観劇した回で、引率の先生に寝ている方がいたが、さすが先生は貫禄のマジ寝で、文楽劇場客席にはびこるプロフェッショナル・ツメ人形と寸分違わぬ寝方だった。若造よこれを真似せよ。

それにしても、手習子たちのお迎えパパジジツメ人形たち、公演によってどんなツメ人形を使うかが変わってるよね? 先頭のジジイはいつも同じだと思うけど、うしろのほうはなんか時々違う人がいる気がする。役を宛てられた人の好みなのか、取り回し都合があるのか? 芋チルは、このなすびボーイ、かわいい子など、かしら固定の子も多いと思うが。

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

国立文楽劇場 文楽技術室(@puppet_craft_studio)がシェアした投稿


あと、「南無阿弥陀仏」の六字の旗が新品になっていた(?)。

 

 

床は、三味線〈前=鶴澤燕三、後=野澤勝平〉が良かった。不安のある舞台に筋道をつけて、方向を指し示していた。
寺子屋」は、配役される太夫の個性が出る演目だ。ある程度の水準の人までは、よくも悪くも「教科書的」な語りになる。古典芸能は型を押さえることが重要なので、自分が何をやっているのかわからない人にとっては教科書通りにやるのは重要だが、それだと、「寺子屋」とは一体誰の話なのかがわからない。
一定以上の人になると、「一体誰の話なのか」に語りの重点が置かれ、太夫の個性が出て、話の芯や輪郭が明確になる。近年では、2022年1月大阪公演で出た際に、錣さんが源蔵(+戸浪)中心の語りをしていたのは印象的だ。今回の「前」配役の藤太夫さんも同様で、源蔵を中心とした構成になっていた。源蔵の語りにおいては間合いが特殊になっており、こだわりが感じられた。源蔵役の人はかなり大変だったと思うが……。ただ、戸浪が喋り方が均一で、かなりペラッとしてしまっていた。均一すぎる人形の演技とあいまって、戸浪は謎の状態になっていた。そのほか、まだ詰めきれていないところがあり、人形さんたちもうまく読み取りきれないのか、松王丸の決めとそのツケ打ちが不思議なことになっている箇所があった。

 

 

人形に笑って遣っている若手がいる。二度出がある役で二回とも笑っているのは、論外。この人が笑っているのを見るのは今回が初めてではない。出遣いで客前に出る役を与える水準に達していない。以前にも述べたが、未熟なせいで下手なのは「おきばりや〜」と思えても、舞台上の態度が悪いのは本当に話にならない。ただただガッカリ。周囲は注意してあげるべきだと思う。

 

 

 

  • 義太夫
  • 人形
    菅秀才=吉田玉征、よだれくり=吉田玉彦、女房戸浪=吉田簑紫郎(代役)、女房千代=豊松清十郎、小太郎=吉田玉延、下男三助=吉田玉峻、武部源蔵=吉田簑二郎、春藤玄蕃=吉田玉輝、松王丸=吉田玉志、御台所=桐竹亀次

 

 

 

◾️

文楽鑑賞教室」は初心者向けをうたう公演ながら、実は出演者のほうが初心者なのがヤバイ。本当にヤバイ。古典芸能の鑑賞だと、はじめてご覧になる方は「この舞台は素晴らしいものなんだ」「出演者はみんなすごく上手いんだ」と思い込んで、褒めるところを探さなきゃと思う傾向があるが(私もそう思っていた)、そうじゃないんですよね。なかなか難しい体制で、解説ではあえて「わたしたちもみなさんと一緒に学んでいます」と言ってもいいと思う。私も一緒に勉強させていただきます。

寺子屋」は『菅原伝授手習鑑』四段目の切であり、ここに至る前提がわからないと、ストーリーがあまりに意味不明すぎる。初心者の方はまずどうやっても話を理解できないだろう。しかし、有名な演目だし、文楽の王道パターンを踏まえてた展開なので、これを見たという経験はのちのち有効ではある。
話を理解してもらう、共感してもらうという観点からすると、『伊賀越道中双六』の「沼津」が一番現代の鑑賞に耐えうる内容なのではないか。ただ、「沼津」の良さは、老親や年若い妹を心配する大人の主人公の心情という「大人向けの物語」が描かれているからこそだろう。私も若いころに見ていたら、「なんかそういう昔話?」にしか思えなかったと思う。文楽のよさを若いうちから感じてもらうのは、なかなか難しいね。

 

今回は、無料配布パンフレットが舞台写真満載なのが良かった。あらすじ紹介をする際、ただ文章を長々と書くのではなく、シーンを小分けにして、それぞれに舞台写真を添えてある。そうなんだよ、写真があると、帰ってからの思い出し度が段違いなんだよね。人形の顔の証明写真(?)入りの人物相関図とともに舞台写真があると、あとから「このシーンはこういうことだったんだ」という理解もしやすい。今後にもいかされて欲しい編集だと思った。

 

最近、いろいろと思うことがあり、結局、文楽は、「国語」ができないとどうしようもないと考えている。そこからだけは本当に逃れられない。客も出演者も。

 

 

 

モー

f:id:yomota258:20240612172249j:image

 

モー

f:id:yomota258:20240612172342j:image

 

モー

f:id:yomota258:20240612172434j:image

(わかりづらいですが、うしのおなかに穴があいていて、人が入れるようになっています)

 

 

 

◾️

鑑賞教室を観たあと、奈良へ行った。ふだん奈良に行くときは新幹線京都下車で行っていたが、難波からだと近鉄で35分ちょいで行けるのか。近い。

f:id:yomota258:20240612172651j:image
猿沢池。池のまわりに柵がなく、中学生が池へ手を突っ込んでいた。

 

f:id:yomota258:20240612172721j:image

f:id:yomota258:20240612172802j:image

しか。まるまると太っていた。観光客のみなさん、「しか!」「でか!」「ディアー!」しか言ってなくて面白かった。
しかさんたちはおなかいっぱいだったようで、しかせんおねだり等はされなかったが、特に意味もなくにおいを嗅いでくるのは、何。

 

f:id:yomota258:20240612172820j:image

二月堂としか。

 

f:id:yomota258:20240612172839j:image

東大寺の有料ゾーン、十数年ぶりに入った。東大寺周辺は観光客で混雑していたが、課金が必要な大仏殿は昔と同じくらいの人出。大仏さんのくそでかぶりにみなさん大盛り上がりしていた。穴くぐりに詰まっている人がいるのが良かった。

 

 

 

*1:5月東京公演の『ひらかな盛衰記』楊枝屋の段のおさる役、後半日程では、「おさるは最初から家主さんの行動を真似している」という演技をしていた。おさるは最後に家主さんとまったく同じ振り付けで踊るくだりがあるので、その伏線として演じていたのだと思う。ごちゃごちゃとした余計な動きをつけたくなるところだと思うし、前半日程では無駄な動きが多かったが、最後にはちゃんと意味のある「芝居」になっていて、良かった。

文楽 5月東京公演『寿柱立万歳』『和田合戦女舞鶴』市若初陣の段『近頃河原の達引』堀川猿廻しの段、道行涙の編笠 シアター1010

5月東京公演、Aプロ。

 

 



寿柱立万歳。

冒頭に入れ事(アレンジ)で、若太夫襲名の祝儀が入っていた。
人形はやや古風というか、どこかひなびたところがあるのが面白かった。昔の映画の文楽のシーンや、あるいは旅芝居のシーンにありそうな感じ。祝いに呼ばれてやってきた感じがするのも良かった。

 

 

  • 義太夫
    太夫 豊竹咲寿太夫、才三 豊竹亘太夫、竹本織栄太夫/鶴澤清馗、鶴澤清𠀋、鶴澤燕二郎、鶴澤清方(前半)鶴澤籐之亮(後半)

  • 人形
    太夫=吉田簑一郎(代役)、才三=吉田文昇

 

 


襲名披露口上。

司会、各部ともに、挨拶の内容は大阪・東京共通。
本人のリクエストでやっているのかもしれないが、先代の事績を紹介するにもこの言い方だと、誰も得しなさすぎに思う。襲名公演の最大の祝いの場なのだから、本人の実績に触れることはできなかったのかな。襲名の賛否とは別に、お客さんは公演を楽しみに来ていること自体は事実なので、配慮頼むわ〜。

錣さんの挨拶は、「ウマ尽くし」でまとめられていた。錣さんは、ご自分が襲名した年(ネズミ年)の文楽劇場鏡開きだったか、通天閣の干支交代式典だったかの挨拶で「ネズミ尽くし」を披露し、誰もそれに気付けず恐ろしくスベり散らしたのに*1、まったく懲りていなくて、さすが切を勤める人は肝がジャイアントセコイア並みに太いと思った。それにしても、なぜ、「ウマ」? 今回の挨拶、誰も「新若太夫は“若太夫”を襲名するに相応しい実力がある」とは一切言わなくて、いや、あなたたちが襲名を承認したわけではないことは重々承知だが、「今後の芸道のますますのご発展をお祈り申し上げます」くらいの社交辞令も言わんのかい、それとも正直者なんか?と思っていたが、SHIKORO・ウマ・尽くしは、もしかして「(浄瑠璃が)上手い」にかけてるのか……? いや、あくまで、先代若太夫はいろいろな意味で「ウマかった」という話なのだが……。なんなんだこの話?
シアター1010は客席に強い傾斜がついている。中列席になったときに、オペラグラスで錣さんの手元をよく見てみたら、赤い紙のカンペが置かれているのが見えた。やっぱカンペ見とったんやな。カンペないと、ド忘れしたときに「大変な発言」をぶちかましかねないため、カンペ、大正解ッ。と思った。

勘十郎さんの挨拶、いまどきこの内容がパブリックな祝いの場にふさわしいと思っているのだろうか。誰か止めてほしい。というか、この話、聞いたことある。これにかなり近しい話題を呂太夫襲名のときも出してなかった?? なんでまたこの話??? いずれにしても、ほかにいくらでもネタがあるのではないかと思うが、本当、なんなんだ?????

團七は亀の甲より年の功。まとも。ふさふさのしっぽが4mくらいある亀。(結局亀なん?)(あれ、しっぽやないらしいで。苔なんやて)

いずれにしても、ご本人が口上挨拶を述べた錣さんの襲名のときの祝辞(錣さんの芸への真摯さとお人柄もといヤバさが同時にわかる内容)は、相当しっかりしてたんだと思った。

 

 

 

 

 

和田合戦女舞鶴、市若初陣の段。
大阪公演とは異なり、切のみ、市若の出から上演。端場がないため、夜の門前を表現する大道具がやや変更され、物見櫓が書割にされていた。

東京公演の会期も終わったので、東西合わせての素直な感想として書こうと思う。

「市若初陣」は滅多に出ない演目ということで、人形入りでは今回の襲名披露狂言が約35年ぶりの上演。実際に観てみた率直な感想は、「こんなもんなのかな?」だった。あるいは、「観たことないから比較しようがないし、良いか悪いかはよくわかんないかな!」。これが、「めっちゃおもしろかったー!」とならないところに課題があったのだと思う。

というのも、近年、長年断絶していた曲を久しぶりにかけて、成功した企画を見ているからである。2022年京都、24年松本の外部公演において復活上演がなされた『木下蔭狭間合戦』竹中砦の段は、少なくとも義太夫演奏は、めちゃくちゃ面白かった。「ええやん!この曲!」と感じた。現行上演が途絶えている曲でも、聴いたその場でわかる面白さ、現代に活きるものはあるのだと教えられた。この曲は、話の出来は別にという感じだし、特段メロディがいいというわけではない。演奏者(錣さんと藤蔵さん)の研究の努力と技術でクリアしていたのだと思う*2
それを考えると、「市若初陣」も、もう少しやりようがあったのかなと感じる。ノッペリして盛り上がりに欠けているのは厳しい。拍手が入っても、演出の一環になっていたように感じた。
政子が公暁丸への想いを語るシーンはかなり良い。身分が高い人にも庶民的な側面があったとはいっても、世俗に傾けず、気品を保ったまま愚かさを出すのは、そうそうできない。咲さん亡きいま、新若太夫さんならではの語りだと思う。板額の描写については、本当にそこだけをことさらに強調するのがベストなやりかたなのかと感じる。体力的に全部頑張るのが難しいので、ベターの範囲に落とさざるを得ないということだとは思うが、襲名記念のインタビュー等で「何歳になっても進化」という話題が出されているその「進化」は、具体的にどの部分をどうするつもりなのかが問われると思った。(それなりの名跡を襲名するからには、いま出来ていないといけないと思うが)

 

人形は、話の流れを見るに、演技が難しい演目だとは思う。ただ、大道具転換や人形の出入りといった見た目の変化があらかじめ仕込まれているにもかかわらず、かなりノッペリした印象になっているなど、結構厳しいよなぁと思う。
本来は、ずっと出っぱなしになっている板額が軸になる役目だと思う。実質、板額しか登場人物いないし。だが、勘十郎さんの特性がよくない方向に出て、活かせる側面が出せないままに終わってしまったと感じた。極端な話、老女形やドラマ描写をやらせたら、もっと上手い人がいるし、勘十郎さんにはもっと得意とする役が別にある。そのなかで、襲名披露という場で配役されたのなら、こなすべきところをこなした上で、「自分はここにこだわる」という魅力を見せて欲しかったな。

特性がよくない方向で出たというのは、長時間独り舞台になるにもかかわらず、すべての場面で演技の大きさや速さが均一になって、メリハリが出ていない点。そして、振り付けが単調なことも、ノッペリ化の一因となっている。具体的な指摘をすると、「天を仰ぐ」という振りを、全ての場面で繰り返している状態になっている。この振りが上演時間約60分の演目で10回以上ある(場面によっては数十秒後に繰り返しているところがある)。おそらくその場その場の感性でやっているからだと思うが、ご本人はここまで繰り返していること自体、気づいていないと思う。かしらの表情の不足は、右手だけで演技をして、左手=かしらが意識の外にいってしまっているのが原因になっていると思う。かしらを強く握りすぎなんじゃないかな。私は人形遣いではないので、実際のところはわからないけれど。今月は、人形の表現において、かしらの遣い方は本当に大切なのだと感じた。人形遣いは表現の幅をいかに持ち、ひとつの曲をどう設計するかが重要だと思った。

活かせる側面が出ていないというのは、「一生懸命さ」や「可愛らしさ」が役に反映できなかった点。勘十郎さんの良さは、人形が一生懸命に見えて、それが可愛らしいことだと思う。板額もまた、原作を読むと、夫や子供を一生懸命愛し、けなげに生きる可愛らしい女性と解釈することができる。剛力とその可愛さのギャップがイイというキャラだと思う。この点、同じ片はづしの主役級武家女性役でも、政岡、重の井、戸無瀬などとは異なっている。ここを狙えば、演技力や老女方の経験値での勝負は難しくても、切り口で見せられる。全編で均一にバタバタしているという形にとどまったのは、勿体無い。

 

与市〈吉田玉志〉は、個々の所作、トータルでの設計ともに大阪公演よりも洗練されており、完成度が高かった。東京は所作がかなり整理され、優美で品格のある人物像になっていた。
その上で、もうひと押ししても良かったと思う。たとえば、浄瑠璃の文言そのままに所作を寄せすぎな点。浄瑠璃の文言で「夫は(中略)飛び上がり、見付の石に駆け上がり、塀に手を掛け」となっているところ、本当に文字通りに演技をしていた。浄瑠璃通りに所作を整理して綺麗に見せているところは、玉志さんらしい。でもここ、与市の内面を考えると相当に混乱しているはず。それを暗にあらわす予備動作を挟み込むことで、彼の内面をより表現できるのでは。実際、玉志さんは、普段はそのような演技を頻繁にやっているわけだし。しかし今回それがかなり控えめなところをみると、まずは文章に精緻にやろうとしているのか、与市は非常に端正な人なのだという理解なのか。現状だと、ちょっと即物的かな。あまりに文字通りだと、「普段は水槽の底の土管の影でじっとしているが、えさが投入されるとスゥーッと寄ってくるどじょう」になる。(知り合いの息子さんがどじょう飼ってるらしいんだけど、息子さんを喜ばそうと思って、その子が寝てる間に「おともだち」としてえびを投入したら、どじょうがスゥーッと寄ってきて一口で食ったらしい)(文楽的悲劇)
与市も主役なんだから、もうちょい出しゃばってくれ。次回『和田合戦』が出たときに、また頼むわ。と思った。

そのほかの人形、政子〈吉田簑二郎〉の良さは大阪公演の感想で述べた通り。自然な佇まいの中、老いた尼将軍の愚かさを的確に表現している。人間の愚かさは、並木宗輔作品では重要な観念である。簑二郎さんの持つ特性がかなりプラスに活きたかたちで、まさに適役だと思う。
綱手〈吉田玉誉〉は東京公演後半が非常に良かった。出しゃばる役ではないが、最後に自害を決意するところなど、少ない「しどころ」の中に気持ちの変わり目がきちんと表現されていた。
市若〈桐竹紋吉〉もかなり良かった。子供のあどけない所作が可愛らしく表現されつつ、子供なりに一生懸命頑張っていることがよくあらわれていた。東京公演では大阪公演よりもけなげさが滲んでおり、かなりよくなったと思う。

 

「市若初陣」を人形入りの舞台で見られて良かったと思うのは、与市が火付盗賊改の衣装を着ているのがわかったこと*3
『和田合戦』の大序には、与市の役目(仕事)は「評定」であり、「与市はいま町の警備に行っている」という描写がある。文章で浄瑠璃を読んでいただけでは、ただの状況説明で、意味のある文章だとは捉えていなかった。でも、実際の舞台であの衣装を見て、与市は「法」を司る立場なんだ、と思った。火付盗賊改の姿だと、彼が実朝に代わって罪人を取締り、法を執行しなければならないことが視覚化される。古典だと、物語理解を促進させる舞台表現上の担保は、衣装というかたちでもかかってるんだなと思った。

上演形態としては、大阪と同じく、端場をつけたほうがよかったと思う。切だけだと、単なる残酷話に感じられてしまう。ただの残酷話ではないことをいかにわかってもらうかが、『和田合戦女舞鶴』の要だと思う。

日程最後のほうで、人形でありえないミスがあった。本当にがっかり。ただ、これが起こりうることをしているから、舞台全体の印象がこうなるのだろうなと妙に納得した。介錯がすぐ動いたのと、相手役が動じなかったことは褒められる。

 

 

 

 

近頃河原の達引、堀川猿廻しの段、道行涙の編笠。

稽古娘〈前半配役=吉田玉路〉は、前期配役の人は不慣れなのかかなり固い状態だったが、引っ込み側に媚を売るような仕草をするところだけ、かなり立っていた。悪目立ちだとは思うが、彼なりに、この子の末路を示しているということなのか。この娘、ただの習い事や暇つぶしで三味線習ってるわけじゃないですよね。そこをどう表現するかが重要で、その意味では、チョイ役ながらあなどれない。後期配役〈吉田和馬〉はプロ・稽古・娘だった。和生の声が聞こえた。

おしゅんは清十郎さん。あいかわらずというか、「夜職の子」感がすごい。決して高級店ではなく、場末なお店で働いてそうなのも、すごい。絶対ちいかわのモモンガのおかおバッジかばんにつけてる。
伝兵衛のことを好きそう感は、さすが清十郎さんと言うべき秀逸さ。「そりゃ聞こえませぬ〜うう伝〜兵衛〜さん〜」のくだり、「さん」で伝兵衛に「ピト」とくっつくところに真心がこもっていた。伝兵衛との距離感の取り方(家族とは近寄り方を区別している)、目線の遣い方など、良い。
雰囲気の安っぽさは手紙を書く場面などの姿勢の悪さによるものだと思う。もう少ししゃきっとしてもよいのでは。紙に顔近づけすぎで、めっちゃ目ぇ悪そうだった。ここまで煤けていていいんかいという疑問があるが、現状の清十郎さんだとこうなるだろうなと思った。
おしゅんは、通常、ファミリーが寝静まったあとに、家の外に出て門口に赤い玉のついた簪を挿し、尋ねてくる伝兵衛のための目印にする。しかし今回は、簪を挿していなかった。前と切の分離位置的にできない? 直前の「市若初陣」でも板額が障子に簪を挿す場面があるから、重複を避けるため?(あれはあれで、「柱に簪挿して鍵になるって、どういう状態? 2枚の障子のまんなかの合わせ目に挿すならわかるけど」というよくわからなさがあるが)

錣さんは最近、「猿廻し」配役が無限ループしているが、それだけあって、ママの語りが非常に洗練され、濃厚になっている。やはりママがこの浄瑠璃の核心だと思う。なんにもできない真心だけの人をどう表現するかは非常に難しいが、ママの慈愛や涙がよくわかる演奏だった。物語の要石としてしっかり機能していた。
おしゅんのクドキも、良い。「『そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん』を〈みんな〉知っていた」というかつての時代をイメージさせる艶がある。艶があるといっても、それは可憐さで、艶麗すぎないのも良い。錣さんにしては、おしゅんは薄毛だった。(体毛の話)(浄瑠璃に毛が生えているので。錣さんは)
会期当初は、猿廻し部分の三味線〈竹澤宗助〉の押し出しが弱く、これだとちょっとなぁと思った。が、会期最後のほうは、ひとまず弾き出しはハッキリしたものになっていて、良かった。錣さんも、会期最後は、与次郎にあえてキツイところができていたのが良かった。猿を叱るところではなく、ふつうに歌う部分が、時々、強まる。彼なりに一生懸命に妹の門出を祝う決意、妹と別れる辛さが出ているように感じた。
浄瑠璃の出来とは関係ないが、錣さんは、2月に続き、白湯汲みを出していなかった。口上なしでいきなり演奏しはじめる役やからいらん✌️とかなのか。あと、SHIKORO・汗・ガードがかなり進化していた。そこが進化するってのがあり得るんだ。と驚いた。それと、床本に、なんか、びっしり、書いてあった。付箋もくっついていた。口上でカンペ見るはずだッピ!

そのあたりはいいのだが、舞台全体としては、相当にスカスカな状態だった。え、これ、ほかのお客さんみんなどう思ってんの、と、上演中にわりと素で驚いた。浄瑠璃に全然合ってない人、いるのかいないのかわからない人、自分本位にやりすぎている人が一演目に固まると、舞台そのものがかなり「?????????」な感じになるというか……。
よくよく考えてみれば、この演目、「上手い人」でしか観たことなかったのかな。でも、「この演目初めて見た」って人同士で想像でやらせてるわけでもないのに、ここまでスカスカになるもんなのかな。経験が浅い人にこの演目の良い役をやらせた外部公演を見たことがあるけど、そのときは、出演者の緊張は感じられながらも、舞台としてちゃんと成立していた。ちゃんとしてる人はちゃんとしてるんだなということを、いまさらながら思った。
今回の問題は、同じような配役だった正月公演の『平家女護島』の悪い点が引き継がれてしまっていることだと思う。「自然」によくなることはありえないだろうなーと思った。まじでありえんやろ、なんでこれが許容されとんのじゃってところもあるので。

 

「道行涙の編笠」は、堀川を旅立った伝兵衛とおしゅんが猿廻しに身をやつし、こざる(「お初」のほう)を連れて彷徨するという内容。「猿廻し」の節を取り入れた曲は面白いが……、異様に舞踊が上手くて洗練された人形さん同士で出るならともかく(そういう意味では清十郎さんは良いけど)、そうでないなら、謎の段。
床は三味線がめちゃくちゃ。三輪さんと小住さんが素知らぬ顔でやっているのはすごい。

 

 

 

 

  • 義太夫
    • 堀川猿廻しの段
      前=竹本織太夫/鶴澤藤蔵、ツレ 鶴澤清公
      切=竹本錣太夫/竹澤宗助、ツレ 鶴澤寛太郎 
    • 道行涙の編笠
      おしゅん 竹本三輪太夫、伝兵衛 竹本小住太夫、竹本碩太夫/竹澤團七、竹澤團吾、鶴澤友之助、鶴澤清允

  • 人形
    稽古娘おつる=吉田玉路(前半)吉田和馬(後半)、与次郎の母=吉田文司、猿廻し与次郎=吉田玉助、娘おしゅん=豊松清十郎、井筒屋伝兵衛=吉田一輔

 

 

 

今回の襲名披露が、文楽ファンのあいだでどう捉えられているのかは、興味深い。
文楽を観るようになって以降、何度か襲名披露公演を見てきた。実際問題として、ファン以外のお客さんにまで喜んでもらい、襲名してよかったと言われ、それに相応しいパフォーマンスを発揮する人がどれだけいたか。襲名ってなんだろうと思う。集客施策なら集客施策でいいのだが、こんなよくわからない公演体制の中でやるんかいという違和感がある。結果的に、最近の文楽公演に覚える違和感を濃縮したようなことになってしまっていたと思う。

 

衣装・演技の改変にしても、あるいは語り分けなどにしても、それは方法であって、目的ではない。それによって「何を表現したいのか」という根幹がないと、意味がない。本公演の舞台は方法を利用してなにを成し遂げるかを見せる表現の場だ。そして、検討というプロセスなくして表現は存在し得ない。
和生さんは、あるトークショーで、「師匠が亡くなってから、芝居の話をできる人がいなくなった」と話していた。文脈的には、「だから、師匠が自分にしてくれたように、こんどは自分が弟子をいろいろなところに連れていって、感性を磨かせて、しっかり育てる」という話題だった。それはいい話。でも、裏を返せば、和生さんは、勘十郎さんや玉男さんを「芝居の話をする相手」と見なしていないってことだよね。この人冷静だぁと思った。勘十郎さんからしてもそうで、勘十郎さんの考える「芝居」のことを、ほかの2人に相談ができないんじゃないか、あるいは、外にも、相談できる人がいないのではないかと思った。

 

今月は12月公演と同じシアター1010(北千住)で公演。12月とは異なり、2階席も販売していた(たぶんセンターブロックのみ)。2階は2階で面白そう。
今回は、さまざまな場所の席をとってみた。『ひらかな盛衰記』特設ページの燕三さんインタビューでも話に出ていたが、この会場、確かに席によって聞こえ方が違う。床の正面直線上にくる席だと、太夫・三味線の声がストレートに聞こえる。そのライン上であれば、下手席でもかなり直接的な聞こえ方になる。なんなら、マイク入ってるのかというほど大きい音で聞こえる。それ以外の席だと、前方ブロックであっても、聞こえ方が「普通」な感じがした。*4
客層は国立劇場公演時代と違っていると感じる。12月公演の時点では、国立劇場からの継続客(のみ)が来場しているように感じた。しかし、今月の来場者は、地方公演の来場者と近い雰囲気がある。言い換えれば過去の常連客が離脱してきているとも言えるが、地方公演来場者的な方々は継続来場してくれるのか(会場が変わっても来場してくれるのか)。今後どうなっていくのかな。

 

清五郎さんがお辞めになったのは、本当に残念。あれだけ上手い人が、と思う。退座の決定は今月ではなく、もっと前だと思うが、今、代役告知だけで発表するのが本当に良い方法だったのかと思う。いろいろと事情があるのかもしれないが、文楽をいつも見にくるお客さんにとって、清五郎さんは大切な人だと思う。

 

 

↓ 大阪公演の感想。

 

 

↓ 東京での装飾。のぼりを立てられない会場のため、吊り下げ。

f:id:yomota258:20240526201103j:image

 

↓ のぼりの代わりなのか? 建物外壁に懸垂幕が出ていた。

f:id:yomota258:20240526200922j:image

 

↓ 『和田合戦女舞鶴』。文楽ブロマイド(私物)。昭和10年前後に販売されていたものと思われます。

f:id:yomota258:20240527094457j:image

f:id:yomota258:20240527094553j:image

f:id:yomota258:20240527094623j:image

 

『和田合戦女舞鶴』大阪公演への批判として、板額に陣羽織を追加したのは効果的でないと書いた。最後に、その理由を述べておく。

一番大きいのは、物語の趣旨に合っていないこと。陣羽織は、いまもっとも回避されなくてはならない「戦」で着用するものだ。封建社会では女性はこどもと同じく「一人前ではない」とは言っても、板額が陣羽織を着ていては「護衛」の範疇を超えてしまう。*5政子と実朝が戦を構えても構わないのなら、市若は死ぬ必要がない。話の前提が覆る。そして、板額は、前の段(板額門破り)で与市から「武力で解決できるならもうしてる」と叱られたばかりなので、力に頼るようなイキった格好をしているのは不自然に思える。

ただ、この点が無視されている理由は推測できる。『和田合戦』人形入りの近年最後の上演では、「板額門破り」を本当に「板額が門破りをする」という場面だけ上演して、「夫与市から力押しを叱られる」「城九郎資国(板額の義理の父)が目の前で切腹する」という、物語のテーマ上重要となる板額の心が折れるシーンをカットしている(上演時の床本がそうなっている)。*6仮に過去の上演時の記憶や床本だけで内容を理解した場合、板額は(極端な言い方をすれば)「自分の力が認められたと思い込んでいる、馬鹿力の何も考えていない女」という素朴な解釈になってもおかしくないか。と思った。

ルックとしての問題もある。緊張に静まり返り、板額自身も不安を覚えているという、一番抑えて芝居をしたほうがよい冒頭部で一番派手な衣装をつけてしまうと、後半が「地味」に見えるようになって、ノッペリ化が一層進む。板額専用衣装の打掛も引き立たない。
というか、ここで板額が派手な格好をしてしまうと、冒頭でもっとも観客の目を引くべき、武者姿に着飾った市若の可憐さが立たなくなる。私観では、この演目、市若をしっかり立てないと(積極的に観客の視線を市若へ誘導しないと)、話がおかしくなってくると思う。今回、話が白々しく見えたのは、市若を立てられていないからじゃないかな。板額にとって別に大事そうに見えなかった。

 

『和田合戦女舞鶴』は、単独で見ても(読んでも)、この異様な残酷さがなんの意味をもっているのか、わからない。浄瑠璃作者・並木宗輔の生涯を通した作風の変遷のなかに位置付けて、はじめて理解ができると思う。

並木宗輔は、浄瑠璃作者のキャリアを豊竹座で開始した後、一旦豊竹座を辞して歌舞伎作者へと転向し、その後竹本座へ所属。そこからふたたび豊竹座へ戻って、生涯を閉じた。今日でも上演される傑作『仮名手本忠臣蔵』などの作品は、歌舞伎作者から竹本座へ移動したころに書かれたものである。豊竹座へ戻ってから書かれた『一谷嫩軍記』は遺作となった。
『和田合戦女舞鶴』は、豊竹座を辞する前の作品だ。当時の並木宗輔は、様子がおかしくなっていた。心を尽くした犠牲(身替わり)であっても結局無意味、子供はなんのために死んだのか、いったいこの「建前」になんの意味があるのかという、見世物ですらない異様に残虐な作品を書いていた(そのような作品に関わっていた)。『和田合戦』は豊竹座を辞めるよりまあまあ前の作品で、不穏さがあらわれてきた頃の作品だが、『鶊山姫捨松』は、辞める直前の作品だ。『鶊山』は現行上演部分も大概だが、その後の廃曲となっている部分に、それどころではなくドン引きするような段がある。

私の所感だが、当時の並木宗輔は、人間不信が極まっていたのだと思う。登場人物の姿は現実の人間の姿であり、人間は所詮なんらかの外的なものに操られる人形でしかないという彼の思考をあらわしているのではないかと思う。並木宗輔の作品で、人物が鎧櫃などの「絶対入んねぇだろ」っていう小さい箱に格納されるシーンがやたらあるのは*7、登場人物は所詮「人形」なのだという諦念による意図的な演出だと思う。

江戸時代は「天下泰平」といわれた。「武家諸法度」は、二代秀忠が制定した当初には、武士の嗜みとして文武弓馬の鍛錬が謳われていたが、五代綱吉時代には、文武と忠孝、礼儀を守ることが重要であるとされるようになった。さらに時代がくだり、六代家宣時代には、武士が磨くべきは文武の道、人倫、風俗の正しさを守ることと定められるようになった。武士には、戦をはじめとした「武力」(弓馬の道)を行使する「命のやりとり」はなくなった。しかし、彼らは乱世とはまた違ったものに圧迫され、「命のやりとり」を強要されるようになったのではないか。本作は鎌倉時代が舞台だが、江戸時代のこの状況を写しとった構想がされているのではないか。あるいは、武家の世界を舞台にしながらも、町人百姓そのほかすべての人にも言えることとして描かれているのではないかと思う。

この観念のなかで、板額や与市はいったいなにを表現したキャラクターなのか。なぜ並木宗輔はここまでの社会への問題意識を持っていたのか。それを現代にどう解釈し表現するかは、文楽全体のテーマでもあると思う。

 

 

 

 

*1:「キラッと(きラット)」「がんばりマウス」みたいな、ちいかわなら「ワァッ!」と叫んでちびりながら80cmは飛び上がるギャグが散りばめられていた。

*2:ただし、「竹中砦」も、新規で演出(演技)をつけた人形は、かなり微妙だった。微妙だと言う意味は、この「市若初陣」と同じ。一段トータルでみてのメリハリがなく、単調。新規振り付けで人形遣いさんたちが慣れてないから云々というより、人形が同じ位置からずっと動かないなど、演出構想そのものがフラットになりすぎている(全体を通してどう見せるかというメリハリの意識がない)と感じた。再演が期待される演目ではあるが、このまま同じことをされても困るなという印象。

*3:この特徴的な衣装のため、与市と初代吉田玉男は、1997年の秋の全国火災予防運動期間イベントにおいて大阪市中央区の一日消防署長を勤めたらしい。当時の新聞に、文楽劇場の前で「一日消防署長」のたすきをかけ、ポーズをキメる与市の写真が掲載されている。本編で与市の持っている小道具はがんどう(前方を照らすためのメガホン状の灯籠。入ってきたときだけ持っていて、すぐ下ろす)だが、特別に采配(棒の先にチューリップ型の白いふさふさがついたやつ)を持たせていたようだ。当時『和田合戦』の上演があったわけでもないのに、何故、与市。記事の文脈からすると、一日消防署長の本体は玉男師匠で、与市はなんらかの形で指名キャスティングされたようだ。こんなマイナー演目のキャラ、しかも玉男師匠の持ち役だったわけではないはずだが、どういういきさつがあったのだろう。
朝日新聞大阪本社版1997年11月11日夕刊12面より。左玉佳さん、足玉翔さん?
f:id:yomota258:20240527213239j:image

*4:音の聞こえといえば、口上、錣さんだけマイク感のない、肉声のような声で聞こえるのが不思議だった。大阪でも東京でもそうだったが、呂勢さん含めほかの人はマイクONな声なのに、錣さんだけ、特別デカ声というわけでもないのに、肉声の聞こえ方。地の声の音域によるもの? 後列の人にはどう聞こえていたんだろう。

*5:江戸時代のリアルタイム一般社会では、警護にあたる武士が陣羽織を着用する事実自体はある。しかし、文楽の衣装割り付けでは、陣羽織を着用するのは武将ないしは討手の大将なので、そう見えることになる、という意味。

*6:歌舞伎の場合はどうか。一般に出版されている台本集をめくってみると、「与市に力押しを叱られる」「資国が目の前で切腹する」場面が記載されている。しかし、近年の(といっても1988年と1965年)上演記録をみると、資国の配役がついていないので、文楽とおなじく、門を打ち破ったあとのシーンをカットしていると思われる。与市に叱られるシーンがあるかは不明。1965年上演当時の『演劇界』の劇評を見ると、原作解説として「与市に力押しを叱られる」「資国が目の前で切腹する」シーンの存在が紹介されていた。上演の内容は詳細な言及がなかったため、不明。

*7:なんなら、『和田合戦』にもある。

文楽 5月東京公演『ひらかな盛衰記』義仲館の段、楊枝屋の段、大津宿屋の段、笹引の段、松右衛門内の段、逆櫓の段 シアター1010

5月公演は、久しぶりの2部制で開催。Aプロは襲名披露、Bプロは『ひらかな盛衰記』の半通し上演が設定された。

Bプロ『ひらかな盛衰記』は、近年でも屈指の出来だった。

「松右衛門内」は、立つべきところがしっかりと立ち、人形・床が引き立て合って、観客もそれに呼応している。盛り上がりの情感が全員一致した、文楽として素晴らしい舞台。
権四郎をしっかりと立てた浄瑠璃〈竹本千歳太夫/豊澤富助〉、人形演技〈吉田玉也〉は、物語の趣旨がはっきりと際立っていた。「松右衛門内」で主軸となるのは権四郎であり、彼の感情の熱量、流れが物語をリードしていた。
舞台として、感情が波を描いている。派手なところや見どころ・聞きどころだけが点としてボツっと存在するのではない。寄せては返し、大きくなり小さくなり、また大きくなり、もっと大きくなるといった、連続性のある巨大な総体を持ったものとして描写されている。どこまで大きくなるのか。海は巨大な水のかたまりで、すべての水はつながっているのだ。無論、声が大きいだけ、演技が大ぶりなだけでは、浄瑠璃自体が大きく感じられるわけではないので(ただ大仰なだけでは、「やかましい」になる)、大小、緩急のコントロールの的確さによるものである。波と表現したのは、そのためだ。
千歳さん、玉也さんには、それぞれ、上手いところと欠点がある。が、互いにそれを補い合っているのも良かった。人形の演技が甘いところには浄瑠璃が大きく回り込み、浄瑠璃ぶっきらぼうすぎるところには人形のリアリスティックな演技が入る(こちらは権四郎以外の出演者も含めて)。フォローしあうために何かやっているわけではなく、純粋に偶然の一致なのだが、こういった偶然性を目の当たりにできるところが、生の舞台の醍醐味だと感じた。

物語全体を綴じ合わせる役目としてのお筆〈吉田和生〉の上手さも特筆に値する。
お筆は、今回上演のうち「逆櫓」以外の全てに登場する役だが、全段通してのトータルでの見せ方、ストーリーをまとめるプロデュース力がすごい。その人物を中心に舞台がまとまるのが、さすが。全体通しての見せ方がマクロにもミクロにも検討され、設計されており、これは和生さん特有の能力で、ほかの誰もできないことだと思う。お筆が松右衛門宅から帰っていくとき拍手が起こっていたが、退出時に拍手をされるに相応しい演技だった。
そして、細かい所作が本当に上手い。ちょっとした所作でも、なにをしているのか、いま彼女がなにを考えているかがわかる。「大津宿屋」で、行燈が倒れて泣きじゃくる子供を抱き取るところの体の返し方、「笹引」で瀕死の山吹御前に話しかけるくだりのぐっと低くした姿勢、その段切で梨割が山吹御前に乗っていることに気づいたときの様子、「松右衛門内」で喜び回る権四郎やおよし相手にお辞儀の挨拶をする仕草。観客に彼女の何を伝えたいのかを考えた所作になっている。特にすごいと思ったのは、「大津宿屋」で、駒若君と間違えて槌松を抱き取るくだり。演技として特殊な振りがついているわけではなく、「障子から出て、子供を抱き上げて、引っ込む」というだけのものだが、お筆の丁寧さ、慎重さ、焦りがわかり、また、「違う子供を抱き抱えて部屋に入ってしまった」という、物語展開上重要なことを観客がしっかり認識できるように工夫がなされている。数十秒しかない演技ながら、情報量が詰め込まれていた。
お筆は様々な側面を見せる女性でもある。政岡(伽羅先代萩)はじめ、大人の女性の多面性の描写は和生さんの得意とするところ。直近では、おわさ(御所桜堀川夜討)、袖萩(奥州安達原)でその魅力を発揮していた。一段のうちの変化が大きい見取り演目の主人公とは異なり、お筆は、段ごとにさまざまに表情を変えていくという特徴がある。何も考えずにやると役にバラつきが出て、ただのムラにしか見えなくなると思うが、表情の多さや彼女の不完全ぶりが違和感なくまとまっていた。

今回の『ひらかな盛衰記』には、文楽のレパートリーの物語の素晴らしさとそれを現実に定着する出演者の技術力、そして、現在の文楽技芸員の持つ個性の魅力、物語へ向き合う真摯さがたっぷりと詰まっている。これ以上の『ひらかな盛衰記』が今後上演されるかはわからないので、まだご覧になっていない方には、本当におすすめしたい。

Aプロの『和田合戦』もこうなっていればよかったのだが。「松右衛門内」は、「市若初陣」の裏返しなのだと思った。

 

 

 

■ 

以下、各段の感想。

義仲館の段。

鎌倉から討手をかけられた木曾義仲〈吉田玉勢〉は、正室・山吹御前〈吉田勘彌〉と嫡子・駒若君〈吉田簑太郎〉に討死の決意を語る。義仲は愛妾・巴御前〈吉田簑紫郎〉とともに出陣。彼に別れを告げた山吹御前と駒若君は、腰元・お筆に伴われ、後に名跡を立てるため身を隠すべく出立するという話。

床はともかく、人形は、「頑張ってる」にとどまっていると思う。決まった振り付け通りに動かすのが精一杯なんだろうと思った。

義仲は、演技自体はかなり丁寧。かしらをしっかり立て、強い目線の表現を行っている。所作も末尾まで綺麗に処理している。また、騎馬シーンがある役をほぼやったことがない人にしては、騎馬姿勢がかなり綺麗。人形が高い位置に構えられてしゅっと背筋が伸びていた。しかし、緊張しすぎて、人形が始終、力んでいる状態になってしまっている。感情と演技が一致できていない。その役(人形)が力むのはどのタイミングなのかを整理するべきだろう。演技としてどこを立てるかの意識を作るのがいいように思った。

巴は、人形以上に、遣っている本人の右手と右足がばたついている状態。そして、3月外部公演『木下蔭狭間合戦』の注進役でもそうなっていたので具体的に指摘するが、人形の頭と右手と胴体の動きがバラバラになっている。なぜバラつくかというと、右手を主体に動いてしまっているからだろう。右手から動くと、かしら、左遣い(左手)の演技が遅れて、空中で身体が分解する。そして、右手ばかりに注意がいってかしらを遣うことがおろそかになり、目線が不自然に上向いてしまっている(結構いつも上向きがちなので、持ち方自体がおかしいのかもしれないが)。文楽の場合、かしらがお留守になると、なにが言いたいのか、わからない。Aプロの『和田合戦女舞鶴』の板額でも同じ問題が起こっていて、物語がよくわからなくなってしまっている。簑助さんは、必ずかしらを表現の主体としており、かしらから動いていた。簑助さんの人形が「感情過多」なまでにエモーショナルに見えていたのは、かしらの動きの過剰なまでの多さによるものだった。簑紫郎さんは、無意識だろうけど勘十郎さんの「真似」をしすぎてこうなっているのではないかと思う。頑張ろうとしているのはわかるので、まずは落ち着いて、簑助さんを踏襲してほしい。

この段、7年前の12月東京公演(中堅公演)で出たときは、「巴御前がいくらなんでも下手すぎるんとちゃうか」というのが強く印象に残っている。ある程度文楽を見慣れたいま、改めて見ると、巴は、十次郎(絵本太功記)などを相当にしっかりやりきれる人とかじゃないと、難しいんだろうなと感じる。そんな人がどれだけいるのか。ただ、言い方悪いけど、この段に微妙な人が固まっているおかげで、以降の段(特に大津宿屋以降)の緊密さが引き立つともいえるのだが……。

お筆は、この段では脇役だ。後列の端に座ってじっとしている。しかし、微妙にリアクションしている。わずかに、顔の向きなどを変えている。棒立ち(ずっと座っているので、棒座りか)ではない。その上手さがあるのだが、ただ、手前にいる人たちが棒立ち状態なので、どうしても「こいつなんでゴソゴソしてんねや?」に見えた。
それにしても、和生さんにはこんなあからさまな娘役、珍しい。若干トウが立ってる感がすごい。そして、素知らぬ顔をして、政岡ばりの鋭いEYEで手前のほうにいる「若造ども」を監視しているのも、すごい。とはいえ、お筆がいかにも娘風の派手な格好をしているのはここのみで、次からは旅装的な黒小袖になってしまうため、すぐにTHE KAZUO 状態になった。

あと、巴が乗ってくる白馬が、耳、めっちゃ、こっち向いとった。こっちになんか気になるもんがあるのかな。

 

 

 

楊枝屋の段。

お筆&千鳥の父・鎌田隼人(はいと)〈吉田玉佳〉は、浪人した後は楊枝屋を営みながら細々と暮らしている。彼は館を逃れたお筆と山吹御前・駒若君を密かにかくまっていた。ところがそこへ駒若君詮議の追手・番場忠太〈吉田簑一郎〉が迫り、隼人は三人を逃がすため、一計を案じる。という話。

上演が珍しい段で、1988年(昭和63年)11月大阪公演以来、36年ぶりの上演。大道具は、明るめの色合いの簡素な家屋の屋体。入り口に「御ようじ屋」の文字が書かれた小さな表札がかかっており、その下に看板猿用の椅子らしき板が1枚打ち付けてある。引き戸入ってすぐには土間があり、土間の奥に人形が隠れるスペースがある。

現状だと、あらすじ説明にすぎないかな。これを面白くするとしたら、世俗描写が相当に上手い太夫を立てるしかないと思う。チャリ味がある段ではあるが、それ以上に要求されるのは、のんびりと俗っぽく、鄙びた味わいではないかと感じた。靖さんは頑張っているけど、その点は難しい。しかし、これみよがしに節を振り回すなど、変な「こさえごと」をやらなかったのは実直だ。
人形配役は家主さんがかなり重要と思われるので、勘市さんというのは的確だと思った。コミカルながら素朴な動きもとても良い。勘市はいつもまとも。本当に。

この段、開演すると、手前の手すりに、首に縄(リード?)をつけた猿の人形が寝転がっている。
『ひらかな盛衰記』は、以前、全段読んだことがあるはずなのだが、猿なんかおったっけなぁと思って確認したところ、原作だと、あくまで「おさるさんの人形が楊枝屋の看板として置かれている」という設定*1かと思う。初演当時は生きた猿ではなかっただろうが、いつから生命を得たのだろう。
猿の人形といっても、『靱猿』の三人遣いの人形や、『近頃河原の達引』の片手遣いのハンドパペットとはまた異なり、狐や犬のような一人遣いのぬいぐるみ。首の下に手を突っ込む穴があり、四つん這い歩き前提(?)の構造をしていた。むろん、配役表記載なしの黒衣。ただし、国立劇場サイトの特設ページに、この段の出演者インタビューが公開されており、玉彦さんが遣っていることがわかる。

別に生きていてもいいのだが、猿の動き方には検討が必要だ。現状は、人形の見た目は可愛いけど、芝居として動きすぎだと思う。前半の動きを大きく抑えたほうが、身替わりや家主さんと踊るくだりが活きる。国立劇場サイトのインタビューにある、「猿に限らず動物はお客様の笑いを誘い易いので、調子に乗ってどんどん不必要なことまでやり出してしまうから気をつけるように」という玉也さんの教えは、本当に、その通りだと思う。しかし、そこまで言われてもなお猿の動きが過多になっているのは、実際問題として、自分がお客さんからどう見えているのかという客観性が掴めておらず、いまの動きが多いのか少ないのか、わかっていないんだろうなと思った。
そして、玉彦や。立ち歩きのとき、猿より先に自分が立ってはいけない。あなたのほうがはるかに目立ってしまう。師匠や共演者は、猿より先に立つなだけは指導してほしい。三人遣いの人形で、これやっちゃうやつがおるんよ。本当に見苦しい。彼にはそうなってほしくない。あと、ほかの人形の前に立つのも、やめてね……。

段切での家主(と猿)の演技、初見演目のはずなのになんか観たことある気がすると思ったら、『妹背山婦女庭訓』の「井戸替の段」に似ているのか。耳に馴染んだ節をパロディ的に使いながら踊るのが同じに感じられるのか。家主は衣装も同じでは。振り付けは、前回上演時に勘十郎さん(当時、家主に配役)と玉也さん(配役表に名前がないが、猿役だった?)で作成したとのことだが、「井戸替」との印象の近さに特にメリットが感じられず、人形演技はもうちょい何かこれ特有のことをしたほうがいいのかなという気がした。

あとは、パパの作戦で「若君(実は猿)をとられて自分は命からがら逃げる」という芝居を打つお筆の、「アーレー」という大根演技が良かった。

 

 

 

 

 

大津宿屋の段。

いきなりだが、宿屋、せまっ。「大津宿屋」は、屋体左右に一間を設けた大道具になっている。その左右の一間の横幅に圧迫されて、まんなかの廊下?が異常激狭になっていた。いままでの本公演、こんな狭かったか? この会場の舞台間口がかなり狭いということかな。「十種香」はここでは無理だな。国立劇場文楽劇場で上演するときより、客電を落とし気味にしていたのは、夜の雰囲気が出ていて、良かった。

今月のおよしは勘壽さん。若い奥さん風のやや動き多め、大ぶりめの演技。動きはじめにかなり大きくかしらをくねらせる動きを入れて、アクセントを持たせていた。勘壽さんは、以前はもう少し楚々にしつつ、婀娜っぽさを出す芝居の人だったように思うが、近年、戸浪(菅原伝授手習鑑)をはじめ、婀娜っぽさに大きく寄せる方向へ傾いてきている気がする。清十郎さんもその傾向が強まってきているが、座自体の傾向があるのか?
今月のおよしは、髪に櫛を挿していない。いつも挿していたようにも思うが、過去の舞台写真を見ると、確かに挿していない人もいる。人形遣いの好みによるものなのだろうか。文楽で櫛を挿していないのは、基本的には袖萩(奥州安達原)やお里(壷坂観音霊験記)のような極貧キャラだが、権四郎いわく、西国巡礼でお金がなくなったようなので、およしも、貧乏の表現?

槌松〈前期配役=吉田玉彦〉は、バカそうで良かった(褒めてます)。でも、あまりにバカそうなので、もうちょいわざとらしい愛らしさ演技を増やしてもいいかも。

この段、人形は良いのだが、床がすごいことになっている。なんでここで「楊枝屋」よりゴリッゴリに世俗味が出とるんや。安宿ということはよくわかった!

以前、『ひらかな盛衰記』を観たとき、権四郎親子が婿の供養のために西国巡礼をしているという設定を見て、西国巡礼ってどんなことなんだろう?と思った。そこで実際に西国三十三所を回ってみたのだが、実際に旅をしてみて、なんとなく、雰囲気がわかった。巡った先のお寺で納経するという宗教的行為の側面はあるにせよ、「巡礼」である以上、移動距離の長さと周辺の風物にもっとも注意が向く。当時は、観光、日常生活の息抜きの側面がかなり大きかったのではないかと感じた。婿が急に亡くなり、ドタバタと大変な日常を過ごしたのちの、彼ら一家のささやかな娯楽だったのではないだろうか。そして、布団にわいたシラミを権四郎が「千手観音」と言ったり、それを受けた宿屋の亭主が「巡礼観音嫌ふてよいものか」と言う場面、実際に行ったら西国三十三所はすべて観音霊場だと知ったので、それにかけているんだ、とわかった。巡礼の功徳ッ。

 

 

 

笹引の段。

「笹引」では、お筆の演技スピードが明確に違う。「義仲館」では腰元娘風らしいおっとりとした所作。「楊枝屋」と「大津宿屋」では、山吹御前と若君の護衛としての鷹揚な所作をみせる。が、宿屋が急襲され、主君二人を連れて逃げる「笹引」から、彼女の「地」とでも言うべき素早い所作になる。この大きな変化が、事態が急変したという状況の表現、それまでは落ち着いていたお筆の動悸の表現になっている。むろん、「笹引き」の始終、素早く動いていると、速さが目に慣れてしまうだろう。心のままに動いているように見せながら、山吹御前に接しているときはやや落ち着いた所作にするなど、一幕中にも緩急がつけられている。感性だけで済ませず、よく抑制されていると感じる。感性と抑制のバランスが和生さんの上手さを支える最大のものなのだと思う。
しかし、いつでも気品のある芳しい美しさを保っているのは、本当、さすが、和生さんだと思った。

この段で本当にびっくりするのが、お筆と山吹御前の演技が浄瑠璃にびしっと合ってること。二人の息もぴったり吸い付くように合って、「まさにその現場」にリアルに立ち会っているような感覚になった。段取りがあるように見えない。浄瑠璃を聞いてからやっていたのでは絶対間に合わないので、そんなに出る演目ではないながらも、完璧に曲を覚えているということだと思う。
勘彌さんの音や間への感性は独特で、不思議な質感を持っている。曲に対して0.3手くらい速いのかな。そのために、感情が先に動いているかのような情感がある。本当にハメにいかないところに上手さがある。ミュージカル的な文脈でも、評価に値するものだと思う。

ある日、「大津宿屋」から「笹引」への舞台転換で幕が閉まっている間に、和生さんが大道具さんや共演者に指示している声が聞こえてきて、ちょっと面白かった。

 

 

 

松右衛門内の段。

前述の通り、非常に良かった。前半ののどかでゆったりとした雰囲気、孫が帰ってくるという喜びに満ち溢れた一家の姿、槌松が亡くなったことを知った当惑、権四郎の激怒……、そういった、クライマックスに至るまでのドラマの予兆や途上の盛り上がり、その変化が、しっかりと描き出されていた。
今回は、床至近の席になった日があった。シアター1010は出語床が低い位置に設置されているため、太夫・三味線の演奏がほかの会場の床至近席よりもさらにダイレクトに聞こえてきて、面白かった。

 

玉男さんの樋口は、あいかわらず、異常にクソデカい。身長190cm体重100kgオーラがある。藁に包んだ櫓を肩にかけ、粗末な肩衣・小袖で出てくる姿に、異様な迫力がある。イキりの一切ない重くゆったりとした動きに、「俺はお前をいつでも殴り殺せる」的な、ヒグマの如き余裕が感じられるからなのか。そして、なんか、顔がはっきりしている。普通にいつもの文七のかしらだと思うが、本当に真正面を向いているといった構え方によるものなのか、目鼻立ちがとてもくっきりして見えた。

最近の感想記事では、文楽人形の演技にいかにメリハリが重要かという点を重ねて書いている。メリハリがなければ「劇」は成立しない。メリハリは、具体的には演技の振りの大きさ、速さ、手数のボリューム調整によってつけられる場合が多い。和生さんや勘彌さんといった女形で上手い人、立役なら演技の整理が高度な玉志さんあたりは、主にこの手法だろう。
しかし、玉男さんは、メリハリのつけ方が彼らとは微妙に違っている。玉男さんは、手数の増減でのメリハリ付けはあるにせよ、演技速度自体は、わりと始終ゆっくりしている。素早く見えるところでも、実際に速く動いているわけではない。また、振りの大きさも、あからさまな大小をつけているわけではない。しかし、異様にくっきりとしたメリハリがついているように見える。玉男さんは、「人形の身体に強く力が入っている」場面をもうけることによって、演技に強いメリハリがついているのだと思う。全身の筋肉にぐっと力を溜めるような姿といえばいいのだろうか。「松右衛門内」の中盤で、駒若君を肩に乗せて一間から出て、権四郎を一喝し、“物語”を語る部分。最後に左脇に脇差を挟んで決まる姿の、筋肉の隆起、血液の沸騰、ビリビリと痙攣するような強靭さは、ドラマに力強くくっきりとした印象を打ち込む。エネルギーの発散が巨大すぎて、ツケ打ちが華奢に聞こえるほどだ。ふわふわの綿でできているはずの人形の身体に重い鎧のような筋肉があるように感じられるのは不思議で、その量感の見せ方がメリハリとなっているというのは、無二の強烈な個性である。
「力み」の演技は玉志さんもかなり上手くて、『仮名手本忠臣蔵』判官切腹の段の由良助の、彼の小さな身体に込められる無念の思いの表現は本当に素晴らしい。ただ、玉志さんは、表現の中心がメンタル寄りなんだよね。由良助自身はほっそりした身体のまま、内面の高まりによって身体に力が入っている感じ。擬音語でいうと「ギュッ…!」な感じ。玉男さんは、物理的な質量が「ドカーーーーーン!!!」と爆発する感じ。樋口は、それこそ背後に東映映画のオープニングの「荒磯に波」が出る勢いだ*2。玉男さんの人形には、いったいなぜ、物理的なボリュームを感じるのか。なぜあの師匠からこんな筋肉ダルマが爆誕したのか。そもそも「力み」でメリハリをつける発想はどこから来たのか。マッスル・パワー、すごすぎる。
玉男さんのクソデカ筋肉な樋口を見るにつけ、ボディビルコンテストの会場って、こんな感じなんかな……と思った(突然思考があさっての方向に飛ぶツメ人形)。

 

権四郎のジジイムーブは、本当、良すぎ。段の冒頭、権四郎が「う〜ん!」と体を伸ばす場面がある。ここで、両手を天に突き上げないのが、上手いッ。若い人だと、「う〜ん!」と体を伸ばすとき、上に向かって伸び上がる。しかし、年寄りは、正面に向かって伸びる。肩から上に腕が上がらんから。権四郎も、正面に向かって伸びていて、本当にジジイだッ! ジジイがジジイをやると、本当にジジイだッ!と感動した。腰の伸ばしかたも、さっきの休憩時間に後ろの席の爺さんがまったく同じ伸び方しとったし。芝居のジジイではない。真性のジジイなのだ。*3
そういえば、権四郎の口が空いたまま閉じられなくなった日があった。もうすぐ孫が帰ってくるとうきうきとするところだったので、さほど違和感はなかったが、そんなトラブルもあるんだーと思った。自分の演技が終わったタイミングで、右手で押して閉じさせていた。入れ歯をなおしたみたいで、ちょっと可愛かった。

それにしても、「松右衛門内」の冒頭で権四郎宅にやって来る近所の奥さんツメ人形軍団、いちばん下手側にいる人、ひとりだけ顔や結髪の系統が違う。ほかの三人は在所オーラが炸裂したベージュ系の顔色+大味なおだんごだが、下手の一人のみ、白塗り+島田の腰元風で、「義仲館」から宿下りしてきたんか?と思った。

 

 


逆櫓の段。
畠山重忠が出るフルバージョンで上演。

海上での逆櫓の稽古の迫力はさすが玉男樋口。大阪湾にこんな荒波が立つんかいという波飛沫の激しさを感じさせる豪壮ぶり、どっしりとした重さが良い。髪を前にさばくところの剛毅さには、船、沈没しそうだった。
物見の場面があるため、玉男さんは先月の光秀に続き、今月も木登りがあった。光秀と樋口の木登りの大きな違いは、走る方向。光秀が上手から下手へ向かってまあまあの距離を団七走りをする。人形の左半身が客席側にくるため、左遣いは人形の左側面から離れて正面に回り込み、胴体を支えるようにして遣う。一方、樋口は、下手から上手へ向かって少しの距離しか走らない。人形の右半身が客席側にくるため、左遣いは左側についたまま遣う。慣れの問題もあるだろうが、走り方の美しさでいえば、玉男さんは光秀(上手から下手)のほうが上手いな。樋口は移動距離が短すぎて、左遣いの技術を問わずに遣えるといっても(いや、左、めっちゃ上手い人でしたが)、うまく動けていないように感じた。この劇場の間口が狭すぎるのかな。玉男樋口だと、普通に歩いても2歩くらいの距離じゃない? 走る距離の確保が必要というのは光秀にもいえることで、自信がある人は、上手小幕手前まで下がってから走り始めるが、木登りする人形は、それくらい勇壮にやったほうがいいと思う。

 

逆櫓ブラザーズ〈又六=吉田文哉、富蔵=桐竹紋秀、九郎作=前期配役・吉田玉翔〉は、とても良かった。なんかいつもこういう感じの配役のような気もするが、いつも同じ配役である分、クオリティが上がっているのかもしれない。出てきた、出てきた、という喜びがある。
しかし、この人らの着ているチョッキみたいなやつ、いまのものは型染め(プリント?)だけど、本来はどうだったのだろう? 権四郎の下着は本物の絞り染めのようだけど、彼らの着ているチョッキも、元はそういう絞り染めのものだったのではという気がしないでもない。アイロンがピンピンにかかっているのも、仕事着っぽくなくて、これでいいのかな、と思った。

左から、九郎作、又六、富蔵です🤩

帰宅後、1977年収録の「逆櫓」の映像を見た。その映像をよく見ると、船頭3人組のうち、「九郎作」と呼ばれている役のかしらが、いまのかえる顔のやつじゃなかった。なんか、公家顔のやつになってた(今月、「大津宿屋」の亭主役に使ってるやつかな?)。調べてみたら、かえるくんは1980年に作られたもののようだった。模刻とのことなので、原型のかしらは古いのだろうが、作られたの自体は意外と若くて、驚いた。

「逆露」の三味線は、荒削りでもいいから、力押しできる若い人が出たほうがいいのかもなぁと思った。Aプロの『近頃河原の達引』の猿廻し部分もそうだけど、大トリ部分の曲調が特殊で、客がそれを楽しみに観にきている演目にもかかわらず、三味線での押し出しがないと、拍子抜けする。錦糸さんが手を抜いているとは思わないが、錦糸さんに合った場はここじゃない感が否めなかった。

畠山重忠の高提灯がかなり古びているのが、泣けた。

 

 

  • 義太夫
    • 義仲館の段
      豊竹藤太夫/野澤勝平
    • 楊枝屋の段
      豊竹靖太夫/鶴澤燕三
    • 大津宿屋の段
      権四郎 豊竹希太夫、亭主・隼人 竹本津國太夫、お筆・山吹 竹本南都太夫、忠太 竹本文字栄太夫、およし・駒若 竹本聖太夫、槌松・歩き 豊竹薫太夫/鶴澤清友、野澤錦吾
    • 笹引の段
      豊竹呂勢太夫鶴澤清治
    • 松右衛門内の段
      中=豊竹睦太夫/鶴澤清志郎 
      切=竹本千歳太夫/豊澤富助
    • 逆櫓の段
      豊竹芳穂太夫/野澤錦糸

  • 人形役割
    腰元お筆=吉田和生、山吹御前=吉田勘彌、駒若君[松右衛門内以降は黒衣]=吉田簑太郎、木曽義仲=吉田玉勢、巴御前=吉田簑紫郎、鎌田隼人=吉田玉佳、家主六兵衛=吉田勘市、番場忠太=吉田簑一郎、船頭権四郎=吉田玉也、女房およし=桐竹勘壽、倅槌松=吉田玉彦(前半)桐竹勘介(後半)、宿屋亭主=桐竹亀次、船頭松右衛門 実は 樋口次郎兼光=吉田玉男、船頭又六[端敵・一番目が細いやつ]=吉田文哉、船頭富蔵[端敵・微妙に困り顔のやつ]=桐竹紋秀、船頭九郎作[端役・かえる顔のやつ]=吉田玉翔(前半)吉田玉誉(後半)、畠山庄司重忠=吉田玉輝

 

 

 

大津宿屋〜逆櫓の主役は、孫を殺され、一方的に若君を返して欲しいという都合のいいことを言われながら、それを赦し、若君を助けることを決断した権四郎だと思う。普通は赦せるはずのないものを赦す決断をする。彼が赦したのは、お筆や、彼女らが引き起こした事態に対してではなく、自分の中にあった憎悪の感情そのものだろう。その契機が、なんらかの説得や理由付け、解決によるものではなく、樋口のまっすぐな心というのが、この演目のすごさだ。あらすじで説明されても全然意味がわからないし、話そのものは通っていないのに、舞台を観ると、権四郎がなぜ許したのかわかるところに、この狂言のすごさがある(だからこそ、この演目を初心者の方が見取りで見るのは難しいと言われるのだろう)。
もはや取り返しのつかないことに対し、自分のなかに生まれた解決不能の憎悪の念を、人は、赦せるのか? 赦したところで、自分に利するところなどなく、なにも解決しないのに?
『ひらかな盛衰記』はテーマとして深く追求したゆえにこのような物語が描かれたのではなく、偶然こうなっているだけだとは思う、が、私は、結果として、『仮名手本忠臣蔵』九段目や、『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段と同じくらい、人の世に重要なことが描かれていると思う。普通、こんな話に、真正面から勝負できない。『ひらかな盛衰記』自体は、素直な話だと思う。しかし、この権四郎のくだりだけは、際立って、すごいと思う。

 

今回の舞台そのものは素晴らしいものだった。しかし、出演者のいままでにはない衰えを感じる場面もあり、やはり、時間は確実に経過していっているのだと思った。
「衰え」といっても、この部の出演者でいうと、体力不足で明らかに芸が下がったとか、ごまかしのため手抜きをしているというより、ツメが甘いところが増えたという感じかな。ただちに舞台のレベル低下につながっているわけではないが、前はここちゃんとしてて好きだったのにと思うと、少し寂しいものもある。それぞれの出演者の人生の技芸の頂点というのは持続し続けるものではなく、その波長が重なり合う瞬間を目撃するために舞台を見るという意味では、繰り返しになるが、今回の『ひらかな盛衰記』は、必見の舞台だと感じた。

しかし、集客と派手さが強く要求されるはずの襲名披露公演の併演に、なぜ、『ひらかな盛衰記』のような文楽を代表するメチャオモロど派手演目を設定するのだろう。しかも、こんな豪華な配役で。4月大阪の『絵本太功記』も「それを併演するなよ」と思ったけど、一体、なんなんだ。それとも、「市若初陣」が、『ひらかな盛衰記』や『絵本太功記』に勝てる舞台になる予定だったってこと?

 

 

今月は、5年ぶりの2部制開催。3部制でも2部まとめて観ているからか、意外と長く感じない。もう少し長くてもいいまである。
また、今月は、昼夜の番組の入れ替え制を久しぶりに復活したようだが、うーん。個人的には、めんどくさ。という感想。「昼の部しかまともに集客できない」という現実をなんとなく誤魔化そうとしているだけに感じられ、モヤモヤする。清十郎さんがブログで引き合いに出しているような、「昼間しか出かけられない」という客層へのサービス以上の効果(販売数の有意な向上)があるかは、かなり怪しいのでは。そもそも、かつて入れ替え制を実施していたときとは、社会情勢が大きく異なっているんじゃないのかな。
この件はこの件で結果を精査すればいいと思うけど、世の中、夜の部が満席になる舞台はいくらでもあるわけで、夜の部に来場してくれるお客さんの絶対数を増やさないと、先はないわけですよね。文楽の絶対的な客数が減少しているのはどうしてなのか、いままで来ていた人がなぜ来なくなったのか、もうちょっと現実を直視しようよ……と思った。

 

↓ 2021年10・11月大阪公演の感想。樋口=玉男さん、権四郎=玉也さん。お筆=清十郎さん。

 

 

 

 

*1:江戸時代は、楊枝屋の看板として猿が使われるのは一般的なことだったようだ。なぜ猿なのかというと、「ニホンザルは歯が白いから」らしい。江戸初期の観光ガイド本『京雀』(浅井了意=著)の京都四条通りを描いたページには、店の前に猿の人形を置き、往来で営業する楊枝屋のイラストが載っている。

*2:https://www.youtube.com/watch?v=lmRRj0UvUYI ←東映シアターオンライン(東映映画のYoutube公式チャンネル)で観てみてください。このリンクはとりあえず、5/31まで無料配信の『侠客列伝』(1968)です!

*3:ジジイムーブといえば、ある日、「大津宿屋」で権四郎が「どっこいしょ」と座るところで、偶然、お囃子さんが「どっこいしょ」と言っているのが聞こえてしまい、権四郎が喋っているかのような状態になって、ちいかわのようにびびってしまった。

*4:国立劇場公式の読みは「ひらがな」で、一般にも「ひらがな」と読むと思うが、口上では「ひらかな」と言っていた。