TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『性根競姉川頭巾』新町の段

近松半二ほか作の浄瑠璃『性根競姉川頭巾(しょうねくらべあねがわずきん)』 の翻刻第二弾です。

侠客・黒船の忠右衛門は、取引先のお屋敷から預かっているお嬢様・お周を連れて新町の茶屋へ。その茶屋には馬渕和平太と獄門の庄兵衛も遊びに来ていて、傾城瀧川を出せとギャイギャイ騒いでいる。恋する五郎八もこの茶屋の常連なのを知ったお周は、恋文を結びつけた小石を座敷へ投げ込むが、そこにいたのは五郎八ではなく、和平太たちだった。忠右衛門は、ブチ切れる和平太におびえるお周に代わり、気さくな仲間(子分?)・喜兵衛を座敷へ謝りに行かせるが……というお話。

実在の歌舞伎役者が挨拶まわりに訪れる面白いです。当時、どんな人形を出していたのでしょうか。そして、いざ喧嘩、というときに、おしっこ〜!と言い出す忠右衛門の息子が可愛いです。お人形さんでもおしっこするのね。(?)

 

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いままでの翻刻

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自分の勉強用ノートからの転記です。

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新町の段

浮名の種を植木屋の文蔵が身のつらさ。人目忍べば跡に成リ先キに形リふり端手姿。ヱ丶やかましいわいおけ/\。此又瀧川は何して居るぞい。早ふ呼ンでうせぬかと。わめく馬渕がふ機嫌を。取リ持ツ中カ居が出たらめに。ヲ丶和平太様とした事が。川様ンはナ。外カのお客で来てじや故。此座敷へは見へぬわいな。何ンといふ。外カの客じやに寄ツて爰へ来ない。イヤサ。外カの客で有ふが。貸借は廓の習ひだ。早くかつて爰へ出せろさ。イヱ/\。何ンぼ其様にいはんしても奥のお客で来てなれど。宵から頭痛がするといふて。梅干を蟀谷に付ケ。すい顔して寝てじやわいな。そこらは又お前も。梅

 

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干の縁ンを取ツてコレ粋を通してやりなはませ。イヤ何ンだ粋を通せ。イヤ通すまいわい。サアなぜといはゝ。身か揚詰のおりに成ルと。イヤ貸借は所のならひと言て。二時も三時も待タして置キ。夫レに何ンじや今宵借ふといへば。ヤ頭痛がするの。ヤ腹ラが痛むのとは何の事たい。夫レ程身共を嫌ふても。コリヤ銀の威光をいふ物で今宵の内。受ケ出しさへはすれば身が女房。頭痛も腹ラいたもさらり愈り。まだ其上に。五郎八めといふ癪の虫を。小判といふ丸ン薬で。借銭だらけなアノ青二才め。頬の立タぬ様にしてくれると。何がな奥へ当テ付ケる詞に針の。どくれ言。悪ルいと人がよける程のさばり返る庄兵衛が。跡から付イ

て顔見せの。連ン中廻り矢車の。提燈先キに富十郎。跡は同だきいてう隠れ中村吉右衛門。庄兵衛先キに立者共。是非なら尻に附キ/”\の。頭取ぐるめ木戸の者。つぶやきながら歩みくる。サア/\来たぞよ/\。道頓堀の役ク者めら。皆尻に引つけて来た。サア/\是大事ない/\。内へ這入ツて茶でも飲しやれい。イヤ申シ和平太様ン。役者と傍で見せませう。サアハ這入レ/\に二人共。内へ入ル間も待チ兼て。芸子中カ居が口/\に。ヲ丶慶子様ン。お十様ン。先ツおめでたふぞんじます。これは/\どたなにも。御堅勝の体を拝し。いか斗リか恐悦至極前ヱに替らず御憐愍の程。希奉りますと。

 

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舞台の通り吉右衛門。挨拶すれば富十郎。只今吉右衛門殿の申されます通り。いろ/\迄もお見捨なふ御贔屓なふては立チ行ませぬ私共。偏に頼ミ上ますと。愛と会釈を。ひとつに丸めし上手者。実立テ物としられたり。ヲ丶二人共に太義で有ツた。初日の晩には見に行てやらふはい。イヤ申シ和平太様ン。瀧川が身請ケの事に付キ。急にお前に御相談。ちよと亭座敷へござりませ。イヤ是二人共。ちつとの間そこに待ツて居られい。つい往て来ふと押柄に。いへど否共いふ壇の。付キそふ芸子中カ居共皆様是にと言捨て打チ連レ奥へ入リにける。ナントまあ逢て能イ人には逢いで。意地の

悪ルい庄兵衛殿。されば/\忠右衛門様とはきついうらはら。どふぞお目にかゝりたいと。見やる奥より立出る。黒船の忠右衛門。ヲ丶是は/\二人共。よふこそ/\。今奥で噂を聞キやんた。久しぶりでお下りじやげな。マア/\嬉しい/\。イヤモ前以て御贔屓あつい忠右衛門様。お頼ミやらお見舞イやら先キ程吉右衛門殿と。お内方へさんじましたれば。是へ来てござると聞キ。夫レ故ちよつとお頼に。何ンの来いでもよい事を。イヤ若カい者共が言イ合せ場釣の提燈もいつもの通り。炭も百俵。米も五十は積といふて居た。ヱ丶これいつも嘉例で盃キするに。折悪ふ屋敷キの娘御を預カつて。折角わせたに隘阻もなふ。祝ふてちよツ

 

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と盃キ出さそかい。アイヱ/\。まだ方/\へ参りますれば。又/\御緩りと。ヲ丶そんなら二人共。よふごんした。と和らかにたんのふ遉名イ人と。がほる二人も名人ンの。かゞみし腰も伸やかに。悦び勇ミ帰りける。跡に耀く。燭台も。昼と欺く揚屋町。奥より喜兵衛が大肌ぬぎ。立ぬぞ/\。親仁殿立テて下タあれ立タぬぞ/\。ヤイ/\あほうめ。訳ケも言はず立タぬ/\とぬかすが儕レマア何が立タぬ。イヤ是聞イて下タあれ。おれが出入の旦ン那殿が。とふも立タぬ事が有ツて。おれを頼んで居らるゝけれど。こなんも知ツての通り。此しろものがやにこいによつておれではいかぬ。ノウゑいか。サア夫レじやによつて立タぬといふのじや。親仁殿ゑいか。立テて

下あれ。/\。ム丶扨はもふどやされて来たのしやな。イヤ/\おりやまだどやされはせぬけれど。こちの旦那がの。獄門の庄兵衛めにゑらどつかれにとづかれた故。其尻を持ツてくれてゝいはるゝけれど。おれ一人ていかぬ事は。請合の西瓜より見へすいて有ル。夫じやに寄ツて是親玉。こなんをどふぞ頼んでくれとの事。どふぞ頼まれてやつて下タあれと。弱いせりふをあたまから。めつたに強ふ言イ廻す。是も達テ衆の内ならめ。ヤイ喜兵衛。其どやされたといふ。われが出入の旦那といふはハイ私でござりますと。瀧川連レて立出る。ム丶誰レぞと思へば。此中船場で近カ附に成ツた鎌倉やの五郎八殿。シテ擲かれさんした  

 

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其様子は。ハイサアまあ聞イて下さりませ。此中お前と別カれましてから。天神ンへ参る道すがら。どれやら蔵屋敷の侍イと庄兵衛と。二人リして難題言イかけ。あげくには踏だり蹴たりあまつさへ。命にもかへぬモ丶丶大事の/\起請を取ラれ。まだ其上に門ト中で。踏擲かれた此面恥。元ト私は作州。羽森家の何某が躮レなれ共。殿より預カる正宗の刀。盗ミとられた越度にて親子共に国を追放。親人に別れしより。故有ツて鎌倉屋の養子と成たる此身の上。思へば無念ンで口惜ふて泣て斗リ。おります故。是非なふ喜兵衛がお前をば。頼んでやろとの詞に縋り。一ト入お頼み申ます。

コレ瀧川。倶々頼んでたもいのと詞の尾に付瀧川も。どふぞ主シの立ツ様に此仕返しを忠右衛門様。聞届けて下タさんせと里に馴たるみなれざほ。いとゞ思ひや含むらん。是親仁殿。あれ程にいはるゝ事。マア一ツたい。其起請か取戻したいが腹ラいつぱい。コレつい取リ返してやつて下タあれと頼む追従煙草の火。勝手へちよつと入レに立。親方思ひぞしんみなり。ム丶門ト中カで打擲にあい。顔が立タぬに寄ツて此忠右衛門に。仕返しがしてほしいとの事。ム丶至極尤じや。いかにもといひたいが。コレよふ物を合点さんせ。何ンぼ以前が侍じやと言んしても。

 

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今は鎌倉屋五郎八といふて。身ン体はよふても高が町人ン。まして養子といへば義理の親。斯いふおれも一ト人の母親を持ツて居るが。孝行と言フ物は仕にくい様で心安スい物。聞イた所がこなさんも。孝行つくさねばならぬ身の上。とかく物には。了簡といふ事がなふては人の家は納らぬ。夫レ共又こなさんが。前の通り二本ンさいた身分ンなれば。そこは又命を捨ても仕返しするが扶持を貰ふ刀の手前。いはゞ起請ぐらい取ラれた迚何ンの恥にならぬ事。ア丶喜兵衛も喜兵衛じやぞよ。呵ろとはせいで同じ様におどり狂ひ。ヱ丶嗜め/\。イヤ是五郎八様ン。斯いへば忠右衛門が。頼まれるがいやさによし

ない異見すると思はんしよが。そふじやない/\。最そつとした事なら喜兵衛が留ふが誰留ふが。相イ手が庄兵衛じや。金輪際。出入仕ぬいてしんぜるけれど。起請位の事を仕返し/\と。結句こちが笑はれる物。一寸ン延ればひろ廻ると。堪忍するが男の第一。悪ルい事は言ぬ程に。奥へ行て酒でも呑ンで気を晴さんせ/\。コレ瀧川殿。サ丶丶丶連レ立ツて行カんせと。能も悪ルいもかみわけた異見の極上吉粋の。いやと言れぬ詞のはし。理に伏したる三人ンか。顔を見合す表テのかた。瀧川が親方扇や半六。門ト口半分ン入ル間も待タず。是五郎八殿。先達ツて瀧  

 

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川が手附ケ金ン。請取ツたは五十両。又お侍イからも五十両。両方共に今ン夜切リの約束。所に今又お侍イの方から。追イ手附ケ百両請取リ。跡金はあす中に渡る筈で。お約束申シたからは。コレそつちの手附ケは流れますぞや。スリヤ瀧川は爰には置カれぬ。今直クに連レていぬサア大夫きり/\こいと引立つ手先キを喜兵衛が擲き退ケ。コレ半六殿。貴様コリヤ廓の法を知ラぬかいの。イヤ知ツている故迎カひに来た夫レが又何ンとした。イヤそふ自由にはおれがさゝぬ。限りの太鼓打ツ迄は旦ン那に任せた瀧川殿。夫レを外カへやらふとは。ほんにぬめたな親方じや。必お客につん/\すな事の。イヤ床あしらいが大事

じや事の。あいまには泣ケ事のと。いふた貴様がいつの間に。忘れてかいなコレ半六様ン。コレ手附ケは手附ケ揚は揚。一ツ寸ンもいごかす事はなるまいわいの。ム丶こりや尤じや。いかにも限り迄は待ツてやらふが。夜半打ツ迄追イ手附ケ。百両といふ工面ンができるかよ。ハテそりや其時キの頃やい。ム丶よい/\。限りをどんと打ツが相図。百両の金持ツてこい。其金がこぬがさいご瀧川はこちらへ渡タす。喜兵衛。詞をつがふたとじや/\踏かける轡屋も。詞はまされ是非なくも肩いからして出て行。黒船始終を聞キすまし。ム丶こりや判ン字物が出かした/\。が聞イた所が金づく。コレ申五郎八様ン。今はんじ物が約束した。金の手当はよごんすか。アイ。サア私も  

 

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部屋住ミ同前。今宵中に百両といふ物。ム丶出来ませぬかハテナ。よごんす/\。さつきの出入リ此忠右衛門が頼まれてやりましよ。ヱ丶スリヤ弥仕返しをして。取ラれた起請もハテまだいの。仮初にも起請/\と言フてじやが。ソレ肝心の瀧川殿。あつちへ身請ケさしてこなさん立ツかゑ。起請を千ン枚持ツても外カへやつては立ツまいがの。サア斯いふ場所になつたれば。そちからいはひでも。顔を立テてやるのが惣体北の習ひ。ヲ丶親仁殿コリヤ出来た。そこが性根じや。夫レを待ツて居た/\/\。ヤイ/\何をざは/\ぬかすぞい。コリヤ今おれがいふ事よふ聞ケよ。五郎八殿と庄兵衛との出入リは跡へ廻し。われが今親方と。男らしうせりふした追イ手附ケの百両。

限り打ツ迄渡タさねば判ン字物の喜兵衛とは言れまいぞよ。サイノおれしや迚今急に。百両といふ金はないわいの。サ丶丶丶そこが男づくじや。喜兵衛ドレ硯おこせと引キ寄セて。ついさら/\と書キ認めて。われ太義ながら一ト走此手紙をこちへ持ツて行て。かゝに逢フていはふには。ちつと急な工面ン事ちやこちに有ル筑後の切ツ手。百五十石で。金百両拵へさせ。われが直クに請取リ。扇屋へ渡して手附証文取ツてこい。ヱ丶夫レ打チ殺しても大事ないか。ハテ何も角も呑ミ込ンで居るはい。ヲツトよし/\。サア/\悦ばんせもふ/\是からは大船に乗ツた様な物じや。コレコレちやつと礼いはんせなふ。ヲ丶喜兵衛様とした事が。此お礼かツイ。かる/”\しう

 

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いはるゝ事かいなア。ヲ丶瀧川の言やる通り。どふいふてよからふやら嬉し涙がこぼるゝと立ツたり居たり尻すはらず。畳に額五郎八が。出入の肩持男気は。磨上ケたる堂島に遖黒船忠右衛門。二タ人を連レて奥と口。此場の立テ引判字物。堂島さして走り行。奥の騒の色糸に園八。婦シの道行も。誰教へねど口ずさむ。其鶯の初ツ恋に思ひ染メ込ム江戸妻も。大振リ袖の屋敷風。おしうはそよと五郎八に。引カれ廓の大盡客。中カ居のさよが声として。申シおしう様。盃キをさし捨にしてどこへお出なはますぞいな。お供の女中も尋てじやわいな。サアゑいわいな。イヤあのナ。わしやお前にちつと尋

たい事が有ル。アノ此内へ。五郎八様といふお方は来てじやないかへ。アイ今ン夜も宵から来てなはますはいな。ヲ丶夫レは幸イ。どふぞちよつと逢イたいが。お前の世話でどふぞ。さればいなア。大かたアノ小座敷キにかな居てゞござんしよ。御用が有ラば後チの事。マア/\奥へお出いなと。口から出次第中カ居の癖。奥はむせうに手を擲く。アイの返ン事も長カ廊下。早ふお出と言イ捨とつかはとして入リにける。おしうは遉。娘気の。中カ居が噂我カ為に。結ぶの神ミのしらせかと傍に有合フ硯箱筆に。いはする。言の葉の。思ひも。深カき縁ンの端。飛石伝ひ駒下駄の音におどされ我レと我カ。忍ぶしをりの木隠れに庭の。小石を拾ひ取リ。

 

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つい引ン結ぶ文ミのつて。内や床しき其人へとおぼこ。娘の智恵の海。深カいとしらず投ケ込メば。ヤアといつじや。武士の座敷キへ投ケ打チひろぐ狼藉者。コリヤやい中カ居め。吟ン味して連レてこい。証拠は則チ此手跡了簡ならぬと和平太が喚きちらかすどす声の。耳に響きて忠右衛門何事やらんとかけ出る。庭にお周が立ツつ居つさらに震ひはやまざりし。申シおしう様。そんならアノ。座敷へ投ケ込ンだはお前様でござりますか。コレ忠右衛門。そなたに咄した其主シがアノ座敷キにござると聞キ。文をやつたはわしが誤り。どふぞそなたが能イやうに詫してたもと一ト筋に恋の出船の揚屋入。積るゝ重モ荷黒船も。

暫し思案の。折こそあれ。戻る喜兵衛が門ト口から。サア/\取ツて来たぞ/\。こなんの頼で百両の金親方めが頬へ打チ付ケ。手附証文取ツて来たコレ親仁殿見て下タあれ。イヤ是。どふじややら済マぬ顔じやのふ。ヲ丶喜兵衛ヲ丶よい所へ。マよふ戻つてくれたコリヤ喜兵衛われはしるまいが爰にござるは。おれがお屋敷の娘御お周様といふお方。今ちつとした間違ひで。アレあの座敷キへふ礼が有ツたが。女中の事とは言ながら向ふは侍イ。此お人に成リかはり幾重にも誤らねば事は済マぬ。ヱ丶しちめんどいおれが行カずば成ルまい。ヲツト待ツたり。こちの出入を頼んだからは。此出入リはおれが引うけ。すつぱり済してこふかい。

 

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ム丶すりや此侘事に行てくれるか。ハテいかいでいの。あたまから誤りに行出入に何ンのこはい事が有ル物。おれ相応なよい役クじや。気遣カひさあるな込ンで居る。/\。イヤコリヤ喜兵衛。元トのおこりはコレ此お人が投ケ込ンだ。状からおこつたこつちの誤り。何ンでもかでも其状を見事われ。取リ戻してくるかよ。ヲ丶サゑいて/\。まつ事戻しおらにや。そつ首押サへて取てくるのじや。コレ気づかひさあるな。性根玉が違ふはいの。性根じやはいの/\。何ンにも案じる事はないぞや。二人共待ツて居られと判字物肩からずつと達衆の看板。りきみ返つて座敷キへずつと。思はず見合す庄兵衛が顔見て恟り気も魂も何やらも

ちゞめ上カりし心地にて。へ丶丶丶丶/\。是はマアどなたかと思ふたら獄門ンの庄兵衛様。お侍様には初対面。ハイ私は。はんじ物の喜兵衛と申シて。庄兵衛様とは遁れぬ者御赦されて下タさりませ。扨是へ参りましたは別の事でもござりませぬ。手前の客人ンが。何やら座敷キへ。麁相な事致されまして。あなた方の御立ツ腹モ丶丶重/\の御尤。直々に参りお侘申さるゝ筈なれど。どふやら来にくいてゝ。夫レでマアどふぞわしにいて侘言してくれてゝ。ハイ夫レ故の事でござりますとろくに居付ケた足くせのかしこまつたる畳の上。額に玉の汗しづく生れてからの。術なさこはさ何ンに。たとへん方もなし。

 

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和平太わざとやはらを入。ヲ丶何さ/\互イに遊所の出合イといひ。かよふの事は有中。何ンの詫に及ぶ事。ノウ庄兵衛そふでないか。ハイそふでござります。此くらいの事。取リ上ケていふはおとなげない。殊に喜兵衛の顔といひ。了簡してお仕廻なされませ。ヲ丶サ何の/\。イヤ是さ喜兵衛とやら。身は馬渕和平太といふ者。以後は互イと打チとけて思ひがけない詞のてん/”\。ヱ丶そんならすつぱり御了簡をハアテ武士の詞に二言ンはない。ヲ丶嬉しや/\夫レでちつとは落着イた。是といふも庄兵衛殿。よい所に居てくれられ誤りに来たおれも仕合セ。ドレ客人ンが待ツて居られふ。マア往て落付してやりま

しよと。嬉しさ足にも立チ兼て行んとするを和平太呼ヒとめ。遊所とは言イながら。落ちる文の手前も有レば。こつちに有ツてもいらぬ物。ソレ。持ツて帰りやれと投ケ出す文に恟りし。ほんにナア。余り嬉しさに。肝心の事忘れてのけた。お侍イよふ戻して下タんしたと俄に強ふ言イ廻し座敷キを蹴立テ判ン字物。待チもふけたる勝ツ手口。サアしめたぞ/\。何ンでもかでもおれが行がさいご。どいつもこいつもちうの声も上ケさゝず。皆誤つてけつかつた所でゑいかコレ此状じや。あつちに残して置べしと四の五のぬかした故。コリヤヤイ判ン字物の喜兵衛をしらぬかい/\。マどんな者じやはんじて見いやい/\。此判ン字物しらぬやつなら

 

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ヱ丶大きなへらべじやと。あたまから噛で/\。かみしやぐ程いふたれば。ヘ丶丶丶ついこそ/\と出しおつたが聞カしやれ。アノ座敷キにはの。獄門の庄兵衛が居るはいの庄兵衛じやわいの。今一ト人の侍イは。馬渕和平太とやらぬかした。何ンのあんなさぶの二人や三人。おりや何ン共思やせぬ。こはい事はない。/\/\。気づかひさあるな/\と真かいさまに言ちらす。聞イておしうは驚の。色目見て取ル忠右衛門。ム丶其和平太と言フ侍イは。播州三木の家中と聞イたがドレ其状。イヤ申シおしう様。こりやお前が書イたのかよふ見やしやませ。イヤこりやわしが文ではない。ヱ丶何ンとおつしやるスリヤお前の手ではないか。ム丶ハテナ。そふ有リそふな物じや。コリヤもふ

いかふ六ケ敷成ツた。おれが行ずは成ルまいと。見上る障子押シひらき。わざと庄兵衛が投ケ付ケる。ごろたは忠右衛門が額口見合す庄兵衛障子をぴつしやり。喜兵衛一ト人リはしだんだ踏。ヤア聞カぬ/\こなたの顔に疵付ケさせ。此判ン字物が立ツ物かと。わめく声々五郎八が思ひがけなきおしうが顔ヤアお前はと驚きの始めて胸を。いためける。隔の障子脚で明。懐手してのさばり出。堂島で隠れのない。黒船の忠右衛門殿とやら。名は聞イたが顔合すは今が始め。おれは獄門ンの庄兵衛といふ者でゑすコレよふ見知ツて置イてもらひましよ。爰へ来たは外カの事でもごんせぬ。こちら

 

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が遊んで居る座敷キ先キ。邪魔なこつぱが一トつ有ツた故。向ふへほふると思ふたが見りやこなんの額口。あてる共思はなんだがヘ丶丶丶丶笑止な事は当つたそふな。夫レでちよつと言訳に来ました。了簡してもらひましよかい。ア丶何ンのそふはかいの。此くらいの事を仰山そふに。了簡するのせぬのと。こつちからも思はぬ麁相。出入リは五ぶ/\。いかにも貴様のいはれる通り。名は互イに聞キ及べど。物いふは今が始め。替つた事が縁ンになり。思はず近カづきに成リましたと。寄ラず障らず黒船が。無念ンを見兼る五郎八喜兵衛。あせるを押サへる忠右衛門眴でとゞむる。此場の時宜。ム丶すりや言イ分ンはごんせぬの。ア丶夫レもそふ

かい。人ン間ンなれば米喰役クで。まんさらたまつても居まいが。何が人トの庭をはひ廻るいのころの様な者共。相イ人にならぬ筈の事。ノウ忠右衛門殿そふじやないかいの。ヲ丶そふ共/\。其犬いのころを相イ人にする庄兵衛でも有ルまい。ハテそふでなふちや。おれが目からはうづ虫同前物いふもけがらはしい。ドレ奥いてまん直しにま一ツぱい呑ふ。サアどいつもこいつも。言イ分ンはないじや迄。ハテ張合のない猿松共。イヤ何忠右衛門殿。其内緩りと逢イましよと。弱みへ付ケ込ム悪鬼株睨。廻して入リにける。イヤ是親仁殿。こりや又どふじやいの/\。今の様に庄兵衛に打チ込マれこなたは何ン共思はぬか。五郎八様に頼れた。

 

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出入リの事も夫レなりにこりや又とふして下タあるぞ/\。さは/\とやかましい。一ツ旦ン男づくで。引受ケた出入は出入。預カつたおしう様送クり届ける迄は。モ丶丶丶どの様な事が有ツても。そこを除けて通すのが男の性根。起請も艶状も一ツ時キに。取リ戻してやりましよと。口にはいへど心には。張さく無念ン押シ包ミ。ふきとる汗の一トしぼり。お周はわつと声を上。叶はぬ事を思ひ初知ぬ昔がましならは。浮川竹に身をしづめ。道中とやらを覚へなば。斯言フ事も有ルまいに。よしない家に生れ来て。悲しいわいなと何所やらにこもる涙は一ト筋に。落て流れの身にぞしる。障子を細目に瀧川が出るにも出られぬ

気扱ひ今更ラ何ンと五郎八も顔を背ける斗也。コリヤ喜兵衛。追イ手附ケが済ンだれば。瀧川殿はこつちの物必外カへ手放すな。おりや一ト走リ送クつてこふ。サアお周様もふお帰りなされませ。イヤコレ妼衆。用意はよいかと呼ビ立テられ。奴コが燈す提燈の火かげ羞明座敷キ先。心の思ひ生瀬川。深カきゑにしを跡にのみ残して帰るお周が名残。ヲ丶そんなら太義ながら親仁殿行てござれやと門送クり五郎八連レて奥の間へ往来。眺る亭座敷キ。和平太庄兵衛が当テ付ケて。口から出次第言立る。達衆の身程男をば立テ通さねば恥しい。臆病者と後チ々迄所の名ばし汚すなと。いふたお前はいつの間に。破れてかいな忠右衛門様。ハ丶丶丶丶こりや気疎。どふもいへぬサア呑/\と手を叩きどよめき笑ふ

 

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を耳にもかけず。じつとこたへて行道筋。提燈夫レと立チ寄ル侍イ。お周様でござりますか。ヲそなたは久蔵。忠右衛門殿。ハイ是は/\久蔵様。今私が送クります所。ハテよい所でお目にかゝりました。直クにお屋敷へ参る筈なれど。ちつとこちらに遁れぬ用。お前様に渡タせば慥/\。ヲゝ成ル程イヤモ拙者が是よりお供すれば最早わせるに及ばぬ/\。然らば御免とおれそれの。胸は早瀬と鳴る鐘に。連レて。主従帰りける。影ケ見送クりて忠右衛門。思はず跡へふり返り。見やれば猶も意地悪ルふ。言フた儕レはいつの間に。破れてかいな忠右衛門様。ハ丶丶丶イヤモ三国一チの腕なしめ。天窓破済したしやん/\。しやんと立テ切ル生死のさかい。最了簡がと尻引ツからげ。出入リ花咲ク通り筋大門ン。口へと。行道の。母者人じやこんせぬか。ヲ忠右衛門か。

ヤレ/\嬉しや/\よい所で逢ました。コレ姉のおよねが迷子に成ツたはいのふ/\。そりやいつから居ませぬな。サア四つ前からの事でモ丶丶丶内はどやくや。嫁は尋に出やるそなたは戻らず。ぼんを連レて迎イに来ました。サア/\早ふ尋てたも/\。ヤモそれなら気づかひなされますな。マ丶何の遠いへ行ましよ。サアそふとは思へど気が済マぬ。サア/\一ツしよに逝で尋ませふ。ハイイヤ私はちつと待合さねばならぬ人がマア。先へお帰りなされて。下さりませ。ムウ待合す人が有ルか。ハイ是ぼんとゝに抱りや/\。ヱ丶夫レは。ハテ辛度い取ツてたもいの。ホンニお手が痛ましよ。ア丶いや申/\。此脇差どふなされます。イヤ是。そなたの額の疵といひ。待チ合す人が有ルと。姉が迷子に成ツたも構はず。

 

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戻られぬはよく/\の事と合点して。コレ此脇差に送クつて貰ふ。忠右衛門早戻つてたもや。ア丶申シあぶなふござります。ゑい/\/\長カい刀はろくなやつは指ぬ。天窓がいと剃た野良がさす。諷ふ小歌の里がへり。ホ丶和平太様。何ンと此船はもふ来そふな物じやが。ヱ丶頭ラ何いはるゝぞい。アノ黒船めが何で仕かへしにうせる物ナア八よ。ヲ丶岩が言フ通り。大かた今頃は破れた天窓抅へてかな居おらふ何ぬかすぞい。おれがいふ船は源左衛門殿の御座船のことじや。イヤ何庄兵衛。其源左衛門殿には今の先逢フた故。お周が艶状も渡して置イた。瀧川が身請ケも片タ付も早爰へわせる筈じやが。イヤ申シ。そんならおれは。爰に待チ合して居ませふ。二人を連レて早ふ呼ンでござりませ。わいらもちやツ

といけ/\。たばこや/\。いつものお侍は見なんだかな。イヤまだ見へませぬ。ハテナわせる迄待ツても居れまい。おれもちよつと尋てこふ。若跡へわせたら先へ往たといふて下タあれ。ゑい/\/\ゑ船は出て行帆かけて走る茶屋の娘がナ出て招く。イヤ是若いの。おれを呼だは誰じや。ヲ丶忠右衛門かわりやさつきの仕返しせふと思ひ。おれを待ツて居るので有ラふ。サアいふことが有ルならきり/\巻だせ/\。ホ丶いかにもこなたの言フ通り。宵の出入の算用合イ。太義ながらちよと。橋詰迄出て貰はふかい。ヲ丶われから出い。サア/\/\と声かけて。性根競や立テ衆と立テ衆がてつぱり合イ。すは事こそと見へにけり。サア忠右衛門出たが何ンじや。イヤちよと下タに居て貰はふかい。ヲ丶下タに居たが何ンでありや。イヤマア別のことでもないが。

 

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とゝ様しゝが仕たい。ヱ丶面倒。庄兵衛。ちつとの間。待て貰はふ。こりや坊主よ。アノ伯父が待ツて居る。サアちやつとしゝせい。かしこい者じや。/\。ア丶黒船嗜め。出入の場へかりまを連レて。ヱ丶/\聞コへた。此庄兵衛にどやされても。足弱が有(た)故に擲れて戻つたと。わりや。たん切小面で有ラふがな。コレ/\たばこや殿。此坊主め爰の店に寝さして置て下んせ。ハイ/\お安い御用。コリヤ坊主よ。伯父が店で待ツて居いよ。かしこい者じやコレそんなら頼ますぞや。サア庄兵衛嘸待どふに有ラふ。マアわがみを呼出したは別ツの事でもない。サア出して貰はふかい。ソリヤ何を。ハテお周様から。五郎八殿へ通はした艶状また夫レ斗リじやない瀧川から五郎八どのへ書イてやつた起請夫レもいつしよに出してしまへ/\。こいついなの<ねごと>をほざ

きあがる。夫レには又慥な証拠でも有ルか。ヲ丶証拠といふは跡の月キ晦日の。下タり船。ばつたり同然の悪ル仕業。此忠右衛門か黒い眼で睨で置イた。サア二通共に早ふ戻せ。ヲ丶そふ言イ出したらわれも忠右衛門。取リかへさずにも置クまい。われ又どふして見る気じや。ヲ丶斯して見ると取リ出す手先キ。そふはさせぬと庄兵衛が。払ひ落し一時に左右へ別カれ尻引からげ。折から戻る腕の八。黒船が衿元ト。掴んで後ろ矢筈にしめ上る。心得腕首刎返し。ぐはして向ふ入まつ逆様。岩間の弥兵衛が取リ付クを。そつ首持ツて頭転倒。起キる所を蹴かへされ。こは叶はじと両人ンは跡をも見ずして逃ケて行。透を伺ふ庄兵衛が。真向砕けと鬼こぶし。打ツてかゝれば和平太が。反打チかゝる刀の柄。しつかと押サへて腰を入レ。鍔にてばつし

 

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り打チ破眉間やぶれかぶれの命がけ。又も馬渕が打チ込ムたんびら。引ツぱつしてしんの当テ。我武者の庄兵衛付ケ入ルを。心得むねにて横なぐり。りう/\ぱつしと両人ンをぶち居/\擲きすへ。サア。艶状も起請も今取リ返すが。うぬら言イ分ンは有ルまいなと。いへど二人は死人のごとく半ン死半ン生庄兵衛が。懐さがせど起請もなく。艶状はいかにと和平太が。懐中さぐり取リ出す一ツ通。ヤアこりや五郎八の起請。艶状は何所へどめおつた。サア。うぬら次手に出さいでな。但し言イ分ンでも有ルのか。よもや言イ分ン有ルまいと。立チ退クこなたの御座船より。忠右衛門。先ツ待タれよと立チ出る。大小遉立派の侍イ。黒船に打チ向カひ。
お身が只今尋る艶状。五郎八様参る周より。此状の事で有ふがな。ハイ成ル程お侍イ様の御意の通リ。其状こつちへ。ホ丶帰してくれたいものなれども。罷リならぬ其訳ケは。身共事は播■州三木の家中。浜地源左衛門と言もの。ヱ丶すりや其元ト様が。お周様と云号の有ル。源左衛門殿じやよなア。ホ丶ウいまだ輿はむかへねども。云号すれば武士の女房。かやうのふ義有ル花嫁を。一ツ時キも用捨はならぬ。明晩屋敷キで内イ祝言。其時キそちも相伴に。お周を連レて必屋敷キへ。イヤもふそりやこつちから望むお料理。御馳走に合イませふわい。しかと待ツて居申スと。負ずおとらぬ詞詰。のめりし二人リも起上カり。忠右衛門が相伴にうせるならば。身共もお取リ持チに参らふわい。此庄兵衛も今ン夜の出入リ仕かへしはあすの

 

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昼。われが内へ仕かけるぞよ。ハテそりやわれが勝ツ手次第。いよ/\明晩お周が嫁入宰領は黒船忠右衛門。取リ持チ役クは。此和平太。忠右衛門。庄兵衛。坊主よこい。必詞つがふたと。男と男侍イの意趣は重なる三つ重ね。三々九度や出入の献立別カれて。こそは。帰りけり

(次の段へ続く)