TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『性根競姉川頭巾』堂島の段

近松半二ほか作『性根競姉川頭巾』の翻刻、3回目。

舞台は堂島の忠右衛門宅。行方不明になった姉娘・およねを探しに近所の人たちが手を尽くしてくれているが、見つからない。忠右衛門の女房・お政は幼い息子忠吉の世話をしながらソワソワしている。すると近所の衆が先ほど忠右衛門に会ったと言って、彼からの手紙をお政に渡す。開いて見ると、それは去り状だった……という話。

仮名手本忠臣蔵』の十段目(天河屋の段)と近い筋書きだが、この手の話、当時は人気があったテンプレなのだろうか。本作の場合、妻のほうにも夫以上の深慮があったという設定がついている点、意外性が付け加えられている。ただ、忠右衛門の発言に前段までとの大きな矛盾があり、言動に筋が通らなくなるのが気になる。また、忠右衛門の母はシッカリ者の嫁を突然離縁しようとする息子を叱り、お政の肩を持って一緒に出て行くけど、この「嫁の味方になって息子を叱る母」、近松半二のほかの作品にも登場する。これも当時の人気テンプレなのかな。

 

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いままでの翻刻

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自分の勉強用ノートからの転記です。

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堂島の段

大坂の。町幅広き堂島に。男一ツ疋立テぬきの。邪言ず真直に。押シて通し黒船が。外トを達テ衆シの女房は取訳ケ内の気扱ひ。弟息子の忠吉は虫気の上に夕部より。姉のおよねが行キ方なく迷い子。よりも子に迷ふ親の心を思ひやり。馬駄仲カ間が手分ケして。返せ太鼓

の音斗リ。かいも涙の種なれや。中カにも母の貞林は。楽しみ孫の案ンじも百倍。どれも/\念ン頃内迚急しい商売の中に。よふ尋て下タさんす。アノかみ様ンの言しやる事はいの。北一枚に立られる爰の忠右衛門殿。下タを働くこちとら迄が肩がいかる。其大事の秘蔵娘。夕部から見へぬ騒動。こちらがだまつて居らるゝ物かいのふ。サア今朝からも天王寺。中カ寺町天満稲荷山は言フに及はず。大がい人立テの所は大方に尋たが。未に知レぬはめんよふな。狐に抓まれはせぬかの。但シ十二三な小娘。どこぞの天狗が鼻に引ツかけはせなんだか。ヱ丶何いふぞい。今迄知レぬはてつきり参ン宮に極(ワ)つた。お影ケで怪我は有ルまい。コレ案ンじさんすなや。惣体いつやらのお影ケから。近ン年ンこんな欠落が

 

 

 

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はやるて。去年も浄留り語りが欠落して。おいらも大てい尋た事かいのふ。ほんに夫レて思ひ出した。伝法の方を尋て見よふ。源七嘉助サアこいと。我身にかゝらぬ苦なし共。鼻歌。まじり打チ連行。イヤもふお政気づかいひしやんな。今アノ衆がいふ通り。まんざらの子供でもなし。ぬけ参リに違カひは有ルまい。取リ交て忠吉が此虫深カいが案ンじ事。イヱもふ早太様のお薬で。大分ン昨日からよござんす。コレ忠吉。精出して薬飲みやといへば点頭聞キ分ケよし。コレかゝ様。薬は呑とむ無イけれど。早ふよふ成ツて向カひの岩松と。先ン度の粒の立テ引キに行にやならぬと聞キ馴し。親のせりふを受ケ継も。嬉しうたてい女心。折から嘉助が小戻りし。ホンニお政様とんと忘れた。今蔵前

で忠右衛門様に逢イました。追ツ付ケ逝るけれど。先キへいて此書イた物をお前にやれと言フてゞござんした。渡しましたと言捨て。帰れば何の気も付カず。明ケてくやしき文ン言は。ヤアこりや去リ状と恟りを胸に包んで。貴納め薬仕かきよと箪笥の鍵。どれがぜうやら知レ兼る我カ子の行衛夫トの心。心ならねば申かみ様。もふ戻らしやんす時分ンじやが何ンとしてけふは遅ひ。つい見て参ンじますぞへと済メやらぬ気を。川端伝ひ横町通り引違ひ米出戻リ黒船が。手拭肩に奥島の。宿老の跡に小腰をかゞめ。ア丶御苦労様でござります。何ンの/\とふで貴様の息子の事。ゆく/\は跡を継す忠吉なれど。けふ俄の名前譲。余

 

 

 

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の人なれば。何ンぞ子細でも有ふかと疑ふ所なれ共。男を磨く貴様の事。よもや卒爾な事は有ルまいと町の名前は忠吉に切リかへて進ぜた。時に先ツ貴様は是から隠居の体か。ア丶羨しい。誰レも追役クが仕たいでゑすはい。イヤおりや是から直クに曽根崎へ汁に参る。最寄リますまい。忠右殿目出たふござると別れ行。ヲ丶忠右衛門戻りやつたか。何やかや気扱ひで嘸草臥。イヤもふちつとの間出て行ても。内へ気がせいて。成リませぬ。坊主は機嫌はよいかなと。親子睦じ中の島。屋敷を抜けケて走りくる。お周が門トから小手招き。目早き黒船折悪しと。身を立覆へ俵の影ケ。母に見せじと是はしたり。おれが留主なら何所もかしこも引キちらけて。お政はどつ

ちへ参ンしました。イヤそなたを迎イに行迚ア丶道が違カふた物て有ロ。ドレおれが往て呼ンでこふと年シは寄ツても尻がる婆様。とめる所をとめぬも丁ど幸イ此間に爰へ/\。たつたお一ト人リ軽々しいお出はム丶問に及ばぬ浜地源左衛門殿から。今ン夜火急に嫁入の輿を入ンレいでござりませふがな。サイノウ思ひがけ無イ俄の催促。是迄が約束より延々に成ツた嫁入。是非に今ン夜やらねばならぬととゝ様の言イ渡タし。胸に詰つてわしや覚悟は極て居れど。此世の名残五郎八様に。最一チ度お目にかゝりたさ。度々世話に成リながらこな様より外カこんなこと。頼まふ人もない故に。モ丶丶丶皆迄おつしやるな。よふこそお出なされた。其事がなふても。源左衛門殿の屋敷へは忠右衛門が今ン夜参る約束。気づかひなされな。何もかも此胸にござります。急度お

 

 

 

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匿ひ申シました。死ヌ事も何ンにもない。五郎八様にも逢します。ア丶是何を拝ましやりますぞい。去リながら暫くは親女房にも隠すが秘蜜。近カ頃御窮屈ながらと伴ふ奥の半がいも。恋路の塒暫しの中チ。声ばしお立なされなとあた蓋しつかと。納めた覚悟。サア弥絶体絶命。相イ手は侍イ。町人ンの命一トつ投ケ出せば。三方四方の納る出入リ。是迄立テ抜ク黒船が。喧嘩で死ヌる時節至来。母や女房に悟られては。大事の妨。思案は爰と胴居て。常の気質の。肌刀さすが。連レ添女房も。夫レと白髪の神ミならで。丸いお袋連レ帰る。上カり口から夫トのこうけ。ヤイ何が女房の役クじやと思ふ。男の留主に気を付ケふとはせいで。何所へのら付キ歩行のじやと。天窓ごなしにお政が気の毒。何ンの草ではござん

せぬ。最前お前が言伝ておこさんした。気の済マぬ物見た故。様子が聞キたさお前の迎イに。ソレそんな馬鹿じや。おれが歩行道筋が極つて有ルかい。何ンにも済マぬ事はない。高が去リ状じや。去ツた出ていけ/\と聞イて驚く母貞林。思ひがけないアノお政。是迄何一トつ仕落のない嫁。何ンで去りやる其科聞カふ。そなた何ンぞ覚が有ルか。イ丶ヱ何にも気に背いた。覚がなけりや侘言も。どふ言てよからふやら。お袋様のお取リなしといふより。外カは涙なる。ハテ科は知レた事じや。姉のおよねを迷ひ子にしたは誰レが科。皆儕レがおよそなから。しみたれてもふ色気はなし。子供の番じやと思ふて今迄養ふて置クのじやはい。責て気の毒がつて尋成リと仕おる事か。人斗リ遣カふておのりや何して

 

 

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けつかるのじや。コレ忠右衛門何いやる。お政も我カ産ンだ子の事じや物。何ンの夫レに如才が有ロふ。可愛そふに二人の子持チ。殊に忠吉は虫が出て有ルし。薬やら介抱やら其中できのふから。うろ/\と尋て居やるはいのふ。ヱ丶母者人の甘い事。迷子尋るに前垂がけでてんこつにあふ物か。なぜ尻からげて尋にうせぬ。よし又科がないにもせい。飽て去ツたら何ンとする。あた面倒なと手を持て引出さんず短気の一徹。折から来かゝるはんじもの。中に分ケ入リ。待ツた/\/\。親仁殿。一チ番此出入喜兵衛に下タあれ。貰ふたと胸打チたゝいて。台臼形。ヤイ喜兵衛。忠右衛門が女房去ルに邪魔するわれは。様子知ツてとめるのか。ヱ丶親仁殿誰レじやぞいの判ン字物じや。是程の事聞カいでも知ツて居るはい。高がお定りの女夫喧嘩。ハテ

女房じや物悋気もせいじやいの。じたいこなはんが新ン町へ行しやるからじや。猿松め。尻も頭ラも知リけつかゝいですつ込ンでおらふ。母者人もよふ聞カしやれ。姉娘のおよねは女房の連子。此忠右衛門とはなさぬ中。又此忠吉はおれが内へ嫁入してから生れた。肉身分ケたほんの躮レ。じやによつて煩はふが死ふが結句構はぬ。姉めは義理の有ル娘。夫レを<うしな>ふて<だま>つて居ては。人の口の端にも。ほんの子でないに寄ツて。迷子にしても捨て置クと言れ。おれが顔が立ツか。男の顔へ疵付ケるは儕レが科で有ルまいか。暇やるが無理か。誤かと詞はむごふ底心に。義理も情もこもる程。一チ倍思ひ政が身の言訳ケなく/\。喜兵衛様ン。皆(ン)私がふ調法。追イ出されるは厭はねど。忠吉が今ン夜から一人リ寝やらふ淋しかろと。思へば未練な

 

 

 

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事ながら。去れとむない。逝とむない主の機嫌の直る様。侘を/\と袖引つ拝んで廻る山々の時雨。霜月朔日より初日太鼓を吹キ送クる。嵐の顔見世町廻り揃への羽織表テ方。木戸頭ラか真ツ先キに。黒船の忠右衛門様。御贔屓の嵐三右衛門。当年ンも太夫本ト相勤まする。太鼓持ツて参ンじました。祝ふてめでたふ一トつ打タしやつて下タさりませ。ヤアしやん/\と上ケる手を。喜兵衛が掴んでヤイへらぼうめ。人トの女房去ルどう中へ。面白さふに目出度の手を打ふのとけたいなやつら。今一度ぬかして見され。頬かばち張邪るぞ。ヤイ/\/\。こちの内に何が有ルやらあいらが知ツた事か。ヲ丶中の表テ方。よふ持ツて来て呉たな。ハイ/\一トつ太鼓打チ入ませふ。イヤマア太鼓より石で一つ打チ入レんか。ヤイコリヤ。茶も汲おらぬか。何うつかりとしてけつかる。

アイ/\ほんにあいそもないじやくり。汲出す様に出る涙。哀打チ消太鼓の音。とんから/\儕レが鈍からごくどふめと。呵る夫トの機嫌取リ追従するも子故の辛抱。弱気を見せぬ男の辛抱。是が大事の打チ切一所。サア/\お暇。是はしたり一トつ呑で逝やい。イヱ/\もふ今ン夜の初日で気がせきまする。申シ旦那桟敷を退て待ツておりますと口も。太鼓の久兵衛が足を。早めて。打ツて行。喜兵衛も何がな取リ直し。ヘ丶芝居の太鼓といふ物はいさましい物でごんすのふ。おりや又悪ルふ心得て。爰の娘の返せかと思ふた。何ぬかすやら。今の太鼓で坊主めが虫が出よかと案ンじたが。思ひの外カ面白がつて顔見せに行ふとけつかる。ホンニ薬が上つて有ル。コレ煎じ立テやりませうと。指出す茶碗引ツたくり。エ丶忠右衛門が子じや

 

 

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わい。他人ンの左平次置イてくれ。アイ/\。構ふなら退イて居ましよ。どふ成リとしてほんが傍に置て下タさんせ。忠右衛門様。ヱ丶どびつこいまい/\ひろぐとどつき居るぞ。コレ母者人。あの幻妻めを贔屓するこな様からしていま/\しい。女房も母親もいやじや。黒船は身がら一ツ身ン。こなたも親子の縁ン切ツた。そげめと一ツ所に出て行かしやれと。あらきを切ツて投ケ出す泥ずね。母も余マりにぎょつとして。何ンぞが付イて居はせぬかと[革可*1]るゝ斗リ。詞なし。喜兵衛堪へず腕まくり。コレ親仁。こなたこりや本ン気か。イヤ本ン性かいの。今迄はお頭ラ/\と立テて置イたが。そふいふふ心ン底な男。あいそが尽た。向後此喜兵衛は頭ラと頼ませぬ。忠右衛門念ン頭切ツたぞ。辻かいもとで逢ふても。はんじ物か。喜兵衛か共物いはるな。黒船こはふないわい。どこの国にや女房

去ルは聞コへたが。母親を去といふ事は一保が講釈にも聞カぬこつちや。マア此去リ状は三下タり半ンや四下タりでは済ムまい。七くだり稽古本ン新板過キて訳が知レぬ。サアどふ書クのじや去リ状の文ン句が聞キたい。ハテかしましい。去リ状もへちまも入ラぬ。生キ過キて邪魔な母親。女房といつしよに捨るのじやはやい。ム丶面白い。捨テたらおれが拾はふわい。気づかいさあるな。二人リながら喜兵衛が連レていんで養ふ。ナンノ五合や一升の米に跡へ寄ルのじやない。はんじ物は男じやはい。かみ様。サアござれと手を取レは嫁何ンとせふ是非がない。そなたも思ひ切ツて出や。去リながら忠右衛門たつた一トつ願カひが有ル。長カふといはいふまい今ン夜一ト夜さ。孫が傍に寝さしてたもらぬか。どふやら今ン夜は逝とむない。日頃又と在ルまい程孝行にして

 

 

 

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たもるそなた。女夫の中カも睦じいに打ツて替つてのけふのさま。姉が行衛も知レぬ中かてゝ交て■ふて居る。忠吉に名前を切リかへ。何もかも余(ン)り一時キ過て気がゝりな。けふのふ孝が本ン間のふ孝ならよけれど。若や自然人でもあやめ。跡に難ン義をかけまいと言ふ様な品ではないかと。気の廻るのも平生から。男達テを子に持ツた親の心は寝覚にも。案ンじ過してとつくりと寝入ツた夜さりはないわいの。わしやお政は此儘に。譬餲へて死ヌぬる迚微塵も恨に思はねど。ひよつと悲しいめは見まいかと。気が引カされて此内が。おりや放れにくい喜兵衛殿と。しんは泣キ寄リ子を思ふ。親のしんみは肝先キに。ぐつとこたへも忠右衛門。ふ孝を悔む。胸の内。猶悟られじと声あらゝか。ア丶年シ寄リの長カ談義聞キとふない。女め

早ふ連レてうせぬか。アイ/\。婆様もちやつちやと出ていきや/\。まだ行カぬか。あたどんくさいと投ケ打チも。罰は我カ身に引ツかづく蒲団の。下タの勿体涙。ヱ丶是婆様。アノやうな獄卒の内にちつとの間も居る物じやない。ナント判ン字物が連レて逝に。言イ分ンは有ルまい。忠右男ならとめて見ぬかい。アノどふ畜生めが。斯は言フ物のおれも喜兵衛じや。若よそで出入リして。おれが手に合ぬやつか有ツたら。其時は又頼ミにくるぞや。夫レ迄はマア黒船さらばと肩打チふつて。サア立タぬのか。何をくず/\思ひ切リのないわろじや。アイ/\。思ひ切ツては居るけれど。忠吉が顔が。もふ見られまいかと思へば。是ばつかりはどふも思ひ切ラれませぬ。といへば喜兵衛もそりや道理。と儘にげんなり投ケ島田。夫トの胸。

 

 

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はいかゞ共とけぬ底意のはんじ物。斗リかねたるお政が思ひ。手を引ク母も力ラなき。我カ家を。離出て行。人ト音せねば。忠右衛門。表に目を付ケ枕を上。もふうせ逝だか。なぐられぬ中チにうせたが仕合せ/\と。後姿に暇乞。母者人御赦されませ。ふ孝と知ツてふ孝をするも。けふ一チ日にせまつた忠右衛門が命。かついらざる顔を立テ過コして。身を果す無分ン別と。必呵つて下タさるな。全く一分の事でない。御恩を受ケた御出入の屋敷キ。其娘御の命のせつぱ。品に寄ツては親御迄。腹ラなされにやならぬ大事。爰斗リは男の命の捨所。恨でくれるな女房。何ンのいやい。大がいな事に立ツの立タぬのと向ふ見ずな出入リするは。女房子のない時キの事。坊主めが寝顔を見ては端手

な事は成物じやないわい。モウ/\あれが虫が苦に成ツて。おれが虫は何所へやら初夜聞クと戻ル様に成ツては。男達テ気はとふから失て有ルはい。其忠右衛門が。夫レ程にふ便ンな子を捨て。覚悟極た此出入リ。よく/\の事じやと推量して。思ひ諦め母者人を。太イ切に見送クつてくれ頼ムぞよ。忠吉か事は気づかひすな。ちいさふても黒船が子じや。中カ間の衆が引キ廻して。浜へ見習ひに出してくれたら。まんざら<かつゑ>も仕おるまい。とは言フ物のおれが死ンだら可愛や肩身が究で有ロと。表を気づよふ見せる程涙もろきは。立テ衆の情。硯引キ寄セ書キ置キの最期と極る筆立テも。達者を見せて墨ぐろに書キ認る。折も折。名から邪と店出して。人を見おろす獄門の庄

 

 

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兵衛。ゑらひどいめに逢イながら陰で藁たく。米問屋の。手代打チ連レ門ト口から。忠右衛門に居やるか。日も暮レぬ先キからきつい用心ン。爰明られいと。のさばり声。慥に庄兵衛内の体。見せじとくろめる黒船が。態寝ほれし伸欠気。ヱ丶うまふ寝た所を起したは誰レじやい。おれじやはい。ヲ丶庄兵衛か。能おじやつたのふ。ちつと訳ケが有ツて幻妻めはほい出して仕廻ふ。幸イな能イ所。新ン町橋の出入の算用。後チにはおれも用が有ル。今の中チに仕て仕廻ふと引戸ばつたり。ア丶待ツたり鐉かけまい。庄兵衛は仕返しに来たのじやないぞ。ヱ丶吾儕も粋の様にもない。新ン町橋て尻持ツて行といふたは逝端がなさの太平楽。叶はぬ事は知レて有ルに何ンのマア仕返し所。おりやけふ来たのは切ツ手を取リに来たのじや。サア替つた事の。加島屋から預カつて居やる。百

五十石の米切ツ手。其買イ主シはおれじやはいの。と聞イて恟り。サ丶斯斗リでは合点が行クまい。獄門といふは色街のかへ名。おれが内は上町で。飾磨の庄兵衛といふて商売は在所宿。下モの客衆が思ひ入レで。筑後百五十石買てくれと言るゝ故。おれが名前にして買て置イた米切ツ手。したがあぢに意味の出来た。吾儕とおれとが事なら。庄兵衛がない事もいふかと疑ひも有らふかと。連レて来た問屋の手代。此わろが証拠ノウ手代殿。ハイ左様でござります。イヤコレ忠右衛門殿。此間タの切ツ手を。あなたへお渡し申て下タされ。ちと思はくが有ル故。戻せとおつしやるのじや。アレあの通りじや。違カひのない正米百五十石。切ツ手渡して貰はふ。成ル程/\切ツ手の買イ主シ飾磨屋の庄兵衛。スリヤ其庄兵衛と言フ

 

 

 

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のが。ア丶此庄兵衛てゑすはい。アノ吾儕で有たよな。ホイ。はつとさしもの忠右衛門。出入の外カの脇道に胸の方角。失ふ斗リ。ナント小みづは有ルまいがの。サア切ツ手請取ロかい。イヤ庄兵衛何ンじやはい。いかにも預カつては置イたれど。おれも何やかや事多ふて。嬶めにしつかりと渡して置イたが。何所に有ルやら今は知レぬ。あいつが戻る迄待ツてたも。コレ/\忠右。女房は最前去ツて仕廻ふたと言ふて置イて。ふづくる様な事いやんな。ム丶聞コへた。どふでもおれに意路持ツて。コリヤ引ツぱり付るのじやな。イヤ何のいのふ/\。イヤそふじや有ロ/\。ソリヤ悪ルいぞや。出入リは出入。商売は商売。又おれが物を渡タすまいといや。いや共にでんどへ出にやならぬぞよ。と声山立るがおりや嫌じや。サアちはせずと渡しておくれ。忠右衛門様。拝ミますとないを見すへていやがらす。橋の出入を黒船に。当タつて砕ぬ。悪ル

者根性。きつくり障る新ン町の。扇屋が門トから忠右衛門様内方にござりますか。ヲ丶半六殿。おれもこな様に逢イたかつた。瀧川の跡金喜兵衛に持してやつたれば。弥身請ケはこつちへするぞや。イヱ/\申シ其事で参ンしました。身請の跡金なればよけれど。たつた百両の追イ手付ケマア預カつて置イたれど。今ン日和平太様から。七百両の見受ケ金がらりにお渡タし。お前の方は跡へん。最初の手附ケは流れまする。追イ手附ケの百両はお戻し申シにさんじました。請取ラしやつてと差出す。イヤ/\/\夫レでは済マぬ。忠右衛門が仕かけた身受ケ。めつたに脇へやる事ならぬ。実正外カへやる物ならなせ追イ手附ケ請ケ取ツた。跡金の出来る迄此百両は預ケて置ク。イヱ/\なんぼおつしやつても。最瀧川はあちらへ渡して仕廻ふたからは。是非此金は返します。忠右衛門は請ケ取ラぬ。お渡し申シた帰ります。イヤ

 

 

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訳ケが済マねば逝さぬぞ。とやつつ返しつ止められて。迷惑物気な轡頬。中カから取ツて庄兵衛が。門トへ突キ出し引キ立る。とたんに轡は逃ケ帰る。庄兵衛用の有ル男なせ逝した。忠右衛門。わりやあぢいな事するな。さつきにから合点が行ぬと思ふた。が米切ツ手の内にない謂が今知レたはい。瀧川が追イ手附ケ。其百両の出所。けちぶとい人トの代物。ふち殺したかばらしたか。イヤサとぼけない/\。庄兵衛が睨だ眼コさす物じやないわい。そふでなくば切ツ手請取ロ。サア今渡せ。有ルまいがな。此庄兵衛も大がい悪ル者の名を取ツて。獄門ンとまで呼れて居れど。われが様なふとい事は得せぬ。ヲ丶恐しい/\。おれが獄門ンならわりや。生磔の忠右衛門。無念ンなら切ツ手を出せ。サア此足で請取ラふと蹴やる頤一チ言の。手向ひもせぬ堪忍は却て強き。立テ衆也。ヘ丶男

を立る/\と口程にもない此ざま見てか。手代殿。こなたも親方への言イ訳。こんな泥坊めは遠慮なしに蹴た/\。イヤモウ夫レには及びませぬ。ハテ気の弱い。こんな時キでなけりや又。黒船を踏事はならぬぞや。コレこふさあれと持チそへて草履のむね打チ。無念なり。モウ了簡が成ルまい。刃物が有ルなら切ツて貰はふ。切ツ手を貰はふ。サア出せ/\。切ツて。切ツ手と抜キさしの。ならぬ胸ぐらつかまへて。悪口存ン分ン脚存ン分。疫病神で意趣ばらし。踏れてもぶたれても。口をとぢたる門ト口に。足シ音トとん/\女房お政。明ケて/\と打チ叩く。誰じやい/\。イヤわしじや爰明ケて。こちの人と声聞キ咎め忠右衛門。ヱ丶狼狽者め戸は明イて有ルはやい。ホンニわしとした事がと。外トからぐはらり。コリヤ/\。其閾一寸ンも越る事成まいが。よし/\

 

 

 

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と去れた内へ。うぬ何しにうせ上つた。イ丶ヱイナ。まだわしや去られはせぬぞへ。ソリヤ何ンで。サア肝心の去リ状を。さつきに箪笥に入レて置イて。鍵はわしがさげて居る。去リ状取ぬ中チはわしややつぱり女房でござんす。したが迚も斯成ツた事。モウわしも思案極メて。外カへかた付ク気に成ツた故三下タり半ン取リに来た。二重めの引キ出しに入てござんす。次イ手に鍵も返します。今度持タんすお内義様に。渡タさしやんせ。とぴんとする錠前の。鍵ひつしよなくヱ丶面倒くさい。さつきに持ツてはうせおらいで。と<つぶや>きながら箪笥の錠。無息に明ケて捜しても。尋てもない去状は此中に。何ぬかすやらと底打チ明ケる引キ出しから。ばらりと出たは筑後の切ツ手三十枚。ヤア。こりや切ツ手が出ましたと。問屋が恟り庄兵衛が。胸算用

の色違ひ。ひよんな仕返し早まつて。とついた手足の置キ所。布子の汗をこたへ居る。忠右衛門様。去ラれても男の内。立ツ鳥跡を濁さず。世帯道具。一ト色も麁末はござんせぬぞへ。いかにも慥に請ケ取ツた。此切ツ手が其儘で有ルからば。百両の金出端と。失ふた姉が行場と。大かた都合が合フたはい。サア跡金は去ラれた女房。マア夫レ迄の手附の代ロ物。ちつとの間でも迷子にせにや。お前の顔が立ツまいがな。出かした。それでこそ忠右衛門が女房といふには折が有ラふ。其心底を見込ンで。改てやる此去リ状。おれが心は夫レで知レふ。いんでとつくりと読で見い。悪ルい爺親持ツた故。可愛や姉めはいかい苦労を仕おるなア。夫レならもふいぬるぞへ。こちの人でもないお人。いつ逢ふやらしれぬ身の上。必/\

 

 

 

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忠吉を継母にかけて下タさんすなと内を見入レて跡へ引ク。気を取直し。忠右衛門様ンさらばと斗リ出て行。問屋の手代はもく尻にて。表テへそろ/\逃ケ支度。コレ待ツた。こな様が今見る通り。切ツ手には■留■。庄兵衛慥に渡したぞ。お手代もよふ聞カれい。忠右衛門は盗ミ衒はせぬぞや。イヤサ震ふ事も何にもない渡タす物渡して置イて。叩かれた返ン報などゝ。おとなげない出入は黒船はせぬ。庄兵衛も顔売ツた者。新ン町橋の人中で。ぶたれたなりでは立ツまい。けふの仕返しで算用済ンだ。随分大きな顔して逝。此忠右衛門は今ン夜暮過キ。大きな出入リに行にやならぬ。此様な端喧嘩にかゝつて居る暇がない。わいらにぶたれた迚蚤に喰れた共思はぬ。早ふ逝んで休スめ。/\と寄麗な捌に付キ上り欲にかゝ

つた熊手庄兵衛。イヤ逝まいわい。われが言いでも知レて有ル。今ン夜の出入は浜地源左衛門殿。云号の屋敷キの娘。五郎八とふ義ひろいだ故嫁入の輿が入や否。首ぶち放す手工合イ。相伴ン人の忠右衛門。われが命もねぐさつて有ル。其めらうめが最前ふけつてうせた事。ちらとかいで来た庄兵衛。大方そこらにおるて有。引キずつて行きや金に成ル面倒ながら今ン夜は爰に泊て貰を。ドレぐつたりと寝よふかと。奥に目を付ケ行んとする。脇緩ラらんと真の当テ。死入ル斗リの痛さを堪へ。忠右衛門こりや何ンとすりや。こま言いはずときり/\逝。三枚敷キでも黒船が寝間帳台。脚切リ込ムと其通り。そふぬかしや猶アイタ丶丶丶。よいは是程は了簡して逝でこまそ。屋敷キで出合ふ

 

 

 

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忠右衛門。待て居るぞアイタ丶丶丶。あツたけたいなと強い顔。半ン死半ン生判ン字物。出会頭ラに戸を明ケて。逃ケ出る手代を引かづき。どつさり投ケたも見た斗リちんば引キすり立チ帰る。ヱ丶親仁殿。おれがもちつと早ふ来たらアノ庄兵衛め。脚ぶち折ツてこますのに。何ンで了簡さあつたぞい。と言ど答へも手を組ンで。思案工夫に暮。近/\。モウ刻限が近カ付イた。喜兵衛。坊主めが菜が有ロ。温めてやつてくれと。其身は立て仏壇へ御明カし。火燧爺親の位牌に並ぶ身の言イ訳ケ。何と硫黄の花立テに。消行珠数の霧深カき。ヤ親仁殿。お復路の言伝が有ル。出て行からは何一ト色身に付ケる気はなけれど。何ン時の知レぬ年シ寄リ。平生用意に仕立テて置イた経帷子。取ツて来てくれいと言はつたぞや。といふに気の付ク

忠右衛門。明ケる箪笥に兼てよりけふと知ラせの経帷子。見送るべき身が送クらるゝ。世は逆様の左り前。親に先キ立ツふ孝者赦して下タされ母者人と真実しんみの暇乞。ヤア/\。スリヤこな様はアノ命といふ口押サへて。コリヤ。坊主が耳へ入ルわいやい。今ン夜侍をばらしに行。おれも生キては戻らぬ。われに頼んで置ク事が有ル。アノ奥に有ル半がいは女房の去リ荷物。此百両の金といつしよに。お政に急度渡してくれ。様子は跡で知レる事。必何にも口ばしるな。アイ/\。そんな事ならおれも行ます。殊に最前の庄兵衛めが屹相。道に待チ伏セしておらふも知レぬぞや。ハテ扨馬鹿な。庄兵衛めはモウ命は無イはい。何言はるぞい今大手振ツて逝んだ者が。ヲ丶又しても邪魔なやつ。毒くはゞ皿と。豁骨三枚砕て置イたりや。初夜迄生おるまい。ヱ丶イ。コリヤ。儕レも男の折レじやないか。立テ引に寄ツて人を殺すは男

 

 

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の道。何狼狽る事が或ル。黒船が出入の仕納め。男の魂。晴着の衣服。着かへて行と帯ぐる/\。親子一ツ生一ツ世の別れ。虫が知して目覚す子。かこふ屏風はあの世の高塀。いんのこ/\も震ひ声。裏から廻つて女房が。見る書キ置キに夫トの心。知レて悲しさお政が歎キ。ヱ丶爰へは悪ルいと。喜兵衛が眴。くはらりと装かゆる黒船が。冥途の。晴着伊達小袖。喜兵衛/\。今出した脇指は。ヱ丶。アノ刃物さいて行のかへ。知レたこつちや。儕レが持ツて居ながら。こつちへおこせと引たくり。一ト腰しやんと此世の見納め。我カ子に一ト目と立チ寄レは。とゝ様どこへ行しやる。おれも行ふと取リ付ク忠吉。ヲ丶道理じや/\。コリヤ/\淋しかろけれとツイ往て戻る。土産買てきてやる程に。今ン夜は伯父と留守して居い。そんなら頭巾。ヲ丶可愛や。利口なやつとほつりと筐の一ト雫。ばつたり明る半がいに。忠右衛門殿モウ死に行カしやんすかと泣ク声聞キ捨戸をぴつしやり。坊主よ。いてこふ。

(次の段へ続く)

*1:あき