TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『桜御殿五十三駅』三段目 室町御所の段

近松半二ほか作の浄瑠璃『桜御殿五十三駅』の三段目。

足利義政の館には、将軍家の最高位の家臣である3人の管領がいる。ワルじじいの山名宗全、くそまじめな斯波多門頭義廉、まともな上杉忠則である。この3人が義政の弟・左馬之助の放埒、その挙句になかなか薫姫との婚礼を承諾しないことに頭を悩ませていると、比叡山へ宗純親王を迎えに行っていた浅川左膳と初柴が戻ってくる。
左膳と初柴が報告したのは、宗純親王は「不義」を糺さない大将の造営した金閣寺へ移ることを拒否し、姿を消したという驚くべき事態だった。話を聞いた宗全は、左膳と初柴に不義の疑いがあるとして詮議しようとする。二人の仲をやっかんでいた宗全の息子・治部太郎は、これが証拠と初柴の懐に入っていた文を読み上げるが、それは自分が初柴に送った恋文だった。多門頭に詰められた治部太郎は宗全によって追放され、左膳・初柴は吟味のため奥の間へ連れていかれる。

一方、奥御殿。義政の弟・左馬助は廊下で新参の小姓ににぶつかるが、なんとそれは男装した傾城・雪の戸だった。雪の戸は左馬助との再会を喜ぶが、そこへ許嫁・薫姫がやってきて、恋する乙女同士は大げんか。しかしそこへ宗全と義政が現れ、左馬助と薫姫は一旦奥へ引っ込むことになる。不審な小姓を見た義政はその見覚えある美しさに、田中村の茶屋で枝折を授けた女(お蘭)かと尋ねるも、雪の戸は、そんなん知らんがな、鷹匠・太郎治に頼んでここへ入り込んだのだと話す。宗全は怒って太郎治を呼び出すが、雪の戸が“この御殿の殿様”を慕って入りたがっていたので入れたと聞くと、義政は太郎治の行いは“この御殿の殿様”すなわち自分のためにやったことだとしてその行いを大いに気に入り、太郎治に盃を下す。

やがて義政は雪の戸を連れて奥の間へ消え、その場には3管領と太郎治が残される。宗全らは金閣寺のこと、宗純親王のことでギャンギャン言い合いをはじめるが、そこへ義政の側使いが3つの盃を持って現れる。側使いは、義政からの「武門の大将が常に忘れず楽しむべき物は何か」という謎かけを管領たちに伝えるが……?

 

物語が大きく転換を迎える段で、下郎だった太郎治の思いもよらぬ大出世が鮮やか。個性豊かなクセ強登場人物たち、男装した傾城、色男を争う二人の美女、次々変わる太郎治の衣装など、当時の舞台はさぞ鮮やかだったろうと想像される。

 

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 これまでの翻刻

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  • 捨て仮名、句読点はそのままとして、字体は現行に改めている。
  • 文中■は判読できない文字。
  • 画像引用元:<亭主は東山殿/上客は一休禅師>桜御殿五十三駅(東京大学教養学部国文・漢文学部会所蔵 黒4142-0449)
  • 参考文献:国立劇場芸能調査室=編『浄瑠璃作品要説<3>近松半二篇』国立劇場/1984

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第三

爰に禁庭守護の武将。足利八代源の義政公。室町殿と世の人の恐れ敬ふ花の御所。六十余州の評定所相イ詰ムる人々には。老臣山名宗全続ては上杉忠則。斯波多門の頭義廉。其外カ昵近お傍衆違義厳重に見へにける。宗全人々に打チ向カひ。先キ達ツて禁庭の勅命下タり。二條家の御息女薫姫様を。我カ君の御舎弟左馬之助様に言号。則チ御養子分ンになされとくより館へ入ラせ給へど。御祝言甚延引。よく/\聞ケは左馬之助様。島原の形成にうつぽれ。婚礼御承引なしと一ツ家中の取り沙汰。何にもせよ取リ急ぎ御祝言調へずは。違勅の恐れ有ルべしと  

 

 

 

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にがり切ツて申スにぞ。多門之頭差寄ツて。御舎弟の義は取ルに足ラぬ雑説。此度ヒ金ン閣寺御普請調ひ。当今の御弟宗純法親王を移し奉る御大望。此義相済ム其上ヱは御婚礼も相調はん。ナント上杉殿左様ではござらぬか。ホ丶則ち親王を御迎ひの使イとして浅川左膳。又北の方御名代には。年ン若なれど我カ妹女中頭ラの初柴。今ン朝御使イに参りしが。親王のお請の程。いかゞ有ラんと両人ンの。使者の帰りを待ツのみと眉を。顰て評定有ル。縁側の間に扣へたる。山名が一ツ子治部太郎。遠慮もなくつゝと出。上杉殿の仰の通り此使者の遅ひが気づかひ。アノぬるくたい浅川左膳。不礼などして暇取ルかとふてろくには有ルまいと。あぢな所へ恋の意趣。肩肘はつて言ヒほぐす。多門の頭嘲

笑ひ。貴殿ンはいまだ部家住ミ。御親ン父を差シ置イて太イ切ツの評義御無用と。一句に詰られ治部太郎。まじめに成ツて居る折リから。親王様への御使者御ン帰りと。知らせの声も広縁ン伝ひ。立チ帰る二人ンの使者庇の間の座に着ば。上杉則忠声をかけ。ホ丶左膳殿帰られしか。遅かりし初柴。御前にもお待チ兼。様子は何ンと吉左右かと。問るゝ答へハツト斗リ両手をついて詞なし。初柴は差シ寄リて。申シ左膳様。委細の様子はあなた様から。ホ丶然らは拙者申シ上ケます。扨我カ君仰の通り法親王の御所へ参り。金ン閣へ御移りくだされよと具に申シ上ケし所。両人ン共御座近カく召シ寄セられ。此度金閣造営成て。結構花美を尽すといへ共。不義を糺

 

 

 

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さぬ大将の儲の地へなんぞ入ラんや。不義糺さぬ武将の使イ早立テ去レ穢らはしと。御怒の顔色にて御座を立ツて入リ給ふ。何ン分ン御機嫌麗しくお請ケのお詞下タされよと。近ン習の旁相イ頼み押シてお願カひ申ス内チ。何国共なく親王は御座所を出給ひ。御行衛知レず迚御所の騒動大方ならず。アイあの通りでござります。何の事やら訳ケもなふ醜しいお使者の役ク。親ン王様ござらねば左膳様をお勧め申シ。是非なふ両人ン帰りしと。聞イて一座の人々も<革可>れて。詞はなかりける。宗全石を居直つて。ヤア誰レ有ル。浅川左膳初柴両人ンに手錠を打テ。イヤ/\宗全殿お待チなされ。上杉殿は初芝殿の御舎兄。此義に置イて遠慮も有レば。此多門の頭へ一チ応の御

相談も有ルべき所。早速に手錠打テとは。イヤコレ/\義廉殿。貴殿迄か馬鹿尽さるゝか。不義を糺さぬ大将と親王の宣ひしは。察する所此両人ン。左膳と初柴に不義有リと見ぬかれし御答へ。ア丶イヤ申宗全ン殿。此左膳に不義有リとは何を以て仰らるゝ。ヲ丶此初柴とあなたとが。不義の証拠がござりますか。イヤだまり召サれ。証拠が在レば直クに討チ首。其不義は追ツての吟味。何にもせよ。今ン日の使者の役ク目を仕課せずすご/\と帰りし越度。主君を始め親王様へ恐れ憚る掟の手錠。サぐつとでも言フ人が有ラば。法を糺する贔屓の沙汰。用意の手錠早く/\に侍イ共。ばら/\と立チかゝり遠慮会釈も二人

 

 

 

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共。打タるゝ手錠は妹背のぴんとこたゆる心覚ヱ。錠の音トより初柴が泣ク音隠して覚悟の体。よき折リからと治部太郎。イヤコレ親父様。疑ふ事は少シもない。不義も/\きつすいの不義徒。次イ手に証拠お目にかけふ。手錠より手廻しに討チ首がよからふと。立チ寄ツて初柴が懐へ無理無体。腕さし込ンで取リ出す一ツ通。コレ此文が堅い証拠。ヲ丶此宗全が見る前で高声に読上ケい。ヲ丶読ます共/\。上杉様。多門様。とつくりとお聞キなされ。ム丶度々文を送り候へ共御。取リあへもなき事胴欲千ン万ンに存参らせ候。我カ心に従ひ給はらば宿の妻となし参らせ候。譬親宗全いか様に申候共。ヤアこりや/\躮レ何ンと。最一度そこを読ミ

かへせ。サア読ますてや/\。ヱ丶今の所は。譬親宗全いか様にと。読ば読ム程我付ケ文。ぎつくり詰れば多門の頭状引ツたくり。コレ見られよ。奥の当名は初柴様参る山名治部より。ナント初柴殿。度ヒ々文を送クつたでござらふがの。アイ/\おつしやる通り幾度か無体の文。証拠の為に其一ツ通此方にとめ置キました。ヲ丶さこそ/\。コレ治部太郎殿。其元トには取リわけて。奉公にはかゝはらぬ色一ト通りの大馬鹿者。御前ンへ窺ふ迄もなく。大小を取リ上門ン前ンよりあほうばらひ。ぐつとでも言フ人が有ラば。法を破る贔屓の沙汰。ナニ山名殿。御子息の事笑止ながら左様では有ルまいかと。のつ引キならぬ竹箆返し。驚きながらよはらぬ宗全。成ル程/\。他人ンの非

 

 

 

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を糺すからは躮レ義は猶以。一刻も早ふそこ立チされ。又左膳初ツ柴は。御殿の内にて間を隔吟ン味の間座敷牢。是よりは各伴ひ親王の事申シ上ケん。侍イ共両人ンを奥へ引ツ立。治部太郎をほつ払ラへと。下知する山名。一チ物を胸に上杉すれ/\の。心は多門思慮の眉。打チ連レ御前ンへこなたには。文の手もりを我レながら。我レに<革可>れて出て行。跡に二人は手錠の難ン義。思ひ斗らぬ恋の渕。流す仇名も初柴に涙の。露を奥の間へ引キ立テ。られて入リにける。広間もひつそと夕日影。奥よりせはしき袴の音。大将の御舎弟左馬之介。何かはしらず小姓が胸元ト。引立テて突飛し。けふ目見へした小姓の沙汰。よく/\見れば其方。

コリヤやい雪の戸。形チをやつして入リ込ンだは。此館に言イかはした。男が有ルに極つた。サア其名をいへ/\。此左馬の助より外カ。枕をかはす者はないと。よふ偽りをいふたな。放埒者徒者。人ン外め。手討チにする覚悟せいと。腹ラ立チ声に雪の戸は。恨めしげに顔ふり上ケ。ヱ丶殿様どふよくな。過キし頃よりお館にまぬがれがたき事有リと。たつた一チ度の文使。それからとんと便りなく。逢ぬ日数も七夜さ十夜さ待チ明カしても明カしても。昼さへ暗き胸の中チ。逢れぬ事に定まらば。いつそ死たいお手討チに。合がせめての思ひ出と。身をすり寄ツて恨み言。ム丶すりやおれに逢はふ斗(ツ)リで。小姓姿にやつしたか。アイ。鷹匠の太郎治殿に打チ明ケて頼んだら。此様に男に仕立。目見へとやら

 

 

 

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嘘いふて。わしや爰へ来たはいな。お前に逢イたい斗(ツ)で女のあられぬ此姿。思ひやつて下タさんせと。抱付イたる涙にはいかな大名高家でも。ほろりとさせる睦じさ。最前より物影ケに宗全が窺ふとは。夢にも現左馬之助。モウ能夫レで疑ひがとんと晴た。是から居間へ連レて往て。此間から懈怠した。用がたんとつかへて有ルと。手を引キ連レて立チ上る。奥の方より薫姫。二人は恟り立チ退イて。俄に行義押シ繕ひ。ホゝ是は薫殿。何用有ツて爰へお出。ハイ。イヤ申シ殿様。あれに居るは見付ケぬ小姓。お召シ使イでござりますか。ヲ丶それ/\。アレハけふ目見へした新ン参者じや。コリヤそこに居る新ン参の小姓よ。ナ。コリヤ小姓よ。小姓じやわいの。ム丶

あなたのお傍遣イなら。何ンの遠慮に及ばぬ事。イヤ申シ左馬之助様。今更ラ申スに及ばねど。帝様の仰にてお前と私は言号。遠から此館へ入リ。朝夕お傍に暮せ共。終に<やさ>しいお詞は。露程受ケぬ。情ケなさ愚痴な愚鈍な身を悔み。よるべ初ツ瀬の神ミ祈。肝心義式の新枕。いつ祝言が有ル事やら。月キ日を指に折々は。泣イて暮しておりまする。ム丶そんならあなたが言号のお姫様。近ふから来てござるかへ。そんな事で有ラふと思ふた。ヱ丶余(ン)じや/\。よふわしに隠さんした。ヱ丶腹ラの立ツ/\。コリヤ/\新ン参ンの小姓何を譫言。イ丶ヱ新ン参ンの小姓じやない。お前と深カふ言ヒかはした。雪の戸といふ傾城じや。こちやだんない/\。サア/\廓へご

 

 

 

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ざんせと。左馬の助の手を取レば。イヤ/\/\。そんな慮外はさせまいと。姫も取リ付ク諸かづら。あなたこなたへ引キ纏ふ。後に立チ聞ク山名宗全。薫姫様お待チ有レと。声に恟り三人ンは手持ぶ沙汰に見へにける。コレハ/\左馬之助様。此老人へは何事もお隠しなさるに及ビませぬ。此お小姓は私預カり。品宜敷斗ラひます。お姫様と諸共。奥御殿へお出なされ。アイヤかふ成ツてはもふ隠さぬ。此姫を嫌ひはせねど。サア/\/\合点しております。夫レでも祝言はならぬ/\。是は扨。何ンとお聞キなさるぞ。おいやならいやに致しますてや。そんなら雪の戸は。そなたに急度預けたぞ。御安堵なされて先ツ々奥へ。早ふ/\とすゝめられ。心は先キへ雪の戸

が後にといふを目でしらせ。是非なく奥へ左馬之助。姫諸共に入リ給ふ。廊下の方より足音トして。御大将のお成リぞふと警蹕の声聞コゆれば。小姓を傍に宗全も礼義を正し座に着ケば。武将源の義政公。寛仁柔和の御骨柄。上杉続て多門之頭御傍小姓が御酒盃。中央の間に座し給へば。山名宗全取リ敢ず。先ン刻仰付ケられし新ン参ンの此小姓。得と窺ひ候所。姿をやつせし女にてござ候と。申シ上クれば一チ座の恟り。上杉則忠つゝと寄リ。女を男子の姿にやつし。御館へ入レる事あやしみの第一。急度吟ン味遂べき事。アイヤ/\/\。宗全そこらはぬかりませぬ。今ン朝入リ込ミし此小姓。合点明カじと思ふより。態奥へ通せしが。御舎弟左馬之助様を

 

 

 

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恋したふ此女。去ルに寄ツて言号をお嫌ひなさる若殿。其病ひの根は此小姓。イヤ宗全殿お待チなされ。姫をお嫌ひなさるゝ事。此多門ンの頭聞キも及ばぬ。アイヤ麁相は申さぬ。元ン来イ物を諂ひかざるは此宗全嫌ひ物。有リの侭に申スが実義。扨々御笑止千ン万ンと。芥かき出す舌先キに根ざし有リとぞ見へにける。義政公気色を正し。弟左馬之助事は。追ツて沙汰に及ぶべし。最前遠目に見たる小姓。ソレ目通りへと仰の中チ。アイとおめたる気色なく。御ン前へ居直れば。コリヤ女面を上ケよと。ためつすがめつ御ン大将。其方は田中村。桜の馬場で見た女。ハテ麗しい。まだ見ぬ奥の花を尋んと。古歌を書キ

たる文の枝折。其しほり覚へつらん。殿様ンの何と言しやんすやら。そんな覚へはないわいな。ム丶小姓に成ツて入リ込ミしは。其方が物好キか。テモいろ/\の事とふお方じや。左馬様に逢イたさに鷹匠の太郎治殿と。連レ立ツて来たはいな。何鷹匠が連レ来タりしとや。宗全に吟ン味させん。其太郎治を呼ヒ出せ。早く/\との給へば。ハツト近ン習は立上り間毎へ伝ふる声/\に。まだ目にも見ぬ。奥御殿ン。初めて上る縁側伝ひ。ぼか/\高足鷹匠が。参りましたと平伏す。宗全声をかけ。ヤアイ鷹匠。今呼出したは別義でない。是に居る此小姓見覚へて居よふがな。イヤサ女を小姓の姿にやつし。お館へ入レたるは其方が所為で有ふがな。

 

 

 

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ハツア成ル程今ン朝アノ女中が。途中で私を呼ビかけ。此お館の殿様に逢イに行のじや。連レて往てくれいと有ル。此御殿ンの殿様と有レば大将様。何憚る事はなけれど。端手な傾城の姿で。御殿ンへ通つたと噂が有ツては。どふやら悪ルそふな事じやと存じ。お小姓の姿にやつし。おめ見へにして這入せました下郎の私。あぢやつたと存じましたが。不調法に成リましたら。憚ながら幾重にも。御免を願カひ奉ると。恐れ入ツてぞ見へにける。御大将打チ笑給ひ。傾城が恋したふを。此義政と心得。世上の聞コへを思ふは神妙。見所の有ル下郎。シテ其方は当所の生か。コレハ/\恐れ多い御直キの御詞。私は元ト石キ州生れ。何ンにも弁へませぬ土ほぜりでござります。

ホ丶よいは/\小姓共。鷹匠に酒をくれよ。夫レ々との給へば。銚子盃キ三方を。縁側に差置イて。有リ難き御意の盃キ頂戴致せ。ハ丶/\ハ丶有リ難いと申そふか。冥加に余る御意の程。たべまするは猶慮外と。三方の御ン盃キ押シ戴き/\。懐へ納れば。大将御機嫌麗しく。ヤア/\宗全。先ン刻申シ付ケたる事。弥体義糺すべし。鷹匠に用事在レば夫レに扣へよ。此傾城は奥へ連レ行キ。花月の間で一献酌ふ。アイ左馬様のござる所へ。連レて往て下タさんせと。憚る色も中カ々に。小姓姿をほら/\と。御大将に引ツ添ば。諸士は頭を下ケ翠簾や帳台。深カく入リ給ふ。跡はひつそと物音トも。何か思案の三つがなは。宗全は席を正し。此度ヒ

 

 

 

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事成就したる。金ン閣寺造営は多門ン殿の役ク目。其普請の結構さ。彫物に七宝を鏤め。唐木の柱又彩の蒔絵。イヤもふ見事さは見事なれど。其金銀の費は莫太。大がいほうづの有ルべき事。役ク目の疎略と存ると。難ンずる山名が佞言。聞キも敢ず多門の頭。コハ山名殿共覚へぬ詞。宗純親王は当今ンの御弟。天子も同然の御方を迎へ入ルる御座所。夫レ程の事なくては叶はぬ。其金銀の費より。婬酒に耽て肝心の。人の道を失ふが。末代迄の費でござる。イヤ義廉何ンと言るゝ。婬酒の二タつに耽るとは。御ン大将への耳こすりか。イヤ我カ君の事に限らず。世上の通りを申ス迄。

僻言ばし言れなと。互イに一チ物ツ含みし諍ひ。中カ立ツたる上杉は。直ク成ル捌き納め役ク縁側には鷹匠が。聞クも退屈きよろ/\と。欠気を隠す折リからに。奥より使イのお傍小姓恭敷試白ラ台に。三つ盃を取リ乗セて。評定の間へ差シ出し。我カ君只今酒宴の内。各へ仰出さるゝは。武門ンの大将常に忘れず。楽しむべき物は何ンぞ。銘々此盃キに書キとゞめて上ケられいと。謎をかけたる御諚意に。皆々はつと領拳し。盃キ伝手に硯箱。筆取リ上クるも慢勝ちに。初筆は宗全欲としう。金ン銀ンの文字書キ付ケる。多門の頭は賢人と書イた心は賢きを上ケて用る。君子の道。次キは上杉国の事を書キしも道に大将の。下知を憐む仁者の道各。台に直しける。  

 

 

 

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太郎治は延上カり。申シ/\。どなた様も憚な事ながら。私もちつと斗リ思はくがござりますが。幸イ最イ前ンお上ミから下された。此盃キに。書イて上ケたふ存じますと。ほつかりいへば山名が引上ケ。コリヤ出かした。御機嫌に入ツた其方。却て興を催す事。存シよりの文字を書キ。早く上ケい。赦す/\。ハ丶有リがたしと鷹匠は。飛ヒ立ツ気色懐の。矢立テ取リ出しとく/\と。書キ認めて盃キを評定の間へ差シ出せば。上杉則忠手に取リ上ケ。ム丶是は女といふ文字。武門ンの大将道に楽しむべき物に女といふ字は甚だ不遠慮。御憤りの恐レ有レば差シ扣へよと止れば。ア丶イヤ申/\。憚リながら私か心は左様ではござりませぬ。日本無双の大将でも。跡目がなふては乱れの元ト。義政公にはお子様がござりませぬ。宜しき女ナをお見立テ有ツて。御世

継の胤蒔が肝心と存る故。女の文字を差シ上ケますと。当座の頓智に小姓達。鷹匠が書イたるも。君の興に差シ上ケんと。四つの盃キ取リ々に。御殿ンをさして入にける。跡は三人ン声顰め。御舎弟の御身の上納りいかにと評定の。表テの方より溜りの侍イ罷リ出て両手をつき。山名様へ申シます。近江一ツ国十三郡ンの郡ン代共。御願カひの筋有ツて直キに御対談申シ度由。大勢伺公仕る。いかゞ斗ラひ申さんや。ナニ此宗全に直キ談せんとや。暫く次キに扣へさせよ。ハツト答へて取リ次キが表テへ急げば御館ンより。御傍衆立出て。只今の御盃キ御上覧に入レし所。女の文字を書キたるは家を堅める世継の大事。鷹匠の発明以ての外カ御意に入リ。向後侍イに御取リ立テ縁ン側の間を勤ムべしと。上ミ下モ大小を下さるゝと。台

 

 

 

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の物差シ置ケば。三管領は物をも言ず。太郎治は恟り顔。下郎の私。勿体ない。御赦されて下タさりませ。イヤ辞するに及ばぬ御諚意じや。御意じゃ。/\と小姓達チ。伝ン手に着せる上ミ下モも。どてらの上ヱへしやつきりぐはつさりこは/”\紐のしめくゝり。差シこなしたる。わざ物のしやんと居直る袴ぶり。此通りを言ン上と。使イは奥へ急ぎ入ル。多門の頭は目にもかけず。只今申せし御舎弟左馬殿。御身持チ放埒は傾城が根差しなれば。此根ざしを打チ切て仕廻ふより外カはない。ヲ丶此上杉も其通り。宗全殿いかゞ致さふ。サレバ/\。傾城をさつぱりと。打チ切てしまふも近カ道。此義は御両所いかやう共。勝ツ手次第と意路有ル詞。太郎治はつゝと寄リ。お見出しに預カつた私。かうにきて申スではござりませぬ。が傾城をお斬なさ

ゑ大根切ルより安スけれど。最前から見受ケまするに。アノ雪の戸は義政公の御機嫌にも入ツて有リ。第一は傾城がお手討チに成ルやいな。世上へぱつと沙汰広がり。左馬の助様の御放埒が。御大将の不徳と成ツて。禁庭へ聞コへし時キ。取リ返しは成リますまい。此雪の戸が納めかた。私にお任せと。言フに宗全横手を打チ。驚き入ツた太郎治の斗ラひ。尤至極致したと。此評定も鷹匠が拳放した手柄也重ねて奥より御傍衆。山名殿へ御諚意有リ。只今太郎治の評義上聞に達せし所。忠切ツの趣なれば大将甚御感有ツて。只今より生国の名を苗字とし。岩見太郎左衛門高定と名乗リ。評定の間を勤。知行座席も各と同格。即衣服長カ袴下タし置カるゝ者也と。高らかに相述れば。上杉多門は口をとぢ。取リ持チ顔の

 

 

 

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宗全も<革可>れ。入ツたる気色也。岩見ははつと白ラ台を押シ戴けば小姓達。イザ召されよと立チかゝり。又着せ替る誉れの公着。同じく奥より。お傍の使イ。上杉殿御諚意有リ。斯波多門の頭義シ廉事。先キ達ツて金ン閣普請の只花美を表にして。役ク目の実義を失ふ越チ度。続て今ン日傾城を刑罰して。我レに恥辱をあたへんとしたる短慮の至り。只今より評定の間を下り。縁側を勤よとの仰也と。聞イて恟り多門の頭。差シ<うつむ>いて詞なし。良有ツて面を上ケ。委細畏り奉る。又改めて拙者願ヒお取次キ頼み入ル。岩見殿は才智を以て高禄を給はれど。氏系図正しからず。山名上杉此斯波多門が家柄は。三管領の格式にて。奥御殿ンを相イ勤る。岩見殿には此評議の間を限り。奥御殿ンの出ツ

勤を。御無用になし下されと。我カ君への御願カひと。詞を残ししづ/\と。縁側の間へ引キ下カり。どつかと座せば件の使ヒ。言上せんと立ツて行。墨付キ悪ルき上杉も無念ン隠して宗全と。倶に岩見へ同座の礼義。評定の間へ招ずれば。こなたも。詞改り。水際立チし受ケ答へ。取リ々挨拶有ル所へ。当番ンの侍イ罷リ出。先ン刻申シ達ツしたる近頃一ツ国の郡ン代。山名様へ直キ談ンのお願カひ。今朝より相イ待チおります。ホ丶郡代が願カひ裁判をして取ラせん。只今是へ通すべしと。宗全が斗ラひに。近江の郡代打チ連レ立チ庇の間に畏り。郡ン代頭罷リ出。此度ヒ金ン閣寺普請成就に付キ。我レ々が領分ンは山名殿の御支配故。大般若経料として高割の金子出すべき旨。先キ達ツて仰付ケらるゝ所。領内へ急度申シ付しが。先ン年ン銀閣寺造営の節。経料出ツ金致したれば。此度ヒは御赦免ン領分ン

 

 

 

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の百性共。我レ々が館へ詰メかけ歎キの願カひ一ツ党す。権を以て押ス時は忽に事の乱れ。いかゞ斗ラひ申さんや。山名公の御意次第。我レ々も覚悟有リと思ひ込ンだる願ヒの筋。宗全いらつて居だけ高。ヤアうつける郡ン代共。百性に唆されて臆病風の腰ぬけ武士。此宗全が一ツ旦ン申シ出せし言。違変有ラは其方共一チ々に首を刎。梟木に<さら>さんと。睨廻して罵れば。郡ン代も答なく言しらけてぞ見へにける。太郎左衛門立チ上カり郡ン代イに打チ向カひ。山名殿の詞も立チ。其方達チが百性を憐む心も立ツ様に。此岩見が差図致さふ。ハ丶有リ難き仕合せ。双方納る御仕法は。何ンの別ツの子細はない。先ツ百性へ経料の金ン子赦し遣したがよからふ。ハア百性へ赦し遣はし。山名公へ申シ訳ケは。サアそこに又手談有リ。十三ン郡ンの郡代イ知行当一チ年ン一トつにつかね。我カ君へ差シ上ケられい。何。

銘イ々が当年ンの知行をな。イヤサ驚くは未熟の至り百性を憐む所存ンならば。身を捨て武士道の器量を出すは爰のこと。何ンと得心が参つたか。宗全殿の仰も破らず。百性の心も養ひ。双方納る武士の器量。遖々。身不肖ながら此岩見が申シ受ケる知行を以て。十三郡ンの郡ン代へ。褒美として分贖へん安ン堵召サれと押シ付ケて。人の器量に仕立テ上け。事を納る岩見が器量斗リなくこそ。見へにける。郡ン代共平伏し。ハ丶有リ難き岩見様。御褒美所ではござりませぬ。武士の誠の道引キなされ。十三郡ンの鏡と致さん。申シ山名宗全公。当年ン分ンの郡ン代知行。経料に差シ上ケます。ホ丶夫レでは山名も大慶。ハ丶丶/\/\私共が誉れを取ル師匠は則チ岩見様。暇申シて百性共。悦ばさんと郡ン代は。勇み立ツてぞ帰りける。又も奥より

 

 

 

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お傍の使イ。評定の間に立出。只今の決談上聞に達ツし。岩見殿に御上意有リ。我カ禄を捨て国政を治る大慮の程。感ずるに余り有リ。今より老分ンの役ク目として。中央の間へ出勤すべし。則チ烏帽子大紋ンを此印シに下タさるゝと。台の物差シ出し。又多門殿に御上意。其身の不才を顧ず。太郎左衛門を奥御殿ンへ入レまじとの願ヒの条。不届キ至極の次第なれば。大小を取リ上ケ門ン前ンより追イ払ラへとの仰也と。聞イて遉の義廉も。驚く顔色岩見には。又着せかへるいさほしの幅も。大紋ン立テ烏帽子。中央の間へのつし/\峯に。朝日の上るがごとく。多門は遥縁側の。麓にくもる村雨と。降行ク身こそ。是非もなき。太郎左衛門大紋ンの。袖かき合せ声涼しく。ヤア/\多門之頭義廉殿。我レ匹夫よりかゝる立ツ身ン。貴殿ンは君の御勘ン気受ケ。目前天地と別れ共。栄衰は世上のの常数ならね共

此岩見。御前ン悪敷は斗ラふまじ。暫しの艱苦凌れよと。いへど多門は答へなく。表テの方へと立チ上る。宗全は罵り声。稲渕軍ン平早く参れ。多門の頭をぼつ払へ。イザ岩見殿。改メて大将へ御目見へと。上杉諸共打チ連レて。前ン代未聞の出ツ世の袂。翻してぞ入リにける。跡に軍平追ツ立テ役ク。サア/\義廉。大小大紋を渡し早く出やつしやれ。サア行やれ早立ふと。詞も下郎あしらひに。騒す大小大紋もかなぐり捨/\。ふり向御館ンは。遉の名残。怒の色を。顕はせり。左馬之助走り出。ヤア義廉多門の頭か。奥にて様子は残らず聞イた。我カ力ラと成ル其方が。其体に成リ下り。此左馬之助は何ンとせふ。ヱ丶無体至極は兄上様。ア丶是々左馬之助様。必大将をお恨ミ有ルな。私シは申スに及はず。あなた迚も此上は。御堪忍が肝要。必智者も愚者の形チをなし。口を鼻のごとくせよとは今

 

 

 

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此時キ枯木も又の春に合フ。雨露の恵を待チ給へ。随分堅固でおさらばと。明ては言ハぬ武士の恩と忠との二筋に。遠きを斗カる胸の中チしつ/\。表へ出て行く。奥の方より太郎左衛門雪の戸を小手縛り抅への帯を猿轡引ツ立出る足シ音トに。左馬之助立チ上カり。ヤア新ン参ンの岩見太郎左衛門。其傾城を何ンとする。サア縄解て渡せ/\。イヤお騒なさるな。雪の戸に縄かけたは私ならぬ君の仰。二条家のお姫様と御婚礼なさるならば。此傾城は拙者が斗ラひ。蜜に市中に隠し置キ誰レ憚らぬお妾。サアお得心ンか。御承知なくば雪の戸は打チ首。ア丶コレ/\めつそふな。夫レ斬てたまる物か。スリヤ御祝言遊すか。サア夫レは。御承知なければ暇乞。サア/\/\に口ごもり。応共否共言れぬ手詰。雪の戸は恨めしげに。見上る目には腹ラ立チ涙。縄目を伝ひ雫せり。岩見刀ナ抜キ放し

今が最期と振リ上る。刀の下に左馬之助。マア/\待ツて/\。待テならば速にお受ケの返ン答承はらん。いかに/\と後詰のおりから。当番の侍イ共遽しく馳参ンし。今ン日昼の見廻りに。何者共相知レず宝蔵を切リ破り。日の御ン旗失候。早々注進ン仕ると息を切ツて言ン上す。左馬の助大きに仰天。我カ預カりの日の御旗。何者が奪ひ取リしぞ。時キも時キ折リも折。悪ク事もケ程に続く物か。ハア。はつと拳を握り無念ンの涙。太郎左衛門声を上ケ。稲渕軍平早く参れ。御舎弟を御供し君の御前ンへ来るべしと。呼はり/\雪の戸を。引立てこそ入リにける。稲渕軍平急ぎ出。左馬の助様いざお出と。御手を取レばむつくと立チ。奥の方を睨詰。物をも言ず歯を喰しめとかふ答へもなかりしが。軍平又も傍へ寄リ。只今御

 

 

 

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前ンへ御ン供と。申シ上クれば立チ上カり。稲渕参れ。蜜々に申シ付クる一チ大事。一チ大事とは何事でござります。汝じらずや。向カふの須弥山。慢幕を。打チ廻し。ヱ丶幕が何所にござります。秦の始皇の勅命にて。先ン祖の尊氏陣をはる。ヱ丶こなたの川には雨雷。只事ならじと現言。ヤア/\/\。若殿には。御乱心ンなされたな。取リ放しては猶越度と。引キしむれば振リ放し。思ひがけなき抜キ刀。軍平<かたさき>切リ込れ。よろほふ所をめつた切リ。有リ合フ侍イ騒き立チ。ヤレ抱キとめよ/\。刀を取レよと立チかゝれど。物々しやと物くるひ。払ラふも。なぐも無理無法。切リ立テこそ。追て行く。表テ門ンにも打チ合フ音ト<ことぢ>さす又受ケとめ/\。一ト群追イ来る塀つゞき。左右払フて二王立チ。多門の頭がやつこ歯朶平。主人ンの安否聞カん

為御門ンへはいるを支へるは。佞人のはしくれ共覚悟せよと罵れば。イヤ扶持放されの捨奴コ物ないはせそ打チとれと。四つ手にかゝる飛道具。蜘手に受ケてたぢ/\/\。縁側の間に左馬之助。刀を捨てつゝ立チ給へは。組子のめん/\馳つゞき。随分お怪我のないやうに。気違ひ様を抱キとめよと。左右へかゝればふみしめて。常に似合ぬ力ラ足。ヱイやつと刎かへせば。組子は向カふへ頭転倒。アリツン。アリツン。つめの鞠よ。もとの枝にふうはりつつとん。跡へかゝるを腕がらみ。ヱイ/\/\と押シ戻す。かへれや根にかへれ。千代能かあかの水。底なし上戸に月はない。ナイ/\/\。悪い/\声や時キうつる。獅子のあれたる嶽落し。日も夕間暮夕附ケの。

 

 

 

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鳥かあらぬかあやしさの。表テ門ンには見越シの枝。伝ひ/\て。雪の戸が。落るこなたへ左馬の助。放ちはせじと薫姫。こなたも縋る雪の戸が袖や。たもとを力ラぐさ。ふり切リ/\。狂人の。かけ出る前ン後立チふさがり。縺るゝ姿二タ思ひ。思ひ/\に乱れてその。一ト日の内に千ン変万化。かゝるためしも荒砂の。大庭蹴立チて山名が下知。間毎/\も高提燈。御旗の盗賊かり出せと。お部家寝殿楼殿厨。向カふ玄関表テ門ン。横門ン通り樋の口より。件の盗賊御旗の袋。口に咥へて見廻し/\。這て上カるは犬引キ早助。歯朶平奴コは戻り足。スハ曲者と付ケ寄レど闇はあやなき刃の光り。<ひぢ>のあてども白ラ浪の行衛。したふて。追フて行

 

(つづく)