TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『性根競姉川頭巾』淀川下り船の段

『性根競姉川頭巾(しょうねくらべあねがわずきん)』は、近松半二・栄善平・八民平七の合作で、安永3年(1774)4月に竹本座で初演された浄瑠璃。現行上演がなく、翻刻も出ていないため、インターネット上に公開されている正本を読んだ。その際の翻字書き起こしを公開しようと思う。

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先に内容を説明しておかないとかなりわかりづらいので、ちょっとだけ。

本作は、「黒船の忠右衛門」という男伊達を主人公にした世話物。「黒船の忠右衛門」というのは一種の定番キャラで、歌舞伎・浄瑠璃で『黒舩忠右衛門出入湊』(享保16年頃)などの「黒船物」と呼ばれるジャンルを形成している。

侠客忠右衛門の人物像は、宝永・享保年間(1704~36)に実在した大坂・堂島の米仲仕、住吉屋四郎右衛門をモデルにしているそうだ。本作に登場する「庄兵衛」、また、劇中の重要アイテム「米切手」も実在の事件からヒントを得ているらしい。

なお、タイトルの「姉川」というのは、この黒船忠右衛門役で大当たりを取った歌舞伎役者・初代姉川新四郎のことで、「姉川頭巾」とは、姉川新四郎が忠右衛門役を勤める際に被っていた投頭巾を指していて、当時一世を風靡したらしい。言われな全然わからんがな!

というわけで、本作もこの黒船の忠右衛門のかっこいい男伊達ぶりを見せるのが主眼。“侠客もの”というと現行演目では『夏祭浪花鑑』が思い出されるが、夏祭とは相当ノリが違っており、幡随院長兵衛ものとか、東映仁侠映画(しかも鶴田浩二が主演している系統)的なノリ。現行演目でいうと、『仮名手本忠臣蔵』十段目・天河屋の段に近い。ああいう、テンプレがわかっていてこそ面白い系統の構成。忠右衛門は最初から親分キャラとして登場し、なぜ皆に慕われる人物なのか、実際に行動として伊達ぶりを見せる場面が少ないため、テンプレを飲み込んでいないと、このおっさんなんでここまで持ち上げられてるんだ?と思ってしまう。自分は何も知らずにいきなり読み始めたため、唐突な「みなさんご存知」的な展開に戸惑った。歌舞伎や講談にはよくある物語の手法だと思うが、昔は浄瑠璃にもあったんだなと思わされた。

以上、蛇足ながら事前解説でした。

 

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自分の勉強用ノートからの転記のため、正確性は保証できません。

 

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性根競姉川頭巾

淀川下り船の段

船頭殿/\。モウどこらじやの。毛間でごんす/\。何ン時キに着な。水が無イさかいしれやんせぬ。やかまし言んすな。申シお若カいの。何ぞちつとお語りなさんせぬかいの。アイ愛護をちつと斗リやりましよ。こりやよごさんしよ/\。あいごの稚に二世迄と。いふて別れて其後は。ヨヲ/\/\/\。けうとい/\。申シ/\。卒爾ながらそこらへ羅紗の紙入レは。落てはござりませぬかな。イヱ/\。そんな物は無イ 

 

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ぞへ/\。ハイたつた今迄爰にござりましたが。ハテめんよふな。ヤイ/\若カいやつ。身は武士たぞ。麁相ぬかすとうぬ赦さぬぞ。ア丶イヤ申シお侍様。御立腹御尤でござります。イヤこれ若カいの。こなさんはめつそふな。つか/\と物いはんす。尋ねてもしない時キには。こなさんきつう六ケしうなるぞや。佐田から上つたやつもあり。おふかたそいつが。イヤモこなアんやくはらひじやと思ふて了簡さんせ。イヤ何お侍イ様。皆のお衆方ももふ/\何もおつしやりますな。私が挨拶でござります。サア/\モ八軒やじや。皆何も見まつべ

さんせ。サア船が着やんたぞ八軒や上り。サア上カらんせ/\。ヲ丶思ふたより早ふ着イた。イヤ皆やかましごんしよ。わしは爰から上カります。イヤ夫レはそふとわしとした事が。お前方の名所斗リ聞イて。肝心のおれが所もいはず。わしは堂島で黒船の忠右衛門とふ者でゑす。用が有ルなら何時キでも尋ねて来てもらひましよ。イヤ頭イ太義で有ツた。アイ親かた休マんせ。サア上カる衆はもふないか。舟出すぞ/\。ヲイ/\待ツてもらはふ。わしもいつしよに上らふと。言イつゝ出る二人リ連レ。船の内より声高に。コリヤ船頭。此舟早く天神橋の

 

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下へ着。ヱ丶又かいの。爰からいつしよに上つたがよいわいの。ヱ丶あたぶの悪ルいとつぶやきながら漕出す。船場に残る忠右衛門。こなたはやがて指シ寄ツて。承はれば黒船の忠右衛門様とやら。お目にかゝるは只今始め。私事は鎌倉屋五郎八と申ス者。ふ思議にも同船の内私がふ調法から。既に口論に成ルべき所。其元様のお世話にて。事なく相済ム詞のお礼。忝ふ存シます。ム丶聞キ及んだ鎌倉屋。五郎八殿とはこなんの事か。しらぬ事迚。マア/\何の礼に及ぶ事。併い若いに寄ツてじやが。もつと物が麁相に

ごんす。ハテなぜといわんせ。何ンぼこなさんの大事の物にもせよ。取ラれた実正つかまへもせず。わつぱさつぱいふた迚何ンの役クに立タぬ事。喧嘩はふり物。事に寄ツたら命づく。そこを思ふておれが挨拶。マア/\よふ了簡さんした兎角漢然いが勝チじや/\。ア丶斯はいふ物の。さつきの侍。ちつとでも手がゝりがあれば詮義仕ぬいて。逆とんぼりさしてこまそふ物。ヱ丶残り多い。ア丶何ンの是もいらぬ事。イヤ此道迄連レになりやんしよ。ハイサア私も帰りたけれど。ちつと是にてム丶待チ合ハす人でも有ルのか。そんなら跡から。然らばお先キへ

 

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忠右衛門様。五郎八殿。又重てとおれそれは。届キ過キたる堂島の。気風を残し立チ帰る。コリヤ佐吉。おれはまだ外カに用も有。われは先へ逝で戻つた様子。手代共へしらしてくれ。早ふ/\に供の者。心得ましたと走り行。跡には一ト人五郎八が。内の首尾より恋の渕。深いと人に諷はれて客にせかるゝ瀧川の。われても末の約束に迎ひの素足雪の肌。連レは名うての判ン字物。喜兵衛が先キにとつぱかは。ヤア旦那殿。ヲ丶喜兵衛。瀧川か。よふマア迎に来てたもつたのふ。サイナアけさの戻りを待チ兼て。やり人

衆に呑込マせ。喜兵衛様ンを連レ立ツてくる道すがらもお前の事。案ンじも落着クわしが気を。推量して下タさんせと。恋の枝ぶりなよやかに粋程愚痴の。帰り咲。ヱ丶川殿嗜んせ。今始つた色事の様に。寡のおれを傍におき。そふけなりがらした物じやない。又五郎八様ンも五郎八様ン。連レ立ツて来た此おれには。よふ来たと誉もせず。ヲ丶瀧川か。よふ来てたもつたなふと。いふたが相イ図でもふ抱付じや。マア/\一体女コといふものが。初心ンに見せて厚い物じやて。ア丶旦ン那殿もやくたい/\。こりや喜兵衛が腹ラ立チるが尤。余(ン)り心安ふ思ふた故。吾儕に何ン共言ハ  

 

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なんだ。こらへてたも/\。ヘ丶丶ちつとそふもござりませふ。イヤ斯はいふ物の。必腹ラを立テさしやますなへ。折にはちよつぽりあしらふが。異見の程のはんじ物。コレ川殿呵るまいぞやと。顔に似合ぬ男達いふた所は誠なり。丸紣の抅もしやんとどこやらに端手を隠せし女房の。引ク手に縋る娘の子大振リ。袖の仕立テさへ。水際の立ツ親子連レ。見やる浜辺の一ト筋道。思はずはたと行当タり。ヲ丶喜兵衛様。ヲ丶忠右衛門のお内義。お娘を連レてとふから何所へ。さればいな。お前は大かたしらずで有ロ。こちの人も急な用が有ツて。二三日跡から京へ登リ。けさは是非戻らしやる筈。余り遅さに子供

はせがむ。夫レで爰迄迎ひに来た。がどれも下タりはこなんだかへ。アイヤおれが爰に居る内は。どれも見なんだが。アノ親仁殿は上ミへ登つたか。ねつからしらねば尋もせず。又ゑらふかむで有ロ。コレ能やうに言て下タんせ。ヲ丶何ンのいな。そんな事腹ラ立るやうな忠衛門殿じやないわいなア。イヤ是喜兵衛。今いやつた忠右衛門様とはそりや堂島の。アイ黒船の忠右衛門殿のお内義でございます。ヲ丶是はしたり。其忠右衛門様ならもつとさき逝んでゝ有ツたはいの。ヱ丶何ンといはしやます。そんならお前其忠右衛門殿に。ヲイノ。わしといつしよの舟で初対面からお世話に成リ。夫レは/\大体や大かたの事ではなかつた。よふ  

 

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お礼申シてたも。ハテナ。是お政様ン。親仁殿はいなれたげな。ム丶そんならあなたはこちの人と。ハイ成ル程。伏見から同船致し。思ひがけないお世話の段。何ンとお礼の申シやう。コレハマア/\どんな事か存シませぬ。が何のお礼に及ぶ事。コレおよね。爺様ンはもふ逝でゝ有ツたといの。ヤアかゝ様。そんならわしも早ふ逝で。とゝ様に逢イたいわいナア。ヲ丶逝ましよ/\。イヤ喜兵衛様。爰にござるお方は。道々お前の噂した。アイ鎌倉屋五郎八様といふて。れつきとした色事仕。即チ次キにかゝらせ給ふは。旦ン那の深カ間扇屋の瀧川迚。新町一チ番の御本ン尊。いか程粋な客にもせよ。現ぬかしてきた嵯峨の。釈迦

如来と寸ン分ン違はぬ。なむ伽羅仏ツの尊像とはこなたでござる。内ン陣は結縁では叶ひませぬ。金銀くはつとまきちらし。近カふ寄ツて抱キ付イて貰はつしやれ。霊宝は左リへ。/\/\/\ヱ丶喜兵衛様ンとした事が。じやら/\と転業口。イヤ申シ私は忠右衛門の女房でござんす。是からはお心安ふこちの人にも緩りつと。ハイいやもふそりや手前からお頼ミ申さねばなりませぬ。殊には喜兵衛迄いかひ御世話。所角のお礼にノウ瀧川。アイそふで御ざんす。黒船様ンも前方は。さい/\曲輪へお出たけれど。其時キはわたしも禿。忠右衛門様に無理いふて。裸人ン形せぶつた事も有ツたれど。夫レから絶て見へ

 

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もせず。ア丶夫レも其筈かいな。此やうないつかいお子有ル物。ほんに目元トが忠右衛門様に生キ移し。名は何ンといふゑ。アイわしが名は。およねと申シます。お前もちつとこちへお出へ。ヲ丶よふいひたなア。ヱ丶何ンぞ上ケたらよからふと。此場の隘阻花薄簪ぬいておよねがつむり。悪ル/\と是をと指かゝる。ア丶是瀧川様ン。やくたいもないそんな事しておくれな。ヲ丶何のいな。コリヤわしがいらぬのじやわいな。お気に入ラずと貰ふておくれ。ヲ丶あのいふておくれる事はいなア。コレおよね。吾儕の道々ほしがりやつたすゝき簪。テモよいの貰やつたの。ちやつとお礼申しやいの。何のお礼に及ぶ事ヲ丶恥じ。必

笑ふておくれなへ。ヲ丶あんな事。コレ喜兵衛様ンよふ礼いふて下さんせへ。ヨウ/\二人共に性根め。新ン町の太夫と。達テ衆の女房と始めての出合。両方からの割せりふ。聞イた所がとんと忠臣蔵の雪の段。イ丶エイナア聞クやうでたまつた物じやない。イヤ夫レはそふとお政さん。親仁殿が待ツて居られふ。ちやつと逝んせ/\。アイそんなら私はもふお暇。然らば主シへよい様に。ほんに私も心得て。お近カい内にと瀧川も。曲輪と町と隔れど隔ぬ中カの女ゴ同士。奔走娘の手を引イて。お政は別れ。帰りける。道引かへし手代の与九郎。羽織も横にすつた/\。申/\若旦ン

 

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那。佐吉めを先キへ戻して。てつきり斯で有ふと思ひ。私シが直クにお迎ひ。何やら親旦ン那が用が有ツて。天神の小山屋へ直クにお供せいとの事。サア/\/\マアお出なされませ。ハテめんよふな。用があれば内に居て言しやる筈。コリヤ又与九郎が。とりじやな/\。ハテめつそふな。何ンの嘘を申シましよ。マア一ツ旦お出なされ其上では。新ン町へなとどこへなと。ノウ喜兵衛そふじやないか。ム丶いか様。こりや番ン頭のいはるゝ通り。マアお出なされませ。そんなら瀧川ツイ往てこふ。そなたは判ン字物とそろ/\先キへ。アイ必待ツて居るぞへと。言たい事の数々もあたりの見るめせく手代。

喜兵衛が勧めに瀧川も。見送クり。/\立チ帰る。軒端の梅や天神の社内へこそは。別れ行。浪花津に咲クや此神。繁昌に。老若男女わかちなく運ぶ。歩みのさま/”\に掛奉る願もふで。中カに一ト際勝れたる。可愛男の肌迚はしらぬ三五の年の暮。いざよふ春を待チ合に恋の願カひの願かけて百度。参りの数取リも千早。振リ袖引鈴の。綱手にこがれよる糸の。花ふりかゝる風情なり。妼婢口々に。サア申お周様。お百度の数も揃ひ嘸お嬉しうござりませふ。おみ足休めにアノ茶屋で。ちつとお休みなされませ。ヲ丶思ひがけないそなた衆迄苦

 

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労をかけし願ン参り。よもや叶はぬという事はノウ皆の衆。ア丶そふでござります。とのやうなお願カひかしらね共。お国からははる/”\と。遠い天神様より近い殿御。どこぞに能イのがござりませふ。サアまあお出遊ばせと。夫レといはねど汲てしる。澪水流るゝ水茶やの。奥の間さして伴へり。群集の中を五郎八は。与九郎詰共いつこかは。行先キ見へぬ後ろより。コリヤ若い者先ツ待テ。ハテ待テといはゞ待おれと。刀をかうに蔵屋敷キ連レは上町天海迄。只一ト呑ミに茶筅組獄門ンの庄兵衛迚悪ル者仲カ間の親仁分。中にも侍かさ取て。ヤイこな素町人ンめ。此刀は武士の魂。脚にかけてなぜ蹴あげた。

身は播ン州三木の家中。馬渕和平太といふ者。国在トの聞。へも有レば。此分ンでは済マされぬ。身が武士の立ツ様にせろ。サア何ンと。/\と天窓から。もがりと見て取手代の与九郎。イヤモお腹の立ツは重ね/\御尤。手前の旦那もちと心ぜきゆへ。お刀の気も付カず。当つた段は真ぴら御免ン。ヤアだまりあがれ。うぬが詫言聞キたくない。そやつそこへ出せ真二つにしてくれんと。きおひかゝれば庄兵衛声かけ和平太様。マア/\/\/\よござります。イヤ是若カいの。お侍イ斗リに物いはせ。貴様は何ンで侘言せぬ。但しは啞か。イヤ聾か。コレよふ聞カれい。おれは獄門の庄兵衛といふて。ちつとむつかしい者じや。マア見た

 

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所が悪ルいぞや/\。仮令おれが居ればこそ。さもないとわり様達チは今の時に真二つ。ハテ町人ンが武士に慮外働けば。切リ捨はお定りじや。そこが余(ン)り笑止さに。留に出た此庄兵衛。サア侘言さあれ。夫レも又。侘言の仕やうが悪ルいがさいご。お侍イよりおれが聞カぬ/\サアどふじや。どふじやいの。ハアイヤモ最前から此者が申シます通り。気のせく侭のふ調法。只幾重にも御了簡をアイヤ夫レではいかぬ。/\アイヤ。そうおつしやれど斯申スより外カ詫言の。ム丶仕やうがないといふのか。有ルぞや/\教へてやろか。ハイサアいやか。コレ。物いはれいの。ハテこはい事はまいわいの。いやかおふかコレ物いやいの。

おれに斗(ツ)喋らして。いや共。応共いはぬは。獄門の庄三郎が気に入ラぬか。ア丶何のお前。アイヤ/\/\そふで有/\。気に入ラぬ挨拶。ならマこつちから上ケてやる。ヱ丶あたぶの悪ルいわろでは有ルと。脚にて蹴やる無法者。マア/\待ツてと留る与九郎。ヤアわいらがしつた事じやない。すつこんでけつかれと。首筋取ツて二三間。うぬから先キへと和平太が。刀の柄に恟りし。是は叶はぬ若旦ン那。跡でお詫と逃ほへに。かけ出す手代も同腹中。和平太いらつて。ヤア手ぬるい/\。慮外働く青二才。後日チの見せしめまつ斯と。拳でぴつしやりはり廻す。はり廻されても手迎ひの。  

 

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ならず仲カ間が二人して。蹴るやら踏やら。わけも涙五郎八は無念とあせる其内に。何か落ちる袋物。ちやくと庄兵衛が拾ふ共しらぬが仏ケ神様株。腰も折よと踏のめせば。うんと斗リに倒れ伏ス。サアもふよい/\ヤ和平太様。船でせしめた紙入に起請がないと睨んだ故。手代めを取リ込ンで。まんまとつり寄セしてやつたれば。こつちの望は思ふ侭サアサ丶往かしやませと先に立チ。叶はぬ恋の意趣ばらし爰に持チ込ミ帰りける。跡にむざんや五郎八は。夢か現かさん/”\に。踏擲かれて正気さへさらに。附キはもなき折リから。所目馴

ぬ妼共乗物つらせばら/\と。転び臥たる五郎八を。様々労り抱起し夫レと茶碗の見ずしらず。一ト口咽へ通るや否。ハイ/\いやもふ段々のふ調法。どふぞ赦して下タされと。おど/\震ふぞ道理なり。イヤ申シ我レ々は旅の者。最前より此方の御主人ン様。お前の難ン義を見るに忍びず。余りといへばいとしぼい。此乗物で送クり届け。必怪我のない様にと。御寮人ン様の御差図と。聞クより五郎八夢見し心地。ハテ頼もしい方も有レば有ルもの。何国の者共御存シなく御介抱なされ。まだ其上にお乗物迄。ヱ丶忝いお心ざし。請ましたも同じ

 

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事。只今の御恩の程。重ねてお礼申ス為。何れものお所はイヤ私等は忍びの旅。必いふなと主人ンの言付ケ。お辞宜は結句心のむそく。是非に/\と勧められ渡タりに船と手をつかへ。段々の仰背くは却てふ礼の元ト。まつぴらお赦し下タされと。拝むかたてに乗リ物は。杖よ柱とはい寄ツて。戸を引キ明クれば白ラ紙に。書認めし文の当名。五郎八様へしうより。はつと見合す娘が顔。はたと立テ切ルのりものゝ戸を引キ。立て。急ぎ行

(次の段へ続く)