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文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 『摂州合邦辻』全段のあらすじと整理

4月大阪公演第二部で上演される『摂州合邦辻』全段のあらすじまとめです。

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INDEX

 

┃ 概要

作者 菅専助・若竹笛躬
初演 安永2年(1773) 北堀江市の側芝居 豊竹此吉座

本作は、謡曲『弱法師』・説経浄瑠璃『信徳丸』の筋を大幅に取り込んだ展開となっている。

主人公の若君が癩病ハンセン病)を得て盲目となり、実家を離れて四天王寺近辺を彷徨するくだりは、謡曲『弱法師』・説経浄瑠璃『信徳丸』に共通してみられる題材。義理の兄弟との家督争い、許嫁の姫君が追いかけてきて看病してくれるくだりは、『信徳丸』によるもの。また、若い継母から恋慕を受けるくだりは、説経『愛護若』から取り入れられている。

『弱法師』『信徳丸』系列の作品としては、先行作である並木宗輔・並木丈助作の浄瑠璃『莠伶人吾妻雛形(ふたばれいじんあずまのひながた)』の影響を色濃く受けている。ライバル(『莠伶人吾妻雛形』では兄弟ではなく、他人)との争いの末に癩病を得て彷徨する基本設定のほか、主人公の人工的な病が「寅の年・寅の月・寅の日・寅の刻生まれの女の血」で癒されるという展開も、『莠伶人吾妻雛形』を引いている。こちらでは、犠牲となるのは主人公に恋慕していた普通の娘(この子は本当に惚れている)という設定。『莠伶人吾妻雛形』は帝の前で舞を舞うのが誰かという、帝に仕える楽人たちの権力争いをめぐる筋が別にあって、どちらかというとそっちのほうがメインストーリーの印象ではある。
そのほか、近松門左衛門にも『弱法師』『信徳丸』系列題材の、『弱法師』という作品がある。こちらは、直接的にはそこまで関係ない印象。

特に説経『信徳丸』は、本作を理解する上で、ぜひ抑えておきたい作品。読むには、東洋文庫の『説経節』が手軽。kindke版もあります。一方、黄金期浄瑠璃としての先行作『莠伶人吾妻雛形』は、玉川大学出版界から翻刻が出ています。近年の刊行ですが、現在バラ売りがされておらず全10冊セット売りという特殊な体裁のものなので、図書館利用等も含めて検討してみてください。

 

 

 

┃ 舞台MAP

ピンをタップすると、説明が出ます。

万代池の段:ブルーのピン
合邦住家の段:赤のピン

 


┃ 登場人物

今回登場する人物には * をつけています。

高安左衛門通俊
河内の城主。高齢で病も多いため、俊徳丸に家督を継がせることを考えている。

玉手御前(お辻)*
高安左衛門通俊の現在の正室。元は先の正室(俊徳丸の母)に仕えていたお辻という腰元だったが、その没後、正室に引き立てられた。出自は合邦の娘で、本名はお辻。

俊徳丸 *
高安左衛門通俊の息子。イケメン。亡くなった正妻が産んだ子で、惣領(長男)として扱われている。陰山長者の娘・浅香姫を許嫁と定められている。

次郎丸 *
高安左衛門通俊の長男だが、下戚腹(妾が産んだ子)のため、次男として扱われ、相続権がない。俊徳丸を陥れて家督を奪い、ついでに浅香姫ももらっちゃおうと思っている。

坪井平馬
次郎丸の金魚のフン的家臣。

桟図書
坪井平馬がスカウトしてきた京都の浪人。金魚のフンのフン。

浅香姫 *
陰山長者の娘で、俊徳丸の許嫁。和泉から天王寺へ走ってくる程度なので、文楽に出てくる娘さんにしては激走度は低い。

入平 *
浅香姫に付き従う奴(やっこ)。

お楽
入平の女房。常に一緒に行動している。そもそも奥さんいたことにビックリする。「合邦住家」にも本当は登場するのだが、現行上演では存在が抹消されている。*1

誉田主税
高安家の家老。おいしい立場のキャラだが、ほとんど出張中のため、たいして何もしない。

羽曳野
誉田主税の妻。玉手御前や次郎丸を異様に激しく罵ってくるが、よくクビにならなかったな……。*2

合邦 *
玉手御前の父。閻魔堂を建立すべく、オリジナル辻説法(?)を披露して寄進を集めている。現在は道心となっているが、元は武士。その親は北条時頼に仕え、武士の鑑として名高い青砥左衛門藤綱だった。(『太平記』に登場する超まじめ・まともキャラ。川に落ちた小銭を高価な松明をもって探させた人です)

合邦女房 *
玉手御前の母。一見、夫に付き従う大人しいママのように見えるが、合邦をなかなかうまくコントロールしている。

 


┃ 上の巻

住吉社参の段

  • 玉手御前と俊徳丸の住吉大社参詣
  • 次郎丸の企て
  • 浅香姫と俊徳丸の恋
  • 玉手御前の邪恋

霜月の下旬。河内の城主、高安左衛門通俊の妻・玉手御前と息子・俊徳丸は、病気の通俊の名代として、住吉大社へ訪れていた。

それを陰から見ているのが、俊徳丸の兄弟、次郎丸だった。次郎丸は本来長男だったが、妾が産んだ子であったために次男とされ、家督を継ぐことができないのであった。家督を狙う次郎丸は、家臣・坪井平馬、そして平馬がスカウトしてきた浪人・桟図書とともに何やら悪巧み。家督のついでに、俊徳丸の許嫁と定められている和泉の陰山長者の娘・浅香姫もゲットしようという思惑であった。

社人から振る舞いを頂いた俊徳丸が涼んでいると、突然、美しい村娘が抱きついてきて泣きしおれる。村娘の正体は、許嫁の浅香姫だった。俊徳丸は、父の病気が治れば輿入れもすぐにできるとなだめるが、姫は名残惜しそうにしている。そんな二人を浅香姫のお供、奴・入平とその女房・お楽が「いけいけやっちゃえ」とばかりに、わりと具体的指示をもって応援するのだった。そんなこんなでいい感じだったんですが、玉手御前の腰元たちがやってきて、神前のお神酒を頂いた奥様が来ると知らせるので、浅香姫は慌てて身を隠す。

お神酒の銚子と鮑の貝殻の盃を持って現れた玉手御前は、打ち解けての盃と、俊徳丸に酒を勧める。それを飲み干した俊徳丸の手を取り、兼ねてから恋心を抱いていたと打ち明ける玉手御前。俊徳丸は驚いて拒絶し、涙をもって諌める。それでも玉手御前が取りすがってくるので、俊徳丸はそれを振り払って逃げる。

入平らがもとの場所へ戻ってくるが、俊徳丸の姿は見えないため、諦めて浅香姫を連れて館へ帰ろうとする。そこへ次郎丸と坪井平馬が現れ、姫を奪い取ろうとする。しかし入平に痛めつけられ、アホ2人はスタコラと逃げていくのだった。

 

高安館の段

  • 俊徳丸の病と家出
  • 玉手御前の出奔
  • 家督相続の綸旨の行衛

師走。俊徳丸は住吉参りの下向以来、病に伏せている。病床は父・高安左衛門通俊、家老・誉田主税、典薬以外の立ち入りが禁じられていた。玉手御前は、主税の留守を預かる妻・羽曳野へ見舞いに行かせて欲しいとせがむが、許されない。

そんなところへ、内裏からの上使・高宮中将茂満が、家督相続の綸旨を持参の上、俊徳丸を参内させるようにという催促をしにやってくる。出迎えた通俊らは俊徳丸の病気を理由に延期を頼むが、茂満は聞き入れない。しかし、🌟黄金色のお菓子🌟を差し出されると、茂満は多少遅くなっても大丈夫だよ☺️とスマイルし、去年渡してあった綸旨だけもらって帰るワ🤘と言う。

そのころ、俊徳丸はそっと病床を抜け出していた。癩病に蝕まれた俊徳丸は、これ以上館にいれば家名の汚れ、また玉手御前の恋慕も恐ろしいとして、家出をして日本中の寺社巡りをしようと考えていた。玉手御前がそれを見つけ、自分も連れていって欲しいとすがりつくが、逆に縄で縛られてしまい、そのすきに俊徳丸は館を抜け出してしまった。俊徳丸の出奔を知った通俊や一同が涙に暮れているところ、高宮中将が家督相続はどうする気か、俊徳丸が家出し、しかも難治の病であるなら、家督として次郎丸を参内させるようにと迫ってくる。通俊は、次郎丸の家督相続の願いは、外出中の家老・誉田主税の戻り次第として、一旦、継目の綸旨のみ預けて高宮中将を帰らせるのだった。

日暮れ時、羽曳野は玉手御前が館を抜け出そうとしているのを見つける。俊徳丸を追おうとする玉手、引き止める羽曳野は激しく争うが、あばらを打たれた羽曳野が気を失ったすきに、玉手は走り去っていく。

それと入れ代わりに、出掛けていた家老・誉田主税が急いで帰ってくる。意識を取り戻した羽曳野から事情を聞いた主税は、家督を次郎丸に定めるとして綸旨を持ち帰った勅使が怪しいとして、とって返すように館を駆け出ていくのだった。

 

 

龍田越綸旨奪返しの段

一方、奈良街道の龍田越では、次郎丸と坪井平馬、そして桟図書がコソコソ寄り集まっていた。実はさきほどの勅使の正体は、図書だったのである。次郎丸は図書に継目の綸旨を一旦預けおき、館へと帰っていく。図書がバイトに雇った行列のみなさんへお賃金を払っていると、誉田主税が走り込んでくる。主税は図書をとっ捕まえてコテンパンにする。図書は行列の衆に主人を助けんかいと騒ぐが、一同は「わたしらバイトなんで関係ありません」と言って帰っていった(素直)。主税は綸旨を奪い返して図書の死骸を谷底へ蹴り込み、高安の家の復興を決意するのだった。

 

 

 

┃ 下の巻

天王寺万代池の段(現行上演あり/復曲)*3

  • 四天王寺を彷徨する俊徳丸
  • 俊徳丸と浅香姫・入平夫婦の出会い
  • 合邦道心の助け

彼岸、参拝の人々で賑わう四天王寺。そこには、入平とお楽の姿があった。俊徳丸の出奔後、浅香姫も間もなく家出をしてしまったため、入平夫婦は浅香姫と俊徳丸の姿を求めて方々へ訪ね回っていた。下向客たちに声をかけると、椎寺で癩病人が子供達から「弱法師」と囃し立てられているのを見たという。俊徳丸に違いないと、入平夫婦は椎寺のほうへ走ってゆくのだった。

それと入れ替わりに、盲目となり杖をついた俊徳丸がやってくる。梅の香に世の悲しみを感じながら、俊徳丸は小屋の中へ入っていった。

さらにそこへ、閻魔の首を手押し車に乗せ、閻魔堂建立の寄進を集める道心・合邦がやってきた。合邦は、地獄極楽、仏の教えをおもしろおかしく語り、人を集める。見物人から奉加銭をひとしきり集め、くたびれた合邦は、車に乗って薦を被り、閻魔様とともに一寝入りする。

一方、俊徳丸を慕って家出した浅香姫は、万代池のほとりにたどりついていた。乞食の姿を見つけた浅香姫は、俊徳様という美しい若衆を見なかったかと尋ねる。しかし、実はその乞食こそが尋ねる俊徳丸で、当人は答えられずにひたすらに泣くばかり。もしやと思う浅香姫に、俊徳丸は、その病人は癩病の身を儚み万代池に身を投げたと答える。嘆き悲しんだ浅香姫が後を追おうとするので、俊徳丸は姫を引き止め、訪ねる人は三十三所の巡礼の旅に出たと語る。そして、妻への来世の約束をしていたと言い聞かせ、再び小屋の内へ入る。

浅香姫が嘆いていると、俊徳丸を探しに行っていた入平夫婦が戻ってきて、姫を見つける。浅香姫から話を聞いた入平夫婦は小屋の乞食をあやしみ、立ち去るふりをして小陰に身を隠す。浅香姫が去ったと思った俊徳丸は小屋を出て、姫との別れを名残を惜しんで悲しむ。それを聞いていた浅香姫や入平らは、思わず泣き声をあげてしまう。驚いて隠れようとする俊徳丸。姫は俊徳丸に縋りつき、入平は2人にどこか養生できるところへ身を隠すことを勧めるのだった。

しかしそこに次郎丸が現れ、姫を奪い取ろうとする。入平夫婦は次郎丸の家来たちを追い払うが、隙をみた次郎丸が姫を奪い取ろうとする。止めようとした俊徳丸が痛めつけられているところ、昼寝から目を覚ました合邦が現れて次郎丸を取り押さえ、俊徳丸とともに逃げるよう、浅香姫に手押し車を預ける。合邦の助けを借り、浅香姫は俊徳丸を乗せた車を引いて逃げていく。合邦は次郎丸と取っ組み合い、次郎丸を万代池に投げ込むと、悠々と家へ帰っていくのだった。

 

 

合邦住家の段(現行上演あり)

  • 合邦庵室を尋ねる玉手御前
  • 邪恋と毒酒の真実
  • 俊徳丸の病の回復
  • 悪人の成敗と俊徳丸の家督相続

合邦の庵室では、同行衆を集めての回向が行われていた。戒名は「大入妙若大姉」、振る舞いを受けていた客は、身内の仏だろうと推測する。夜食と酒を頂くと、同行衆は帰っていった。
合邦の女房は、ひとり娘も大名の奥様にならず、実家にいたままなら死ぬこともなかっただろうとつぶやく。その娘とは、お辻、つまり玉手御前のことだった。実は合邦は玉手御前の父だったのである。合邦は嘆きを戒め、夫を捨てて俊徳丸を追い回すお辻は追っ手にかかって殺されたであろうと叱りつける。しかし合邦もまた内心では娘を心配しており、涙声を含んでいるのであった。

そんな庵室へ、玉手御前が訪ねてくる。その後ろには、彼女を密かに尾行する入平夫婦の姿があった。玉手御前の呼び声に驚く母。合邦は、娘は生きていればこの家へ入れることはできないが、「幽霊」が来たのならと、戸を開けることを許す。玉手御前の無事な顔を見た母は嬉し泣きして娘を抱きしめ、合邦もまた心の中で喜ぶ。母は、俊徳丸への不義の恋の噂は嘘だろうと問いかけるが、玉手御前は真実恋い焦がれているとうっとりとして語る。それを聞いた合邦は怒り、娘を斬りつけようとするが、母がそれをとどめ、玉手には尼になるように言い聞かせる。しかし玉手はそれも聞き入れないので合邦はますます怒り、母はさらに説得するとして、無理矢理に娘を納戸へ連れていくのだった。

騒ぎがおさまったところへ、浅香姫に手を引かれた俊徳丸が姿を見せる。俊徳丸は浅香姫・入平らと共にここから立退くことを心に決めるが、それを見つけた玉手御前が走り出て、俊徳丸にすがりつく。癩病病みの姿では愛想も尽きたであろうと諌める俊徳丸だったが、玉手御前は、その病は住吉社参の折に飲ませた毒酒によるものだと語る。容貌を崩して浅香姫に愛想を尽かさせ、俊徳丸を独占しようと考えていたというのだ。驚き怒る浅香姫と玉手御前は激しいもみ合いになり、見かねた合邦が飛び出して、玉手御前を刀で突く。嘆き悲しむ母をよそに合邦は娘を激しく叱りつけるが、玉手御前はそれをとどめて真実を打ち明ける。

俊徳丸を亡き者にしようとする次郎丸の陰謀を耳にした玉手御前は、俊徳丸が家督さえ継がなければ次郎丸の悪心も止み、殺されることはないと考えた。そこで俊徳丸へ心にもない不義を仕掛け、毒酒でもって病を得させ、家督相続をできなくしたという。それは、次郎丸の悪心が高安左衛門通俊に知れれば切腹は免れないとして、継子の命を二人とも助けるために夫には次郎丸の陰謀を告げず、一人で考えたことだった。そして、俊徳丸を追ってきた理由というのは、毒薬の癩病は「寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻」に生まれた女の肝の臓の生き血を同じ盃で飲むことでしか治せず、そのゾロ目の生まれ女というのが、他ならぬ玉手御前だったからだと語る。

娘の話を聞いた合邦は、娘の貞心とそれに気づかなかった自らの愚かさに泣き叫び、一同は涙に暮れる。玉手御前は合邦にみぞおちを切り裂いて欲しいと頼むが、父にはそれが出来ない。俊徳丸に血を飲ませることを急ぐ玉手御前は懐剣に手をかけるも、合邦はそれを留め、百万遍念仏(大きな数珠を多人数で回して唱える念仏)で娘を送ろうと言う。玉手御前はみなの南無阿弥陀仏の声の中で鳩尾を切り裂き、その血を受けた鮑の盃を飲み干した俊徳丸の癩病はたちまちに癒え、目が開く。息絶えた玉手御前のため、俊徳丸は彼女の母を尼公として月江寺を開くことを決める。また、合邦はこの住家を閻魔堂とし、娘の往生を願うことにした。四天王寺の西門通りに残る合邦が辻とはこのことである。(現行上演ここまで)

そこへ、次郎丸と坪井平馬を縛めた誉田主税が訪れ、俊徳丸の病平癒を喜ぶ。俊徳丸は玉手御前に免じて次郎丸を許し、悪の根源として平馬の首を討つのだった。

(おしまい)

 

 

 

┃ 現代での改作 寺山修司身毒丸』(1978)について

『摂州合邦辻』をはじめて観たとき驚いたのは、寺山修司の戯曲『身毒丸』との類似性。『説経節の主題による見世物オペラ 身毒丸』は、1978年、紀伊国屋ホールで上演された演劇作品だ。一般的に、寺山修司の『身毒丸』はサブタイトルに「説経節の主題による見世物オペラ」と入っているため、説経節の『信徳丸』を題材にしていると言われている。確かに、詞章面では『信徳丸』からの取り込みは多い。そして、実子を贔屓し、継子を蔑む継母という構図も『信徳丸』に近い。

しかし、実は『摂州合邦辻』のほうが、はるかに色濃く影響しているのではないだろうか。最大の特徴である、継母と義理の息子の欺瞞的な恋愛設定(説経『愛護若』の取り入れ)は、『摂州合邦辻』から着想を得たアイデアなのではないかと思う。そして、継母を中央に置いて大きな数珠を回す(百万遍念仏)舞台演出も、「合邦住家」そのままである。さらには、ロックオペラという形態も、義太夫狂言を思わせるものがある。母へのアンビバレンツな思慕は寺山修司の重要な作品モチーフだが、『摂州合邦辻』もまた、彼の着想源やコラージュの素材になっていたのだろうか。

寺山修司作品でいうと、映画『田園に死す』(1974)には、川を流れる雛壇が登場する。雛流しの風習は普遍的にあるにはせよ、演劇としての着想は『妹背山婦女庭訓』の「妹山背山の段」からきているではないかと思う。『國文學 解釈と教材の研究』1976年1月号に、寺山修司塚本邦雄の対談が乗っている。そこに、近松半二作品(妹背山)についての話題に出ていた。寺山はかつて、近松半二をテーマに近世文学専門の国文学者・松田修と対談をする企画があり、半二作品を読み込んでいたらしいが、急病で企画が流れてそのままになったとのことだった。惜しい、ぜひその対談を読んでみたかった。

「山の段」では、雛人形吉野川を一文字に横切るように流れる。しかし、『田園に死す』だと、ちゃんと川の流れに乗って雛壇が流れてくる。水流を無視した「山の段」の雛人形の流れのほうが自然に見えて、『田園に死す』が異様に見えるのは、不思議。いや雛壇は川流れないですけど。

文楽では、出演者側は「雛人形やミニ嫁入り道具が川を横切って流れるっておかしくね?お客さん大丈夫かな?」と思っているらしいが、コッチとしては別に違和感ないよね。そもそもあの川、時々しか流れないし、川幅めちゃ狭だし)


身毒丸』と説経節『信徳丸』の関連性についての記事

 

寺山修司身毒丸』戯曲台本

ただ、この作品、音楽を大幅に取り込んだロックオペラ形式になっていて、映像+音声ありで見ないと面白さが非常にわかりづらい。ぜひ1978年版を見ていただきたいが、VHSしか出てないはず(近年発売されたDVD・CD BOXの映像は再演版)。私もVHS版を持っていたけれど、見すぎてテープが切れた。

 

 

 

┃ 参考文献

┃ 画像出典

立命館ARC所蔵 摂州合邦辻 下の巻

 

 

 

*1:原文を読むとわかるが、本当に添え物程度の行動しかしない。そのために、上演を重ねるうちに省かれてしまったのだろうか。明治時代にはすでにいなくなっている。

*2:突然生々しい話になるが、かなり不自然なキャラクターのように感じる。正室や妾腹といえど主君の子息に対して繰り返し激しく罵倒するというのは、この時代、ありえなさすぎるんじゃないですかね……。羽曳野のこの言動があるからこそ、玉手御前の恋は完全に虚偽だということが引き立つ面はあるが、もうちょっとなんとかならなかったのか……。しかも、このあたり、同じようなやりとりが全編にわたって繰り返されるのがかなり気になるんだよねえ。趣向上何の変化もなく、単調なやりとりが重複する状態になっているが、そこが菅専助の甘さなのか……。以上、突然の生々しい感想でした。

*3:この段、入平・お楽、俊徳丸、合邦、浅香姫が偶然同じ場所に集まってくるという話のはずなんですけど、四天王寺と万代池って、結構離れてますよね。昔は四天王寺の寺領がものすごく広かったとか、それとも万代池がメチャデカだったとか、それともこの「万代池」はいまの万代池と違うとか……? 文化3年の地図(増脩改正攝州大阪地圖 - 国立国会図書館デジタルコレクション)で確認したところ、四天王寺の南大門のすぐそばに、「万代池」と書かれたちっちゃな池があるのを発見しました。舞台mapも改定しておきました。