TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 大阪1月初春公演『碁太平記白石噺』『義経千本桜』道行初音旅 国立文楽劇場

「……母様の死に目にも逢わぬとゆ〜、悲し〜〜〜い不孝〜〜な、はかな〜い〜ことがぁ、あろかいのぉ」というところ、内田吐夢監督『浪花の恋の物語』の冒頭、竹本座のお大尽・東野英治郎が地獄のように下手な素人義太夫を唸るシーンで有名ですが、本物をやっと観られました。

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第二部、碁太平記白石噺。

『碁太平記白石噺』全体は、楠正成没後の南北朝時代を舞台に、楠正成の遺子・宇治兵部助が南朝を再興せんと仲間を集め幕府転覆の企てを行うというストーリーが主軸になっている。兵部助は由比正雪がモデルとなっていて、サブキャラも由比正雪関連から取られている。宮城野・おのぶシスターズの敵討ちは、この叛逆劇とは関係ない次元で進行する。まじであまりに話関係なさすぎ、そりゃ今では雷門と新吉原揚屋の段しかやらんわなという状態のため、全段のあらすじまとめは末尾につける。

↓ 全段あらすじへのリンク

 

 

 

浅草雷門の段。

浅草寺・雷門の茶屋の前では、大道芸人どじょう〈吉田勘市〉が手品を披露し、通行人から木戸銭を稼いでいた。そこへ吉原角町の大黒屋惣六〈吉田玉也〉がやってきて、茶屋で座敷を借りる。誰もいなくなると、今度は観九郎〈吉田玉勢〉という女衒がやってくる。観九郎が茶屋の亭主〈桐竹亀次〉とギャイギャイ騒いでいると、そこを巡礼姿の年端もゆかぬ娘・おのぶ〈吉田簑紫郎・代役〉が通りかかる。おのぶが亭主に吉原で有名な太夫の名を教えて欲しい、姉を探していると訛りまくった口調で尋ねると、亭主はあまりに大雑把な尋ね人のため、吉原に詳しい惣六に聞いてやるとして茶屋の中へ引っ込む。

それを見ていた観九郎は、メシのタネとばかりにおのぶに近寄り、姉に会えるよう吉原で働かせてやるとして自分を叔父と呼ぶように言う。そうして二人が「姪よ」「叔父よ」と呼び合いの稽古をしていると、観九郎の悪巧みに気づいた惣六がやってきて、おのぶを買い取ると言って観九郎に50両を渡して連れ帰る。金さえもらえりゃOKの悪党は、惣六から受け取った50両を持ってウキウキ飲み屋へ出かけていった。一方、その様子を影から見ていたどじょうは、借金返済とばかりに追い回してくる観九郎の濡れ手に粟にムカついて、とある作戦を思いつく。

そうこうしていると、ほろ酔いの観九郎が千鳥足で戻ってくる。観九郎が50両を拝んでいるところに現れたのは、地蔵飴売りの道具をパクって地蔵尊コスプレをしたどじょうだった。どじょう地蔵は観九郎の亡くなった息子やら父親やらが地獄で使った小遣いや諸経費を立て替えていると言って請求し、まんまと50両をせしめて去っていく。夢うつつの観九郎は支離滅裂の展開に夢を見ているのかと思い、どじょうの借用書を取り出して確認しようとするが、それも後ろから忍び寄ったどじょうが吊り上げて盗んでしまう。借用書が見えないので、観九郎はこれはやっぱり夢の中だなと思うのであった。

冒頭部は床本通りではなく、オリジナルアレンジを加えたチャリ。絶妙なしょっぱさが良い。改変を加えているところは、プログラムの床本には通常通りで記載があるが、上演中は字幕表示なしだった。
それにしても「ゼンジー北京」、久しぶりに聞いたわ……。「ゼンジー北京」と「雷の呼吸」では前者のほうが爆笑というのが文楽劇場の客層を如実に表していると思った。それはともかく、やたら次から次へとボトボト出てくる花が愛らしかった。あと、江戸時代にも近鉄はあったんだ!むしろ浅草にも近鉄がきてたんだ!と思った。

どじょうの地蔵コスは、衝撃的だった。「お地蔵さんってそんな格好してるか……?」と思ったが、あれは何をモデルにしているのだろう。ピクミン(古)の触覚状の赤頭巾があまりに謎すぎる。触覚の根元に小麦粉(?)が仕込まれて降り、本当に粉塵が舞い散っていた。袈裟の胸元の開きと腰から下のスリットもすごすぎて、不知火舞状態……。なお、「袈裟と見せたるつぎつぎの襦袢も千手観音の、宿りもかゆき古頭巾」の「千手観音」というのはノミの異名らしい。ノミ、そんなにお手手あった?????
衣装があまりに謎すぎてそっちに目が釘付けになるけど、どじょうは長い手足を使った悠々とした動作がユーモラスで、お正月らしいふくよかなのんびり感があり、よかった。

それにしても、玉勢さん観九郎、ウトウト居眠り演技がうますぎ。こりゃ客席の寝ている人を参考にしてるな。次第に寝ていく様子とか、うつ伏せになったまま、周囲の物音に若干反応するのがうまい。さすが人形さんは寝てる人ウォッチのプロだなと思った。

ところで、雷門の書割、雷門のサイドに立ってる像ってこんなんだんだったか……? えらい仰角っぽいけど、人形アングルから描いとるんか……? 雷門近辺、人が多すぎていつもすぐ通り過ぎてしまうので、よく見ていない。落ち着いたら久しぶりに行ってみたい。

以上、こんなんだったっけ系の疑問が多すぎる雷門前よりお伝えしました。

 

 

 

新吉原揚屋の段。

新吉原の大黒屋では、遊女たちが吉原一の傾城・宮城野〈吉田和生〉の部屋で女子トークを繰り広げていた。朋輩女郎の宮里〈桐竹紋秀〉・宮柴〈桐竹紋吉〉は昨日雇われた訛りまくりの新参者の喋り方が面白いと言っておのぶを無理矢理連れてくる。二人は親切めかしておのぶに身の上を喋らせおかしがるが、宮城野はそれをたしなめ、おのぶの言葉を解き明かしてやる。

宮里と宮柴が去ると、宮城野はおのぶに在所を尋ねる。奥州白坂の出身で父の名は与茂作というおのぶに、やはり8年前に別れた妹だったかと宮城野はおのぶを抱き寄せようとする。しかしおのぶは警戒心が強く、姉であるならお揃いのお守りを持っているはずだと言う。宮城野が楠家の家臣であった父に縁のある壷井八幡宮のお守りを差し出すと、おのぶも実の姉に会えた喜びに彼女へ抱きつく。宮城野は泣きじゃくるおのぶから、父が代官・台七に殺されたこと、母が病で亡くなったこと、親の敵を討ちたいために故郷を出てきたことを聞く。宮城野は父母を見送れなかったことを嘆き悲しみ、廓を抜け出して曽我兄弟のように姉妹で敵討ちすることを決意する。

二人が勇んで身拵えしているところに、様子を見ていた惣六が声をかける。宮城野は惣六を殺してでも敵討ちに向かおうとするが、懐剣を打ち落とされてしまう。惣六は18年もの長い年月をかけて敵討ちを成し遂げた『曽我物語』の十郎・五郎兄弟の逸話を引き、無分別な行動をたしなめる。姉妹は惣六の親身な諫言に涙し、思い直して逸る心をおさめるのだった。

全体的に落ち着いて、ゆったり、しっとりとした印象だった。むかしの絵本や絵物語を読んだような気分。妙なクセやデコボコといったノイズがなく、品があった。まとまりよすぎて、良い意味で「これだ」的な感想がないな。

和生さんの宮城野はかなりお姉様風だった。和生系女子、と思った。和生系っていうか、和生さんそのものですが……。かわいらしい娘風ではなく、凛とした美人で、かなり大人っぽい。落ち着きと高貴さがある。人形をスラッと長身風に持っているようだった。
また、最高ランクの花魁とはいえ、あまりに気品があると思ったら、宮城野は浪人とはいえ武士の娘という設定なのね。昨年正月の『曲輪文章』夕霧の、少女のような愛らしさとはまた違った傾城像で、面白かった。夕霧も可憐で可愛かったけど、和生さんは本来的には美人・気品路線のほうが合うわな。
宮城野は最後に化粧直しをするときがうまかった。ブラシにパウダーをつけて軽くポンポンするんだけど、化粧の仕方が現実に則していてかなり的確で、じっと見てしまった。おのぶは一緒にポンポンされてくしゃみをしていた。
ところで、差し入れの『曽我物語』の本をめくるとき、ページを繰る指を舐めていた(?)のは和生さんの自然体ムーブだろうか。コロナ的にやめといたほうがええでと思った。

惣六は衣装が変わり、部屋着風というか、半纏的な丈の長い上着を着ていた。おととし上演した『仮名手本忠臣蔵』天河屋の段の原作復元版のときと、同じ着方。あれ、かっこいいよね。
それにしても、惣六は茶店でも自分の店でも人の様子をじっと窺っていて、忙しい。若干わざとらしいキャラではあるが、そういう無理が感じられない質感の芝居だった。玉也さんには似合う、というか、玉也さん以外だとどうにも説得力がつかなさそうなキャラに仕上がっており、良かった。自然な品のある雰囲気で、鼻につくような“粋”ではないのが上手い。本当は、そういうもののほうが観光的な意味では需要があるのだろうが、文楽は垢抜けた粋の表現がうまい人が多いと感じる。粋って本来垢抜けたものだと思うが、そうでなくなってしまっているものも多いよなと思った。惣六は「浅草雷門の段」で床几から立ち上がるときにも、肩から立ち上がるような仕草だったのも良かった。

 

 

宮城野のお部屋は2Fにある設定となっており、大道具は舞台中央に宮城野ルーム、下手側に一間、上手側に1Fと繋がる階段があるつくりになっていた。もちろん本当に階段が造りつけてあるわけでなく、手すりの書割が置かれているだけだ。1Fと行き来するお人形さんたちは「階段を降りる」ように、トントントンとどんどん位置を低くしていっているのが可愛かった。人形だけでなく、人形遣いさんたちも一緒に降りていて、ますます可愛かった。また、2F設定だからか、一番前の手すりが塀という設定になっているらしかった。ハトよけみたいなトゲのある柵だった。


しかし、曽我物語って、文楽だと、キャラ取り入れレベルのものでも、現行にないのでは。いつからやらなくなったのだろう。文楽だと『仮名手本忠臣蔵』『伊賀越道中双六』が強すぎるのだろうか。惣六がえらい懇々と事細かに説明してくれたが、確かにあれくらい説明してもらわないと、わからないかも……。

あとは、宮城県出身のおのぶの国訛りが北関東系なのが不思議だった。昔は江戸・大坂の人にはネイティブ東北弁はピンとこず、「訛ってる」感のある北関東弁にしたということだろうか。

 

 

  • 人形
    豆蔵どじょう=吉田勘市、大黒屋惣六=吉田玉也、茶店亭主=桐竹亀次、悪者観九郎=吉田玉勢、妹おのぶ=吉田簑紫郎(代役/吉田文昇休演)、傾城宮城野=吉田和生、禿しげり=桐竹勘次郎、新造宮里=桐竹紋秀、新造宮柴=桐竹紋吉

 

 

 

義経千本桜、道行初音旅。

清治さんの文化功労者指定記念演目ということで、三味線は清治さんの弟子筋で固められていた。といっても全員出るわけじゃないのね。それはそうか。口上の床が礼をするタイミングで「はい」と軽く声をかける清治さんのちょっとドヤぶりがナイスだった。
いまは床前席販売なしと言っても、中央ブロック上手寄りだと、わりあい三味線の音の聞き分けができる。というか、清治さんの音は粒立ってわかるなと思った。三味線は華やかで良かった。

人形に対しては、私とまったく同じ感想を近くの席の人たちが言っていた……。同じ演目をやりすぎて、そりゃそういう感想が出るわなというか……。せっかく記念と銘打っているわけだし、人形ももうちょっと何か盛っててもいいかもと思った。当たり障りなさは勿体無い。

 

 

 


付記 『碁太平記白石噺』全段のあらすじ

前述の通り、『碁太平記白石噺』全体は、楠正成没後の南北朝時代を舞台に、南朝再興を目指す人々の動向を描く物語になっている。

現行にある宮城野・おのぶの敵討ちと、南朝再興のメインストーリーとの関連性は薄い。南朝再興を志す主人公・宇治兵部助が「新吉原揚屋の段」以後の二人を保護し、武術の鍛錬をさせた上で、行政に届出して正式な敵討ちの手続きをとってやり(確実に敵討ちが実行できるように手回しする)、宮城野・おのぶは自力で敵・志賀台七を討つという関わりになっている。
現行上演部分で存在だけ示されている宮城野の許嫁(金江谷五郎)は、兵部助の仲間となる主要人物で、諸国を巡る武芸者という設定。ただ、宮城野との関係の進展が描かれることがないまま物語は終わる。宮城野もあまり気にしていない様子なのがなかなかすごい……。

現行上演部分にも原作と現行の違いがある。おのぶが姉探しをするくだりでは吉原の風俗描写が大量に盛り込まれているが、現行ではカット。宮城野らの再会と平行しての南朝派の人々の暗躍も現行ではカットされている。現行の吉原パートでは宮城野・おのぶ姉妹の物語に描写を絞り、よく整理されていると感じる。

 


[初段]

南北朝時代。楠正成は、弥生の節句建武天皇のいる吉野内裏へ参内する。そこを訪ねた旧臣佐々目兼房は、楠判官に勘当の許しを乞う。しかし楠判官は受けれず、自分はこのあとの湊川の戦いで討死するであろうとして、後の弔いを頼む。やがて勅諚が下り、楠判官は湊川へ出陣していく。

 

[二段目]

それから幾世か経て、奥州の山奥。山城の浪人・宇治兵部助は前世の夢を見て、楠判官の霊が宿って生まれた自分の出生を知る。彼の母は佐々目兼房の妹であり、楠判官の寵愛を受けていたのだった。兵部助は明神森で首塚を築く謎の河内の浪人と出会い、同じ南朝方と知り友情を結んで別れる。

 

[三段目]

岩手の石堂家では、若君・小太郎の家督相続の祝儀が執り行われていた。石堂家の門前に行きかかった兵部助は、石堂家の剣術指南役・楠原普伝と、その弟子・志賀台七に出会う。
普伝の正体は唐土呂洞賓に師事した妖術使いで、七草*1一揆を起こし天下を掌握するため、仲間となる豪傑の士を探していた。普伝は、兵部助には妖術、台七には全てを見通す鏡「天眼鏡」を伝授する。
天眼鏡を授かった台七は、さっそく片思い中の館の娘・千束姫が何をしているかウォッチすることに(低レベルすぎる使い道)。すると、千束姫と奴・伊達助がちちくりあっているのが見えてきて、大騒ぎ。
一方、普伝の邪悪を見破った兵部助は、普伝と忍びの者が密会し、石堂家の家督相続の綸旨を盗み出す企てをしていることを知る。忍びを殺して入れ替わった兵部助は、それに気付かない普伝から綸旨を受け取って館を脱出する。
千束姫は伊達助に思いの丈を打ち明けて涙するが、伊達助は身分が違うと言って受け入れない。すると千束姫は伊達助とは世を忍ぶ仮の名だろうと言い出す。伊達助はその姫の口を塞ぎ、夫婦の約束をする。その様子を伺っていた普伝は二人の不義を言い立てる。千束姫の母・後室寄浪御前が証拠はないとして事を収めようとしたところに、綸旨が紛失したとの知らせが入る。
寄浪御前はやむなく幼い当主小太郎に切腹させようとするが手が動かなくなり、代理を頼まれた普伝は皆を下がらせる。人がいなくなると、寄浪御前は呂洞賓の絵図を取り出し、まことに忠義があるなら絵姿を踏むよう普伝に迫る。寄浪御前は普伝を天下転覆を狙う妖術師と気付いており、その術を破る。妖力を失った普伝は、突然現れた台七に首を斬り落とされる。寄浪御前は千束姫と伊達助を勘当し、綸旨を見つけ出し戻ったときにはそれを許すと告げる。二人は情けを感じつつ岩手館を後にするのだった。

 

[四段目]ここから今回上演部分に関係

田植えシーズンが到来した白坂の逆井村。代官・志賀台七は普伝から授かった天眼鏡を手頃な田んぼに埋め隠す。やがてやって来たのが田んぼの主・与茂作。彼はかつて上方の武士だったが浪人し、今では病気の妻・おさよを支えつつ百姓仕事に励んでいるのだった。畝に埋め込まれた天眼鏡を見つけた与茂作が不思議がっていると、台七が戻って来て与茂作を滅多斬りにして殺してしまう。
そこへやって来た与茂作の娘・おのぶは親の仇と大騒ぎ。おさよの兄で村の庄屋の七郎兵衛、村人たちが集まってきて一触即発となるも、台七は証拠がないと開き直る。そこへ台七の家臣が走ってきて、先日から行方不明になっていた台七の弟・台蔵の死骸が見つかった、首が明神森に埋まっていたという。台七は与茂作を殺したのは弟を殺したのと同一犯に違いないと言い張り、七郎兵衛たちは反論できずに泣き叫ぶおのぶを連れ、与茂作の死骸を彼の家に送っていくことにする。村人たちが去ったあと、台七は天眼鏡を掘り起こしてシメシメとするが、曲者がそれを奪って消え去る。

 

[五段目]

与茂作の家では、妻・おさよが大病に伏している。一家は昨日から足を痛めたと言う浪人を泊めており、彼がおさよの世話を甲斐甲斐しく焼いていた。浪人はおさよに、このあたりに「杉本甚内」という上方の浪人はいないかと尋ねる。彼の父と甚内は懇意であり、その娘と自分は許嫁となっていたという。しかしやがて甚内は浪人し、父も没して自らは流浪の身になったと語り、楠家の家臣・金江勘兵衛の息子、谷五郎と名乗る。
実はその杉本甚内こそ、与茂作のかつての名だった。おさよは偶然の出会いに喜ぶ。が、彼と許嫁にした姉娘・おきのは年貢に詰まって8年前に吉原へ売ってしまっていた。娘はさる屋敷へ奉公に出しているとおさよは言いつくろい、祝言の酒を買いに行くという谷五郎を見送る。
夫が帰ったら事態を相談しようと与茂作を待ちわびるおさよだったが、やって来たのは兄・七郎兵衛だった。夫の死を知ったおさよは誰が殺したのかと慟哭する。台蔵の首が明神森で見つかった話を聞いたおさよは、宿を貸している谷五郎がおととい明神森で野宿したと言っていたことを思い出す。
一同は、帰ってきた谷五郎に詰め寄る。しかし谷五郎は、確かに台蔵は殺したが与茂作は殺していないとして、台七こそが与茂作殺しの犯人だと見抜く。が、それを陰から伺っていた台七が種子島銃で彼を撃とうとしていた。しかし様子を伺っていた兵部助がそれを妨害し、先ほど盗んだ天眼鏡を投げつける。台七は鏡を拾い、慌てて逃げていく。
谷五郎は兵部助が明神森で出会った武芸者(二段目)だと気付き、南朝再興のため来るべき日には彼の配下となることを約束する。兵部助は姉妹の敵討ちの手助けを引き受け、今後は「宇治常悦正之」と名乗ると告げる。こうして常悦・谷五郎の二人の勇者は陸奥を後にするのだった。

 

[六段目・七段目]今回上演部分

このあと物語は「浅草寺雷門の段」「新吉原揚屋の段」へ。
大筋は現行と同様だが、原作では、宮城野を揚げようと争う二人の侍、鵜羽黒右衛門と鞠ケ瀬秋夜が登場する(現行「新吉原揚屋の段」冒頭で、宮里・宮柴が噂している二人の男)。鞠ケ瀬秋夜は宇治常悦一派のメンバーで、宮城野の敵討ちの手助けをするため、吉原へ入り込んでいた。一方、鵜羽黒右衛門の正体は志賀台七だった。
親の名を継ぎ、金江勘兵衛となった谷五郎が秋夜を訪ねてくる。それを見た台七は、吉原から逃げ出す。結末では宮城野の主人・惣六が実は南朝派新田家の旧臣・島田三郎兵衛であったことが明かされる。三郎兵衛は宮城野に年季証文を返し、おのぶとともに常悦のもとへ行かせる。

 

[八段目]

江戸・牛込の宇治常悦の屋敷。おのぶは「信夫(しのぶ)」と名を改め、常悦の妾・おせつから武芸の稽古を受けていた。やがて秋夜が宮城野を連れてやってきて、常悦と囲碁を討つ。その勝負にことよせ、常悦は台七を討つ意思を暗示し、宮城野の性急な心を諌める。
夜更け、囲碁勝負に口出しして窘められた宮城野はうなだれていたが、姉妹で相談し、常悦宅を抜け出して台七を探しに行くことを決意する(反省の色なしの気の早さ)。ところがそこに当の台七が現れる。姉妹は懸命に戦って台七を討ち、屋敷の面々に見送られて陸奥へ帰っていく。
ところがその台七は、常悦が天眼鏡の幻術で作り出したまぼろしだった。屋敷の奥には本物の志賀台七が常悦に匿われていた。常悦は台七を匿って恩を売り、北朝を滅亡させるための毒薬の秘法を聞き出そうとしていたのだった。宮城野・信夫姉妹が去っていったのを見た台七は常悦に心服し、楠原普伝から受け継いだ鴆毒の秘術を教える。
こうして台七は悠々と常悦宅を後にするが、実は宮城野・信夫はまだ常悦の屋敷にいた。常悦は台七を油断させ、姉妹の敵討ちをさせる段取りを取っていたのである。
鎌倉・扇が谷。志賀台七がドヤ顔で歩いていると、大勢の人に取り囲まれ、仇討ち場へと連行されてしまう。宮城野・信夫は三郎兵衛らが見守る中、ついに台七を討ち取る。姉妹はともに髻を切り、尼となって父母の弔いをしたいと告げるが、三郎兵衛に気の早さを窘められるのだった(あいかわらず気が早いシスターズ)。

 

[九段目・十段目]

京都玉川の紺屋弥左衛門宅。岩手館を出た千束姫と伊達助は、ここでお竹、吉六と名乗って下働きをしている。吉六の正体は、新田義興(本作では新田義貞の弟という設定)だった。二人は南朝再興を目指し、かつて勘当された紺屋の息子・宇治常悦と手を結ぶため、この家に入り込んだのだった。現在の紺屋の主人弥左衛門は先代の使用人で、先代夫婦の遺言で娘・お染の今後を任され、店を預かっている。弥左衛門はお染が吉六に恋していることに気づき、一緒にさせようとしていたが、お竹はそれにヤキモキ。彼女と吉六の関係に気づかない天然娘のお染が夫にグイグイ迫るので、お竹はますますイライラを募らせ、しかも奉公人の八尾六がチャリ顔のくせに横恋慕してまとわりついてくるのがウザいことこの上ない(最悪)。そうしてドタバタしているうちにいよいよお染・吉六の祝言となってしまう。
紺屋の門前には、宇治常悦が虚無僧の姿に化けて佇んでいた。弥左衛門は喜んで彼を迎え入れ、帰ったら勘当を解くよう言付かっていたことを語って奥へ招き入れる。一方、お竹と吉六は元の千束姫、新田義興の姿に戻り、帰ってきた常悦の様子を窺う。常悦は伊達助を新田義興と見破り、楠木家に伝わる菊水の旗を示して二人は共闘を誓う。常悦はまた台七から奪った綸旨を二人に返してやる。喜んだ千束姫と義興は、村に迫る北朝方・高師泰の捕手を打ち破ろうと出て行こうとする。
ところがそこに弥左衛門が現れ、奉公人の請状があるからには、姫だろうが武将だろうが勝手はさせない、お染を食い逃げするのは許さないと騒ぎ出す。なだめても聞かない弥左衛門に二人が困惑しているところへ、鎌倉で活動していた鞠ケ瀬秋夜が北朝方に捕まったという知らせが入る。弥左衛門もこれには二人を許し、千束姫もお染のことは嫉妬しないと言って、義興とお染は夫婦の固めをする。ところがそれを伺っていた八尾六が突然躍り出て狼煙を上げる。実は八尾六は師泰のスパイだった。義興はすかさず八尾六を始末する。
現れた師泰軍と常悦は交戦し、それを打ち破って笠置山へと向かう。

 

[十一段目]

笠置山では南朝方と北朝方の激しい戦いが繰り広げられた。各地での南朝優勢に常悦と義興が喜ぶ中、寄浪御前と小太郎、千束姫らが現れ、南朝北朝の和睦が調ったことを知らせる。楠木家・新田家・石堂家の契りは固く、宮城野と信夫の孝行の道は立てられ、千束姫とお染は共に義興の妻妾となり、天下泰平に国は治るのだった。
(おしまい)

 

 

 

*1:天草。島原・天草の一揆を指す。