TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 大阪1月初春公演『妹背山婦女庭訓』道行恋苧環・鱶七上使・姫戻り・金殿の段 国立文楽劇場

今年の初春公演にはクズがいないのが珍しい。求馬は若干やばいが、12月東京は全演目「適当に生きすぎだろ」っていうやつらが跋扈していたので、みんなまともだなと思った。

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第三部、妹背山婦女庭訓、四段目。
今回は道行恋苧環からの上演。

超安定のクオリティ。無理は承知だけど、舞踊は毎回これくらいの水準で出して欲しい、と思った。(無理)

品質保証、「いつものみなさん」的な安定配役だけれど、橘姫の人形が紋臣さんというのが新味。しかしながらぎこちなさはなく、安定したパフォーマンス。世間知らずで大人しい性格の、おっとりしたお姫さんという印象だった。もうちょっと高嶺の花路線でいくのではないかと予想していたので、おぼこい!と思った。でもこれが紋臣さんに期待されているおぼこオーラだな。(文楽の客はみんな紋臣さんをおぼこだと思っているので)
回転する振り付けが綺麗になっておられたのがよかった。いままで、踊りはうまいけど、回転するところがどうにも大回りなのが惜しいなと思っていた。この手のクセは改善が難しいのではないかと思っていたが(まず自分で気付くかどうかと、気付いたところで身体に置き換えて直せるかどうか)、直る人は直るんだなと思った。

私の研究によると、勘十郎さんお三輪は橘姫役の人選によって道行での攻撃力が変化するが、今回はマイルドめだった。ただ、途中で左右から求馬に抱きつくところはマジ叩き、そして即座に橘姫の袖射程から退避。紋臣さん橘姫はフギャー😾💢と反撃せず、「エエエェこの子何!?」って感じの反応だった。

床のバランスは非常に良い。求馬が希さんだとは、床を見るまである意味気づかないのが良かった。

 

 

 

鱶七上使の段。

第一部の藤原時平と第三部の蘇我入鹿、キャラかぶりすぎやろと思った。入鹿のほうが若干頰がふっくらしたかしらを使っているような気がした。入鹿〈吉田文司〉は長い房飾り付きの扇の扱いが良い。

おお、玉志サンの鱶七が向上してる、と思った。
毎回大変恐縮ながら、そんなこと言われても知らんがなと思われると思いますが、2019年の東京公演より大幅に貫禄が増していた。平右衛門と同系統の、明朗で暖かく、野生児的なおおらかさがとても良い。時々、体がぐうーんと大きく伸び上がる。まるで絵本のよう。動物のように体や手足が大きく伸縮するのは、人形ならではの演技。鱶七ののびのびした動作を見ていたら、ストレッチをしたくなった。頼む玉志、玉男様と一緒に筋肉体操に出てくれ!と思った。
時折、犬猫のように頭をドリル状にブルブルブル!と振るのに独特の野性味がある。玉志サン、ときどきアニマルのような謎の独特の動きをするけど、人形は人間ではない感があって、好き。そして、玉志サンの図体デッカ系の人形は、後ろ姿とか帰り際に愛嬌があるのも、良い。寝床や巣に戻っていく動物のようで、とても良い。
細かいところだと、酒を毒味するのに盃を借りたいと言って、上体を低くしてズイッ!と宮腰玄蕃〈吉田文哉〉に鋭く迫るところがわずかに本性を匂わせ、カッコよかった。
あと今回は飲酒速度が初日からちゃんと文句一杯に間が取られていて、安心した。一気飲みは危険だから……(浄瑠璃の尺が余るので)。

床の藤太夫さんの鱶七は、粗野キャラでも若干上品めなので、ダルダルとむさ苦しい印象にはならず、辛口にキリリとした雰囲気になっていた。若干べらんめえ口調になっていたが、キャラが崩れない範囲で異様さを足しているように感じた。ただこれ以上いくと、安手になるな。というか、個人的に江戸弁がかなり苦手なので、あまりそっちに行って欲しくない。

後半で鱶七を見学に来る金殿の官女ズ4人組は、左から二番目のやつが良かった。あれが桜の局? 紅葉の局? 鱶七を銚子の注ぎ口でつついていたやつは、ワカメ酒を作ろうとしていたのかもしれないと思った。

それにしても、入鹿の両サイドに構える荒巻弥藤次〈吉田玉誉〉と宮腰玄蕃がマジで全然動かなかったのが良かった。動かなさでは露天風呂につかるカピバラと勝負できる。(本年のカピバラ長風呂対決優勝は、那須どうぶつ王国の「コブ」さん1歳の、1時間44分36秒とのことです。カピバラのほうが強いか?)*1

 

 

 

姫戻りの段、金殿の段。

今回の「金殿の官女」は三人遣いでなく、ツメ人形。三人遣いのほうが精緻な動きにはなるけど、ツメ人形のほうが心なさそうで良い。官女ズが完全ツメ人形なせいか、ブギウギ豆腐の御用〈桐竹勘壽〉がやたらデカく見えた。いや、本当にデカいんだけど。勘壽さんのご出演が一瞬しかないのは勿体無い。

 

お三輪は馬子唄を結構ちゃんと踊っている。この謎のバッチリ感、勘十郎さんらしくて良い。勘十郎さんは表現したいという欲望や衝動が本来の役の目的に勝ってしまい、微妙に歪みが出て、外してくる傾向があるように思う。それには当たり外れがあるが、それが最も良い方向に出ているのがお三輪だと思う。
階(きざはし)を登るところはさすが。ごくわずかな場面ではあるが、お三輪の冷えた汗が伝うような恐る恐るという心理と、金殿の荘厳さが十分に表現されている。こういった無言の場面のディティールが冴えた人でないとこの役できないわと思った。

 

この段、鱶七に言いたいことがある。3時間は語れる。
鱶七は、金殿になったら超スタイリッシュ化していた。

え!?!?!?!?

いわゆる「豪快」な役でも、「いわゆる豪快」にいかないのが玉志サンらしさだなと思った。なんというか……、モッサいヤツが、メガネを外したらイケメンになる系というか……。二代目飛び甚かよ(わかりづらすぎる例え)*2
鱶七は、おどけた粗野な田舎者→それが一回り大きくなって、剛猛な勇士になる=より一層豪快で荒い雰囲気になるという変身をするもんだと思い込んでいたが、さんさんとした素朴な快男児→クール系のキラキライケメンになるということか。
前者がごま油でじっくり揚げたえび天なら、こちらはクセのない油でさっと揚げたきす天。鱶七のときは生のザリガニ。
袖のさばきが非常に美しく、尾羽が長く美しい鶏や、ヒレの長い熱帯魚のように華麗だった。スムーズなひるがえしが難しい衣装と思われるが、クルリと円弧を描く動きも颯爽としており、このへんはさすがだと思った。

カッコいいけど、衣装の引き抜きがあり派手な役なので、もうひとまわり、派手さがあってもいいのにと思った。京極内匠(彦山権現誓助剣)とか松永大膳(祇園祭礼信仰記)の輪郭の大きさ、黒い光輝と比べると、金輪五郎がこうなるのはちょっと不思議な気もする。玉志サンには玉志サンのよいところをのびのびさせて欲しいので、この路線のままいくなら、より鋭さや怜悧さを増して欲しい。爽やかなギラギラ感を望む。

ただ、引き抜きは、もうちょっとなんとかならないのかなと思った。9月東京の『嫗山姥』のぶっ返りがモタモタしていたというのと、言いたいことは同じ。失敗しているわけではないが、速度がないと観客に華やいだ印象を与えられないと思う。また、あまりに早く準備をはじめてしまうと、引き抜く前に衣装が崩れた状態になってしまう。
それと、最初の出のときはもうちょっと綺麗にキッチリ着付けておいて欲しい。なんで突然着こなしがラフになるねん。玉志サンは普段かなり衣装の着付けに気を遣っていると思っているが(鱶七上使では脱ぎ着をかなり細やかに整えていた)、なぜここで突然最近のシティボーイ風になるのか、謎。

あとは腰の位置が頭・足から歪んでしまっていたのが、もう、本当に、かなり気になった。両足は目線の真下にちゃんと下りてるのに、そんなことある!? 腰の位置は一体どういう要素によって決定されているのだろう……。左遣いの人が手を添えているが、その手を離したときのほうがむしろ姿勢が綺麗になっているのがちょっと悲哀だった……。これについては、配信でも確認しようと思います……。(配信、前期配役だよね?)

 

↓ 2019年5月東京公演の感想

↓ あらすじ解説。舞台地図など、参考資料へのリンクもつけています。

 

  • 義太夫
    道行恋苧環=お三輪 竹本織太夫、橘姫 豊竹芳穂太夫、求馬 豊竹希太夫、竹本小住太夫、竹本文字栄太夫/鶴澤藤蔵、野澤勝平、鶴澤寛太郎、野澤錦吾、鶴澤燕二郎、鶴澤清方
    鱶七上使の段=豊竹藤太夫/鶴澤清志郎
    姫戻りの段=豊竹希太夫/鶴澤清𠀋
    金殿の段=竹本錣太夫/竹澤宗助
  • 人形
    橘姫=桐竹紋臣、求馬 実は藤原淡海=吉田勘彌、お三輪 桐竹勘十郎、宮腰玄蕃(左にいるやつ) 吉田文哉、荒巻弥藤次(右にいるやつ)=吉田玉誉/吉田簑太郎、蘇我入鹿=吉田文司、漁師鱶七 実は金輪五郎=吉田玉志/吉田玉助、豆腐の御用=桐竹勘壽

 

 


妹背山の四段目は何度か観ているためか、観るたびに自分の要求水準が上がっていく気がする。

今回も非常に安定していて面白い舞台だったけれど、何度もやっている演目なんだから、もっと何かが欲しいと思ってしまう。芝居を楽しむという観劇の一番の目的は十分満たされているし、古典なので本当はこれでいいのだけれど。演出変更や要素追加をして欲しいとは思わないが、なんだろう。「いつもと同じ演目」でも、11月に野崎村で「おみつの母」を出したように、上演により深みの出る企画があるといいんだけど、さすがに妹背山四段目は無理だな。

鑑賞の態度としても、ストーリーを楽しむというより、どんどんディティールに注目がいくようになってきた。特に妹背山四段目は、話自体が格別面白いわけではない。そのため、お三輪・鱶七といったキャラクターがどれだけ見応えある仕上がりになっているかにばかり、自分の気がいってきる気がした。

 

今回は、公演期間中に大阪府が緊急事態宣言対象に指定され、会期後期からは第三部のタイムテーブルが変更されたようだ。開演時間前倒し・休憩時間カットに加え、「鱶七上使の段」を10分程度短縮したようだが、どこを切ったのだろう。人形の待ちを詰める? 詞章を一部カット? 気になる。

 

SNS用プロモーションムービー(ロビーで上映していた初春挨拶の抜粋?)。お三輪の、おちゃっぴいを通り越した大阪のオバちゃん感(これぞ勘十郎)、カンペ見てるだろって感じに目が泳ぐ勘彌さんなど、見どころ満載、なのに謎の低画質のヤバ動画です。

 

 

 

文楽劇場の展示室では、国立劇場伝統芸能情報館と同じく、国立劇場の養成事業についての展示が行われていた。文楽劇場ならではの特別展示は、研修生出身技芸員の修了期別別紹介、そして教材ビデオの上映。

教材ビデオは初代吉田玉男師匠、簑助さん、先代野澤錦糸師匠、住太夫さんが研修生向けに基礎的な内容をレクチャーするというもの。講義・実習風景の収録等ではなく、純粋に教材として撮影されたものだった。インナー映像として、こういうものも残ってるんだな。

三味線と太夫は心得踏まえた講義形式だが、人形は超豪速球の実習、「足の踏み方」の説明だった。
立役(講師:初代吉田玉男)は、人形を主遣いに渡してからの立ち上がり方から、基礎的な歩き方、六方の踏み方の解説。立役の足は、「踏み出すときはひざを曲げながら出し、引くときはまっすぐにして引く」とのことだった。これを踏まえて舞台を観ると、「歩き方が綺麗」と感じる人形は確かにこの通りにやっている。というか、レクチャーでご本人がデモンストレーションしてるんだけど、あまりにうますぎて、異様に足取りが凛々しい人になっており、笑ってしまった。何が凛々しいって、人形の足が確実に地面と垂直になっていることだね。颯爽とした美男子、美丈夫の足を遣う方には是非お願いしたいポイントだなと思った。
六法を踏むときは通常の歩行よりも踏み出しのひざを高く上げるのがコツということはわかったが、そのあとがさらっと説明されるわりに難しく、ビデオ見ている客一同「????????」となってしまった。人形の足取りは重力に関係がなく、また人間とは大きく異なるため、直感的にわかりづらい。巻き戻してもう1回観たかった(しばらくそのまま観続けて次のリピート再生を観たけど、それでもわからなかった)。

女方(講師:吉田簑助)は、政岡の人形を使って、歩き方の基礎と中腰で座るときの解説。歩く時は必ず!鼻筋の先に!内股で!出す!のが基本とのことだった。簑助さんはとにかく鼻筋の先に出すことをめっっっちゃくちゃ念押ししていた。そんなに鼻筋の先に出ないものなのか。また、中腰のときは、片手で足元を固定し、もう片手をひざ裏へ差し込んで椅子状にしてやり、腰を支えて人形を座らせているようだった。
どちらも、「ホントはこうして欲しいんだな」ということがヒシヒシと伝わってきた。

初代玉男師匠と簑助さんはかなりハキハキ喋っていらっしゃったので説明を聞き取れたのだが(簑助さんの喋り方の勢いのよさに驚いた。魚屋的ハキハキ感)、三味線と太夫は収録音量の問題か、声があまり聞こえなくて残念だった。

そういえば、このビデオによって、前々から気になってた三味線の謎が解き明かされた。道行などで何人も並んでも、三味線を持つ角度が妙に揃っている、あれ。構え方として、肩衣の角度に合わせるとレクチャーされていた。なるほど、だからみんな統一されてるのね。スッキリした。

 

*1:そういえばこないだ、地元の商業施設に行ったら、エスカレーター横の休憩コーナーの椅子に、まさにこの二人のようなスタンバイ武士姿勢で座り、ピクリとも動かない荷物番らしきお父さんがいて、かなり良かった。

*2:朽葉狂介・原作、原恵一郎・作画の漫画『凌ぎの哲』に登場する麻雀打ち。グラサンリーゼントのダサいチンピラキャラだったが、蘇我入鹿のように前触れもなく突然父親(態度がデカい小者)を裏切って殺す。その際、髪を下ろしてグラサンを外し、超絶キラキライケメンに変身する。って、文章で書いても何言ってるか全然わかっていただけないと思いますが……。