TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 大阪1月初春公演『菅原伝授手習鑑』車曳・茶筅酒・喧嘩・訴訟・桜丸切腹の段 国立文楽劇場

不穏な中だが、初春公演に行ってきた。

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第一部、菅原伝授手習鑑。
今回は三段目を上演。来月の東京、四段目に続く、という趣向?


車曳の段。

車曳が出るのは、うし年だから???
うしはとても毛並みがよかった。新品かもしれない。
車曳はうしが途中で帰っちゃうのと、時平が徒歩で帰るのが本当に面白すぎて、愛せる。

今回は玉志サンが松王丸に配役されていた。正月の一演目目から華やかに出てくるオイシイ役なので嬉しかった。凛として、若々しい雰囲気。長い槍を持って両手をT字に広げるところが綺麗に決まっていた。今回の初春公演の玉志サン、第三部の鱶七含めてこの手のポーズがすべて綺麗に伸びきって決まっており、気持ちよかった。運動がしたくなった。そして、めちゃくちゃ律儀そうで、時平〈吉田玉輝〉がドヤるタイミングでキュッ!と礼をしているのがよかった(玉志特有のリアクション芸)。
ただ、車曳がどうなるのかは、事前はとても心配だった。というのも、いままでに文楽で2回車曳を観て、その松王丸が2回ともかしらがグラグラしており、かなり微妙なことになっていたから。おそらく髪型と衣装の重量バランスが悪いのだろう。しかし実際舞台を見たら、しっかり安定しており、とても安心した。普通なんだけど、このように普通に持っているのが実際には非常に難しいのだと思う。

時平の牛車をめぐって梅王丸・桜丸と松王丸がグイグイ押し合いへし合いやりあうところの息がキッチリ合っており、ステージ全体での様式美の構図が働いていた。みんなうまいこと牛車に手をかけているので、何をやっているのか明瞭だった。

あとはやっぱり、津國さんの時平の昭和の特撮悪役感が最高だな。平安時代とは思えん。 

 

 

 

茶筅酒の段。

太夫は玉男さん。若! 元気! ジジイなのは確かだが、元気が有り余っておられるというか、動きが素早くシャキッとしており、お達者オーラがすごい。庭を歩むスピードが速い。また、肩幅がやや狭く、シュッとした印象があった。身長が高そう。
そして、嫁ズが来てからはもうルンルンで、とても嬉しそうだった。ある意味玉男さんの素なのではと思った。

嫁ズは、春=清五郎さん、千代=簑二郎さん、八重=清十郎さん。人形遣いさんそれぞれの個性と人形の性格がマッチしていて、かなり良かった。いままでに観た佐太村でもベストかもしれない。
清五郎さんの春は、美人生徒会長風だった。清五郎さんの美人生徒会長オーラはほんますごい。ほかの人と人形の見栄えタイプがかなり違うよね。おそらく背筋がピンと伸びて長身にシュッと見えること、ちょっとうつむいているのがスズランのようで、クール系美人に見えることが理由かと思うが……、後輩女子が「キャ❤️」となりそうな、資生堂的な美人だった。
簑二郎さんの千代はそれより少し体をちぢこまらせて、顔をちょっと突き出しているのがアダっぽく、いい感じに所帯染みて、おかみさん風。老舗のちょっといいお店の女将って感じ。クッキングもさすが簑二郎なこなれ感が出ていた。
清十郎さんの八重は、おとなしげで可憐な雰囲気。清十郎さんにしてはかなりロリっぽかった。そして、なんというか、リアルな若い女の子感があった。生きてるだけでエライ的な。いかにも、白太夫や姉嫁たちに可愛がられていそう。

ちなみに、クッキングに使われる大根は、本格的な冬になって大根がウルトラデカくなりすぎているせいか、ごん太のままではなく、削られてシュッ……と細くなっていた。
しかし、八重さんあれだけ料理道具の扱いが下手となると、普段はどうしているんだろう。桜丸が作ってるのかな。

 

 

 

喧嘩の段、訴訟の段。

玉佳さん梅王丸と玉志さん松王丸は、律儀ブラザーズだった。二人とも真面目そうである。同じような髪型・衣装の人形ながら、持ち方や着付によって梅王丸、松王丸にそれぞれおふたりの特徴が出ていた。梅王丸は胸の盛り上がりが美しく、大胸筋が発達している。松王丸は肩から二の腕にかけてのラインがたくましく、三角筋が発達しているようだった。同条件で肉体の印象の違いが出るのは面白い。
「喧嘩の段」で梅王丸と松王丸が俵を持って揉み合うところ、玉佳さんがなんだか嬉しそうなのがよかった。なんでやねん。玉佳さん、いままでは人形の気持ちが顔に出てるのかと思ってたけど、ご自分の気持ちが顔に出ているということかしらん……。と思った。すもうも楽しそうだった。一方、玉志さんはめちゃくちゃ真面目だった。人形の姿勢に異様に凝り始めていた。
俵キャッチボールは初日から結構離れてやっていた。もちろん成功。人形さん同士の関係で距離が決まるのかもしれない。
なお、桜の木が折れるくだりでは、松王丸の人形を大きくそらせて木に当てており、また、折れたのをちょっと気にしていて、律儀、と思った。

太夫は松王丸を追い出すとき、家の腰壁みたいなところをほうきでバシバシ叩くが、それが威嚇や怒りの表現というより、動物を「はい、はい、はい。みんな、もうケージに帰りましょうねぇ」と誘導するようで(?)、なんだかマイルドだった。
ほかにも、帰宅時に桜の木が折れているのに気づいたとき、嫁ズから誕プレをもらったときも、リアクションは抑えめだった。3本の扇子で籤を引くときの落胆ぶりは、「わかってはいたけど……」という雰囲気。事情はすべて知った上で、もはや定まっている運命、その不幸に近づいていくのを悲しんでいるような雰囲気だった。

 

 

 

桜丸切腹の段。

まるで音がしないような、すばらしい舞台だった。
「音がしない」とはこれいかに? と思われるかもしれないが、時々、義太夫が音楽としてではなく、舞台上にいる人形たちの心の声や、歴史の大いなる意思のささやきに聞こえて、現実世界での音声とは思えなくなることって、ありませんか? すばらしい小説を読んでいるとき、目で文字を追っているではなく、情景が視えてくるように思えるのと同じように。
これまで実は佐太村をさほど面白いと思ったことはなかったのだけど、今回は本当に良かった。突出して誰か特定の出演者のパフォーマンスが良いというのではなく、良い意味で個性が消えて物語に溶け込んでいるのが良かった。

桜丸〈吉田簑助〉は、いままでよりも華奢で柔らかな印象に思えた。肩が落ちているのかな? ほっそりとして、ローティーンの女の子のような印象だった。やはり、出からすでに現世の人ではないような佇まいがあり、消え入りそうな透明感があるのが印象的。
というか、簑助さんが桜丸で出演されてことがまじ驚きだったよ……。この時勢にご高齢の方が外に出るのは心配だけど、ありがたい限り。

桜丸が切腹する場面の流れが、通常と少し違うようだった。通常は、いざというところで八重が桜丸に取り縋る→桜丸が八重をひざで押さえ込み、八重間近でうずくまる→桜丸切腹→八重そのまま嘆き続けるという流れになることが多いと思う。今回は、八重は桜丸から体を背け、両肘を高く上げた状態から両手で耳をふさぐような仕草をして桜丸から離れていき(耳のうしろに手を回す演技)、癪を起こしたように脇腹を押さえ、そののち桜丸が切腹するタイミングで桜丸に向き直って嘆き伏すという流れだった。八重役の人の違いによるものか。
八重は背骨で泣いているような嘆きぶりで、哀れだった。

太夫はここまでくると普通のおじいちゃんぽくて、しかし、最後に悲しみを振り切って旅立つ姿が、どこか颯爽としていた。やはり彼もまた大いなる物語の登場人物なのだと思った。

 

  • 義太夫
    車曳の段=松王丸 豊竹藤太夫、梅王丸 豊竹睦太夫、桜丸 豊竹芳穂太夫、杉王丸 竹本碩太夫、時平 竹本津國太夫/鶴澤清友
    茶筅酒の段=竹本三輪太夫/竹澤團七
    喧嘩の段=(前期)竹本小住太夫/鶴澤寛太郎、(後期)豊竹亘太夫/鶴澤友之助
    訴訟の段=豊竹靖太夫/野澤錦糸
    桜丸切腹の段=竹本千歳太夫/豊澤富助
  • 人形
    梅王丸=吉田玉佳、桜丸=車曳 吉田簑紫郎/佐太村 吉田簑助、杉王丸=吉田玉翔、松王丸=吉田玉志、左大臣時平=吉田玉輝、親白太夫=吉田玉男、百姓十作=吉田簑一郎、女房八重=豊松清十郎、女房千代=吉田簑二郎、女房春=吉田清五郎

 

 


いままでに観た佐太村の中で一番良かった。見取り上演ながら、舞台上のすべてが、巨大な物語へと収斂していくように感じられた。

初日・二日目を観に行ったが、さすがに正月頭だからか、12月東京公演のように当日キャンセルと思われる空席が目立つこともなく、見た感じ満席。例年通り補助席が出されていたが、使用されていなかった。

また、例年初日劇場玄関前で行なっている鏡割りはなく、1Fロビーで同じ内容をインナーで行なった動画が流されていた。技芸員からは勘十郎さん(お三輪)と勘彌さん(求馬)が出ていた。というか、鏡割りには「お三輪」と「求馬」が参加しているというテイになっており、文楽劇場独特のコクを発揮しておられた。

 

 

 

正月名物その1、門松。

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正月名物その2、にらみ鯛。

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正月名物その3、手ぬぐい。

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今回は若手出演者が舞台から投げる方式ではなく、座席番号による抽選式。開場時点ですでに当選番号が掲示されており(1回あたり20人)、引換所で当選チケットを提示するともらえる。
自分は例年手ぬぐいまきの空気がいたたまれなさすぎて退出することも多かったので、一度ももらったことはなかったが、今回は無作為抽選によって、当選&ゲット。そもそもの入場者が少ない第三部はかなり高確率で当たったのではと思う。
まだ開封していないので、図柄はわかりません。(え?)