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文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 『艶容女舞衣』全段のあらすじと整理

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『艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)』は、文楽の中でも、もっとも有名な演目のひとつである。

 

……………………ということになっているが、そんなこと言われても全体ではいったいどういう話なのか知らんがな、と思っていた。

お園さんはなぜあんな不条理な状況におかれてもなお帰ってこない夫をあんなにも慕っているのか、三勝とは何者なのか、半七はどうしてお園をあそこまで無視しているのか、プログラムや上演資料集等にも詳細な解説は載っていない。

探してみると、日本古典文学大系文楽浄瑠璃集』に「酒屋の段」の掲載があり、その解説として全段の概要が載っていた。すると、「酒屋の段」は上・中・下の巻のうち下の巻の切で(つまりそこで物語は終わる)、それまでに色々な展開があってあの結末に至っているということがわかった。

意外だったのは、お園さんはそれまでの段にも登場し、半七に帰ってくるよう積極的に働きかかけていたことだ。文楽に出てくる娘さんは大抵鬼のようなアグレッシブさをもっているのに、お園さんはずいぶん受け身だなあと思っていたが、単に家の中でヨヨと嘆いている女ではなかったのである。

しかし、『文楽浄瑠璃集』の解説は「酒屋」に関係ないくだりをカットしていて断片的だったため、唯一出ている全段翻刻岩波文庫版の『艶容女舞衣』で、物語の全貌を確認してみることにした。ただ、本作はストーリー自体を詳説した資料があまりなく、以下のあらすじ解説は私がざっくり起こしたものそのままです。間違いがあったらごめんね。しかしここまで有名な演目でも、手軽な解説書がないというのは、やはり文楽というのはマイナーなんだなと思いました……。

 

 

 

┃ 概要

▶︎初演・作者

安永元年(1772)12月、豊竹座初演。作者は竹本三郎兵衛*1、豊竹応津*2、八民平七*3

▶︎段構成・上演史

  • 上の巻 生玉の段、嶋の内茶屋の段
  • 中の巻 新町橋の段、長町の段
  • 下の巻 今宮戎の段、上塩町の段(酒屋の段)

全段上演は初演のみとみられ、その後60年程度は中の巻以降の見取り、それ以降から現在では「上塩町の段」の単独上演が多い。ただし、戦前までは「長町の段」もまれに上演されている*4

▶︎実説

三勝・半七の実説は、元禄8年(1694)12月に舞芸人・笠屋三勝と大和五條新町の豆腐屋・茜屋半七が千日の墓所そばの畑で心中したという事件。半七は大坂へ商用で通ううちに三勝と懇意になり、お通という子までもうけた。半七の親族がこの放蕩をブロックしようと半七に妻を迎えさせたが、三勝と心中したという。

▶︎先行作

この事件に題材をとった先行作には以下のものがある。

  • 『浮名茜染/五十年忌 女舞剣紅楓(おんなまいつるぎのもみじ)延享3年(1746)10月陸竹小和泉座初演、春艸堂*5・作
    一巻目 誓願寺十夜参りの段/二巻目 先斗町貸座敷の段/三巻目 嶋の内夏屋の段/四巻目 堀江宇治屋市蔵住居の段/五巻目 長町美濃屋内の段/六巻目 二つ井戸茜屋半兵衛貸座敷の段/七巻目 阿倍野の段/八巻目 道行寝みだれ髪
    参考:http://e-library2.gprime.jp/lib_pref_osaka/da/detail?tilcod=0000000041-00124373
  • 『浪花の地染/洛陽の潤色 増補女舞剣紅楓』明和元年(1764)8月扇谷筑前掾座(京都)初演
    同上、一部増補あり

『笠屋三勝廿五年忌』は三勝半七の心中に至る過程をメインとした世話物で、市井の出来事を写実的に描いた話。『女舞剣紅楓』はそこにお家騒動を加味した時代物風のストーリーになり(ただしお家騒動は商家の家督相続)、『艶容女舞衣』では再び三勝半七のドラマに話が絞られているが、周辺エピソードに武家的な義理人情世界を盛り込んだ趣向になっているのが特色。これは時代が下るにつれて世話物が時代物の影響を受けるようになったことによるもの。

登場人物設定では、半七とお園(半七の妻) の関係設定は『笠屋三勝廿五年忌』では普通の夫婦(半七も妻に親しんでおり、逢瀬を楽しむ場面もある)という設定になっている。ただし『笠屋三勝廿五年忌』だと半七と三勝の関係は半七が妻を持って以降に結ばれたものと読めるので、『艶容女舞衣』とは根本設定が異なっている。『笠屋三勝廿五年忌』では妻(ここではおすがという名前)はお園よりもだいぶ所帯じみたというか、商家の女房として肝が座った賢女に設定されており、また、「酒屋」にあたる内容もなく、立場としては脇役の扱いになっている。

『艶容女舞衣』のお園のクドキには「去年の秋の患い」という話が出てくるが、『艶容女舞衣』自体にはお園が病に伏せた話は描かれていない。これは『女舞剣紅楓』六巻目「二つ井戸茜屋半兵衛貸座敷の段」にある嫁お園の大病のエピソードから引いているものと考えられている。これをはじめ、「酒屋」のエピソードはこの段を原型にしているところが大きいようだ。お園とお通が顔見知りであるという設定も『女舞剣紅楓』からきているもので、『女舞剣紅楓』には『艶容女舞衣』以上にお園とお通が直接会っていたことを明確に示すエピソードが描かれている。そこでは、半七からなぜお通のことを知っているのかと問われたお園が、芝居帰りに長町を歩いていたとき、美濃屋というのれんがかかった家の前で子どもが一人で遊んでいるのを見かけ、そこが三勝の家つまり子どもはお通であると気づいたが、半七によく似た面差しに嫉妬も忘れ、寺社参りにかこつけてしばしば長町を訪れ、お通に人形などを与えて遊んでやるようになり、ついにはお通がお園の顔を覚えて「おばさまが通らしゃる」と言うようになったと語っている。

……というふうに、『艶容女舞衣』を理解するには『女舞剣紅楓』を読むことが不可欠なのだが、残念ながら『女舞剣紅楓』は翻刻が出ていない。丸本は大阪府立図書館が蔵書をオンライン公開しているのでアクセスはひじょうに簡単であるものの、私はあのにょろ文字が読めない。今後のこともあるし、読めるように勉強しようかな。

 

 


┃ 登場人物

*登場人物の年齢は「酒屋」の時点。「酒屋」の直前の「今宮戎」は正月(1/10)の話。つまりそれ以前は前年の話になり、物語開始時点では年齢は1歳マイナスになる。お園が年齢を言って占いをしてもらう「新町橋の段」では前年の年齢が示される。

茜屋半七
酒屋・茜屋の息子。26歳。親が決めたお園という妻がいるが、家に帰らず、お園が嫁に来る以前から関係のあった愛人・三勝のもとに通う。彼女との間にお通という3歳の娘がいる。お園に興味はないが、一応、取りなしだけはする。(するな)

半兵衛
茜屋の主人、半七の父。昔堅気で気が強い。不品行な息子を勘当するも、本当は心配している。もともとは大和五条で店を営んでいたが、半年ほど前に大坂へ転居し、小さな店をかまえた。
注:物語開始時点で大坂へ転居済み、半七を勘当済み。

半兵衛女房
半七の母。一本気な夫と半七の仲を取りなしつつ、半七をいつも心配している。

三勝
美貌の舞芸人。半七の愛人で、彼との間にお通という3歳の娘がいる。長町の貧乏長屋で兄・平左衛門と娘・お通とともに暮らしている。多忙のため家にいないことが多く、出先までお通を平左衛門に連れてきてもらって乳を与えたりしている。

美濃屋平左衛門
三勝の兄。長町で傘貼りの内職をしながらお通の面倒をみている。父の代からの借金をせっせと返しているが、中村屋からの借金がいまだ清算できない。

お通
半七と三勝のあいだに生まれた女の子。3歳で乳が飲みたい盛り。人なつこく、元気だが、半七いわく、体が弱いらしい。

お園
半七の妻、20歳。結婚して3年になるも、半七が家に寄り付かないので女房と言ってもうわべだけ。だが、半七に心底惚れている。父宗岸が半七の不品行に怒り舅半兵衛と喧嘩したため、天満の実家へ帰ったが、夫のための金毘羅参りを欠かさない。
注:物語開始時点(酒屋の前年の冬)ですでに実家に帰っている。つまり、酒屋の段から計算すると、実家に戻されて1年ほどの設定になる。

宗岸
お園の父。天満に長く住んでおり、現在は隠居の身。妻は故人。嫁入り先で娘がないがしろにされたことに怒り、半兵衛と喧嘩してお園を無理やり家に連れ帰った。

宮城十内
大和五条桜井家の家臣。若殿たっての願いで三勝を身請けしようと大坂へやって来る。

今市屋善右衛門
半七の知人で、裕福。三勝に横恋慕しており、邪魔な半七を蹴落としたいと思っている。

庄九郎
中村屋の番頭。善右衛門に入れ知恵して半兵衛を陥れようとする。

 

 


┃ 上の巻 生玉の段

  • 生玉神社境内の芝居小屋に出る三勝、その迎えをする半七
  • 芝居小屋の前を通りがかった半兵衛夫婦の思い

生玉神社の境内は軽口・万歳・女太夫などの興行の集まる大坂屈指の盛り場で、大変な人出である。足引清六なる芸人のぎょうぎょうしい口上には、数多の客たちがたかっていた。夕暮れ前、打ち出し太鼓とともにドヤドヤと客が出てくる女舞の小屋の前には、どこかの国の大身かと思われる高貴なかご乗り物がつけられている。そんな中、客たちはしきりに女舞芸人・三勝の評判をしていた。

月が差し始めるころ、楽屋口からその三勝が荷物を抱えて出てくる。そわそわしている三勝に、見送りの者(?)は、いつも迎えに来るはずの愛人・茜屋半七の姿が見えないから気が急いているのだろうと囃し立てる。しかし三勝は、きょうは兄・平左衛門が彼女の娘・お通を連れてこなかったので、お乳が飲めずお通はさぞお腹を空かせているだろうと心配していたのだった。見送りの者は、それもそうだが今日の舞台は客の中に国大名がいて気が張ったと言う。実は三勝もその様子を気にしていた。そうこうしているところへ舞台仲間(?)が連れ立ってやってきたので、三勝は彼らとともに帰ることに。そこへ影絵の清六がやってきて、大名が来たことのグチを色々しゃべくりまくりつつ、一同は生玉を後にした。

それと入れ違いに、半七が芝居小屋へ姿を見せる。三勝の姿が見えないのを不思議に思って思案していると、むこうから父・半兵衛と母が歩いてくる姿を見つける。寺参りの帰りであろう父母に見つけられてはと、半七は芝居小屋の影へそっと身を隠す。半兵衛とその妻が心配しているのは、不品行な息子・半七のことだった。自分たちの菩提のための念仏は10回でも、半七のための念仏は100回。たとえ自分たちが明日死んでも、半七には一生安寧でいてもらいたいというのが彼らの願いだった。三勝の芝居がかかっているのを見た母は、三勝に会ったことはないが、半七にせめて5日に1度は家へ帰るよう言って欲しいと芝居小屋へ手を合わせる。半兵衛は舞台が物を言うものか、月の明るいうちに帰ろうと妻を諭す。気丈に見せても老いで足腰は弱り、半七のことがあって尚更足元がよろける父母。半七はその二人の後をそっと見送るのだった。

 

 

 

┃ 上の巻 嶋の内茶屋の段

  • 善右衛門と庄九郎の悪巧み
  • 三勝の兄・平左衛門とお通の来訪
  • 三勝を呼ぶ謎の侍客・宮城十内の情

六軒町の茶屋・大七で、今市屋善右衛門と中村屋番頭・庄九郎が遊んでいる。三勝に横恋慕している善右衛門は、大和から来た客が三勝をここへ呼び出していると聞いて自分も乗り込んで来たのだった。二人は芝居の真似ごとをしたり、尼出の女*6などキャラが濃すぎる女郎たちとじゃらついたりしていたが、冬の月を愛でて歌でも作ろうと奥座敷の前栽へ出した床几へ向かう。

一方、舞のあいまに座敷を抜けた三勝は、張る乳をおさえ、娘・お通がさぞお腹をすかせているだろうと衣装のまま勝手口に出てくる。そこには、お通を抱いた三勝の兄・平左衛門が彼女を訪ねて来ていた。三勝は泣くお通を抱いてやり、乳をやる。それを見守る平左衛門は、お通が駄々をこねはじめるとおじいさんとおばあさんが川で瓜を拾う昔話をして気を紛らわせ、寝れば母のもとへ連れて行くが起きれば狼が来ると言って寝かそうとしてているが、それが通じなくなると今度はこっちの乳を引っ張ったり伸ばしたりしてくるので、無理やり目を塞いで寝かしつけているのだと言う。母三勝は舞台や接客が忙しく、親子水入らずの時間がなくてお通はみなしご同然と言う平左衛門。彼が三勝の行く先々へお通を連れて回り、腰を低くして彼女を呼び出してもらうのもお通かわいさによるもので、また、貧乏な不肖の兄のせいでこのような勤めをさせているにも関わらず文句を言わない妹のいじらしさも心にこたえる。抱いて寝るお通の寝顔に平左衛門が涙しない夜はなかった。三勝も涙をこぼし、乳飲み盛りに不憫をさせているとお通を抱いて泣く。兄は、芸人が泣いていては座敷の不興と三勝を励ます。金は天下の回りもの、この大坂で頑張れば金持ちになれて、そのときはお通を籠乗り物に乗せ、半七の左右にお園と三勝を座らせて花嫁とし、自分が島台を捧げ持っていけるだろうと語る平左衛門は、三勝に涙を拭かせて次の座敷という大和から来た侍客のところへ行くように言う。こうして平左衛門は、かか様と寝たいと駄駄を捏ねるお通に、辻町のからくりの福助を見せてやると言って抱き上げ、子守唄を歌いつつ大七から去っていった。

見送る三勝は兄をありがたく思いつつ、今夜はここでと約束をしたのに姿を見せない半七を気にかける。そうしていると、中庭伝いに半七がひょっこり姿を見せる。三勝がもう少し早ければ兄に連れられお通が来ていたのにと言うと、半七はしばらく見ていないお通はさぞ大きくなっているだろうと縁の薄さを嘆く。しかし半七はなにやら様子がおかしく、三勝にさぞ御繁盛の様子だとか、どういう了見でここに来いと言ったのかと嫌味を言い、厚化粧の舞芸人、生畜生と罵って彼女を打ち据える。三勝は二人の仲は人も知っていることなのに、なぜ今更そのようなことを言うのかと嘆く。自らは半七の妻・お園に対して嫉妬をしたことはあるが、子どもまでいる我が身を恥じてそれを口にしていないというのにそれを考えず、手紙のやりとりのちょっとした間違いで勝手な思い込みをして嫉妬心を起こすとは自分勝手だと泣く三勝(このあたり、文意がとりづらくて、違っているかも)。半七は女は信用できないとして三勝への疑いは晴れないとするが、今夜は叔母の逮夜であるからその疑いも晴らしてやろうと言って三勝を抱きしめる。

そこへ善右衛門の声が聞こえてきたので、三勝はあわてて半七を庭の囲いに隠す。善右衛門は三勝を見つけると、千通も思いの丈を綴った手紙を送っているのに一度も返事がないのはつれない、半七という夫に心中立てしているのは知っているが、金の心配はお通の代まで心配させないので、返事をここで聞きたいと三勝に抱きつく。それを突き除けようとする三勝の袂を捉え、善右衛門がいっそここでと三勝に股間を押し付けていると、座敷から三勝を呼ぶ声が聞こえるので、彼女はそれを振り切って走り去って行った。

腹を立てた善右衛門がなおも三勝を追おうとすると、庄九郎がそれを止めてなだめる。庄九郎は腹立ちももっともだが、ここでことを荒だててはこちらの落ち度となる、自分にまかせろとして、善右衛門を別の間へ連れていく。

奥の間では、大和五条の武士・宮城十内が三勝はじめ数多の芸子を揚げて遊んでいた。舞が終わると、満足した十内は座敷を変え中二階で遊びなおそうと言って、太鼓持ち弥六や三勝らを連れて段梯子を上がっていった。

丑三つ前、善右衛門と庄九郎が再び姿を見せる。半七に心中立てして譲らない三勝をなんとかして欲しいと善右衛門が庄九郎に頼むと、引き受けた庄九郎はこのような作戦を立てる。善右衛門は座敷に忍び込んで三勝を捕まえ、猿轡をかませて外へ突き出す。それを庄九郎が受け取って、大七から連れ去る。これを夜闇にまぎれて無言で運ぼうという寸法。こうして二人は大七の内と外へ別れていった。

庭に隠れていた半七はこの悪巧みの話をこっそり聞いていた。半七はさきほど善右衛門たちが座敷へ呼んでいた尼出の女に舞衣装を着せ、そなたを落籍したいという客がいるので、人に見つからないよう舞芸人の格好をして切戸口へ無言で出て行くようにと言いつける。半七は女の口を猿轡で塞ぐと、明かりを吹き消して切戸の外へ彼女を突き出し、戸をぴっしゃりと閉めてしまう。外で待っていた庄九郎はその女を三勝だと思い込んで背中に背負い、「なんか重いな〜?妊娠してるのかな?」と思いつつ、大変そうに女をかかえて夜の町へ消えていった。

一方、当の三勝がさぞ夫が待ちわびているだろうと座敷の隙をみて外へ出ると、その半七が庭に立っているではないか。半七はことの次第を話し、三勝としばしの逢瀬を楽しもうとするが、善右衛門に見つかってしまい、「不義者動くな」と大声を立てられてしまう。善右衛門がかけ出ようとしたところ、障子がさっと開き、三勝の客の侍・宮城十内がそれを捕まえてねじ上げる。三勝と半七は驚き足がすくむが、十内は「“太鼓持ち弥六”、三勝の見送りを言いつけたはず、構わず行け」と、逃げるように促す。二人は十内に手を合わせ、大七をあとにするのだった。

 

 

 

┃ 中の巻 新町橋の段

  • 易者に化けた半七とお園の再会
  • 中村屋への平左衛門の借金

新町橋は多くの人通りで賑わっている。それを目当てに店を張る易者のもとには、70にもなって妻が18人もいて体がもたんという老人や、自分は21で妻は43で仲良くしているが時々起こる夫婦喧嘩をなくしたいという男が占いをしてもらいにやって来る。易者は適当なクソバイスをしてこなしていたが、デタラメがすぎてついに客がぶちきれ、クソ占いの被害者一同に追いかけられ、どこかへ逃げていった。

そうしているところへ、親の勘当と三勝との関係に悩む半七が歩いてくる。三勝は今日も宮城十内の座敷に呼ばれているらしいが、そこから呼び出すこともできず、かといってここで待っているわけにもいかず、堀江に行くかと半七が考えていると、むこうから妻のお園が歩いてくるのが見える。見つけられてはまずいとばかり、半七は逃げていった易者の店に隠れることに。

半七の妻・お園は、父と舅の諍いがもとで実家に戻っていた。彼女は日課になっている金比羅参りの道すがら、悩み事を占ってもらおうと、このあたりにいるという見通しの法印を探して新町橋へやって来たのだった。目当ての法印が見つからないお園はそれならここがよさそうだと、半七がもぐりこんだ易者の店に声をかける。半七はままよと易者になりすまし、お園の悩みを聞くことに。

お園は、嫁入りしても夫とは体の関係がなく、しかもいまは実家へ帰っており、その理由は夫にはほかに深い仲の女性がいるからで、自分もその女と同じようにかわいがられたいと打ち明ける。しかしその言葉のうちには何やら含むものがあった。易者に化けた半七は自分がその当人であると悟られないよう、なにげなくお園に歳を尋ねる。しかし、お園の歳を19と聞いた半七は、思わず夫の歳は25だろうと言ってしまう。なぜわかるのかというお園に、半七はさっきの客のことを言ってしまったと誤魔化し、彼女と夫の仲はひとつ家にいれば大悪縁で、離れて暮らしておいてどこかの折に訪ねて床を待つのを楽しみにすればよい、子どもを産むばかりが女房の役目ではないと占いの結果のふりをして言い聞かせる。するとお園は、半七様あんまりでないかとわっと泣き出す。お園は易者の正体が夫であると見抜いていたのだった。

お園はなおもしらばくれる半七に、嫁入りして3年も経つのに他人同士のまま、姿を隠し続けている半七に文句も言わない私に、よくもそんなむごたらしいことが言えると恨み泣く。お園は、ないがしろにされても夫は夫として、彼の勘当が赦されるよう金比羅へ日参し、愛人・三勝や娘・お通の無事まで祈っていた。お通はお園を見ると「おば、おば」と甘えてくるので、半七にそっくりなこともあって可愛くなってしまい、嫉妬も起こらなくなったという。つれない夫を愛しいと思って暮らす私を慮り、せめて一言愛しいと言って欲しいと嘆くお園。半七はようやく顔を上げ、何も言わない、こらえて欲しいと話す。半七は、舅宗岸の怒りを解いてお園を茜屋に戻し、また、半兵衛の勘当を解く頼りになるのはお園だけだと言う。都合のよいときだけ優しくしていると思わないで欲しいという半七に、お園は私に何も詫びることはないと言い、父が越後町に来ているので会って欲しいと頼む。しかし、父からの勘当が解かれぬうちは舅には会えないとして、半七は宗岸をお園に頼み、自分は長町へ向かうのだった。

さて、三勝の兄・平左衛門は、中村屋の番頭・庄九郎、今市善右衛門に揉み手でなにやら頼みごとをしていた。それは中村屋から借りていた借金の返済期限の日延べだったが、庄九郎は親方の面子がどうこうと言って受け入れない。善右衛門は日延べばかりしていても利子がかさばるので、自分が借金を肩代わりしてやろうと言う。が、その代わり、三勝をこっちの「質」に入れろというのが条件。平左衛門は妹を犠牲にして借金を帳消しにしようとは思わないと怒る。すると今度は庄九郎がそれなら即座に金を返せと迫り、返せないなら服を脱げと平左衛門に摑みかかる。平左衛門は破れかぶれになって二人と取っ組み合いになり、庄九郎を川へと投げ入れる。続けて善右衛門を追わんとする平左衛門だったが、善右衛門がそこへ来合わせた三勝に抱きつこうとするので、平左衛門は取って返して善右衛門に組みつく。三勝は兄の危機に声をあげるが、そこへちょうど半七が来掛かる。するとその向こうからお園の父・宗岸もやって来る。婿と舅は偶然の出会いに思わず顔を見合わせる。平左衛門も用水の桶を担ぎ投げながら、そのさまを見るのだった。

 

 

 

┃ 中の巻 長町の段

  • 大和五条の若殿への三勝の身請け話
  • 美濃屋へのお園の来訪、三勝の離別の決意
  • 平左衛門の借金の理由
  • 宮城十内の温情と戒め

長町の貧乏長屋では、三勝の兄・美濃屋平左衛門が傘貼りの内職をして家計の助けをしていた。そこへ念仏仲間の雲西がやってきて、平左衛門に鉄砲汁を食ったのなんだのというどうでもいい話をしはじめる。平左衛門が何の用で来たのかと尋ねると、雲西は用事を思い出し、明日中村屋で供養があるので来るようにと言って去って行った。雲西のテキトーさに呆れる平左衛門だったが、中村屋と言えばあの借金、返済の目処も立たないことに思い悩む。

その美濃屋の軒先に、奴を連れた宮城十内がやってくる。奴のかけた声で外へ出た平左衛門は、訪ねてきた男がいつか嶋の内の茶屋で見た武士であることに気づく。十内は奴を帰すと、詳しいことは中でと美濃屋の内へ入る。大身の侍が自分に何の用かと尋ねる平左衛門に、十内は和州桜井家の家中の者であることを明かし、三勝を身請けしたいと切り出す。

桜井の若殿はこの秋に来坂したおり、女舞を見物して三勝に一目惚れしたが、周囲を憚って一旦帰国し、密かに十内へ三勝を迎えるよう頼んだのだった。そのため十内は大坂へやってきて三勝を呼び出したが、その行儀器量は十内の目にも叶い、こうして兄平左衛門のもとへ来たのだと言う。三勝を国元へ迎えられるなら、平左衛門の望みも叶うよう取り計らうという十内。

彼の立派な態度に平左衛門は手をつかえ、妹とは言っても自分が勝手に決めることはできないので、帰ったら十内のことは伏せて話をとりなすとして、十内には一旦隣家の離座敷で待ってもらうことに。

そのころ、お通を抱いた半七と三勝は、宮参りの帰り道で久しぶりの親子水入らず。お通は半七の懐でスヤスヤ。夫婦はお互いに気をかけ合いながら、美濃屋ののれんをくぐる。しかし平左衛門はどこへ行ったのか不在。三勝が布団を敷き、お通を寝かせて添乳してやっていると、半七も一緒になって寝て、お通は三勝が産んだだけあって可愛い顔をしていると言う。すると三勝は女の子は父親に似た方が果報があると言う。半七に似たお通が長生きするように参ったきょうの髪置*7に、偶然道で半七に会ったのも何かの縁だと語る三勝。半七もまたお通は二人の仲の結びの神だと言うと、三勝はその夫婦仲が変わりないようにと半七の膝に寄りかかって涙する。半七が嬶になった身でと冗談めかして突き放すと、三勝は、子どもを産んだとて半七にはお園という正式な妻があり、会ったことはないがそれは可愛い人だと聞いていると言う。すると半七がお園は妻といっても親同士の約束で、実質は妻でもなんでもなく、無愛想にあしらって済ませていると答えるので、三勝は少し落ち着く。しかし今度は半七が平左衛門の借りたという中村屋の借金が気になると口にする。半七はその金の算段を頼んであるところもあるとして出かけていった。

それと入れ替わりに、美濃屋の門口へ愛らしい女が訪ねてくる。三勝様という方はこのあたりにいないかと言うその女は、半七の妻・お園だった。三勝はどうしたことかと思いながらも彼女を家に上げる。お園は、今日訪ねてきたのは恨み辛みを言うためではないと言う。三勝も知っての通り、半七の一家は逼塞同然で大和五条から大坂上塩町へ越してきて半年、お園もそれと同時に大坂へ来たが、半七はそのまま三勝のもとへ赴いた。半七を大切にしてくれることの礼もかねて、折り入って頼みごとがあって来たと言うお園。三勝は、お園は半七の正妻なので恨み言を言われても当然のこと、しかし、お園はお通を可愛がって人形や小袖を贈る親切をしてくれて、影から拝んでいたと語る。お園は言いにくいことながらと前置きして、半七と縁を切ってくれるようにと三勝に懇願する。三勝は子までもうけた仲を追い除けようとは酷いと涙がするが、お園は恋にかけては自分も三勝も同等で、それゆえの頼みではないと言う。お園が三勝に半七との離別を頼む理由は、半七の勘当にあった。お園の父は大変な昔気質で、娘をないがしろにして妾に狂う聟を許さず、お園を実家へ連れ帰った。が、その後、半七の父が彼を勘当したことを知ったお園は、自分がいなければ半七もこのような苦労をすることもなかっただろうと思ったという。粋を知らない自分では半七の気に叶わないことは仕方ないが、嫌われるほどより一層恋しさが増すというお園。三勝が半七と別れられないのは承知だが、縁を切ったと言ってさえくれれば、半七の勘当も赦され、そうすれば二人の仲もまた元に戻せるというのがお園の頼みだった。3日の間だけ縁を切って欲しいと涙ながらに懇願するお園に、三勝は彼女の頼みならと半七との絶縁を受け入れる。

するとそこへ平左衛門が現れ、妹の縁は切らせるわけにはいかないと言う。お園は驚き、3日を過ぎれば三勝を半七の正妻にと思っているのにどういうことかと問うと、平左衛門は3日を過ぎれば三勝はさるお屋敷のご本妻なのだと言う。向こうの侍とはもう手を打ったという兄に三勝は勝手に決めるとは酷いと泣き崩れ、哀れんだお園はその背中をさする。平左衛門は目をしばたかせ、父が亡くなった当時のことを語る。

彼らの父は近江屋治左衛門といってこの長町の住人であったが、臨終の間際、元服したばかりの平左衛門を呼び寄せ、8貫目の借銭だけが心残りなのでそれを返済してくれ、妹を頼むと言って亡くなったという。その後、兄は美濃屋平左衛門と名を変え、妹を舞芸人に仕立て、その稼ぎを傷つけぬよう自分は傘張りの内職に勤しんでようやく父の借金のほとんどを返した。しかし中村屋からの借金は済まず、悪手代の庄九郎にはせっつかれ、三勝を女房に欲しがる善右衛門と共謀して辱められたが、妹可愛さにいままでこらえてきたという。そもそも父の借金というのは、名も知らぬ浪人侍に国許へ帰る入用金50両を仕立てたのがもとで、その貸した相手の侍の名前もわからないのでは結局父の借金。どうしようかと思っているところに三勝の身請け話が持ち込まれ、無理に行かせたいわけではないが借金の返済に迫られているため、仕方なしに約束したという。

不甲斐ない兄のせいで恋する男に添われないと思われる悲しさにお園に頼み込んでこうしたと涙を流す平左衛門。三勝は50両の金の代わりとして自分が妾に行けば亡父の供養にもなり、お園と半七を添わせることもできるとして、どこへでも行くと言って涙する。涙にくれる兄妹に、三勝が妾に行くようなことがあっては半七に義理が立たないとして、お園は50両は自分が用立てると言い出す。しかし三勝はそれを受けては兄が立たないので、志だけを受け取り、半七の勘当が赦されるよう取り計らって欲しいとお園に頼む。平左衛門もまた三勝と半七の縁が切れれば用はないとして、お園に帰るよう促す。お園はしおしおと立ち上がり、平左衛門は奥の一間へと去る。兄妹とお園はお互いの義理を心にかけて、入相の鐘とともに別れいくのだった。

残された三勝は、兄への義理にいったん屋敷へ身を売り、半七への義理にはその場で死ぬことと考え、涙に沈んでいたが、そのときにわかにお通が目を覚ます。抱き上げると、お通は母様乳が飲みたい、父様どこへ行ったと泣きだす。きょうの髪置では半七に抱かれる姿を見て果報の拙さを悲しんだが、その上に自分がこの子を捨てることとになるとはと、三勝は浮世の義理の辛さを悲しむ。三勝は、兄への義理を捨てても半七へ身の証を立てるため、この場で死ねば、お園がお通のことも金のことも面倒を見てくれるのではないかと考え、櫛箱からカミソリを取り出す。そこへ平左衛門が割って入り、それでは侍へ義理が立たないので兄が先に死ぬとカミソリを取り上げようとする。しかし三勝は修羅道の苦しみを受けたとしても惚れた半七を裏切りたくないとして死なせて欲しいと懇願する。それを聞いた平右衛門が兄が殺してやるとしているところに、三勝の命はもらったと宮城十内が現れる。

平左衛門は面倒をかけたのは自分の過ちであるとして謝るが、十内は彼の前に扇子に載せた小判の包みを差し出す。受け取れないと固辞する平左衛門に十内は、三勝は身請けしないと言い、平左衛門の父が50両の金を貸した侍というのは自分の父・十太夫だと告げる。十内は、父は立身出世してそれを返すよう頼んで亡くなったと語り、その父が恩を受けた治左衛門の息子娘を苦しませたのは自分の過ちであり、早くその金で借金を済ませ、親の名誉を回復して欲しいと言って立ち去ろうとする。平左衛門は借りたという証拠はと言うが、十内は三勝を連れ帰らないのが証拠と言って、若殿には三勝は 引く手あまたであるから身請けできたかったと言うと語る。死ぬ命を助けられ、半七と夫婦になれるとは十内のおかげと礼を言う三勝に、十内は、自分が仕える殿の領分・大和五条は半七の住家であり、その半七には正妻があるので、そのようなことは認められない、道を守るのが肝要であると異見する。十内の心遣いに涙する平左衛門が彼を門口まで見送ると、そこへはちょうど提灯をかかげた迎えの奴が来ていた。しかしその後ろに半七の姿があることに気づくと、三勝がそれを気にするにも関わらず、平左衛門は扉をぴっしゃりと閉めてしまう。十内もそれにつれて提灯を消し、夜闇の中へと去っていった。

 

 

 

┃ 下の巻 今宮戎の段

  • 善右衛門に贋金をつかまされる半七
  • 半七の善右衛門殺害

正月10日、今宮戎神社十日戎で大変な賑わいをみせている。その片隅に、土を掘ってこたつを置くという出し物があり、珍しがった人々がこたつに入りながらこたつ屋の主人と語らっている。戎さん参りを済ませたカップルもそのこたつに当たってこそぐりあっていちゃついていたが、酒を頼むとだんだん違う方向に盛り上がってきて、女がこんにゃくのおでんが好き💞と言うと男がそれなら食べていいよ💖と言い出し、それを契機に女はおでんやら田楽やら蛸の足やら貝の刺身やらぜんざいやら雑煮やらスッポン汁やらをめちゃくちゃに食いまくる。さすがにそこまで食われてはと男は逃げていくが、女はまだお腹いっぱいにならないと言って追っていき、こりゃ食い逃げだぞと上燗屋もそれを追いかけるのだった。

さて、そんな賑やかな往来の中、半七はひとり思案に暮れて立ち止まっていた。三勝との仲を宮城十内に知られては、50両の金を整えて返さなければ義理が立たない。十日戎の市も目に入らず半七が歩いていると、むこうから福笹を肩にかけた善右衛門と庄九郎が歩いてくる。戎参りかと声をかけてくる善右衛門に、半七はそれどころではないと答える。半七の勘当の話を聞いていた善右衛門は、30両や50両の金ならいつでも用立てると言い出す。半七はちょうど50両が入り用だった、ありがたいと言うも、その質に三勝を取られるのではと疑う。しかし善右衛門は子まである男を持つ三勝を女房に持っても仕方ないと嘯き、三勝を思い切った証拠に50両を貸してやろうと言う。半七は庄九郎に促され、その借用書を言われた通り「極月(12月)からの借り」と書いてしまう。そして善右衛門から小判の包みを受け取り、半七は山の口で飲み直すという二人と別れる。

去っていく二人を見て、半七は人の本心というのは外からは見えないものだと感心していたが、小判の封を解くとなんとそれは福笹の飾りの偽小判だった。驚いた半七は善右衛門を追って山の口へ向かう。

一方、善右衛門らは小唄を歌いながら上機嫌で土手を歩いていた。二人がふざけあっているところに半七が追いつき、偽小判の包みを投げ出して何の間違いだろうがと言うが、善右衛門らは素知らぬ顔。金を貸したことは貸したがそれは去年の「極月」ではないかと言い出す。半七は「極月」とは書いたが借りたのはつい先ほど今宮の境内、悪ふざけはなしにして欲しいと頼むが、善右衛門は取り合わず、この善右衛門が贋金を掴ませたという悪名を着せるのかと言い出す。それなら借用書を返して欲しいという半七だったが、善右衛門は金を返さなければ証文は返せないと言い張る。二人は言い合いになり、庄九郎は先ほど借りた金ならなぜ証文に「極月」と書いたのかと半七を責める。善右衛門は大衒りと半七を罵倒し、踏み倒して脇差を抜く。驚く半七に、お前が生きていては三勝が手に入らないから殺すと言いだす善右衛門。半七がその脇差をもぎとって善右衛門の肩先を斬りつけたので、庄九郎は「人殺し」と叫んで逃げる。半七は逃れようとする善右衛門に追い縋って斬りつけ、ついには乗りかかってとどめを刺す。一心寺の勤行の声と鐘が鳴り響く中、死骸はそのままに、半七は夜の中へ逃げていくのだった。

 

 

 

┃ 下の巻 上塩町の段(酒屋の段)

  • 謎の女の来訪と茜屋に預けられる捨て子
  • 茜屋に戻るお園
  • 宗岸の娘への思い、半兵衛の本心、お園の嘆き
  • 捨て子=お通の持っていた半七の書き置き
  • 半七・三勝の門口からの暇乞い
  • 善右衛門殺害事件の解決

大和五条で酒屋を営んでいた茜屋半兵衛は、今は大坂・上塩町に移ってこじんまりした店を構えている。その売場では、丁稚の長太が居眠りがてら店番をしていた。長太が隣家の三味線の師匠が奏でる「万年草」をゴキゲンで聞いていると、半兵衛の女房が現れて、旦那様が代官所からのお召しで留守でみな心配しているのにどういうことかとサボりを咎め、また去っていく。

長太が鼻水をすすっていると、2、3歳の子どもを抱いた女が酒が欲しいと訪ねてくる。ものもらいかと思った長太は追い払おうとするが、女房が出てきて対応すると、女は贈り物にしたいので、送り先の家まで丁稚に一緒に来て塗樽を運んで欲しいと言う。女房は長太に言いつけ、塗樽を持たせて女とともに送り出すのだった。

それと入れ替わりに、主人・半兵衛が町の五人組と一緒に帰ってくる。何の用事だったかと心配する女房に、町の宿老は心配はない、ここの半七が山の口で人殺し……と言いかけるので、半兵衛が引き取って、半七はひところからグレだしたゆえに勘当したと言い直す。皆にもてなしをと言う夫の言葉に女房は安心するが、宿老らは下宿*8でもういただいていると断り、なにやら様子がある表情を浮かべるのだった。

そうしているところへ丁稚の長太が酒樽を手に子どもを背負って泣きながら帰ってくる。先ほどの女が弁天様の境内でちょっとそこまでと言うので子どもを抱いて待っていたが、いつまで待っても帰ってこないのであちこち探し回ったが見つからず、子どもも泣き出したので自分も悲しくなって泣いて帰ってきたのだという。女房はそのまま待っていればよかったのに、そのうち女が迎えに来るだろうと子どもを抱き取るが、酒樽に「進上 茜屋半兵衛様」という書付がついていることに気づく。半兵衛は先ほど酒を買っていった女のいきさつを聞き、これは捨て子だと言い出す。こちらで買った酒にこちら宛の書付をつけて阿呆に抱かせて行方をくらましたのは、半兵衛を見込んで子どもを預けたのだろうと言うのだ。宿老たちは町がこの子の養育計らいの証人だと言い合う。半兵衛はなにやら意味ありげに今日の世話の礼を彼らに述べて帰すと、子どもを抱いた女房とともに奥の間へ入っていった。

入相の鐘が鳴る頃、お園を連れた宗岸が茜屋の門口へやってくる。戸締りをしかけた女房はそれに気づき、二人に声をかける。お園は入りづらそうにしているが、宗岸が構わず半兵衛を呼んで茜屋の内に上がると、半兵衛が渋った表情で姿を見せる。娘を連れ帰ったからにはこちらには用はないはずと言う半兵衛をとりなし、女房は嫁が帰っているので大変だろうと気遣う。すると宗岸は半兵衛の立腹はもっともだと言い、半七の放埓に怒って無理やりお園を連れ帰ったのは自分の誤りであると詫びる。宗岸はお園があまりに泣き暮らしているので病気にでもなりはしないかと心配になり、恥をこらえて詫びに来たのでお園を元どおり嫁として扱って欲しいと頼みに来たのだった。お園もまた半七の気に入るようにするのでまた嫁と言って欲しいと手をつかえる。女房はそれを温かく迎えようとするが、半兵衛は覆水盆に返らずとして頑として拒否し、そっぽを向いてしまう。重ねて頼む宗岸に、半兵衛は息子は勘当したのだから嫁というものもありえない、勘当は永久のものだと言い張るが、宗岸はそれならどうして半七の身代わりに縄にかかったのかと意外なことを言う。驚いた女房とお園が半兵衛の着物をとると、その下は縄に戒められていた。宗岸は続けて半七が昨夜山の口で善右衛門を殺した咎でお尋ね者になっていることを語る。お尋ね者になる前に息子を勘当したのは利口者と世間は言っても、半七の命を少しでも伸ばしたい親心のために半兵衛が縄にかかったことを知り、自分もまた事件の前に娘を取り返したと褒められるより笑われるほうがよいと宗岸は考えたのだった。宗岸は、お園を一旦嫁にやったからには半七に厭われるなら尼にでもして、半兵衛夫妻の亡き後の香華をとらせたいと語る。すでに妻は亡く父ひとり娘ひとりであり、そんなお園が半七を思うあまり早まったことをしないかと心配するのも親の宿命、半兵衛もまた半七が咎人になったらなお可愛いだろう、いくら縁を切ったといっても肉親の縁は切れないと宗岸は叫び泣く。その様子に半兵衛もまた涙をこぼし、一同はどっと涙を溢れさせるのだった。

その拍子に半兵衛は持病の痰が出て咳き込むが、それを優しく介抱するお園に、こんな孝行な嫁は広い世間にも滅多にないと語る。半兵衛は、本当はお園を実家へ帰したくなかったが、このままこの家に置いておくと若後家になってしまうのがかわいそうで、どれだけ詫びても聞かないふりをしていたのだった。咳き込んで語る半兵衛に一同は泣き沈むが、半兵衛はお園の前では言いにくい相談があるとして、宗岸と女房とともに奥の座敷へ入って行った。

座敷にひとり残されたお園は、どこにいるともしれない半七に思いを馳せる。自分さえいなければ舅姑も子を生んだ三勝を正妻として迎え、半七の身持ちもなおって勘当の沙汰もなかっただろうに、去年の秋病にかかった折にそのまま死んでいればこのような状況にならなかっただろうとお園は思い悩む。半七の気にかなわないと知りつつ未練ゆえにこの家にいつづけたのが半七を危機に追いやった、一年前に死ぬ覚悟がつかなかったと後悔するお園。その心には恨み辛みは露ほどもなく、夫を思う真実が宿っていた。お園は、明日また天満の実家へ帰り、そこで半七の死を聞くようなことがあれば思い死にするであろうに、それならこの家で死ねば来世での夫婦の縁をつなぐ綱にもなろうと思いつめる。

お園がそうして嘆いていると、その声に目を覚ました先ほどの子どもが奥からひょっこり出てくる。乳が飲みたいと甘えてくる姿を見て、お園はその子どもが美濃屋のお通であることに気づく。お園がお通を抱き上げていると、様子を聞いていた半兵衛夫婦や宗岸があわてて出てくる。半兵衛とその女房はその子が半七と三勝の子、つまり自分たちの孫であること、それをなぜ捨て子にしてここに預けたかに気が急き、手紙でも持っていないかとお通の懐をさぐる。女房が守り袋を開けると、中に一通の手紙が入っており、そこには「書置の事」と書かれていた。お園が読み上げると、そこには父半兵衛への不孝の詫び、母への養育と気遣いの礼が書かれており、自分は人を殺した身なので父母と別れなけらばならないことが書かれていた。一同はやはり半七が善右衛門を殺したのかと確信する。半兵衛は善右衛門が大悪人に違いないと言い、それでも喧嘩両成敗で半七が死なねばならないとはとひどく悔しがる。

そのころ、茜屋の門口には心中を覚悟した半七と三勝が、直接会われずとも半兵衛らとお通に最後の別れをするためにやってきていた。そうも知らない老母は書き置きを続けて読む。そこには、娘お通の養育を頼むということ、子を持って親の恩がよくわかったこと、お通のことだけが心残りだということが綴られていた。涙にくれる女房に代わってお園がその先を読むと、そこにはお園を随分ないがしろにしたにも関わらず、恨み言も言わずに夫と義父母を大切にしてくれた彼女への礼、三勝とはお園が嫁に来る以前からの仲で子まであったため離別しがたく、来世では必ずお園と夫婦にということが書かれていた。それを見たお園には喜びが込み上げ、宗岸もまた喜んでその続きを読む。最後に書かれていたのは、不孝者の自分たちの死後には父母や宗岸が嘆くであろうから、それを力づける孝行をお園に頼みたいこと、そしてお通のことを頼むと重ねて書かれていた。半兵衛はお通を抱き上げ、いままで初孫の顔が見たいと思っていたが、世間をはばかり控えていたものの、こういうことになるなら見られないほうがよかったと嘆く。女房も半七とこの子と一緒に暮らすならその成長が何よりの楽しみであろうと嘆くが、お通は祖父母の心を知らず、無邪気に手を打って遊んでいた。親がいなくなったと知ればどんなに嘆くかと、女房はお通を哀れむ。その様子を見て、門口の格子の外では三勝がお通との離別をひどく嘆き悲しむ。茜屋の内外はお互いを知ることもなく、ともに涙に暮れるのだった。

半七は嘆きを振り払い、いつまで繰り言していてもどうしようもなく、早く父の縄をほどくため自分が死なねばならないとして、三勝を促して立ち上がる。半七が最後に一目父母の顔をと茜屋の中を差し覗くと、三勝もまたお通を一目と伸び上がり、二人は両手を合わせて老父母らを伏し拝み、何度も振り返りつつ茜屋を後にする。

一方、茜屋の内では半兵衛が「今宵最後」という一文に気づき、手分けして半七の行方を探そうと声をかける。そうして一同が立ち上がったところに、「善右衛門を殺した咎人・茜屋半七、召し捕ったり」という声とともに、庄九郎に縄をかけた宮城十内が現れる。十内が言うには、半七が殺した今市善右衛門は国許の銀役人と共謀して御用金を盗んだ盗賊で、それを召し捕りにきたところ半七に殺害されたとの報を受けた。そこで始末は和州でつけるとこの地の役所へ申し入れ、善右衛門のかわりにその仲間である庄九郎を召し捕り、これで半兵衛には咎はないと告げる。女房は半七が死罪を免れたことを喜び、半七が死ぬ前に止めて欲しいと宗岸に懇願する。それを聞いた十内は遅かったかと悔やみ、役目があるので自分は行けないが、早く半七を探しに出るようにと一同を促すのだった。(おしまい)

注:末尾、宮城十内の出以降、文楽床本と丸本とでは若干の相違あり。上記は丸本準拠。 文楽床本では善右衛門の国許での悪行をあまり解説せず、十内が大坂の役所へこの一件の和州での裁きを申し入れるという発言がカットされている。また、女房が半七を止めて欲しいと言う相手は文楽床本では半兵衛となっている。ただし、文楽現行では基本的に宮城十内の出自体をまるごとカットし、半七と三勝が茜屋を去るところから段切まで飛ばす。

 

 

 

┃ 「道行霜夜の千日」について

2019年9月東京公演で出た「道行霜夜の千日」は、『艶容女舞衣』初演にはない増補。『艶容女舞衣』自体には三勝と半七が心中する場面はなく、上記の通り心中に出るところまでで留められている。

ただし突然妄想で湧いてきたものではなく、内容は『艶容女舞衣』の先行作にあたる紀海音作の『笠屋三勝廿五年忌』の「死出の道行」をもとにしている(ただし詞章は全然違う)。どういう経緯でこの段が制作されたのか、プログラムに載っていないのが残念。

「道行霜夜の千日」が最初に演じられた昭和35年(1960)には三勝と半七が心中しようと千日の火屋(火葬場)へたどり着いたところに半七らを探す半兵衛夫婦とお通をおぶった長太が来てしまい、二人は見つからないよう火屋の中に隠れて父母の嘆きを聞きながらやりすごすという『笠屋三勝廿五年忌』「死出の道行」からとったくだりがあったようだが、昭和44年(1969)の再改訂以降に整理されたようで、現在は火屋のくだりはカットされている。ここをカットしたらほぼ原型残らないので、この道行、本当にやらなくていいと思う……。

 

 


┃ 参考文献

  • 竹本三郎兵衛ほか=著、頼桃三郎=校『艶容女舞衣』岩波書店/1939
  • 蘇武利三郎=編『心中物脚本全集』良書刊行会/1916
  • 浄瑠璃作品要説 2 紀海音篇』国立劇場芸能調査室/1982
  • 国立劇場調査養成部芸能調査室=編『国立劇場上演資料集 324 第98回文楽公演 良弁杉由来・新版歌祭文・一谷嫩軍記・艶容女舞衣・契情倭荘子日本芸術文化振興会/1992
  • 祐田善雄=校注『日本古典文学大系 第99 文楽浄瑠璃集』岩波書店/1965
  • 吉永孝雄「三勝半七情死の実説と上演略史−附「道行霜夜の千日」の演出−」 甲南女子大国文学会=編『甲南国文』1977年3月号/甲南女子大国文学会

*1:舞台技巧派の作者。人形遣い二代目吉田三郎兵衛、吉田文三郎の子。宝暦9年2月『日高川入相花王』で近松半二らと合作したほか、三十数篇を書く。合作で『奥州安達原』『本朝廿四孝』『太平記忠臣講釈』『関取千両幟』『近江源氏先陣館』など。

*2:末期豊竹座の技巧派作者。合作で『岸姫松轡鑑』など。

*3:竹本座の作者。合作で『関取千両幟』『傾城阿波の鳴門』『近江源氏先陣館』など。

*4:浄瑠璃昭和17年(1942)、人形入りは昭和14年(1939)が最後の上演。

*5:御城入医者・高田瑞庵。

*6:尼さんから女郎に転職したっていう意味?

*7:3歳の男女の子どもが髪をのばし始めるのを祝う儀礼

*8:代官所へ行く際の休息場所。