TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

酒屋万来文楽『伽羅先代萩』西宮白鷹禄水苑

毎年恒例、和生さん主体の小規模公演。本公演以外にも外部主催による公演が多く中止される中、開催できてよかった。

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今年の演目は『伽羅先代萩』御殿の段。会場に入ると、すでに茶道具がセットされていた。間近で茶道具セットを見られて、感激。場内案内の方に伺ったら、開演前は撮影可能とのことで、写真を撮ることができた。

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何に使うのか、わからない道具もあります……。

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今回もっとも印象的だったのは、政岡(吉田和生)の力強さ。
2019年の本公演で見たときは凛とした佇まいが印象的だったが、人形の目線と同じ高さで観ると、思っていた以上の迫力があった。やはり、女方でも、間近で見ると動作はかなり力強いんだなと感じた。悲しみをこらえる様子は、全身に力が入って硬直し、こらえきれない苦しみに、それでもグッと耐えているようだった。人間でいうと、ぐっと拳を握りしめたり、肩をいからせて体を引き締めているようなイメージ。本当は胴体に中身はないはずの小さな体に力が入っているように見えるのは、動作の端緒と止めに強いアクセントがあるからだろうか。手を差し出す、足を踏み出す演技、いずれも伸びきったところにビッと強く力を込められていて、筋肉に力がこめられ、握りしめ、踏みしめているようだった。会場は普通のフローリング的な板張りの床なので、足拍子が響かないのだが、踏み出す仕草そのもので、足拍子の音に頼らずとも力強い印象が出ていた。

それともうひとつ。飯炊きの場面。
政岡は鶴喜代君と千松に背を向けて茶道具に向かって準備をしている。そのとき、背後で子供ふたりがワイワイやっているのを聞いて何度も涙するくだりがある。私は上手側の席だったので、茶道具に向かっているときの政岡の顔が見えたのだが、悲しみに耐えかねて眉根を寄せているようで、表情があるように見えたのが不思議だった。顔を上げて二人に話しかけるときはまた微笑を湛えたほとんど表情のない顔に戻る。顔を上げているときは乳人、顔を伏せているときは千松・鶴喜代君ふたりのママなんだろうなと思った。人形の仕掛けとしては目を閉じているだけだとわかっているのだが、本当に人形のかしらはよく出来ていると感じた。

千松(吉田和馬)と鶴喜代君(吉田玉延)は、ちんまりしていて可愛かった。
この公演に行った日は、その前に3箇所寺社巡りをした。11月最後の土曜日だったため、どこにも七五三のこどもさんがいた。普段着ない着物を着せられて、親御さんに「汚さないようにねー!」と言われつつ、いつもと違う格好でいつもと違うことをするのが楽しくてしょうがないあの動作……。その様子を見て、「文楽のこども、意外と正しい!!!!」と思った。特に、男の子で振袖+袴を着せられている子は、千松状態。
文楽で子役をなぜ若い人に振るかという理由に、先代玉男師匠が「若い人だとオドオドしていて、子供の人形に似合う」というようなことを話されていたのを読んだことがある。まさに、という千松と鶴喜代君だった。
でも、単にオドオドしているだけじゃないですね。こどもの人形の体のサイズなりのちんまり動作が愛らしく、こどもなりになにか考えながら、一生懸命生きている感じが、良かった。鶴喜代君は顎を引いてちんまりかしこまっている姿、千松は、おっとりがんばっている小動物的な雰囲気と、足の裏というか、歩き方が可愛かったです。にぎにぎ音頭(ごはんさいそく)も愛らしくて、良かったです。

 

先代萩は錣さんに合いそうだと予想してたが、やはり似合っておられた。和生さんのシックな麗しさ、錣さん・藤蔵さんの華やかさが大変にマッチしていた。
そしていきなりの欲張りだが、この配役、本公演で見たい。あ、これは絶対もっと良くなる、その舞台に行きたいと感じた。ベテランなので、もちろんこういう単発公演でも抜かりない演奏なんだけど……、本公演で稽古や日程を重ねれば、もっと煮詰まったところへいくはず。当たり前だけど、そのほうが絶対面白い。2月、この配役にならないかなあ。

鶴喜代君はヘナ……としていて、相当おなかがすいていそうで、笑った。沖の井や八汐が帰った瞬間、力が抜けたのね……。千松はかなり我慢してました。

ちなみに、錣さんは、ひざと見台の間に、くすんだ藤色の布を敷いていらした。布は開演前のセッティング段階から置かれており、終演後を見台の引き出しにスルスルと収納しておられた。あれは何? 汗カバーでしょうか……? SHIKORO・飛散・対策……??? めちゃくちゃ汗だくで語っていらして、頻繁に手ぬぐいでフキフキされてました。やはりよそ様のお宅だから、SHIKORO・気遣いなのでしょうか。

それと、この小さな会場だからこそかもしれないが、お囃子がないのというのは義太夫に集中できて、良いなと思った。空間が義太夫の音だけでびっしりと埋まるので、没入感があった。

 

「こんな小さな公演で、どうやって先代萩のような派手な演目を上演したのか」について。

演目が発表されたとき、え、これ、どこからやるんだろ?と思った。御殿って、結構長いはず。小規模公演だと時間や人手に限度があるし、御殿といっても政岡と栄御前が二人きりになるところからはじまるかもと思っていたが、本当に「御殿」(「竹の間の段」で八汐、沖の井、小巻が一旦引っ込んだ後)の冒頭からだった。

ただ、本当に全部やると時間がかかりすぎるため、鶴喜代君のペット・狆が登場するシーンはカット。早炊きモードとなり、ご飯がかなり早く炊けた。なんかいきなり握り飯出てきた! って感じだった。

衝撃的だったのは、いわゆる「政岡忠義の段」の前半(栄御前が登場して菓子を強要し、千松がそれを食べて八汐に殺されるくだり)をおもいっきりカットしていることだった。「栄御前が来たよ〜」という知らせで一旦政岡とおこさま2人が引っ込んだら、そのまま舞台に千松の死骸を出していきなり政岡のクドキまで飛ばされるという強引仕様。末尾も「死骸にひつしと抱だき付き、前後不覚に嘆きしは、理過ぎて道理なり」から「竹に雀の羽をのして、栄ゆる御代こそめでたけれ」まで飛ばすのもなかなか文章が意味不明。先代萩をダイジェスト公演でやるときは、いつもこういう仕様なんでしょうか……。なかなか厳しい、と思った。

 

↓ 2019年1月大阪公演での感想。演目あらすじ解説もこちらから。

 

 

去年までは、お酒の振る舞いのある休憩を挟んで、和生さんのお話し会という構成になっていたが、今年は感染予防対策のため、上演後そのままトークショー。内容は例年とは若干変更し、出演者全員から一言ずつと、和生さんの今回上演への感想、質疑応答など。*1
以下、簡単にコメント&トークまとめ。 

 

出演者コメント

マスクド和生さんが司会となって、ご出演のみなさんにインタビューする形式。まずは床のお二人から。(マスクした和生様、「こういうツメ人形、おる」って感じのお顔立ちになっていて、良かった……)

太夫 みなさんこんばんわ!(※まだ昼です)(SHIKORO時空) こんな大変な中、お越しいただきありがとうございます。こっちから見ると、みなさんマスクして、フェイスシールドして、異様な雰囲気……(笑)。
先代萩』は太夫にとってしんどい曲。ぎゅーーーっと気持ちが凝縮し、ぐーーーっと声いっぱい張って、吐き出す。恐ろしい世界の中で、若君を一人で守っている政岡の心情を表現するのがしんどい。今回はカットしているが、「屏風にひしと身を寄せて奥を憚る忍び泣き」と、(その直後にある)「幼なけれど天然に太守の心備わりて」の落差は、バクバクして大変。
前半は盛り上がるところがないが、後半、千松が死んでからの演出の落差の大きさ! なんですかあの三味線の手! 自分の子どもが死んでるのに! それが政岡の悲しみを引き立たせている……。それがわたしの印象。

 

藤蔵 今回で第13回、毎年同じこと言ってるんですけど……。文雀師匠がされていた第1回から出席しているのはいつのまにか自分だけになり、皆出席になってしまった。元々文雀師匠が頼まれていたのは呂勢太夫だったのに、いつのまにか錣さんが成り代わって座っているし……。
開催にあたって、毎回和生さんと「何やろかー!?」と言うんですけど、和生さんはいつも「御殿……」「御殿……」と言う。自分は御殿や十種香(本朝廿四孝)のような曲はしっとりしていて苦手で、若い頃から逃げていた。でも、今回は和生さんから「どーーーーーしても!!!!!」御殿とのことだったので……。
「御殿」は、6年前、東京公演で津駒さんとやったことがある*2。亡くなる直前の父(九代目竹本源太夫)に稽古していただいた。20日間、東京へ聴きに来てくれはった。10年くらい前かと思って手帳を見たら、まだ6年前……。そのときは、11月はここで合邦が出て、12月は御殿が出たので大変で、ずっと稽古していた。手帳を見ていたら、思い出した。

 

ここから、人形さんたちの紹介。

吉田玉佳さん。“なんでもしとかなアカン”と言って、政岡の左をお願いして、来ていただきました。

玉佳 ぼくは普段立役の左が多いので、こういう機会はあまりない。勉強させていただいてありがたい。女方も遣いたいです。(デヘヘスマイル)
(玉佳さんは、2019年1月大阪本公演の先代萩でも、おそらく、和生さん政岡の左をなさっていたと思います。玉佳さんの左というと、玉男さんの左として、凛として力強い立役のイメージが強いですが、政岡の左も素晴らしいです。政岡の左はほかの女方の若手・中堅では出来ないという判断なのでしょうが、すごいことだと思います)

 

吉田玉翔さん。千松の左をお願いしました。千松役の和馬に色々ああせえこうせえと色々言ってくれたと思います。

玉翔 以前の大阪公演では千松の役をつとめたので、今回も千松かと思ったら、クビになってました。ぼくも40になって「モーエーヤロ! 子役が似合わない!」ということで……。また次回、役を頂けたら!

子役には似合う年齢っていうもんがあるから!

 

桐竹勘介さん。介錯をお願いしました。舞台が狭く大変難しいところを頼んでやってもらいました。

勘介 介錯のほか、途中で飛んでくるすずめもやりました。客席の前に出るので、お邪魔だったかと思いますが……。それと、最初の口上をやらせていただきました。(ほかにもやったことを挙げていらっしゃったが、すみません、忘れました)バタバタだったと思いますが、ありがとうございました。

 

吉田玉路さん。鶴喜代の左をお願いしました。

玉路 自分では鶴喜代君をやったことはなくて、いきなり卒業……。弟弟子の左で勉強させていただきました……。次は鶴喜代君を遣いたいと思います。

これだけ背が高いと、子役が似合わず飛んでしまうことがある。それより大きなのを遣いたいやな!

 

和生さん、ここで千松役の和馬さん&鶴喜代君役の玉延さんを呼んで二人セットで前に出す。

千松と鶴喜代を初めてやるので、いろいろ引っかかって、お目だるいことも多かったと思いますが、いつか大阪・東京でこの二人が千松や鶴喜代を勤めたとき、“あの〇〇さんの初役、見たで”と思っていただければ。

和馬 師匠(政岡)の足とばかり思っていたら、その相手役・千松で驚いた。緊張で表情が硬くなっていたと思う。公演を見に来た家族にも「顔が怖い」と言われるんですが、怒ってるわけじゃないんです。緊張してるんです……。

玉延 鶴喜代君はじっとしている役なので、姿勢をピシッとよく見えるように気をつけました。今日はお昼にお弁当が出たんですが、役になりきれるよう、食べずに空腹でやりました!(ドヤ!)

 

和生さん、ここで千松・鶴喜代の足役、玉峻さん・勘昇さんを呼び込む。

(オイデオイデ)

玉峻 千松の足を勤めました。来年も出さしてもらえるよう、頑張ります。(←緊張MAX)

勘昇 初めてここに呼んでいただいて、こんな雰囲気(客席に近い)のは初めてで……。ぼくもよく目つきが悪い、キツイと言われるが、怒っているわけじゃなくて、緊張してます。(突然の猛アピール)

 

和生さん、最後にいちばんの末っ子、和登さんを呼ぶ。

政岡の足をしたんやな。2回稽古したけど、その成果が出たか……

和登 政岡の足は初めて遣ったんですけど、体が動きにくくて……。コロナのせいにしますけど、コロナで休演になっているあいだ、どんどん太っちゃって、体も思うように動かなくて、師匠にも迷惑かけて……、ここは狭いから、みんなの邪魔をしたかも。でも無事に終わって良かったです😄(のんびりスマイル)

“無事”は余分やな!

 

 

和生さんのトーク

政岡の飯炊き

きょうの舞台は、実際に茶道具を並べてみて、一瞬、「ここででけるかな?」と考えた。事前にわかっていたことだが、ここはスペースが非常に狭くて制約があるので、上演の段取りに工夫が必要になる。たとえば、本公演では人形は上手へ入るところ、この会場は上手は茶道具でいっぱいになるので、下手へ入ることになる。演出を考えなくてはいけない。その分、国立とは違って、新鮮になるかな。

普通と違うところといえば、お茶に詳しい方いらっしゃいますか? 普通、袱紗は左の袂に入れるが、うち(文楽)は右に入れる。これは、うちでは「侍は左に刀を差しているから、右に入れる」と言われている。それと、人形でやる上では右のほうが差し入れやすい。また、袱紗の色はうちは紫を使っているが、普通は赤。うちは政岡の着物が赤いから、袱紗も赤では映えないので、紫にしている。赤だと、「衣装にくっつく」。お茶の所作にしても、手を低く下げる演技ができない(? ちょっとニュアンス違うかも)。苦労してやってます。
(客席から、歌舞伎は下手で飯炊きをするのに、文楽は上手なんですねと言われ)歌舞伎と左右逆になっていうのは、お互いの勝手(都合)。文楽の場合、左を向くと、左遣いが人形の前に出てしまうということもある。歌舞伎は、まともになさらない方が多い。(おそらく、飯炊きのくだりの上演自体をカットすることが多いの意)

 

初めての方は、3回来て欲しい

(初心者の方は)うちの芝居(本公演)は長いので、慣れないうちは大変だと思う。慣れるまでは、節の部分が耳に入るが、本公演だと字幕が出るのでわかりやすい。初めてご覧になる方には「3回来ていただいたら、合うか合わないかわかるから」と言っている。面白いものもあればそうでないものもあるので、1回で判断されるとちょっと厳しいかなと。音楽でも、クラシック、演歌、ポピュラーと色々あるように、演目にも色々なものがあるので。

 

役とその向き合い方、年齢

役の自分に合う・合わないは、お客さんが決めること。配役は自分では選べず、劇場の制作が決める。やりたい役に自分で手を上げられればラクで、人生楽しくなるだろうなと思うけど。
男性の役はあまりやらない。やっても、検非違使。塩谷判官とか。文七はちょっと……。専門の方じゃないと、遣いにくい。
エーーッというやりたくない役が来ることもある。昼と夜で2役ついていて、どちらかがエーーッという役だったり。そういうのが当てられたら仕方ない。まだ中日かあと思うこともある。でもそれは……、舞台でやるものは、人物の気持ちを消化してやってますので。
昼夜で全然違う役がついていて、気持ちの切り替えをどうするか聞かれることはあるが、意識していない。技術的なものは当然あるけど、役の気持ちになって遣うだけなので、意識して難しく考えてはいない。

政岡は、戸無瀬(仮名手本忠臣蔵)、定高(妹背山婦女庭訓)、それと最近あまり出ませんけど、????(聞き取れなかった。和田合戦女舞鶴の板額?)と並んで、女方の中でも上のクラスの役。政岡は本公演で出たら2時間、全部自分ひとりで持たせなければならない。鶴喜代君や千松もいるが、大人は政岡ひとりだけ。政岡の責任でやっていかないといけない。
政岡は、体力も使わないといけない役であることもあるが、ある一定の年齢を越したらダメ。師匠も「もうこれで終わりやな」と言っていた(けど、何度もまた役は来る)。次の2月の東京の先代萩では、政岡がぼくに来るかはわからない。でもこの春、政岡を「5年経ってできるかどうかわからない」と思った。これは絶対にそう。だんだんそういうことを考えていく歳になった。

 

お客様に若い人を育てて欲しい

(若手に対して)今日の舞台をあとで思い返してどうなるか、「アア〜〜〜〜〜ッ!!」となるか、いい思い出になるかわからないけど、将来「和馬さんのあれの初役、わし見たで(ドヤ)」と思っていただけるよう、長い目で見ていただけたら。
若い方はいま、本当に増えている。人数は需要と供給のバランスが難しい。世代ごとに適正な人数がいればよいが、募集してもそんなに都合よく人数が合うわけではない。人形遣いはそれなりに人数がいる。人が少なくなれば差し障りが出て、多すぎれば役が来ない。
新しく入ってもらうのはいいことで、我々は喜んでいる。いつまでも同じ面々のままでは、お客様もつまらない。お客様に若い人を育てていただければと思う。

 

和生さんが入門したときの話

(最初に、「全然関係ないところから思いも寄らず入門した人」の例として、和生さんの師匠・吉田文雀師の話をしていただきましたが、本ブログでは過去に同様内容の記事をUPしているので、ここでは略。和生さんの入門のいきさつは、過去記事との重複もありますが、掲載します)
入門50年ちょっと来てますけど……、自分が入門したときは、元々、文楽は頭になかった。当時は伝統工芸に興味があり、コツコツやることが向いていると思った。京都へ国宝補修の見学に行った帰り、徳島の人形彫刻師の大江巳之助さんのところへ遊びに行った(和生さんの実家は愛媛)。「文楽」は知識としては知っていたが、見たことがなかったので、当時かしら割委員をしていた文雀師匠を紹介していただき、大阪へ観に行くことにした。見終わって、文雀師匠から宿は決まっているのかと尋ねられ、文雀師匠の家に泊めてもらった。その翌朝、「で、どないするんや?」と言われて、何も考えでなしに「やります」と言った。いま考えても、なんでそう言ったか、わからない。だから、なぜ文楽技芸員になったのかの取材には「間違ってなりました」と答えている。
(その後、和生さんは文雀師匠のお宅に一緒に住んでいたそうです)

 

最後に

みなさん、コロナ禍の中なので、お気をつけて。1月も、いらっしゃれるようであれば、お気をつけてお越しください。

 

 

和生さんが政岡の役にそこまでこだわりがあるとは、びっくりした。そんなにやりたかったんだ。そこが一番の驚きだった。なぜそこまで思い入れがあるのかまではお話がなかったので、質疑応答で聞けばよかった。
なんの役にしても年齢の制限というものがあって、政岡はあと5年くらいだと思った、だんだんそういうことを考える歳になった、と話される和生さんは、そこまでの柔和な雰囲気と違って、真剣だった。たいていの人は、「一生やりたいです!」などと答えると思うのだが……、そういう表面的な言葉を使わないのが、和生さんらしいというか、自分自身やお客さんに対して誠実なのだなと思った。

司会の方からは、和生さんが文楽人形遣いとしていま第一線で活躍されているのは不思議なご縁によるものですね、的な話があったが……、私、前々から思っていたのだが、和生さんがいま和生さんであるのは、和生さんだからこそだと思う。
何言ってるのかわからない言い方になってしまいましたが、和生さんがここまでの人であるのは、単なる偶然とかではなく、和生さんの性格や素質、努力など、和生さんご自身に由来する必然的なものだと言いたいのです。だって、高校卒業してすぐ就職や進学をせず、何年かかけて自分がやりたいことを探そう、それはコツコツしたことだ、伝統工芸かもしれないって考えていろんなところへ行って、いろんな人にアポとって会える18歳って、すごくないですか。実はものすごいお坊ちゃんだったのかもしれないけど、それでも根性座りすぎ。その時点でもう常人と心の持ち方が違う。そして、むかしの技芸員紹介で和生さんの項目を読むと、派手でなくともこつこつ努力していることが書かれている。そういうことを何十年も積み重ね、いまに至っているのだから、和生さん自身の行動力(これは決して派手なことではなく、努力を続けるということも含めて)が最大の要因だと思う。そういう和生さんを、みんなが「すごい」って思っているんだと思う。

それと、話の途中、和生さんが手に持ったマイクを人形のかしらに見立てて差し上げてくださったのだが(人形を差し上げるにも限度があるので、低い手すりしか立てられないとか、そういう説明のときだったと思う)、マイクが人形に見えて「す、すごい!!! 和生さんだとマイクすら人形に見える!!!!!!」と思った。和生さんだと、かしらだけを持っていても、人形の体が見えるようだと思ったことはあるけど、マイクすら人形に見えるとは。さすが和生、と思った。(新幹線の時間の都合で朝3:40に起きたゆえの幻覚?)

ところで、和生さんが「エーーーーッ!!⤵️」と思う役って、もしかして、夕霧とか宮城野のことでしょうか…………。昼と夜で2役ついてて、片方が「エーーーッ」ってなるって、それしか考えられない……。今年正月の夕霧、あまりの可憐さに「エーーーーッ!!💕」と衝撃を受けたのですが……。来年正月の宮城野もとても楽しみにしてます……。

 

 

 

今年はコロナ対策のため、開催状況が例年と異なっていた。

席は予約制先着順から予約指定席制に変更。これは今後もそうして欲しい。先着だと席取りをする人がいて、よく揉めているので。また、席数は通常比6割に減少させているとのことだった。それでも国立劇場等のレギュレーションが厳しいところに比べると、かなり人がいる状態。床前席も設置されていた。おかげで、本公演では今後長きにわたって難しいであろう床直近で、義太夫の繊細な部分まで聞くことができるという状態になっていたのは、ありがたかった。技芸員さんさえ守れるなら、できるだけ床に近づいて聞きたい(客はもう仕方ない、何かあるかもしれないという可能性を理解して来場しているのだから)。

さらに、小さい会場での公演になるので、観客全員にフェイスシールドが配布され、装着をお願いされるというスタイル。出演者との距離も近く、技芸員さんを守る意味もかなり大きいので、お客さんほぼ全員がつけていた。私もフェイスシールド、初めてつけましたが、思ったよりは見辛くない。シールド面、思っていた以上にクリアでくもり・色のかかりもない。最近の製品はすごいねえ。でも、上のほう、だんだん呼気で曇ってくるのね……。頭を上向きにして目線を下向きにすればなんとかはなるのですが……、昭和のヤンキーのガン付けみたいになってたかも……。

いずれにせよ、来年も引き続き、小規模公演(特に地方)は中止が続くと思う。こちらの公演も、主催としては、今後ももとの形態では公演できないと考えている、それでも続けられるよう、開催形態を工夫していくとのことだった。

こういう、企業の独自裁量で行なっている公演はまだ決行ができるけど、地方自治体が大きく噛んでいるところは難しいだろうな。3月の地方公演も、非常に少ない公演数となっている。今後、文楽の地方公演・単発公演はどうなっていくんだろう……。

 

 

  • 第十三回酒屋万来文楽
    伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』御殿の段
  • 義太夫
    竹本錣太夫/鶴澤藤蔵
  • 人形
    政岡=吉田和生(左=吉田玉佳、足=吉田和登)
    千松=吉田和馬(左=吉田玉翔、足=吉田玉峻)
    鶴喜代君=吉田玉延(左=吉田玉路、足=桐竹勘昇)
    口上・すずめ・介錯=桐竹勘介
  • https://hakutaka-shop.jp/event/bunraku/

 

 


おまけ 千松と鶴喜代君がおなかぺこぺこの中、白鷹禄水苑の斜め向かいにあるアンリ・シャルパンティエ本社付属のカフェで食べた焼き菓子セット。となりの工場で焼いているものの出来立てを出しているようで、ボディはふんわり&縁がさっくりしていて、好み。焼き菓子は普通時間をおいたほうがしっとりしていて美味しいと言われていますが、個人的には、通常箱入りで売ってる同社製品よりウマイと思います。あったかくて、超高級なベビーカステラみたいでした。

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*1:このイベント、例年は終演後に懇親会がついていて、出演者全員からのコメントというのはそこでやってるんですが……、今後も全員コメントは本会でやる施策のほうがいいな。

*2:2014年12月公演。配役は「御殿」前。