八重垣姫が夢見がち&キラキライケメン好きになっちゃったのは、お兄ちゃんやお父さんが男塾に出てきそうな顔してるからだろうな……。
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第三部は『本朝廿四孝』四段目をほぼ通し上演。「和田別所化性屋敷の段」「道三最期」は除外されているものの、謙信の領国・越後で起こる物語をだいたい鑑賞できる。
道行似合の女夫丸。
濡衣〈吉田簑二郎〉、勝頼〈吉田玉助〉が夫婦連れのふりをして越後へ向かう道中を描く。
濡衣はラベンダーの可愛い着物に花籠(?)を持って登場。勝頼はモジャモジャした細かい柄のえび茶の着物に「女夫丸」の天秤棒をかついでいる。
これ、原曲の伝承は断絶し、昭和になって復活されたもののようだが、…………もうちょっとなんとかならなかったのでしょうか……。特に振り付け、どうにもどっかで見たような印象で、どうにも……。よほど舞踊がうまい人が出演しないと、上演に耐えられないのでは……。見てみたいと思っていた段だけど、うーん、1回見たらいいなと思った。
そして、
清友なんとかしてくれッ!!!!!!!!!!!!!!!!
と叫びそうになった。睦さんも靖さんも、第二部までの自分の持ち場で限界なのか、声が枯れていた。枯れてるにしてはちゃんとしようとしているのが伝わってくるので、無理してる感がわかって、心配になる。清友さん、みんなのパパとしてなんとか……頼む!
枯れているといえば、濡衣が持っているカゴに刺さっている植物が完全に枯れているのが気になるが、薬の原料の薬草なんでしょうか。
見ていて、人形はどこを基準点として動いているかが明確でないと、動作が不自然になるなと思った。たとえば、右腕から動く=右腕に引っ張られたように人形の体が動くと、かなり不自然な印象になる。動作の順序を整理して自分の体/人形の体に還元し、自分よりちんまりしたサイズの人形に「自然な動き」をさせるのは、意識していないと難しいのだろうと思った。
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景勝上使の段。
長尾謙信〈吉田玉志〉の館へ、将軍家の上使〈吉田勘市〉がやってくる。上使の旨は、足利義晴暗殺事件の犯人探しが期限の3年を経ても履行されない今、約束通り嫡子景勝の首を討って差し出せとの命だった。ところが謙信が顔を上げると、その上使こそが実の息子・景勝であった。
この段、原作で読んだとき、「実の父親にそうとは知られず、上使として来訪する景勝」のくだりをどうやるんだろうと思っていた。今回舞台を見てわかったが、謙信は床と水平に上体と顔を伏せて出迎えるので、上使の姿はまったく見えていないということね。普通声でわかるだろという気もするが、そこは人形浄瑠璃。「同じ人形を使うことによる、そっくりさん表現」の声バージョン、「同じ太夫が語ることによる、声自体の区別はない表現(人格は口調で区別される)表現」か。人形浄瑠璃の無限の可能性を感じる。
それにしても景勝が勘市さんというのは意外だった。玉輝さんか玉志さんがやると思っていた。衣装のピカピカ感ともみあげからすると、玉輝キャラ。景勝の人形は文七のヨード卵光塗りで結構デカく、逸ったような言動をするので、立役の人向けだと思う。しかし勘市景勝は結構似合っていて、若めの印象、生真面目さが突き抜けて血気に逸ったせわしなさがあり、面白かった。景勝は大きな人形なので小柄な方は大変だと思うのだが、かなり安定していた。勘市さん、こういうデカい人形もうまいのがすごいと思う。
玉志サンは今回謙信役だとちょっと地味かなと思ったが、かなり出番があった。老獪な武将らしく、ドライで知的な印象。中啓を手にして脇を広げ、上半身を綺麗に床と水平に下げて上使を出迎える姿勢が良かった(そういえば、野崎村の和生さんの久作もお辞儀が上品でかなり上手かった!)。あまりゴチャゴチャとかしらを動かさず、あご先のわずかなニュアンスで厳しい性格が描写されるため、景勝と対峙する場面も、血気盛んな息子に比較して非常に気品が感じられる。武将が登場するタイプの時代物において、峻厳な気品描写というのは、非常に重要だと感じた。
しかし、謙信、総髪を両側に髪を垂らすヘアスタイル、ガストラ皇帝(FF6)みたいじゃない??? 私、ガストラ皇帝は犬だと思ってた派。謙信は髪の毛の胸元への垂れ方が綺麗になるよう、ごくわずかに「ふる……」としていた。最近玉志サンがまったく「ピョコッ!」としなくなったので、ますます細かい仕草を凝視するようになってきた。
関兵衛〈吉田玉輝〉は白い菊の花を持った演技がある。腰のあたりで構えたり差し出したりと何度か向きを変えるのだが、茎が長く、扱いが難しいようで、腕自体の向きがうまくいかないことがあったのが気になった。
ここの段切だったと思うが(すでにうろ覚え)、謙信に召し抱えられたため着替えるために上手小幕へ退場する蓑作(勝頼)、塩尻へ向かうため館を退出すべく下手へ退場する景勝が目を見交わすところがある。この「武士同士の見交わし」表現、時々あるけど、「目が合っている」ように見えるかどうかに、成功・失敗があるなと思った。
本当に、人形同士が向かい合っているわけではないと思う。本当に人形同士が目線をガッチリ合わせようとしたら、下段にいる人形がメチャクチャ後ろ向きにならなくてはいけなくなるので、顔の向きのニュアンスなのだと思う。この目線合わせ、成功する人たちは常に成功して、綺麗に決まるので、何かコツがあるのだろう。加えて、顔を背けるタイミングが完全に一致していると、見ていて気持ち良い。
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鉄砲渡しの段。
謙信は館の花守りの老人・関兵衛を前に、閉ざされた一間の障子を開け放つ。その中には牢があり、将軍暗殺事件の凶器である銃が厳重に保管されていた。謙信は関兵衛に鉄砲を授け、使い手を詮議するように言いつける。
この段の謙信の詞、変わってるなーと思った。身分が高い人物のセリフとはいえ、抑揚のない同じトーンが延々続いてかなり聴きづらい。芳穂さんが変にやっているとは思えないので、もとからそうなってるのかな。詞が続くものはごくまれにあるようだ。いつも聞いている演目ではここまで同じトーンの詞が続かず、変化がついているのだなと感じた。
関兵衛は茶色の上着の下に、金色の下着を着ているようだった。シニアにしては派手だけど、これは関兵衛に「斉藤道三」という正体があるから、なんだろうか? あと、悪役だからか、弥陀六とは違ってデスメタル風のアイメイクをしていた。
しかし玉志サン、家の中に牢屋作ってる、変わったご趣味の方の役、多いな(?)。
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十種香の段。
人形の演技を簡単にまとめると、以下のような流れ。
- 勝頼、舞台奥中央の瓦燈幕から、道行〜景勝上使とは衣装を改めて出。大刀を下げている。[臥所へ水の流れと人の蓑作が…]
- 勝頼、舞台中央で静かに思案に暮れる。[我民間に育ち人に面を見知られぬを幸いに…]
- 上手屋体障子内側のロールスクリーンが上がる。奥にかかった勝頼の絵姿の掛け軸に向かって祈る八重垣姫の後ろ姿が透けて見える。スクリーン閉まる。[一間には館の娘八重垣姫…]
- 下手屋台の障子が開き、位牌の置かれた経机に向かって座る濡衣の出、正面向きで数珠を持って合掌。障子閉まる。[こなたも同じ松虫の鳴く音に袖も濡衣が…]
- この間、勝頼、姿が見えている方へ近づく。二人の様子を見ながら思案。
- 上手の障子が開く。八重垣姫、掛け軸を見上げて祈る。後ろ姿のままクドキ。[申し勝頼様、親と親との許嫁…]
- 勝頼、二人の様子に落涙。涙を拭う。[あの泣き声は八重垣姫よな…]
- 刀を取って立ち上がると、濡衣が下手屋台からそっと出てくる。[後ろにしょんぼり濡衣が…]
- 濡衣、勝頼の姿を見て、亡き恋人・蓑作を思い出して嘆く。形見の袖(血がついた布)を見せて泣き伏せる。[テモさても衣紋付なら裃の召しようまで…]
- 様子に気づいた八重垣姫が立ち上がり、正面側を向く。障子の隙間から勝頼・濡衣の様子を覗き、絵姿と勝頼を見比べて驚くが、再び一間へ戻り、読経を続ける。[こなたには心空なるその人の…]
- 勝頼、嘆く濡衣を諌める。[はかなき女の心から嘆くは理…]
- その様子が気になって仕方ない八重垣姫、再度、障子の間から勝頼の姿を見る。絵姿と見比べて同一人物であることを確かめて、障子を開け放って走り出、勝頼の膝に縋り付いて泣く。[こなたには心空なるその人の…]
- 勝頼、自分は「蓑作」で人違いであると言って八重垣姫を離す。[こは思ひ寄らざる御仰せ…]
- 八重垣姫、今度は奥にいる濡衣に、袖の影から「蓑作」を見つつ、「蓑作」との関係を問いただす。[いやいの、知る人であろうがの…]
- 濡衣が恋人でも縁故ある者でもないと誤魔化すと、「蓑作」との仲立ちを濡衣に頼み込んで恥ずかしがる。[スリヤ知る辺の人でなく、殿御でもない人なら…]
- 八重垣姫、房飾り付きの扇を取り出して誠意を述懐。[勤めする身はいざ知らず、姫御前のあられもない…]
- 濡衣、雰囲気が変わり、誓紙と引き換えに取り持ちすると告げて八重垣姫に近づく。[そのお詞に違いなくば、何ぞ確かな誓紙の証拠…]
- 濡衣、謙信が奥御殿にまつっている「諏訪法性の兜」を、そこへ入れる八重垣姫に盗み出すよう、前かがみになって強く迫る。[イエ/\それもこつちに望みがある…]
- 八重垣姫、濡衣の言葉に驚いて「蓑作」の正体が勝頼であることに気づいて抱きつこうとする。勝頼、濡衣を遮って八重垣姫の前に出て、抱きついてくる八重垣姫の口を袂を取り押さえ黙らせる。[ヤア何と言やる、諏訪法性の御兜を盗み出せと…]
- 八重垣姫、否定する勝頼に突き倒されたところから、クドキ。[許嫁ばかりにて枕交わさぬ妹背仲…]
- 勝頼、さらに否定して、扇で縋り付く八重垣姫を突き放す。[ヤア聞き分けなき戯れ事、いか程に宣うとも…]
- 八重垣姫、勝頼が置いていた刀を手に取り自害しようとする。濡衣、抜くのを止める。[スリヤどのように申しても…]
- 濡衣、「蓑作」を勝頼と認め、八重垣姫を舞台中央の勝頼にへ押しやる。[ヲ丶流石は武家のお姫様、天晴なるお志…]
- 八重垣姫、勝頼の膝にすがりついて、困惑しながらも改めて勝頼と顔を見合わせ、抱き合う。勝頼、顔を寄せて扇で隠す。濡衣、八重垣姫をけしかけた後、上手へ背き、扇を広げて自分を扇ぐ。[と突きやられはさすがにも…]
- トーン切り替わり、舞台奥中央の瓦燈幕から謙信、景勝上使〜鉄砲渡しとは衣装を改めて出。勝頼と八重垣姫離れる。[心ときつく折柄に、父謙信の声として…]
- 謙信、勝頼に塩尻への使者を命じて文箱を渡す。勝頼、船底に降り、文箱を掲げながら下手小幕へ退場。[蓑作はいずれにをる。塩尻への返答…]
- 謙信、郎等・白須賀六郎、原小文治を召し寄せる。ここから大幅にテンポアップ。上手小幕から2人が登場、舞台左右に止まる。[ヤア/\者ども。用意よくばはや来たれ…]
- 謙信、中啓を手に2人へ勝頼を討つよう指図。承知した2人、足拍子を踏んで素早く下手小幕へ退場。[謙信勇んで「今この諏訪の湖に…]
- 八重垣姫、謙信に2人の行方を尋ねる。謙信、勝頼の追っ手と宣言して八重垣姫と濡衣を威圧。[申し父上、こと/”\しい今の有様…]
- 八重垣姫、勝頼とまたすぐに引き裂かれたことを嘆くが、謙信に突き放されて下手一間入る。[今日はいかなることなれば…]
- 謙信、濡衣の腕を掴んで引きずり、奥の瓦燈幕へ入る[ヤア武田方の回し者、憎き女…]
- そのまま大道具転換、奥庭へ移行。
勘十郎さんの八重垣姫は、深窓の高貴なお姫様というより、あんみつ姫感がある。洗練されたキラキラな美少女とはちょっと違って、腰元たちが色々吹き込みまくって耳年増になった結果、ああいう独特の思い込みが激しい性格におなりになったお姫さんというか……、そこはかとないおちゃっぴい(死語)感が……。後半の動きがおてんば風だった。
奥庭と明確に区別するなら、十種香は大人しくしていたほうが効果的だとは思うが、勝頼に目をつけて以降の、いかにも興味深そうな様子が勘十郎さんらしい。ほとんど本人状態なんでしょうね。障子の隙間から勝頼を覗くところ、顔を90度に傾けて両目で見ようとしているのがすごい。シャイニング感ある。姫にとっては知らない人(しかも男性)がいるわけなんだから、そこはこわごわ片目で、と思ってちょっと笑ってしまったが、わかる。イケメン、見たいよね。
袖で顔を隠してキャッ❤️と恥ずかしがる仕草は、異様に速かった。愛らしい。ただ、八重垣姫はこの手の似た動作を繰り返すので、何度も同じ演技を見ている感じがして、無限ループ感がある。変化はつけられないのかな。逆に言うと、演技に繰り返し感がない人は、このような部分をケアしているということだと思った。直立状態で首だけカクンとうつむかせて袖に顔を埋める仕草は、いかにも娘さん風でキャピッとしており、可愛い。
この場面をはじめ、シナを強く作ったような動作が多かったのは、何か意図があるのか。簑助さんはこういう傾向が強いと思うけど、簑助さんは動作をかなり中割りしているので(動作を細かい段階に分解して流れを作る)、強く体をひねるポーズでも、受ける印象はかなり違うなと思った。
派手な演技では、2回目のクドキ「生ある習いぞや」で後ろぶりで極まるところが見事。以前観たときはあからさまなやりすぎで、そんな勢いよくやっては……と思った。が、今回は一連の動きの中で優雅にゆったりと極まっていて、非常に良かった。こういうのは嬉しい。
ひとつ、不思議に思ったことがある。後半で八重垣姫が勝頼に大きく縋り付いて→離れるという演技をするとき、離れる際に勝頼の折れた肩衣を八重垣姫の右手で跳ね上げて直していた。これは固定の演技なのか。2回観て2回ともやっており、また、離れるときの手の動き自体がまるで円を描くようでかなり作為的。ただ、勝頼の左遣いも自分で直そうとしていたので、肩衣が折れること自体は芝居ではないのかな(八重垣姫が高い位置に抱きつくから、どうしても折れるだけ?)。勘十郎気遣い?
冒頭、上手屋体にいて拝んでいるときの八重垣姫の向きについては、勘十郎さんはすべて背後姿勢。地方公演では清十郎さんはすべてが背後姿勢ではなく、途中を上手向きにしていたと思う。これは吉田文五郎がやっていたやりかたのようだ。細かく確認できていないが、文五郎師匠は最初が上手向き、あとで背面姿勢に向き直るようにしていたらしい(清十郎さんは最初後ろ姿、障子が開いて上手向き、一回勝頼ウォッチして戻ってから後ろ姿、だったかな?)。八重垣姫が上手に向いているときは、何に祈っているのだろうか。
謙信が登場し、2人の討手が勝頼を追っていくところでは、それまでとは打って変わって、浄瑠璃にガッチリと乗った武張って時代物らしい勇壮な雰囲気。謙信、2人の討手とも義太夫のリズムにジャストではまっており、見ていて気持ちが良かった。
床は千歳さん・富助さん。千歳さん、枕の部分は非常に丁寧で、格調高く、重厚な雰囲気。やや直線的で、ゴツゴツしており、声の太さが存分に活かされていた。華やかな段ながら、ちょっと渋い方向に傾いているのが面白い。だいぶ十種香の煙が立っている感じ。トミスケさんはきらびやか系に弾いておられた。二人の組み合わせは、チョコがけナッツって感じだった。
千歳さんは若い娘さんをよく試行錯誤されているので、八重垣姫のようないかにもなお姫様をどう語るのかと思っていた。作り声のような無理がなく、しかしそれらしい印象に着地していた。前半の「身は姫御前の果報ぞと、月にも花にも楽しみは」は武張った声質の良さを残しつつ、ゆったりしていて、とても良かった。後半になると途切れがちになっていたので、「許嫁ばかりにて枕交はさぬ妹背仲…」も、枕くらいの集中と丁寧さでいってくれれば、もっと良いのにと思った。人物の核心表現は一貫されており、その場その場でやっている演奏でないのはよくわかるぶん、かなり惜しい印象。
それと、濡衣の「諏訪法性の御兜、それが盗んでもらいたい」のところ、解説本によっては「もらいたい」を声を潜めて語る、となっているものもあるが、結構はっきりと迫っていた。地方公演の錣さんもはっきりしていた気がする。このあたりは任意なのだろうなと思った。
あとは、「かつより」の「か」の発音は、思ったより難しいのだなと思った。結構印象を左右する。
なお、最近執着している「クヮ」発音について、千歳さんは「果報」「名画」とも直音で「カホウ」「メイガ」でした。(ただし「メイガ」はナ寄りの鼻濁音)
ところで、八重垣姫の最初の出での「御経読誦の鈴の音」。いままでてっきり八重垣姫の人形が自分で鈴を持って「チン」と音を出しているのだと思っていたが、上手奥で黒衣さんが鳴らしてるのか。人形がやらないなら、三味線が鈴の音を弾いてるわけだし、わざわざ鳴らさなくてもいいような……。と思った。
話はまったく変わるけど、東海道新幹線の走行中に車内を巡回している乗務員さん、十種香の勝頼の出みたいになってる人、いるよね。客室入口の自動ドアが瓦燈幕のように開いたら、そこにピンッ!と直立して、適切な間を持ってから一礼するので。時々、ドアが開いた瞬間入ってきて、踏み出しながらの粗雑な礼をする人がいるけど、そういうときは、「早い早い、ここはもう貴公子で出ないかんがな」と思ってしまう(?)。
さらにどうでもいいことだが、八重垣姫が飾っている勝頼の絵姿、私の感性では人形の勝頼にまったく似ていないのですが、あれを「まじ似てる😳!」と判断する八重垣姫はすごい。いや絵より本物のほうがイケメンだからよかったのかもしれないですけど、2次元が好きな人って、実写化に厳しくないですか。昔はそれでよかったのか。八重垣姫、現代の2.5次元舞台を観たら、すごく感動してくれると思う。
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奥庭狐火の段。
こういうケレンどんとこいの段、勘十郎さんにはもっともっと奇抜な色物に走って欲しい。ほかの人が絶対やらない、やれないことをやって欲しいと思う。
冒頭、狐と入れ替わりに、八重垣姫が駒下駄を履いて下手の木戸から出てきたとき。手すりの手前まで来て上手(兜が祀られた奥御殿)を向き、右手を左遣いに預けた状態になって「すっ」と伸びたようなポーズを取る。そのとき主遣いは人形の右袖から手を抜かず、振袖の最下部に手を通して袖が綺麗に見えるようにハリを作っていた。一瞬の場面だけど、人形の姿が端正に見えるように工夫がされているんだなと思った。
この演目も何回か観ているためなのか、演技を覚えはじめ、妙に冷静になってきた。
人形の動きはかなり速いが、勘十郎さんの動きは正確。たとえば、狐憑きになった八重垣姫が舞台センター付近の菊の作り物のところで左右の手首を激しく上下させるところ、的確な角度で手首を振っている。勘十郎さんにはこだわりがあり、速度を重視していたとしても、それを理由にグチャグチャにならないよう、注意を払っているんだなと思った。演出上そこまで速いのが良いのかどうかは別として、こだわりはよくわかる。
実際問題としては、地方公演で拝見した清十郎さんくらいの速度のほうが、姫感、もとい、若い娘の煌びやかな流麗感があると思う。また、人形の動きが速すぎると、それよりも遅くて大きな人間のほうが目立ってくる難点があると感じた。出遣いの華々しい演目とはいえ、人形遣いの動作も整理していかないと見苦しくなってくる。その点では勘十郎さんは自分自身の動作にも気を遣っていることがわかった。
ただ、致命的なのは、左が勘十郎さんに追いついていない点。左はかなり乱れていて、前述の腕を激しく振るところでも、振る方向と振り方、タイミングが合っていない。とくに、振る際の軸のブレが非常に不自然。人形って結局3人で持ってるので、勘十郎さんだけがうまくても仕方ない。ネガティブチェックはしたくないが、人形の差し替えがちょっとミスったとかの偶発的なものではないので*1、非常に残念に思う。
最後に出てくる狐ブラザーズは、最高だった。今回は四男がなんだかおっとりしておられた。なんや、ホワ……とした、高貴オーラが……。段切で八重垣姫が兜を掲げて極まり、その周囲を狐ブラザーズが取り巻くところ、お兄ちゃん狐3匹は「ウェイウェイwwwww」って感じて首をひねり、イイ感じに口をパクパクして歯を見せているのに、四男だけものすごく遠慮がちに「ぱく…」としていて、最高だった。それだけで満面の笑顔になってしまった。初めて狐やったのかな。頑張れ!と思った。
この段、変な言い方だけど、人形と太夫と三味線がバラバラなのがよかった。普段はシンクロしてて欲しいけど、ときにはこういうのも面白い。私としては、勘十郎さんが床から独立しているのが一番驚き。いつも浄瑠璃にそこまで乗っているわけではなく、どういう間合いだろうと感じさせられる人だけど、それがさらに高まっている。さすがにこういうのは、この演目でしか出来ないと思う。
しかし、勘十郎さんのきつぬい(きつねのぬいぐるみ)は可愛い。お手製の私物だよね。文楽劇場製のものより、ちょっとデカい? 太ってる? 筋肉質? 毛並みが良い? 気がする。勘十郎きつぬいハンドメイド講座を開いて欲しい。っていうか、勘十郎モデルのきつぬいを文楽劇場のお土産として売って欲しい。
↓ 『本朝廿四孝』全段のあらすじ解説。
↓ 2017年開催の勘十郎さんトークショー。十種香、奥庭についてセルフ解説あり。
- 義太夫
道行似合の女夫丸=濡衣 豊竹睦太夫、勝頼 豊竹靖太夫、豊竹亘太夫、竹本碩太夫/濡衣 鶴澤清友、勝頼 鶴澤友之助、野澤錦吾、鶴澤燕二郎、鶴澤清方
景勝上使の段=豊竹希太夫/鶴澤清𠀋
鉄砲渡しの段=豊竹芳穂太夫/鶴澤清志郎
十種香の段=竹本千歳太夫/豊澤富助
奥庭狐火の段=竹本織太夫/鶴澤藤蔵、ツレ 鶴澤寛太郎、琴 鶴澤清公
- 人形配役
腰元濡衣=吉田簑二郎、簑作 実は武田勝頼=吉田玉助、長尾謙信=吉田玉志、長尾景勝=吉田勘市、花守り関兵衛 実は斎藤道三=吉田玉輝、八重垣姫=桐竹勘十郎(奥庭 左 吉田簑紫郎、足 桐竹勘昇)、白須賀六郎=吉田玉誉、原小文治=吉田簑太郎、狐ブラザーズ=吉田簑之&吉田簑悠&吉田玉延&吉田玉征(前半。違ってたらごめん……)
■
今回は四段目を通し上演するので、話の通りがよくなるかと思っていたけど、二段目の「勝頼切腹」を上演しないと、そもそも論として全然意味わからん!と思った。十種香+奥庭だけ上演するよりも、余計ややこしい。「勝頼切腹」まではできなくとも、「道行似合の女夫丸」を省略して、せめて「道三最期」をつけて欲しいと思った。内容が観客に伝わるような上演の仕方が難しい。今回、周囲のお客さんの様子を観察するに、野崎村でも話についていけていない方も結構お見受けしたので、『本朝廿四孝』はまじでやばかったと思う……。
今回のプログラムは、3部すべての演目解説が充実しているのが良かった。通常の解説ページではなく、エッセイページに源平布引滝、野崎村、十種香の細かい解説があった。プログラムに詳細な別途見所ページなし/上演資料集販売なしの大阪公演だと、このような対応はありがたい。
なにはともあれ、大阪公演が再開できて、本当に良かった。9月に東京公演、10月に地方公演があったからか、客席状況が変則的ではあっても、だいぶ「いつもの観劇」の気分に戻ってきた気がする。技芸員さんたちもだいぶ調子が戻ってきているのか、9月に感じたような「それはないだろ」とまで思うことはなくなった。良くも悪くも、元に戻ったなと思った。でも、要求レベルは、どんどん上げていこうと思います。
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展示室にあった勝頼の衣装。ピンク×エメラルドグリーン×刺繍が可愛い。さすがお人形さん。人間には着こなせません。
八重垣姫の衣装。
ロビーに掲示されている芝居絵。狐がポッチャリすぎて、コーギー状態。ポインとしたシッポが見えていないのも、コーギー感を高める。そして、関兵衛の帽子がネコミミ風なのも、良い。
- 『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』道行似合の女夫丸(みょうとがん)、景勝上使の段、鉄砲渡しの段、十種香の段、奥庭狐火の段
- https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/bunraku/2020/542.html
- 配役:https://www.ntj.jac.go.jp/assets/files/02_koen/bunraku/2020/R0211haiyaku.pdf
*1:そこもミスってましたが……。ヤバイ。