TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 4月大阪公演『花競四季寿』『恋女房染分手綱』国立文楽劇場

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花競四季寿、オールシーズンフル上演。

 

春、万歳。

なぜあの二人は手をつないで入ってくるのか。どういうシチュエーションなのだろう。たまに才蔵でイヤイヤしてる人がいるので、「仕事したくなーい」という才蔵を太夫が引っ張ってきているという設定なのだろうか。
上演内容については、フラフラしとる人形がおる! がんばってもらうしかない! と思った。

 

夏、海女。

ほかは見たことがあったが、海女は初見。
暗い夜の浜辺に月が上り、やがて夜が明けて霞に満ちた朝を迎えると、海女〈吉田勘彌/前期〉が姿を見せる。
『平家女護島』の千鳥と同じ蜑の着付で、白に赤のヒトデ柄の小袖に、水色のイソギンチャク柄(?)の帯。貝が入ったバスケットを持っている。今月は貝がよく取れるな。文楽も貝の季節なのか。海女はフワフワと柔らく軽やかな足取り、体重はわたあめ2個分……💓的な愛らしさだった。もっと土俗的な雰囲気かと思っていたけど、妖精のような清らかさ。

途中、岩陰からピンクのタコが出てきたのにはめちゃくちゃ笑った。なんだその唐突なギャグ顔は。バルーン状の頭に、反射材でできたつぶらなおめめ、ちっちゃなパイプ状のおくちに、にょろ〜〜〜〜んと長い10本のおてて。人形の仕組みとしては、タコ役の黒衣が左手で頭部を持ち、右手でタコハンド1本についた差し金(ひょっこりひょうたん島的な、細い針金状のもの)を持って操作しており、ピンクタコはタコハンドで海女にちょっかいをかけていた。
タコと海女の取り合わせは北斎の枕絵「蛸と海女」をイメージしているのだと思うが、勘彌さんの海女は豪速球のマッチ感があるものの(絶対にご注進しないでください)、タコは相当デフォルメのきいたぬいぐるみだったので、かなり可愛くまとまっていた。でも、タコの行動はちゃんとキモく、海女にナデナデされた頭を自分で撫でなおしておててを味見したり、海女の着物の裾めくりをしていた。(おてて味見はアドリブのようで、配信中の舞台映像ではやっていません!)
もっとも、タコハンドは微妙に薄汚れていて、その手で勘彌さんに触らないでくれと思った。頼む、今日終わってからでいいから、エマールでやさしく洗って屋上で陰干ししてくれ!!!!と思った。
艶笑的なノリは現代では絶滅していて、いまやるとどうにも脂ぎったオヤジ感が否めない。しかし、文楽だと海女は人形、タコも可愛いぬいぐるみなので、普通にお友達同士に見えて(?)、適度にユーモアが拡張され、愛らしかった。

 

秋、関寺小町。

舞台が明るくなると、折れた卒塔婆に老婆〈吉田簑二郎/前期〉が腰掛けている。シケのある下ろし髪、手には笠と細い杖を持ち、足を吊った格好。
過去に和生さん出演で観たことがあるが、それとはだいぶ雰囲気が違っていた。男性能楽師が女性の役を演じているようだった。身体性を強く矯正することで生まれる表現のように感じられた。左は難しそうな感じだった。

 

冬、鷺娘。

文楽業界の北川景子、清十郎さんが鷺娘役。現実にいる若い女の子のようなキラキラした自然な愛らしさがあって、とても良かった。生命力と純粋さのきらめきを感じた。
衣装の早替りがすべて素早く成功していたのも良かった。ここ1年、引き抜きやぶっ返りの不手際が多かったが、これは良い。偶発性に左右されるところで多少一発でいかなくても、動きの中で自然に直していた。控えている介錯の人が髪をさばくために止め糸を外すタイミングを、左遣いさんが「ウン!」とうなずいて指示していたのがちょっと可愛かった。

 

海女・勘彌さん、関寺小町・簑二郎さん、鷺娘・清十郎さんはそれぞれに似合った役で、とても良かった。非常に満足。勘彌さんと簑二郎さんは後期になると役が逆になる配役になっていたが、そちらも観たかったな。

太夫三味線の配役はどうなっているのかと思ったら、錣さんはずっとシンなのね。万歳はヤスさん碩さん、海女は芳穂さん、関寺小町は錣さん、鷺娘は希さん、みたいに割ってあるのかと思っていた。錣さんが全部いいとこやるなら満足(正直者)。関寺小町のウタイガカリの攻め方は、錣さんならでは。あとは合唱のところを誰一人として揃える気がないのが笑った。間の撮り方が錣さんとだいぶ離れとるとこがあるがな。錣さんも相当独特だけど。フリーダム。

 

  • 人形役割
    万歳:太夫=吉田簑紫郎、才蔵=吉田玉勢
    海女:海女=吉田勘彌(前半)吉田簑二郎(後半)
    関寺小町:関寺小町=吉田簑二郎(前半)吉田勘彌(後半)
    鷺娘:鷺娘=豊松清十郎

 

 

 

『恋女房染分手綱』道中双六の段、重の井子別れの段。

あらすじ。

由留木家の姫君・調姫〈吉田玉峻/前期〉は江戸へ嫁入りすることになっていたが、お迎えの家老・本田弥三左衛門〈吉田文司〉がやってきていざ出発となった今、「いやじゃーーーーーーー!!!!」とダダをこね始めたので、家中は大騒ぎ。乳母・重の井〈吉田和生〉はなんとかなだめようとするが、まったく聞き耳持たずで手がつけられない。
外から戻ってきた腰元・若菜〈桐竹紋臣〉は、幼い馬方が門前で道中双六をして遊んでいたことを報告する。姫の慰みにとの重の井の呼び出にしより、子供のくせに月代を剃り、キセルを持って大人ぶった風情の幼い馬方・三吉〈吉田玉彦〉が屋敷の縁先へやってくる。三吉が道中双六を見せると姫君も興味を示し、一同で双六をして遊ぶことに。一番乗りでアガった姫君は双六のおもしろさに江戸へ行くと言い出し、無事出立の準備を進めることができた。

重の井は姫の機嫌をなおした褒美として、三吉へ菓子と小遣いを渡す。そして道中何かあれば、「お乳の人の重の井」という名を出せばよいと教える。それを聞いた三吉は、突然、重の井に抱きつく。驚く重の井だったが、三吉は、自らは重の井の子供であると言い出す。
三吉は本名を与之助と言い、かつて重の井が奥家老の息子・与作とのあいだにもうけて別れ別れになった息子だった。お家の法度で重の井・与作とも手討ちとなるところ、重の井の父・定之進が切腹したことで取り持ちがなされ、重の井は姫君の乳人となっていた。一方、父与作は悪人によって追放の憂き目にあい、乳母に育てられた三吉も父の行方は知らなかった。その乳母が亡くなり、三吉は子供ながら馬方をして身を立てていたのである。
実の子との思わぬ再会に、重の井は思わず三吉を抱きしめたくなるなる。しかし、姫君の嫁入りの手前、姫君が馬方と乳兄弟に思われてはと考え直す。重の井は三吉を自分の子と認めつつ、自分と与作を助けられた主家への忠義から、今は母と子と名乗ることはできないと言い聞かせ、嘆き悲しむ。三吉は母の話をよく聞きつつも、父の復帰を訴訟して欲しいと言うが、重の井はそれも聞き入れることは出来ない。重の井は三吉へ十分に体に気をつけて江戸へ向かうように言い、持ち合わせをすべて包んだ小遣いを与える。しかし三吉は、母でもない他人から金は受け取らないと言って泣き出してしまう。
やがて姫君の出立の声がかかり、館の者たちが縁先へやってくる。重の井は乳母らしく三吉へ馬子唄を歌うように言いつける。従者たちから急き立てられた三吉は涙ながらに馬子唄を歌い、重の井もまた密かに涙を流すのだった。

 

あの本田弥三左衛門って人の還暦パーティーの話なのかと思ったら、違った。
おじいちゃん、それだけド派手で脇役なの!? キャップ、羽織、着物、刀、すべてが赤、赤、赤、赤、顔も赤。背景のブルーの斜めストライプの襖とあいまって、目が痛い。なんでそんな全身レッド。ギンギンの全身レッドに気が取られて話が頭に入ってこない。

調姫は、菅秀才や鶴喜代君に女の子の格好をさせたようなお姫様だった。おかっぱ頭に八重垣姫のようなティアラやかんざしを挿して、ちょっとよそを向いて、ツン!とおすましポーズをしていた。調姫は姫によくある三角ポーズでじっとしているのだが、玉峻さんは袖を可愛くふっくらさせようと頑張っておられた。
調姫の小姓ガールズ〈桐竹勘介、吉田玉路〉が、わたわた〜っと出てくるのが良かった。あの人形は、人形遣いさんの顔にソックリになるよう化粧されているのだろうか。Face.app文楽版? あんまり見ないタイプの変わった顔立ちだった。一生懸命丁寧に踊っておられて、それゆえに意図せず子供風になっていたのが良かった。

遠出風の格好をしている若菜がどこから帰ってきたのかが、気になった。

 

和生さんの重の井は、暖かな優美さが光る。
乳人とはいっても、『先代萩』の政岡とは家の格式も立場もだいぶ違うので、こちらではもっとアットホームな「おかあさん」といった印象。日本の母って感じ。美人なんだけど、柔らかで暖かい雰囲気が、田中絹代感あるわ……。ゆったりとした優美な仕草の中に、母親としての子供への慈愛と、それ一徹に生きられない苦しみが直接的に表現されていた。

重の井は、目を閉じているときの表情が美しい。政岡とそっくりな顔してるな……と思っていたら、プログラム記載の和生さんインタビューに、2月『伽羅先代萩』と同一のかしらを使っている旨が載っていた。
あれは私物のかしらで、もともとは吉田文雀師匠が購入し、吉田文五郎師匠が預かって大役を遣うときに使用していたのを経て再び文雀師匠のもとへ帰り、いまは和生さんの手元にあるものということだった。和生さんは、戸無瀬、定高、政岡といった片外しの役(時代物に登場する格の高い武家の女性)ではすべてこのかしらを使っているそうだ。かしらに負けないように遣うのが大変だということだった。しかし、和生さんの政岡なり、重の井は、あの気品あるかしらだからこそ発揮できる品格と優美さがあると思う。

母であっても母として接することはできないという話の形式は、『伽羅先代萩』や『傾城阿波の鳴門』と近いけれど、「重の井子別れ」の場合、その2作より、主人公(重の井)の主観を中心に演じられている気がした。『先代萩』や『鳴門』では、主人公は「建前」を全面に出し、その裏に隠された悲しみをそこからいかに秘めやかに感じさせるかという印象があった。「重の井子別れ」では、もっと直接的に重の井の母としての愛や苦しみが描かれているように感じる。段切だと、他人が周囲にいても、三吉を抱きしめたりしているし(大切そうにキュッとしているのが可愛い)、演劇的演出として、重の井の心象風景を描いているのだろうか。『先代萩』や『鳴門』だと、子供がいなくなった後に主人公が一人になって大泣きする場面があるけど、「重の井子別れ」にはそれがないからかな。

 

三吉はちびっこの人形ながら、いっちょまえに髷部分を横に流していた。
お人形はおちびでも、仕草は大人風。たとえば団七のような大きな人形なら格好良く決まる腕を悠々と使った大振りな仕草も、ちびっこゆえに裸の腕が不自然な湾曲をするのが、いかにも子供の人形らしくて可愛い。がんばって生きている感がある。
人形にはその人形自体のサイズに伴った体格イメージがある。人形の体格に対して遣い方がミスマッチだと(腕を過剰に伸ばしすぎ、動作が大きすぎなど)、「センスなし」や「下手」に見える。三吉はそれに加えて、性格に由来する、演技するうえでの体格イメージがあり、意図的なミスマッチ演技「大人ぶっている(子供に戻る場面もある)」設定があるので、難しそうだ。玉彦さんの三吉は、そのミスマッチをうまくマッチさせた愛らしさがあり、とても良かった。めちゃくちゃエラそうなのも、良い。がんばって生きている感がある(2回目)。

 

道中双六の部分は、若菜・本田・重の井・調姫が本当に双六で遊ぶというものだった。原文だけで読んでいた段階では、三吉が双六の図面を見せ、図解として講釈のように江戸までの道のりにある名所を解説するのかと思っていたので、驚いた。コマを動かす様子を見ていると(おのおのの簪や扇子をコマにしている)、若菜vs本田vs重の井&調姫ペアの3組が対決していることになっているのだろうか。重の井と調姫はそれぞれサイコロを振っていた。姫だけ二人の合計を進めているってこと?
人形は勝手になんとなく演技をしているというわけではなく、義太夫の詞章の進みに合わせてタイミングを調整しているようだった。若菜が進め方を三吉に質問する、どんどんスピードアップする、姫が最初にアガるのは、詞章に合ったタイミングで演技をしていた。意外とちゃんとやってる!と思った。(いつもちゃんとやっとる)

 

『恋女房染分手綱』は、完全に母と認めていながら、事情を話して追い返す。ある意味、一番子供に対して残酷なパターンなんだな。結構モヤッとするけど、重の井の後ろめたさ、後味の悪さが上演上での最大のポイントなのだろう。それは十分に感じられた。同時に、和生さん重の井以外では、なかなか間持ちしない演目だなと思った。

この文楽現行と、今回上演部分の元になっている近松原作(『丹波与作待夜のこむろぶし』)と、内田吐夢による映画化『暴れん坊街道』とを比較すると、文楽現行の舞台がいちばん面白いなと思った。与作が出てくると、あいつが治兵衛級のカスムーブでストレスを与えてくるから……。

 

  • 人形役割
    本田弥三左衛門=吉田文司、宰領[上手]=桐竹紋吉(前半)吉田玉誉(後半)、宰領[下手]=吉田玉翔(前半)吉田簑太郎(後半)、調姫=吉田玉峻(前半)吉田玉延(後半)、乳人重の井=吉田和生、踊り子[上手]=桐竹勘介(前半)吉田和馬(後半)、踊り子[下手]=吉田玉路(前半)吉田簑之(後半)、腰元若菜=桐竹紋臣、馬方三吉=吉田玉彦

 

 

 

第一部は、『花競四季寿』が意外に面白かった。こういう上演時間が長い景事は、生の舞台ならではだなと思った。

今月はタコ、デカはまぐり、虎と、アニマルがたくさん出てきて、おもしろかった。女方で足を吊っている人形がたくさん出てきたのも、興味深かった(海女、関寺小町、小むつ、おつる)。

4月公演が千穐楽まで公演できなかったのは、本当に残念。5月の東京公演も、11日までの中止が決定している。
今度ばかりは、大阪府の感染者増加状況や医療対策はどうなってるんだ?と思う。大阪に行っている自分が言えたことではないが、劇場内部の状況はともかく、高齢の技芸員さんやお客さんの行き帰りや労働環境等を考えると、このような状況ではどのみち安心して公演できない。うちのおじいちゃんたちをどうしてくれるんですか状態……。早く公演が再開できるよう、願うばかり。

 

↓ 4月公演は、イープラスで4/26〜5/16動画配信中です。配役は前期日程です。