TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽祭『菅原伝授手習鑑』車曳の段、天地会・寺子屋の段 国立劇場小劇場

文楽座のファン感謝祭イベント、「文楽祭」へ行ってきました。


国立劇場や外部団体の主催ではなく、文楽座(技芸員さんの団体)自体が主催する手作りイベント。
そのため、入場者へのパンフレット渡しや物販は技芸員さん自身がロビーへ出て対応。開演前や休憩時間中は、手が空いている技芸員さんがロビーに立っており、お話をしたり、サインをいただいたり、記念撮影をお願いすることができるという形態になっていた*1。よく見ると和生とか玉男がおるっ。突然目の前を横切っていくっ。そのためお客さんも全員ロビーでうろちょろしている状態になり、いままでに見たことがないほどロビーが大混雑、ツメ人形ウルトラ大パーティー状態になっていた。




『菅原伝授手習鑑』車曳の段。

いわゆる「顔順」の車曳。本公演ではまずない割り振り、あるいは組み合わせになっていた。役に適性があるわけではない配役なのは、ある意味、文楽座主催ならではなのかもしれない。

 

この「車曳」という華やかな舞台をどう見せるべきか、人形の三つ子三人組〈梅王丸=吉田玉男、桜丸=吉田和生、松王丸=桐竹勘十郎〉は、かなり、しっかりしていた。
「車曳」って、本公演で出ると、大抵、人形がメチャクチャになってるじゃないですか。そういう意味では、この舞台は、きわめてまともに決まっていた。それぞれのキャラクターが見せ方として成立しており、三兄弟で牛車を押し合いへしあいするところは、それこそ図案のような様式美として、しっかり成立していた。さすが人間国宝三人組、同芸歴三人組。ずっと三人一緒に育ってきた人たちなので、菅原の三つ子は本当にお似合い。

玉男さんの梅王丸は、出てきた瞬間、身長190cmはありそうで、びびった。そんなデッカい梅王丸、見たことない。ガタイよすぎだろと思った。浅葱幕が落ちてからの出以降は、松王丸に配慮しているのか(?)、ちょっと縮んだのが、良かった。最後に松王丸に背中バンされるところでは、だいぶちっこくなっていて(そこまで!?というほどあからさまに下げていた)、ますます、良かった。

和生さんの桜丸はとても良かった。青年らしいしっかりとした骨格のイメージをもたせながら、人形自体の顔かたちの優美さをいかした、桜丸らしい桜丸。まずもってちゃんと座ってますからね。本公演では桜丸、大抵ねじれて座ってるから、ちゃんと座っているだけでも、感動。本役でやってほしいくらい、良かった。

車曳の松王丸は人形としてかなり難しいのではないかと思っている。いままで4人の車曳の松王丸を見てきたが、きちんと持てていたのは1人。頭がグラついたり、グラつかせまいとするあまり首が固くなり、目線がおかしくなっている場合が、本当に多い。今回の勘十郎さんの松王丸もかなり不安定な状態になっていたが、いちばんブレがあらわれやすい出の決めでは、歌舞伎役者のような大きな首の振りを伴った「見得」にすることで、ぐらつきを動作に紛れさせ、違和感を緩和しているのはさすがと思わされた。ただ、これは勘十郎さんだから良いのであって、若い人には、たとえみっともなくぐらついたとしても、まずはキッチリ持つことを大切にして遣って欲しいと思った。もっとも、ぐらついてる奴は絶対に許さないけど。(?)

 

杉王丸の勘壽さんは、それこそ、豆腐の御用のような「御馳走役」だろう。勘壽さんがあんな若い役、舞台上で相対的にも身分が低い役をやるのは初めて見た。凛々しさ、瑞々しさを出しながら、若干の「こうやったけな〜?」が良かった。ちなみに、帰るタイミングは、時平がトコトコ歩いていくのについていく派でした。
玉也さんの時平はだいぶ前に見た気がするけど、「車曳」としてかなり割り切った時平だった。

 

「若手会」はあるのに「シルバー会」はないんか?と思っていたけど、若干「シルバー会」に足を踏み入れた「車曳」だった。豪華なことには豪華だけど、顔順で配役したからといって良い舞台になるとは限らない、というのが正直な感想。企画発表時から三兄弟の人形は絶対和生・勘十郎・玉男がやるだろうと予想しており、そんな配役でやったら本公演が「アホの車曳」になるやろがと思っていたが、予想外に、本公演のほうが良い部分も多かった。多少下手でも、勢いがある人や、過剰に前のめりな人が出ている人のほうが、「車曳」という演目の持つ魅力があらわれてくるのかもしれないと思った。



 

 

 

座談会。

山川静夫さんの司会で、下手から順に咲さん、清治さん、團七さん、和生さん、勘十郎さん、玉男さんが並び、国立劇場小劇場の思い出を語るというもの。
内容をかいつまんでざくっとご紹介。順不同です。

  • 咲さんは転んで怪我をして手術をし、療養中ということで、車椅子で登壇。ひとまず普通に喋れるレベルにはお元気で良かった。
  • 床全員「国立劇場はちょうどよい大きさで音響がいい、文楽劇場は広すぎて音響が悪い」との、大阪で言うたらケツの皮をはがされて三味線に張られても文句言えないような正直発言を遊ばされていた。
  • 清治さんは若い頃、『忠臣蔵』が出たときに、朝みんなが泉岳寺へお参りに行くというのに「眠いから」という理由でついていかず、そのまま爆寝坊をかまし、出番をすっぽかしてしまって大変なことになった。綱太夫は泣くわ、師匠と一緒に他の人の楽屋に謝罪の挨拶に回らにゃならんわ、その公演中は針の筵になるわで大変だった。
  • 團七は中日派。阪神優勝興味ない。(清治は阪神派🐯✌️🏆)
  • 團七さんか清治さん談「むかしは楽屋への出入りが本当に自由で、誰でも入れた。そのせいで泥棒が入り、三味線の道具などが盗まれた。ものすごく小柄な師匠がジャケットを盗まれ、誰も着れないようなサイズなのにどうするんやと不思議がっていた。三味線弾きは三味線のコマだけでも返してほしいと言っていた。しばらくあとで、一部のものは???(忘れた)で見つかった」
  • 團七さんが自分の芸名の由来を説明していたが、忘れた……。なんだっけ、「六」がつく人へのリスペクトだったと思うんだけど……。清六師匠だっけ? あと、團七さんのお姉さんが文雀師匠の奥さんなんだっけ……? 團七BOOKにも書いてあったことを話していた。
  • 簑助さんからのお手紙紹介(「生きてますよ」)。「東京のお客さんには暇乞いなく引退することになり残念。芸人人生の中で、二人の弟子を襲名させることができてよかった」などなど、ロングなメッセージだった。苦楽を共にした一番弟子、勘十郎さんへの言葉も綴られていました。
  • 和生談「むかしはよくみんなで遊んだ、ローラースケートが流行っとったでみんなでやった」。この話、和生さんから聞くの3回目なんですけど、なぜ勘十郎さんと玉男さんはこれにコメントせず曖昧な笑いしかしないのか。和生さんだけが張り切って遊んでいたということなのか。そりゃ、当時中学生の勘十郎さん・玉男さんと、大学生相当の年齢の和生さんとでは、コドモと大人だったんでしょうけど、なんとか言わんかいっ。
  • 玉男さんは勘十郎さんが喋りはじめると、やたら嬉しそうな顔をしていた。本当、なんなんだ???
  • 玉男さんはやたら先代の話を振られていた。「師匠は、じっとする足をちゃんと遣えたら、どんな足でもいけると言っていた」等の思い出を紹介していた。
  • 最後にお客様へのサービスとして、玉男さんがお園の人形を持ち、後ろぶりを披露するというのがあった。勘十郎さんが左、和生さんが足を遣った。玉男さんはこんなかわいい女形の役はやらないからということで指名されたようだが、玉男さんは「説明ではやったことある!!!」というようなことをちいかわのごときモゴモゴ喋りで言っていた。でも、あのさ、お園の後ろぶりって、手を左に預けるやつじゃん。だから、実質、普通に、99.99999999999%、勘十郎がやった。このあとの天地会もそうだが、「人形は左さえまともならなんでもできる!!!!!」と思った。玉男さんは勘十郎さんに全部やってもらって、嬉しそうだった。説明も、全部、勘十郎さんがしてたし。清治も團七も調子取ってくれんと半笑いやし、なんやこの茶番。でも、玉男さんらしい、フィギュアスケート選手のようなシャープな後ろぶりでした。女形の人がやるような、勢いで持ち上げる的なやつじゃなかったです。

人数が多いことや、登壇者が高齢すぎることもあってか、話は少し散漫としちゃったかなと思った。でも、これくらいフランクだからこそ良い、とも思った。

あとは團七さんの一人称「アタシ」が良かった。『スナックバス江』アニメ版のバス江ママの声は團七さんに当てててほしいと思った。

 




天地会「寺子屋の段」。

天地会とは、三業それぞれ、本来とは別業種をつとめる形態での舞台のこと。人形遣いや三味線弾きが浄瑠璃を語ったり、太夫人形遣いが三味線を弾いたり、三味線弾きや太夫が人形を遣ったり。昔から記念イベントなどで行われているらしく、今回はおそらく16年ぶり?の開催……なのかな。

舞台の仕様も、本公演とは異なる部分が多いようだった。
床はあらかじめ見台を大量に並べておき、入れ替わり立ち替わりで交代・演奏していく方式。床本は、本公演のようないわゆる五行本状態のものに限らず、みなさん、普通のノートとか(三味線さんは自分の稽古用に作っているノートをアレンジしているのか?)、オリジナルでこさえたらしい冊子(パンフの中に折り込んでいるなど)を持参されていた。本公演ではメガネ不可の規定があるそうだが、この会ではメガネOKで、普段メガネっ子な方はメガネで出演されていた。
人形はすべて出遣い。左・足はもちろん、ツメ人形、かいしゃく等もすべて顔出し(黒衣の頭巾なし)。そのため、舞台上がやたらワラワラしているように見えた。また、上下(かみしも)の小幕は常時開放されており、待機している人形が見える状態。小幕の中から舞台を確認している人も見える。普段の舞台の運営がどのようになされているのかがわかりやすくなっていた。
開演時の口上も特殊で、「総出遣い、総逆さまにて相勤め候」みたいな言い方になっていた。

 

演目は「寺子屋の段」、いわゆる源蔵戻りから。

以下、です。

幕が開いた瞬間から、手習子たち(めちゃくちゃ嬉しそうな富助さん他)の配置はなんか偏ってるし、ヲクリの三味線(勘十郎さん)はホラー映画のように不穏だし、床の真ん中らへんのエエとこに座っとる宗助は松永大膳かというような異様にド派手な肩衣着てるしで、ちいかわのようにおののいてしまった。三味線があまりにトロすぎるので、まじでヲクリのまま夜中になって、終電乗り遅れるんちゃうかと思った。普段はみなさん静かに聞かれている客席も、大笑いしたり、やたら拍手したりと、ヤンヤヤンヤの大騒ぎだった。しかしお客さん決して誰も「待ってましたー!」とかかけないのが、さすが、東京のツメ人形ッ。と思った。

アホの寺子屋……になるかと思いきや、当の寺子屋は、意外とまともに(?)運営されていた。
太夫にまわった人形さん・三味線さんたちは、玉也さんはじめ、パフォーマンスを入れてお客さんを湧かせたりと、「学芸会」的に楽しんでおられる方が多かった。しかし人形にまわった太夫のみなさんは、若干のご天然の方をのぞき、みなさん真(マジ)剣だった。結構、稽古してるのではないか。たとえば、源蔵役の藤太夫さんは、こまごました演技が続くはずの前半の源蔵をちゃんとこなしていた。藤太夫さんは本来代役のはずだが(元の配役は後半の源蔵だが、前半に回ったみたい)、よくここまでできるなと思った。
袴を脱ぐところが大変そうで、保育園のお着替えタイムみたいになっているのが、可愛かった。うまく脱げなくて、
どうしていいか若干よくわからなくなっている戸浪(清公さん)も、良かった。
もっとも、人形の左と足は「本物の人形遣い」。しかも主役級の左には本役相当の人がついており、大事故は回避できるようになっていた。首実検の松王丸の左・玉志さんと、戸浪の左・清五郎さんは、目が、マジになっていた。髪をセットしないで出ていたため、必死にやっているうちに髪の毛がどんどん乱れてきて、少女漫画のイケメンのようなパラリスタイルになっていた。玉志さんは、自分が松王丸遣っててもそんな真面目な顔してないだろというくらい、真顔になっていた。首桶絶対落とすまじ(開けたら首が若干変な方向向いてましたが……)。
首実検の松王丸を遣っていた織太夫さんは、結構稽古をつけてもらっているのか芝居がしっかりしており、かつ、松王丸がウッスラ玉志テイストになっているのが、かなり、面白かった(寺子屋に入るときにスッと伸び上がる姿勢とか。玉志しかやらねぇ)。

 

みんなが期待していた(?)演技ミスは、意外と(?)少なかった。多少ミスっても、すぐに左の人が注意したり、フォローしてくれる。
小道具を取り忘れそうになっても、すぐ左の人が渡していた。たとえば、前半の戸浪に何度もある「涙を拭く演技」、手拭いで拭く場合と、袖で拭く場合とがあるが、手拭いで拭く場合は左の清五郎さんが手拭いを取って右手に押し付けてあげていた。*2
主遣いが不慣れでもやりやすいように、左の人が
演技をアレンジしてくれているのかなと思わされる部分も多かった。たとえば源蔵が小太郎の首が入った首桶を持ってきたあと、源蔵と松王丸が首桶を挟んで互いに鋭く睨みをきかせる部分。本公演ではかなりの見どころだけど、完全に飛ばしていた。前傾姿勢が難しい等なのかな。やりたいやりたいって騒げば、左の人たちが何とかしてくれそうにも思うが。
本当にやらかしたのは、捕手ブラザーズ(薫さん、聖太夫さん)が、持参した空の首桶を置く位置を間違えて玄蕃の前に置いてしまったことと、戻りの松王丸(睦さん)が寺子屋の入り口の扉を閉め忘れたことくらいか。睦さんは気づいた周囲の人形遣いさんに注意され、戻って扉閉め→扉に向かって涙を拭くのをやりなおしをしていて、可愛かった。律儀。ちなみに、首桶の位置の間違いは玄蕃の左の玉翔さんがすぐに指摘し、みんな「あっちあっち」みたいに教えていたが、曲が進行してしまったので直せなくなり、そのままになった。まあいいか。みたいな。(?)
このようなミスは意外に気にならないのだが(なるわ)、目線外れは違和感があった。なんか、全体的に、散歩中にともだち犬に出会ったはいいが、飼い主同士が談笑しだして若干暇になった犬みたいな表情に、なっていた。やっぱり難しいんだな、正しい目線で遣うというのは。本職の人形遣いでも目線がおかしい人はよくいるけど、「きっちりした目線」は、熟練やその人の注意力、強い意識によるものなんだなと思わされた。
顔合わせをさせられた菅秀才(新人藤之亮さん)と小太郎(おなじく新人織栄太夫さん)の目線のはずれぶりは、もはや味わいが出ている域で、空中にカナブン飛んでるのかなって感じだった。

 

この配役逆転の舞台を見て気づいたことが3つある。

まず、太夫や三味線の演じる人形は、本職の人形遣いよりも確実に上手い点が、ひとつある。
それは、動きが必ず義太夫に乗っていること。
本公演において、人形の動きが義太夫に合っていない人形遣いというのは、かなり、いる。端役やツメ人形で、曲に合わないやたらバタバタした動きをしている人形に心当たりがある人は多いだろう。しかし、太夫や三味線の人は、人形の「初心者」であっても、それがない。当然ながら、彼らは演奏がすべての起点にあることをよくわかっているのだ。だから、ちゃんと糸(三味線)やコトバに乗った、リズム感のある動きになっている。また、動作のきっかけを常に床起点にしているため(逆に、そうとしかできないのだと思う)、演奏に合わない気持ちの悪い動きがない。なんか無駄にモゾモゾしていたり、所作自体は拙いとかはあるんだけど、動きは曲に接近しているので、極端な不自然感がないのだ。若手人形遣いは、まじで、見習ってくれ!!! と思った。

そして、人形は左がまともなら、なんとかなるッ!!!!ということも、重要。
前述の通り、「ちゃんとした役」には、「ちゃんとした左」が配役されていた。若手会やランクアップ配役の演目でもいえることだけど、左に上手い人がくると、どんなアホ(失礼)がかしら持っとっても、ものすっごく、まともに見える!!!!! その左の人が遣ったのと遜色ないくらい、ちゃんとしてる!!!!!!! タイミングが難しいところとか、演技忘れてんのかな的なところは、普通に口で喋って教えてたし……。
なかでもデラックスだったのは、「いろは送り」の千代。錣さんが主遣い、左を和生さんが遣っていたのだが、ある意味、ふだんの本公演より上手い千代で、やばかった。もう、ほぼ、和生が遣っていた。っていうか、和生さんが、錣さんを遣っていた(本当)(錣さんがかしらを持っている左手に、和生さんが自分の手を添えてあげていた)。ただ、錣さんも普通に振りが出来ていたので、結構稽古しているのではないかと思う。最後に後ろぶりになって泣き崩れるところなど、「いっぺんやってみたかったー!!!」的に、嬉々としてやっておられた。もちろん、千代の後ろぶりも左が命で、ほぼ和生さんがやってあげていたんだけど、座談会の玉男さんのお園よりは、錣さんが自分でやってました(?)。
ちなみに「いろは送り」呂太夫さんの松王丸の左は玉男さんだったが、玉男さんはお客さんが喜んでくれているのが嬉しすぎたのかずっとヘラヘラしており、松王丸の目が(なぜか)右に引かれていたのにまったく気づいていなかった。松王丸はアホの松王丸と化した。玉男〜〜しっかりしてくれ〜〜〜。
目の遣い方がおかしい人形はほかにもいて、寺子屋へ戻ってきたときの黒小袖の千代(文字栄さん)は目が閉じてしまっており、朝顔みたいになっていた。「ああーーー😱」と思っていたら、上手へ向き直った拍子に左を遣っていた勘彌さんが気づいて、注意した。それで一瞬なおったが、数秒後に、また閉じた。勘彌さんは諦めたようだった(勘彌〜諦めたらそこで試合終了だよ〜〜)。人形の目って、指導や注意を受けないとまともに遣えないもんなんだなと思った。

人形さんは、語りが地獄のように下手な人が多かった(失礼)。オホーツクの流氷を思わせるすさまじい棒読み、桜島から噴き出す噴煙のごとき音痴で、昨日初めてこの曲聞いたんかいとしか言いようがない危険水域に達している方が、多数、おわした。誇張じゃなくて、本当に、すごかった。*3
でも、特に女形の方は、ああこの人はこの役をこう思って遣っていたんだなということがわかる語りの方が多くて、なるほどと思わされた。不思議なことに、棒読みは棒読みでも、喋り方のトーンや緩急が、義太夫自体ではなく、人形の動き自体に寄ってるんだよね。だから、棒読みでも、ああこの人は確かにこう遣ってるよなと思わされて、意外と違和感がない。繰り返しかかる演目だし、名演の録音も多数出ているため、みなさん基本的な演奏を知らないはずはないのに、人形に沿ったオリジナルな調子になるのが、面白かった。

 

本公演だと、どんなド下手が出てきてもマナー上笑うことはできないのだが(?)、心置きなく笑うことができて、良かった(?)。
舞台が致命的に崩壊しなかったのは、配役が
よく考えられているからだろう。床は太夫か三味線いずれかに必ずまともな人がつけられていて、演奏が壊滅的なことにならないようになっていた。要所に配されていた宗助さん・清介さん・燕三さんは、三味線弾きが浄瑠璃を語る自主公演「蝠聚会」で鍛えているだけあってか棒読みではなく、リズム取り等がしっかりしていた。そして、いろは送りは、ここで終わってしまったら本当に終わってしまうので(?)、三味線に一番ちゃんと弾ける呂勢さんが配されていた。人形の重要な役にはきちんとした左がついており、安全かつスムーズに進行できる体制になっていたのは前述の通り。常にまともな人が舞台に数人出ており、その人たちが伝言ゲーム(?)をして、スムーズに進行できるよう段取りをしているようだった。和馬さんがかいしゃくでずっと控えていたのも大きかったかも(あっちゃこっちゃちょろちょろしてるのが見えた)。
しっちゃかめっちゃかな舞台ではあるのだが、そのしっちゃかめっちゃかを通して普段の公演の見方のヒントとなる部分も多く、面白い舞台だった。
今回は清十郎さんがお休みだったのが残念。次回はぜひ清十郎さんの活躍を拝見したいです。

 

最後に、私的MVPを大発表します。

🥇大優勝グランプリ 文司さん(まんなかあたりの太夫担当、戸浪)
逸材すぎる!!!!!!!! どこから見つけてきたんだこの才能!!!!!!!!!!!!(何十年も前からおった) 文司さんの外見からはまったく想像のつかない高音の棒読みはかなり迫力があった。棒読みといってもそれなりに抑揚をつけている人が多いなか、文司さんだけは真性の棒読みだった。文司さんが語り出すとお客さんが爆笑してしまうので、何言ってんのか聞こえなかった。本当に、すごかった。

🥈2位 呂勢さん(後半の三味線担当)
本当にある程度弾けるという意味で配役されていた人。後半の三味線はすべて呂勢さんが弾いていた。糸の交換(繰り出し)もばっちり。呂勢がいなかったら終わらなかったッ。まともな意味で、MVP!!!!! お疲れ様でした!!!!!

🥉3位 津國さん(人形の玄蕃担当)
玄蕃がゴッホの「星月夜」くらいうねっていた。首がいんでるとか、目線が外れているとか、そういう問題ではない。人間なら複雑骨折で死んでる。左の玉翔さんが頭を掴んでなおそうとしていたが、うねりへの決意が強すぎて、全然治らなかった。見ると笑ってしまうので見ないようにしたかったが、玄蕃は常に目立つ位置にいるので、ツラかった。あと、迎えにきたパパのもとへ走って帰ろうとする手習子たちを改めるところ、普通に扇子当てる位置が完全に間違ってたのだが、横にいるなら玉志も注意してやってくれよ!!!!! なんで首の後ろに扇子当ててんだよ!!!!!!!

🥳特別賞 玉佳さん(太夫、三味線、人形の戻りの松王丸の左)
三業制覇!!!! さすがみんなのアイドル、タマカ・チャン!!!!! 松王丸の左になったときには持ち場へ帰って安心されたのか、若干ヘラついておられたが、睦さん松王丸が大泣きするところで扇を開くのを失敗した際、「あ、ミスった」と観客が思う間もなく瞬間的に綺麗に開いた扇を差し出してあげていて、さすが玉佳!!!!!!!!!と思った。玉佳さんが本役で松王丸を勤める日を心待ちにしています。

 

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(開演前の床のセッティング)

 

  • 太夫
    野沢勝平、竹澤宗助(ドヤ顔長時間出演)、桐竹勘次郎、吉田一輔(わりと逸材、戸浪役)、吉田玉佳、吉田玉也(メガネ出演、玄蕃役)、吉田玉男(手習子役、ドピンク肩衣とともに可愛かった)、鶴澤藤蔵、吉田簑一郎、吉田玉輝(照れ笑い)、鶴澤清介(ドヤ顔2)、鶴澤清方、吉田簑紫郎、吉田勘市(まとも)、吉田簑太郎、吉田文哉、吉田文司(本当に逸材、長時間出演)、吉田簑二郎(地獄の美声)、吉田文昇、桐竹勘十郎、桐竹紋臣(わりと逸材3)、鶴澤燕三(ドヤ顔3)、桐竹勘壽(怪音波美少女)、吉田玉延、吉田玉峻、桐竹紋秀、竹澤團七(まとも)、鶴澤清志郎

  • 三味線
    桐竹勘十郎(怪しすぎ)、吉田玉佳(さすが研修生出身なんとなくまとも!?)、豊竹咲寿太夫、吉田玉誉、吉田玉延、吉田玉勢(怪しすぎる音に途中で照れて笑ってしまっていたのが良かった)、桐竹紋吉、吉田玉彦(うっすら怪しい)、豊竹呂勢太夫

  • 人形 <左や足を覚えている方、ぜひコメント欄に情報ください>
    菅秀才=鶴澤藤之亮(前半)/鶴澤燕二郎(後半)
    小太郎=竹本織栄太夫
    戸浪=鶴澤清公(前半 左=吉田清五郎)/鶴澤清馗(後半)
    源蔵=豊竹藤太夫(前半 左=吉田文哉)、豊竹咲寿太夫(後半)[豊竹南都太夫休演につき上記配役へ変更]
    玄蕃=竹本津國太夫(左=吉田玉翔)
    松王丸=竹本織太夫(首実検 左=吉田玉志、足=吉田玉征)/豊竹睦太夫(戻り 左=吉田玉佳)/豊竹呂太夫(いろは送り 左=吉田玉男
    千代=竹本文字栄太夫(戻り前半 左=吉田勘彌)/鶴澤清𠀋(戻り後半 左=吉田玉翔)/竹本錣太夫(いろは送り 左=吉田和生)
    御台所=鶴澤友之助
    よだれくり=鶴澤燕二郎
    手習子[ツメ人形]=豊澤富助、鶴澤清允、鶴澤清志郎、豊竹咲寿太夫
    駕籠かき[ツメ人形]=野澤錦吾、豊竹亘太夫
    百姓[ツメ人形]=豊竹芳穂太夫、竹本小住太夫、鶴澤清友(おっちゃんここにおったんかい!)、豊竹希太夫
    捕手[ツメ人形]=豊竹薫太夫、竹本聖太夫

  • 囃子 望月太明藏社中




最後に、カーテンコール。勘十郎さんがマイクを手に中央に立ち、呂太夫さん(+玉男さん)、錣さん(+和生さん)は人形を持ったままで、そのほか出演者全員で舞台へ出て挨拶。本公演千穐楽とは異なり、出演者が全員舞台に出ての挨拶だった。みなさんワラワラしていて、楽しそうで、良かった。

技芸員さん・お客さんみんなで大阪締め(う〜ちましょチョンチョンというやつ)をして終わりだったのだが、とくに馴染みもないはずなのに文楽のイベントでやる機会がそこそこあるせいか、なんか、だんだん、普通にできるようになってきた。東京の締め方(酉の市でデカい熊手を買うと店の人と一緒にやるやつ)よりも出来るようになってきたかもしれん。




文楽の公演は数あれど、こんなに多幸感に満ちて、賑やかな公演はそうそうない。大規模な外部公演では、ほとんどの人形さんが出演するような舞台はたまにあるけど、床の人がこんなどっさり出ることはないからね。そして、どんな「若造」にもちゃんと役が振られているのも、良かった。お客さんもみなさんとても楽しんでおられて、ワイワイとハッピーな時間を過ごすことができた。

 

この公演は全席をチケットぴあ経由で販売するという方式で、チケット入手機会が本当に「平等」になるように配慮されていた。こういうフェアな方法が取られたのは素晴らしいことだと思う。私は自力ではチケットを確保できず、知人の方に甘えさせていただきました。本当にありがとうございました。

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入場時に配布されるパンフレットに、技芸員全員の集合写真が載っていた。ちゃんとスマイルな人、異常に嬉しそうな人、かっこつけて写ってる人もいるんですけど、逆光だったのか錦糸さんはじめ目ぇつぶってる人いるし、虚無の表情の人いるし、文昇さんと玉志さんはふたりだけ Boys be Ambitious! みたいな方向見てるし、どないなっとるんじゃ??? じっくり見ていると笑いが止まらなくなる。これだけの人数全員がまともに写るのは至難の技ですね。

 

A4・8Pのパンフ。ベースのトープっぽい色は特色のパールで印刷されています。

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入場者ノベルティの『文楽年鑑2023』。(販売あり)
全技芸員のプロフィールが掲載されている本。過去の『文楽年鑑』は、文楽に造詣の深い外部識者の方が執筆しており、その方ならではの視線を感じる個々への評価文が魅力的だったが、今回はセルフ回答式。昔、小中学校の卒業式のときに交換した「プロフィール帳」のようなQA形式となっている。いろいろご事情があるのか、文庫本サイズと判型がめちゃくちゃ小さいのが、なんか、面白い。本人たちですら老眼で読めなさそう。(失礼)

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映画好きの自分としては気になる「好きな映画は?」という設問もあった。玉志さん、勘彌さん、玉佳さんの好きな映画はさっそく見てみたので、noteへ感想記事を書きました。

 

物販では記念品として「トートバッグ」「クリアファイル2種(二つ折り式と普通のもの)」が販売されていました。

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(未開封につき、ものがわかりづらくてすみません。二つ折りのクリアファイルは全員集合写真、普通のは国立劇場小劇場の舞台/客席の写真になっています。トートバッグの裏面図柄は、文楽座の紋)





おまけ

終演後、「出演者がお見送りをいたします」というアナウンスが入り、ロビーと出口外に技芸員さんが整列して(どんだけ素早く出たんだ?)お客さんへ最後のご挨拶をするというサプライズがあった。

このお見送りに、玉志さんがヒッソリ混じっているのが、良かった。こういうのには一切お出ましにならない方だと思っていたが、若干隠れ気味ながらお立ちになっており、真面目……、と思った。

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*1:2回目の休憩時、物販を手伝おうとやってきた錣さんに、ロビーを横断するほどのすさまじい行列ができていた。錣さんは襲名公演のときもロビーにサインを求める人の行列が形成されていたが、錣さんには人を行列させる何かがあるのか?

*2:清公戸浪は、小太郎ママをも殺害するという源蔵の話を聞いて驚き下手へ向かって倒れる「ヒーエー」など、難しそうと思えるところも、左の清五郎さんががちゃんとしている+きちんと指導を受けて本人も稽古しているのか、綺麗に決まっていた。左メインの演技は本当にバッチリ。

*3:真剣な話、この人ら、稽古してる………………? 誰が指導したん……? それとも、あれかな、Youtube用の動画とか撮ると、自分ではテンション高めにやっているつもりでも映像で見直すとものすごい陰鬱に見えてしまって、異常者レベルでハイテンションにやらないと間持ちしないとかいう、あれみたいな感じなのかな……。