TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

酒屋万来文楽『艶容女舞衣』酒屋の段 白鷹禄水苑

酒屋万来文楽(白鷹文楽)は、兵庫県西宮市にある酒造会社・白鷹が所有する施設「白鷹禄水苑」で開催される小規模イベント。

白鷹禄水苑は蔵元の住居兼酒蔵だった建物をイメージして作られた古民家風の建物で、自社製品を飲むことができるカフェバー、酒や酒器・おつまみ等を扱うセレクトショップ、所蔵品の展示施設、懐石料理店などが入っている。この公演はその2階にある「宮水ホール」という小さなサロン風の空間で行われた。

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席数が少ない+自由席先着順と聞いていたので早めに現地到着、なんとか狙っていた範囲内の席をゲット。上記の通り会場が古民家風の建物で、舞台や客席を常備した上演ホール等ではないため、何もない空間に簡易な舞台を立て、その手摺ギリギリ、数十センチの距離まで客用の椅子を100席程度びっしり並べるという設営。小ぶりなミニシアター程度の広さしかないので、通常の公演では考えられないほどに舞台が近い。薄茶の壁と高い天井に渡した美しい黒い梁が印象的、美術セットが木戸と奥に続くのれん口程度の簡易なものでも、会場自体とマッチしていて雰囲気がある。ちゃんとした楽屋がないので、開演前に1階を技芸員さんたちがウロウロしていたのがちょっと笑えた。完全にそのへんのおっちゃんな私服の方とか、お客さんと同化していて「すき……」って思った。なかでも和生さんが人探しでずっとうろうろされていたのが一番おもしろかった(?)。すんげー進藤英太郎に似たおっちゃんいてると思ったら和生さんだった。文楽の会場近くで進藤英太郎風のおっちゃんいたらまず和生さんですね。

 

 

 

第一部は『艶容女舞衣』酒屋の段の上演。お園・宗岸の出から、半七・三勝が心中へ向かう場面までの上演だった。床の配役は太夫=豊竹呂勢大夫、三味線=鶴澤藤蔵。人形の配役はお園=吉田和生、宗岸=吉田玉志、半兵衛=吉田玉佳、半兵衛女房=吉田文昇。

一番前の席だったのだが、すっと手を伸ばせば人形に手が届くほどに舞台が近い! 手が届きそうとかの比喩じゃなくて、本当に手が届く至近距離。舞台といっても客席とのあいだに段差などはなく、普通の部屋を客席と舞台手摺の薄い板一枚で仕切っているだけで、通常の公演よりも向こう側とこちら側の境界線がゆらいでいる。陰影の濃いライティングの中、薄暗い空間で人形が動いているさまは、人間として人形たちを見ているというより、自分が小さくなってドールハウス(?)に入って、真夜中の人形たちの秘め事を覗き見ているかのような感覚。とくに半兵衛に縄がかけられているのにみんなが気づくところなど、狭い空間で半兵衛が手摺ぎりぎりまで身を乗り出し、それに皆がつかみかかるという姿は本当に人形が生命を得てひとりでに動いているようで、ぞっとした。こんなにも近い距離なのに人形遣いのすがたがまったく見えないのはなぜだろう? 「くるみ割り人形」の人形たちの饗宴を覗き見していたらこんな感覚だろうか? 恐ろしいほどに美しい人形たちの姿を堪能できた。

和生さんのお園の貞淑さ上品さには目を見張るばかり。普通に考えたらありえない設定の話ではあるものの、それに説得力を持たせるに足る美しいクドキだった。派手さをおさえた清廉な振りは、まさに心から「恨み辛みもつゆほども」なく、ただ一心に夫を待っている娘という感じ。人形だからこそできるファンタジー。

そしてお通の出からは人形の配役が交代し(さりげなさすぎて気づかなかった!)、舞台下手の木戸の外に三勝=吉田和生、半七=吉田文昇が登場する。これは当初出ていなかった配役なのでびっくり(というか、別に誰の配役も出てなかったけど……)。お園と三勝が同じ人形遣いって、すごい配役。三勝はお園とはまた違った色気があって良かった。

個人的な注目はお園の父・宗岸役の玉志さん。ごくわずかなかしらの動きで宗岸の威厳と父親らしい深い思いやりを表現しておられた。宗岸はジイちゃん入っているからか、本当にちょっとしかかしらを動かさず(まじでごくわずか)、その深い思いの仕草は集中して見ていないとほとんどわからないのだが、舞台の近さもあってその繊細な演技を堪能することができた。ふだんからこうされてるんでしょうけど、本公演だとなかなかここまで微細な部分は見られませんよね。

本舞台と並べて設置された床も客席と距離がきわめて近いため、太夫の声、三味線の音を十分に堪能できる。呂勢さん、お園のような複雑な内面のある女性像は正直どうなるのかなと思っていたけど、大変丁寧に語られていてとても良かった。そして、文楽はやはりある程度義太夫が大きい音で聞こえたほうがいいなと感じた。義太夫で外界の音や雑念がシャットアウトされると舞台への集中度がぐっと増す。これくらい客席と床が近いと、その音量で現世と舞台との空間がぱつんと切り離され、浄瑠璃の世界に陶酔できる。

 

あとは本当に舞台までの距離がものすごく近いので、和生さんの定紋がとりちゃんということがわかってよかったです。すずめちゃんでしょうか? こうもりちゃんだと思っていました。

 

 

 

お酒やドリンクをいただける休憩時間をはさんで、第二部は和生さんのトークショー。というか質疑応答タイム。お園の人形をかたわらに、和生さんが簡単な上演解説とお客さんの質問を受けるというもの。気さくでお優しい和生さんのお人柄がよく出た素敵な時間だった。とってもほのぼのした……。以下簡単にお話の内容。

  • 今日のお園は少し頭が小さく、体(衣装)とのバランスが悪い。このかしらは少しほおが落ちていて淋しそうなので、夕しで(『刈萱桑門筑紫𨏍』)、雪責めの中将姫(『鶊山姫捨松』)などに使う。貧乏をしている役はほおが落ちたものを使う。衣装の梅柄は文五郎師匠が使って人気のあった柄。ほかには氷が割れたような線(梅の枝の模様?)が入っている衣装を使う人もいる。
  • このお園は、酒屋と同じく「出戻り」の人形。元々は文五郎師匠が名古屋のお客さんから注文を受けて拵えた飾り人形。納め先に不幸が続き、持ち主が占い師に見てもらったところ、「帰りたがっているものがある」と言われ、探してみるとこの人形のことだった。そのため、文五郎師匠の弟子である文雀師匠のところへ返された。
  • お園のクドキの型は色々ある。木戸の柱にもたれ掛かって遣っていたら、色気がありすぎて遊女のようだとお客さんに言われた。行燈にもたれかからせて遣う人もいる。初代栄三師匠は一回くるりと回ってから庭に下りる芝居をしていたらしい。二代目もそうしていたが、なぜくるりと回るかはわからないそうだ。
  • 「娘」と「老女方」のかしらの違いについて。老女方は基本的に目が閉じる。娘で目を閉じるものはお初など、一部。他には口元の彫り方が微妙に違うと言われている。老女方のような母役は、耐えなかればいけないことも多いので、口を「くっ」と食いしばるような彫り方をされている。娘は青春の喜びでほころんだような口元。また、老女方はお歯黒をしており、娘はこのように(人形を見せて)白い歯。
  • 師匠の個人所有だったかしらは5番くらいある。最近は人形のかしらがネットでも売りに出されている。文楽の飾り人形をケースに入れて飾るとサイズが大きく、持ち主が亡くなったあとに保管に困った遺族が売ったりしているようだ。文楽では檜のかしらを使うが、よく出回っているのは桐のかしら。普通に見ている分には桐でも変わらないのだが、湿度への耐久性や補修を考えると檜が良い(このあたり記憶あいまい)。わたしらも、大江巳之助さんの焼印があり、檜製で、ものが良ければ買う。衣装は古くなり日に焼けてしまって使えないので、かしらだけが目的。人形の装飾品については、かんざしは個人所有で集めている人もいる。
  • 大江巳之助さんの没後、基本的に新作の人形のかしらは存在せず、ずっと補修して使っている。50〜60年はいまあるものを補修で使い続けられるが、そのあいだにひとりふたり、人形細工師が育ってくれれば。
  • かしら割り委員について。芝居のタイトル・役割が出た時点で決めて、床山さんに発注する。文雀師匠は全部自分で考えていたが、ぼくは床山さんやかしらの担当の方に任せて、責任だけ全部取る!という方式にしている。ぼくが入門したころから師匠はかしら割りをしていて、入ってすぐの頃は手伝っていたが、だんだん舞台が忙しくなってしばらくやらなくなった。しかし、晩年手伝わざるを得なくなった。
  • 酒屋の話がひどすぎる件について。酒屋は曲の良さ、両父親の思いあってのお園の芝居。ただ、わたしら戦後生まれとしてはやっている方も違和感がある話。よそに女がいて子どもがいて帰ってこないって……??????
  • 『艶容女舞衣』が全体でどういう話になっているか? 通しでやったことないからわからない! わたしらは研究者ではないし、丸本も全部読み込んでいるわけではないので。わたしは酒屋と道行しかやっていない。全体でいうとどうかわからん! 道行(道行霜夜の千日)はもっとひどいですよ! 酒屋でお園が半七からの「しかし夫婦は二世と申すことも候へば、未来は必ず夫婦にて候まま……」という手紙を読むが、道行では三勝が「先の先のずっと先まで」と言う場面がある。劇場でもよく「おかしい」と言われるが、ぼくらの責任じゃない!!!!!
  • 人間国宝の認定について。肩書きを頂いたけれど、もらったからといってぱっと上手くなるわけではないし、「今まで」に対して頂いたこと。それにわたし一人でもらったわけではなく、左遣い、足遣い、太夫さん、三味線さん、床山さん、衣装さん、劇場の方、なによりご来場いただけるお客様あってのことだと思う。
  • 皇室の方は文楽を見に来てくださることがあって、大阪府橋下知事時代に助成金カットがあったときも大阪へ来てくださった。人間国宝の認定式のあと、皇居でのお茶会に招待され、皇后陛下から「あのときは大変でしたね」とお声がけいただき、誰か事情を知っている人が両陛下に来ていただけるようにしてくださったのかなと思った。
  • 人間国宝になって一番変わったことは……、朝は最寄駅まで自転車で通っているが、その駐輪場のおじさんが「先生おはようございます!!!」と声をかけてくれるようになったこと! 前から「吉田和生さんですよね?」とぼくのことを知ってくれている人がひとりいたが、その人が話をしてしまったのでは……。
  • 好きな役、嫌いな役についての質問は、聞かれても返答をお断りしている。配役は制作が決めることで、こちらからは決められない。好きな役や嫌いな役を答えてしまうと、実際その役が来たとき、「あのひと、あの役嫌いて言うてた」ということになってしまうので。
  • 文雀師匠に教わったこと。一番大きいのは、芝居や役柄に対する考え方。ああせえ、こうせえということ(即物的な指示)ではない。
  • 公演前のお参りについて。行ったからと言ってどうということでもない。けじめ(?)のようなもので、気の持ちようの問題。泉岳寺は判官さんの役をよくいただくので、役がつくたびに行っている。
  • 1月の『摂州合邦辻』の見方について。この段だけ見るなら「玉手御前は俊徳丸を助けるため、毒酒を飲ませて自分の血で助ける」とだけわかっていれば良い。自分が玉手を遣うときは、前半は本当に俊徳に惚れていたように演じる。そうしなければ説得力がない(このあたりニュアンスあいまい)。

 

 

 

第三部は1階のバーで申し込み制の懇親会。出演者の方や他のお客さんと立食パーティー式で歓談ができるというもの。酒造会社主催のイベントらしく、通常店頭には出ていないという日本酒が振舞われる。本当は、日本酒かー、どうしようかな〜、と思っていたんだけど、これはすごくフルーティーで飲みやすく、とてもおいししくいただけた(しかも飲み放題でした)。乾杯して客がワイワイガヤガヤやっているうちに、出演者が順番に挨拶。会がはじまったばかりなのにすでに完全に出来上がっている方がおられて爆笑した。どんなハイテンションやねんというはっちゃけ状態だった〇〇さんはたぶん和生さんのトークショーの段階から先に飲んでおられたんでしょうね……広瀬アリスの娘義太夫のものまねされてました。ベテランのみなさんのほか、おもてに顔を出さずご出演のお若い方々もひとりづつご挨拶されていてとても良かった。

 

 

 

本編、トークショー、懇親会と、とても充実したイベントだった。小規模会場なので早々に予約しなければならないが、そのぶんいつもと違う格段の迫力を感じられた。音楽用ホールではないが音響も良い。固定メンバーらしい出演者も豪華だし、また来年も行くことを検討したい。

 

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  • 『艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)』酒屋の段
  • 出演=豊竹呂勢太夫、鶴澤藤蔵、鶴澤友之助、吉田和生、吉田玉志、吉田玉佳、 吉田文昇、吉田勘市、吉田文哉、吉田玉勢、吉田玉翔、吉田玉誉、吉田玉彦、吉田玉路、吉田和馬、吉田玉延、吉田玉俊、吉田和登(配役表共有いただき、修正しました!)
  • https://hakutaka-shop.jp/event/ps/2017-12-03/

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