TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段 「物語」の人形演技図解 1

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今月、大阪文楽劇場では、文楽屈指の名作『一谷嫰軍記』が上演されている。そのうち、「熊谷陣屋の段」の前半にある「物語」は、出演者全員が力を入れるこの演目最大の見所だ。

「物語」とは、男性主人公(武将)がことの次第を回想し、周囲へ言い聞かせること。語りと音(太夫・三味線)と身振り手振り(人形)だけで過去の情景やその思いをありありと表現することに特徴がある。

「熊谷陣屋」の「物語」では、主人公・熊谷次郎直実が、須磨の浦で平家の公達・敦盛の首を討った過程を、敦盛の母・藤の局、みずからの妻・相模へ語り聞かせる。『一谷嫰軍記』において熊谷が敦盛を討つくだりは「組討の段」で描かれており、そこで起こったできごとの語り直しという体裁になっている。
しかし実は、「熊谷陣屋」で語られる「物語」は、「組討」で起こった事実とは微妙に異なっている。なぜ彼は"嘘”をつくのか。彼はなんのために「物語」を語るのか。この「物語」は誰にむかって語っているのか。そこに『一谷嫰軍記』最大のドラマが込められている。

 

ただ、実際問題として、いち観客からすると、「物語」は長く複雑で、理解しにくい。よく見ていると、熊谷は自分が語っている内容をそのまま演技へ写し取って演じており、つぶさに見ていれば、わかるようにはなっている。ただ、その「つぶさに見る」というのが、義太夫がどんどん流れていく上演中には、難しい。

そこで、「物語」の人形演技を細かく分解して、「何をやっているか」を少しでも理解しやすくしてみたいと考えた。NHKエンタープライズから出ているDVD『人形浄瑠璃文楽 名場面選集』に入っている「熊谷陣屋の段」の映像を使い、初代吉田玉男の熊谷の演技を描き起こしてみた。
(映像の収録は昭和62年1月)

 

今回の11月公演で熊谷役を演じている吉田玉志さんは、初代玉男の弟子。師匠の芸をうつしとる傾向が強い人のため、演技はほぼ同じなので、より参考にしていただけると思う。
観終わったあと、「そういえばこんな演技してた!」等を思い出したり、「そうそうここの部分こうしてた」とチェックするのに使っていただければ幸いに思う。

 

(「物語」はめちゃ長いんで、記事は3分割にして掲載予定です。今回は第1回です)

 

 

contents

 

00[その日の軍のあらましと。敦盛卿を討たる次第。]

屋体下座に座り、上座の藤の局の方を向いて座っているところから、「卿」で軽く両手を広げ、軍扇を取り出し膝に立てる。

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01[物語らんと座を構へ。]

右手、左手をまわし、少し伸び上がって「ドン!」という大きな足拍子とともに、大きく舞台中央へ歩み出る。(ツケ入る)
手を左右に広げ、舞台センターで真正面を向いて堂々と座る。右手に軍扇を持ち、膝へ立てる。

 

 

02[扨も去る六日の夜。早東雲と明る頃。]

右手に閉じた状態の軍扇を持ち、顔をやや上げて目線を軽く浮かせ、遠い目になり、左右へ移動させる。左手は太ももに添えた基本状態。

*落ち着いた様子で早朝の空を見回す。

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03[一二を争い抜け駆けの。平山熊谷討取れと。切て]

右手で軍扇を10時方向へ素早く差し出し、すぐ下ろす。「平山熊谷」で目線を上手下方へ落とし、左右の手を差添に添える。
「切て」で、差添にかけていた軍扇で柄を叩く。

*平家軍の熊谷・平山討伐命令の様子。

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04[出たる平家の軍勢。]

「る平家の」で、右手に持った軍扇を9時方向やや前方へ差し出す。

*承前、平家軍の出撃の様子。

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05[中に一際]

左手で袴の左腿を掴み、続けて右手も袴の右腿を掴み、袴を軽く引き上げつつ、少し腰を上げ左右の足をその場で足踏みさせる。
「際」で閉じた軍扇を膝の間にまっすぐに立てる。

*敦盛の姿を見つけた騎馬状態の自分が伸び上がる表現?

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06[勝れし]

立てた扇を持った右手を左手の上に添えて突き、軽く伸び上がり、「ぐれし」で体とかしらを左右へ軽く揺らせる。
「いぃぃ〜」と太夫が伸ばしているあいだに、8時方向に軍扇を突き出した状態で立ち上がる。右足は7時方向へ伸ばして大きく踏み出し、左足は4時方向へ開いて膝を曲げて下ろす(棒足)。左手は肩の高さに上げ、手のひらを開いて正面へ突き出す。ツケ入る。この動作は次につながるもの。

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07[緋威。]

右手で軍扇を8時方向へ切るように振り下ろしながら広げる。そこから持ち上げて頬の近くまで上げ、震えさせつつ、裃を撫でつけるように弧を描きながら、7時方向へ再び下ろす。このとき左手は裃の左身頃(向かって右側)のヘリを下から上へ伝わせてピリピリと引き上げる。右手の扇を右膝まで下ろしたところで、同時に左手の引き上げも一番上で止める。寄り目でツケが入って決まる。このときは右肩が軽く出ている(右半身を踏み出している)状態。

*華麗な軍装の敦盛の表現。

みどころ

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08[さしもの平山あしらひ兼。浜辺を指して。]

軍扇を脇差の柄に打ち付けて閉じる。体の向きを真正面へ直す。「兼」で軍扇を上下へ振り直す。
「を」の直後の太夫の声のアキのあいだに、右腕を肩の高さまで上げ、ビシッ!と正面へ突き出す。
姿勢は崩さないまま体を低くして、「(指し)て」のあたりで一瞬、軍扇を手すり(地面)へ軽く叩きつけ、腰あたりまで素早く引き戻す。

*アッあいつ逃げよった!の様子(?)

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09[(三味線のみ)]

その動作からつないだまま、体全体を舞台上手へ向ける。動作転換と同時に、軍扇を8時方向から1時方向へ弧を描きながら素速く引き上げる。

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10[(三味線のみ)]

右を向いたままで、立ち上がって扇を4時方向へ突き出す。扇をみぞおちの高さまで上げて、上手から下手へ向かって、軍扇を指し示していく。ツツツーと「一」の字を書ようにすべらせる。この際、体の向きも正面側へなおしていく。三味線に乗せて足拍子を踏む。

*言葉に先行しての演技。平山が敦盛・熊谷がいる場から逃げ去っていく表現。

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11[逃出す。]

そのまま体を左へ向け、扇を差添の柄に強く打ち付ける。すぐに左手の手のひらを上に向けながら上げる。

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12[(三味線のみ)]

右足を踏み出し、左足を引いて右半身を乗り出して、扇を持った右手を正面へ突き出し、左手は下ろして決まる。(ツケ入る)

みどころ

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13[テ健気なる若武者や。逃る敵に目なかけそ。]

ゆったりと体勢を戻す。右足、左足を踏んで正面に向き直る。

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14[熊谷此処に控へたり。]

扇を立てて胸元にもってきて、自分を指し示す。かしらは正面を見据える。

*敦盛に自分がいることを示す。

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15[返せ。戻せ。]

下手を向き、扇で先を指し示す。

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16[ヲ丶イ。おいと]

右手の扇は下ろして、まず、左手の手のひらを上にしてゆったりと突き上げる。左手を一旦下ろし、二度目は手のひらを体の正面側に向けて掲げる。眉を上げる。

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17[扇を持つて打ち招けば。]

右手の扇をゆったりと振りながら開き、要を返して高く掲げる。足拍子。

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18[駒の頭を立て直し。]

正面に向き直り、扇をふんわりと舞わせながら顔の前にかかげる。
体を下手へ向け、みぞおちの高さで扇を逆手に持つ。左手を体の前へ上げて、手のひらを上に向けて拳を握り、すぐに返して下ろす。

*敦盛が馬の手綱を引く表現。

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19[波の。打物二打三打。]

扇を右腰に押し当てて閉じる。扇を高く掲げて、顔の横で□を描くように→↓←↑と振る。最後に一番上までくるところで、扇を振りながら開く。

*刀を交えるさま

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20[いでや組んと]

扇を顔の横に掲げる。扇を水平に構えなおし、扇で宙を切らせるように腕を大きく水平に広げる。左手も同時に広げる。「と」で顔の向きを正面になおす。

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記事2へ続く

 

 

┃ 参考映像