『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段、熊谷の語る「物語」の人形演技図解、第2回です。
「熊谷陣屋」の「物語」は、熊谷がどこに目線を向けるかに理解の鍵があります。「物語」の最中、熊谷はある人物のほうに目線を動かします(文楽では「目を引く」といいます)。熊谷の目の動きは前列席だと肉眼でも十分見えるのですが、席が遠めの場合は、オペラグラスをお持ちいただいたほうがより良いと思います。
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文楽『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段 「物語」の人形演技図解 1 - TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹
contents
- 21[馬上ながら]
- 22[むんづと組。]
- 23[両馬が間に]
- 24[どうと落つ。]
- 25[ヤア/\何として其若武者を組敷てか。]
- 26[サレバ御顔をよく見奉れば。]
- 27[かね黒々と細眉に。]
- 28[年はいざよふ我子の年ばい。]
- 29[定めて二親ましまさん。]
- 30[其御歎はいか計と。]
- 31[子を持たる身の思ひの余り。]
- 32[上帯取て引立て]
- 33[塵打]
- 34[払ひ。]
- 35[早落給へ。]
- 36[とすゝめさしやんしたか。そんなら討奉るお心ではなかつたの。]
- 37[ヲヽサ早落給へとすゝむれど。]
- 38[イヤ一旦敵に組敷れ何面目にながらへん。]
- 39[早首取よ]
- 40[熊谷。]
- 41[ナニ首取といふたかいの。ヲヽマ健気な事を云たのふ。]
21[馬上ながら]
かしらを震えさせながら、広げた両手を顔の前に戻す。扇を返して、扇で顔を隠す。
22[むんづと組。]
大きく弧を描きながら立ち上がり、ゆったりとした足取りを踏んで宙を舞うように上手を向く。
23[両馬が間に]
扇を返しつつクルンと円を描きながら、上手上方から下手下方へ向かって扇を振り下ろす。足はスライディングさせるように足拍子を入れながら踏み直し、全身で下手へ向かって動く。以上全て優雅な動き。
24[どうと落つ。]
扇を下ろし、体を下手向きにしたままかしらを正面に向ける。左手は、一旦、胸の高さで手のひらを上向きにして構えた後、力強く扇に添える。足拍子。
25[ヤア/\何として其若武者を組敷てか。]
藤の局のセリフ。直前のポーズで静止したまま聞く。
「てか」で正面に向きなおり、扇を差添の柄に打ち付けて閉じる。ゆっくりと基本形に戻りはじめる。
26[サレバ御顔をよく見奉れば。]
正面を見て、両手を下ろした基本形で構える。
27[かね黒々と細眉に。]
閉じた扇を顔の前、下方におき、それをまじまじと見つめる。かしらを少しずつうつむかせてゆく。
*敦盛の顔を見つめる表現。
28[年はいざよふ我子の年ばい。]
扇を一旦右脇へ戻し、ゆっくりと開いて、顔の前に構える。
29[定めて二親ましまさん。]
そのままの姿勢で、眉を微妙に上げ下げしつつ、目線を下手側(相模がいるほう)へ向ける。
*実際に殺したのは敦盛ではなく息子の小次郎なので、その母親である相模を気にしている様子を表現する。
みどころ(目線を見るため、オペラグラス持参がおすすめです)
30[其御歎はいか計と。]
承前の姿勢のまま目線を戻し、扇・顔ともに静かに下ろしていく。
*“敦盛”の両親について語るテイだが、実際に殺したのは小次郎なので、その両親=相模と自分自身の悲しみの表現。
31[子を持たる身の思ひの余り。]
正面を向き、扇を開いたまま右腿に当てる。左手は太刀を取る準備をはじめる。
32[上帯取て引立て]
左手で太刀を取り、一旦垂直に立てる。体の前に、\状に右手側が柄になるようにして斜めに構え、扇で柄を打ち払う。次に、/状に太刀を返し、扇を返しながら太刀の鞘を撫で払う。
33[塵打]
左手で太刀を体から離して立てる。右手の開いた扇で、裃の右身頃、袴の右太腿をやや叩くようにして撫で払う。扇を右太腿に軽く叩きつけて閉じる。
*敦盛の土や砂を払ってやる様子。実際の舞台では、金欄の裃・袴と扇がこすれるパリパリという音が聞こえる。
34[払ひ。]
直前末尾の「いい」伸ばしあたりから、再び太刀を取る。今度は右手側に柄がくるようにして、ほぼ水平、右手側が少し上がっている程度に構える。左手で鞘を持ち、右手を柄へ添える。
35[早落給へ。]
承前の状態で、頭を下げる。
*敦盛にこの場を逃れるよう勧める表現。
36[とすゝめさしやんしたか。そんなら討奉るお心ではなかつたの。]
相模のセリフ。姿勢をなおしながら、太刀を下ろして片付ける。
37[ヲヽサ早落給へとすゝむれど。]
下手下方に目線を落とし、言い聞かせるようにうなずく。
*敦盛を組み伏せる熊谷の発言。
38[イヤ一旦敵に組敷れ何面目にながらへん。]
若干伸び上がってから戻り、語り聞かせるように。
*敦盛の発言。
39[早首取よ]
「早首取れよ」で伸び上がり、閉じた扇を振り上げ、眉を上げて静止。
40[熊谷。]
ややゆっくりと扇を真下に振り下ろす。扇を開いて顔の真横へ掲げ、眉を上げて目線を下手(相模)へ向ける。
*扇は相模の視線を遮る意味。この部分は、かつては藤の局(上手)に目線を向けていたが、「実際に殺したのは小次郎だから」と意図した初代吉田栄三の改訂により、小次郎の母である相模(下手)を見るようになった。
みどころ
41[ナニ首取といふたかいの。ヲヽマ健気な事を云たのふ。]
藤の局のセリフ。目線を正面へ戻す。「云たのふ」で若干肩を落とすように俯いて扇を閉じる。
その3へ続く
文楽『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段 「物語」の人形演技図解 3 - TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹
┃ 参考映像
┃ 参考文献(まじおすすめ)
初代吉田玉男=述、森西真弓=聞き手、国立劇場調査記録課=編『国立劇場上演資料集<増刊> 吉田玉男 文楽藝話』日本芸術文化振興会/2007