TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 6月大阪文楽鑑賞教室公演『二人三番叟』『絵本太功記』国立文楽劇場

夕顔棚の段の冒頭、舞台上手の袖にそそっと集って楽しげに「ナンミョーホーレーンゲーキョー」を唱えるお若い太夫さん方がかわいい。寺子屋の子どもたちみたいだった。

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今年の大阪鑑賞教室公演は、幹部は抑えどころの脇役に回り中堅が主演格にというチャレンジ配役。玉男さんが光秀の回は絶対あると思っていたので予想外だったが、そのぶん野生のプリンス玉志さんが光秀に配役されていた。2年前の東京5月公演で玉志さんが光秀を演じた『絵本太功記』は深く心に残っていて、もう一度観たいと思っていた配役。というわけで、今年は玉志さんが光秀に配役されている前期日程に行ってきた。

 

 

 

まずは『二人三番叟』。

二人三番叟の二人ってデキてる組とデキでない組が確実にありますよね。今回だけの話ではなく、人形遣いさん同士自体の相性と言うべきか、この人らお互いに全然興味ないんだろうな〜という組、やってる人らからしたら笑い事じゃないと思うが、なんとも言えないお仕事感が出ていて笑える(失礼)。かと思えばきゃっきゃとじゃれ合ってやっている人たちもいるのでおかしい。踊り自体もじっと見ているとなかなか面白くて、二人の三番叟は同じ振り付けで踊ってはいるけど、首の動かし方や背の伸ばし方など、それぞれ個性が違う。上手にいる孔明のほうが上品な雰囲気。下手にいるギャグ顔のほうは元気で陽気なのかな。人形遣いさん自身の個性が結構出る気がする。また、人形遣いさんにも端正に舞を披露する前半が上手い人がいれば、後半の鈴を持って激しく踊る段のほうが上手い人もいて面白い。ベタに思えてよく見ると味のある演目だと思う。

それと、床は午前・午後とも良かった。以前はこういうアミューズ的演目は引くほどヤバいときが多かった気がするが、最近は良くなっていて嬉しい。

 

 

 

文楽へようこそ。

いつも同じ解説と思いきや、午前の部の希さんは先日の『彦山権現誓助剣』でご自身が語っていた瓢箪棚の段の田舎博打の部分の語り分けを取り入れて解説していた。これは良かった。文楽の語りって聞き分けにある程度リテラシーがいるし、ぶっちゃけ語り分けが微妙すぎてわかんない人もいるんで、これくらい割り切ってやってくれたほうが解説の意図を取りやすい。午後の部・靖さんは演目解説の新兵器レーザーポインタの光量が低く、明るいスクリーンに照射してもあんまよくわからないのが微妙に悲しげだった。しかしあの演目解説、一応ネタバレに配慮しているのが微笑ましいよね。「さて、どうなってしまうのでしょうか〜(靖さんの定番棒読みお茶濁し)」とか言ってますけど、文楽の場合その伏せてるネタっていうのが親殺し、子殺し、切腹ですからね。

人形解説で面白いのは、玉誉さん(午後の部)はNHKの手慣れたアナウンサー風になのに、玉翔さん(午前の部)がやると途端に料理番組になるところ。茶碗蒸しとかカニ玉とか作り始めそう。玉翔さんはなんだか嬉しそうで良かった。レクチャーをしている玉翔さんの好きなところはもうひとつあるんだけど、ご注進されてしまって玉翔さんがそうでなくしてしまったら悲しいので秘密にしておく。でも同じところが好きな人は多い……と思う。

 

 

 

本編、『絵本太功記』夕顔棚の段〜尼ヶ崎の段。ここからは午前の部、午後の部に分けて書こうと思う。

 

先に観た午後の部。これは玉志さん・玉男さん・千歳さん&富助さん出演の本命配役回。光秀=玉志さん、久吉=玉男さんというのはいまの文楽から出せるある意味で最高の人形配役だろうと思う。

私は玉志さんは堅実に端正にやると思っていた。先日、赤坂文楽で玉男さんが光秀役で尼ヶ崎のダイジェストを演じていたが、そこから大きく違わないだろうと思っていた。おふたりは芸風が違うが、根底は同じで、かつ玉志さんはお師匠様に寄せてくると思ったから。先日国立劇場の視聴室で初代玉男師匠の光秀の映像を2本観たので(予習したんです、えらいでしょ!?)、その射程範囲に来る=キッチリ決めてくると思っていた。だが玉志さんの光秀は全然違った。出の気迫にびっくり。かなり前のめりの、勢いがある光秀だった。玉志さんがここまで突き抜けてくるとは驚いた。今日の玉志さんいつもと違う。なんだかちょっとギラついてる。全然落ち着いてない光秀。しかし彼は不義者と後ろ指をさされ親に逆賊と罵られる結果を予想してなお主君を討ち久吉を亡き者にしようとする異様に強固な意志を持っている人物である。これくらいの勢いがあってもおかしくない。玉志さんは普段はかなり綺麗目の遣い方をされる方だと思うが、そこをやや破調させてもなおやっているのだからよほど考えて意識的に演じておられるのだと思う。しかし元々が端正だし、凛々しさや瑞々しさ、透明感のある煌めきといった元来の持ち味はキープされていたので、なんか覚悟完了具合がすごすぎて葉隠覚悟になっていた。うーん、『覚悟のススメ』を文楽にするなら覚悟クンは玉男様だと思っていたけど玉志さんかもしれない。いや〜、どうしよう〜、迷う〜(すべて妄想)。びっくりしすぎてなんかもう2年前東京で観た玉志さんの光秀がどんなんだったか曖昧になってきた。妙心寺とかがついていたからか、もっと落ち着いていた記憶があるけど、もう、無理……。前のめりになった玉志さんの今後が楽しみです。

そして玉男さんの久吉、これはとても良かった。本作の主人公は武智光秀だけど、尼ヶ崎の最後は「♪威風りんりん凛然たる、真柴が武名仮名書きに、写す絵本の太功記と、末の世まで残しけり」という印象的な節で終わる。歴史に名を残す羽柴秀吉の光輝に隠れた明智光秀の明暗を描くのが話の筋ということでこういう締めになっているんだろうけど、尼ヶ崎だけ聴くと「明智一家の話でこれだけ騒いでおいて!?」と唐突で不思議な印象を受ける。しかし今回、玉男さんの久吉を見て、このクライマックスがすごく腑に落ちた。最後に怒涛の勢いで加藤正清と数多の軍卒(当社比)が久吉を迎えにくるけど、確かに立派な家臣たちが迎えに来るに相応しい大きな優美さをそなえていた。文楽だと数多の軍卒は数人しかいないし書割の海に浮かぶ軍船の大艦隊もしょぼいんだけどさ、人形や浄瑠璃がいいとそれ以上のものが見えるよね。さつきや後世の人々の考える「正義」は実際に彼にあるのだ、だからこそ光秀がより引き立つという、威風堂々とした美しい久吉だった。夕顔棚の冒頭、僧侶姿でくるりと回りながら少し軽快に出てくるところもよかったな。そしてやっぱり玉男さんは独特の安心感があると思った。なんかほっとする。

もうひとつ書いておきたいのは、十次郎を代役で勤められた玉勢さん。胸を打たれるほど頑張っておられた。直前の二人三番叟にもギャグ顔の三番叟役でご出演されていて、体力的に本当に大変だと思う。後期ではもとから十次郎に配役されているとはいえ、正直不安の中やっていらっしゃる部分もあるんじゃないだろうか。前半の裃姿の物憂げな十次郎が本当に物憂げだった。しかし三番叟の踊りもそうだったけど、動きのある部分はとても良い。三番叟なら鈴の段、尼ヶ崎だと後半の物語の部分。物語は着付の胸元に汗がぼたぼた落ちるほどに頑張っておられて、その熱演によって華麗な古典軍記物の世界が舞台上に出現していた。語りと人形の身振り手振りだけであそこまで戦場の様子が手に取るように見えるのはすごいことだと思う。もともと持っておられる瑞々しさが若武者ぶりを輝かせる方向に発露して、玉志さんの勢いのある光秀とも合っていた。なんかこう……青春映画の陸上部の真面目なキャプテンって感じ。簑紫郎さんの初菊が同じく青春映画のアイドル風だったので似合っていた。お二人とも率直に言えば荒削りなんだけど、役柄ともご本人の性質ともいえないピュアな雰囲気が十次郎と初菊の純粋な恋を盛り上げて、とても良かった。

そして素晴らしかったのは尼ヶ崎の奥を勤められた千歳さん&富助さん。午後の部は公演2日目・3日目の2回観たのだが、3日目、本当に素晴らしかった!!! 2日目は千歳さんがかなり走っているように感じられて、操の1回目のクドキなどめちゃくちゃ速くてすごいことになっていたけど(操役の一輔さんも異様に素早かった)、何があったのか、3日目はたっぷり聞かせる感じになっていた。富助さんが手綱を引っ張ってドウドウしてあげてるんでしょうか。それにつけても本公演でここまでやったら最終日まで体力持たなさそうな熱演。近くの席の初めて文楽に来たらしい若い娘さんたちも「かっこよかった〜!」「迫力あったね〜!」と大変喜んでおられた。今回の公演チラシのキャッチコピーは「これぞ、名作!」だが、そのコピーに恥じない「これぞ、文楽!」という最高の語りだった。

 

 

 

 

午前の部はさつき=和生さん、操=清十郎さん、初菊=紋臣さん、そして尼ヶ崎の奥・津駒さん。

津駒さんにまじびっくりした。私、津駒さんて、もうちょっと艶やかだったり、しっとりしていたり、華やかだったりする段のほうが声的に似合うと思っていて、尼ヶ崎は千歳さんのほうが圧倒的有利かなと実は思っていた。しかし、津駒さんの尼ヶ崎、本当に、ものすご〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜く良かった!!!! 期待をはるかに上回る素晴らしいパフォーマンス。津駒さんてこういういかにも文楽という雄渾な時代物も超似合うのねと発見。女性の語りの部分すべて素晴らしい。不幸を予見しつつも夫の意思を尊重して見守っていた操がついに感情を溢れさせるその嘆きと諌め、苦しみの中息子を可愛いと思ってもなお意思を貫くさつきの強さ。特にさつきがとても良くて、尼ヶ崎への理解が深まったように感じた。光秀だけではなく、すべての登場人物のお互いを思い合う苦悩が滲み出る、武智の一族の必然的悲劇が表現された語りに感動した。そして光秀が落涙する部分、「雨と涙の汐境、波立ち騒ぐごとくなり」ってやたら大げさな表現だけれど、それが嘘にならない、時代浄瑠璃独特の壮大で勇壮な世界が立ち上がっていた。男性の語りを千歳さんとは違うベクトルから攻めてる。感情を発露させる女性の語り部分がきめ細かく詰められている分、光秀の意志の強固さとそのわずかなほころびが際立ち、物語世界が立体的に感じた。津駒さんてお声の良さのせいか時々合唱のところに配役されるけど、今後は絶対にピンで切の部分を、と思った。大器の人とわかってはいたけど、いますぐここまで到達するとは思っていなかった。本当にお見逸れいたしました。

人形は紋臣さんの初菊が大変可憐で愛らしく、人形らしい限りない純粋性を見せていた。以前にも書いたことがあるが、女方人形遣いさんでもその女性造形が「現実の女性にはありえない人形独特の神秘性」方向の人と、「生身の女性を感じさせるリアリスティックな陰影」方向の人がいると思うが、紋臣さんは前者寄りの人なのね。人形でしか表現できない透明性、まさに深窓の姫って感じのあどけなくピュアな可愛さ。少しうつむき加減に目を伏せた姿や、手を袖の中に入れた姫らしい三角ポーズでじ〜っとしている姿などとても良かった。ごくわずかな仕草でも細かいところまで気配りされていて、初菊が演技をしていないときに見てもぬかりなく可愛かった。今後の本公演でもこれくらいの役を配役されるべき芸を持つ方だと思う。同世代では圧倒的では。

操役の清十郎さんは予想外に情熱的だった。もっと哀れを誘うような悲惨な感じに行くかと思っていたが(清十郎さんをなんだと思っているんだ)、いままで心にとどめていた熱い思いを一気に吐露するようなクドキにびっくりした。4〜5月は道行初音旅の静御前で、いい役なんだけど性質的にドラマの中の登場人物を演じてもらいたい人だなと思っていたのでこの配役はよかった。

そしてこちらの十次郎は清五郎さん。かなり落ち着いた雰囲気で、悲劇の貴公子ぶりがきわ立っていた。所作も丁寧で非常に綺麗。優しい筆致で描かれた幽玄な絵巻物の主人公風であった。

和生さんのさつきは当然の良さ。竹槍で刺された後は苦しんでいるというより、もう、だいぶ死にかけている感じだった。おばーちゃんだから……。あと、和生さん、髪型がすごいキマっていた。最近、和生さんに「日本の母」(スケールでかい)を感じる私です。

あとは玉輝さんの久吉に安心感を得た。

 

 

 

人形演技のメモ

  • 十次郎と初菊の祝言の盃を運んでくるさつき・操→「雨か涙の母親は、白木に土器白髪の婆、長柄の銚子蝶花型」と、浄瑠璃上では操が三方と器、さつきが銚子を持ってくるはずだが、現行の人形の演技は逆。文法合わせでなく語感合わせか? だとすれば義太夫らしい解釈。
  • 光秀の出の場所→過去の映像を確認したところ、初代玉男師匠の場合、竹やぶから出てくる場合と、夕顔棚(家屋)の裏手から出てくるパターンがあったが、今回は玉志さん玉助さんともに竹やぶから。
  • 光秀の出のすぐ後、竹槍を作る場面で切っ先を髪にこすりつける演技→本当にやっていた(そりゃそうだ)。細かい。言われないと気づかない。
  • 操の1度目のクドキの後、「取り付く島もなかりけり」 で光秀が決まるところ→玉志さん玉助さんともにオーソドックスに軍扇を広げるやり方だった。
  • 十次郎「今生のお暇乞い、も一度お顔が見たけれど、もう目が見えぬ。父上、母様、初菊殿」→光秀は呼ばれると軍扇で膝を二度打って返事をする。十次郎の上手に操、下手に初菊が座っているが、十次郎は逆に思っていて、「初菊殿」で上手の操にすがりつき、髪を触って違うと気づき、下手の初菊のほうへ向き直って髪を触り、初菊だとわかって抱きしめる。髪自体の質感で気づいたのか、それとも髪型で気づいたのかは人形の演技では判別できず。
  • 「さすが勇気の光秀も、親の慈悲心子故の闇」の「親」は光秀ではなくさつきを表している→確かにその場面、一瞬だけ光秀がさつきのほうを向く。光秀はさつきから目をそらしている場面が多いので印象的。
  • 段切直前、光秀と久吉が同じ振りになる場面→玉志さんと玉男さんだと演技が揃って舞台映えしていて、とても良かった。昨年春の『菅原』でもお二人の梅王丸松王丸の兄弟役でのペアになる演技がとてもよかったが、兄弟弟子だと持っておられる基礎部分が同じだからか揃って見えるのかしらん。

光秀の演技に関しては、先日の赤坂文楽記事での玉男さんの談話もご参照のこと。松の物見などの解説もあり。

 

 

今回の鑑賞教室公演では文楽の今後の公演が楽しみになる本当にすばらしい舞台を見せてもらった。人形、太夫、三味線、すべてのパートに超大満足。ある意味、本公演を超えるものを観て聴いたと思う。本公演だとみんながみんなここまで全力で来ないしね。そして、千歳さんと津駒さんが切場語りになる日が本当に心から楽しみ。その日はもうすぐ来ると思う。

個別に書かなかった方々もみなさん個性を発揮されていて、とても良かった。やっぱり文楽って出演者の方々の個性を見るのが楽しい。鑑賞教室は見比べが出来るのが醍醐味ですね。

 

 

 

展示室では新作映像が流れていた。去年11月上演の『心中宵庚申』 を素材に文楽を紹介する「文楽の楽しみ」というタイトルの20分くらいのもの。文楽の基礎知識をダイジェストで紐解いていく中で、技芸員からは太夫・千歳さん、三味線・ 富助さん、人形・勘十郎さんが簡単な各パートの解説や稽古・準備の仕方を話していた。観光客向けなのか、ナレーションが若干わざとらしいくらいの大阪弁(というかおっとりした関西弁)なのだが、関西以外の人には通じづらいのではという言い回しも多く、なかなかチャレンジャーだなと思った。乙女のごとき可憐なピンクほっぺの富助さんが最高だった(もはや解説関係ない)。

しかし、鑑賞教室本編でもそうなんだけど、私が文楽の紹介で最初に言ったほうがいいと思うのは、「人形は音曲に合わせて演技している」ということ。これをわかっているかどうかって重要だと思うんですが……。文楽を構成する最重要要素は浄瑠璃で、音曲が根幹になっている芸能だと知らせたほうが良いと思う。歌舞伎の義太夫狂言ともこの点は異なってるし。知らない人は人形に合わせてアフレコ的に音楽がついていると思うのではないでしょうか……。

 

 

 

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六月十日に六月十日の段を観劇。「旧暦ですけどね!」(BYノゾミ)

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文楽劇場の隣のたこ焼き屋のたこ焼き。12個入りからと聞いて「多い!?!?」とびっくりしたが、小粒で食べやすかった。

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