TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 6月東京・文楽若手会(文楽既成者研修発表会)『万才』『絵本太功記』夕顔棚の段・尼ヶ崎の段『傾城恋飛脚』新口村の段 国立劇場小劇場

今年の若手会、長くない!? みんなにちゃんと役を回すため!? ならいいよっ!!

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万才。

こういう舞踊ものって人形遣いはかなり力量が出てしまうと思うが……、玉彦さん、あの若さでかなり落ち着いて太夫を演じておられて、貫禄を感じた。

 

 

 

絵本太功記、夕顔棚〜尼ヶ崎。

今回、いちばんびっくりしたのは玉翔さん。昨年は『菅原伝授手習鑑』車曳の段に松王丸で出演されていたが、本当に一生懸命頑張っていらっしゃったけれど、ご本人の表情に役の大きさへの不安がにじみ出てしまっていて、心配になった。しかし今年の『絵本太功記』十次郎は、見違えるような輝かしさ。若手らしい確信と自信に満ちた表情で演じられていて、本当によかった。尼ヶ崎冒頭の「残る莟の花一つ、水上げかねし風情にて……」ではまさにしおれた花のつぼみのような美しさ(男装の美少女風で良かったです)、「猪首に着なす鍬形の、あたりまばゆき出立は……」で鎧姿になってからはスッと伸びきった肢体のしなやかな美しさ(止めの姿勢が非常に綺麗)、「親人の指図に任せ手勢すぐって三千余騎……」と語る物語では傷ついた美貌の貴公子をフェティッシュに表現して、存分に夭折の若武者ぶりを発揮されていた。いままでご自分の中で思われていた「こう演じたい!」というのが今年は現実に形になって達成されたんでしょうね。そしてもうひとつびっくりだったのは、2Daysあった若手会、両日とも行ったんですが(脱獄広島殺人囚)、1日目より2日目のほうが確実に良かった。どなたかがご指導されたのか、ご自分で気付かれたのか、いずれにせよ即反映されるというのは誠に立派なことだと思う。正直、ここまでできる人とは思っていませんでした。

光秀役の玉勢さんも良かった。いままではどうしても人形が華奢に映ってしまっていたけど、今回はなんとも堂々とした光秀。元々お持ちだった凛々しく美しい印象は残したままで、ピンとしたメリハリある演技によって大きな人形が映えていた。ちょっと前のめりなのもいいね。大阪鑑賞教室で拝見した十次郎よりも光秀のほうが良いんではと思った。安心した。

勝手に感情移入するのも失礼だけど、このお二人は普段なかなか役に恵まれず大変な思いをなさっていると思う。本公演でもこれくらいいい役をつけて差し上げて欲しい。

われらが清純派アイドル・紋臣さんはさつきだったが、なんかこう、技量が役柄に及んでいるため、普通……。紋臣さんて、なんで若手会に出てるんだろう。演技を拝見できるのは嬉しいけど、不思議。みんなわかってることだろうけど、あきらかに中堅以上の技芸を持つ方だと思う。

 

床だと、尼ヶ崎の奥を語られた靖さん、出だしはちょっと無理されてるのかなという不思議な感じで、いつもの靖さんと違う?と思ったんだけど、途中でわかった。全体を見て、物語の流れを語っていたんですね。さつきや操のくっきりした述懐は大変良かったし、儚さを覗かせた十次郎の物語の雰囲気など、計算していないとできないと思う。若手の太夫さんってどうしてもその場その場で精一杯な声の出し方になって全体のメリハリがなくなっちゃうけど(中堅以上にもそういう方いらっしゃいますが)、いますぐは思った通りに語れなくても、そういう広い視野を持って語ってくれる人がいるのは頼もしいなと思った。尼ヶ崎のような義太夫節らしい曲に合う方法を探っていらしたのかな。靖さんも1日目より2日目のほうが断然良かった。相方の三味線はカンタローだったが、カンタロー、いつもと音が違う気がした。小さくキーンとした高音の反響が入っている気がする。いい配役だから、三味線を変えたのかなと思ったけど、それともご本人の変化なのかな。 もしくは私の幻聴。

それと尼ヶ崎・前の希さん。初菊の語りに悔しさ、無念さが滲んでいて興味深かった。初菊は「運命のままに流される美少女」というキャラクターのうつわとして演じられているのしか聞いたことがなかったので……。初菊の人間味や人格を感じた。玉誉さんのしとやかげな人形とも合っていた。

 

あと、さつきの家の軒先に下がっている夕顔の実がなんだか可愛いことになっていて爆笑した。なんかちっちゃくてころんとした実になっていた。新人光秀にも切り落とせるレベルの千成瓢箪、でしょうか。おととし観た東京の中堅公演や、今年の大阪の鑑賞教室とは実が落ちる仕掛けが違っていたようで、脇差で物理的になぎ払って落とすのではなく、光秀が棚を撫で斬るタイミングで介錯の人がひもを引くと落下する仕掛けがされているようだった。

 

 

 

新口村。

口の太夫&三味線が業界最ヤングなピチピチボーイズ、碩太夫さん&燕二郎さんでびびった。普段見ているおっちゃんじいちゃんたちの3分の1くらいしか生きてねえ……。うしろの席の男性など、盆が回った瞬間「す、すごい……」と声が出てしまっていた。でも全然 “お年を感じさせない” 演奏に、お師匠様方のお仕込みのよさを感じた。おふたりともとても丁寧に演奏しておられたのがよかった。ここって、本公演だと御簾内でやるところを、若手会だから床でやらしてもらってるってことですよね。おふたりが将来この奥を演奏されるのを楽しみにしています。そのころまで元気に生きていられるよう、1週間あたり150分以上の運動習慣をつけますわ……。

打って変わって人形のメインキャストは、忠兵衛=紋吉さん、梅川=紋秀さん、孫右衛門=文哉さんのセミ中堅で、普通に普通というか、完全に落ち着いていた。3人とも、いい……。ほんとに連れ添う仲、ずっと会っていなかった親子の仲って感じ……。なんか、ふだんの公演の、こういう配役の回、みたいな……。おっ、梅川の左遣い、うまいですね〜っ。指先の仕草に世話女房らしいしっとりした表情がありますわ〜っ。とか、まったく普通の公演を見るのと同じ感覚で観てしまった……。でも、新口村の村人のみなさんは、村人たち自体はジジババなのに人形遣いはピチピチボーイズ(業界比)で「ヒエエエエエエ」となった。村人たちの素直さ、素朴さが出ていてよかった。

いずれにせよ新口村、一番落ち着いてなくて「おこちゃま」なのは観客席の我々だった。孫右衛門が襖の向こうの忠兵衛を責めさいなみ、忠兵衛が出てきてしまうところで笑う方がよくいてはりますけど、鑑賞態度として「おこちゃま」だと思う。他人に感じ方を指図することはできないけれど、「大人」のすることじゃない。でも今回はそこですぐに拍手したお客さんがいて、笑っちゃう人も決して悪気があるわけじゃないから、ここはそういう場面じゃないってすぐ気がついて、笑いがおさまって、良かった。すかさず拍手した人、大人のセンスがあると思う。あそこで笑いが起こるのがやだなーってときの、参考になった。でも上演中に喋る奴は錣引きに処してたべ拝むわいのと手を合わせ伏し拝みます。

 

 

 

 

若手会って、文楽公演の中でいちばん純粋だと思う。出演者の方々の前向きな、もっと言えば前のめりな気持ちが舞台に輝きを添える。

出演者の方どなたもがひたむきに頑張っていらして、心を打たれる。その頑張っているというのが、たんにがむしゃらとか力任せにするというのではなく、きちんとご自分の中にビジョンや目標を持たれて、どなたも「こう演じたい!」「こう語りたい!」「こう弾きたい!」という意思をもって一生懸命に形にしようとしておられるのがとてもよく伝わってきた。それが上手くいく方、いかない方、あるいは何をどうがんばっていいかわからなくてもどかしそうにしていたり、こなすべきことに一生懸命だったり、本公演ではとてもありえない役のそのうれしさやよろこびに溢れていたり、気張りすぎてわざとらしくなっちゃってたり、2Daysの両日で芸にムラが出ちゃってたり……、ほかにもほかにもいろんな方がいたけど、もう、その頑張りに大感動だよ……(親戚のオバチャン)。そういうデコボコがあっても、なんか、いいな、と思えるのが若手会の楽しさ、醍醐味だなと思う。*1

文楽業界は、かなり歳がいくまで良い役がもらえないし、歳いっても必ずしも良い役がもらえるわけではない大変な世界だろうけど、40代の人でもあそこまで素直に頑張って、かつ短期間で個々人に劇的な向上があるというのはすごい。報われないかもしれないのに、あそこまでのひたむきさ、懸命さは一般の社会ではありえない。相当の強固な意志と、純粋な精神が必要だと思う。派手な業種でもないから、いくら古典芸能、芸術の世界だと言っても世間の人みんながみんな理解してくれるわけでもなく、都合よくオモチャやスケープゴートにされたりして、大変な思いをされていると思うけど……、できるだけ、応援していきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

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*1:というか、本公演の中堅以上は上手い下手が残酷に出てしまうから、ここまでピュアに見られない……。