TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 7・8月大阪公演『薫樹累物語』『伊勢音頭恋寝刃』国立文楽劇場

大阪へ行くことに抵抗がなくなってきた。

今回は3部構成で、1日のみで全部観るのは大変そうなので、1日目に第2~3部、2日目に第1部を観る小旅行にした。東京~大阪を新幹線移動にするのは飽きたため、行きは飛行機移動。早期予約の低価格時間帯で取ったので、航空券自体は新幹線(金券ショップで指定席回数券を購入)より安いのだが、伊丹~文楽劇場日本橋)が遠すぎて干上がりそうになった。自宅~羽田も結構遠いので、時間的には新幹線と変わらないどころか、空港での手続き時間を考えると余計に時間がかかっているような……。でも空を飛んだのは面白かったです。(小学生の夏休みの日記)

 

 

f:id:yomota258:20160818021338j:plain

『薫樹累物語』。怪談累が淵……? 何本も映画を観たはずだが、内容一切記憶がない……。と思っていたら、全然話が違った。怪談ではなく、すれ違いが増幅し誤解が行き違って致命的な事態に至る哀しい話だった。

絹川の言葉「(前略)思ひ回せば二人が因果、我が手に掛けし高尾殿の執着ゆゑ、面体ばかりかソレ足迄も、生れもつかぬ片輪となり、サたとへどの様な見苦しい顔形になりやつたとて、三婦殿の志といひ、故郷を離れ遥々とこの下総の草の中、仕付けもせぬ百姓業、不自由な世帯を苦にもせず、誠を尽くしてたもる心の底、心の器量は昔の百倍、コレ何の愛想を尽かさうぞいの。」が印象的。

累(配役・吉田和生)の気品がすばらしかった。立ち居振る舞いの綺麗さ、ちょっとした仕草の細やかさが印象に残った。障子の開け閉めのときちゃんとかがんでいるとか、ちょこちょこと縫い物や身繕いをするとか。累は冒頭で姉・高尾の亡霊に呪われ顔に痣ができるという展開があるのだが、その前後で気品は変わらない。その品にばかり見入っていて、私の座っていた下手側からだと顔の左側にできた痣が見えず、何故突然夫・絹川と兄・三婦がうろたえているのかしばらくわからなかった。とは言いつつ、惚れた男に紹介して~!!結婚さして~!!と兄にグイグイねだりまくる現金なところはオチャメでかわいい。恋する女の業というより現金っぷりを感じた。

「土橋の段」で嫉妬に狂った累は夫・絹川(配役・吉田玉男)と殺し合うことになるのだが、殺陣(文楽でも殺陣と言うのだろうか?)の鮮やかさに見入った。累が手にしていた閉じた和傘をさっと引くと傘がぱっと開き、絹川の鎌を受け止める場面の鮮烈さ。よくもまああんな一瞬でうまく傘を開けるな~と思ってしまう。さすがベテランの技。

それと、人形遣いさんって、結構声をかけてやってるのね。と思った。この場面、最前列だと若干だが合図のかけ声的なものが聞こえる。鎌と傘を打ち合わせるタイミングを図っているのだろうか。

 

 

f:id:yomota258:20160517155958j:plain

『伊勢音頭恋寝刃』。遊郭で無下にされた男が起こす大量殺人事件の話。

犯人・福岡貢役が勘十郎さん、彼の想い人である女郎・お紺が簑助さんということで、楽しみにしていた演目。簑助さんは終始ソヨソヨと可憐だった……のはいいのだが、「古市油屋の段」では大半の場面で舞台上手の奥のほうでソヨソヨされており、下手の私の席からはセットの門扉や舞台センターに立つ勘十郎さんの影に隠れてしまい、簑助さんのお姿がよく見えなくて泣いた。ただそのかわり勘十郎さんはよく見える位置だったので、演技を堪能することができた。貢は鬼気迫る雰囲気でとてもとてもよかった。

大量殺人の場面、「奥庭十人斬りの段」は殺人の場所が遊郭の門前→廊下→中庭とどんどん移ってゆくのだが、休憩を挟まずに上演中のままセットをどんどんばらして場所を転換するスピーディーな展開。そして人形でしかできない凄惨なスプラッタ表現がある。人形だから表現がソフトになっているわけではなく、かなり陰惨な印象(良い意味で)。そこまで陰惨な表現のつもりではないとらしいことがプログラムには書いてあったが、貢があまりに鬼気迫りすぎていて……。

抜粋で上演しているからか、なぜ貢が大量殺人に至ったのかが正直よくわからなかった。同じようなあらすじの内田吐夢監督の映画『妖刀物語 花の吉原百人斬り』*1は犯人の行動にかなり説得力があったが……。うん、簑助様の色香に当てられて気が狂ったのだろうと解釈した。簑助さんはそれくらいの何かをソヨソヨかもしていた。しかし最後の展開、居合わせた人を女子供関わらず見境なく殺した貢が家臣筋の者に助けられてその場を脱出するのには場内どよめき。後ろの席の人など「今の倫理観からはありえないよね(汗)」と声に出していた。場内があんなにどよめいてるの、むかしシネマヴェーラ中島貞夫監督の『犬笛』が上映されたとき、最後に三船敏郎艦長が「領海侵犯と女の子の命では女の子の命のほうが重い」とか言って海上保安庁の巡視艇で他国に領海侵犯するところで本当に海上保安庁の巡視艇が映るというあまりの超展開に場内がどよめいたのを聞いて以来だよ……(わかりづらい例え)。

でもそれくらい勘十郎さんはあきらかにヤバい人な雰囲気を出していたし、その場面を担当されていた咲太夫さんはぱっと場内の雰囲気を変えるような迫力があり、とても良かった。

そして、古典だから今の倫理観とは違います、と思考停止してわかったふうにせず、素直に反応する大阪の皆さんが好き。

とか言いつつ人間の首や足や腕がちぎれて飛ぶ場面ではみなさん爆笑していて、みんな、素直に生きてる!と思った。

 

今回、席はついに最前列をゲット。チケット発売後1ヶ月近く経ってから席を取ったため、さすがにセンターブロックは取れずかなり下手寄りになったが、前の席の人の頭に遮られずにステージを観られることの有り難さに感激。ちょうど人形が立ち止まる場所の真ん前だったため、演技をかなりじっくり観られて良かった。ただ、あまりに至近距離だと無意味に緊張してしまうね……人形に対して……(?)。

ところで文楽を初めて観たときから気になっているのだが、庭先などの屋外にいる場合でも人形はチョコンと座ってるけど、何に座ってるんですかね。空気椅子? 空気ざぶとん?

障子や襖が自動ドアなのも気になる。人形がトコトコ歩いていったら勝手に開くこと多くないですか。そして気付いたのだが、同じ自動ドアでも、開閉のうまい黒衣さんと下手な黒衣さんがいる……ような気がする。いや、実際にはセットの構造の問題もあるのだろうが、上手い人は本当に自動ドアかのようにスゥーッと開けるので、怪奇現象のようだ。

 

 

 

*1:歌舞伎『籠釣瓶花街酔醒』原作。あらすじや設定を結構いじっているらしい