TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 7・8月大阪公演『金壺親父恋達引』国立文楽劇場

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新作ということで熱心に告知されていたが、正直、実際に観るまではまったく期待していなかった。新作ってまあイロモノでしょと思っていて、技芸員さんたちが頑張ってるならと応援の意味で観に行った。が、実際には夏休み公演の演目の中では一番驚いた。普通に面白い。

話はモリエールの『守銭奴』を江戸時代舞台に翻案したもので、金の亡者の強欲な商人・金仲屋金左衛門とその息子・娘たちのままならぬ恋模様を描く喜劇。他の演目と違いあらすじが一般に露出していないと思うので、以下あらすじを。(※結末まで書いています)

 

金壺親父恋達引(かなつぼおやじこいのたてひき)

強欲商人・金仲屋金左衛門(配役・桐竹勘十郎)は自宅の庭先に埋めた金壺から小判を取り出してほおずりチュッチュするのが楽しみのお金だい好き親父。金左衛門は持参金目当てで母一人娘一人でひっそり暮らす近所のカワイ子ちゃん・お舟を後妻にもらおうとしているが、実はそのお舟というのは金左衛門の息子・万七(豊松清十郎)の想い人だった。いや実は口聞いたことないけど。さらに金左衛門は娘・お高(吉田和生)を“京屋徳右衛門”という近頃江戸で羽振りの良い商人の後妻にさせようとしていたが、お高は実は番頭の行平(吉田玉志)と相思相愛の仲。金左衛門ひとりが上機嫌、息子娘は大困惑。困った万七は手代の豆助に頼み、ある筋から金を用立ててお舟と駆け落ちしようとするが、自分の素性を伏せて金を借りようとしたらばその貸し主というのがなんと自分の親父・金左衛門、大騒ぎになる。

金左衛門は今夜お舟が訪ねてくる手筈になっているので上機嫌だったが、いざお舟(吉田勘彌)が金左衛門の邸宅へ来てみれば、実はお舟も万七に一目惚れしていたことが発覚、手と手を取り合って見つめ合い二人の世界、大失恋した金左衛門はヨロヨロと奥の間へ去っていく。万七とお舟は駆け落ちの意志を固めるが、その資金がない。するとそこへ豆助が現れ、金左衛門が庭先へ金壺を埋めている秘密を万七に吹き込む。万七らは早速金壺を掘り出してトンズラしようと荷物をまとめる。

一方、妹・お高も見合い相手・京屋徳右衛門がやって来る前に行平と駆け落ちを画策する。先立つものがないという行平に、お高は金左衛門が庭先へ埋めている金壺を拝借しようと言い出す。ところが庭先を掘っても掘っても金壺は出てこない。そうこうしているうちに金左衛門が現れ、金壺を掘っていることがバレてしまう。金左衛門は行平を娘と金壺をくすねようとした盗人だと罵るが、行平は本来自分は長崎の大商人・長崎屋徳兵衛の息子で、ちゃんとした教育を受けて育っていると言い出す。ところがそこに京屋徳右衛門(吉田玉男)が現れ、長崎屋徳兵衛の一家はかつて海難事故で皆亡くなったはずと言う。それに答えて行平は、その海難事故で一家が海に飲まれた中、自分だけは漁師に助けられて生き残ったのだと名前の縫い取られた証拠の守り袋を取り出した。するとお舟が、私も同じ守り袋を持っている、兄さん!と言い始める。お舟とその母もまた、海難事故から命を拾った長崎屋徳兵衛の娘と妻だったのだ。さらには話を聞いていた京屋徳右衛門が突然自分こそその長崎屋徳兵衛で、自分も海難事故から生き残り、名前を変えて江戸で身を立てたのだと告げる。

再会を喜び合う三人は、一同とともにお舟の母に会いに行くと言ってにぎやかに去って行き、金左衛門ひとりが取り残される。しかし愛しの金壺をふたたび胸に抱いた金左衛門には寂しさの影もなく、超大満足げなのであった。

  

完成度が大変高いと感じた。まず全ての演者の技術が非常に高い(当たり前だよ)。本当、当たり前だが、普通の古典作品と同じノリでやっているので。こういう新古典的な作品、言い方は悪いが、外部の人が「歌舞伎“風”」とかであくまで「風」、すなわちパロディ的にやっているものはよく見るが、本物の方々がやるとなると、そもそも元来持っている芸をベースに作品自体が成立しているので、「風」に演出するのとは指向性がまったく違うんだなと感じた。

本作は上演時間が70分程度で幕間もなく、上演中のまま舞台を転換してゆくので展開も大変スピーディで見やすい。会話主体で進むため浄瑠璃もすべて聞き取れるので、字幕なしで問題ない。これくらいハイテンポだと私のような初心者や興味本位で来た舞台好きの人も違和感なくなじめるだろう。このスピード感は個人的には嬉しい。私、映画だと、ハイテンポなものが好きなので……。ストーリーもシンプルでオーソドックスなのでなじみやすく、余計なことを考えずに素直に見られる。

本作には有名な浄瑠璃のパロディが入っているらしいのだが、私がわかったのは、お高の台詞が「いまごろは行平さん、どこにどうしてござろうぞ」とお園のクドキのパロディになっている部分。何故初心者の私がわかったかというと、持っている義太夫ベストセレクション的なCDに『艶容女舞衣』酒屋の段が入っていたからです。販売されているプログラムの付録の床本にはないが、実際の上演ではこのあと行平が同じ節回しで「ここにこうしておりますよ♪」とすかさず出てくるのが可愛い。ほかにも所々、ぱっと聞き普通の部分でお客さんが沸いているところがあったので、何かのパロディだったのかな。

 

人形配役、金左衛門役は勘十郎さん。チャーミングな爺様っぷりがとても似合っておられた。最後ひとりぼっちになってもハッピーエンド感があるのはさすが、役が勘十郎さん本人の雰囲気に引っ張られ、本人も役に引っ張られる感じで、とてもいきいきされていた。そして小道具とかのためについてる黒衣ちゃんがちょっとついていけなくなっててというか、先回りしすぎちゃってとちってて、笑った(ごめんなさい)。人形遣いの配役はかなり豪華で、力の入り方を感じた。みなさんいつもと同じクールなド真顔でコメディを演じておられた。 玉男さんは最もおいしい役だった。その日一番の笑いを取っていた(?)。

太夫さん&三味線弾きさんは若い方中心、舞台美術に合わせたのか「にほんごであそぼ」風の可愛いデザインのちょっと特別の肩衣。こちらもみなさんいきいきされていて、とても良かった

 

やさしく、幸せな気分になる作品だった。

例えて言うなら昔の正月のオールスター映画みたいな感じ。華やかで賑やかでちょっと泣けて楽しくてハッピーエンドで、なおかつ完成度が高くて誰にでも見易い。ア〜〜〜いいもの観たなぁ~〜〜という気分にさせてもらえた。こういうものをリアルタイムで、しかもナマモノで観られるとは思っていなかった。いままでそういうものを求めて古い映画を観ていたので……。

それと、お客さんが結構入っているのが驚きだった。昼の古典とはまたちょっと客層が違っていて、上演中に妙にキョトついてはる、どこから紛れ込んできたんだっていうお若い方の姿もかなり多い。そしてやっぱり客席の反応がいい。みんなとても楽しそうでにぎやかで、私も楽しい気分になれた。