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文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

『祇園女御九重錦』(卅三間堂棟由来)全段のあらすじと整理

現行文楽で『卅三間堂棟由来(三十三間堂棟由来)』として上演されている演目は、『三十三間堂/平太郎縁起 祇園女御九重錦(ぎおんにょうごここのえにしき)』と題された時代浄瑠璃の三段目が独立したものだ。

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┃ 概要

祇園女御九重錦』は、初演宝暦10年(1760)12月大坂豊竹座。作者は若竹笛躬・中邑阿契。

当初は再演が多いわけではなかったが、文政期に三段目が『卅三間堂棟由来』と外題が改められて上演されて以降、三段目のみが「三十三間堂」「柳」と通称され、今日まで上演が続いている。

三十三間堂縁起として親鸞上人の弟子・横曾根平太郎と柳の精の異類婚姻譚を描く物語は古浄瑠璃の時代から存在していたが、本作は、初演翌年3月にひかえた親鸞五百回大遠忌法要を当て込んだものだったのではと言われている。

本作では、現行上演に残る平太郎ファミリーの物語と平行し、もうひとつの物語の大きな縦筋がある。朝廷の争乱、白河法皇と忠臣平忠盛vs逆臣藤原季仲の対立の物語である。このストーリーに加え、季仲に加担した源義親への息子為義の苦悩(二段目)、忠盛へ下された祇園女御に嫉妬する忠盛の正妻・池殿御前の心の闇が描かれる(四段目)。

個人的には、全編通したときに「カラス」のモチーフが何度も登場するのが印象に残る。平忠盛の持つ名刀・小烏丸、進ノ蔵人の舅・大宅惟弘が過去に八幡太郎義家から射掛けられた烏の羽の矢、平太郎の持つ烏が描かれた牛王の護符。何か意味があったのだろうか?

※本作では古浄瑠璃にあるような「平太郎伝」の物語からは時間軸のズラしが行われており、平太郎本人ではなく緑丸が父の名を襲名して横曾根平太郎となり、のちに親鸞上人(本作の時間軸ではまだ生まれていない)の弟子となる設定になっている。三十三間堂を建立したのが史実の後白河法皇ではなく、白河法皇となっているのもそのため(白河法皇後白河法皇の曽祖父)。
当時、芝居で親鸞上人がテキトーに扱われることに東本願寺が抗議し(寛文12年[1672]11月)、奉行所親鸞伝を扱う興行・出版を全面的に禁止していた。本作もその影響を受けての時間軸変更とみられるが、その代わりに平清盛白河法皇落胤説、源義親流罪などが組み込まれている。

 

┃ あらすじ

一段目

熊野行場の段(復活あり/上演可能)

白河法皇・平太郎の前世]

紀州・熊野。蓮華坊は、熊野三山を巡る百度の大願を立てており、今回がその満願であった。この蓮華坊は、かつて、連理を結び夫婦となった梛と柳の木の枝を汚れとして切ったことがあった。今、その梛の精霊が現れ、梛は人間へと転生することになったが、柳はいまだそのまま木として残り、夫婦の縁を切った蓮華坊を敵に思っていることを告げると、魂魄は天へ昇っていき、横曽根平太郎として人間界へと転生する。
この言葉を聞いた蓮華坊は柳の呪いによって、樹木の精霊と言葉を交わせたのは九十九度の難行を成し遂げた自らの功力によるものと慢心を起こす。ところがそこに怪僧が現れ、蓮華坊の驕りを戒める。ますます増長する蓮華坊は怪僧ともみ合いになり、谷底へと投げ飛ばされて、谷底に生えた柳の枝に貫かれる。こうして蓮華坊は命を落とし、後三条院第一の皇子、すなわち後の白河法皇へと転生する……

 

 

祇園の段

[逆臣の企みと源義親捕縛]

鳥羽院の御代。祇園の社へ参籠していた白河法皇の還御の途、平忠盛とその執権・進ノ蔵人がその車先を訪れ、神殿に潜んでいた不審者を捉えたとして大男を突き出す。それは僧侶に化けた源義親だった。白河法皇に供奉していた藤原季仲、武者所時澄は義親と同心していたため、白河法皇守護のためのことだと庇い立てしようとするが、忠盛は義親が真剣を帯剣していたことを咎める。すると季仲が、忠盛の恋歌が書かれた扇を拾ったとアサッテの方向から反撃してくる。白河法皇に同伴していた官女・祇園女御が姿を見せ、昨夜、自分の袖を引いたものへ扇に恋歌を認めて与えた経緯を語る。季仲が拾った扇は、忠盛がその返答として残したものだった。白河法皇は忠盛の恋歌も義親の帯剣も咎めるに及ばずと答え、忠盛と時澄には熊野御幸の警護、義親には洛中守護を命じるのだった。

 

 

柳の本の段(復活あり/上演可能)

[熊野の柳、お柳と平太郎の出会い]

熊野。谷の岸根に生えた柳のそばに、お柳という女主人が営む一軒の茶屋があった。訪れた盗賊・岩淵和田四郎がお柳に口説きかかるが、おととい来やがれとウザがられ、追い出される。そこへやって来たのは武者所時澄。時澄は、平忠盛を始末して白河法皇を捉え、藤原季仲が懸想する祇園女御を捕えてくるよう依頼して50両を渡す。和田は実は鹿島三郎義連という武士であり、源義親の郎党だったので、それを引き受ける。

そんな茶屋の前へ、藤原季仲が訪れる。季仲は大勢の供を連れて鷹狩りをしていたが、放った鷹の足縄が柳の枝に引っかかってしまう。柳はあまりの巨木なので木に登って鷹を助けることもできず、近隣の杣を雇って柳を切り倒すことになる。そこへ老母を背負った横曽根平太郎当吉という男が通りかかる。平太郎は先年父を何者かに討たれたが、その敵は何者かわからず、その願を叶えるためにいまは母とともに熊野権現へ参る最中だった。平太郎は季仲に、鷹の命も大事だが草木にも心があるので斬り倒しては殺生になる、その代わりに自分が弓矢で鷹の足縄を切ると進言する。一行は嘲笑するが、平太郎は見事鷹の足縄を射抜き、鷹は嬉しそうに鷹匠のもとへ帰ってくる。平太郎の老母がそれを褒めると、時澄はこんなん単なる偶然、自分なんかこないだ横曽根次官光当とかいう奴を射殺してやったモンと言い出す。その横曽根次官光当こそ、まさに平太郎の父であった。逆上した老母は平太郎の刀を抜き取って時澄に襲いかかろうとするが、平太郎がそれを留め、母は正気を失っていると誤魔化して詫びる。一行はまぁそれならと納得し(おおらかさん?)、去ってゆく。
母はせっかく見つけた敵をなぜ討たなかったのかと平太郎をなじるが、平太郎は母を狂人扱いしたことを詫び、無念ではあるが今返り討ちに遭って自分が死ねば母を養う者がいなくなる、敵の名は知れたので機会を待てばいいと語る。それを聞いた母もまた平太郎に謝って、親子は涙に暮れる。

それを見ていたお柳は平太郎母子に茶を差し出し、自分の庵で休んでいくことを勧める。平太郎はお柳の庵でつい寝入ってしまうが、目を覚ますとそこにお柳が佇んでいる。お柳は平太郎へ女房にして欲しいと頼み、平太郎もそれを受け入れ、母も二人を祝福する。こうして平太郎夫婦と母はこの近くに住居を構えることになる。

一方、白河法皇は熊野の湯元での療養を終え、忠盛の供奉で還御の道中であった。そこへ突然、山賊もとい和田四郎と手下たちが現れる。忠盛は和田を追っていき、残された白河法皇祇園女御を平太郎が保護する。さらなる追手が来る前に、白河法皇祇園女御はお柳が預かることとなり、平太郎は老母を連れて立退く。お柳は戻ってきた忠盛に白河法皇祇園女御を返し、新宮の浜辺へ向かわせる。
お柳が柳の枝を撓め、そこに腰掛けてタバコを吹かしていると、追手がやってくる。追手たちはお柳に勧められて一緒に柳へ腰掛け、タバコを吸ってひとやすみ。ところが、お柳が「お茶持ってくるね〜^^」と立ち上がった瞬間、柳の枝はピョイ〜ンと撥ねて追手たちは跳ね飛ばされ、岩に当たって死んでしまったのであった。(えー!)

 

 

新宮浜辺の段

白河法皇祇園女御の熊野脱出]

新宮の浜辺では、和田と時澄が忠盛らが来るのを船を用意して待ち構えて潜んでいた。法皇や女御のような足弱を連れた忠盛は船を使うだろうと見込んでいたのである。やって来た忠盛は二人を船に乗り込ませるが、忠盛が追手に応戦しているすきに和田が現れ、船に飛び乗って法皇と女御を乗せて沖へ漕ぎ出す。気付いた忠盛は船を引き戻そうと纜を引き、ついに陸につけてしまう。和田は恐れをなして海に飛び込み、逃げ去る。そこへ時澄が味方ヅラで現れ、逆臣の一味とも知らず真に受けた忠盛は時澄とともに法皇・女御を守護し、船で都へと向かうのだった。

 

 

 

二段目

西八条の段

平忠盛への祇園女御下賜、池殿御前の嫉妬、源為義への院宣

それから五年の月日が流れ、平忠盛は数度に渡る勲功により、祇園女御を下賜される。そんな忠盛の屋敷では、正妻・池殿御前と祇園女御が取り巻きとともに双六野球拳(?)に興じていた。池殿御前についた進ノ将監国貞(進ノ蔵人の父)、祇園女御についた医師多熊法源に焚きつけられ、池殿御前は祇園女御への嫉妬心を募らせる。進ノ蔵人の妻・若倉が現れて将監と法源を止め、奥で仕切り直して遊ぶことを提案して祇園女御を連れて部屋を出る。残された池殿御前は、忠盛の祇園女御への懸想を飽きさせる方策があると持ちかけられ、将監と法源へそれを頼んでしまう。

そこへ右大臣師実が白河法皇の勅使として訪れる。頭痛に悩む白河法皇は、霊夢のお告げにより、前世=蓮華坊の髑髏が引っかかった熊野の柳の大木を斬り倒し、都へ三十三間堂を造営することにしたという。そして、その采配を忠盛に任せるというのだ。師実に同伴していた武者所時澄は三十三間堂造営の役目を任されないことに不満を覚え、藤原季仲に同心して法皇を襲った源義親の詮議はどないなっとんねんとグチる。師実はいらん口出しうるさいと叱りつけ、義親の件は今日中にケリをつけるように忠盛へ命じて帰っていく。

入れ替わりに、陸奥冠者源為義源義親の息子、18さい)と、源家の家臣・大宅四郎惟弘(進ノ蔵人の舅、若倉の父)がやってくる。為義は父・義親の身柄を預かっており、季仲の隠れ家を尋問するように命じられていた。為義は義親がどうしても口を割らないことを説明し、大宅もそれに口添えする。忠盛は、義親に季仲の隠れ家を吐かせれば為義には季仲の討伐を命じると語り、もし義親が白状しないときには父を討つようにと、朱雀帝より賜った平家の名剣・小烏丸を為義に授ける。為義は源家にも鬼切丸が伝わっているとして辞退しようとするが、忠盛は、勅諚であっても源氏の重宝である鬼切丸で父を斬っては不孝となるため、小烏丸を使うようにと促す。為義は忠盛に感謝し、もてなしの盃と肴を受けたのち、袋におさめられた小烏丸を携えて堀川の館へ帰っていく。*1

 

 

為義館の段

[為義の義親詮議、大宅惟弘の忠義]

堀川の館では、源義親が現責めに遭っている。指揮するのは大宅四郎惟弘の妻・曙だった。どうしても口を割らない義親に曙が苦渋していると、進ノ蔵人が来訪したとの知らせが入る。ところが実際にやって来たのは、蔵人の妻で大宅・曙夫妻の娘である若倉だった。若倉は曙とともに義親の処置に悩むが、そこへ源為義が帰館する。為義は、大宅は六角堂に寄ってから帰ると告げ、曙・若倉母娘に小烏丸を預けて帳台へ入っていく。二人はなおも悩むも、やはり義親に藤原季仲の行方を言わせて為義の不孝を免れさせようと思い直し、帳台へ入る。

周囲に人がいなくなると、黒ずくめの忍びが現れ、笛を吹いて義親を呼ぶ。義親から季仲の連判状を受け取ったその忍びの正体は、進ノ将監国貞だった。将監は為義が忠盛から小烏丸を授けられたことを語り、なにやらゴショゴショ密談する。義親が将監へ小烏丸の袋を渡していると、義親を探す腰元たちの声が聞こえる。将監は慌てて縁の下へ身を隠し、義親は腰元たちに連れられて部屋へ戻っていく。将監が逃げようとしたところで、若倉がそれを見つける。若倉は塀の外へ這い出ようとしたところを槍で突く。そのとき偶然戻りがけで塀の外を通りかかった大宅は、館からの騒ぎの声を聞きつけ、忍びの首を討って小烏丸の袋を持ち去る。

一方、庭先の騒ぎに為義が駆けつけ、忍びを引き出してみると、首と小烏丸がなくなっている。義親はドヤ顔で小烏丸を紛失した為義は切腹するほかないと言うが、曙はなぜ義親が小烏丸のことを知っているのかと指摘する。義親はうろたえて、忍びの正体は進ノ将監であり、義父と同心した若倉が盗んだと言い出す。首がなくてはわからないと若倉が困惑していると、挟箱を抱えた大宅が姿を見せる。大宅は挟箱から首を取り出し、縁者で若倉でさえわからなかった首のない忍びの正体を将監だと知っていた義親はやはり季仲の一味であると語る。将監の持っていた連判状から季仲の居どころを甲賀山と知った為義は小烏丸の袋を投げ出し、義親の処罰を大宅に任せてその場を去る。
大宅が小烏丸の袋を開けると、その中身は木刀だった。一同は忠盛の慈悲に感謝する。木刀を押し頂いた大宅は、これを見よと懐から包みを取り出す。それは三切れの引き肴だった。曙らが不思議に思っていると、大宅が突然差添を抜いて腹に突き立てる。大宅はかつて義親の父・八幡太郎義家から受けた恩義を語り*2、その恩に報いるため、義親を諌めて命を捨てることを語る。そこへ進ノ蔵人が訪れ、大宅の自害によって義親の死罪は許され、出雲への流罪との院宣を伝える。それを聞いた義親は自らの罪を悔い、大宅との来世での再会を誓う。また蔵人は父将監の首を見つけて驚くが、大宅から経緯を聞いて涙ながらに納得し、小烏丸を受け取る。

義親の乗った籠が出発しようとしたとき、美々しい戦の出で立ちに身を包んだ為義が現れる。その姿を喜んだ大宅は門出の祝いの舞をおさめ、為義は人々に見送られて出陣していくのであった。

 

 


三段目

熊野山中の段

[柳伐採の計画]

熊野を訪ねた進ノ蔵人は、三十三間堂の棟木にすべく柳の大木を切る計画を庄屋らに話し、それにかかる人集めを依頼する。そして岩渕和田四郎もまたこの熊野に居着き山賊を働いていたが、行きずりの男を脅そうとして逆に相撲に負け、ぶん投げられるなどしていた。

 

 

山の畑の段

[平太郎の畑泥棒]

夜、息子・緑丸に手を引かれ、横曽根平太郎は山畑のうねを歩いていた。鳥目となり夜目のきかなくなった平太郎は、探り探りで大根や蕪を畑から抜き取っていた。平太郎はしきりに緑丸に人は見ていないかと尋ねる。すると、緑丸は人は見ていないがお月様が見ていると答える。その言葉に打たれた平太郎は、北面の武士であった父の子である自分の身の果てを嘆き、つられて泣きだした緑丸を抱きしめる。平太郎は、どうせこのまま置いておいてもしなびるだけだし、明日の父の忌日に仏壇へ備えようと考え、盗んだ野菜は10倍にして返すと誓い、野菜を持って帰ろうとする(おいおい)。ところがそれを見ていた和田四郎が大声で「畑盗人見つけた」と声をかけたので、平太郎はびっくりして野菜を投げ捨て、緑丸を抱きかかえて逃げ帰ったのだった。

 

 

平太郎住家の段(現行上演あり)

[お柳と平太郎・緑丸の別れ]

平太郎の家では、女房・お柳が緑丸の髪を結ってやっている。緑丸は祖父の仏壇へ供える花を取ってくると言ってお柳のひざを飛び降り、雪の降り始めた中を出かけていった。

そこへ進ノ蔵人が訪れ、かつてお柳が白河法皇一行を助けた褒美の品を渡そうとする。お柳と母は辞退しようとするが、蔵人は自分は平忠盛の家臣ゆえ遠慮は不要と答える。それを聞いた老母は、夫・横曽根次官光当が武者所時澄に殺されたこと、息子平太郎はお柳を娶り緑丸という一子を設けたこと、平太郎は老母を思って軽率に敵討ちに走るのを謹んでいることを語る。それを聞いた蔵人は、忠盛に事の次第を話せば計らいがあるだろうと語る。蔵人は院宣で次の宿へ行くと言うが、それは白河法皇の見た霊夢により、前世の髑髏が引っかかった谷間の柳の大木を切って都に堂宇を建てるためだと聞くと、お柳はびっくり。蔵人は仏壇へ褒美の黄金を備え、次の宿へ旅立って行った。

やがて、緑丸が花を持って帰ってくる。老母は喜んで仏壇に備えようとするが、お柳の様子がおかしいことに気付き、心配する。お柳は涙を拭ってごまかし、緑丸に添乳してやる。
やがて平太郎が帰宅する。老母は足を洗ってやろうとするが、平太郎は恐縮して遠慮する。それでも、権現への参拝を欠かさない平太郎の足を洗うのは権現様の足を洗うも同然と言って老母が洗ってやっていると、それを見ていた和田四郎が平太郎を馬鹿にながら家に上がり込んでくる。和田がお柳をよこせと言うので平太郎が怒ると、和田は目の前に野菜泥棒をしたときの畚を投げ出さし、常習犯だろうから代官に突き出すと言い出す。そうされたくなければお柳か金を出せと言う和田。老母が蔵人が置いていった金を渡すと、和田は満足して帰ってゆく。
平太郎は老母とお柳に謝り、涙する。老母は息子を力づけて菓子を取りに仏間へ入り、お柳はお燗の用意をする。お柳と平太郎は寝入る緑丸を囲んで夫婦水入らずの時を過ごすが、お柳は夫婦となった梛と柳の木の物語を語り、人間との間に子供をもうけた柳の木が切り崩されようとしていると話す。平太郎はお柳の涙を不思議に思うも真に受けず、彼女を励まして酒を酌み交わし、そのうちウトウトと寝入ってしまう。

その姿を見ながら、お柳は自分の正体が柳の精であること、前世で契った夫婦の誓いを遂げるために平太郎を待っていたことを物語る。その最中にも柳を切る音が風に乗って聞こえてきて、そのたびにお柳は悶え苦しむ。緑丸との別れに耐えかねたお柳がついに泣き声をあげると、平太郎は目を覚まし、老母も慌ててやってくる。しかし、お柳は舞い散る柳の葉の中に消えてしまう。平太郎と老母が慌ててお柳を探す中、緑丸が起き出して母がいないことに気づき、泣き出してしまう。その呼び声にお柳は再び姿を見せ、形見として白河法皇の前世の髑髏を平太郎に授けて出世の糧として欲しいと告げる。そしてこだまする斧の音の中、お柳は姿を消すのだった。
泣き叫ぶ緑丸を抱き取った平太郎は、谷の柳の大木を見に行って、蔵人に対面すると言う。出かけようとする平太郎の様子がおかしいことに気づいた老母が尋ねると、緑丸が父は鳥目だというので、老母は提灯を用意してやる。

雪が降り始める中出かけていった二人を見送った老母は、仏間で亡夫と嫁お柳のために看経している。するとそこへ和田が踏み込んでくる。昼間に受け取った金に味をしめ、ほかに取るものがないかと押しかけてきたのだった。家を荒しまわる和田は、仏壇の前の髑髏を見つけてびっくりする。老母は息子の出世に関わるものと髑髏を守ろうとするが、和田もそう聞いてはただでは置かれない。髑髏の正体を吐かせようと、和田は老母を灯篭の釣り縄で縛り、氷の張った池に落として拷問する。
ところがそこに平太郎と緑丸が戻ってきたので、和田は身を隠す。平太郎は老母が池に落とされているのを見て驚き、救い上げるが、老母は和田が押しかけて来たことを伝えて息絶える。その様子を見ていた和田は緑丸を捕まえて髑髏の正体を言うよう平太郎を脅迫する。目が見えない平太郎は止むを得ず白川法皇の前世の髑髏であることを告白し、緑丸を返してもらう。そのとき、烏が数羽、空を飛んでいく。
満足した和田は髑髏を小脇に抱えて平太郎を斬りつけようとするが、平太郎は突然目が見えるようになり、和田を鍬で打ち据えて母の敵を取る。お柳の声が聞こえ、和田を討てたのは熊野権現の神勅だと語る。平太郎が身につけていた牛王の護符を開いてみると、描かれていた烏の絵がなくなっている。平太郎が熊野権現の霊験に驚いていると、再び烏が姿を見せ、護符の中におさまる。牛王の護符は盗賊を防ぐという謂れは、ここに始まるのである。

早朝の街道筋、新宮の浜へ向かう道では、蔵人の指揮で人夫たちが木遣音頭を口ずさみながら柳の大木を運んでいる。ところが、あるところから大木はまったく動かなくなってしまう。そこへ武士の出で立ちに身を包んだ平太郎が現れ、緑丸に綱を引かせて欲しいと頼む。心当たりのあった蔵人はそれを引き受け、緑丸に綱を任せると、不思議なことに柳の大木は再び動きはじめる。こうしてお柳の柳は、都へと運ばれていくのであった。

 

 

 

四段目

道行親子乃友鵆

[平太郎・緑丸の旅立ち]

お柳を失った平太郎と緑丸は、白河法皇の前世の髑髏を手に、熊野を後にして都へと向かう。嘆き悲しむ緑丸と物狂いのようになった平太郎に、幻となったお柳が導き語りかけるのだった。

 

 

六角堂の段

祇園女御の出産、六角堂の草履売り奴]

三十三間堂の棟上げも明日と迫った日、進ノ蔵人と横曽根平太郎は六角堂の縁日を訪れていた。平太郎は蔵人に、武者所時澄を討つ時節を計らって欲しいと頼み、蔵人もそれを了承する。緑丸は母の木に会うのに綺麗な服を着せてもらったので、早く見せたいと無邪気に喜んでいる。

その六角堂の松陰で、医師多熊法源平忠盛の妻・池殿御前が密会している。池殿御前は、祇園女御が5日前に男の子を出産したことに嫉妬していた。法源は金と引き換えに女御へ毒を盛ることを受諾し、その場を離れる。
そんなことも知らず、池殿御前の連れの腰元たちは、草履売りの奴・弥正平の芸に夢中である。池殿御前も弥正平の草履を履かせてくれるもてなしを楽しみ、草履を買って館へ帰る。
その弥正平の住処を、熊野法源が訪ねてくる。襲い掛からせた家来たちが次々倒されるのを見て、法源は弥正平を召抱えることにする。

 

 

忠盛館の段

祇園女御の病と寝所の怪異]

忠盛の館では、祇園女御が産んだ男の子の髪上げの儀式が行われている。しかし女御は病を得て、その病架へは池殿御前しか出入りできない。館を訪れた若倉は、巷では池殿御膳が女御を嫉妬して毒薬を盛っているという噂があると語り、池殿御前の案内で特別に寝所を見舞うことに。その陰で腰元たちは、女御の寝所には鹿の頭の影が映り、生まれた子は夜毎泣き続けていると噂している。
寝所から戻った若倉は思案し、今夜の伽は自分が務めると言って、蔵人から預けられた忠盛の守護装束の箱を持ってこさせる。池殿御前は頷き、寝所の廊下口の宿直の座を守ることを命じる。

そこへ弥正平に荷物を持たせた多熊法源がやってくる。池殿御前が毒薬の効果を確認したいと言うので、法源は力を落とす薬だと偽って弥正平に飲ませようとする。しかし弥正平は悋気の毒薬だと見破り、法源ともみ合いになる。打ち据えられた法源は弥正平に活を入れられ、茶と勘違いして差し出された毒薬を飲んでしまい、七転八倒して死んでしまう。弥正平は、女御の暗殺を自分に任せよと持ちかけ、池殿御前も嫉妬の念を語って同意する。

池殿御前は油差しを手に麦藁笠を被って寝所の庭へ忍び込むが、若倉に見つかってもみ合いになる。その拍子に笠が取れ、曲者の正体が池殿御前であると知った若倉は驚く。若倉は翻意させようと説得するが、池殿御前は聞かない。そこへ弥正平が走ってくるが、彼が刺したのは若倉ではなく池殿御前だった。池殿御前も若倉も突然のことに驚くが、弥正平は驚くべき身の上を語り始める。
弥正平は実は池殿御前の生き別れの兄で、南都春日の三笠兵衛宗久という社人の息子だった。池殿御前は生まれつき器量に優れていたが、右足の裏に鱗の痣があったため、神職という立場上そのままにしておけず、大内の節会に紛れて娘を都へ捨てたという。その後弥正平は武者修行に出たが、昨夏実家へ帰ってみると、父は殺され、また預かっていた1000歳の白鹿が奪われていて、三笠家は没収されていた。弥正平は生き別れになった妹を探しこのことを教えようと、六角堂で一文奴のふりをして女に草履を履かせる草履売りをしていたが、昨日たまたま訪れた池殿御前の足の裏に鱗の痣を見つけ、法源に召抱えられたのを幸いにこの館へ来たという。ところがその妹・池殿御前が恐ろしい企みをしていたので、是非もなく刺したのだった。
池殿御前は、実父の敵とは自分自身であると告白する。白鹿の油を搾り取って天青石と調合して灯明にすれば、その光を受けた女の影は鹿の頭になると言う法源にそそのかされ、彼女は法源に命じて春日の社を襲わせ、実父である社人を殺して白鹿を奪ってしまったというのだ。弥正平は、親の敵・法源をはからずも討っていたのである。弥正平は、女御の産んだ子は白河法皇の胤だという風聞があると池殿御前に言い聞かせるが、どうしても改心のできない妹にやむなくとどめを刺そうとする。

それを止めようとする若倉と弥正平がもみ合っているところへ、三十三間堂の棟上げの儀式を終えた白河法皇を供奉した平忠盛が帰館する。法皇が女御の寝所へ入ると、灯明の光を受けてその影は牡鹿の頭の姿を描く。一同は白鹿の油が起こす妙術に驚くが、忠盛が扇で灯を打ち消すと、たちまちその姿は消える。
法皇が赤ん坊を抱き上げ、「夜泣すと ただもり立よ緑子は 清く盛ふる事もこそ有れ」と一首を詠むと、どうしても止まらなかった夜泣きがたちまち止んでしまう。忠盛は御製から赤ん坊を「清盛」と名付ける。これが最高位の官職にまで上り詰めた、かの太政大臣正一位朝臣清盛の出生の秘密である。
死にゆく池殿御前を哀れんだ法皇祇園女御に「池殿御前」の名を譲るように告げ、忠盛は弥正平に亡父の名を取り弥平兵衛宗清という名を与えて、清盛に仕え女御を守護するように言う。さらに法皇は、清水寺に池殿御前と白鹿の油を埋めて鹿間塚とするよう命じる。こうして白河法皇は平家の人々に見送られ、還御していくのであった。

 

 

 

五段目

熊野證誠殿の段

白河法皇霊夢

白河法皇熊野権現に参籠し、平太郎父子がそのお供を勤めて證誠殿へ詰めている。法皇の夢の中に童子が現れ、熊野三所へ参詣し三十三間堂落慶させたことにより、法皇の病は癒えて平太郎にも権現の示しがあると語る。法皇が目を覚ますと頭痛はなくなっており、平太郎は神託を待ことにする。すると平太郎の前に、熊野権現が気高い僧侶の姿となって現れる。僧侶は、平太郎の平生の行いを讃え、お柳は楊柳観世音菩薩の化現であったと告げる。そして、その息子・緑丸に平太郎の名を継がせ、将来人間界へ生まれ行者となる自分=親羅丸の弟子にして法号真仏坊とすれば、仏門を国々へ広げる助けになると語る。僧侶は阿弥陀如来に姿を変じ、法皇と平太郎は合掌し名号を唱える。この高僧こそ、阿弥陀の化身としてのちに一向宗を開山する親羅上人(親鸞上人)であった。あたりに音楽が響き花が降り注ぐ中で、神体が昇っていくところで白河法皇霊夢から目を覚ます……。

 

三十三間堂の段

[平太郎の敵討ちと源為義の凱陣]

白河法皇が目を覚ましたのは、三十三間堂落慶の儀がちょうど終わったところであった。法皇が平太郎親子を呼び出すと、彼らも法皇と同じ霊夢を見たという。平太郎が緑丸に名を譲ると言うと、緑丸はいたいけにも合掌するので、法皇や居合わせた公卿たちは感涙を催す。
そのもとへ平忠盛と進ノ蔵人が訪れ、平太郎に敵である武者所時澄と弓矢の勝負をさせるよう願い出て、法皇はそれを許す。さらにそこへ源為義が藤原季仲を捉えて凱陣し、白河法皇は忠盛と為義の供奉で還御する。

時澄が通し矢の儀式を終えると、弓矢を持った平太郎が姿を見せる。時澄と平太郎はお互い矢をつがえて狙い合うが、刀を持った緑丸が現れて時澄の弦を切ってしまう。平太郎は見事時澄を射抜き、父や祖父の敵を討つ。

忠盛は法皇へ奏聞せんと勇み立ち、平太郎と緑丸を連れて御所へ向かう。これが有名な三十三間堂の通し矢の起こりであり、それが今に伝わっているのである。
(おしまい)

 

 

┃ 備考

浄瑠璃の「平太郎」ものには、以下の作品がある。

これらの題名でジャパンサーチなどを検索すると、絵付きの本は挿絵を見ることができる。柳の巨木に可愛いドクロがひっかかっていたり、柳の巨木がまじデカかったりと、眺めているだけで楽しめる。以下は東京大学附属図書館・霞亭文庫所蔵『熊野権現開帳[付]平太郎きすい物語』に掲載のもの。

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┃ 参考文献

*1:ここで、為義はやがて元服して六条判官為義となり、保元の乱を経て嫡子義朝に討たれる未来が語られる。

*2:若かった頃の大宅は臆病者で、後三年の役から逃げ帰ってしまったが、責任を感じた母の自害でそれがなおり、宝刀鬼切丸を戦場へ持っていく使命を果たしたことで武人としてマトモになれたという話。並木宗輔・安田蛙文作の『後三年奥州軍記』享保14[1729]正月豊竹座初演(その後何度か再演あり)にそのエピソードが描かれており、新婚時代の曙も登場する。本作はその物語の後日談でもある。『後三年奥州軍記』については、別途記事ご参照。