TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 6月東京・文楽若手会(文楽既成者研修発表会)『万才』『絵本太功記』夕顔棚の段・尼ヶ崎の段『傾城恋飛脚』新口村の段 国立劇場小劇場

今年の若手会、長くない!? みんなにちゃんと役を回すため!? ならいいよっ!!

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万才。

こういう舞踊ものって人形遣いはかなり力量が出てしまうと思うが……、玉彦さん、あの若さでかなり落ち着いて太夫を演じておられて、貫禄を感じた。

 

 

 

絵本太功記、夕顔棚〜尼ヶ崎。

今回、いちばんびっくりしたのは玉翔さん。昨年は『菅原伝授手習鑑』車曳の段に松王丸で出演されていたが、本当に一生懸命頑張っていらっしゃったけれど、ご本人の表情に役の大きさへの不安がにじみ出てしまっていて、心配になった。しかし今年の『絵本太功記』十次郎は、見違えるような輝かしさ。若手らしい確信と自信に満ちた表情で演じられていて、本当によかった。尼ヶ崎冒頭の「残る莟の花一つ、水上げかねし風情にて……」ではまさにしおれた花のつぼみのような美しさ(男装の美少女風で良かったです)、「猪首に着なす鍬形の、あたりまばゆき出立は……」で鎧姿になってからはスッと伸びきった肢体のしなやかな美しさ(止めの姿勢が非常に綺麗)、「親人の指図に任せ手勢すぐって三千余騎……」と語る物語では傷ついた美貌の貴公子をフェティッシュに表現して、存分に夭折の若武者ぶりを発揮されていた。いままでご自分の中で思われていた「こう演じたい!」というのが今年は現実に形になって達成されたんでしょうね。そしてもうひとつびっくりだったのは、2Daysあった若手会、両日とも行ったんですが(脱獄広島殺人囚)、1日目より2日目のほうが確実に良かった。どなたかがご指導されたのか、ご自分で気付かれたのか、いずれにせよ即反映されるというのは誠に立派なことだと思う。正直、ここまでできる人とは思っていませんでした。

光秀役の玉勢さんも良かった。いままではどうしても人形が華奢に映ってしまっていたけど、今回はなんとも堂々とした光秀。元々お持ちだった凛々しく美しい印象は残したままで、ピンとしたメリハリある演技によって大きな人形が映えていた。ちょっと前のめりなのもいいね。大阪鑑賞教室で拝見した十次郎よりも光秀のほうが良いんではと思った。安心した。

勝手に感情移入するのも失礼だけど、このお二人は普段なかなか役に恵まれず大変な思いをなさっていると思う。本公演でもこれくらいいい役をつけて差し上げて欲しい。

われらが清純派アイドル・紋臣さんはさつきだったが、なんかこう、技量が役柄に及んでいるため、普通……。紋臣さんて、なんで若手会に出てるんだろう。演技を拝見できるのは嬉しいけど、不思議。みんなわかってることだろうけど、あきらかに中堅以上の技芸を持つ方だと思う。

 

床だと、尼ヶ崎の奥を語られた靖さん、出だしはちょっと無理されてるのかなという不思議な感じで、いつもの靖さんと違う?と思ったんだけど、途中でわかった。全体を見て、物語の流れを語っていたんですね。さつきや操のくっきりした述懐は大変良かったし、儚さを覗かせた十次郎の物語の雰囲気など、計算していないとできないと思う。若手の太夫さんってどうしてもその場その場で精一杯な声の出し方になって全体のメリハリがなくなっちゃうけど(中堅以上にもそういう方いらっしゃいますが)、いますぐは思った通りに語れなくても、そういう広い視野を持って語ってくれる人がいるのは頼もしいなと思った。尼ヶ崎のような義太夫節らしい曲に合う方法を探っていらしたのかな。靖さんも1日目より2日目のほうが断然良かった。相方の三味線はカンタローだったが、カンタロー、いつもと音が違う気がした。小さくキーンとした高音の反響が入っている気がする。いい配役だから、三味線を変えたのかなと思ったけど、それともご本人の変化なのかな。 もしくは私の幻聴。

それと尼ヶ崎・前の希さん。初菊の語りに悔しさ、無念さが滲んでいて興味深かった。初菊は「運命のままに流される美少女」というキャラクターのうつわとして演じられているのしか聞いたことがなかったので……。初菊の人間味や人格を感じた。玉誉さんのしとやかげな人形とも合っていた。

 

あと、さつきの家の軒先に下がっている夕顔の実がなんだか可愛いことになっていて爆笑した。なんかちっちゃくてころんとした実になっていた。新人光秀にも切り落とせるレベルの千成瓢箪、でしょうか。おととし観た東京の中堅公演や、今年の大阪の鑑賞教室とは実が落ちる仕掛けが違っていたようで、脇差で物理的になぎ払って落とすのではなく、光秀が棚を撫で斬るタイミングで介錯の人がひもを引くと落下する仕掛けがされているようだった。

 

 

 

新口村。

口の太夫&三味線が業界最ヤングなピチピチボーイズ、碩太夫さん&燕二郎さんでびびった。普段見ているおっちゃんじいちゃんたちの3分の1くらいしか生きてねえ……。うしろの席の男性など、盆が回った瞬間「す、すごい……」と声が出てしまっていた。でも全然 “お年を感じさせない” 演奏に、お師匠様方のお仕込みのよさを感じた。おふたりともとても丁寧に演奏しておられたのがよかった。ここって、本公演だと御簾内でやるところを、若手会だから床でやらしてもらってるってことですよね。おふたりが将来この奥を演奏されるのを楽しみにしています。そのころまで元気に生きていられるよう、1週間あたり150分以上の運動習慣をつけますわ……。

打って変わって人形のメインキャストは、忠兵衛=紋吉さん、梅川=紋秀さん、孫右衛門=文哉さんのセミ中堅で、普通に普通というか、完全に落ち着いていた。3人とも、いい……。ほんとに連れ添う仲、ずっと会っていなかった親子の仲って感じ……。なんか、ふだんの公演の、こういう配役の回、みたいな……。おっ、梅川の左遣い、うまいですね〜っ。指先の仕草に世話女房らしいしっとりした表情がありますわ〜っ。とか、まったく普通の公演を見るのと同じ感覚で観てしまった……。でも、新口村の村人のみなさんは、村人たち自体はジジババなのに人形遣いはピチピチボーイズ(業界比)で「ヒエエエエエエ」となった。村人たちの素直さ、素朴さが出ていてよかった。

いずれにせよ新口村、一番落ち着いてなくて「おこちゃま」なのは観客席の我々だった。孫右衛門が襖の向こうの忠兵衛を責めさいなみ、忠兵衛が出てきてしまうところで笑う方がよくいてはりますけど、鑑賞態度として「おこちゃま」だと思う。他人に感じ方を指図することはできないけれど、「大人」のすることじゃない。でも今回はそこですぐに拍手したお客さんがいて、笑っちゃう人も決して悪気があるわけじゃないから、ここはそういう場面じゃないってすぐ気がついて、笑いがおさまって、良かった。すかさず拍手した人、大人のセンスがあると思う。あそこで笑いが起こるのがやだなーってときの、参考になった。でも上演中に喋る奴は錣引きに処してたべ拝むわいのと手を合わせ伏し拝みます。

 

 

 

 

若手会って、文楽公演の中でいちばん純粋だと思う。出演者の方々の前向きな、もっと言えば前のめりな気持ちが舞台に輝きを添える。

出演者の方どなたもがひたむきに頑張っていらして、心を打たれる。その頑張っているというのが、たんにがむしゃらとか力任せにするというのではなく、きちんとご自分の中にビジョンや目標を持たれて、どなたも「こう演じたい!」「こう語りたい!」「こう弾きたい!」という意思をもって一生懸命に形にしようとしておられるのがとてもよく伝わってきた。それが上手くいく方、いかない方、あるいは何をどうがんばっていいかわからなくてもどかしそうにしていたり、こなすべきことに一生懸命だったり、本公演ではとてもありえない役のそのうれしさやよろこびに溢れていたり、気張りすぎてわざとらしくなっちゃってたり、2Daysの両日で芸にムラが出ちゃってたり……、ほかにもほかにもいろんな方がいたけど、もう、その頑張りに大感動だよ……(親戚のオバチャン)。そういうデコボコがあっても、なんか、いいな、と思えるのが若手会の楽しさ、醍醐味だなと思う。*1

文楽業界は、かなり歳がいくまで良い役がもらえないし、歳いっても必ずしも良い役がもらえるわけではない大変な世界だろうけど、40代の人でもあそこまで素直に頑張って、かつ短期間で個々人に劇的な向上があるというのはすごい。報われないかもしれないのに、あそこまでのひたむきさ、懸命さは一般の社会ではありえない。相当の強固な意志と、純粋な精神が必要だと思う。派手な業種でもないから、いくら古典芸能、芸術の世界だと言っても世間の人みんながみんな理解してくれるわけでもなく、都合よくオモチャやスケープゴートにされたりして、大変な思いをされていると思うけど……、できるだけ、応援していきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

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*1:というか、本公演の中堅以上は上手い下手が残酷に出てしまうから、ここまでピュアに見られない……。

文楽 6月大阪文楽鑑賞教室公演『二人三番叟』『絵本太功記』国立文楽劇場

夕顔棚の段の冒頭、舞台上手の袖にそそっと集って楽しげに「ナンミョーホーレーンゲーキョー」を唱えるお若い太夫さん方がかわいい。寺子屋の子どもたちみたいだった。

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今年の大阪鑑賞教室公演は、幹部は抑えどころの脇役に回り中堅が主演格にというチャレンジ配役。玉男さんが光秀の回は絶対あると思っていたので予想外だったが、そのぶん野生のプリンス玉志さんが光秀に配役されていた。2年前の東京5月公演で玉志さんが光秀を演じた『絵本太功記』は深く心に残っていて、もう一度観たいと思っていた配役。というわけで、今年は玉志さんが光秀に配役されている前期日程に行ってきた。

 

 

 

まずは『二人三番叟』。

二人三番叟の二人ってデキてる組とデキでない組が確実にありますよね。今回だけの話ではなく、人形遣いさん同士自体の相性と言うべきか、この人らお互いに全然興味ないんだろうな〜という組、やってる人らからしたら笑い事じゃないと思うが、なんとも言えないお仕事感が出ていて笑える(失礼)。かと思えばきゃっきゃとじゃれ合ってやっている人たちもいるのでおかしい。踊り自体もじっと見ているとなかなか面白くて、二人の三番叟は同じ振り付けで踊ってはいるけど、首の動かし方や背の伸ばし方など、それぞれ個性が違う。上手にいる孔明のほうが上品な雰囲気。下手にいるギャグ顔のほうは元気で陽気なのかな。人形遣いさん自身の個性が結構出る気がする。また、人形遣いさんにも端正に舞を披露する前半が上手い人がいれば、後半の鈴を持って激しく踊る段のほうが上手い人もいて面白い。ベタに思えてよく見ると味のある演目だと思う。

それと、床は午前・午後とも良かった。以前はこういうアミューズ的演目は引くほどヤバいときが多かった気がするが、最近は良くなっていて嬉しい。

 

 

 

文楽へようこそ。

いつも同じ解説と思いきや、午前の部の希さんは先日の『彦山権現誓助剣』でご自身が語っていた瓢箪棚の段の田舎博打の部分の語り分けを取り入れて解説していた。これは良かった。文楽の語りって聞き分けにある程度リテラシーがいるし、ぶっちゃけ語り分けが微妙すぎてわかんない人もいるんで、これくらい割り切ってやってくれたほうが解説の意図を取りやすい。午後の部・靖さんは演目解説の新兵器レーザーポインタの光量が低く、明るいスクリーンに照射してもあんまよくわからないのが微妙に悲しげだった。しかしあの演目解説、一応ネタバレに配慮しているのが微笑ましいよね。「さて、どうなってしまうのでしょうか〜(靖さんの定番棒読みお茶濁し)」とか言ってますけど、文楽の場合その伏せてるネタっていうのが親殺し、子殺し、切腹ですからね。

人形解説で面白いのは、玉誉さん(午後の部)はNHKの手慣れたアナウンサー風になのに、玉翔さん(午前の部)がやると途端に料理番組になるところ。茶碗蒸しとかカニ玉とか作り始めそう。玉翔さんはなんだか嬉しそうで良かった。レクチャーをしている玉翔さんの好きなところはもうひとつあるんだけど、ご注進されてしまって玉翔さんがそうでなくしてしまったら悲しいので秘密にしておく。でも同じところが好きな人は多い……と思う。

 

 

 

本編、『絵本太功記』夕顔棚の段〜尼ヶ崎の段。ここからは午前の部、午後の部に分けて書こうと思う。

 

先に観た午後の部。これは玉志さん・玉男さん・千歳さん&富助さん出演の本命配役回。光秀=玉志さん、久吉=玉男さんというのはいまの文楽から出せるある意味で最高の人形配役だろうと思う。

私は玉志さんは堅実に端正にやると思っていた。先日、赤坂文楽で玉男さんが光秀役で尼ヶ崎のダイジェストを演じていたが、そこから大きく違わないだろうと思っていた。おふたりは芸風が違うが、根底は同じで、かつ玉志さんはお師匠様に寄せてくると思ったから。先日国立劇場の視聴室で初代玉男師匠の光秀の映像を2本観たので(予習したんです、えらいでしょ!?)、その射程範囲に来る=キッチリ決めてくると思っていた。だが玉志さんの光秀は全然違った。出の気迫にびっくり。かなり前のめりの、勢いがある光秀だった。玉志さんがここまで突き抜けてくるとは驚いた。今日の玉志さんいつもと違う。なんだかちょっとギラついてる。全然落ち着いてない光秀。しかし彼は不義者と後ろ指をさされ親に逆賊と罵られる結果を予想してなお主君を討ち久吉を亡き者にしようとする異様に強固な意志を持っている人物である。これくらいの勢いがあってもおかしくない。玉志さんは普段はかなり綺麗目の遣い方をされる方だと思うが、そこをやや破調させてもなおやっているのだからよほど考えて意識的に演じておられるのだと思う。しかし元々が端正だし、凛々しさや瑞々しさ、透明感のある煌めきといった元来の持ち味はキープされていたので、なんか覚悟完了具合がすごすぎて葉隠覚悟になっていた。うーん、『覚悟のススメ』を文楽にするなら覚悟クンは玉男様だと思っていたけど玉志さんかもしれない。いや〜、どうしよう〜、迷う〜(すべて妄想)。びっくりしすぎてなんかもう2年前東京で観た玉志さんの光秀がどんなんだったか曖昧になってきた。妙心寺とかがついていたからか、もっと落ち着いていた記憶があるけど、もう、無理……。前のめりになった玉志さんの今後が楽しみです。

そして玉男さんの久吉、これはとても良かった。本作の主人公は武智光秀だけど、尼ヶ崎の最後は「♪威風りんりん凛然たる、真柴が武名仮名書きに、写す絵本の太功記と、末の世まで残しけり」という印象的な節で終わる。歴史に名を残す羽柴秀吉の光輝に隠れた明智光秀の明暗を描くのが話の筋ということでこういう締めになっているんだろうけど、尼ヶ崎だけ聴くと「明智一家の話でこれだけ騒いでおいて!?」と唐突で不思議な印象を受ける。しかし今回、玉男さんの久吉を見て、このクライマックスがすごく腑に落ちた。最後に怒涛の勢いで加藤正清と数多の軍卒(当社比)が久吉を迎えにくるけど、確かに立派な家臣たちが迎えに来るに相応しい大きな優美さをそなえていた。文楽だと数多の軍卒は数人しかいないし書割の海に浮かぶ軍船の大艦隊もしょぼいんだけどさ、人形や浄瑠璃がいいとそれ以上のものが見えるよね。さつきや後世の人々の考える「正義」は実際に彼にあるのだ、だからこそ光秀がより引き立つという、威風堂々とした美しい久吉だった。夕顔棚の冒頭、僧侶姿でくるりと回りながら少し軽快に出てくるところもよかったな。そしてやっぱり玉男さんは独特の安心感があると思った。なんかほっとする。

もうひとつ書いておきたいのは、十次郎を代役で勤められた玉勢さん。胸を打たれるほど頑張っておられた。直前の二人三番叟にもギャグ顔の三番叟役でご出演されていて、体力的に本当に大変だと思う。後期ではもとから十次郎に配役されているとはいえ、正直不安の中やっていらっしゃる部分もあるんじゃないだろうか。前半の裃姿の物憂げな十次郎が本当に物憂げだった。しかし三番叟の踊りもそうだったけど、動きのある部分はとても良い。三番叟なら鈴の段、尼ヶ崎だと後半の物語の部分。物語は着付の胸元に汗がぼたぼた落ちるほどに頑張っておられて、その熱演によって華麗な古典軍記物の世界が舞台上に出現していた。語りと人形の身振り手振りだけであそこまで戦場の様子が手に取るように見えるのはすごいことだと思う。もともと持っておられる瑞々しさが若武者ぶりを輝かせる方向に発露して、玉志さんの勢いのある光秀とも合っていた。なんかこう……青春映画の陸上部の真面目なキャプテンって感じ。簑紫郎さんの初菊が同じく青春映画のアイドル風だったので似合っていた。お二人とも率直に言えば荒削りなんだけど、役柄ともご本人の性質ともいえないピュアな雰囲気が十次郎と初菊の純粋な恋を盛り上げて、とても良かった。

そして素晴らしかったのは尼ヶ崎の奥を勤められた千歳さん&富助さん。午後の部は公演2日目・3日目の2回観たのだが、3日目、本当に素晴らしかった!!! 2日目は千歳さんがかなり走っているように感じられて、操の1回目のクドキなどめちゃくちゃ速くてすごいことになっていたけど(操役の一輔さんも異様に素早かった)、何があったのか、3日目はたっぷり聞かせる感じになっていた。富助さんが手綱を引っ張ってドウドウしてあげてるんでしょうか。それにつけても本公演でここまでやったら最終日まで体力持たなさそうな熱演。近くの席の初めて文楽に来たらしい若い娘さんたちも「かっこよかった〜!」「迫力あったね〜!」と大変喜んでおられた。今回の公演チラシのキャッチコピーは「これぞ、名作!」だが、そのコピーに恥じない「これぞ、文楽!」という最高の語りだった。

 

 

 

 

午前の部はさつき=和生さん、操=清十郎さん、初菊=紋臣さん、そして尼ヶ崎の奥・津駒さん。

津駒さんにまじびっくりした。私、津駒さんて、もうちょっと艶やかだったり、しっとりしていたり、華やかだったりする段のほうが声的に似合うと思っていて、尼ヶ崎は千歳さんのほうが圧倒的有利かなと実は思っていた。しかし、津駒さんの尼ヶ崎、本当に、ものすご〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜く良かった!!!! 期待をはるかに上回る素晴らしいパフォーマンス。津駒さんてこういういかにも文楽という雄渾な時代物も超似合うのねと発見。女性の語りの部分すべて素晴らしい。不幸を予見しつつも夫の意思を尊重して見守っていた操がついに感情を溢れさせるその嘆きと諌め、苦しみの中息子を可愛いと思ってもなお意思を貫くさつきの強さ。特にさつきがとても良くて、尼ヶ崎への理解が深まったように感じた。光秀だけではなく、すべての登場人物のお互いを思い合う苦悩が滲み出る、武智の一族の必然的悲劇が表現された語りに感動した。そして光秀が落涙する部分、「雨と涙の汐境、波立ち騒ぐごとくなり」ってやたら大げさな表現だけれど、それが嘘にならない、時代浄瑠璃独特の壮大で勇壮な世界が立ち上がっていた。男性の語りを千歳さんとは違うベクトルから攻めてる。感情を発露させる女性の語り部分がきめ細かく詰められている分、光秀の意志の強固さとそのわずかなほころびが際立ち、物語世界が立体的に感じた。津駒さんてお声の良さのせいか時々合唱のところに配役されるけど、今後は絶対にピンで切の部分を、と思った。大器の人とわかってはいたけど、いますぐここまで到達するとは思っていなかった。本当にお見逸れいたしました。

人形は紋臣さんの初菊が大変可憐で愛らしく、人形らしい限りない純粋性を見せていた。以前にも書いたことがあるが、女方人形遣いさんでもその女性造形が「現実の女性にはありえない人形独特の神秘性」方向の人と、「生身の女性を感じさせるリアリスティックな陰影」方向の人がいると思うが、紋臣さんは前者寄りの人なのね。人形でしか表現できない透明性、まさに深窓の姫って感じのあどけなくピュアな可愛さ。少しうつむき加減に目を伏せた姿や、手を袖の中に入れた姫らしい三角ポーズでじ〜っとしている姿などとても良かった。ごくわずかな仕草でも細かいところまで気配りされていて、初菊が演技をしていないときに見てもぬかりなく可愛かった。今後の本公演でもこれくらいの役を配役されるべき芸を持つ方だと思う。同世代では圧倒的では。

操役の清十郎さんは予想外に情熱的だった。もっと哀れを誘うような悲惨な感じに行くかと思っていたが(清十郎さんをなんだと思っているんだ)、いままで心にとどめていた熱い思いを一気に吐露するようなクドキにびっくりした。4〜5月は道行初音旅の静御前で、いい役なんだけど性質的にドラマの中の登場人物を演じてもらいたい人だなと思っていたのでこの配役はよかった。

そしてこちらの十次郎は清五郎さん。かなり落ち着いた雰囲気で、悲劇の貴公子ぶりがきわ立っていた。所作も丁寧で非常に綺麗。優しい筆致で描かれた幽玄な絵巻物の主人公風であった。

和生さんのさつきは当然の良さ。竹槍で刺された後は苦しんでいるというより、もう、だいぶ死にかけている感じだった。おばーちゃんだから……。あと、和生さん、髪型がすごいキマっていた。最近、和生さんに「日本の母」(スケールでかい)を感じる私です。

あとは玉輝さんの久吉に安心感を得た。

 

 

 

人形演技のメモ

  • 十次郎と初菊の祝言の盃を運んでくるさつき・操→「雨か涙の母親は、白木に土器白髪の婆、長柄の銚子蝶花型」と、浄瑠璃上では操が三方と器、さつきが銚子を持ってくるはずだが、現行の人形の演技は逆。文法合わせでなく語感合わせか? だとすれば義太夫らしい解釈。
  • 光秀の出の場所→過去の映像を確認したところ、初代玉男師匠の場合、竹やぶから出てくる場合と、夕顔棚(家屋)の裏手から出てくるパターンがあったが、今回は玉志さん玉助さんともに竹やぶから。
  • 光秀の出のすぐ後、竹槍を作る場面で切っ先を髪にこすりつける演技→本当にやっていた(そりゃそうだ)。細かい。言われないと気づかない。
  • 操の1度目のクドキの後、「取り付く島もなかりけり」 で光秀が決まるところ→玉志さん玉助さんともにオーソドックスに軍扇を広げるやり方だった。
  • 十次郎「今生のお暇乞い、も一度お顔が見たけれど、もう目が見えぬ。父上、母様、初菊殿」→光秀は呼ばれると軍扇で膝を二度打って返事をする。十次郎の上手に操、下手に初菊が座っているが、十次郎は逆に思っていて、「初菊殿」で上手の操にすがりつき、髪を触って違うと気づき、下手の初菊のほうへ向き直って髪を触り、初菊だとわかって抱きしめる。髪自体の質感で気づいたのか、それとも髪型で気づいたのかは人形の演技では判別できず。
  • 「さすが勇気の光秀も、親の慈悲心子故の闇」の「親」は光秀ではなくさつきを表している→確かにその場面、一瞬だけ光秀がさつきのほうを向く。光秀はさつきから目をそらしている場面が多いので印象的。
  • 段切直前、光秀と久吉が同じ振りになる場面→玉志さんと玉男さんだと演技が揃って舞台映えしていて、とても良かった。昨年春の『菅原』でもお二人の梅王丸松王丸の兄弟役でのペアになる演技がとてもよかったが、兄弟弟子だと持っておられる基礎部分が同じだからか揃って見えるのかしらん。

光秀の演技に関しては、先日の赤坂文楽記事での玉男さんの談話もご参照のこと。松の物見などの解説もあり。

 

 

今回の鑑賞教室公演では文楽の今後の公演が楽しみになる本当にすばらしい舞台を見せてもらった。人形、太夫、三味線、すべてのパートに超大満足。ある意味、本公演を超えるものを観て聴いたと思う。本公演だとみんながみんなここまで全力で来ないしね。そして、千歳さんと津駒さんが切場語りになる日が本当に心から楽しみ。その日はもうすぐ来ると思う。

個別に書かなかった方々もみなさん個性を発揮されていて、とても良かった。やっぱり文楽って出演者の方々の個性を見るのが楽しい。鑑賞教室は見比べが出来るのが醍醐味ですね。

 

 

 

展示室では新作映像が流れていた。去年11月上演の『心中宵庚申』 を素材に文楽を紹介する「文楽の楽しみ」というタイトルの20分くらいのもの。文楽の基礎知識をダイジェストで紐解いていく中で、技芸員からは太夫・千歳さん、三味線・ 富助さん、人形・勘十郎さんが簡単な各パートの解説や稽古・準備の仕方を話していた。観光客向けなのか、ナレーションが若干わざとらしいくらいの大阪弁(というかおっとりした関西弁)なのだが、関西以外の人には通じづらいのではという言い回しも多く、なかなかチャレンジャーだなと思った。乙女のごとき可憐なピンクほっぺの富助さんが最高だった(もはや解説関係ない)。

しかし、鑑賞教室本編でもそうなんだけど、私が文楽の紹介で最初に言ったほうがいいと思うのは、「人形は音曲に合わせて演技している」ということ。これをわかっているかどうかって重要だと思うんですが……。文楽を構成する最重要要素は浄瑠璃で、音曲が根幹になっている芸能だと知らせたほうが良いと思う。歌舞伎の義太夫狂言ともこの点は異なってるし。知らない人は人形に合わせてアフレコ的に音楽がついていると思うのではないでしょうか……。

 

 

 

◾️

六月十日に六月十日の段を観劇。「旧暦ですけどね!」(BYノゾミ)

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文楽劇場の隣のたこ焼き屋のたこ焼き。12個入りからと聞いて「多い!?!?」とびっくりしたが、小粒で食べやすかった。

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文楽 5月東京公演『本朝廿四孝』『義経千本桜』国立劇場小劇場

物語のところで勘助が座る台、前半で狸寝入りするこたつなんだって。わかんねえよ!!

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4月大阪公演の後、浄瑠璃を復習した甲斐あってストーリーを把握してから観ることができたため、浄瑠璃や人形の演技のディティールをよく観察することができた。やっぱりちらしやパンフを読んだだけでは話が難しすぎるよ。周囲の席の人が「ちらしのあらすじの意味が全然わからない」と話していたり、上演中にちらしであらすじを確認している人がいたもの……。宣伝物のあらすじの書き方も工夫が必要だと思う。

 

 

 

桔梗原に登場する「槍弾正」こと越名弾正、文司さんがよかった。槍を振り回す演舞のところの肩関節の可動域のなめらかさ、豪快さ。越名弾正はかしらの通りに荒武者風なんだけど、動きが的確なため、野卑ではない、身分ある豪傑という感じ。手足が美しく伸び、アスリートのような力強さを感じさせる動きだった。大型の人形は肩の可動域の広さや腕の動きの自然さ、伸びやかな美しさが人形の見栄えに影響するように思う。文司さんの人形の動きは、(文司さんの?)見た目に反してわりと速い。フト、東映のヤクザ映画では安藤昇だけアクションシーンで異様に動きが速いことを思い出した。あと、子どもあやしの「いないいないばあ!」が心なしか大阪よりソフトになっておられた。もっと変顔してよ文司さ〜ん。子どもじゃなくてお客さんにはバカウケしていた。

「そんなふうに演技してたんだ!」と思ったのは、景勝〈吉田玉也〉の視線づくり。門のそばにいるときからずっと越路のほうを横目に見ているんだな。横を向いているので客席からは横顔になって見辛いが、視線(人形の目玉の向き)は越路のほうをじいっと見ている。登場する時間の短い役だが、そのぶんこだわりのある細かい所作が面白く、去り際の速いきびすの返し方なども締まっていて格好よかった。でも、玉也さんにしては一瞬役すぎて悲しかった……。

あと、前半の勘十郎さん越路のおばあちゃん度がアップしていた。枯れ木のようなヨボヨボになっていた。そこから後半の簑助さん越路になると急激に小柄で可愛い上品おばあちゃんになるのがなかなか興味深かった。簑助さんの越路は一番最後、打掛姿のお種が死んだ峰松を抱いて入ってきて、悲しみに打ち沈みながらも殊勝なことを言うところで、お種と一緒にじっと悲しげにうつむいていた。

お種〈吉田和生〉は優しい美しさ。彦山権現のほうを見慣れてしまって?、和生さんの娘ぶりも板についてきたなァ(何様?)と思っていたが、お種を見るとやっぱり和生さんてお母さん役が似合うと思った。独特の落ち着き感や優美さが光っていた。

慈悲蔵〈吉田玉男〉のクリアな美しさ。よかったのは桔梗原で子どもを捨てるところで、子どもの顔をじっと見て愛しそうに優しく頬ずりをするところ。ここが慈悲蔵が嘘偽りない姿で我が子と対面できる最後の機会なんですね。しみじみと優しい頬ずりだった。それと、タケノコ掘りに出かけるところで、簑を着て鍬をかつぎ、舞台下手から上手へゆっくり歩いていくところで、踊るように振り返る姿の美しさ。悲しげな姿にはっとさせられた。慈悲蔵は二枚目に使うようなかしらや着物を使っているわけじゃないけど、役柄そのものの持っている透明感が感じられたというか……。慈悲蔵って行動が文楽の中でもブッチギリにやばい部類の人だが、非情になりきれない心の弱さ、言い換えると心の優しさを持っている気がする。それがすごく美しい、人形らしい形で出てると感じた。あとは唐織を家から追い出した後、門扉を縄で結わえてキセルで錠をするところで、門扉の閂(?)に巻く縄の巻きつけ方が大阪より綺麗だった。どういうテク?

 

 

 

床では文字久さんの代役で桔梗原奥に出演された三輪太夫さんがよかった。桔梗原ってどんなところ? 慈悲蔵と高坂弾正、越名弾正はどう違うの? 唐織と入江は? 何人もがいっきに喋り始めたら、あのすすきの野っ原の雰囲気はどう変わる? ということがよくわかった。例えていうと……、若い子が一生懸命語るのが平面の板に彩度の高い油彩で描かれた桔梗原の風景だとしたら、三輪さんの語りは香木を透し彫りにした細密なレリーフで桔梗原の風景を描いている。みたいな感じ。においをかいだり、細かい彫りを時間をかけてじっくり見たり、ライティングを変えて細工をよく確認したりしたい感じ。三輪さんは普段こういうところにはご出演されないので、よりわかるのかもしれない。桔梗原に吹き渡る、寂しく冷え冷えとした風を感じた。

勘助住家後の呂勢太夫さんはとてもよかった。ここ最近の呂勢さんで一番よかったと思う。大阪では実は「一生懸命がんばっておられるのはわかるけど……」と思ったけど、今回東京で千秋楽直前に聞いた呂勢さんは、舞台を引っ張っていくような語りだった。多分、全体のバランス設計が成功しているのだと思う。

 

 

 

襲名披露口上。

メンバーは大阪と変わらず。唐突司会・簑二郎さんの人形遣いとは思えない美声がいかす。そして玉男様が大変ご立派に口上なされていてわたくしは感無量に存じます。和生さんが「三代目玉助さんが弁慶を1日に3度演じたのはわたしたち人形遣いのレジェンドでございます!」とまさかのウケを取りに行ったのが最高だった。そんな和生さん、客席スレスレを見るような微妙な目線のつけかたをされていたので、目が合いそうになってドキドキした。微妙に目を逸らしてくる和生さんvs人が話してるときはその人の目を見なきゃと思っている観客。和生さん勘十郎さんは大阪からお話をアレンジされていて面白かった。玉男様は同じでいいんですっ。簑助さんはお顔色も良く「ふむ!」って感じでお元気そうでよかった。

 

 

以上、個々に書いたけど、個別に光る人はいるが、上演全体としてはまとまりに欠ける印象だった。なんかチグハグというか軸がぶれているというか……。プログラム編成要因(最後に中途半端に「道行初音旅」がついてる)もあるけど、舞台に一体感や締まりがなかった。その点、呂勢さんは散漫になっていた舞台全体を浄瑠璃の世界に引き込んでまとめようとする気概を感じた。

 

 

 

義経千本桜』道行初音旅。

謎のオマケ感で座りが悪い道行初音旅だが、内容は良い。お人形さんがとても可愛い。人形の踊りって、普通の演技とはまた違った才能が必要とされると思う。踊りがうまい人形遣いさんていますよね。人形がひとりでに動いているように見える人。やっぱり勘十郎さんは上手い。狐忠信のゆったりとした優雅な動きが美しい。実際にはケレンがなくとも、踊りだけで十二分に楽しめると思う。

 

 

 

4〜5月は第一部・第二部とも東西で同じ演目だったが、やはり、うまい人というのは2ヶ月の間でうまくなっていくのだなと感じた。先日『女殺油地獄』を3回観た感想を書いたときにも触れたが、うまい人って別にはじめからできるんですね。できるんだけど、回を重ねるごとに演技がどんどん役の性根に接近していって、ディティールが克明になってくる。さらには気温や湿度、匂い、時間の流れまで感じられるようになる。その意味では今回の5月公演は第二部のほうが良かった。

2ヶ月も同じ演目をやっていると(というのを1〜2月、4〜5月の2回も見ると)、向上する人とそうでない人に分かれていくのを感じる。向上する人はかなり向上する。勘十郎さんなどはトークショー等で回による出来のムラや、必ずしも最初のほうが下手で最後が上手いというわけではないとおっしゃっているが、そういった調子の良し悪しとは別の次元の部分で、あっ、この人こないだと違う!この人の中でなにかが変わったんだ!と思うことがあるのだ。それは若い人にでも、ベテランの人にでも感じる。出演者の方はご自分のパフォーマンスをどれだけ客観的にわかるのだろうと思う。色々な意味で、わかんないんだろうけど……。

とにかく私が言いたいのは、丁寧にやって欲しいということである。頑張っているから許すとか、そういう志は私にはありません。頑張ってるもんが見たいときはYoutubeで動物の赤ちゃん動画見てますんで(疲れている人)、よろしくお願いします……。

 

 

 

のぼり。

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お昼は久しぶりに食堂へ行ってみた。予約せず入ったら、このお弁当1種しか選べなかった(1600円)。最後の幕間にはあこがれの桔梗屋信玄餅クレープアイスもいただいた(速攻食ったため写真なし)。すごくおいしかったので、次回も食べたい。

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勘助住家で降った雪。

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