TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

 麻雀三四郎

松村一世[原作] + くずはら和彦[作画] 芳文社 1979

  • 連載:芳文社「コミックmagagine」1978.1.1号〜????
  • 全2巻


 

┃あらすじ
日本麻雀チャンピオン大会でめざましい成績を挙げる男。彼がこの大会に参加したのは、ある女性を探すためだった。彼、岬三四郎は麻雀を発明した人物である陳魚門の子孫・陳魚南から「影麻雀」を受け継いだ弟子。師匠の遺言により、「影麻雀」の奥義が肌に刻まれているという陳魚南の娘・陳西愛を探していた。決勝まで残った三四郎は同卓者の成瀬明子が陳西愛ではないかと推測。彼女からロン牌を討ち取った三四郎は優勝を果たすが、彼の「影麻雀」は雀品に欠けるとしてその位を剥奪される。落ち込む三四郎に声をかけた明子、しかし明子は陳西愛ではなかった。陳西愛を求める三四郎の果てしない旅はここから始まる。




旅打ち麻雀漫画。
70年代の麻雀漫画としては麻雀描写のレベルが非常に高い作品。細部まで凝ったつくりとなっており、芳文社麻雀漫画としてもトップクラスでは。
なお、先に申し上げておきますが、夏目漱石の『三四郎』とは全然関係ないです。なんで主人公の名前を三四郎にしたのかわかりませんでした。




三四郎は旅打ち先で不思議な麻雀に出会う。ローカルルールではないが、各地様々なアイデアが盛り込まれていておもしろい。地元の人々は比較的濃い方言で喋るところもポイントで、観光地のカットもたまに挿入され、旅情を味わうこともできる。折角なので三四郎の旅路を順を追ってご紹介したい。

  • 幻の雀ピオン、影麻雀@東京

麻雀は光緒年間(1875-1908)に中国浙江省寧波の学者・陳魚門が発明されたといわれている。陳魚門の子孫、陳魚南が木曽山中にいることを知った三四郎は陳魚南の弟子となり、昼間は麻雀修行(山の早積み)、夜は太極拳(体が丈夫でなければカンは働かない)に励んで「影麻雀」を習得した。しかし、「影麻雀」は日本式の麻雀ルールでは品性に欠ける打ち方とされて迫害されてきた歴史があった。上京して麻雀大会にチャレンジしていた三四郎もまた雀品に欠けるとされ、雀ピオンを逃す。
「影麻雀」のどこが雀品に欠けるかは具体的に描かれておらず、実態は不明。中国ルールでは普通だが日本ルールからするとおかしい打ち方になるというわけでもない。基本的なスタンスは無理な役は狙わずテンパイ速度重視/出アガリ重視のようだが、70年代後半の時点ではこういう打ち方は下品だったということか。それでも当時の麻雀漫画にしてはかなり凝っている。
あと、配牌を取るときに盲牌しておいて手を見る時間を半分にし、相手の表情を読み取る時間を作るというテクニックが登場するのだが、盲牌してる時間があったらさっさと目視確認したほうが早いと思うのはトーシロの考えでしょうか。
影麻雀の心得?は以下の通り

  • 影麻雀の一 すべての配牌をあがると思うべからず、他家のあがりをさまたげ平局に持ち込むもまた影麻雀なり
  • 影麻雀の一 あがりはすべて敵の予期なき時、敵の聴牌時、影の如く和了すべし

その前に陳魚門の子孫がなぜ木曽山中にいるのかが謎。

  • 雀暴組と宝町クラブ@郡山

郡山の柳内では、宝町クラブという麻雀道場が力を持っていた。宝町クラブ主宰者・宝町千州がイカサマ技を開発して新作を街のイカサマ師に提供し、イカサマ師たちは宝町クラブにその代金として「サマ上納金」をおさめている。しかし、新しく郡山に現われた麻雀暴力団の雀暴組はこのサマ上納金をかすめ取ろうとしていた。一般市民からすれば「両方つぶれろ」としか言えない設定だが、三四郎は宝町千州が亡くなり、妹の深雪が女手ひとつで切り盛りすることとなった宝町クラブの代打ちとして雀暴組との戦いに参戦する。
三四郎は深雪とのイカサマ修行によって「白板汚し」というイカサマ技を開発していた。それは麻雀牌に朱肉をつけて指に模様を転写させ、その指をに押し付けて模様をはんこのように写してしまうというもの。実戦では朱肉を摺り取られてしまって万事休すの三四郎だったが、指をかみ切って滴り出た血でに転写して「暗刻」にし、大三元和了して逆転する。
いや……さすがに気付かれますやろっていうかつっこみどころが多過ぎてつっこみきれまへんが、三四郎が「イカサマは果たして麻雀なのだろうか」と自分で言っているところに免じて赦してつかわす。

  • 「確率」と麻雀占い@松島

雀暴団の手から逃れるため、宮城の松島大造のもとにかくまわれた三四郎。世話をしてもらった御礼に、松島の妻・松島の舎弟2人と手合わせすることに。
三四郎はそこで人間がの順に字牌を捨てることを利用して字牌単騎待ちをアガる。
場に2枚見えているが奥方から出てきたのであれば、その次にはさらなる安全牌として場に1枚しか見えていないが出てくるのではないかと推測したのだ。
また、三四郎はここで「麻雀占い」も披露する。たとえば萬子のチンイツをしていた奥方は「ロマンチストで一発大勝負が好きなタイプ」だという。どの牌を好むかで性格がわかるというのだ。

  • 萬子はお金の額を示し、この牌を好むのは一発勝負のロマンを追うタイプ。
  • 筒子はお金を型どったもので、この牌を好むのは現実的なタイプ。
  • 索子はお金を通すヒモを現し、この牌を好むのは石橋を叩いて渡るガッチリタイプ。

だそうです。みんなもうらなってみてね。

これ、全然意味わかんなかったんですけど。リーチ代の精算をし忘れたとか言ってあとで点棒請求して逆転するとか、リーチ棒出さずにリーチしてる奴がいたらその場で確認しないと、あとからくれって言っても遅いっての*1
あと、この道場主のダヤン(本名・伊勢田。なぜダヤン?)がイカサマを使っているっていうのもよくわからん。何がイカサマなの? 本当は両目とも見えるのに隻眼のふりをしていることがイカサマなの? 謎。

十和田湖湖畔の「伊集院旅館」のワイルド娘・麻紀の趣味はアマチュア無線(ハム)。彼女や彼女の無線仲間の協力を得て、三四郎は北海道に渡った明子と無線を通した遠隔麻雀を打つ。
男遊びしまくってるワイルド娘の趣味がなんでアマチュア無線なのか全然意味わからんのですが、アマチュア無線って当時は相当ナウでヤングな趣味だったんでしょうか。
ネット麻雀登場以前の遠隔麻雀としては、ほかに「ハガキ麻雀」*2が伝えられている。

  • 黒死夢想を破れ@青森

三四郎は青森の地獄雀場で「黒死牌」という黒い麻雀牌を使った麻雀を打つ。黒死牌のの彫りの中には鬼見草から作られた毒を仕込んだ針が埋め込まれており、盲牌するとたちどころに針が指に刺さって毒がまわり、幻覚作用を引き起こしてときには死に至らしめるという。んだば黒死牌は殺人牌! しかしそれを知らない三四郎は盲牌してしまい、鬼見草の毒に冒されてしまう。危うし三四郎! しかし三四郎はへし折った千点棒を太ももに突き刺して正気を得、ついに逆転。宿敵・一貫の政のデコに黒死牌を投げ付けて退治する。

  • トルコ爆発@函館

宿敵・仁天竜の経営するトルコ風呂(トルコ仁天竜というすごいセンスの店名)での麻雀対決。三四郎は予めボイラー室に忍び込んでガス管に穴をあけておき、ガス爆発を引き起こす。で、逃げようとする仁天竜を試合放棄として負け扱いにしていた。麻雀関係なし!!

  • 目隠し麻雀@札幌-夕張

やっと札幌に着いた三四郎を待っていたのは、白血病でもはや余命いくばくもない明子。故郷の炭坑町に帰りたいという明子の願いを叶えるため、三四郎たちは明子とともに旧炭坑町へ向かう。その車中、一行は「目隠し麻雀」とも言える麻雀を打つ。

  • 車中なので実際に牌を並べず、手牌や捨て牌は頭の中
  • ツモは麻雀牌を入れた布袋から取り出して確認後、別の布袋に入れる

自分の手牌すら途中でわけわかんなくなってきそうだが、参加メンバー誰ひとりとして間違わずに普通に進行できていた。おそるべし北の雀鬼たち。

  • とりあえず全裸になる女@秋田

秋田・川及で出会った女・やよいは負けが込むと服を脱ぎはじめ、同卓者の動揺を誘って勝ちを毟っていた。それでも同卓者たちは「今夜は負けたスが目ンコ保養さスてもろたベス」「ンだス……ズッパリな」とご満悦。三四郎も普通に負けてましたが、やよいに「抱いて!」と言われておもっきり役得でした。

  • マグジャンと摸牌草@新潟

新潟・古町の雀場の利益を巡るヤクザ抗争で、石動組の代打ちとして麻雀勝負に参加する三四郎。
ここで使われるのが昭和52年頃に登場した半自動卓・マグジャン*3

マグジャンはスイッチを押すと牌がひっくり返って撹拌されるというもので、麻雀博物館にも所蔵されており、実際にスイッチを入れて動くところを見ることが可能。バカウケ。なんでもマグジャンは関西のうどん屋さんが開発とのことで、うどん屋で雀荘もやってた人らしい。一瞬「凌ぎの哲」を思い出させる*4うどん屋さん。ちなみにサイコロはプリンカップ?をふたつくっつけた入れ物に入ったものを使用して細工ができないようにしていた。

というように勝負に厳正を期していてもイカサマをしはじめるのがレトロ麻雀劇画のとんまな敵役。ここで使われたイカサマは「摸牌草」というもので、"王" の字を横に倒したような形をした卓と同色の器具をラシャに喰いこませ、山を積むときに牌をそこに擦り付けることによって盲牌するというもの。たまにラシャに擦り付けることで牌の種類を読むというイカサマが出てくる麻雀漫画があるが、それと似たようなもんか。三四郎が摸牌草をあっさり見抜いてひっこ抜いたため、敵さんはタジタジとなって負けるのであった。

  • 怒鬼連合の夫婦雀ゴロ@前橋

特にこれといったこともなく、怒鬼連合の夫婦雀鬼と闘ったのみ。怒鬼連合というのは関西系のR会と雀場抗争を繰り広げている銀座に本拠を置く組織。誰も気付かないうちにその抗争を軸に話が進んでいたようです。

  • 牌話@横浜

横浜・中華街の怒鬼連合支部に乗り込んだ三四郎は、秋田で出会ったやよいの恋人だった男・神代正幸と手合わせすることになる。神代はすご腕の雀士であり、周囲のヤクザたちに会話内容が知れぬよう、三四郎と「牌話」を使って会話をかわす。麻雀漫画の登場人物たちはよく麻雀牌で会話してますが(クサい例えでなく、ガチで)、『アカギ』『天牌』クラスともなると何の説明もなくテレパシーで話しはじめるので注意が必要です。

  • 命勝負! 麻雀城の全自動卓、麻雀警察、そして影麻雀の奥義とは……@銀座

ついに東京に戻ってきた三四郎。怒鬼連合に拉致された西愛を救うため、怒鬼連合の麻雀ルーム「麻雀城」に足を踏み入れる。そこには最高級の電動卓が置かれていた。

最初の全自動卓「パイセッター」は昭和53年に登場。ミシン屋さんが開発したそうで、当時120万円もしたためほとんど出回らなかったらしい。これがこの作品に登場するものと同一タイプかは不明だが、この作品で登場するのは、サイコロがデジタルで山が横向きに出てくるやつ。横向きに出てきてから立つ!というところが、現代最新の配牌まで自動で出るようなタイプ(アルティマ)よりある意味すごそうに見える……。だって横向きに出てきて立つんですよ。なぜ? 斜めにせりあがってくるとやつはまだわかるが、なぜ横向きに出てきて立つの?? 謎。自動卓の描写が異様にしつこいところを見ると、当時は相当興味をひかれるナウいものだったと推測される。
そしてかくかくしかじかあってついに怒鬼連合に勝った三四郎だったが、逆切れした怒鬼連合総裁は暴力によって場をひっくりかえそうとする。しかしそこで「一服させてくれ」とのん気な提案をしたのがR会の準会員にして関西弁のお調子者・海津元(灘麻太郎似・実は第1話から登場してます)。なんと彼は……!? ここから先は実際に読んでみてください。私はかなりびっくりした。芳文社の麻雀漫画、特に70年代のものっておもっきり投げっぱなし アンド放置しっぱなし!なものが多いと思っていたので、このラストには驚き。麻雀漫画がいまほど固定観念に支配されていない時代の遺産か……。往年のテレビドラマやテレビアニメのラストシーンっぽくて、とてもよかった。


あと、たまに各話ラストシーンに入っている麻雀ポエム?が謎すぎて謎。

一筒は憎いあいつの瞳
自摸するたびに
よみがえる想い 牌と
いっしょに無理して
捨てる

負けるものかよ
男ってなにさ
サマ花トゲ花魅惑花
わたしは麻雀流れ花

謎。




さて、麻雀漫画にはこの『麻雀三四郎』のほかに「三四郎」とつくものが2作存在する。
それは吉田幸彦+みやぞえ郁雄『雀鬼三四郎』(芳文社, 1985)と吉田幸彦+みやぞえ郁雄『黒棒三四郎』(廣済堂, 1981)である。『麻雀三四郎』と『雀鬼三四郎』は紛らわしいと仰ったのはかのizumick先生であらせられるが、「畏れながら、間違うアホっていうか両方を大喜びでお求めになられるのは大宇宙に於いて先生のみと存じまする」と思っていたところ、手前、『麻雀三四郎』の2巻を買ったと思ってよく見たら『雀鬼三四郎』2巻を買っておりました(2冊目)。すいませんでした。

*1:『あぶれもん』の弘明寺最終決戦で、穴倉が誤ポンの罰符を終了後に払うとか言い出して僅差トップだった健三さんが2着に落ちるってシーンがあったけど、あれはまだいいですよ。勝手に払ってんだから。請求はできないでしょ。

*2:沼田清・作、「別冊リイドコミック劇画特集号」1977年、リイド社

*3:なお、自動卓についてはLaboratory Of Majang!!(http://www.nasu-net.or.jp/~kid/MJ/make/auto.html)および「近代麻雀」2006年8.15号に掲載の「雀荘で遭った愉快な人々」麻雀メーカーのマツオカメカトロニクス代表取締役社長・松岡良明氏の回を参考にしている。「Laboratory Of Majang!!」ではマグジャン登場は昭和42年となっているが、「雀荘で〜」のほうには「昭和52年に半全自動卓マグネット麻雀卓『マグジャン』を特許を持っている人と組んで作る」と書かれている。しかし「雀荘で〜」の文、マジ意味わからんぞ。マグジャンの特許を持っている人と組んでそれをアレンジしたものを作ったって意味なのか、それともまた別のなんらかの特許を持つ人と組んでその特許内容を応用して作ったのがマグジャンなのかわからん。この漫画、こうい意味不明の文章がよく出てくるけど、編集者は注意しないんですかね? また、今から10年ほど前に「近代麻雀オリジナル」に掲載された倉田真由美「てんぱい娘」で、古久根プロとくらたまが南千住にあるBASUEな雀荘(古久根プロのお友達"センちゃん"の店)に行ったらまだこれが現役で使われており、くらたまに何年前の卓かと尋ねられた古久根プロが「んー20年くらい前かな。一瞬で消えたけど」と解説するシーンがある。

*4:バイニン・初代飛び甚が経営していた雀荘では食事として出されるラーメンが大人気で、来店した客はみな麻雀せずにラーメンをすすっていた。なお、ラーメンのだしは牛骨牌からとられている。