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TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

文楽 4月大阪公演『楠昔噺』『曾根崎心中』国立文楽劇場

初めて文楽劇場へ行ってから1年が経った。短い1年だったような、長い1年だったような。 しかし1年前は今にも増してものがまったくわかっていなかったのに、よく大阪まで行ったな。勢いだけで行ったわけだが、勢いというものはすごいものだと思った。

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『楠昔噺』。

「祖父は山へ柴刈りに 祖母は川へ洗濯に」の角書きの通り、昔々あるところにお爺さんとお婆さんがいました^^ お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました^^ から急転直下に始まる文楽的悲劇。南朝北朝が争う太平記の時代を舞台に、「桃太郎」や「舌切雀」、あるいは端午の節句の風物を織り交ぜながら語られる、とある家族の物語。話が複雑なので、あらすじをまとめながら書いていきたい。

 

碪拍子の段

河内国松原村の百姓、徳太夫(人形役割・吉田玉男)と小仙(吉田和生)はそれぞれ再婚同士の仲の良い夫婦だった。二人はきょうも連れ立って出かけ、徳太夫は山へ柴刈りに、小仙は川へ洗濯にと二手に別れた。時が経ち、山仕事を終えた徳太夫が川岸にいる小仙を迎えに来ると、小仙は徳太夫が再婚前に勘当した息子・竹五郎から自分宛に密かに詫言状が来ており、そこには実母でない自分のことを「母様」と書いてくれていたと告げる。しかし徳太夫は、婿の正作にさえ面倒をかけていない自分が出世したという竹五郎を赦しては養って欲しさと思われる、勘当を赦すつもりはないと言う。それより小仙の連れ子のおとわは赤の他人の自分を大切にしてくれる、これ以上に可愛いものはないと。しかし小仙はおとわの夫の正作が牛博労でずっと家をあけたままで不安であり、竹五郎に家に戻ってもらいたがっていたのだった。話はどこまでいっても平行線で、二人はこの話はもうしないことに。

そこへ川上から流れてくる見事な花橘の枝。小仙が拾い上げたその枝を徳太夫が欲しがった。どうせ孫への土産にしたいのだろうと小仙が言うと、孫への土産はもう山で見つけてあると徳太夫は懐から雀を取り出す。雀のほうから袖口へ飛び込んできたのを、孫に与えようと捕まえておいたというのだ。それを見た小仙は雀を欲しがり、二人は花橘と雀を交換する。しかし実は二人は花橘と雀を孫の土産にしたいわけではなかった。徳太夫の欲しがった花橘は橘氏の出である婿の正作の瑞祥、小仙の欲しがった雀は竹五郎が羽を伸ばす吉兆(竹に雀)であると思っていたのだ。

二人が連れ立って帰ろうとすると、団子売(吉田簑一郎)が通りかかる。団子売は後醍醐天皇の臣下・橘正成と鎌倉幕府方の武将・宇都宮公綱が戦う天王寺の決戦を見てきたと話す。楠木正成が幕府方の六波羅軍を破ったと聞くと、なぜか徳太夫が喜ぶ。次に落武者(吉田玉勢)が通りかかり、宇都宮公綱が現れると楠木正成は彼と一戦も交えず逃げ出したと話す。すると今度は小仙が喜びをあらわにする。二人はお互いに楠や宇都宮に縁があるのかと気色ばみ、小仙は花橘を川へ投げ捨て、徳太夫は雀の嘴を折って追い放ち、仲違いしたまま家路についた。 

絵本の昔話のように「むかしむかし」から始まるほのぼのした雰囲気の浄瑠璃。九十九折の山道を表現する、奥行きのある重層的なセットが印象的。幾重にも重なった山を徳太夫の人形がゆっくり登っていくと、途中の坂から人形が遠見の人形に差し代わる。遠見の人形は普通の人形の半分くらいの小さい人形だが、普通サイズと違わず細かく作られており、ちゃんと三人遣いだった(みな黒衣)。山を登っていく徳太夫を川岸で見送る小仙が「いとしや去年まではあのやうな足許ではなかつたに、モウ一年々々弱りが見える」とつぶやくのが妙にリアル。

小仙の人形はすそを捲るので足が吊ってあり、三味線(鶴澤清友)のメリヤスに乗せて足踏みしながら洗濯物を踏み洗いしていた。これが結構難しいとのことだが、自然にフミフミしているように見えた。小仙、和生さんが遣っているせいか、田舎の一般人婆さんだが穏やかな品があり、娘婿に武将がいてもおかしくないなと思わされた。

山から帰ってきた徳太夫が小仙の洗濯が終わるまで待っている場面、小仙が着物の裾をたくし上げて洗濯の仕上げにかかろうとすると、徳太夫が「そんなところを通りがかりの仙人が見かけたら、通力を失って落っこちる〜!」と言い出すのがかわいい。受けて小仙は「それは五十年前の話」と言っていた。

この段ですごかったのは、雀の舌を引っこ抜く徳太夫と、ビキニアーマーよりやばい格好の落武者。雀の舌、目の前でブチィと引っこ抜かれてびびった。引っこ抜かれた舌はわりと大きい赤ピンクのぺなっとした物体で怖かった。さっきまで小仙の左遣いさんが手に持った雀(原寸サイズのリアルな小道具)をぴこぴこしてあげていたというのになんという無惨。当たり前だが玉男様完全に真顔で閻魔大王状態になっておりますます怖い。落武者は裸に鎧だけを着た大胆な人形。ビキニアーマーは江戸時代からあったんだ。いやビキニじゃないけど。厚紙でできてんじゃねえかというペラッペラの鎧の胸板の両サイドからまあるいポッチ乳首がWではみ出てるのが気になって、ヤツが舞台に出ている間浄瑠璃一切頭に入らなかった。人形が動くと鎧が揺れて乳首が隠れるのではと思っていたが、隠れなかった。こだわりの着付けなのかもしれない。人形の動きはちゃんとしているのだが、客は乳首しか見てなかったと思う。文楽におけるビキニアーマーの無限の可能性を感じた。

 

徳太夫住家の段

翌日、徳太夫の家。徳太夫の義理の娘・おとわ(吉田文昇)が端午の節句のちまき用の粉を石臼で挽きつつ息子・千太郎(桐竹勘次郎)を遊ばせていると、家の前を物売り(吉田玉志)が通りかかる。千太郎を褒めそやす物売りにおとわは機嫌をよくしてオモチャの槍と長刀を買い求める。にわかに雨が降り出し、おとわは物売りを牛小屋で休ませてやることに。入れ違いに奥の間から徳太夫が現れ、婿の正作は牛博労に行ったのではなく、今は後醍醐天皇に召されて楠木正成と名乗る武将になっていると知っている、しかし小仙にはこのこと他言無用だと告げる。

やがて日が傾く頃、門前に場違いな籠がつけられ、身なりの良い女(吉田勘彌)が徳太夫はいるかと訪ねてきた。小仙がどなたかと尋ねると、自分は竹五郎の妻・照葉であり、伴っている少女は娘・みどり(吉田玉彦)だと名乗る。照葉は竹五郎=宇都宮公綱の天王寺の合戦の陣中見舞いに行く途中で、徳太夫に勘当を許してもらおうと立ち寄ったのだという。小仙はそのことは徳太夫には黙っていてほしいと頼み、二人を奥の間へ通す。

また入れ違いざまに徳太夫が現れ、小仙に仲直りしようと言いだす。お互い、竹五郎は宇都宮公綱となり、正作は楠木正成となって今や敵味方に別れて争っていることを知っていた夫婦は、孫である千太郎とみどりに祝言をあげさせ和睦の筋にしようとする。しかしそれを聞きつけた照葉は、逃げ足の早い正成の息子と縁組んだと言われては家の恥と猛反対し、祝言の盃を取り上げて叩き割る。正成を侮辱されたおとわは、正成は公綱の面目を立てるために軍を引いたのだと照葉に楯突く。言い争う二人をあとに、肩を落とした徳太夫と小仙は仏壇へ灯明を上げようとを奥の間へ消える。おとわと照葉はそれぞれの息子娘に徳太夫と小仙の行動を見守るように言い含め、二人の後について行かせる。

そのとき突如庭から烽火が上がる。すると山へ次々と篝火がともり、鬨の声が聞こえる。宇都宮公綱の使いが現れ、公綱の軍勢はいま見えた遠篝に恐れをなして散り散りになった、照葉には早く陣へ来てほしいと告げる。駆け出そうとする照葉とおとわが争っていると、奥の間から斬り合う音が聞こえ、障子に血飛沫が飛び散る。血まみれの姿で現れる徳太夫と小仙。徳太夫は、正成が軍を引いたのは公綱が徳太夫の息子であり、公綱に武勲を立てさせ徳太夫を喜ばせるためだったと言う。先ほどの狼煙は徳太夫自身が上げたもので、それを合図に仕事仲間に山へ篝火を灯させ鬨の声を上げさせて公綱の軍勢を威嚇し退けるという、正成へのせめてもの返礼だったと。そして、公綱を思いそれを止めようとした小仙と斬り合いになり、二人はお互いわざと刃にかかったのだった。徳太夫は嘆く照葉とおとわの前で石臼に自らの血文字で二人の戒名を記し、公綱が後醍醐天皇へ味方すれば勘当を赦すと言って息を引き取った。

そこへ牛小屋で休んでいた物売りが姿を見せる。話は聞いていた、お悔やみをと告げて物売りが立ち去ろうとするところにかかる「宇都宮公綱待て」の声。どこからか聞こえる「楠多聞兵衛正成対面せん」との言葉に、物売りは商人の化を捨てて本性・宇都宮公綱の姿を顕す。公綱は奥の間の鎧兜姿の人影へ矢を放つが、矢が命中すると鎧が剥がれ落ち、中身は藁人形であったことが知れる。再び現れる障子の奥の鎧兜の人影に矢を射るも、当たるとこれもまた藁人形であった。そして現れた本物の楠木正成(吉田玉佳)と仕込み槍で立ち会う公綱だったが、徳太夫の亡骸が起き上がり、槍の柄をバラバラにして二人の揉み合いを制する。実の子も義理の子も思う徳太夫の魂魄に一座は涙して、二人は二親の四十九日が明けてからの勝負を約束し、公綱は小仙の亡骸を、正成は徳太夫の亡骸を抱えて別れ行くのだった。 

情と義理とに引き裂かれ巻きおこる惨劇。文楽、ふだんは人を刺そうが首を切り落とそうが直球の怖い表現はないのに、突如障子に飛び散るダイレクトな血飛沫(本当に障子に真っ赤な血飛沫がビシャア!とかかる)。突然のスプラッタ展開にどよめく客席。本当は怖い昔話。

ここでは前段のなにげない要素が伏線として回収されていて驚いた。いまわのきわの徳太夫と小仙に孫たちを会わせてやろうと、子どもたちを起こそうとする嫁たちを制する徳太夫が「(孫たちが起き出して)おいら二人を尋ねるなら、祖父は山へ柴刈りに、祖母は川へ洗濯にと言うてすかしてたもいなう」と告げるくだりには涙。だから角書きが「祖父は山へ柴刈りに 祖母は川へ洗濯に」で、出だしも「祖父は山へ柴刈りに、祖母は川へ洗濯に」から始まるんですね。そういえば徳太夫が小仙に仲直りをもちかけるくだりも、自分の話を昔話の中のお爺さんに例えて話しているし、冒頭で徳太夫の柴刈り仲間たちが出てくるのも、篝火を焚く仲間の伏線だったんだな。

この段での一番の見所は宇都宮公綱が鎧人形を射る場面。豪奢な衣装の大型の人形が本当に大きな弓を射るのだ。弓を構えたときはどうするのかな〜と思ったが、本当に弓をびゅんと飛ばしていてびっくり。しかもちゃんとまっすぐ飛んでいた。てっきり途中で後見の人が差し替えると思ったから……。人形は文楽でも一番大きい部類でかなり重いだろうに、公綱役の玉志さんはスッと綺麗な姿勢で弓を引いていた。しかもあそこまでちゃんと飛ばすとは、生身の役者がやっているならともかく、文楽人形は三人遣いで右手と左手は別の人が遣っているのにすごい。私が見た回は2本ともパーンと見事に飛んでいた*1。玉志さんは昨年5月東京の『絵本太功記』の武智光秀役でも、最後、瓢箪棚に下がる瓢箪を一発でタララララーッと綺麗に切り落としたのを覚えている。そのときあまりに普通に切り落としたのでびっくりしたのだが、今回もあまりに普通に飛ばしたので、私と私の周囲のお客さんは「!?!?!?」となっていた。公綱の射る矢の2本目はおとわの人形が射程範囲に入るので、文昇さんが微妙に警戒していた。そして宇都宮公綱と戦う楠木正成は飾り人形のような美麗さで、最後に出てくるだけある立派なものだった。

この後半は千歳さんが大変に頑張っておられた。この公演の出演者一番の熱演ではと思わされた。「人形見てるより千歳さん見てるほうが面白いらしい」と聞いていたが、確かに面白かった。

あとは勘彌さんが武家の嫁さん役をやっていたので満足。個々の性格の方向性はどうあれ、貴人・武人の娘役は勘彌さんにやって欲しい。独特の「生まれながらにしてお前らとは身分が違う」感が漂っている。ああいう身分あります系の気品感は結構難しいものだと思う。

 

『楠昔噺』、昔話や節句にちなんだエピソード構成のみならず、話そのものも聴き応えがあり、文楽らしい話で面白かった。三段目のみの上演だが、短い中にも大きなストーリーのうねりや文楽のエッセンスがたくさん込められていると感じた。そして出演者も大変に豪華で、この4月公演の一押し演目だと思う。

 

 

 

『曾根崎心中』。 

2月の東京公演で観たばかりなのでどうかなと思ったが、色々と発見があった。『曾根崎心中』って名前が有名だから初心者向けっぽいけど、話が簡素すぎるため見所が出演者各個の芸になってきてむしろレベルが高い演目のような気がする。しかしながらその意味でまさしく出演者各個の芸を楽しめた回だった。

お初役は2月東京と同じく勘十郎さん。2月東京は超情熱的で超強火なお初で観客を圧倒していた。あの調子で相手役の徳兵衛が清十郎さんだと、清十郎さんは絶対食われるだろうなと思っていた。清十郎さんは絶対張り合ってこないだろうし。しかし今回はその情熱の炎は影を潜め、可憐で儚いお初像に振っていて驚いた。やはり相手役によって演技を変えているんですね。2月東京では古典作品といえども、こんな解釈や演技で普通のストーリーを新しく見せる人がいるんだと大変に驚いたが(それは相手役の玉男さんも含む)、今回の透明感のあるお初の演技にも驚き。個人的にはこちらのほうがストーリーから受けるお初のイメージに近い。ちょっとしたしぐさの一つ一つが細やかでかわいらしく、視界のそこだけ異様に解像度が高く感じた。お初だけ4Kみたいな。甘える仕草がとくに念入りで、かわいかった。

清十郎さんの徳兵衛は、いかにもちょっとした歯車の狂いで自殺に追い込まれそうな、細やかでしなっとした若者の印象だった。人形の顔が白い胡粉で塗られているからだけでなく、印象そのものが青白い感じ。遅かれ早かれこうなるというか、社会に適合できなさそうな清楚な雰囲気だった。死ぬ前からもう死んでいるような、そんな徳兵衛の胸に顔をうずめてこすりつけているお初のほうがちょっと姉さん女房っぽい。お初はひとりでも生きていけるが、情にほだされて一緒に死ぬみたいな……。

お初の全体的な方向性以外にも2月とは違うところがあって、特に天満屋の上り口でお初が徳兵衛を打掛の中に隠してやりとりするところは結構印象が違った。2月は打掛の中は二人だけのプライベートな空間で、まるで外界から切り離されているかのような色っぽい雰囲気だったが、今回は徳兵衛の仕草がシンプルで、芝居として見せることを優先しているように感じた。あるいは固いとも思ったが、それゆえの清廉さはいかにも死にそうで、2月よりもプラトニックな雰囲気。人によって、あるいは配役の組み合わせによって演じ方は違うのだなと感じた。

そんなこんなで今回のお初と徳兵衛はちゃんと心中しそうなカップルになっていた。実際に刺すシーンまでやっていたからだけでなく、もう死ぬしかない感が出ていた。

それと今回の『曾根崎心中』は太夫・三味線が大変豪華で密度が濃い。私のお気に入り・津駒さんは天満屋に出ていて一番いいとこだったが、ちょっと不安定で本領発揮じゃなかったみたい。また別の機会によく聴かせてもらいたい。

ところで、メインキャストではないが、生玉社前でワイワイやっているツメ人形たちには大変なやる気を感じた。『楠昔噺』の徳太夫住家の冒頭で物売りにまとわりつく近所の子どもや第一部の『菅原伝授手習鑑』寺入り〜寺子屋の段で登場するアホな子どもたちもそうだけど、今回の公演、なんだかツメ人形がやる気ある。

 

↓ 2月東京公演『曾根崎心中』の感想はこちら

 

 

今回は一泊ということで時間に余裕があったため、観劇前、大阪市内の近代建築巡りに連れて行っていただいた。中之島・北浜に残る戦前の建物はいまも現役として使われているところが多く、たくさんのお客さんで賑わっていて面白かった。

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*1:弓は小道具で弓道用のものとかではないので、安全の範囲で飛ばしていた。鎧人形に当たってはいない

映画の文楽 2 『文楽 冥途の飛脚』マーティ・グロス監督(1979)

東京都写真美術館でのデジタルリマスター版上映。

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  • 文楽 冥途の飛脚』
    (『冥途の飛脚』より「淡路町の段」「封印切の段」、『恋飛脚大和往来』より「新口村の段」)
  • 製作・監督・編集=マーティ・グロス
  • 撮影=岡崎宏三+小林秀昭
  • 音響・音楽監修=武満徹
  • 録音=西崎英雄
  • 太夫=淡路町の段:竹本織大夫(竹本源太夫)、封印切の段:竹本越路大夫、新口村の段:竹本文字大夫(竹本住太夫)
  • 三味線=淡路町の段:鶴澤燕三(五世)、封印切の段:鶴澤清治、新口村の段:野澤錦糸(四世)
  • 人形=忠兵衛:吉田玉男(初代)、梅川:吉田簑助、八右衛門・孫右衛門:桐竹勘十郎(二世)、妙閑:吉田文雀、他
  • 1979年/2011年デジタルリマスター
  • http://bunraku-movie.com

  

記録映像のようで記録映像ではない、不思議な映画。海外向けに製作されたといういきさつのため、日本では一般の劇場公開はされず、特殊な企画上映でのみ観られる作品(ソフトは発売されています)。『冥途の飛脚』を抄録ながら文楽公演の上演ほぼそのままに映像化したような内容で、ニュアンスとしては記録映像とドキュメンタリーの中間だろうか。バックステージ等の映像はなく、純粋に舞台映像に徹しているが、単なる上演のようすを撮った映像、でない何かがこの作品にはある。

 

本作の最大の特徴は、「芸」ではなく、あくまで「芸と人」あるいは「文楽とその人」を撮っているという点。本作では太夫、三味線弾き、そして人形遣いの表情が真正面から精緻に写し出されている。

それぞれの段の冒頭、人形が出てくる前の部分は、床を真正面からとらえた映像。一番最初の淡路町の源大夫さんは目を輝かせ、表情豊かに一心に語っておられる。語りは盛り上がっていても鶴のようにすうっとした表情で、しかし突如見台を叩いてびびらせてくるのは越路さん。新口村の住大夫さんは後半にいくにつれだんだん汗をかいてきたり。三味線弾きさんはみな、カメラ目線のようでいてカメラ目線ではない、顔をあげてまっすぐ正面、どこか遠いところを見ながら静かに演奏している。そして人形の撮り方も特徴的。人形だけでなく、出遣いの人形遣いの姿が常にトリミング内に入るように写されており、かなり人形遣いの顔寄りになるカットもある。みなさん別に表情はさほどないのだが、あんまり表情がないということが写っている。

個人的にはこの撮り方、結構、普段の公演を観ているときの視界に近い。基本的には集中していると人形しか見えないとは言え、一応人形遣いも見ているし、時折床に目をやると太夫さんが人形以上に盛り上がっていたり。それで言うと、逆に自分が普段どこを見て観劇しているかわかる部分もあった。例えば、映像がいきなり太夫さんや三味線さんに切り替わるとはっとして、やっぱり自分は普段はずっと人形を見ているんだなと思ったり、メインで忠兵衛が芝居しているシーンでも、この映画では忠兵衛が映りっぱなしになっているけど、観劇時の自分は無意識にそれを受けて何らかの反応をしている梅川を見ているので一瞬違和感、など。本作には引きの映像がほとんどないので、ある人形の芝居を受けて相手の人形がリアクションする様子はほとんど写っていない。このリアクションで心情が読める部分もあると思うのだが。そこは実際の文楽公演の雰囲気とは違うかな。

また、本作は実際の劇場ステージでの撮影ではなく、撮影所のスタジオで舞台セットを組んで撮影されている。一見ほとんど上演そのままを撮っているようだが、そうではない。本作の映像は、常に舞台を端整に真正面から見たアングルから撮影されている。すなわち実際の客席からの見え方ではない。人形は常に真正面に向かって演技をするが、広いステージの上ですべての演技に対して真正面から見られる客はいない。この映画のアングルは、空想上の文楽鑑賞の理想アングルである。ただし客席から見るよりカメラ位置は高めで、身長高めの人形遣いのみぞおちくらいの高さに設定され、封印切のところなどは小判がこぼれ落ちる蓮台*1の上もよく見えるようになっている。

それと私がこの作品の特徴だと思っているのは、「空間」の捉え方が実際の文楽公演とは違うということ。実際の公演では屋外も居室も次の間も、すべての空間がシームレスにつながっており、人形はそこを自由に行き来する。エセ日本文化論な言い方になるが、これは、日本家屋の仕切りは曖昧であるという特徴を写し取ったような空間設計だ。しかし、この作品では、屋外・居室・その次の間でカットが切り替わり、絵のつながりも断絶されて、明快に別の空間として撮られており、もともとの舞台にあるシームレスさを意図的に排除しているように見える。実際には常に真正面から撮るというアングル設定とセットを組む都合上だとは思うが、強い印象を残す。それと、いまの本公演(文楽劇場国立劇場)とくらべると人形がみんなきゅっと寄っていて、ステージがかなり狭く見えるのだが、これは当時の文楽公演のステージの大きさによるものだろうか。人形側の照明が暗いこともあって、ちいさな小屋の中で人形が動いている魔術的な雰囲気がある。

そういえばこの映画、足拍子の音が入っていない。実際に文楽公演を見ていると、足拍子の音って大きなアクセントになっている気がするが。なんで入ってないんだろう。時代物じゃないからまあいいかということかしらん。

 

 

人形で印象的なのは忠兵衛(初代吉田玉男)。本作は、新口村以外は忠兵衛メインで撮影されている。淡路町の段で自宅周辺をうろついているときは結構瑞々しいというか、ヒヨっとした印象なのだが、羽織落とし〜封印切〜新口村は結構大人びた印象で、2月に観た公演での忠兵衛とは印象が違っていた。越後屋ではわりあいすっとしているけど自宅周辺で気まずそうにしているいたたまれない姿、石井輝男監督の『異常性愛記録 ハレンチ』の若杉英二を思い出した。

と書いたままでは玉男さんファンの方に刺されそうですので、ご説明いたします。『異常性愛記録 ハレンチ』はうら若いバーのママ・橘ますみにつきまとう粘着ストーカー・若杉英二がいかにド変態かということをしつこく描いた、まじで気が狂った異様な映画。若杉英二は橘の前では何を考えているかわからない、社会性という枠を逸した怪物として描かれているが(まず口調が「〇〇だよ〜ん」)、おもしろいのは橘以外の人(自分の妻、橘の母、伯母)が介入してくると途端に真顔になり、小心者の姑息な社会性のある人間に立ち返るという点。彼の正体は老舗染物会社の社長なのだ。ここだけが映画として異常にまともで、そこ以外全編狂っているこの映画のスパイスとして効いている。って、なぜか石井輝男褒め文章になってきたが、演出の区別の方向性は違えど、忠兵衛も自宅(しかも養子先)とそれ以外で雰囲気が少し違うのは面白い。

あとは2月公演の主役ふたり(忠兵衛=吉田玉男 当代、梅川=豊松清十郎)より主役ふたりが抱きつくのが速くて、やはり慣れてる人同士だと間合いを読むのが速いんだなと思った。とんとんとポーズをとっていくテンポが速く、メリハリがついていた。

 

 

本作は、本来なら上演時間3時間程度のところを抜粋編集で1時間半程度におさめられている。大きく切ってあるのは、淡路町の冒頭で忠兵衛が出てくるまで(番頭の接客と妙閑のお小言*2)、封印切の冒頭で禿が弾き語りをする前後。新口村は梅川のクドキの頭、捕物が来るところの途中など詞章を行単位でところどころ切ってある気が。リズム的にいま何か抜けたなとは思うけど、カットの切り替わり目なので普通に見る分にはそこまで気にならない。

ところで今回、会期中に2回観に行ったんですけど、2回とも越路さんが語っている封印切でド爆睡している人がおられて笑いました。本公演でも一番うまい人のとこで爆睡してる人おられますけど、やっぱり心地いい浄瑠璃が耳に入ってきて周囲が薄暗いと、人間、眠くなっちゃうんだなーと思いました。とは申せど私も人が切腹してても寝てることがしばしば(ソフト表現)あるので、人様のことは言えませぬ。

 

 

┃ マーティ・グロス監督トークセッション(2017.3.24)

この日は英字幕版を上映後、来日中のマーティ監督によるトークセッションが行われた。トークセッションはそのほとんどが会場との質疑応答形式で、以下にその内容をまとめる。監督は日本語超ペラペラなのでトークもほぼ日本語だったが、お話一部難しい部分があり、私がうまく意味を掬えていないところがあると思う。ご容赦ください。文中お名前すべて当時です。

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Q. 製作後32年間、日本国内での劇場上映がなされなかった理由は?

本作は海外上映を目的として製作し、日本国内上映は考慮していなかった。なぜかと言うと、当時(1979年)映画はフィルム製作の時代。35mmと16mmで、英語字幕版と日本語字幕版(英字幕がないもの)を両方製作するには予算がかかりすぎるため。日本人のかたが英字幕を見ても「うん?」となるでしょう?

 

Q. 文楽との出会い&製作のいきさつは?

陶芸の研究のため、1970年に来日した。窯元へ弟子入りし、陶工の見習い実習をした。そのとき、ヒッチハイクで日本中を巡った。常滑の窯元で修行していたので、そこから大阪、九州へ。大阪へ行ったとき、文楽を観なければ日本の伝統文化を勉強したとは言えないと思い、朝日座へ行った。朝日座というのはいまの文楽劇場の前身。最初はまったくわからなかった。1976年に記録映画『陶器を作る人たち』を作り、そのあとどうしようかと思っていたら、バーバラさん(?)に「文楽に取り組んでみては」と言われた。大阪に滞在し、朝日座に1ヶ月ほど通い、楽屋にも通い、そして製作のための寄付を集めた。大変だった。

出演者は自分で選んだ。当時は越路さんが一番えらかった。越路さんはすごいgentlemanで、???にも連れて行ってもらった(聞き取れず)。製作にあたっては越路さんに相談した。人形の配役は、簑助さんなら女の役とか、決まっているものがあるでしょう? そういうものに従って決めていった。

文楽は手品。何十回見てもわからない。何をどうしているという仕掛けはすべて知っているはずなのに、どうやっているのかわからないすごさがある。(はじめ手品という言葉にピンとこなかったのですが、前後の話から察するに、magicというニュアンスで言われているようでした)

 

Q. 文楽の映画というのは滅多にないが?

栗崎碧さんが2作撮っている。1作目は完成したが(『曽根崎心中』)、2作目は頓挫した。しかし、自分は栗崎さんの映画はあまり好きではない。理由は、セット撮りで、義太夫の意味がないから(床が写らないから)。文楽は人形の舞台の横に義太夫の床が見えている。それが大事でしょう?

 

Q. 撮影の方法は?

3日間で、初日の午前中に義太夫の録音、午後に床の映像の撮影。次に人形。カットごとに撮るのだが、いきなり途中からはじめても人形遣いはすぐにswitchできる(スタートがかかると即座にテンションをあげ、そのシーンの人形の演技を始められるというニュアンス)。玉男さん、簑助さん、勘十郎さん、すごいと思った。

床のみをずっと撮影した映像はあるのかというと、音はすべて撮っているが、映像はすべて撮っているわけではない。なぜなら、当時はフィルム撮影で、35mmは最長9分しか撮れなかった。そして、フィルムは大変高価だった。未編集フィルムは残っているが、completeではない(一段まるごと撮ってあるわけではない)。いまはNHKがすべて撮っていると思う。

 

Q. なぜ『冥途の飛脚』なのか?

自殺する話は嫌だった。自殺ものというのは、最後にばたっと倒れるというような……(心中ものを指しているようだった)。海外では日本ものと言ったら、自殺ものを連想するだろうけど。文楽を題材にした映画を海外ではじめて公開するにあたって、親子ものにしたらみんなによくわかると思った。『冥途の飛脚』には親子の愛が描かれているでしょう?(新口村の段のこと)

 

Q. 武満徹氏が音楽監修にクレジットされているが、曲を提供しているわけではないのは?

武満さんは環境音を撮った作品を通して知り合った(このあたりよく聞き取れませんでしたが、職人たちのたてる音を題材にした映像をマーティ監督が製作していた→それを武満さんが観て知り合いになったということっぽかったです)。武満さんは現代音楽の大家。武満さんは天才で、邦楽にもとても詳しかった。越路さんについての文章も書いていた。この映画を製作するにあたり、出資者を募るため有名な人を起用せねばならず、友達だった武満さんに頼んだ。武満さんはカナダまで来て、編集作業に立ち会ってくれた。

 

Q. 本作は『冥途の飛脚』すべて(上演時間3時間程度)ではなく、抜粋となっているが(87分)、収録する場面はどのようにして選んだのか?

まず先にカナダで台本を作った。台本は、床本と現代日本語訳を左右に併記したもの。それを見て撮る場面を選んだ。また、最初、JVCに提供してもらったビデオカメラで映像を撮っておいて(実際の公演かリハーサルかは意味が取れなかった)、その中から収録する場面を「ここからここを撮りましょう」と検討した。当時、videoはとても高価だったため、太秦の撮影所(大映京都撮影所)にはvideoが入ったことがなくて、ビデオを初めて見たスタッフの方々が驚いて集まってきた。videoはこういう使い方にはとても便利。

 

Q. 文楽を撮るときに大事にしたことは?

記録映画ではなく、storyにしなくてはならないと思った。文楽義太夫)はstorytellingで、storyが大事だから。angleはいつもの舞台のangle(真正面)。技術的には斜めからの映像も撮れるけど、それでは文楽の舞台らしさが失われてしまうので、まっすぐ見たときだけの映像にした。画面下部にマスクをして、映像の中ではなく黒帯部分に字幕をつけた*3(理由として、文楽を撮るにあたり映像にかぶってしまってはいけないから、という意味のことをおっしゃっていたが、うまく意味掬えず。すみません)。

 

Q. 字幕翻訳者について

英字幕作成者は黒澤さん、溝口さんの作品の英字幕も担当した方(外国の方にのみ渡された英語版解説リーフにその方の説明が載っていたらしいが、私は日本語リーフを受け取っていたのでお名前確認できず)。戦前から活動されていた方で(?)、当時日本映画の英字幕といったらその人だった。全訳せず、字幕で追いきれる分量に要約して短くしてくれた。この英訳にあたり、カナダで日本人留学生らの協力を得て、床本の文章をローマ字に直してtypeして毎日翻訳者に送っていた。最後にドナルド・キーン先生に確認してもらったが、間違っていたのは1箇所だけだった。(司会の配給会社の人よりコメント:英字幕には監督も参加しているとのこと)

 

Q. 歌舞伎や能・狂言には最近、新しい風が吹いていると感じる。文楽にはそのようなものはあるのか?(日本在住の英語圏出身者の方からの鋭すぎる質問)

文楽は人数が大変少ないので、他の伝統芸能のように毎日稽古して他のstageを勤められるという環境ではない。文楽は能のように大きい世界(業界)ではないので。60〜70人程度しかいないのではないか。しかし素浄瑠璃公演にも取り組んでいるし、小さいstageにもたまに出演しており、新作も時々はやっている。(客席内の「先生」と呼ばれている方から、シェークスピアなどにも取り組んでいますとの説明)

※ここは話に割って入りたくなった文楽ファンのお客さん、いらっしゃるのではないだろうか。あとで説明に入った方も最近は文楽がどうなっているかよくわからないとおっしゃっていたので……。技芸員さんはいまはゆっくり増えて、80人くらいいらっしゃるはずというのと、歌舞伎や能より興行規模は小さいが、最近は本公演以外の小さい公演もよくあり、新作についても出来る範囲で取り組んでいるという話をどなたかしてあげて欲しかった。

 

Q. 人形が出遣いで、人形遣いの表情をクローズアップで撮っている理由は?

人形と人間の関係を見せなくてはならないと思ったから。(それが文楽でしょう?というニュアンス)

 

 

 ■

監督は、文楽はstoryが大切であるということを繰り返しておられた。このstoryは、日本語でいう「ストーリー」ではなく、「義太夫節として語られること」という意味、あるいは英語ニュアンスでおっしゃっているように思った。私が監督のお話でとても共感したのは、「文楽は何十回観ても“わからない”、仕掛けはすべて知っているのに、どうなっているのかわからない」という点。文楽はシンプルな要素で構成されている。人間の声、簡易な構造の楽器、同じく簡易な構造の人形、どれもタネはものすごく簡単で、なーんだと思うのだが、そこに芸が加わると、まったく違った世界が出現する。

英語圏のお客様で、“義太夫”の意味がわからない、英語でいうと何?という質問をされた方がいらっしゃって、監督は“chant”だと答えておられたのも印象的だった。周囲に文楽を観るというと、“義太夫”って何ですかということをよく聞かれる。しかし私はいつもこれにうまく答えられない。要するに自分でも“義太夫”が何かをわかっていない。ストーリー(浄瑠璃)に節回しをつけて語る音曲で……と、余計わからなくなるようなことを答えてしまっている。日本語だとどう答えたらいいんだろう? 

最後の質問に関して。質問者の方は「あらゆる人形劇は人形を人間の動きに近づけようとするが、文楽はつねに横に顔出しの人形遣いがいて、人形は人形であることを主張してくる」とおっしゃっていたが、そう感じる人もいるんだーと思った。実は私は文楽に対して真逆の印象を持っていて、初めて文楽を見たとき「人形遣いって、顔出しで真横に立っていてもほとんど存在感ないんだな」と感じた。そして、「文楽の人形の動きって、人間のそれをトレースしているわけじゃないんだな」と。このように、トークセッションは監督と会場が対話する形式だったため、会場に来ているいろいろなお客さんの感想を聞けたのは面白かった。ただ、反応から推察するに、実際にはお客さんの半数以上は文楽ファンだろう。あとは、伝統芸能に興味がある系のかた、記録映像に興味があって来たらしい監督目的の方のようだった。

しかしこれ、せっかくトークイベントをやるなら技芸員さんをゲストに迎えて欲しかったな。メインキャストは亡くなっている方が多く、ご健在の方も本公演や特別なイベント以外にはお出ましにならない方ばかりなので難しいかもしれないが、人形の左や足で出演されていた方は現在のベテランの方のはず。東京での上映だから難しいだろうなとは思うけど、出演者側からのお話も伺いたかった。

 

 

おまけ

トークセッション終了後、ロビーで監督との自由歓談の時間があったので、前々から気になっていた床側と人形(手摺)側の照明の違いについて質問した。

 

Q. 照明について、床側(特に淡路町・源太夫さんの部分)が明るく、人形側が妙に暗いのは何故?

いま見ると、床側は照明当てすぎたなーと思う。人形と別の日に撮ったからねー。色味も場面によって違っちゃってるでしょ。いま撮るならあんなふうにはしないw まあ当時30歳の監督が撮ったものだからw 人形側の照明は、店の中、外(夜)など、場面によって変えている。

 

とのことでした。なるほどw 監督、ご回答ありがとうございました。たくさん人がいたので少ししかお話できなかったけど、足拍子のことも聞けばよかったな。

 

 

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Blu-ray版ソフト

 

  

*1:っていうの? 手すりぎりぎりの高さに設置されている、小道具などを置く黒い台

*2:これをカットしたせいで妙閑役の文雀さんの出番がメッチャ少なくてやばい

*3:本作はレターボックス状態での上映になっており、映像内ではなく、レターボックス下部の黒み部分に字幕が出るようになっている

映画の文楽 1 『曽根崎心中』栗崎碧監督(1981)

大映の女優・栗崎碧(南左斗子)の監督・製作による自主制作映画。普通に考えて、俳優企画の自主制作となれば人間の俳優主演という方向にいくと思うのだが、本作は文楽人形の演技を普通の人間の俳優と同じ撮り方・演出で見せるという驚天動地の映画だった。

  • 曽根崎心中
  • 監督・製作=栗崎碧
  • 撮影=宮川一夫
  • 美術=内藤昭
  • 人形=徳兵衛:吉田玉男(初代)、お初:吉田簑助九平次:吉田玉幸、下女お玉:桐竹一暢、遊女:桐竹勘寿・吉田簑太郎(現・桐竹勘十郎)、吉田玉女(現・吉田玉男)、吉田玉也、吉田玉輝、桐竹亀次、吉田簑二郎、桐竹勘緑、吉田玉志、吉田幸
  • 太夫=竹本織大夫、豊竹呂大夫(五世)
  • 三味線=鶴澤清治、鶴澤清友、鶴澤清介、鶴澤八介
  • 栗崎事務所/1981

 

冒頭、通常の文楽公演のように下手*1の小幕*2がさっと開いて手代忠兵衛と醤油樽を下げた丁稚が入場してくると、カメラが大きく引いていき、そこが劇場のステージではなく生玉神社(生國魂神社)の境内だとわかる。カメラはかなりの引きになって、画面下部は木陰の落ちた地面、そのグランドライン上を人形が歩きまわり、背後には木々ざわめく生玉神社境内の風景と空が広がるという、文楽公演の舞台をそのまま実景に写し取ったような景色を映し出す。人形遣いはすべて黒衣で背景に溶け込んでいる。映像とはまったく別次元でバックに大夫の語る浄瑠璃、三味線の音が流れているが、その姿は映らない。

 

 

人形があたかも本当に地面を、神社の境内を歩いているかのような美術の作りがうまく、実景になじむよう作られた鳥居・灯篭などを入れ込んだ構図もビシッと決まっていて、「文楽を屋外で上演しているように撮ってるのか〜さすが大映出身スタッフで作ってるだけあって映像レベル高いわ〜」と思っていたら、すごいのはここから先。

本作に関してはじめに聞いていた話は「文楽人形を外に出して舞台になった実際の場所で撮ってる」ということで、観る前はてっきり背景書割が屋外実写というだけで、ほかは通常の文楽公演と同じように家屋セットは真横アングルの書割で、人形はノンストップで演技をしているのを記録映像のように撮っているのかと思ったら、人間の俳優・女優を撮るのと同じようにカットを割り、寄り引きを作り、ときには右から左へ、あるいは奥から手前への移動撮影をおこなって撮っていて仰天。人形を俳優に置き換えるのではなく、俳優を人形に置き換えて通常の実写映画と同じ手法で撮っている。なんでこれを撮ろうと思ったのか、それ自体がすごいわ。製作のいきさつは存じ上げないが、とにかくすさまじい執念を感じる。

というのも、おそらく監督は文楽が好きでこの映画を企画したんだと思うけど、文楽が好きな人は普通は絶対これはやらないと思うから。特に寄りの撮影。人形の顔には基本表情がないため、全身で感情表現の演技をするので、人形バストアップ撮影というのは、アップでよく鑑賞できるように見えて、芸の鑑賞としてはその逆、ものすごく見づらい*3。もっと言うと、一般のかたには理解いただけないかもしれないが、人形遣いが出遣い*4でないこと自体に文楽ファンは不満があると思う。なんで折角の玉男様簑助様が黒衣やねん!?!?!?みたいな。文楽をご覧になったことのない方は、出遣いで「結婚式の新婦の父?」みたいな紋付姿のすんごい普通の真顔のおっちゃんが人形の背後に立ってるのに違和感あるとは思うんですけど、文楽見慣れてくると黒衣のほうが逆に違和感あるんですよ!!! しかしこの作品ではそれがうまくいっていて、異様な映像空間を作り出している。

 

 

寄りで撮っているもんだから、黒衣姿の人形遣いが完全に見切れて見えなくなっており、まるで人形が生命を得て勝手に動いているようでおそろしい。異様にレベルの高いパペットアニメーションを見ているような感覚。ユーリ・ノルシュテインヤン・シュヴァンクマイエルの映像を初めて見たときのような……作り手のドン引きするほどのすさまじいド執念によって本来魂がないはずのもの=紙に描いた絵や人形に生命が宿ってしまった、本来この世にあってはならないヤバイもん見ちゃった感がある。

特に怖いのがお初(吉田簑助)の寄り。前述の通り、文楽人形には基本的に表情はない。お初の人形の場合は目を閉じる仕掛けがついている程度。よって、首のかしげ方やうつむき加減、肩の表情で感情を表現しているんだけど、よくもまあこんなバストアップで表情が出てるなーと思う。人形がここまでの寄りに耐えられる演技をしていることに驚いた。目を閉じる仕草、首のかしげ方、震える面差し、徳兵衛にそえる手の表情、なにをとっても動きがきわめて繊細で驚く。実際の公演ではたとえ最前列に座っても観客はここまで近づいて見ることはできないし、記録映像でもここまで寄りでは撮らない。こんな微細な表現をしていても、それは人形遣い本人しかわからないだろう。しかも本人は人形を覗き込めるわけではないので、この演技を見ることのできる人は誰もいない。誰にも見えないのにやっているというのがすごいのだが、これはそれをとらえている映像。

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↑ 渡邉肇『簑助伝』より、吉田簑助氏とお初の人形(2010年撮影)

 

しかしこれは人形遣いのうまさのほかに撮り方にも要因があって、バストアップになるときは若干高めのアングルから撮っているため肩〜胴体にかけてのひねりの表情も写っており、人形の感情表現がよくわかるようになっている。単に真横バストアップで撮っているわけではなく、人形を撮る工夫がなされている。さすが名匠、宮川一夫と思わされた。

このように人形の技術、撮影の技術ともにきわめて高いためか、芝居をしているのはたしかに人形のはずなのに、これはいわゆる「人形振り」の演出で、俳優に対し人形遣い役の黒衣がついているかのように見える不思議な映像に仕上がっている。通常の公演でも、人形がひとりでに動いていて、うしろについている人形遣いの3人が人形に引きずられているように見えることがあるが、その感覚を映像で再現している感じ。

 

 

徳兵衛(初代吉田玉男)とお初は、ともに透明感のある可憐で儚い印象。すっとしたしなやかな美男美女で、息をしてゆっくり上下する肩や胸元にふっくらとした色気が漂い、人形ならではの濁りの一切ない、限りない透明度を感じる。そしてふたりとも人形のはずなのに大俳優、大女優の風格。日本映画黄金期の大俳優・大女優起用の巨匠映画を観ている気分になる。って、演じている人形遣いは俳優・女優ならそれぞれの最高ランクにあたる人なので当たり前だが。

以前、にっぽん文楽の休憩時間のサービスで八重垣姫の人形が一緒に写真を撮ってくれるというのがあったのだが*5、そのとき写真を撮ってもらったお客さんがスマホに保存した人形との写真を見て、「大女優に一緒に写真撮ってもらったみたい!」と大喜びされていた。その言葉と同じことを、この映画を観て感じた。ものすごくうまい人形遣い(頭の悪い言い方ですいません)は通常の公演でも出てきた瞬間に舞台の雰囲気、そして客席の雰囲気までもさっと変えるようなオーラを放っていて、それは人間でいうと大俳優、大女優の持つそれなんだろうなと。

 

 

■ 

物語構成は近松原作とも文楽現行曲*6とも異なるオリジナルで、生玉社前→観音巡り(浄瑠璃なし)→天満屋→天神森という流れになっている。また、実際の公演ではすべて同じセットのまま進行するシーンでも場所を細かく変えていたり、通常の上演では不可能な回想シーンや風景イメージシーンがちょこちょこ挟まれてきて面白い。

たとえば冒頭部分。普通の文楽公演(生玉社前の段)では「別客に連れられて社前の茶屋に来ていたお初が自分を呼んでいる徳兵衛の姿に気づき、茶屋から出て来て話しかけ、外でしばらく話をしていたら、九平次が通りかかる」という流れになっているところ、本作では「別客に連れられて社前の茶屋に来ていたお初が自分を呼んでいる徳兵衛の姿に気づき、茶屋から出て来て話しかけ、茶屋の屋内に二人で入ってしばらく話をしていたら、外を九平次が通りかかって、徳兵衛が話しかけに行く」という空間を感じる流れに変更されている。徳兵衛が九平次に金を貸したと語る場面は回想シーンとして入っており、通常の上演では観られないオリジナル演技が入っている。

天満屋の段の冒頭では花街を客や幇間、女郎、下女のツメ人形*7が賑わしく歩き回るシーンが入り、当時の色里の様子をありありと伝える。天満屋内も通常の文楽公演のセットにある店の上り口の部屋のほか、女郎が化粧をなおしている部屋(店先の格子の中?)、店の二階など数カ所のセットが組まれていて豪華。天満屋屋内は深いつやのある木のしつらえが印象的。

天満屋では、上がり口に腰掛けたお初の、その打掛の中に隠れた徳兵衛が心中の意思を彼女に伝えるため、お初の足を手にとって喉に当てるという有名なシーンがある。ここはみんなが期待するシーンのためか、結構文楽公演の見え方に近い、真横アングルの様式美的な撮り方を基調としていた。『仮名手本忠臣蔵』を映画化した『大忠臣蔵』(松竹/1957)*8という映画があるのだが、この作品、途中までは脚本が『仮名手本忠臣蔵』なだけで普通に実写映画の映像文法で進んでいくものの、一力茶屋の場面にくるといきなり演出が歌舞伎になり、同じくカメラが真横アングルFIXになるのだが、妙な引き絵になりすぎていて、他のシーンとのつながりにおおいに違和感があった。が、本作では天満屋のこの真横アングルの場面に違和感はなく、寄り引きのカットを織り交ぜて一連の流れの中に溶け込んでおり、うまいなと感じた。このシーン、よく見ていると、お初のバストアップのカットでも徳兵衛がちゃんと打掛の中にいる。映画ならお初役の女優さん単独で撮影すると思うが、あの人ら的にはたとえカメラの画角に入っていなくてもいつもと同じようにやるということなのか、こだわりを感じる。

最後に心中する場所、天神森はふたたび屋外ロケ。霧が立ち込め、草木生い茂る暗い池のほとりをとぼとぼと歩く二人を斜俯瞰から引きでとらえたカットでは、背景が暗いこともあって人形遣いの姿が完全に闇に溶けて消えており、人形が本当にひとりでに動いているように見える。人形だけを自然に目立たせる照明がうまい。

 

ちなみにこの映画独特の演出での私のお気に入り所は、天満屋の夜の場面。吊行灯の下で寝ている下女(桐竹一暢)を二階にいるお初の目線の俯瞰アングルで撮っているシーン。お玉がふとんからはみ出すようなものすごいガサツな寝方をしていてかわいい。通常の文楽公演ではお玉は客席側に小さい屏風を立てて寝るため、客席からお玉の寝姿は見えないのだが、こういう気持ちで遣ってらっしゃるのだな。

あとは人形にあわせた移動撮影が斬新すぎてびびる。移動撮影って映画ではごく普通の手法だが、公演を普通に見る分には絶対ない見え方だし記録映像でも絶対ありえない、またパペットアニメーションでもほぼ不可能の技法なので、人形でそれをやるとこう見えるんだというヴィジュアルショック……。

また、前述の通り本作は普通の実写映画のような撮り方になっているので、人形の振りは必ずしも通常公演と同じわけではなく、映画的空間でカメラに向かって演じるためのオリジナル演技がつけてある。人形遣いさんたちもよくやってくれたなあと思う。カメラに目線を向けて演技をするのもすごいけど、カメラに左遣いが映らないようにしていると見受けられるカットも多いので、カットを割ること前提で演技プランを工夫しているんじゃないかしら。

シーンにあわせた光を作る照明の焚き方も特異。文楽は通常は常灯のまま上演するので、だいぶ雰囲気が変わって見えた。とくに天満屋の内部はロウソクの明かりを模したオレンジ色の薄暗い照明で、人間主演の時代劇よりも凝っているくらいだった。

 

 

本作は、存在は聞いていたが観る方法がなかったものの、機会を得て鑑賞することができた。機会を与えてくださった方々に深く感謝申し上げます。

一度はスクリーンで観たい映画だが、昨年のラピュタ阿佐ヶ谷の芸事映画特集ではこれはかからなかった*9。上映用フィルムが存在しているのであれば、シネマヴェーラ渋谷の「妄執・異形の人々」特集あたりでやってほしい。間違いなくあのカテゴリの映画。

 

 

*1:向かって左側のこと

*2:舞台左右の人形の出入り口にかけられた、のれん状の小さな幕のこと

*3:文楽の記録映像は基本引き目。寄っても人形はひざ以上は写っている+人形遣いも同時に写す撮り方

*4:1体の人形に対し3人ついている人形遣いのうち主遣い(人形のかしらと右手をあやつる人。この人のみ配役表に名前が載る)が顔出し&紋付袴姿で出演すること。文楽公演は基本的には出遣い

*5:八重垣姫は上杉謙信の娘=大名の娘で品格の高い役なんですけど、このとき姫を遣っていたのは実際の公演で八重垣姫をやるような格の方ではなく若手の方だったせいか、姫が若干キャピっていて、「町に遊びに出た姫と入れ替わって姫の姿に化けた町娘」みたいになっていて可愛かったです。

*6:昭和30年の復活公演以降のアレンジ版

*7:モブキャラ。小ぶりな一人遣いの人形

*8:http://www.kusuya.net/大忠臣蔵

*9:文楽からはマーティ・グロス監督『文楽 冥途の飛脚』が上映された

文楽 3月地方公演『妹背山婦女庭訓』『近頃河原の達引』府中の森芸術劇場

地方公演、10月にも行っただろと言われそうだが、配役が変わったのでもう一度行った。

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会場となる「府中の森芸術劇場」は、最寄駅は京王線の東府中、そこから大きい道なりに徒歩7分程度と、地図で見るぶんにはわかりやすげな場所なのだが、駅に「府中の森芸術劇場 右の北口出て左に曲がり横断歩道渡って右に曲がって横断歩道ウンヌンカンヌン」と、金殿の豆腐の御用が教えてくるお清所の場所かよっていう文章での案内が出ており、混乱させられた。

府中の森芸術劇場」はオーケストラピットのあるコンサートホールを含めた複数のホールを持つ大型の劇場施設。文楽はそのうち「ふるさとホール」という伝統芸能等を上演する小さめのホールが会場で、文楽劇場のように左右両翼に桟敷席が設置されていた。定式幕を引ける構造になっているものの、道行で吊るす浅葱幕を落とすことができないようで、引き上げで対処していた。

 

 

昼の部は『妹背山婦女庭訓』。人形の配役はお三輪=豊松清十郎、求馬=吉田和生、橘姫=吉田文昇、鱶七=吉田玉也。

お三輪は10月公演(桐竹勘十郎)より、より幼く、透明感のあるいたいけな感じだった。勘十郎さんは(杉酒屋の時点では)おっとりしたお嬢さん風だったが、清十郎さんは等身大の少女的な感じ。和生さんの求馬は優柔不断のクソ野郎にはならず、なんらかの意図があってそうしていることを匂わせる、ぴんとした印象だった。貴公子感が相当あった。

杉酒屋の段。お三輪が不穏な様子。子太郎(吉田玉勢)が余計なこと吹き込むあたりが一番不穏な様子なのだが、手の震えはそれはそわそわや不安を表現しているのか、それとも何らかの不本意な理由によってそうなってしまっているのか。背中に差していたうちわを手鏡のようにかかげるところ、かしらはしっかりしているのだが、持ったうちわがカタカタしているのが目立ってしまっており、後者なら心配。もしそうなら本当、お忙しいのはわかっているがなにより大事なお身体、ご無理のないようにしてほしい。意図だとしたら、求馬の言い訳を聞いた後(〽さすがはおぼこの解けやすく)以降は普通にしているのと、身分が違い仕草も異なる橘姫が出てくると差異が際立つので意図はわかるのだが、少々やりすぎのように感じる。

杉酒屋の床は咲太夫さん・燕三さん。最後、お三輪を追いかけてお三輪ママが駆け出すと、ママの帯に結わえつけられた酒樽の栓が抜けるところ、コポコポコポ〜酒がこぼれるぅ〜ああもったいないぃ〜って感じの三味線でよかった。

 

道行恋苧環。三味線が良かった。2月本公演より良かった。それにしても10月勘十郎さんのお三輪は相当やばい女で、あれに二股かけたら道行で一緒に踊らずその場で求馬がメッタ刺しにされても仕方ない感あったな。勘彌さんの橘姫を袖でおもいっきりぶったたいてキーッてやってたし。いや勘彌さんも負けじとぶったたいていたが。今回のおふたりはポンっと当てる程度でかわいらしかった。

 

姫戻りの段、金殿の段。10月勘十郎さんは相当エキサイトしていたが、今回の清十郎さんは金殿ではだいぶかわいそげな感じで、官女にいびられるところもかなりシオシオしているが、とくに鱶七に刺されたあとはもう死んでるのかなってくらいおとなしい。勘十郎さんは官女にいびられたあと相当狂乱していて鱶七にも楯突いていたが……。演技の組み立ては人によって違うのだなと思った。今回はお三輪がおとなしい分、最後に鱶七が正体をあらわす場面が際立っていた。冒頭に登場する豆腐の御用(吉田簑二郎)はお局様感のあるゲスでよかった。

金殿は我がお気に入り、津駒太夫さんが出演されていた。津駒さん、床が回った瞬間から (>_<) って感じの必死な表情と申しますか、トイレに行きたそうな表情なのがいつも気になっていたが、今回、かなり上手寄りで床がよく見える席になったのでじっと津駒さんを見ていたら、なにもはじめから必死なわけではなく、おそらくもともと必死感のあるお顔立ちで、上演前からお顔が (>_<) って感じになっているのは、単にパチクリまばたきされているだけのご様子だった。いや上演中は本当一生懸命でいらっしゃいましたが。上手に座ると気づくことが多いなと感じた。

 

 

夜の部は『近頃河原の達引』。人形の配役は与次郎=吉田玉男、伝兵衛=吉田簑二郎、おしゅん=吉田和生。

堀川猿回しの段、帰宅してきた与次郎がかぶっているてぬぐいがネコミミ状でかわいかった。与次郎は帰宅後、母に薬湯(お茶?)を飲ませる、今日のあがりを数える、お茶をわかす、たばこを吸う、ご飯を食べるなどやることが多いが、やることそのものは同じでも、10月の勘十郎さんと内容が違っていておもしろかった。ご飯を食べるところでは、勘十郎さんは「おひつからごはんをよそおうとするが、お弁当の残りがあることに気づいて、お弁当の残りのおにぎりをつつましく食べつつ、わずかなおかずである梅干しを酸っぱそうにちょびちょび食べる」みたいな庶民的な姿を表現する流れにしていたと思うが、玉男さんは「まずはお弁当の残りのおにぎりを食い、おひつのごはんもすべてさらえて残さず食う。でも梅干しはちょっとかじっただけで微妙な顔になり、即座に皿に戻す×2回」という流れだった。玉男さんの与次郎は自然体に生きておられるようだが、梅干しはお嫌いなようだ。よく見ると何かやるごとにひんぱんに眉毛をぴこぴこしていて、チャーミングな印象だった。

それはともかく、与次郎が足拍子を踏むたび、その振動で七輪の箱の上に乗った急須がぴょんぴょん飛び上がり、カタカタだんだん傾いてきてひっくり返りそうになっていたのでドキドキした。後ろの席の人は、最後、マンガみたいに急須が傾いたとき、「はっ」と声を出してしまっていた。あと一回足拍子が入っていたら玉男様がギャグになってしまうところだった。

和生さんのおしゅんの気品はさすがだった。掃き溜めに鶴。どうしてあの兄にこんな妹がいるんですかねって感じだった。

堀川の冒頭で、与次郎の母(吉田文昇)が三味線を習いに来ている女の子(稽古娘おつる=吉田玉彦)と合奏するところ、見ているとさすがにベテランの文昇さんのほうが三味線弾いてる感ある遣い方。バチを持つ手の腕の張り方と三味線への引っ掛け方、バチを弦に当てる角度がうまく、人形が持っているのは拵えものの三味線なのに、本当に音が鳴っていそうだと感じた。

そういえば10月に見たときはどうなっているのかわからなかった七輪の箱の火の粉、やっぱりあれは本当に火がついているんですね。与次郎が七輪の箱をうちわであおぐと、ほんのりと炭が燃えるような香りがした。たばこも本当に火がついているようで、杯を落とすとき、灰が落ちきるまできせるをカタカタ打ちつけていた。

 

 

公演日が3月11日だったため、冒頭の解説では東日本大震災の被災者のかたへのお見舞いの言葉があった。

解説は昼は靖太夫さん、夜は咲寿太夫さんで、双方で解説の組み立てが違っており、それぞれ独自に考えているんだなと思った。夜のほうは解説中、字幕立看板のGマークくんに独自の字幕(セリフ)を流していたが、あの字幕の内容も咲寿さんが考えたのかな。

会場規模は国立劇場小劇場くらい。客席に適度な傾斜がついていて人形が見やすかった。昼夜ともほぼ満席で、お客さん年齢層は本公演より若め。特に夜の部は(当社比)若い人のほうが多いほど。浄瑠璃の詞章や人形の仕草ひとつひとつにみなさんキャッキャと盛り上がっておられ、暖かい雰囲気だった。咲寿さんが解説で「文楽を初めてご覧になるかた?」と会場に尋ねておられたが、挙手されたのは3割くらいか。でもこれで文楽初めて観るっていいですよね。出演者も豪華だし、人に土産話を話せるような演目や内容ですからね。

今回はチケットをプレイガイドで取ったため席が指定できず、昼夜とも本公演では取らないような床の間近の席になった。やっぱり床に近いほうが三味線の音が綺麗に聞こえるな。離れた席とは音の澄みきり感やピンとした緊張感が違い、大変な贅沢感があった。これから本公演でもときどきは床の前の席にしようかしらん。でも人形は少々見づらいね。いや、人形は見えるのだが、人形遣いが見えない。昼の部、橘姫が衣をかついでいるときの文昇さん、夜の部の官左衛門役の玉也さん、お姿が人形に隠れてよく見えなかった。

 

10月地方公演(横浜公演)の感想はこちら 

 

 

  • 『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』杉酒屋の段、道行恋苧環、姫戻りの段、金殿の段  
  • 『近頃河原の達引(ちがごろかわらのたてひき)』四条河原の段、堀川猿廻しの段

文楽 赤坂文楽『本朝廿四孝』赤坂区民センター

赤坂文楽は、東京公演会期付近に赤坂区民センターで行われている単発公演。夜7時開演とはいえ渡世の義理に縛られた身では平日夜のお出かけは難しいのだが、つばさがほしい、はねがほしい、とんでいきたい、とばかりに馳せ参じた(きつねの霊力はないので東京メトロ利用)。

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第一部は勘十郎さんのひとりトークショー

いままでは勘十郎さん・玉男さんのふたりで映像を流しながら昔の師匠の話などをコメントしていたそうだが、今回は「相方がいない」ということで、勘十郎さんがおひとりでお話をされていた。トークショー中も舞台上に灯篭や泉の橋など「奥庭」の上演用のセットが出しっぱなしになっており、そのセットの解説もあり。以下、トーク内容まとめ。

 

┃ 「お初」の役 〜2月東京公演所感、4月大阪・5月東京公演に向けて〜

  • きのう(2月20日)までの2月の東京公演は『曾根崎心中』でお初の役をいただいた。おかげさまで、1月の大阪につづき2月も大入り袋が出てよかった。東京の『曾根崎心中』では玉男さんが相手役だったが、4月の大阪公演では清十郎が忠兵衛。この配役は初めてなのでどうなるのか、自分でもわからない。
  • そして5月の東京公演でもまた「お初」の役。同じ「お初」でも、『加賀見山旧錦絵』の召使お初。これは思い出深い役。14年前の襲名公演のとき、夜の部で『加賀見山』が出たが、お初役の一暢さんが病気休演されて、お前がやれ!と代役が回ってきた。お初は甲斐甲斐しく世話をするなどやることが多く、大変な難役。そのときが初役で、昼の襲名公演がどーでもえー!となるほど頭が真っ白になった。いや、どうでもよくはないです、ちゃんとやりました!

 

┃ 八重垣姫

  • 1月の大阪公演は『本朝廿四孝』の八重垣姫を初めて「十種香」「奥庭」通しで遣った。「奥庭」はよくやっているが、「十種香」は初めて。いままで誰がやっていたかというと、師匠(吉田簑助)。師匠は「十種香」が好きでいつも「十種香」を師匠が遣い、あとやれ、で「奥庭」が来ていた。
  • 今回、各人に配られる配役表の封筒を開けて、「十種香」の八重垣姫が自分になっていたので驚いた。しかも師匠が腰元濡衣役で驚いた。今年は自分が師匠に入門して50年の節目にあたり、短い時間でもいいから師匠と共演したかったので嬉しかった。自分は芸歴50年、師匠はもっと上で75年。歳は20歳離れている。この歳で、現役で師匠と一緒に舞台に立てることがほんとうに嬉しい。
  • 「十種香」の八重垣姫は難しい。八重垣姫は「三姫」といわれるお姫様役の中でも最高位で、座頭がやるような役。複雑なストーリーが展開する『本朝廿四孝』のうち「十種香」「奥庭」は典型的な四段目で華やかな場面だが、「十種香」の八重垣姫は冒頭の十数分じ〜っとしており、そこが難しい。存在感がないとお客さんに観ていただけない。後ろ姿で芝居をしなくてはならない場面で、気苦労が多かった。しかも腰元役の師匠がず〜っと横におるし……。
  • 師匠は何も言わないが、「入門から50年経ったんか〜やってみ〜」という気持ちでいつも自身がやっている役をくれたのかなーと思った。上演中、ときどき師匠が「チラ」とこっちを見ていて、「50年でそれか〜」と思われているような気がした。いままでの修行の成果を出すべく、全力で頑張った。(お客様には)「またきつねか〜」と思われるかもしれないが、好きなんです。

 

┃ 奥庭の舞台装置ときつね人形

  • 今回の舞台の手摺は二尺六寸。基本(本公演)は二尺八寸だが、舟底のない通常の会場で二尺八寸にしてしまうと、手摺が高すぎて客席からは見上げの姿勢になってしまうため、会場にあわせて手摺の高さを調整している。場所によってはもっと低く設定することもある。
  • (奥庭用のきつねの人形を手にして)にほんごであそぼ」などではきつね色のきつねを使うこともあるが、文楽では基本的にきつねは霊性を帯びた生き物なので、白ぎつね(きつねの動きを実演。顔で背中をかく仕草など)文楽のきつねの人形は一見犬に見えるが、しっぽが違う(しっぽをポインとはねあげながら)。きつねの遣い方は(1)しっぽを上げない。上げると犬に見える。(2)顔を上げない。上げると妖しさがなくなる。という口伝がある。
  • 補遺:この実演のとき、勘十郎さんがきつねを遣っていないあいだはきつねはやはりただのぬいぐるみでぐったりしており、勘十郎さんが遣うと大きな動きをさせなくてもちゃんときつねに見えるのが不思議だった。しかし勘十郎さん、遣ってないあいだはきつねの喉をひっつかむというわりとラフな持ち方をされていて衝撃。狩られたきつねの死体のようだった。
  • 父の先代勘十郎はきつねを遣うため、天王寺の動物園へ勉強に行っていたが、何度行ってもきつねは寝ていた。父曰く、「動物園は朝行かなアカン。どうぶつはエサ食ったら寝てしまう」

 

┃ 「にほんごであそぼ」の文楽どうぶつ人形たち

  • 今日(2月21日)はNHKの「にほんごであそぼ」のロケで朝8時から船橋アンデルセン公園へ行った。風が強すぎて、予定本数が撮れなかった(この日は関東地方すさまじい強風)。そのロケに一緒に行った仲間を紹介します。

 

その1 いぬ(一人遣いぬいぐるみ)

↓ こいつ(驚異のぶりっこ写真帳、勘十郎様FBを貼っておきます)

  • イソップ童話で、水に映った自分の姿を見て吠えてしまい、口にくわえていた肉を落とすいぬ。自分で作った。耳が立つのと、目が開く(まぶたが動く)つくりにした(肉を落としてしまい、はっ!とする表情を実演、かわいー!!と客席大喜び)
  • 文楽にはあまりいぬが出てこない。『冥途の飛脚』の羽織落としで忠兵衛とぶつかるいぬ、『伽羅先代萩』で若君が飼っている狆くらい。あれらにはあまり仕掛けがなく、動かない。
  • 補遺:このいぬまじでかわいいです。ハンドパペットやミニぬいぐるみにして、NHKのショップで売ってほしい。ちなみにこやつ結構大きくて、奥庭のきつねよりひとまわり以上大きかったです。つよそうでした。

 

その2 かっぱ(三人遣い)

  • 文楽劇場にはハムレット、お岩さんなど、ずっと使われていないかしらがたくさん眠っていて、もったいなく思っていた。これはそのうちのひとつ、かっぱのかしらをリメイクして作った人形。からだは自分で作った。水かきもある(かっぱ、おてて広げてアピール)。体とかしらにはちりめんを貼った。
  • かっぱのかしらはとても古い。かつて紋十郎師匠がお客様に呼ばれて出るお座敷の座興のために作ったもの。「河太郎」という名前で、小唄にあわせてすすきをかついで踊る人形だった(このあたり話が高度すぎてよくわからなかった)。

 

その3 たぬき(三人遣い)

  • 文楽劇場の奈落で長い間眠っていたもの。NHKから「かちかちやま」をやりたいと言われ、たぬきもうさぎも人形がないんやけど……と思っていたとき、小さい頃のアルバムに、劇場の楽屋で姉と自分とたぬきの人形とで写った写真があったのを思い出した。小道具さんに頼んで探してもらい、奈落で見つかった。かなり古いものなので、おなかの白い部分を(とても大きいぽんぽんをなでなでしながら)あたらしく貼りかえてもらった。うさぎは耳が動くものを作った。
 

┃ 新作、こども向け文楽演目について

  • 30歳になるかならないかのころ、幼稚園で上演する用に「ひょうたんいけのおおなまず」という話を作った。こども向けの演目は必要ないと言われることもあるが、文楽は99%悲劇なので、こども向けにはたのしいもの、きれいなものをやりたいと思っている。古典になるものはまだできていないが、どんなに忙しくても、大阪の夏休み公演第一部のように、みんなで新作に取り組むようにしている。
  • 新作は作曲と本(脚本、浄瑠璃)が難しい。良い芝居は良い曲と良い本によって成立する。文楽では名曲と言われる『義経千本桜』の道行(道行初音旅)、『忠臣蔵』の道行(道行旅路の花嫁)でも、オペラのように作曲者の名が残ってはいないが、曲はとても大切な要素。自分が書いた新作は全部清介さんに曲をつけてもらった。作曲料は出世払いということにしてもらって……(はっとして)ぼくまだ出世してないんでまだ払ってないです!
  • 幼稚園で上演するにあたり、幼稚園の先生にあらかじめこどもが飽きないで見られる条件を聞いた。(1)15分以内、(2)動物が出てくる、(3)常に人形か舞台が動いている(人形が会話しているだけというのはNG)。「ひょうたんいけのおおなまず」は、釣り人と大鯰の対決の話で、いつもエサだけ取られて釣れない釣り人がついに大鯰を釣り上げる(が結局またエサだけ取られて逃げられる)だけの15分程度の短い演目。
  • 前半は舞台を下手「釣り人のいる池の淵(土手)」上手「なまずのいる池の中」に分け、釣り人がなまずを釣り上げるとなまずが上へ持ち上がって舞台転換し、舞台全体が上手側へ移動して、下手側からなまずが出てくるという仕掛けにした。これで飽きずに観てもらえた。
  • 現在、太夫・三味線・人形すべてで今までにないほど引き合いが多く、本公演以外も仕事が多くて忙しいが、そのなかでもみんなでいっしょに新作への取り組みを頑張っていきたい。
  • とか言って、あした締め切りの原稿まだ終わってないんですけど……

 

┃ 新著『一日に一字学べば…』

  • 宣伝みたいになってしまいますけど、『一日に一字学べば…』という本を出しました。(とか言いつつ別に本は持ってきていない勘十郎様……)
一日に一字学べば……

一日に一字学べば……

 
  • 題名の「一日に一字学べば…」は、『菅原伝授手習鑑』寺入りの段で菅秀才がいう台詞。菅秀才て、名前からして頭よさそうですね……。これは、1日に1文字ずつでも学んでいけば、360日(太陰暦の一年)で360文字を学べるという教えで、自分が好きな言葉。タイトルの語尾に「…」がついているのは、自分は学んだわけではないから。
  • 文楽の芸も一足飛びにうまくなることはなく、1日に紙1枚ずつ積んでいくようなもの。誰も見ていないからと言って無造作に束で積めば、狂いが生じてきて積めなくなってしまう。それが怖い。
  • 文五郎師匠は、出の拍手で「自分は人気がある」と調子にのってはいけないと戒めた。芸のわかる人は拍手をしないという。芸がよければ終わりに大きな拍手をいただける。しかし本当によかったら、お客様はうなづくだけだと。
  • 菅秀才といえば、小さいころ、歌舞伎の舞台で子役をやらされて失敗したのが思い出。寺子屋へ松王丸と春藤玄蕃が検分に来るときに並ぶこどもの役で、姉も出ていた。自分は頭が大きくて、子役用のいちばん大きなかつらでもきつくて、頭が痛かった。玄蕃が門口でこどもを順番に掴んで検分するのだが、自分の番が来たとき、わらじを履いてくるのを忘れて、履きに戻ってしまった。あとで玄蕃役の方から「そういうときはそのままでいい」と叱られた。よだれくりのようなこどもだった。(このあとちょっと上方歌舞伎の役者さんの話。知識なさすぎて何を話されているのかまじでまったくわからず)

 

人形遣いの修行と今後

  • 足遣い、左遣いの頃、師匠から「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜(ものすごく脱力した深いため息)」と言われた。「早い」「遅い」と言ってくれればいいが、言ってくれない。そのうち、何も言われなくなる。それがいちばん怖い。
  • 師匠が『伽羅先代萩』で政岡を遣ったとき、自分は左遣いで入っていた。政岡は左が難しい役で、まま炊きでうちわを振るときなどは細心の注意を払って遣ったつもりだったが、師匠は「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と言ってきた。おそらく、左遣いとしてはよく出来ていても、政岡の左になっていないという意味だったと思う。
  • 師匠もかつて、その師匠に「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……… お前もそのうちわかるわ〜〜〜……」と言われたそうだ。自分が師匠の足、左だったとき、同じことを師匠から言われた。そしてまたぼくもいまそれを実感している。
  • 文楽の研修生制度について、人形に関しては講習2年は長いと感じている。太夫、三味線は色々とやることもあるのだろうが、ぼくは人形は1年経ったら舞台・楽屋実習をさせている。舞台の袖から上演を見るほか、できることから経験させている。失敗しながら学んでいってほしい。
  • 先人の教えで「言われたことはすぐ忘れる」「聞きに来い、聞きに行かないならわかっていると思われる」というのがある。といっても聞きに行くと、「まだ早い」と言われる。これはどういうことかというと、あまりに自分の力に見合わない、例えば自分の力が2のときに5のことを聞いたということ。基礎ができていないときに教えると、変なくせがついてしまう。先輩たちはよく見ている。
  • 足遣いは大変な仕事。(腰を落とし、実際に足遣いの人の姿勢をしてみせながら)こういう姿勢でいつづけるのは若いときしかできない。人によって10年、15年と経験期間は違うが、自分は足遣いが面白いと感じるようになったころに左がつきだした。そのときは、端役の主遣いを振られるより、主役の足のほうをずっとやっていたいと思っていた。
  • 左遣いは、足遣いより体勢的には楽だが、常に気を張っている。昔は主遣いが倒れたとき(その瞬間かしらを受け取って構える仕草)、すぐ交代できる人が左遣いと言われていた。いまは若い子にも左につかせているので、少し違うが。
  • 昔は足遣い、左遣いのままで一生を終える人もいた。しかし、人形遣いとして名が残らなくても、左遣いとして座頭が頭を下げて左を頼みに来るほどの人もいた。かつて栄三師匠が八重垣姫を遣うとき、桐竹亀三郎という左遣いの名人にいつも左に入ってもらっていた。「十種香」の冒頭、八重垣姫は上手側で客席に斜め後ろの姿を見せて座っており、左手側が客席を向く。なので左の演技が肝心で、このとき左遣いが失敗すると完全な後ろ姿になってしまい、客席から祈る姿が見えなくなる。また、「十種香」では八重垣姫は打掛を着ているので、左遣いがしっかりしていないと打掛の重さがすべて主遣いにかかってしまう。
  • 自分は動く人形であればなんでもやりたい。体力は年齢とともに落ちていくが、気持ちは落とさずやりたい。若い人に芸を形を崩さず受け継ぎたい。襲名も名前を預かっているだけなので、「桐竹勘十郎」の名前を落とすことのないよう、できれば上げることのできるよう、今後も頑張りたい。

 

やさしい口調で1時間淀みなくのお話。11月の三井記念美術館の対談式トークショーではあまりにおっとりされていて不安になったが、おひとりで人形の話をされている今回のほうがはるかにイキイキとされていた。基礎知識的内容なので上では省いたが、三人遣いの発祥の解説などは年号含めかなりスラスラ喋っておられた。勘十郎さんはおひとりのほうがパフォーマンスが上がるタイプなのかも。そしてやはりお人形を持っておられるときが一番楽しそうなご様子だった。

 

 

 第二部、『本朝廿四孝』奥庭狐火の段。

ステージは間口がかなり狭く、本公演のような船底・段上の2段に別れる綺麗なセットの組み方ができないようで、かなりコンパクトに入り組ませた立て込みになっていた。

ネガティブなことから書いてしまうが、会場、義太夫節を聴く環境として悪すぎる。おそらく講演会用のホールで音楽用の音響設備ではないというのも大きいんだけど、会場の建築構造上、床を客席に張り出して設置できずステージ上手袖に設置しているため、そもそもが音が聞こえづらい。私の席は上手かなり後列だったこともあって、いちばん奥側に座っている呂勢さんの声がかよわくしか聞こえない。三味線の音も本公演の会場のようなピーンと張った響きがまったくなくて、かなり華奢。ステージ上の音がどれくらい聞こえないかというと、藤蔵さんの掛け声が気にならないくらい聞こえない(クソ失礼)。唯一はっきり聞こえたのが琴(鶴澤寛太郎)。なぜなら、床が狭すぎて琴を本公演のようにまっすぐ置けず、床に対して斜めに置いているため、客席上手側正面を向いて弾いている状態になっており、上手に座っている私からすると琴の音が真正面になるため、一番大きく聞こえた。というか、太夫の声が負けそうになっていた……。前列席だとまた聞こえ方も違うだろうが、ご本人たちはいつも通りやっているだろうにこれはなかなか辛い。なお、私の席は上手寄りすぎて上手側の舞台袖に隠れてカンタローの姿が見えず、「連れ弾き、誰?????」状態だった。

そんなこんなで冒頭部分〜きつねが演技をしているあいだは「どうしよう……」と思っていたのだが、きつねが去って、カラカラと履物の音を響かせながら八重垣姫が現れた瞬間ステージの空気が変わった。ステージが狭く立て込みも特殊という劣悪な環境で人形のパフォーマンスが下がらないのがすごい。八重垣姫の演技は本公演とかわらず鳥肌もので、これは誇張でなく実感として、人形のまわりだけ時空が歪んでいるようだった。本公演だと客電落とした客席含め劇場空間すべての雰囲気が変わり異界に飲み込まれるイメージだけど、この公演だと客電つけたままで上演していることもあり、八重垣姫の半径1m以内だけ異界になっている印象。

ちなみに八重垣姫は狐の霊力が乗り移ってからも左、足は黒衣。引き連れている白狐は2匹でこれも黒衣でした。

 

 

とはいえ、トークショー付きで派手な演目を豪華な配役でやるというのはやはり引きが強い。価格設定は5,500円と本公演並みだが、それに見合った内容と言える。ステージの狭さは目をつぶるとして(こじんまりとした演目ならむしろいいのかもしれない)、これであとは音響さえよければいいんですけどね。会費上がっていいから会場変えてくれないかなぁ。

トークショーは初心者向けではなくファン向けのハイコンテクストな内容で満足度が高かった。イベント自体は一応初心者もターゲットのようだが、さすがにトークショーは勘十郎さんのキャリアをある程度理解していないとよくわからないと思う。演目選定は初心者の私からしても初心者向けにとても良いと思う。

会場キャパ400席で満席だったが、客筋は大阪公演か若手公演のような雰囲気。東京本公演のようにたしなみ感覚で来ている人はあまりいないようで、後列までほぼ全員が固定の文楽ファンだろうと感じた。年齢層は本公演より若めで、会社帰りの人が多いか? 開演ギリギリに来る人も多く「7時はちょっと厳しい」と話されている方の姿もあった。私も開演7時半くらいのほうが嬉しい。

次回5月は玉男さんと燕三さんがご出演ということで、四つ足で駆けてでも行かねばと思っているが、なんとかして少しでも前列下手の席を取らないとせっかくの燕三さんの三味線が勿体無い。この赤坂文楽、太夫さんや三味線さんのファンの人はどうしてるんだろう。やはりみなさん何がなんでも前列を取っているのだろうか。それとも音響に目をつぶって……いや、耳をつぶって(?)おられるのだろうか。同じように外部主催による単発公演・にっぽん文楽でも後列席だった方は床の聞こえ方に対してかなり強い不満があったようだが、本公演以外は会場状況が事前に予測できず、やはり色々と当たり外れがあるなと感じる。

 

 

 

文楽 2月東京公演『冥途の飛脚』国立劇場小劇場

一度は思案、二度は不思案、三度飛脚。戻れば合はせて六道の、冥途の飛脚と

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『冥途の飛脚』は記録映像映画『文楽 冥途の飛脚』と内田吐夢監督の劇映画『浪花の恋の物語』で観たことがあり話を知っているので、初心者ながら予習はバッチリ。また、第一部・第二部とは別日に観劇したので、パンフレットの鑑賞ガイドを予めしっかり読んでおけた。おかげで筋の理解に気をとられることなく芸そのものに集中でき、ゆったりした気持ちで観劇できた。

 

 

淡路町の段。

送り出す荷物を搬出したり、為替金の問い合わせに客が来訪したりで忙しい飛脚屋・亀屋。亀屋は大坂の飛脚屋の中でも鑑といわれるほどの立派な店だった。その後家・妙閑(配役・吉田文昇)は不在にしがちな後継の養子・忠兵衛(吉田玉男)の近頃の素行の悪さを気にしており、小言を聞かされる手代(吉田勘市)はそのフォローと店の切り盛りに手一杯。帰ってきたものの家に入りづらくうろうろしていた忠兵衛は、店先で友人の八右衛門(吉田簑二郎)と出くわす。八右衛門は亀屋に届くはずの金五十両の到着が遅延しているクレームにやって来たところだった。忠兵衛は、実はその金はすでに到着していたが、それを田舎客に請け出されそうになっていた新町の女郎・梅川(豊松清十郎)を先に身請けしようと、手付金として勝手に使ってしまったと告白する。八右衛門は言いにくいことを正直に告白した忠兵衛への友情として、支払いは待つと言って帰ろうとするが、話し声を聞いていた妙閑が現れて八右衛門に上がってもらえと促す。八右衛門が仕方なく亀屋へ上がると、妙閑は忠兵衛に五十両を早く渡すようにと言いつける。もちろん五十両はどこにもなく、忠兵衛は仕方なしに鬢水入れを紙に包んで小判の包みに見せかけ、八右衛門もそれを承知して芝居を打って包みを受け取り、文盲の妙閑にはわからないようかたちばかりの受取を書いて帰っていった。
夜更け、遅れていた江戸からの荷物が到着した。その中にはさきほど催促を受けた堂島の武家の為替金三百両も含まれており、忠兵衛はさっそく客先まで金を届けに行くことにした。ところが忠兵衛、気がついたら遊里・新町の前に立っていた。忠兵衛は引き返して堂島へ金を届けに行くか、それともこのまま梅川に会いに行くか迷うが、羽織がはらりと落ちたことにも気づかず、ついに新町のほうへ足を向けてしまう。

忠兵衛のしょうもない、かわいい男感がすばらしかった。イヤー玉男様ーって感じだった。どれくらいしょうもなかわいかったかと言えば、休憩時間にトイレに並ぶ着物姿の奥様方がダメ男の話題で盛り上がっていたくらいである。近くの席のオッチャンも「いるよねーこういう人。公金横領した人とか」と盛り上がっていた。

そんな忠兵衛に代わってよく働く手代、人形だけに無表情で仕事を黙々とこなしているが、妙閑のお小言の「忠兵衛は鼻紙を妙に無駄遣いする」というくだりだけひゅっと下がり眉になるのがとってもかわいい。妙閑が本気で鼻紙の無駄を言っているのか、鼻紙の用途を揶揄して言っているのかはどうとでも取れて、どちらを言っているのかはわからなかった。しかし他の人へのお小言を本人の不在時にかわりに聞かされるとは、勤め人は大変だ。

家に入りにくい忠兵衛がタルを下げて酒屋へ使いに出かけて行く下女(吉田清五郎)を引き止めるくだりは、店の前で下女と忠兵衛と二人してウンコ座りでしゃべっているのがコンビニの前のヤンキーみたい。普通の人形は正座や床几に座るイメージできれいな姿勢で座るけど、下女は着物の裾をまくってひざから下の足を見せ、はしたなくひざを広げて座っていた。この座り方がいかにも下女っぽくておもしろい。そして、忠兵衛のクソぶりがキラリと光るシーンであった。ご贔屓さんだかの内々の会で和生さんがお染を遣い、久松に見立てたお客さんの肩に手を置いてクドキをやってくれたという話を聞いたことがあるのだが、それで言えば、私もこの下女役をやりたいです。

忠兵衛が淡路町を出てつい新町へ向かってしまう場面は背景書割がスクロール。窓の明かりもちゃんと一緒に動く仕掛けで、風景が普通の街中から色里へうつりかわっていくさまを表現していた。文楽の人形は歩き方が特徴的で、実際の人間よりゆっくり歩く(=一瞬うしろに下がってから歩き出し、大きい足取りだがその動作ほど前には進まない)と思うのだけど、この忠兵衛の動きと背景効果があわさって、前方席のほうで視界いっぱい背景の状態で観ていると空間認識が歪んでちょっと酔う。

最後に現れるぶちいぬ。人形と比べるとむちゃでかくないか。スコティッシュ・ディアハウンド的な。しかし、忠兵衛はなぜあの犬に石を投げつけたのだろう? あの犬だけがもういちど正気の世界へ立ち返る最後のチャンスのようにも、またはその逆、忠兵衛の心の迷いが形をなしたもののようにも見えた。

淡路町の奥(竹本呂勢太夫、鶴澤清治)はとてもよかった。清治さんは盛大な拍手を受けていた。

 

ところで私が観た回、為替金の問い合わせにきたお侍(吉田文哉)が亀屋へ上がって座るとき、左遣いの方が腰から刀を外すのに失敗して刀身が鞘からスポッと抜けてしまい、ちょっとあせっておられたのがかわいかった(失礼)。話の流れを変えてしまうようなミスはまずいが、刀を飾り程度に差している人形でもちゃんと抜ける刀を差してるんですね。ふたたび立ち上がって刀を差すとき、人形がうしろにふりかえって、文哉さんが刀を差す位置を人形の手で「ここ、ここ👇」とジェスチャーでフンフン示していたのもかわいかった。それとも、刀をなおしてる演技? そういえば、うまいことチケットが手に入ったので、別の日にももう一度第三部を観たのだが、その日は八右衛門が亀屋に上がるとき、忠兵衛&介錯の黒衣がのれんをまくった拍子に門口の柱にのれんが引っかかってしまった。介錯の人は気づかなかったようだが、忠兵衛がちょうどのれんの引っかかったほうの柱の影にいたため、玉男さんが人形の手でそっとのれんを直していた。自然な仕草で、かわいかった。

 

 

封印切の段。

女郎・梅川が茶屋・越後屋へやって来る。とんと音沙汰もなく身請けの残金の支払いもない忠兵衛が来ていないかと訪ねてきた梅川は、忠兵衛が手をこまねいているあいだにあの田舎客に身請けされてしまったらどうしようと悲観していた。仲間の女郎たち(桐竹紋秀、吉田玉勢)は場を盛り上げようと、竹本頼母の弟子だという禿(吉田和馬)に浄瑠璃を弾き語りさせる。しかし禿が語ったのは女郎がその悲しい身の上を嘆く内容だったので、梅川はさらに暗くなり、座敷はよりいっそう沈んでしまう。そこへ八右衛門がやって来た。八右衛門は女郎たちや女主人(吉田簑一郎)を呼び出し、忠兵衛が来ても取り合わないように言いつける。彼は金がないはずの忠兵衛がここへ来ればまた人様の金に手をつけるだろうことを心配していたのだ。八右衛門が小判に似せた鬢水入れの包みを見せると一座は驚き色めき立ち、八右衛門を敬遠して一座に交わらず二階から様子を見ていた梅川も身請金の正体に泣き伏した。ところがこれを忠兵衛が立ち聞きしていた。ふらふらと越後屋へ入ってきた忠兵衛は、いますぐ八右衛門へ金を返してやると言い出す。八右衛門はよその金に手をつけてはただではすまされないと止めるが、忠兵衛はついにふところにある小判の包みを切ってしまう。ばらばらと落ちた小判を拾い集め、八右衛門に投げつける忠兵衛。梅川は階段を駆け下り、忠兵衛にすがりついてその金を本来の届け先へ早く持っていってくれと懇願する。しかし忠兵衛はそれをかえりみず、これは養子に来た時の持参金だと言い張って、残った金で女郎や店の衆に祝儀を配り、梅川の身請けの残金を払ってしまった。八右衛門は納得しない様子で越後屋を後にし、女主人や女中たちは身請けの手続きに出かけてゆく。残されたのは忠兵衛と梅川のみ。忠兵衛は、さきほどの金はやはり堂島のお屋敷の急用金だと梅川に告白する。武家の金に手をつけては死罪は免れない。忠兵衛は生きられるだけ生きようと、梅川とともに大坂から逃げることを決意する。

梅川は透明感があって、下級女郎でも心は清楚なイメージが出ていた。着付けはわりと雑ないでたちだけど(わざとやっているそう)、動きが澄み切っていて綺麗だった。梅川は始終嘆いてばかりだが、演技に飽きを感じることはなかったので、客が気づかないレベルでいろいろな工夫をされているのだろうと思った。

忠兵衛は八右衛門が越後屋で皆に鬢水入れの一件を話して以降のシーンはかしらが変わり、鬢が触覚状に左右ひとすじ垂れ、髷の部分も固定が外れてフワフワ浮く姿になり、がらりと様子がかわる。封印切りをしてしまったあとの梅川のクドキのあいだ、この忠兵衛が首をすこしかしげて肩をいからせ気味にうつむいているのが感じが出ていてうまい。わかってる、わかってるよ、わかってるんだけど、やっちゃたんだよ! という雰囲気が出ている。おなじようにじーっと聞いている演技でも、このあとの道行のときとは印象がまったく違う。ただじーっとしているだけでも、こころのなかで何かを考えている感じが出せるんだなと思った。このへんはやっぱり人形遣いさんによって上手い下手がある。脇役だと、ときどき、上司のお説教を上の空で聞いてるサラリーマン状態のお人形がおりますな。

肝心の封印切りのシーン、ぱらぱらぱら、きらきらきらと小判が流れ落ちていくさまは見事。動きはそんなに派手なわけではないが、義太夫や人形の演技によって劇的だと感じるイマジネーションの世界。人形の動きを近くでよく見ていると、落とすより結構先に封を切り始めている(小判をずらしはじめている)のがわかった。ここは塊でぼとっと落とさないよう、バラバラと落とすのがコツだそうだ(初代吉田玉男文楽藝話』より)。

 

禿ちゃん=和馬さんがとても一生懸命三味線を弾いておられた。変化の多い曲調が難しく、まだ曲を覚えきっておられないのだろう、はじめは富助さんの三味線と右手のフリが合っておらずドキドキしたが、左遣いのお兄さん(だよね?)にリードされて途中からうまく弾けていた。富助さんが棹を「トントン♪」とされるのとばっちりタイミングで左手が「トントン♪」としてお客さんも湧いているのにあわせて、うまくノってきたみたい。ようがんばった、ようがんばった(泣)。うしろに下がっているお兄さん女郎たち(変な日本語)も禿ちゃんをじっと見守っていた。お客さんとおなじくらい、ドキドキしておられたことであろう。

仲間の二人の女郎のうち、玉勢さんが持ってる方の子(鳴渡瀬)がなんだか身長が高く見えた。身長170センチはありそう。よく見ていると、他の人より人形を持っている位置が高い。玉勢さんご自身の身長が高いのもあるが、清十郎さんやもうひとりの女郎役の紋秀さんより腕を曲げて高めの持ち方をされていた。これがわざとなのかはわからないが、着付けがコンパクトなのもあり、すらりとした姿に見えて、「すっとしたお姉さんタイプの子なのかな」という感じがした。鈴木則文の映画のような、端役の脇役でも個性の見える子を配しているみたいに思えて、印象深かった。

そうえいば、八右衛門のきせる入れは茶色の革にシルバーの飾りがついていて、コンビニの前にいるヤンキーが腰履き半ケツのズボンの尻ポケットにさしている財布みたいだった。

 

 

 

道行相合かご。ここは改作版上演とのこと。

大坂をのがれ、忠兵衛の故郷・新口村へ向かっていた二人は道の途中で籠から降り、人目の少ないあぜ道へ入る。空からはみぞれ・あられが舞っていた。梅川は京都にいる母を思い、忠兵衛もまた新口村の父へ梅川を紹介したいと思っていた。しかしそれも今世では叶わないだろう。忠兵衛と梅川は来世を思いながら歩みを進めるが、天候はますます悪化し、その風雨の音を追っ手の物音かと驚き怯える。忠兵衛と梅川はお互いを庇い合いながら道を急ぐのであった。

床がちゃんと揃っていた。特に團七さんを筆頭とした三味線はきれいだった。

冒頭、大きな籠をかついでトントントンとあらわれる駕籠かき(桐竹勘次郎、吉田玉彦)がかわいい。籠の中を覗いて「キャッ❤️」となったり、たばこを吸ってちょっと休憩したり。フリも揃っていてよかった。

ラストシーンでは雪がたくさん降っていた。人形や人形遣いにもフワフワと積もっていたが、空調の風に吹かれて客席にも振り込み、私の席まで舞ってきた。終演してから拾って見てみると、薄い半紙を四角く切ったものだった。

 

 

 ■

『曾根崎心中』が火力MAXの世界マッドマックスだとすると、『冥途の飛脚』は劇的だが静かに深く透明感のある世界だった。こういったクリアな質感は、文楽ならではのものだと思う。

それと、漠然とした印象だが、今回第一部、第二部、第三部と観て、三味線って、弾く人によって結構音の印象が違うもんなのだなーと思った。弾き方や旋律そのものの違いもあるけど、音の響き方の印象が人によって違う感じがする。ヲクリのひとばち目の音だけで、場の雰囲気をいっきに変える人がいたり。三味線の音で、空気がピーンと張り詰めたり、逆にほわっとほころんだ感じが急にすることがある。いままで、文楽では三味線で情景を描写するというのがどういうことなのかよくわからなかったが、すこしヒントを得たような気もする。

 

 

冒頭に触れた内田吐夢監督の『浪花の恋の物語』は『冥途の飛脚』を題材にした劇映画だが、結構話を増補してるんだな。今回、原作の文楽を観たことで『浪花の恋の物語』のよさがよりわかった。「淡路町の段」までの前段をしっかり描き込むことにより、二人の立場上の、あるいは気持ちの上での閉塞感を存分に出している。そのへんはやはり劇映画ならではのうまさ。とくにうまいのが、封印切りがいかにヤバイかという話を事前に何度も繰り返している点。これがわかっていないと、封印切りの意味することがわからなくなってしまう。文楽と同じ通り、催促に来る侍が強い調子なのはもちろん、冒頭の人形浄瑠璃の芝居小屋のシーンでよその飛脚屋での封印切りの噂話を出して、その危うさをより印象づけている。そして、ストーリー全体の整理と見せ方に関しては、原作に触れてなお傑作だと感じた。原作のアンチョコになっていないのが本当に素晴らしいと思う。

『浪花の恋の物語』、ご覧になったことがない方は、DVDが出ているので是非ともご鑑賞を。近松門左衛門を主人公に、当時の人形浄瑠璃の芝居小屋の様子も描かれている(ただし人形は三人遣いにしているなど、意図的に時代考証を無視している箇所や史実改変あり。でも、文楽お詳しい方はすぐ意図に気付くと思います)。竹本座の座員を演じる文楽技芸員の方々は最も良いシーンで登場、当時の三和会、若き日の越路太夫師匠(つばめ太夫時代)、勝太郎師匠、紋十郎師匠らが出演され、ストーリーを盛り上げている。人形の撮り方がかなり特殊なことにご注目を!

浪花の恋の物語 [DVD]

浪花の恋の物語 [DVD]

 

 この映画のくわしいレビューは、過去記事2016年ベストムービー5(旧作だけど) - TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹に書いております。

 

 

ところでロビーでずっと流れている文楽研修生の募集ビデオ。

幕間にじっと見ていたら、昨夏頃見たものと内容が差し変わっていて、より詳しい内容になっていた。研修内容の詳細な様子が映ってるのだが、人形の部が結構面白かった。和生さんや清十郎さんがツメ人形のような簡素な女の人形で足の動かし方などをレクチャーしている映像があり、雑な顔のツメ人形なのに主役級にしか見えないすばらしい動きで、笑ってしまった。人形がどう見えるかって、やっぱり人形遣いの芸の力がいちばん大きいんですね。清十郎さんがおそらくアドリブであちこちに動いて、足を遣わせている研修生の子をついて来させるところ、スタタタタと動きが異様に速くて面白かった。ツメ人形(と清十郎さん)、ふだんそんな激しく動かんから。師匠格の方々ばかりでなく、玉翔さんや紋秀さんなど、お兄さんたちが横からサポートしてあげていた。どの研修でも研修生のみなさんとても一生懸命な表情で、またも親戚のオバチャンの気分になってしまい、大変やろけどがんばってな……待っとるで……(ホロリ)となった。

 

 

 

文楽 2月東京公演『曾根崎心中』国立劇場小劇場

この世の名残、夜も名残。死にに行く身をたとふればあだしが原の道の霜。一足づつに消えてゆく、夢の夢こそあはれなれ。

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第一部の開演前にロビーにいたくろごちゃん。黒衣だけにロビーに溶け込んでおり、近付くまで存在に気づかなかったが、図体が山のようにでかくて驚いた。一緒に写真を撮ってもらったら、キメポーズでこっちにグイグイ迫ってくるのでびびった。くろごちゃんは調子に乗ってペン(というか筆)と三方を持っていたが、誰も突っ込んでいなかった。 *1

 

 

今回の2月東京公演は近松名作集と題して、『曾根崎心中』と『冥途の飛脚』を同時上演するプログラムになっている。しかも、両方とも男役が玉男さん。ぶっちゃけ似たような話で、人形の配役も同じで、それで変化つくんか、よう続けてやるわいなと思っていたが、実際に観てみたら、受ける印象がまったく違っていて驚いた。基本的には「もう死ぬしかない」オチの話のはずが、なんか違う方向にいっていた。具体的には『曾根崎心中』のほうが……。

 

 

生玉社前の段、冒頭、網笠をかぶった徳兵衛(配役・吉田玉男)が丁稚をともなって生玉神社に現れる。徳兵衛は茶屋の障子の奥に恋人である遊女・お初(桐竹勘十郎)の姿をみとめる。適当な言い訳をつけて丁稚を先へ帰し、徳兵衛が「初ぢゃないか初、初」と呼びかけると、お初もこちらに気がついて「ナウ徳様か、どうしてぞ」と走り寄ってくるが……

なんかこう、この時点からすでにお初がトップギア入っている。この走り寄り、かわいらしい仕草なのだが、速度と目つきが尋常ではない。いや、人形には目つきはないが、なんか、あるんだよ。こいつやばいだろ的な何かが。お初役は勘十郎さんなので、茶屋ののれんから出てくるときには習慣的に出の拍手をしてしまうが、なんだろうこの不穏な気持ち。何がどうとは言えないが、そのさま、ただの「情熱的」ではおさまらない火力を感じる。

 

ところで皆様、増村保造監督による映画版『曽根崎心中』(ATG/1978)をご覧になったことはありますでしょうか。

曽根崎心中 【初DVD化】

このお初(配役・梶芽衣子)が異様にアグレッシブというかエキセントリックで、別になにも始まっていないうちから死ぬ気まんまん、男を地獄に引きずりむ気まんまん。目つきがさそりシリーズと同じで、異様に積極的にガンガンいく、もう最初のシーンからいきなり死を決意したおそろしい目つき。で、私はこれを「まあ、増村保造白坂依志夫コンビだから……」と思っていたのだが、今回のお初、まさにこの通りの火力のお初であった。本物の文楽の演者でもお初をこう解釈している人がいるんですね……。勘十郎さんご本人の火力が強いのはわかるし、お三輪や八重垣姫が強火なのはわかるけど、なぜお初がこんな強火なのか。『曾根崎心中』ってもっと「儚い」「かわいそう」な感じの話かと思っていたがそうでもないのか。増村保造の映画が火力強いのは増村保造が歌舞伎・文楽の現行含むいわゆる「原作」を無視し、自分の色に合わせてオリジナルでそう演出しているからと思っていたが、実はそうでもない、のかもしれない。

勘十郎さんのお初増村保造説は同行の方もおっしゃっていたので、増村保造版『曽根崎心中』を観たことがある方は同様の感想を覚えるのかもしれない。逆にこの映画をご覧になったことがなくて、今回の文楽『曾根崎心中』を観劇したという方は、ぜひ映画版を観てみてください。勘十郎さんは勉強家でいらっしゃるようなので、ご自身でこの映画をご覧になったことあるかもしれませんが、なら、この映画に対してどう思っておられるのか気になります。

ちなみに徳兵衛は宇崎竜童(なぜ)で、かなりのヘタレ。宇崎竜童自身が何もわからず流されてやってる感がやばさを増幅していた。先に書いてしまうが、今回の玉男さんの徳兵衛はヘタレではなかった。服装はこの段でゴミ野郎・九平次(吉田玉輝)にボコられて以降ボロボロなのだが、雰囲気はずっとキリリとしていた。徳兵衛はなんだかんだいっても最後はお初をリードしなくてはいけない役という話を聞いたことがあるが、まさに、ひよっとしていても芯のある雰囲気だった。

  

 

天満屋の段。

お初が縁の下に徳兵衛を忍ばせ、店の会話にまぎれて徳兵衛と死ぬ決意を語る有名なシーン。お初の打掛の中に隠れた徳兵衛がお初の白いちいさな足を頬ずりするようにして首に当て、一緒に死ぬ気持ちを伝えるところが色っぽいが、徳兵衛が打掛の中でモゾモゾしながら時折すそからちょこっと顔をのぞかせる姿はこたつにもぐった猫っぽくてかわいらしかった。ひっこむときは裾を綺麗なかたちに整えるのもかわいい。ヒヨっとしたイケメンの面目躍如だった。

玉男様勘十郎様厨のわたくしとしては普通に観ていればここで「ンギャー!!!!!!!!」と絶叫して劇場外へつまみ出されるところだが、チケット取得当初から絶対やばいと思い、観劇日前日に国立劇場のサイトに載っていた初日レポの写真を見て予習していたので、叫ばずに済んだ(50周年記念公演ニュース|国立劇場50周年記念サイト|国立劇場)。文楽劇場には時折玉男さんに「イヤ〜❤️❤️❤️」と叫んでいる玉男様ガチ恋勢の爺さんがおられるが(直後同行の奥様から肘鉄を食らう)、あやうくあれになるところを文明の利器インターネットの力で乗り切った。

そして夜も更けて、ひそかに天満屋を抜け出す二人。お初の火力はますますアップ、八方(天井から下がった吊行灯)を扇子のついた箒で扇いで消すのがムチャクチャ速かった。増村保造はこのシーンを相当引っ張っていたが、勘十郎さん、すごい速度で扇ぎ、2回目で瞬間的に消していた。見つかるとか見つからないとかを意識していないのではと思える扇ぎぶり、ちょっと速すぎのように思うが(少なくとも八方の下で寝ている下女に見つかるかもというスリルはない)、もう目の前のこと、徳兵衛と逃げるということしか見えていないという解釈だろうか。このシーン、本当に八方に火を入れていたら炎がゆらめいて面白いんだろうけど、今回はさすがに危ないからか、電気ONッ!OFFッ!の割り切りぶりがすごかった。

このあたりの場面で、二人は直接手をつなぐわけではなく、徳兵衛の編笠をお互いにつかんで一緒に歩いているのがいいなと思った。わがバイブル、初代吉田玉男文楽藝話』によると、この段の最後は編笠をつかむのではなく、お互いが直接手をつなぐことで情を表現するとあったが、個人的には編笠を介して手をつなぐ姿はいじらしく、強い印象が残った。

 

 

■ 

天神森の段。

暗い森の中でグリーンの人魂がふたつ、ポワンポワン揺れている。これ、増村保造の映画版にも同じシーンがあり、そのときは普通の赤い火だったので、当初てっきりお初を探す追手の松明の火かと思っていた。今回、義太夫をよく聞いていると、今夜二人より先に心中した人がいるのだろうか、それとも死ぬより先に二人の魂が人魂となって抜け出たのかと言っていた。なるほど、だから2つポワンポワンしていたのね。やっとちゃんと理解できた。

 

ところでさっきから徳兵衛とお初がやたら頻繁にひしと抱き合っているのだが、その速度がはんぱない。人形ってたいてい予備動作をもってから、綺麗な体勢になるよう形式的に抱き合うと思うのだが、徳兵衛とお初が目の前で予備動作なくものすごい速度でがしっと抱き合うので、だんだん頭がおかしくなってきて、見てはいけないものを見ているような気分になってきた。勘十郎さんが談話等で頻繁に「玉男くんとはずっと一緒にいるから、お互い次になにをやりたいかわかる」と発言していたのは本当だったんだと思った。具体的にどういうことを指すのかわからなかったけど、なるほど、こういうことだったんですね……。ペアでやる芝居も、息があっているとこうなるのかーと思った(あいすぎ?)*2。足拍子も完全に揃っていた。なんかきょう足拍子がすげーでかい音だなと思っていたら、二人完璧に揃っているだけだった。足遣いの方々もすごい。

そんなこんなで二人が異様にアツアツすぎるのと、そして太夫もわりとみなさんお元気な感じだったので(津駒太夫さん、咲甫太夫さん、芳穂太夫さん、亘太夫さん)、この二人、心中せずこのまま駆け落ちするのでは? と思ってしまった。ベテラン二人の人形が異様に火力強くて床は勢いで負けるかと思ったけど、太夫さんこれからって方ばかりだからか、人形に負けるどころかガンガン焚き付けにいっていた。三味線も寛治さん、清志郎さん、カンタロー(と突如呼び捨て失礼、寛太郎さん)、清公さんでとっても良かった。ナイスな床配役。これからのあたらしい文楽の舞台への意気込みを感じる段だった。

 

今回の上演では、最後、お互い身体に帯を巻きつけ(巻くのがうまい)、徳兵衛が刀を持つシーンで幕となっており、実際に刺すシーンはない。余韻を残す演出だが、あの前のめりぶりでは死ぬわけない。もう本当申し訳ないが、絶対駆け落ちしたと思う。もちろんこれは褒め言葉、disではないことを重ねて申し上げておきます。

 

 

人形が演じる恋人同士役は、設定上は恋人同士でも、良くも悪くも「そういう設定なんだなー」としか思わないことがあるけど、今回は本当に恋人同士に見えて他を圧倒していた。二人以外の周囲のようすすべてが環境音のようだった。生玉社前で徳兵衛が九平次にボコられるところすら、そうだった。二人の行く先には他の人が何をしようと、何を言おうと関係ない。別に九兵衛に金を着服されなくともこうなっただろう。全体的に、かわいそう、哀れを誘うという気持ちより、二人の絆の強さ自体のほうが印象に残った。お初のクドキにもエネルギーがあり、哀れを超える情念のたぎりを感じた。

 

 

昨年5月の鑑賞教室の『曾根崎心中』が取れなかったリベンジを早々に果たすことができてよかった。そして、斬新な(?)古典作品を観られて、とても興味深い体験だった。逆にふつう(??)はどういうものなのかも気になるので、それは4月の大阪公演でゆっくり観たい。人形に関しては、先代玉男さん×簑助さんの上演記録を探して観てみようと思う。

以前は、『曾根崎心中』は初演から途切れることなく継承されている演目だと思っていた。だが、初演ののちまもなく断絶し、昭和30年代に歌舞伎の影響を受けて復活上演したところから人気になったというのを文楽を観るようになって初めて知った。だから、現行曲は結構商業演劇的な側面もあることも。文楽をまったく観たことがないときは、文楽といえば『曾根崎心中』と思っていたので、とても意外だった。古典芸能において伝統だと思っていても伝統ではない、伝統とは言い切れないもの、また、古典を新作として上演すること、さらにはこういった企業努力(?)で集客を上げることってあるんだなと思った。パンフレットに近松原作も読んでほしいと書いてあったので、『上方文化講座 曾根崎心中』に載っている原作全文校注を4月までにあらためて読んでおこうと思う。

 

 

そんなことより皆様、勘十郎様のFaceBookが超火力でまじやばいので見て。


ありがたや……ありがたや……………………(成仏)

 

 

 

*1:国立劇場のチケット情報のメルマガで、「このたび、世界的に流行している、「ピコ太郎」の動画「PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen)」の国立劇場版「PNSP(Pen-Nurisampo-Sampo-Pen)」を作成し、動画投稿サイト YouTube に公開しました。」というメールを送ってきたくらい、調子に載っている。このメルマガ、YouTubeのURLより先に出演者紹介が載っていたのには爆笑した。さすが国立劇場、そっちが先かい。

*2:後日、玉男さん・忠兵衛×清十郎さん・梅川の『冥途の飛脚』を観たら、やっぱりちゃんと一拍おいてタイミングをとって抱き合っていた。