TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

酒屋万来文楽『嫗山姥』廓噺の段 白鷹禄水苑

今年も西宮の白鷹文楽へ行った。

f:id:yomota258:20181027144400j:plain

 

嫗山姥……。すでに漢字が読めない。こもち・やまんば、と読むそうだ。滅多に出ない演目だからか、調べても出てくる要約が要領を得ないので、国会図書館のデジタルコレクションで全段を読んだ。

狂言全体としては、源頼光にその四天王が集まってくる過程を描く時代浄瑠璃で、今回の上演「廓噺(くるわばなし)の段」は二段目の「兼冬館」のこと。坂田金時(金太郎)が生まれるに至る過程が語られる。

廓噺の段」あらすじ

岩倉大納言兼冬の娘・沢瀉姫(おもだかひめ)は源頼光の許嫁であるが、頼光の不遇に伴い、文も来ずずっと会っていないため自殺したり病気になったりしかねない勢い。ヤバいと思ったお局様や腰元たちは寝ずの番をすることにして、[姫を元気付けるために座をおもしろがらせようと]屋敷の女子たちに人気の煙草売り・源七がやって来るのを待つ。
おりよく煙草売り・源七〈吉田文昇〉が屋敷の前を通りかかる。彼は実は坂田蔵人時行という武士であり、父の仇を追うために(追ううちにいつの間にか?)このような姿になっていたのだった。腰元たちに引っ張り込まれた源七は、かつてはさんざんな遊び人だったという昔取った杵柄で、廓で嗜んだ歌を館の女たちに三味線で弾いて歌って聞かせる。そのころ館の外では、紙衣の女〈吉田和生〉が偶然門前を通りかかり、源七の小唄を耳にする。その曲はかつて彼女が廓で松の位の太夫と仰がれていたころに、恋人・坂田蔵人時行と馴れ初めて作った替歌だった。どうしてこんなところに伝わったのだろうと思った女は、ありとあらゆる恋文の代筆を承ると、偽口上を大声で張り上げる。聞きつけた屋敷の腰元たちに招かれた女はまんまと奥座敷に上がりこむが、源七と顔を見合わせると互いに仰天。かつての恋人同士がこんな場所で、互いに変わり果てた姿で再会したのである。源七は気まずくなって退散するが、女は男のチャラついた様子に内心大激怒する。[その様子に何も気づかない姫君が]紙衣姿にもかかわらず只者ではない女の物腰佇まいに身の上を尋ねると、女は昔語りをはじめる。曰く……
わたしはかつては荻野屋八重桐と呼ばれた有名な大夫であり、水揚げのころから坂田某という男と言い交わした深い深い仲であった。彼をめぐる小田巻(こだまき)という傾城との決闘はそれはド派手で、廓中がひっくり返ってしっちゃかめっちゃかになるような上へ下への大騒ぎ。それによって男は親から勘当を受け、みずからは彼を追って廓を夜逃げし、浮名をとったものだった。
しかしその男・坂田蔵人時行は突如姿を消す。坂田前司であった彼の父・忠時が平政盛の家臣・物部平太に闇討ちにされたため、妹とともにその仇討ちに向かったというのがわたしをを捨てた理由とのことだったが……、はあ〜!? なんやその都合よすぎる話は〜!? 単に気持ちが冷めたということに変な屁理屈つけよってからに女房には袖乞に身を墜とさせておきながら自分はマトモに敵討ちをもせずチャッカリ若い女とじゃらじゃらじゃらじゃら三味線弾いていちゃつきくさってなめとんのかコラフザケンナ!!!!!!……あらやだ皆さんの前でお恥ずかしいわ……
……と、男への恨み辛みを語る。八重桐の身の上を哀れんだ人々[原文では姫君]は、むこうでもっとお話ししましょうと奥の部屋へ入っていくが、源七は八重桐を引き止めて先ほどの当てこすり話をなじる。しかし、逆に八重桐は父忠時の仇はすでに妹・絲萩が恋人と共に討ったと世間に噂が流れていると返す。その絲萩を匿ったがために頼光は平政盛・右大将清原高藤の讒奏によって勅勘され憂き目を見ている、いままでそれを知らずにいたとは情けないと嘆く八重桐。時行は驚きあわてふためくが、八重桐から安易な言動を強く諌められ、己の軽率さを恥じて切腹する。驚く八重桐に、時行は苦しみながらこう語る。彼女の諫言はもっともで、このまま生き永らえて恥を晒すことはできない。そのため、死んで八重桐の胎内に宿り、神変稀代の勇力の男子となって生まれ変わる。ともなって八重桐は飛行通力の山姥となって深山深谷に住まい、生まれくるその子を養育して欲しいと。時行が息絶えると不思議なことに傷口から焔が飛び出し、八重桐の口に入ると、彼女もまたその場に倒れる。
そこに突然数多の若侍が現れ館を取り巻く。彼らは高藤の命令で沢瀉姫を召しにきた使いだった。[大納言兼冬は、頼光という許嫁のある娘になんという無礼者か、姫は引き渡せないとして抵抗するが、公家侍たちでは高藤の家臣たちにはとてもかなわない。]ところがそのとき、倒れていた八重桐がムックリと起き上がり、姫に近づこうとする若侍たちをなぎ倒していく。八重桐は、我が身はすでにひとつではなく仇敵を討つことを願う夫の思念が宿った身であるとして、傍の木を片手で捻じ切る。その人間離れした剛力に高藤一派は恐れをなして散り散りになっていく。八重桐は姫君の行く末の幸福を願うと鬼女の相となり、屋根も塀も町も雲も飛び越えて、どこかへ消え去るのだった。

*今回の上演では[]部分はカット。人材的な理由から人形が出せないため姫君は座にいないという設定にしているようだったが、本公演では姫ありで上演されている。

八重桐はこの後、足柄山に住まい山廻りする山姥となり、10ヶ月の後に快童丸という男の子を産む。甘えん坊の童子ながら暴れ熊を倒すほどの勇力をもつ彼を見初めた源頼光坂田金時と名付けて四天王のひとりに加えるというのがこの後の四段目の内容。ちなみに二段目で碓氷貞光、三段目で卜部季武が四天王に加わる。渡辺綱は譜代の家臣なので最初からいます。

↓ 全段の原文。おとぎ話風であまりに素直な話なのですぐ読めます。
国立国会図書館デジタルコレクション『近代日本文学大系 上』誠文堂、1933
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1258716/465

 

 

 

と、前置きとあらすじが長くなったが、実際の舞台はとても華やかなものだった。

八重桐は、小幕からトボトボと登場するときにはうらぶれた落魄の美女。源七の歌声を聞いて座敷に上がり込もうと「遊郭の祐筆(=代書屋)」のふりをするときには強気のハッタリをきかせる山師風。大納言の座敷に上がって人々の前で廓噺(しゃべり)を披露する姿はまさに虚々実々の錦金襴に彩られた傾城。源七と二人きりになると、いまなお彼を愛するがゆえ涙ながらに夫の情けなさを諌める世話女房。源七の魂魄を胎内に宿したのちは人外の怪力を見せる“山姥”と、女性の持つさまざまな側面をクルクルと見せていく。この「クルクルと見せていく」というのが普通にはきっと難しくて、あくまで八重桐ひとりがその心情によって姿を変えている(ように見える)だけであり、全部別の人物になってはいけないんだけど、それを和生さん・津駒さんの力ですばらしく華麗に演じられていたと思う。個人的には今回のキャスティング、和生さん・津駒さんって不思議な組み合わせに感じられて、和生さんはケレンに傾かない幽玄な渋さ、津駒さんはケレンもありえる華やかさをお持ちのイメージがあるので「合うのかな?」と思ったけど、不思議なマッチングを見せていた。なんだか、精巧につくられている金細工みたいな感じ。一見キラキラしてて派手なんだけどつくりが華奢で、確実な技術で作られているのがわかる。みたいな。なかなかおもしろい組み合わせだった。

津駒さんの次々と表情を変えていく八重桐がとてもよかった。これ本公演で出たら太夫どんだけ分割するのかわかりませんけど、今回のように一本通してってなると語れる人は相当限られるだろう。並大抵では女性の内面変化による外面の変化という課題を語れないはず。過去の記事で津駒さんには尼ヶ崎とか大物浦とかみたいな義太夫らしい雄大な演目を語って欲しいと書いたけど、やっぱり女性登場人物が中心になる演目にもいっぱい出て欲しい(強欲)。

廓噺では八重桐が背負っていた小さい荷物一個だけを小道具に、盛りに盛りまくった大ボラ話を吹きまくる。これが可笑しい。時代物で武将などの男性登場人物がよくやる「物語」を一般女性(?)がやっている状態で、人形がにょんと伸び上がったり縮こまったり、荷物をポインと投げたりと、身振り手振りで回想の内容を説明する。物語は結構長いので演技や語りが単調になると途中で飽きてきて集中力が切れるところ、演技も語りも派手派手な「ぜって〜ウソだろっw」という大ボラ話に引き込まれた。ネコを咥えて走り去る馬並みのネズミ、小道具で出して欲しかったですね!

八重桐が山姥になる場面では、衣装のぶっかえり(黒地に虹色の文字の刺繍→クリーム地に赤・緑の蔦の刺繍)があり、ますます華やか。とはいえ和生さんは過剰な派手さを抑え、シブくキメていらした。絵金の芝居屏風絵みたいな原色のギラギラとした派手さではなく、それこそ国立博物館が所蔵している国宝日本画屏風なのが和生さんの持ち味か。花四天に桜の枝を持ったツメ人形と扇で渡り合うのが舞を見ているようで美しかった。ガブの目は赤いガラス玉でできたような、血が満ちたような大きな目で怖かった。

頑張って早く行ったので(先着順自由席制度)舞台至近の席が取れたため、どういう手順で舞台を進行しているのかもよく見えたのだが、八重桐はこのぶっかえりの直前に人形を交換していた。前半は普通の娘のかしら・衣装、後半は髪をさばく仕掛けをしたガブのかしら・ぶっかえりの仕掛けを仕込んだ衣装に差し替えているらしかった。はじめから仕掛けのあるかしら・衣装で進行しているのかと思っていたので、意外だった。八重桐はよく動くので、物語の最中等に仕掛けが外れるのを防ぐためだろうか。あとは流石に大道具さんが演目に慣れていないのかうまく進行できていない部分があり、八重桐の左遣いさんが左を遣いつつもタイミングを指示していた。たぶん、玉誉さんかな? 左遣いは大変だと思った。

源七は、冒頭で廓の小唄をうたう。床本や原文には歌詞が載っていないのだが、腰元から三味線を借りて何かの歌をすこし弾き語りをする。男の人形で三味線を弾くのは珍しい、のかな。でも、正直もうちょっと頑張ってほしかった。弾き方がかなりぎこちなくて、幼い子供の手習い風になっていた。師匠についてではなく、遊郭の客として見よう見まねで遊びで弾いていたのだから、その程度という解釈でいいのかもしれないが……。源七はもうちょっと詰めたり工夫してほしい部分が多く感じられた。

 

 

 

しかしそれにしても、あの会場のような、プライベートサロンのような普通の空間に突然和生さんの人形がいると、ものすごく浮いている。文楽劇場国立劇場等だとやはり劇場空間であるし、出演者は「舞台」という台に乗っているので、客席とは異なる時空を持っている。あっちは南北朝時代や江戸時代。こっちは21世紀。舞台の段と手すりが完全に世界を仕切っている。映画のスクリーンの中に入れないのと同じように。しかし、この会場は、舞台と客席の区切りが膝丈程度のうすっぺらい仮手すりだけ。段差はなく、人形や人形遣いまでの距離は1mを切っている。手すりぎりぎりにまで近づく人形は、こちら側にはみ出してくる。そういう、あっちとこっちの境目がきわめて曖昧な、ごく普通の日常と繋がっている状況の中、ことに和生さんの人形、そこだけ空間が異様というか……。

そういう空間で人形を見ると、なんだか不気味なのだ。もっと率直な言葉で言えば、気持ち悪い。見てはいけないものを見てしまった気分。和生さんの姿はほとんど見えない。ただ中空に、普通の人間の三分の一ほどしかない、真っ白な顔の人間?が歩いている。私は幽霊やあるいは魑魅魍魎というものを見たことがないし存在しないと思っているが、もしそれらを見ることがあれば、このように見えるのではないか。いや、もしかしたらそれは逆かもしれない。私たちは彼女の存在に気づいているけど、彼女は私たちの存在には気づいていない。彼女は彼女の時間と人生を生きていて、それを私たちが覗き見ている。本当は生きていないのは私たちで、生きているのは彼女で、彼女の人生を勝手に窃視しているのかもしれない。そう思わせるような、不思議な空間のねじれがあそこにはあった。

ただそれはやっぱり人形遣いの技量に大きく左右されるものであって、技量がそこまで達しない人ではそうは見えない。怖いことです。(突然の生徒会長as津駒サン口調)

 

 

 

あとまじで全然どうでもいいことですが、津駒さんって語っているとき、見台にキュウと手をついて、グイグイジリジリ押してますよね。本公演で床の真下に座ると、津駒さんが見台を落としそうで浄瑠璃とは関係ない次元でハラハラするが(しかし津駒さんはある程度押して出語り床からはみだしそうになると、ひょっと引っ張って戻すのである)、今回もグイグイジリジリ押しておられ、なかなかの具合で床からはみだして、しかも下には緋毛氈が引いてあるので、滑って落ちそうでまじでドキドキした。そして、床本にはやっぱり何かがビッシリとメモしてあって怖かった。行間に何か心覚えが書いてあるとかそういう次元じゃなくて、ページのはしっことかに三味線の譜のようなめちゃくちゃ細かい図解みたいなのが書いてあるの。稽古の講義ノート状態になっているのだろうか。それと本当にどうでもいいけど、津駒さんっていつも本当汗びっしょりで語っておられるけど、今回、近くで見たら、人間が顔から垂らすことができるありとあらゆるものが垂れているようでおもしろかった(クソ失礼)。

三味線さんの膝もと、本公演では位置が高いのであまり見ることができないが、今回の会場は仮床が低いので客席からもよく見えた。藤蔵さんは練り香水の入れ物のような小さな丸い缶を膝下に置かれていて、それは滑り止めの粉が入っているようだった。緋毛氈や袴の上に白く細かい粉がパラパラと鮮やかに落ちていた。三味線も太夫と同じく、クルクルと変わる八重桐の表情や情景に合わせて色とりどりに変化してゆく。山姥になってからの立ち回りにはツレ弾きも加わり、華やかな演奏だった。太夫さんは演奏中は床本を見ているからいいけど、三味線さんは客席と座る高さが近いと目線の置き所が大変そうだと思った(立ち回りのところなどで間尺を人形に合わせるのに手すり側を見ると、床を見ているお客さんと目が合う等)。

 

 

 

第二部は和生さんのお話会。以下、簡単だがまとめ。

(下の写真は休憩時間の八重桐さん。ぶっかえりの後なので髪や衣装が乱れている。ポニテ部分も紙衣風に、文字を書いた髪で結っている。このあと和生さんがやって来て衣装を整えておられました。)

f:id:yomota258:20181027161837j:plain

  • 『嫗山姥』は本公演ではあまり出ないんですけど……、コレ、金太郎さんのお母さん(横に立ててあるお人形サンを知り合いかのように紹介)。 上演はこの段しかやらないので、このあとどうなっているかは、ぼくらは研究者じゃないので詳しくは説明できません。といつも言うようにしています(笑)。
  • 八重桐の紙衣の衣装は、ぶっかえりで引き抜きをする仕掛けがある。「紙衣(かみこ)」というのは紙でできた着物という意味で、貧乏の表現。手紙の和紙を貼り合わせて作ってある。これは芝居の衣装なので文字部分が豪華な刺繍になっているが、本当は紙に墨で書いてあるということ。紙衣はいまでも東大寺のお水取りでお坊さんが着ている。最初は硬いが、しまいには柔らかくなってくる。あったかいそうです。お水取りが終わったら信者の方がいただくことになっているらしいが、わたしも「おひとついかがですか」と言われたけれど……、持って帰ってどうなるんやろなぁ〜……(笑)。ほかに紙衣を着ている代表的な人物は、『夕霧阿波鳴渡』(廓文章)の伊左衛門。これは「こんなに手紙もらうほどモテたんやで〜」ということですね。八重桐もかつては傾城を張っていたので(同じことでしょう)。
  • (側に立てていた八重桐の人形から、かしらを引き抜いて説明)八重桐が山姥になる場面では、ガブのかしら(赤目)を使う。これはこの演目専用のかしら。ガブにはツノがあるものとないものがあるが、『嫗山姥』の八重桐は人間なので、ツノがないものを使う。『日高川入相花王』渡し場の段の清姫は化け物なので、ツノありのガブを使う(どういう基準でツノ有無を決めるかの説明があったが記憶あいまい。清姫浄瑠璃の中に「♪鬼になった、蛇になった、ツノが生えた、毛が生えた」とあるので、そりゃツノ生えるか)。ガブのかしらは、正面から見ると普通だが、胴串の後ろ側に小ザル(引き栓)があり、これを引くと表情が変わる。(かしらを下に向けてざんばら髪で顔を隠し、引き上げると鬼女になるというガブの変化を実演)(もう一度見たそうなお客さんを見回して)……あんまり何回もしないぶん値打ちがあるんで(笑)。
  • これは大江巳之助さん作のもの。焼印が胴串に入っている。以前、京劇等との国際交流シンポジウムがあり、そこでガブのかしらを紹介したら大変驚かれた。2〜3年してまたお会いしたら、おんなじような仕掛けのものができてましたねぇ(笑)
  • (質問:髪をさばく人形は毎日結っている? 大変なのでは?)髪をさばく役は、終わったあと床山さんに預けて、翌日の開演までに結ってもらう。時間はかかるが、毎日やっていることなので、そんな大変なことではない(作業には当然時間がかかるが、お互い仕事だからやって当たり前というニュアンス)。一番大変なのは、公演前。演目とかしら割りが決まったら、舞台稽古までに多数の人形を全部作ってもらわなくてはならないので。文楽の場合、人形の髪に水油を使うことはできない。顔に油がついてしまうと胡粉が浮いてきて、塗っても塗ってもなおせなくなってしまう。水だけで結っているので、技術的には大変高度なこと。
  • 人形の髪は、かつら単体として仕上げてから役者さんが被る歌舞伎のかつらとは異なり、人形の頭に釘で髪の毛のパーツをいくつか固定してから結っていく。人形の毛髪は、人毛とヤクの毛(しゃぐま)でできている。ぜんぶ人の毛でやるともつれてくるので、適宜ヤクの毛を混ぜて使う。原料になる人毛は相当長くないとカツラにはできないので、みなさんの髪では無理だと思う。人毛の仕入れ元は、中国に大きな人毛の市があり、そこにはいろんな毛が大量に出品されいて、そこで仕入れてくる、らしい、です。
  • オーストラリア公演のときは大変。オーストラリアは入国時の持ち込み物に非常に厳しい規制があるため、このように人毛・獣毛を使っている人形、動物の皮・象牙を使っている三味線等はおもいっきりひっかかる。なので、「プラスチックとナイロンでできています!!」と言い張る。……向こうもわかってると思いますけどね(笑)。
  • (質問:なめらかな動きはどうのようにやっているのか?)……いや自然に動かしてます(笑)。引き具合、手首の加減、それ以外複雑なことはない(和生様にしか言えないコメント)。仕掛けとしては、うなづきの糸が人形の命なので、舞台で切ると人形遣いは目の前が真っ暗になって「どないしょう!?!?!?!?!」と思う。うなづきの糸は三味線の糸でできていて、細い繊維を撚りあわせてあるので丈夫なんですけど、切れるときは切れる。最近はなるべく早く交換してもらうようにしている。ぼくも2回くらい舞台で切ったことがある。お客様にばれてはいけないので、なんとかわからないようにする(ごまかし方は教えてくれませんでした)
  • (質問:着物の下に着ているワイシャツのようなものは?)これは襦袢です。腕が見えると生々しいので、人形遣いは襦袢を着て、手袋をつける。綿なので、汗をよく吸います。
  • (質問:人形の寿命は?*1かしらは、半永久的というたらあれやけど……、50年60年は使える。さっきもお話ししたように、髪をつけるために頭に釘穴があいたり、肌が胡粉を塗ってもひび割れたりしてきたら、修理する。肌は、濡れ手ぬぐいを巻いて一晩置いておくと化粧の胡粉がつるんとはがれるので、もう一度紙を貼って胡粉を塗り直す。頭にあいた釘穴には、補修剤を埋め込むというようにしている。いま文楽で使っているかしらには古いものだと江戸時代のものもあるが、手入れして使っている。衣装は、舞台で使っているうちに照明によるヤケが起こったり、人形遣いの肌に触れる部分が汚れたりするので、衣装さんが適宜交換する。わたしらは衣装は消耗品やと捉えています。でも、衣装さんから「新しい衣装ができたからどうぞ」と言われても、実は硬くて遣いにくい。人形遣いは新しい衣装を嫌がる。織物、刺繍が入った縫い物は特に硬い。何回か使って、「手につくようになって」から、使うのがありがたい。
  • (質問:この人形が可愛いというのはあるのか*2この子が可愛いとかはない。わたしたちにとって人形は道具ではあるけれど、大切にしています。特にこの役でどうこうというのはない。文楽劇場が所有するかしら以外に、技芸員が個人で所有しているかしらもある。なぜ個人所有のものがいるかというと、「必要にせまられて」自分専用のかしらが欲しくなる。それは、胴串が自分の手や指の長さにあったものが欲しいから。ひとりひとり、手の大きさや指の長さは違うのに、文楽劇場の所有物だと「標準サイズ」になっている。女方は立役より手元で繊細な作業をしなくてはならない動きが大変多いので、自分専用のものがどうしても欲しくなる。女方だとかしらの種類もだいたい娘か老女方で少ないので、立役のように文七・団七・孔明・源太etc.と多数の種類を揃える必要もなく、自前で用意しようと思えば用意できるというようなニュアンス)
  • (質問:後継者養成に関する考えは?)弟子は、国立劇場の養成課程(研修生制度)か、直接入ってくるかの2通りある。技芸員の適正人数というのが難しい。一世代で固まっていてはいけなくて、満遍なく散っていれば世代交代ができる。今日も若い子が介錯やらで出ているが……、5〜6年ではラチあかん。20年、30年というサイクルになる。……よく言うんですよね……。いいか、悪いかは、20年30年経たないとわからない。でも、50歳近くになって「おまえ、アカンなあ〜」と言われても、遅いやなぁ……。(芸人としての出来というのは)持って生まれたもの、努力、いろいろなものが噛み合っての話。
  • (質問:人形も歌舞伎のように「見得を切る」ことがあると思うが、そのときはやっぱり「キマった!!!」と思うものなのか?)歌舞伎のように大向こうから声がかかるような「間」はウチにはない。ウチは太夫三味線があってやってますから。ときどき掛けていただくこともあるが、「いいとこに掛けていただく」ようになっていないので……。
  • (質問:八重桐が出てくるときの歩き方が印象的だったが?)あれは、トボトボ歩いているんです。ウチは、横幕開けて出てきて、正面なおるまでが勝負やと言われている。その人物になりきっての歩き方です。
  • (質問:人形遣い3人で人形を遣うにあたって、主遣いから出てるサインを見て左・足は遣っていると聞いたことがあるが、そのサインは全員共通なのか?)基本は同じだが、人形遣いによってクセがあり、全員違う。合図がわかりやすい人、わかりづらい人がいる。どんな人の左・足にでもいけるようにならないかん。(誰の足にもいける=入れるようにというのは、単に勉強のためというざっくりした話ではなく、各先輩の個性を見極め臨機応変に対応する能力を積まなくてはならないという実務的なニュアンス。)
  • (質問:汗だくになって遣っている人形遣いさんがいるが、汗はいつ拭いているのか?)拭きません(キッパリ)。両手ふさがってますから、拭けないんです。左や足は頭巾を被っているから、より大変。足遣いのときがいちばん大変で、左遣いはじ〜っと立ってるだけやからエエなあと思うんですけど、左になったらなったで大変なんです。*3
  • (質問:人形遣い太夫・三味線とが打ち合わせをすることはあるのか?)しません。よほどの事情(人形の待合等の特殊な演出)がない限り、人形遣いから太夫三味線に注文つけることはまずない。お互いの立場には入らない。ウチは三権分立(笑)でやってますので。むこうさんが語る寸法に合わせるように出します。やから、時々、歌舞伎は羨ましいなぁ、役者が自分の間ァでできてエエなぁって言ってます。
  • (質問:肩衣のつける・つけないはどのような決まりがあるのか?)そのときそのときの演出による。肩衣だけでなく、顔を出すか出さないか(黒衣で演じるかどうか)も演出によって決まり、どんなえらい人でも黒衣で遣うことがある。えらいから出遣い、ということではない。
  • (質問:人形遣いは無表情で遣わなくてはいけないので大変だと思うが?)無表情で遣うのは難しい。人間なので、一生懸命やろうとするとどうしても表情は出てしまう。でも、人間の顔は人形の顔より大きいので、表情が出てしまうと人形遣いのほうが目立ってしまい、いけない。だからと言って何も考えずに遣うと、味気なくなる。表情以外に気をつけなくてはいけないのは、人形より先に人形遣いの目線がいってしまうこと。慣れないうちはぼくもよく言われた。だから、本当は頭巾を被って遣うほうが「ラク」。人形遣いは、顔は関係ないですから。
  • (質問:現在の人形遣いの人数は?)技芸員全体では三業合わせて80人くらい、うち人形遣いは40人くらい。これも「適正人数」が難しい。芝居(一公演)の役の人数はだいたい決まっていて60人(役)前後、多くて70くらい。増えすぎても役がまわりきらないし、少なすぎても走り回ることになってしまって大変。
  • (質問:踊り等は習っているのか?)手ほどき程度は受けている。研修生は養成課程で習っていて、講師には山村友五郎さん(上方舞の家元)に来て頂いていて、すごい人に教えてもらっとるんやでぇと言い聞かせている。これも難しくて、習うのはいいけど、人形遣いが踊っているようではいけなくて、人形に踊らせなくてはいけない。踊るのは人形であって人間ではない。
  • (質問:舞台で涙ぐんでいる人形遣いを見たことがあるが、そういうこともあるのか?)舞台で涙ぐんでしまうことはある。人間ですから。話の展開に思い当たることが出てきたり……(笑)。でも……、もう亡くなったから言いますけど……、今度、中将姫が出ますね(次回11月公演第2部『鶊山姫捨松』)。師匠(吉田文雀)が中将姫の役に当たったときに、上演直前に「おかみさんが亡くなった」という知らせがきて……。芝居の中に「西に向かって手をあわせ」というくだりがあって、こんなときにこんなことを言う場面を演じなくてはいけないなんて……、と。でも、歌舞伎でも「親の死に目にあえるような役者になったらいかん、親の死に目にあえない役者にならなあかん」というでしょう。わたしらもそれと同じやと思っています。
  • (質問:和生さんが一番悩んでいた頃というのは何歳くらいの頃だったか?)悩んでいるのはいつも。特にいつ悩んでいたという、そんな意識はない。一芝居、20日やればまた次の芝居が来る。エンドレスでやらなしゃあないなあという世界なので。いただいた役をどうやっていくか……。以前、文雀師匠が画家の奥村土牛先生(多分……聞き違いだったらすいません)に「人形の絵を描きたいから」と頼まれて、じゃあ体調の良いときにということで、東京公演の翌日などにご自宅に伺って、手伝いをしていたことがあった。先生が80〜90歳ごろの10年間くらい。そのとき、あんたらはパーッと舞台に出てきて、その一瞬さえよければいいからええなあとよく言われた。帰ってから、あんな何百万の価値がつくような絵描く人がって、師匠とよく話したが……。先生、せやけどわしらはその一瞬で判断されてしまうんです、先生みたいに絵がずっと残って、同じ人がまた10年後に見て感じ方が変わるというのとは違うんです、と言ったりして。そのとき先生と話していたのは、「芸術はいかに偉大な未完成で終わるか」ということ。そういうことやと思います。
  • (質問:舞台上のトラブル等で、内心大焦りしたことはあるのか?)トラブルはしょっちゅう! 左が(良いタイミングで)出なかった、足が出なかった、自分が(演技)抜けたり。相手がミスして、終わってから「あれな〜(笑)」と言い合ったり。今日はうまくいったけど、「あああ〜〜っ!!!」というときもあるし。映像で残っているのがベストの演技というわけではない。新聞記者さんが来ると、よく「おもしろいネタなんかないですか?」と聞かれるが、おもしろいネタは毎日ある。だけど、芝居の内輪で通じても、外の人がおもしろく感じるかは、別。
  • (最後に司会者からの「狭い場所での上演で」というコメントに)今回は舞台が狭いので、舞台構成や大道具どうしようなあと悩んだ。ツメ人形も本来4番でやるところ2番でやった。

 

 

「(人形遣いも)人間ですから」というお話が何度もあり、印象に残った。たしかにみなさん人間なので、体調や気分の好調・不調というブレが生まれるのは仕方ないだろう。でも客は基本一度しか観ないので、不調のときに当たるとその人の評価は下がる。そこでいかにパフォーマンスを安定させることができるのか……。安定度が高い人はどうやって高水準をキープしてるんでしょうか???

人形より先に自分の目線が動いてしまう人形遣いさん、上のほうの人でも結構いますよね。あっ、あの人形つぎこっち向くな、ってわかっちゃう人。あれってやっぱりダメだったんですね。もちろん、そういう人であっても、それが大きな傷にならないくらい上手い方もありますが……。顔の向きをFIXさせている人のほうが、ご本人の視界は制限されるだろうけど、人形の次の行動がわからないので、客としては面白みがある。このことは、先日の『良弁杉由来』の上演資料集の文雀師匠の談話にも書いてあったな。

和生さんは途中から八重桐のかしらだけを手に模範演技等をされていたのだけど、うまい人だと首しかなくてもからだがついてきているかのように見えるんだなーと思った。首だけなのに首だけには見えないというか。人形遣いが踊るのと人形が踊ることの違いを自分が踊る→人形(かしら)が踊るという切り替えをして見せてもらえたのだけど、なんかものすごく納得した。

 

 

 

全体の感想としては、昨年と同じになるが、プライベート空間風の上演で濃密な時間を味わえて楽しかった。出演者と観客の距離が不思議に近い、文楽ならではのイベント形態だと思う。個人的にはやはり超至近距離で演技中の文楽人形を見られるというのが最大の魅力。やっぱり、なんか、そこに、ちょっと、ちっちゃい人がいる、って感じに見えるんだよね 。

運営に関しては、前置きの話は手短にして欲しい。主催者はたぶん文楽より能に興味があるんだな〜という内容になっていた。気持ちはわかるけど、和生さんが準備して待ってはるからさ……。そして、席取りを禁止するなら入場後場内整理を行うほうがいいと思う。席取り禁止は昨年にはなかった禁止事項なので、おそらく何らかのヤバいトラブルがあってそのような注意を盛り込んだんだと思うけど……、結局席取りしている人がいて、近くの席の人がおこだった(わかる)。

 

↓ 昨年の感想

 

 

  • 第十一回 酒屋万来文楽
    白鷹禄水苑[兵庫県西宮市]
  • 『嫗山姥(こもちやまんば)』廓噺の段
  • 竹本津駒太夫/鶴澤藤蔵・鶴澤清馗/吉田和生・吉田文昇・吉田玉勢・吉田玉誉・吉田玉翔・吉田玉路・吉田和馬・吉田玉延・吉田和登
  • https://hakutaka-shop.jp/event/bunraku/

*1:この質問者のお客さん、人形は都度の組み立て式ということをご存じなくて、役ごとに個体の人形として存在すると思っておられるのかも?という口調だったので、和生さんに質問の意図が通じていなかった気がします

*2:この質問者のお客さんも同上。

*3:ここは和生様に代わりまして玉男様ウォッチャーの私がご質問にお答えしましょう。玉男様は「新陳代謝がよくて遊ばされるのね……💕とっても長生きしそう💓」って感じにいつもめちゃくちゃな汗だくになっておられますよね。ご本人は本気で困っておられるであろうことは重々承知ながら、よく汗が目に入って(><)(><)(><)とおめめシパシパになって遊ばされるのがファンとしたしましてはまことに胸キュンでございますが、太夫三味線交代で間ができて人形が後ろを向いたときや、演技上、屏風のうしろ等に入って姿が見えなくなる(人形遣いがかがむ)時などにそっと汗を拭いておられることがあります。人形を離せるか離せないかによって、介錯の方が拭いている場合、ご自分で拭いている場合があります。あと、本公演ではまずないですが、レクチャー公演等の場合は懐に手ぬぐいをしまっておられるのが見えるときがあり、トークパートに移ったときなどにそれで汗を拭こうとされるのですが、ひっきりなしに司会者が話しかけてきてなかなか手ぬぐいを取り出せず、汗ボッタボタになっておられることがあるのがますます胸キュンです。公演中は白ですけど、このような特殊な場では上品でおしゃれな手ぬぐいを持っていらっしゃる場合がありますね。あっ、それとはまったく関係ないですが、燕三さんがオフ(舞台以外)で使っておられる手ぬぐいはツバメ柄なのでみなさんぜひ注目してみてください。かまわぬで春シーズンに出てるやつだと思います。私も同じものを持っているので。燕三さんはノートもツバメノートでまじ最高やと思います。つば九郎のぬいぐるみをお贈りしたいですね。以上、キモヲタの早口トークとしてものすごい速度でお読みください。

文楽 10月地方公演『義経千本桜』椎の木の段・すしやの段・道行初音旅『新版歌祭文』野崎村の段 神奈川県立青少年センター

今年の地方公演は『義経千本桜』が昼夜またぎの「気持ちだけ半通し」風。

f:id:yomota258:20181008202606j:plain

昼の部、『義経千本桜』椎の木の段。以下三段目だけあらすじをまとめる。

平家滅亡後、維盛を探して高野山を目指し旅を続けるその妻・若葉の内侍〈人形=吉田勘彌〉と子息・六代君〈桐竹勘次郎〉、そして家臣の小金吾〈吉田簑紫郎〉は、金峯山にほど近い吉野・下市村にやってくる。六代君が持病の腹痛を起こしたため、一行は道端の茶店で一休みし、茶店のおかみ・小仙〈桐竹亀次〉とその息子・善太〈吉田簑之〉に頼んで薬を買ってきてもらうことに。その間、六代君の気を紛らわせようと、小金吾は近くの椎の木から落ちた実を拾って遊んでやる。

そうして三人が椎の実を拾っているところへ、旅姿の荒っぽい男〈桐竹勘十郎〉が通りかかる。彼は地面に落ちている実は虫食いだと言って椎の木に石を投げつけ、新しい実をたくさん落として六代君を喜ばせる。ほどなくして男はその場を立ち去るが、小金吾は床机に置いておいた自分の荷物を間違って男が持っていってしまったことに気づく。慌てて追いかけようとしたところに男が戻ってきて粗相を詫び、小金吾は中身を改めて巻物の無事を確認し安心するが、逆に床机へ置き忘れた荷物がほどかれていることに気づいた男は、中に入れてあった二十両がなくなっていると大騒ぎする。執拗に難癖をつける男の侮辱に耐えかね血気に逸る小金吾だったが、若葉の内侍に引きとめられ、あきらかに騙りであることはわかりつつも二十両をその男に投げ与え、一行は茶店を後にするのだった。そこへおかみの小仙と善太が姿を見せる。実はこの二人は旅姿の男・権太の妻子であった。夫のあまりにあさましい所業に悲しみ嘆く小仙だったが、善太にサイコロ遊びをしてやる権太は取り合わない。しかし善太に甘えかかられ、さすがの騙り者も子どもには弱く、手を引かれて家に入るのだった。

なぜ清治サンがここに出ているのか問題はあるにせよ、やっぱりめちゃくちゃ上手いよなと思った。ヘンなところに出現しているぶん、それが際立つ。ある意味贅沢ではある。私がルートヴィヒ2世ならきっと清治サンに一日中「わりかしどうでもいい段」を弾いてもらうね。

 

 

 

すしやの段。

下市でも有名なこの鮓屋には、美しい看板娘・お里〈豊松清十郎〉目当ての客がきょうもワラワラたかっている。母〈桐竹勘壽〉とともに店の後片付けをするお里は、恋する奉公人の弥助と明日にでも祝言させるという父の言葉に気もそぞろ。そうこうしているうちに、空の鮓桶を客先から片付けてきた弥助〈吉田玉志〉が帰ってくる。弥助はかつてこの家の主人・弥左衛門がある日どこからか連れ帰り、弥助という店主の名跡を譲ってまで大切にしている男である。そして彼もまたその恩義に応えてお里やその母に尽くしているのであった。この弥助とお里が鮓桶を棚へ片付けているところに、あの騙り者の権太がやってくる。実は権太は勘当されたこの家の総領息子であった。権太はお里と弥助を追い払うと、代官所におさめる大切な年貢金を盗まれたから死なねばならないとアカラサマな嘘をつき、心配した母からまんまと金をせしめる。その権太が鮓桶に金を入れて店を出ようとしたところにちょうど弥左衛門〈吉田玉輝〉が帰ってきたので、極道息子は仰天。大慌てで金を隠した鮓桶を棚に置いてカモフラし、ひとまず姿を隠すのであった。

戸口で大騒ぎしている弥左衛門の声に、引っ込んでいた弥助がやってきて彼を中へ入れると、老隠居は鮓の仕込みができているかと鮓桶の棚をガサガサと触りまくる。そして周囲に誰もいないのを確かめて弥助を上座へ座らせ、弥助=実はその正体は三位中将維盛……、その父・重盛からかつて受けた厚い恩を語り、父や一族の栄華を思い出した維盛もまた涙を流す。弥左衛門はお里が奥の間で寝支度をしている気配に気づくと、はっといつもの老隠居に戻り、今夜は老夫婦は離れで寝るので、お里と弥助はここでゆっくり休むといいと言って姿を消す。

お里は弥助と晴れて夫婦となれることを無邪気に喜んでいたが、維盛は都に残した妻子を思い、お里とは夫婦にはなれないと考え沈み込む。そのとき、店の戸口を叩き一夜の宿を乞う声が。維盛はこれ幸いと立ち上がり訪問者を断るが、外の様子を見るとなんとそこにいたのは小金吾を喪って行末に迷う若葉の内侍と六代君であった。若葉の内侍は維盛の町人姿に驚き、また奥の間にお里の寝姿を認め、都の妻子を捨て置かれるとは無慈悲であると嘆くが、維盛はあの娘とは匿ってくれた弥左衛門への恩義のための仮の契りと答える。それを聞いていたお里はわっと泣いて飛び出し、弥助の正体が維盛と知っていれば畏れおおく恋をすることも出来なかったのにと身を震わせて嘆く。維盛と若葉の内侍はお里の嘆きはもっともと涙を見せるも、そこへ村の役人がやってきて鎌倉よりの上使・梶原平三景時がやってきたことを告げる。お里は切腹しようとする維盛を引き止め、その妻子とともに弥左衛門の隠居屋敷へ送り出すのだった。

それと入れ替わりに権太が勝手口から姿を覗かせ、三人を捕まえ梶原へ突き出して報奨金をせしめてやると意気込む。必死で引き止めるお里を蹴倒し、権太は外へと駆け出していく。お里の叫び声に慌てて戻ってくる弥左衛門と母。弥左衛門は極道息子を引き止めるべく脇差を腰に飛び出そうとするが、そのとき提灯を掲げた雑兵の先導で上使・梶原平三景時〈吉田玉助〉が姿を現わす。梶原は、匿っている維盛の首を渡すかそれとも違背に及ぶか返答せよと弥左衛門に強く迫る。応じて弥左衛門が既に維盛の首は討ったと棚に置かれたあの鮓桶を取り出したので、権太に与えた金が入っていることを思い出した女房は大慌てで止めに入る。その中にはわたしの大事なものが、いやお前は知らないがこの中には維盛の首と言い合い揉み合う夫婦、梶原平三は一家もろともに縛れと命じるが、そこに権太が「維盛夫婦とその子供を生け捕った」と猿縛りにした女子供を縄につなぎ引き連れて戻ってくる。

父弥左衛門が熊野浦から維盛を連れ帰り、月代頭の若造に化けさせ婿にしつらえようとしたいきさつを語って梶原平三の前に維盛の首を差し出す権太。梶原は権太の働きに満足し、親の命を助けるより金をという彼に陣羽織を脱いで与える。そして、その羽織は頼朝公より授かったものであり、鎌倉へ持っていけば報奨金を受け取れる手柄の証と告げるのだった。梶原平三は内侍と六代君を連れて悠々と去っていくが、それを見送る権太の横腹に弥左衛門が脇差を突き刺す。

驚き駆け寄る女房に弥左衛門は、嫡男のあまりの悪行に勘当し敷居をまたがせるなと言いつけておいたにもかかわらず家内に引き入れ、結果権太は維盛を殺したばかりかその妻子を鎌倉方に売り渡すという所業に及び、そのために自らは実子を殺す羽目になったことを嘆く。しかし瀕死の権太は「父の力では維盛を救うことはできなかった」 と言い、傍の鮓桶をひっくり返す。するとそこからこぼれ出たのは母が彼に与えた金。驚く弥左衛門に権太はこれまでのいきさつを語る。

曰く、息子の性根の悪さに維盛を助ける手段を相談することもできず、討死した小金吾の首を月代も剃らずに梶原ほどの者へ渡そうとするとは、あまりに見通しが甘い。母にねだって受け取った金は実は維盛一行の路銀にしようとしたものであり、それを維盛に渡そうと鮓桶を抱え追いかけたが、中から出てきたのは父が鮓桶に隠していた小金吾の首。 取り違えたを幸いと取り、月代を剃って維盛の首に仕立てたのだと告げる。弥左衛門はそれなら何故御台若君を梶原へ突き出したのかと問うも、彼が告白するには、さきほど引き渡した母子はなんと権太の妻子、小仙と善太だったのである。権太が力なく合図の笛を吹くと、維盛そして田舎者姿の若葉の内侍・六代君が無事な姿を見せる。そんな正しい性根を持ちながら何故あんな悪行を重ねてきたのかと母は涙ながらに権太へ取りすがる。しかし権太は、悪性は生まれついてのものであると。 茶店の先で小金吾と荷物を取り違えたあのとき。彼の荷物の中身である巻物を見てそこに描かれた弥助とそっくりの公達の絵姿に驚いて金の無心を装って実家へ入り込み、母に尋ねてみれば、弥助の正体は実は父が恩義を受けた維盛であり、彼の身には危機が迫っていると聞かされる。性根を改め両親と和解する機会はいましかないと思うも、偽首はあっても御台若君の代わりはないと嘆いているところへ小仙と善太が身代わりになると言っため、自分のような性根が歪んだ者にどうしてこのようなまっすぐな子がと思いつつ、二人を後ろ手に縛って連れてきたと嘆きながらに答えるのだった。

弥左衛門は涙に咽び、その心を何故元来に持っていてくれなかったのか、まだ見ぬ孫を探して子供の遊んでいるところへ権太に似た子はいないかと探し尋ねるも、どの権太と聞き返され、まさか親の口から「いがみの権太」とは言えず、横道者の子ゆえに仲間はずれにされているだろうと思うほどに彼が憎かった、いまこのように性根が直るのなら半年前にそうなっていればと女房とともに伏し泣き沈む。維盛は、小金吾の討死とともにこれらの悲劇は頼朝の無得心と怒りの涙を浮かべ、弥左衛門はこれを引き裂くことがせめてもの手向けと梶原が置いて帰った陣羽織を差し出す。一門の恨みを晴らさんと太刀を手にかけた維盛だったが、よく見ると羽織の内側には「内や床しき、内ぞ床し」という句が書かれていた。それが小野小町の有名な詠歌であり、羽織の「内」側になにか意味が隠されていると気付いた維盛が縫い目を切り裂くと、そこには袈裟衣と数珠が。一同は驚くが、維盛は頼朝の真意を悟る。頼朝はかつて維盛の父・重盛に命を救われた過去があり、その恩報じとして維盛を出家の身にして命を助けようとしていたのである。維盛は頼朝の大将の器を褒め称え、また亡父の遺徳を偲んで僧衣を戴いた。

権太はすべてを見抜いていた頼朝の深慮と己の浅はかさ、これまで人を騙ってきたゆえの因果応報を嘆き、また、維盛は浮世への執着心を捨てるとして髻を切り払う。維盛から六代君を高雄に預けるよう命じられた内侍の供にと立ち上がる弥左衛門だったが、女房は権太の最期も近いから待ってほしいと引き止める。しかし自ら手にかけた子の死に目に立ち会うことこそ胴欲と、弥左衛門は女房娘ともども涙を流す。維盛は権太のために阿耨多羅三藐三菩提の経文を唱え、一行は大和路へと旅立ってゆく。こうして弥助という鮓屋は吉野にいまも名高く残っているのだった。

すしやの後は津駒さん+藤蔵さん。ねじり鉢巻にもろ肌を脱いだ権太の出から突然義太夫のテンションが白熱し、会場の雰囲気がガラリと変わる。津駒さんは驚くべき素晴らしい語りだった。お前ら全員落ち着けって感じのめちゃくちゃな話を、繊細さをはらんだ、しかし怒涛の語りでねじ伏せていく。津駒さんはやっぱりこういうところがやりたいんだろうなと思った。過去の談話で、『義経千本桜』なら大物浦がやりたいと発言されていて不思議に思っていたけど……、お声に艶があって華やかだから女性登場人物が主役になるようなところや道行に配役されることが多いと思うが、こういう世界が語りたいんだなとよくわかって心を打たれた。本公演ではほかの方との兼ね合いもあると思うが、もっとこういう義太夫節らしい力強さを必要とされる部分にも配役されて欲しい。今回だって、極端な話、すしやをまるごと津駒さんに語って欲しかったくらい。会場のお客さん全員そう思ったんじゃないだろうか。

人形の弥助実は維盛、は玉志さんだった。ここ数ヶ月、色悪→武将→武士→家老と勢いがある役からの突然のキラキラ系配役である。鬢がちょこんと跳ねた若く美しい男の姿をした弥助は最初、鮓桶を両側に吊るした天秤棒をかついで出てくるのだが……、「いやいやいやいやいや在所にそんなキラキライケメンおらんでしょ!!!!!!」って感じの驚異のキラキラ貴公子ぶりで仰天した。維盛はゆったりと舞台に入ってきて、家の前で立ち止まってポーズを見せる。そのあきらかにオーラの違う幽玄な足取りと、重力を無視するような異様にまっすぐな立ち姿。たとえば世話物に出てくる天秤棒を肩にかけた町人役のような、重いものをかついでいるがゆえの生理的反応、息遣いが聞こえ、汗の匂いを感じるような生々しい人間味は一切感じない。ほんま、お人形さんみたいだった(お人形さんです)。いきなりこの調子で出てきてこの後正体を顕すときどうするのかしらと思ったら、もっとキラッキラな貴公子になっていてすごかった。当たり前だけど、ご本人の中ではキラキラ度に区別がつけてあるんですね……。あの後半のキラッキラぶりは私の言葉では表現できない。平家の公達としか言いようがなく、玉志さんのキラキラに限度なしと思った。先代玉男師匠の直接のお弟子さん方は当代の玉男さんをのぞいて全員キラキラ系だが、玉志さんはどこか突き抜けてキラッキラになっているところがあると思う。それこそおにいさんの玉輝さんは役によって煌めきをコントロールしてるなと思うけど……。とにかくめちゃくちゃキラキラしていて、玉志さんにも今後、冥途の飛脚の忠兵衛*1や油地獄の与兵衛のようなヘタレクズの配役がいくことが出てくると思うが、そのときにどうやってヘタレクズるのか楽しみになった。

そしてこの維盛、お里と祝言を挙げるとなって、お里が寝床の支度をしているところに「妻子がいるのでやっぱり無理」と返してくるのだが、文楽にもこんなまともなヤツいたんだと驚いた。文楽に出てくる男は倫理観が破綻した狂人ばっかだと思ってた。あそこまでの据え膳、普通は食うというか、拒否ったらさすがに失礼まであると思うが、そこを断るのがすごい。さすが平家物語イチのまともびと、重盛の息子だと思った。でも娘の気持ちを宙吊りにしておきながらいきなりその綱を切ってくるのもなかなかひどいものがあるね。

かわいそうなお里は、みなさまのご期待に応えまして清十郎さんだった。ひとつの布団にふたつ並んだ枕を「キャッ💓」となりながらどんどん近づけていくところ、清十郎もっといったれ!!!!っていうか親が引っ込んだ瞬間維盛を押し倒せ!!!!!!と心の中で応援した。ちょこちょこと枕を調整(?)するお里の所作はとてもかわいいんだけど、もともと布団がメッチャ小さくて、最初から枕がわりかし密着しているのも笑った。普通に障子が開いた時点でわりとドキッとする。個人的には枕をくっつけるところより、先に布団をかぶって寝たふりをするときに、ただでさえ狭い布団の妙にハシッコに寄って、ちゃんと弥助が寝るスペースを作っているのがいじらしくて好き。親の配慮を感じる布団の小ささだった。寝たふりをしているところに維盛と若葉の内侍の会話を聞いてしまって、枕に顔を押し付けて震えて泣いているのはなんとも真に迫って哀れだった。不幸な娘をやらせたら清十郎さんの右に出るひとはいないだろう。

そしてとても良かったのは、弥左衛門役の玉輝さん。本公演ならきっと梶原景時に配役されるところだと思うが、暖かくて優しいお父さん風な弥左衛門を演じておられた。この手のジジイ役は人形遣いによって印象が結構ぶれてくるように思うが、玉輝さんは素朴と洗練の絶妙なラインを突いてきていた。こういったちょっと特殊な配役は地方公演ならではの醍醐味。もっと回数を重ねられる公演なら、もっと良い演技を見せてもらえると思う。本公演でもこういう役で拝見したい。

権太はどうだろう。人形の演技そのものは良いと思ったんだけど、正直人物像がよくわからなかった。個人的に勘十郎さんは洗練された雰囲気が強いと思うので、ああいう愚かさで身を滅ぼすキャラクターから演技が微妙に浮いている気がする。頭がよさそうだもの。とはいえ権太以外に配役されるべき役がないのは事実だと思うし、勘十郎さんがお持ちの妖しげな雰囲気って津駒さんの語りとはとても合っているので、難しい。事実、太夫が津駒さんに変わってからはかなり納得した。飛躍した言い方になるけど、こういう個性と個性のマッチングを見ると、やっぱり文楽って面白いと思う。

 

 

 

夜の部。なぜかこちらにこぼれている道行初音旅。

これは狐忠信役の希さんが良かった。普通に考えたら静御前役に回りそうな声質のはずだが、芯のある伸びやかなお声で狐忠信を凛々しい若武者風に語っておられて、とても良かった。以前は上下のある方だなと思っていたけど、平均値が上がってきている気がする。

あとはやっぱり勘十郎さんの踊りのうまさだね。今回は静御前を演じておられたが、実に優美だった。

 

 

 

『新版歌祭文』野崎村の段。

昼に続き、勘彌さんと清十郎さんが男を取り合う構図で、またも清十郎さんが祝言直前という最悪のシチュエーションで失恋する(っていうか自ら身を引く)ド悲惨展開である。清十郎さんのおみっちょは8月の大阪公演でも拝見したけど、引き続き悲惨で、しかもお染が勘彌さんというのが清十郎さんの不幸の味を超増幅していた。人の不幸は蜜の味(ちょっと違う?)。

勘彌さんのお染はいいねぇ〜。いかにも都会の大店のお嬢さんという感じで、雰囲気が洗練されている。私立女子校に通っている正統派女優系アイドル風というべきか、清純だけどおぼこくないのが良いわ。非処女風美少女役の本領発揮な感じだった。邪心なく人の男を盗りそうなところがほんとたまらない。ナチュラルに人を人と思っていなさそうな気配がいい。現状、おぼこ娘役ができる人というのは結構いると思うんだけど、このおぼこじゃないけど清純、しかし本当は清純でないかもしれないしヤッパリ清純かもしれないと悶々妄想させるギリギリをいけるのは勘彌さんだけだと思う。個人的には遊女や傾城、身分がきわめて高い部類の姫君・若い奥方等の役をやって欲しい人だが(その意味では昼の部の若葉の内侍は良い)、こういう無意識小悪魔も美味しい。

床では、8月大阪に引き続きの三輪さんも良かった。三輪さんのお声と勘彌さん・清十郎さんの相性が良く、それぞれのもつうつくしさが際立っていた。もう、最後まで全部三輪さんに語ってほしかった。三輪さんてなんで文楽に入ったんだろう。あのお声なら邦楽どれでもいけそうだと思うが。こうして文楽浄瑠璃を聞かせてもらえるのは、ありがたいことである。

あと、最後に出てくる船頭が紋秀さんでめちゃくちゃ笑った。そこにおるんかい。

 

 

 

今回の地方公演は義経千本桜の五分の一通し風の番組で楽しかった。なぜこれを大阪の本公演でやらないのかと思う。

出演者では津駒さんが本当によかった。これが本公演でないのが実にもったいない。あらゆる人に津駒さんのすしやを聴いて欲しい。現在の文楽で聴ける最高レベルの義太夫だと思う。いまからでもどこかの地方公演間に合う方は、特急等使ってでも是非とも行って欲しい。文楽が好きなのに、これを聴かないのは勿体ない。

津駒さんてマトモそうと思っていたけど、やっぱりどこか狂っていると思った。単なるマトモでは文楽の芸は極められない。津駒さんは、次期切場になるべき人。

そして清十郎さん。完璧でなくどこか傷がある人には惹かれるものがあるが、その傷が技芸員として曲者なこともあり、9月公演では実は「この人大丈夫なのか」と思ってどきっとした部分があり気になっていた。が、地方公演ではそれを取り戻されたようでよかった。なんにせよ、清十郎さんにはこの調子でもっと悲惨でもっと不幸になって欲しいと思った。

あとはやはり維盛の玉志さん。最近ものすごい前のめりなご様子で揺らぎと変化を感じつつあったけど、維盛はピントを合わせて元来の凛々しい雰囲気に戻してきた感じだった。先代玉男師匠の維盛の映像を国立劇場が所蔵していると思うので、追ってチェックしたいと思う。

 

 

 

今回は横浜公演の翌日、熊谷公演の昼の部にも行った。

熊谷がどこかよく調べずにチケットを買ってから行き方を調べたら、めちゃくちゃ遠かった。アツいぜ熊谷。さらには熊谷公演の会場「熊谷文化創造館 さくらめいと」の最寄り駅は熊谷ではなく、その次の籠原だった。籠原……。湘南新宿ラインの行き先表示でしか見たことがない、未知の土地……。新宿から1時間かけてたどり着いた籠原は、郊外と田舎の中間くらいの、実家を思い出させる閑散とした町だった。籠原にあるコインパーキングは機械式ではなく、空き地の入り口の貯金箱にお金(1日300円)を入れて、別に仕切り線等も引いていないだだっ広い敷地のそのへんにてきとうに停めるという無人野菜販売所方式で大変ワイルドだった。あと、会場は籠原駅から結構遠くて(Google map計算で徒歩16分)、地方の車社会ぶりを感じた。

会場は2階席があるような大変に広いコンサートホールで、天井高が半端なかった。これだけ広いと声が拡散して声量がない人はヤバイのではと思ったが、音響がよく、下手席でも大きな差し支えは起こらなかった。客としては文楽劇場もこれくらい音響が良いといいのにと思ったんだけど、ただ、音がかなり強く反響していたので、太夫さんたちはどう思われたのだろう。

前解説では、希さんが「源平合戦を題材にした演目では……」と、熊谷市にちなんで熊谷直実(一谷嫩軍記)の話題を盛り込んでいた。希さんはローカルネタやシーズンネタを取り入れたり、解説実演でも直近の演目を取り入れたりされていて、工夫がある。

椎の木の段に登場する小金吾の人形はダブルキャストになっていて、横浜・簑紫郎さん、熊谷・文哉さんだった。文哉さんは権太に凄むときの止めの姿勢がかなり綺麗で、オオーッと思った。最近の山賊役で鍛えられた成果だろうか。往年の時代劇の美丈夫風の、うつくしい姿勢だった。若い頃の田崎潤って感じ。一発で姿勢をきめられる人は(芸歴ゆえの巧拙はあっても)気持ちがよい。

津駒さんは横浜とかわらず本当に素晴らしい熱演だった。籠原まで湘南新宿ライン特別快速(一番飛ばすヤツ)でも新宿から1時間かかったけど、心から行ってよかったと思った。2回聴けて本当によかった。

藤蔵さんは最後どうされたのだろう、弦の固定が外れたとか、それとも張ってある皮に損傷があったとかなのかな? その直前にも弦を繰っていらっしゃったが、途中から三味線の音がくぐもったように変わって、結構なお客さんが藤蔵さんのほうを心配そうに見ていた。しばらくすると床世話の方が交換用の三味線を持っていらした。ああいうのは床世話の方が音の変化を聞き分けてスペアをすぐ持ってくるようにしているのだろうか。

 

 

 

*1:去年12月東京の新口村の忠兵衛は「大きなこども」風に演じておられてあれは好きだったな。忠兵衛の駄目さって結局そういうことだと思う。

文楽 9月東京公演『良弁杉由来』『増補忠臣蔵』国立劇場小劇場

なんでこんな渋い演目の取り合わせかというと、明治150年記念企画だから、らしいです。両方とも明治期につくられた演目だとか。道理で人死にが少ないと思いました。

f:id:yomota258:20180601140235j:plain

 

 

 

『良弁杉由来』。

 
 
 
View this post on Instagram

国立劇場(東京・半蔵門)さん(@nationaltheatre_tokyo)がシェアした投稿 -

 

正月に大阪で観たしぃ〜。

とのんびり構えていたが、違った。大阪の方には申し訳ないですが、東京公演のほうが圧倒的に良いです。特に和生さんの渚の方。本当にそういう人がそこにいるようで、逆にここの所作がよかったあそこの仕方が好きとかの感想が特にない。なんか普通にそういうおばあさんがいます、状態と化していた。なんなら和生さんの記憶がない。ただ人形が動いているという現象がそこにあるだけ、まるで絵本を見ているみたいだった。特段個性がどうこうという芝居ではない。すべてが的確で、背後に人形遣いが立っていることを感じさせるような余計な動作がない。新聞の劇評に「手堅い」と出ていたが、まさに「手堅い」感じだった。あえて言えば、「志賀の里の段」で舞を舞うところ、「桜の宮物狂いの段」で桜の枝を子供に見立てて抱いたりあやしたりするところが美しかった。

今回は上演資料集を買ったのだが、そこに文雀師匠の芸談が再録されており、興味深いことが書かれていた。少し長いが、引用する。

 文楽では大役・難役とされる三婆というのがあります。『道明寺』の覚寿、『川中島』の勘助の母、『綱盛陣屋』の微妙を指しますが、私は、今月遣わしてもらう渚の方は、見方を変えれば三婆以上に難しいかもしれない、と思っています。
 例えば『桜の宮物狂ひの段』ですが、ワシに愛児をさらわれて永い間、気の違っていた渚の方が、淀川の水面に映った自分の姿を眺めるうち、次第に心が澄んできて正気に戻るくだりがあります。浄瑠璃ですと
 〽わが俤(おもかげ)の水の面、変り果てたる顔のなみ。ふっと気のつく渚の方。『ハアここは所もいずくぞや。アゝ浅ましや浅ましや…』
 となる部分ですが、ここが実は滅法難しい。つまり、正常の状態から物狂いに移っていくのはさして困難ではありませんで、この場は物狂いから正気に返る逆の変化をたどるわけです。顔の表情であらわすわけにはいきませんし、体全体を遣ったって、“心澄む”という表現は完璧に出来るはずもありません。毎日毎日、人形をどう遣えばお客様に変化が伝わるかを思案して、いまも悩み続けています。

−−渚の方の心情に私の心を添えて…「良弁杉」の吉田文雀吉田文雀・談、川崎一朗・記

映画などでは「正気から狂気」への変化はよく目にするが、たしかに「狂気から正気」への変化は見たことがない。正月公演では何の違和感もなく流して見てしまったが、この文章を読み、今回和生さんがどうされるのかをよく観察してみようと考えた。その切り替わりをどう表現されるのか。該当の場面には脇役の人形は出ていないので、独演になるはずである。それはもっとも興味深いシチュエーションではないか。

結論からいうと、具体的にどう演じるのかは、この文雀師匠の芸談のうちにすでに書かれている。浄瑠璃では「ふっと気のつく渚の方。」となっているので、どこかを契機にパチンと切り替わるのかと誰もが思うだろう。しかし実際には、「淀川の水面に映った自分の姿を眺めるうち、次第に心が澄んできて正気に戻るくだりがあります。」という言葉の通り、川岸の柳のたもとに佇む渚の方が左手を柳の幹に置き、右手で長くしだれた柳の葉をつかみ、珠のすだれのような無数の柳の細い枝のすきまから水面を見て、わずかにゆっくりと顔を動かして真正面を向く、その顔を動かす時間のあいだに「次第に心が澄んできて」正気に戻るのである。つまりグラデーションがあるのだ。その変化の仕草として一番大きいのは目線のつけかただろうか。前半の物狂いのあいだは目線が不安定だが、正気に戻るとだんだん目線が的確になってくる。ただ、物狂いの目線の不安定さというのはわざとらしく変な方向を向いているといったような大げさなものではなく、なんとなく目線がおかしいとわずかに感じる程度で、あくまでニュアンスの演技だ。このあたりはさすが和生さんだと感じた。顕著にわかるのは、下手から入ってくる奈良行きの船に渚の方が乗り込んでから。彼女は船に乗っている客と視線を交わし会釈して頷きあう。前半の物狂いのあいだに心配して寄ってくる村人とは視線を合わせることはなく、彼女が見ているのはあのときの鷲が飛び去った空の彼方なので、この仕草は印象的である。もっとも、正気への変化は人形だけで表現されているわけではなく、義太夫も合わさってはじめて表現されることだと感じた。とはいえ義太夫はあくまで客観的というか、Before/Afterで露骨に変化するわけではないのだが……、うまく言葉にできなくてもどかしいが、正確に渚の方の心情を表現しているぶん、何に・誰に向かってそう話しているかの目的が見えるか見えないかというか……、やはり、語りもすこし違うような印象を受けた。

良弁〈吉田玉男〉は、回による波があった(2回観た)。わずかなことだけど、袂を直す所作がいかに的確かとか、向き直る所作にいかにブレがないかとか……。すこしの変化がかなり目立つ。衣装が特殊で、目に鮮やかな赤い僧衣がほんのすこしの余分な振動も伝わるようなとろみのある生地なのと、ほとんど動かない高僧という難役ゆえにごくわずかなところが波になって見えてるんだと思う。良弁は舞台に入ってきてまもなく、二月堂に向かってゆっくりと二礼する所作がある。普通に見ているぶんには人間が礼をしているかのような至極自然な動きに見えるけど、いかんせんお人形さんなのであれがもう本当に大変そう。そして袂の返し方は相当難しいのでは……。左手側はかなり上手く返していたが……。大変。でも、私の思う玉男さんの良弁のよさはそういう部分とは別次元にあって、それは何十年別れていても良弁が渚の方の子供であること、それが素直に、リアリスティックに出ていたのが好きだった。そのシンプルな清澄さ。最後に抱き合うところなど、老母と青年僧なので、良弁のからだに渚の方が低い位置から抱きつくかたちになるんだけど、感覚的には逆、幼い童子が母に抱きついているように見えた。ふたりの関係は鷲にさらわれて別れたときのままなのだ。そういう、現実的に人形そのものの姿かたちが表すものを超えたピュアさが良かった。渚の方も含め、人形浄瑠璃だけが表現できる感情の純粋さ、感情そのものが形をなして動いているような光景だった。

ちなみに良弁の芝居で私が一番好きだったのは、最後に、渚の方に錦の袋のついた錫杖(?)を少しかがんで渡すところ。もう本当に最後のほうでお客さんも大概落ち着いてきている場面で、所作として見所でもなんでもないと思いますけど、渚の方の手にそっと錫杖を握らせる手つきのその優しさにはっとさせられた。芝居の根幹を左右するところではないが、玉男さんはこういったなにげない手つきの優しさがいい。大きな動きというのは誰にでもできるけど、わずかな部分にその人形遣いの個性が出るということばを思い出した。*1 

床は津駒サン+藤蔵さんほかの「桜の宮物狂いの段」、千歳さん+富助さんの「二月堂の段」ともにとてもよかった。「二月堂の段」では渚の方が良弁の前に引き出されたあたりから隣席のおばあちゃん(それこそ渚の方とおなじ年輩)が泣き始め、二人が名乗り合うところでは逆隣のお姉さんが泣き始め……。かく言う私は「桜の宮物狂いの段」で気が触れた渚の方がわらべ歌(?)を歌うところがあまりに哀れで泣いてしまった。津駒サンが掛け合いのところに配役されているのは非常に納得しかねる部分もあるが、この哀切がモダンに表現されていること、そして彼女の悲しみと裏腹に季節は華やかに桜が咲き誇る春であることのアンビバレンスな両立は津駒サンの語りならではなので、たしかにある意味では的確な配役であるとは思う。やはり雰囲気をねじ伏せられる太夫三味線の力量というのはすごい、と感じた。夜の部の某段はかなり大炎上してたんで……。

 

瑣末ネタ1。休憩時間は大阪公演と同じく「志賀の里の段」に出てくる鷲のデカさに客席の話題持ちきりだった。あのデカさならさらわれても仕方ないよね〜普通諦めるよ〜という同情の嵐。鷲がデカすぎてそこにしか視線がいかなくなり、いつの間に渚の方のティアラがなくなったのか、いつの間に乳母〈桐竹紋臣〉が光丸〈吉田玉峻〉(背中にもろカラビナがついていたのがナイスだった。登山家?)を離したのか、よくわからなかった。大阪では鷲が上空を周回していたように思ったが……、今回の鷲はわりとすぐに飛んでいってしまった。あと、碩太夫さんは単に太夫の末席に並んでいるわけでなく、鷲役なのね……。頑張っておられた。

瑣末ネタ2。「桜の宮物狂いの段」の冒頭に出てくる吹き玉屋〈吉田勘市〉が最後に飛ばすビッグなしゃぼん玉は、キラキラ入り風船を使っていた大阪公演と異なり、本当に浮かんでいる大きめの風船になっていた。そして、千穐楽ではこの風船にデコレーションが施され、客席が盛り上がっていた。

最後にネガティブなことだけど、「二月堂の段」で上手のほうに並んでいる脇役人形さんたちの中に傾いているお人形さんがいるのが気になった。人形遣いが寝ているのか、それとも起きているのに人形が傾いているのか……。後者ならやばいと思う。いや前者もやばいけど。人形が傾いて見えるのには様々な要因があるそうだが、とにかく大変気になるのでがんばって欲しい。でも二月堂はほんと、客席含めてその場にいる人全員の根気勝負だと思う。

 

↓ 2018年1月大阪公演の『良弁杉由来』感想。

 

 

 

『増補忠臣蔵』。 

 
 
 
View this post on Instagram

国立劇場(東京・半蔵門)さん(@nationaltheatre_tokyo)がシェアした投稿 -

 

個人的に9月公演最注目の演目。なぜなら我らの貴公子(プリンス)・玉志さんが本蔵に配役されていたから〜〜〜〜〜。

2年前に大阪で拝見したときは本蔵役は玉也さんで、玉志さんは若狭之助役だった。なので今回は役がランクアップ、楽しみにしていた。玉志さんの武士系じいさん配役といえば去年観た熊谷陣屋の弥陀六のカクシャク具合が印象的だったが(異様に凛々しいジジイで時空が歪んでいた)、今回はどうなるかなーと思っていた。それで実際観てみると本蔵の勢いにびびった。とにかく覇気がすごい。80万石以上あるとこの家老では!?!?!?って感じだった。いま調べましたが若狭之助の領国というのは石見国津和野藩らしくて、赤穂事件が起こったときの石高は4万3千石(wikipedia調べ)なので、18.6倍に石高UP。これならあの場で若狭之助がぶちきれて高師直を🔪していても上杉家をプギーとも言わせず張り倒せる。いやこの勢いならむしろ徳川家の家老役でもいけるというエッジの立ち具合に常軌を逸した何かを感じた。『赤穂城断絶』とか『柳生一族の陰謀』の中村錦之助状態の、完全にヤバいジジイになっていた。

本蔵はそんなにド派手なアクションがあるわけじゃないけど、すべての動作が異様に速いというか、目をギョロリと動かすとかの浄瑠璃に対する反応速度が超速い。人形って言葉からワンテンポほどおいてその動作をすることも多いと思うんだけど、そのワンテンポが0.01テンポくらいしかない。ずっと本蔵を見ていないと、浄瑠璃を聞いて本蔵のほうを見たときにはすでに動きを完了しており、動作を見逃す。突然、プロシュート兄貴のことばを思い出した。この人は人を殺したことがある人ですな。と思った。

しかしそのせいで若狭之助〈吉田玉助〉よりも本蔵のほうに勢いがある。若気で至っているのは本蔵ではないかと思われるくらいの前のめりぶりだ。た、玉助が勢いで負けてる……! ここで勢いで食われたら出てる意味ないぞ、競り負けるな、がんばれっ!!!!と思ってしまった。でも若狭之助はすこし体を傾け右肩を下げ気味にしているのが遠山の金さん風(?)で若気の至り感が雰囲気出ていて良かった。

シャープな印象がより鋭く研ぎ澄まされて、先日の光秀もそうだったけど、最近の玉志さんチョット違う……。時代劇映画でいうと、三隅研次作品に出てきそうな潔癖なドライさと怜悧な清廉さがある。いままでは洗練された所作が美しい、凛々しく清澄な人だと思っていたけど、これからはきっとそれだけの人じゃなくなるのだろう。12月の『鎌倉三代記』の佐々木高綱役が本当に心から楽しみ。

あとは井浪伴左衛門〈吉田玉佳〉がやっぱり「この人形、絶対阪神ファンだよね?」「阪神って江戸時代からあったんだ〜」としか言いようがない感じで最高だった。人形は出が勝負で難しいと芸談などによく書かれているが、井浪伴左衛門は出からして小物オーラとキモオーラに満ちており拍手で迎えられていた。座ってからもせわしなく足をモゴモゴと微妙にばたつかせ、カサカサ動いているのがキモすぎて、三千歳姫〈吉田一輔〉がはじめからキモがらないのが不思議なくらいだった。なんかしきりにウゴウゴしてるんだよ。普通、あんな格好でせわしなくゴソゴソしてる人とははじめから一切口聞きたくないと思う。三千歳姫は途中まではまともに対応しているところが本当に偉い。全身黄色と黒のシマシマの人が電車で隣の席に座ってきたら、普通、席を立つ(江戸時代に電車はないし姫は電車に乗らない)。

前々から不思議に思っているのだけど、キモ腰巾着キャラやキモ番頭キャラがよくやる謎のセクハラ、あれはどれくらい「やる」ということになっているのだろう。どれくらいというのは、文楽人形のセクハラってだいたい「ひざに頰ずり」とかじゃないですか。でもその度合いに演目や配役によってやや違いがあると思う。今回の『増補忠臣蔵』の井浪伴左衛門だと三千歳姫の袖を取って顔を擦り付けるっていうか拭く(顔の脂がつきそうでものすごくキモい)というマイルドなセクハラだった。もっといってもよさそうなところ、そこはさすがに身分差設定による遠慮だったのだろうか。とはいえ、演目によって胸を掴むなどのもっとダイナミックな行為に及ぶ人(人形ね!)もいるそうだし、幼い子供が母親に甘えてる状態になっている人もいるので、それは演技として昔から決まっていることなのか、人形遣い同士の関係によるアドリブなのか、事前の打ち合わせで決めていることなのか、気になる。今までに見たセクハラで一番印象に残っているのは、おととしの『伊勢音頭恋寝刃』でお紺(簑助さん)が岩次(だっけ?確か玉輝さん)に膝に頬ずりされて、めっっっっっっっっっっちゃ嫌そうに顔を背けていたこと。あの嫌悪ぶりはすごかった。あともういっこは詳細を秘密にしときたいんですけど、あるとき見たものはセクハラされる側の人形遣いがおにいさんで、する側が若めの方だったんだけど、もう、する側の方のおにいさん大好きぶりが演技に出ていて、ママと坊や風で可愛かった。

さいごに三千歳姫が琴、本蔵が尺八で合奏するところ、本蔵の尺八の吹き替えはどうも下手の御簾内でやっているようで、本当に人形が持っている尺八から音がしているみたいで不思議だった。マジカルぶりにキョロつく客席。本蔵はさすがに指を動かせないのだが、三千歳姫は上手の一間で器用に琴を弾く。床でホンモノの琴を演奏している燕二郎さんのお手元と見比べてみたが、わりと手のフリが合っていて驚きだった。人形遣いさんたちが曲を覚えておられるということだと思うけど、よく観察していると手の動かし方が結構合っているのだ。そして、あの微妙な前傾姿勢を続けるのも大変だろうなと思った。

以上は人形の感想だが、『増補忠臣蔵』は床が大変よく、滋味ある枯淡な演奏で中堅層の人形を見事に引き締めていた。渋い演目ならではの派手さを抑えた静かな聞きどころが多かったと思う。ディテールある語りはさすがベテランだと思った。手すりと床のこのバランス、いいなあ。

 

↓ 2016年10・11月大阪公演の『増補忠臣蔵』感想。あらすじ付きです。

 

 

 

 

冒頭にも書いたとおり、このプログラム編成は明治150年記念事業によるものだが、良弁杉ってぶっちゃけ和生さんいなかったら上演できないと思う。万が一、和生さんがお風邪でも召されて休演なさったら、あの3時間どうやって間を持たすつもりだったのか。覚悟が決まりまくった演目だと思った。しかし本当に演目選定が渋すぎて、首の転がり数に物足りなさを感じた。というのは冗談で、やはり1演目は普通に近世の時代物をやって欲しいところだった。おそらくほとんどの観客がそう思っているだろう。

ところで国立劇場のインスタ、最近やっと技芸員名タグをつけてくれるようになったんですが、なんで玉志さんにはタグついてないんでしょうか。番付の格で区別してるのか? それともご本人が拒絶なさってるんでしょうか?????

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:そういえば第二部・夏祭の磯之丞役の勘彌さんの、気づいたら女の肩に手ェ回してるさりげなさすぎの所作も最高にゴミクズでよかった。もちろん、めちゃくちゃ褒めてます。