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麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

映画の文楽4 内田吐夢監督『浪花の恋の物語』2:ふたつの「新口村」

*第1回の記事はこちら

 

あの有名な「新口村」……と言われても、古典芸能が好きな人以外には通じないと思う。なので、まず、文楽人形浄瑠璃)で「新口村」と呼ばれている演目について説明したい。

「新口村」が何かというのは、文楽や歌舞伎を観る人なら誰もが知っていることではあるんだけど、観ない人にはわからない、つまり、観ていなかったころの自分は知らなかったこと。そのため、今回この記事を書くためにあらためて調べ直したことを含め、細かめに解説を書いておきたいと思う。

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┃ 「新口村」とは

映画公開当時も含めて、現在、文楽で一般に通称「新口村」と呼ばれている演目は、後世(近松没後)につくられた『冥途の飛脚』の改作『傾城恋飛脚』の「新口村の段」のことだ。

『傾城恋飛脚』は、『冥途の飛脚』(正徳元年(1711)以前の初演)からおよそ62年以上もの後、菅専助・若竹笛躬の合作で安永2年(1773)12月に初演された人形浄瑠璃。『冥途の飛脚』から事件の概要、登場人物、ストーリーの骨子・展開を大幅に流用し、そのうえでめちゃくちゃコッテリした味をつけたような内容。原作がおだしでさっぱり仕上げた明石焼きだとしたら、こちらは濃厚ソースとマヨネーズ、それにかつぶしも青のりもいっぱいかけた、ソースたこやきって感じ。

場面構成は『冥途の飛脚』のそれに対応していて、大枠の内容は相似性が高い。「新口村の段」は、このうち最後の場面にあたる。

以下に、文楽現行の『傾城恋飛脚』「新口村の段」の概要を解説する。ここに至る前提は基本的に映画と同じなので、そのまま読んでいただけると思う。(アンダーライン箇所が『浪花の恋の物語』に使用されている部分)

「新口村の段」文楽現行

忠兵衛の親里・大和の新口村には、田舎に似合わない季節候(門付け)や古手買いが姿を見せていた。彼らの正体は、忠兵衛を探す追手だった。

そんな中、忠兵衛は梅川を伴い、実父・孫右衛門と縁故のある忠三郎という男の家を訪ねる。しかし忠三郎はあいにく留守で、最近この村へ来たばかりというその女房が対応に出る。忠三郎の女房は目の前にいる男が忠兵衛とも知らず、「封印切をして傾城を買い逐電したという孫右衛門の息子」の噂、この村にも追っ手が迫っている話をまくしたてる。忠兵衛は彼女に外出中の忠三郎を呼びに行ってくれるように頼み、梅川とともに留守を預かることにする。

忠三郎の家の中から二人が往来を眺めていると、忠兵衛にとっては懐かしい村人たちが通りすぎていく。そして、その中に父・孫右衛門がこちらへ歩いてくる姿を見つける。忠兵衛は養家への義理から孫右衛門の前に出ることはできず、その姿を拝むのみ。しかしそのとき、孫右衛門が足を滑らせて転んでしまう。出るに出られない忠兵衛、梅川は思わず走り出て、孫右衛門を抱き起こし、忠三郎宅の上がり口へかけさせて介抱する。持っていた懐紙で下駄の鼻緒を直してくれる梅川を不思議な思いで見ていた孫右衛門だったが、身なりや様子から彼女が息子・忠兵衛が連れて逃げたという遊女だと気付く。

孫右衛門はそれなら忠兵衛もすぐそばにいるだろうと考えるが、何も知らぬふりをして、不肖の息子の噂、養子に出して縁を切っていたことを慧眼と言われることの辛さ、それでも、身請けのために金がいるのなら養家へは黙って相談してくれればよかったのにと心境を語り、嘆き悲しむ。孫右衛門はせめて二人を少しでも遠くへと逃がそうと、「先ほどの介抱のお礼」という建前で梅川へ金を渡す。自らのせいで愛する忠兵衛を咎人にして、追われる身にしてしまったことを孫右衛門へ告白する梅川。孫右衛門は忠兵衛ともう一度会いたいと思うものの、忠兵衛はお上に追われ、それをおびき出すために義母妙閑は牢に入れられている状況。もし実の父である自分が会ってしまえば、みずからが訴人しなくては義理が立たない状況であり、そんなことは出来ない孫右衛門は忠兵衛に会うことを頑なに拒む。梅川はそれを憐れみ、「顔を見なければ許されるだろう」として、持っていた手ぬぐいで孫右衛門に目隠しをする。忠兵衛は孫右衛門の前に飛び出し、親子は手を取り合って再会を喜ぶ。

しかしそのとき、多くの人の足音が聞こえ、孫右衛門はこの家に追っ手が迫っていることに気づく。捕手たちが周囲に迫りくる中、孫右衛門は二人を裏口へ押しやる。そのとき偶然にも捕手の頭に「梅川忠兵衛」が捕まったという知らせが入り、捕手たちは道を引き返していく。老父は足元に気をつけよと叫びつつ、小さくなっていく二人の影を見送るのだった。

養子先への義理から、それぞれ実父・息子に顔を合わせることができない忠兵衛・孫右衛門の葛藤を描く内容で、特に、いくら義理に苛まれていても実の息子への気持ちを捨てることができない孫右衛門の感情吐露(それもあくまで義理立てして語る)が物語の中心になっている。孫右衛門は義理を立て続けようとしつつも、最終的には人間らしい感情、言い換えると一種の弱さが勝ち(それが物語上肯定され)、最後にごくわずかな時間だけ、忠兵衛へ会うことができる。

映画に使用されている梅川のクドキ*1、「めんない千鳥」と呼ばれる目隠しをしての再会*2は、「新口村」の中でも見せ場。映画に取り込まれているのも理解できる名場面である。

しかし、近松作の『冥途の飛脚』にも物語の最後に、名前もそのまま「新口村の段」という、忠兵衛が梅川とともに故郷新口村の父に会いにいく段は存在している。ならば、この映画のクライマックスはなぜ近松原作の「新口村」の人形浄瑠璃にしなかったのだろうか。

 

 


人形浄瑠璃『冥途の飛脚』『傾城恋飛脚』の上演史

ここまでのドラマパートが『冥途の飛脚』準拠であるにも関わらず、クライマックスの人形浄瑠璃がなぜ『傾城恋飛脚』なのか? この構成そのものについては、公開当時の文楽の上演状況を知っている人だと「まあそれもあるんでは」と感じるのではないか。

なぜなら、当時は文楽でもそういう上演のしかたをしていたから。

は?と思われるかもしれないが、『冥途の飛脚』と銘打っておきながら、『冥途の飛脚』の結末「新口村の段」を『傾城恋飛脚』の結末「新口村の段」に差し替えて上演するという形態は、かつての文楽では時折行われていた。

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※注:段名表記は時代により異なるが、現行に揃えて表記する。

歌舞伎ではこのような上演はされないので気づきにくいが、文楽ではかなり長いあいだ、慣例的にこの方式の上演が行われていた。もっとも、最近ではこの上演方式はとられていないため近年のファンは知らず、私もこの事実は文楽を観慣れてきてから知ったことだった。

そのため、この映画に対して、作品への事実誤認があるとか、逆に、まったく違う作品同士を組み合わせる卓抜な発想であるとかは、ちょっと違う。

はい、以上、疑問解決!!!!!!!!!!!

……となるところなのだが、今回はもう少しよく考えてみたい。そもそも、こういう上演形態になっていったのはいつからで、どういう経緯をたどってのことなのだろうか。この状況に至った経緯を確認するには、人形浄瑠璃での『冥途の飛脚』および『傾城恋飛脚』の上演史を振り返る必要がある。

そこで、国立劇場が発行する上演資料集をベースに『義太夫年表』等を使い、『冥途の飛脚』初演から現代に至るまでの上演の記録を調べてみることにした。

 

 

伝承形態

文楽人形浄瑠璃)は伝統芸能なので、初演当時からすべての演目がしっかり原型そのまま脈々と伝承されているかのように思われるかもしれないが、実はそうではない。廃曲(伝承されなかった作品)も多いし、現在に残っている曲であっても、すべての作品が初演当時のままで残っているわけではなく、断絶からの復活、別の作者による改作の混入、部分的にカットしての上演など、さまざまな加工が行われていることがある。また、たとえば人形が一人遣いから三人遣いへ移行する、三味線の演奏技法が発展するなど、人形浄瑠璃という芸能そのものの技術発達による変更点も発生している。つまり、必ずしも現行曲は初演の原型そのままに上演されているとは限らない。

『冥途の飛脚』をはじめとする近松の世話物に関しては特に注意が必要で、長い時間の流れによって上演と断絶、復活と改作が大変複雑に入り組んだ状態になっている。極端な例を挙げると、現代の文楽でもっとも有名であろう演目『曾根崎心中』は、本来は初演後すぐに断絶し、戦後になって復活されたものだ。なので、『曾根崎心中』は本当は「伝統的な演目」ではない。現行で上演されているものは初演時を復元して復活しているわけではなく、当時の方針等によってカット・改変を行なっている。これもまたいまとなっては一般には知られていない情報になってしまっていると思う。

 

初演・改作・復活の過程

そんな中、『冥途の飛脚』は江戸時代から伝承されている曲だ。とはいえ、厳密には『冥途の飛脚』は初演当時から絶えることなく脈々と受け継がれてきたというわけではない。この曲は、初演(正徳元年(1711)以前)の後はほとんど再演の記録がなく、一旦断絶する。*3

正徳3年(1713)、人形浄瑠璃で改作『傾城三度笠』が上演。作者は紀海音で、登場人物は『冥途の飛脚』から取られている部分が多いが、この段階で話はかなり盛られている。忠兵衛が封印切りを確信的に行うこと、友人の性格等の設定が大きく異なり、ほぼ別物のように思う。この演目の再演記録はない。

近松死没・紀海音引退後、合作制が確立した発展の時代を経て、延享・寛延期 1744-50 に人形浄瑠璃は全盛期を迎える。現在に残る人形浄瑠璃の代表作『夏祭浪花鑑』『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』等の初演はこのころ)

宝暦7年(1757)、歌舞伎『恋飛脚大和往来』が上演される*4。これは大変な好評を博して繰り返し再演され、「新町封印切の段」は上方和事の代表演目になるまでに人気を得る。

(宝暦〜天明期 1751-88 は、作者として竹本座には近松半二、豊竹座には菅専助が登場。人形浄瑠璃の技巧発展全盛期を迎える。この時代の代表作は『本朝廿四孝』『妹背山女庭訓』『伊賀越道中双六』『桂川連理柵』など)

安永2年(1773)改作『傾城恋飛脚』が上演される。『冥途の飛脚』原作からはおよそ62年以上経っての改作だが、これは歌舞伎『恋飛脚大和往来』等の人気を受けてのこと。「新口村の段」は大変な好評を得て、以降、それのみでの単独上演が見られるようになる。

(寛政期以降 1789- は人形浄瑠璃業界の風潮が変わり、新作上演より芸の練磨・伝承が重視されるようになって、再演が多くなる)

寛政6年(1794)、歌舞伎『恋飛脚大和往来』の人気を受けて、改作『傾城恋飛脚』の全段通し上演が行われる。

文化2年(1805)、四世竹本染太夫により、原作『冥途の飛脚』の中の巻「新町の段」(現行「封印切の段」)が復活。そして文政3年(1820)、おなじく四世竹本染太夫によって上の巻「飛脚屋の段」(現行「淡路町の段」)が復活。これに復活済みの「封印切の段」、そして「新口村の段」(おそらく『傾城恋飛脚』)を加えた通し上演が行われた。

これ以降、原作『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」は、今日まで断続的に上演され続けることになる。ここから、『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」→『傾城恋飛脚』「新口村の段」という原作・改作混在の通し上演の形態がはじまったようだ。

また、この原作復活は好評を得て、天保年間(1830-1843)には原作「淡路町の段(飛脚屋の段)」「封印切の段(新町の段)」の一般向け稽古本も刊行されたらしい。

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「原作・改作を混在させて通し上演する」という状況は、勝手なイメージでなんとなくもっと近年始まったことかと思っていたが、1820年からその状態なら、もう、むしろそれが伝統的だよね……。

このような混在通し上演が多かったのは戦前まで(特に明治期)のようだ。昭和期に入ると、混在通し上演であっても改作「新口村の段」の段名表記を「大和往来新口村」としたりして、別の狂言だとわかるよう区別されていることもある。また逆に、1日で『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」→『傾城恋飛脚』「新口村の段」の通しを行わず、演目入れ替え(二の替わり等)で公演前半と後半に分離させるなど、ワンセットであることを示唆しつつ区別をつけた上演もみられた。

こうして上演状況を確認していくうち、改作「新口村の段」の見取り上演の頻度の高さに驚いた。特に文楽協会設立以前(昭和30年代まで)の「新口村」の上演頻度はかなり高い。私はいままで改作の「新口村の段」は原作のオマケみたいな感覚で観ていたけれど、実際にはかつては『冥途の飛脚』自体よりも『傾城恋飛脚』の「新口村の段」のほうが有名だったのだろう。

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※注:『國文学 解釈と教材の研究』2000年2月号掲載「文楽で聴く近松心中天網島・冥途の飛脚・心中宵庚申−」の論考では、改作「封印切の段(新町の段)」は文政の原作復活以降すたれたとみなされている。*5

 

しかし、『冥途の飛脚』と『傾城恋飛脚』は同じ話の書き換え・同一構成ではあるものの、実は主要登場人物の性格設定に大きく異なる点がある。『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」→『傾城恋飛脚』「新口村の段」と続けて上演したときには話がつながらなくなって観客の混乱を招く。そのため、現在の文楽本公演では『冥途の飛脚』と『傾城恋飛脚』は必ず別立てで上演を行うようになっている。

この「くっつけたときに話のつじつまが合わなくなる」は、この映画を読み解く重要なヒントになると私は考えている。

 

外題表記の混乱

こういった原作・改作混在の通し上演に加えてややこしいのは、外題(上演演目名)表記の混乱だ。原作の『冥途の飛脚』という外題は、文政の復活上演依頼、長い間使われなかった。大正中期までは『傾城恋飛脚』『恋飛脚大和往来』の外題を使いながら、実際には原作『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」『傾城恋飛脚』「新口村の段」を上演しているという状況が続いていた。

このような慣例記載について、当時の観客がなんとも思っていなかったかというと必ずしもそうではなかったようで、『浪花名物 浄瑠璃雑誌』大正3年(1914)10月号に掲載されている同年9月の文楽座9月興行劇評には以下のように書かれているので、当時からマニアは切れていたようだ。この公演も『恋飛脚大和往来』という外題で、実際には『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」→『傾城恋飛脚』「新口村の段」の原作改作混在通し上演を行なっていた。

(前略)併し殊に可笑しきは番付口上近松研究の第二回として冥途の飛脚を上場いたし相演じ云々と麗々しく書立てたるにも拘らず外題表には恋飛脚大和往来とあり、為に一見世の近松研究者を蔑視したるかの感あり、斯る大矛盾に気の付かざる筈はなけれども(以下、文楽座の興行体制についてぶち切れ続ける。文楽座は斯界の「最高学府」にも関わらずこのようなことを平気でしているのは嘆かわしくお先真っ暗等、痛いヲタ独特の長文が延々と……)

『冥途の飛脚』という外題が復活されたのは、大正9年(1920)9月。しかし、これはすぐに定着したわけではなく、その後も『恋飛脚大和往来』『傾城恋飛脚』の外題での上演も行われ続けた。

現在の文楽本公演では、かならず『冥途の飛脚』の外題で上演している。しかし、文楽劇場開場(1984)以前、すなわち朝日座時代の大阪公演では、内容は『冥途の飛脚』であっても、『傾城恋飛脚』という外題で上演していた(東京公演では同時期であっても必ず『冥途の飛脚』)。理由がよくわからないが、上方演劇界の慣例を踏襲していたのだろうか……。文楽劇場開場後は、東京公演・大阪公演とも『冥途の飛脚』で統一されている。*6

 

 

 

以上が『冥途の飛脚』『傾城恋飛脚』をめぐる人形浄瑠璃の上演史。

各段の原作・改作の錯綜は、予想していた以上に複雑な状況だった。文楽現行曲の各作品の上演史というのは基本的には国立劇場が刊行している上演資料集を参照すれば江戸時代の初演からの歴史が詳細に載っている。これがもっとも手軽な調べ方だ。が、今回、『冥途の飛脚』『傾城恋飛脚』の上演資料集を見てみたところ、両者で記載が曖昧に混在していた。調べたら、両作がどのように上演されてきたのかの研究整理は遅れており、いつ・どっちの・どの段が舞台にかけられていたのかが整理確認されてきたのは近年のことらしい。人形浄瑠璃は歌舞伎・能楽に比べ研究が相当少ないというのは知っていたが、近松ものの有名作さえ、ここまで基礎的な情報整理すらされていなかったんだと驚いた。

以上の上演状況の変遷確認は、『國文学 解釈と教材の研究』(2000年2月号/学燈社)掲載の内山美樹子「文楽で聴く近松心中天網島・冥途の飛脚・心中宵庚申−」を参考にしつつ、上演資料集の記録をベースに『義太夫年表』各巻の番付(人形配役等)で検証した。*7

 

クライマックスの「新口村」が原作でない理由は、改作のほうが人気があるからそうしたというのではなく、率直には原作は廃曲だからだろう。原作の文章だけでも残っているならそれをもとに曲をつけて新しく作ればいいではないかと思われるかもしれないが、人形浄瑠璃の復曲というのは莫大な労力がかかる作業。原作の研究、作曲、人形の振り付け等を起こして実際に舞台にかけるまでは数年の時間と多大な労力を要する。仮に映画制作側からどうしても『冥途の飛脚』の「新口村の段」でやりたいという強い要望があったとしても、この映画のみのために短期間で(かつ、当時の文楽座三和会の体力で)すぐにそれを実現することは難しかっただろう。国立劇場系列はたまに古い演目を復曲するが、『冥途の飛脚』「新口村の段」の復曲は行われていない。(なぜ復曲しないのかは、国立劇場系列が刊行しているパンフレットを読むとなんとなくわかる)

しかし、近松原作を重視して、原作通り(原作をトレースした内容)の映画にしたいなら、脚本として近松の作劇術を謳うようなオチにしなければいい、あるいはラストシーンに人形浄瑠璃を使わなければいいはずだ。にもかかわらず、この映画はどうしてこのような混在形式になっているのだろう。

私は逆に、『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」→『傾城恋飛脚』「新口村の段」という原作改作混在の「通し上演」を映画化すること自体がこの映画の趣旨だったのではないかと考えている。むかしは、観客も出演者も両者が別物と認識しつつ、“梅忠もの”という大括りの「ジャンル」でこの二つの作品を理解していたのだと思う。ただ、観客はどのように「同じもの」「別物」と認識していたのか? 相当もやっとしていたのではないか。私は、それがこの映画の構成に影響を与えているのではないかと感じている。

 

その理由を述べる前に、もうひとつ気になっていることがある。それは、この人形浄瑠璃「新口村」での人形の演技が、現行の文楽公演と異なっていることだ。(つづく)

  

 

 

TIPS. 2 歌舞伎での上演状況

歌舞伎での改作『恋飛脚大和往来』は、「生玉の場」「亀屋の場」「新町揚屋の場」「新口村の場」で構成されており、このうち現在まで残っているのは「新町揚屋の場」「新口村の場」のみとなっている(「新口村の場」の前に道行がつく等の方式もあり)。

各場面での構成は『冥途の飛脚』に対応していて、「新町揚屋の場」は『冥途の飛脚』「封印切の段」、「新口村の場」は「新口村の段」に相当する。ただし、『傾城恋飛脚』と同じくかなりの脚色(類型化)が行われており、主要登場人物の性格が大きく異なっていたり、忠兵衛の封印切に正当性をもたせる演出をする場合があったりで、原作からの乖離は相当著しい。というか、歌舞伎の場合、それどころではすまない破天荒なことが起こっていたりするんですが……。

現在、舞台にかかる場合は、「新口村の場」のみで見取り上演される場合が大変に多い。ほか、「新町揚屋の場」のみの見取り上演、「新町揚屋の場」「新口村の場」で通し上演をする場合もある。

*原作『冥途の飛脚』の歌舞伎上演は明治以降。

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┃ 参考文献

*1:人形浄瑠璃で、女性登場人物が心情を述懐すること。女性登場人物が悲しみ等で心情が昂ぶらせる場面ではこのような「クドキ」が入る。歌うような節付けと舞踊的な振り付けを伴い、女方の人形にとっても派手な見せ場となる。

*2:浄瑠璃の詞章に「めんない千鳥」とあることから、孫右衛門が目隠しをして忠兵衛と手探りで再会する部分をこう呼ぶ。歌舞伎ではよく使われる用語のようだが、現代の文楽では特段言われないかも。「めんない千鳥」とは、京阪において目隠しをして逃げた子を捕らえる子どもの遊びをいう。

*3:一度だけある記録は番付等ではなく、『音曲猿口轡』記事によるもの。

*4:現存最古の台本は寛政8年(1796)。初演記録は歌舞伎年表による。ただし初演時の内容が現行と同じかというと違うらしい。

*5:ここで若干気になるのが、内山美樹子氏の考証では

改作「新町」が廃れたかとみなされる根拠の一つは、番付の人形役割に改作「新町」で活躍する槌家次右衛門の名が全く見えないことである

※引用者注:槌屋次右衛門=梅川の親方。梅川の忠兵衛への思いに理解を示し、まわりがギャンギャン騒いでも他人に身請けされないよう配慮してくれるイイ人。

と書かれているにも関わらず、『義太夫年表』明治篇・大正篇の番付には槌家次右衛門ほか、改作の封印切にのみ登場する役の人形配役がついていること(徳川期は人形配役表記なしの番付も多く、役の有無が判定できない)。表記があるのに「全く見えない」とまで断言されているのは、義太夫年表が間違えているかな(私が見ているものの版が古いのかな?国立劇場の図書室のと国会図書館のを使ってるんだけど)。それとは別に役名の揺れとして、原作の太鼓持ち伍兵衛など茶屋にいる脇役男性を指さないとも限らないというのはわかるが、少なくとも下記のうち大正9年と13年は同時に伍兵衛の配役もついているので……。昔の人形浄瑠璃、役名が一定しないのでなんとも言えませんが……(ほかにもイレギュラーとしては、歌舞伎『恋飛脚大和往来』にしか登場しない「槌屋おえん」役の人形配役がついている公演もある。おそらくこれは原作の花車のことを指してこの役名にしているか)。

  • 明治39(1909)4月・御霊文楽座『恋飛脚大和往来』(淡路町+封印切+新口村の通し)→「槌屋次右衛門」「判人由兵衛(改作・封印切にのみ登場する身請けの仲介人。端的に言ってせこい女衒)
  • 大正9年(1920)9月・御霊文楽座『冥途の飛脚』(同通し)→「槌家次右衛門 ※これは主役格を遣うような格の高い人形遣い(吉田辰五郎)が配役されているので、素人目には改作の可能性がある気がしますが……。」「判人由兵衛」
  • 大正13年(1924)2月・御霊文楽座『冥途の飛脚』(同通し)→「槌屋次右衛門」

仮にこれらが改作ではなく原作だとすると、改作「封印切の段(新町の段)」の最後の上演は、もっとも早くて文化13年(1816)にまで遡るかも。

また、同論考での改作「封印切の段」廃曲の根拠として、安政2年(1855)、慶応2年(1866)、明治22年(1889)に行われた改作「淡路町の段」+「新口村の段」通しという、「封印切の段」を抜いた特殊な上演方法に着目している。※改作であるか否かは推測。明治22年(1889)は『傾城恋飛脚』にのみ登場するおすわ(妙閑の姪で忠兵衛の許嫁)、梅川忠兵衛(梅川の兄)の役が人形配役に見られるので、まず改作と思われる。

*6:国立劇場国立文楽劇場は基本的に正本準拠で外題表記を行う。そのため、民間公演とは表記が異なる場合もある。

*7:この手法は一般図書館でもできるようないちばん手軽な手段なので、素人が判定できることは限られているけど……。検証していると上演資料集と義太夫年表で齟齬のある点がみられ、より細かい調査をするなら相当大変だと思った。それにしても上演資料集は「文楽座の忘年会でやりました💓」とかまで載ってるんですね……。師匠主催の勉強会@師匠ハウスはまだわかるけど(上演劇場の表記が突然の個人宅)。関係ないけど義太夫年表の新刊は今秋に出るらしいです。

映画の文楽4 内田吐夢監督『浪花の恋の物語』1:クライマックスへの疑問

内田吐夢監督の映画に、『浪花の恋の物語』(昭和34年(1959)9月公開)という作品がある。内田吐夢は『妖刀物語 花の吉原百人斬り』『恋や恋なすな恋』など何本かの古典芸能原作の映画を撮っているが、『浪花の恋の物語』はそのうち人形浄瑠璃を原作・題材としている作品だ。また同時に、当時の人形浄瑠璃の芝居小屋(竹本座)の内幕を舞台としていることも興味深い。

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私、この映画、文楽がどうこう以前に、映画として大好きなんですよね。東映京都撮影所というインフラがあり、時間もお金もかけて映画が制作されていた頃の密度の高い大作時代劇だし、俳優陣のパフォーマンスもきわめて高い。監督としても映画会社(東映)としても、また、歌舞伎出身である主演俳優(中村錦之助)も力を入れた企画であると思う。

しかし、この映画に対して「ヘンだなあ」と思っていることがある。それは普通に映画を観ていただけのときには気付かなかったのだが、文楽を観るようになってから「なぜそんなヘンなことになっているのか」とだんだん疑問が大きくなってきた。私が抱いている疑問の答えを知っている人はいると思うし、当時の関係者に聞けばわかることだろう。しかし、今回は自分のできる範囲で、文楽人形浄瑠璃)という切り口から疑問解決へのアプローチをしてみたいと思う。

今回の記事は長くなるため、記事を何度かに分けて書いてみたいと思う。まず第一回目の今回は、『浪花の恋の物語』の内容を振り返り、その疑問点について書く。

 

 

 

┃ 『浪花の恋の物語』の概要

本作『浪花の恋の物語』は、江戸時代の大坂、正月、『曽根崎心中』の大ヒットから時が経ち、有力な太夫筑後掾(竹本義太夫)の逝去によって再び閑古鳥が鳴くようになった人形浄瑠璃の芝居小屋「竹本座」を舞台にしている。桟敷で見物していた小豆島のお大尽(東野英治郎)は、客入りの悪さから浄瑠璃作者の近松門左衛門片岡千恵蔵)を呼び出そうとしている。お大尽は竹本座を贔屓にしており、商売になるなら金主になってやってもいいと考えているらしく、金に困っている竹本座の座主たちはこのお大尽を厚遇していた。一方、小屋の平土間のいちばんうしろで舞台を見ていた近松は、客入りには芝居の内容が重要であると考えているのだった。

そんな竹本座へ、ひとりの若い男がやってくる。桟敷で見物している飛脚屋、亀屋の後家・妙閑(田中絹代)と娘・おとく(花園ひろみ)のもとへ弁当を届けにきたのである。その男は、亀屋の養子・忠兵衛(中村錦之助)であった。青白い顔をした優男だ。おとくは兄も一緒に見ていけばと提案するが、妙閑はそれを許さない。忠兵衛は江戸から届ける金子を持っていた飛脚が「封印切」をしたこと、そのために近隣の組合に加入する飛脚屋が役人に集められる寄り合いがあることを話して帰っていく。

と、ここまで見ると、この映画が浄瑠璃『冥途の飛脚』を下敷きにしていることがわかる。

この映画には、梅川(有馬稲子)と忠兵衛の出会い、そしてその結末までが描かれている。二人は『冥途の飛脚』そのままの運命をたどる。これを見ているのが近松門左衛門だ。ただし、近松はあくまで傍観者であり、二人に干渉することはない。ただ偶然、そこに居合わせ続けるだけだ。

おもしろいのは、この映画の「結末」。長くなるが、この稿で私が語りたいことはすべてここからはじまるので、順を追って解説する。

 

 

 

┃ 封印切の果てと近松の作劇

忠兵衛は小豆島のお大尽が梅川を身請けしようとするその仮祝言の満座の中で封印を切ってしまう。封印切は大罪だ。とくに私欲のために武家の金に手をつけたとあっては獄門は免れない。梅川の主人である槌屋の親方はそれを通報し、その夜のうちに亀屋妙閑は引っ立てられる。

翌朝。道頓堀の町には封印切の瓦版が出回り、竹本座の楽屋もその噂で持ちきりだ。しかし近松は無言で大雪の中を帰宅して机に向かい、当人たちばかりではなく、彼らを心配しているであろう親の心中を案じる。

ここで画面が切り替わる。雪の中、山狩りをする役人や捕手衆の姿。田舎道の片庇の小さな小屋に、粗末な姿で身を寄せ合う忠兵衛と梅川。*1忠兵衛が貧しい民家の木戸を開けると、中ではみずぼらしいなりの老婆がうずくまって苦しんでいる。忠兵衛と梅川は驚いて老婆を介抱するが、追っ手の足音が聞こえ、思わず家の奥へ隠れる。役人たちが去った後、梅川は老婆を母に似ていると言って背中をさすってやる。それを見た忠兵衛は梅川を呼び、ここで別れようと言い出す。槌屋で切った封印の正体はやはり武家の急用金であり、自らの行く末は諦めているゆえ、梅川は京都の母に会ってから訴え出れば無事にもとの勤めに帰れるだろうと言う。しかし梅川はその口を塞ぎ、それは薄々知っていたことだと言う。忠兵衛が新口村の父に会いに行ったあと、自害するだろうと見抜いていたのだ。逃げて逃げ抜いて、どこまでもついて行きたいと。忠兵衛はひたすら梅川を抱きしめるのだった。

画面が切り替わり、ふたたび大坂の近松の自室。竹本座の座本・竹田出雲が訪ねてきて、もうすぐ初日だからと次の芝居の台本の進行を問うてくる。あの一件をありのままに書き、封印切を見せ場として寂しい道行をつけ、「御用だ」でしめれば芝居ができると言うのだ。しかし近松は「あったことを土台にして、情(じょう)を写さななりまへんのや」と返し、槌屋で執筆するとして再び出かける。槌屋にやって来た近松が梅川の可愛がっていた下働きの少女と話していると、梅川と忠兵衛が忠兵衛の故郷・新口村の入り口で捕まったという知らせが入ってくる。やはり親里へ向かっていたのか……、近松は筆を握りながら、「人間やもん、間違いすることもあるやろ。男かわいそうには獄門、女は二度の勤め。ほんまはそうなるやもしれへん。が、わしの筆はそこまで不人情にはなれへん。舞台の上では……」とつぶやく。

ここで突然柝の音が入って画面が切り替わり、真っ暗な背景の中、揃いの黒の着付の忠兵衛と梅川が姿をみせる。「〽落人のためかや今は冬枯れて……」と清元が入ってくる。傘を差し、舞踊的な足取り・所作の二人。白粉と紅でうつくしく化粧された顔。その足元、行く先に見えるのはまっすぐな白い道、これは花道だ。バックの暗幕が落ちると、そこは本舞台。雪持ちの竹林の大道具が出ていて、雪が降っている。それが下手に引かれていくと、在所の粗末な家の書割、そして「新口村」と書かれた標柱が芝居の大道具としてあらわれる。*2

再び柝の音が入ると、そこはやはり槌屋である。周囲が騒がしくなり、梅川が連れ戻されてきたという声が聞こえる。近松が障子を開けると、廊下には黒い布をかけられ、朋輩たちに助けられながらよろよろと歩く梅川の姿が。自室に帰され、黒い布が落ちたその姿は、別人のように無残に泣き乱れている。梅川は忠兵衛と引き裂かれた瞬間を思い出し、突然部屋を飛び出す。下働きの少女の叫び声に近松が中庭を見ると、梅川は井戸へ身投げしようとしていた。近松は慌てて彼女を抱きとめるが、親方から「勝手に死なせるわけにはいかない、お前の体には金がかかっている」と言われ、梅川は「遊女は死ぬことさえ自由になれないのか」と近松にすがりつく。近松は梅川が親方らに引かれていく姿をただ見送るしかなかった。

ここで突然義太夫三味線の音が入り、また画面が切り替わる。ふたたび背景暗黒、そこにぽつんと立った黒着付の梅川の姿に、「〽大坂を立ち退いて、私が姿目に立てば……」という義太夫がかぶってくる。彼女はまるで人間でないような無機的な表情と振りで、義太夫に合わせて踊っている。

と、また画面が突然切り替わり、人間だったはずの梅川は黒着付はそのままに、まっしろな顔をした娘の人形へと姿を変えている。背景は貧しい田舎家の大道具。人形浄瑠璃の舞台だ。「金より大事な忠兵衛さん、科人にしたのは私から、お腹も立とうが、因果づくと……」、彼女の上手側には、白髪の老爺の人形がうなだれて座っている。奥の一間の障子が薄く開き、若い男の人形が二人の様子を伺っているのが見える。

画面は近松のアップに変わる。おや、平土間席の一番後ろというセンセイの定位置ではない。小屋のほんとうに一番後ろの木戸ぎりぎり、しかも周囲には一心に舞台を見つめるたくさんの立見の見物がいるではないか。「親子は一世の縁とやら、この世の別れにたった一目、会うてしんぜてくださんせと……」カメラがどんどん引いて行くと、竹本座は近来稀に見るほどの超大入りである。押し寄せているのは町人だけではない。二階にはお武家の姿もあり、果ては槌屋の使用人まで立ち見しているではないか。

カメラがさらに引かれると……、彼らが固唾を飲んで見つめている先は、舞台上の人形だ。カメラはそのまま引き続け、人形の背後、舞台の奥から人形と観客たちを映し出す。「たった今も言う通り、たとえ詞は交わさいでも、顔見合はしたりゃ縄かけるか……」舞台では老爺の人形と梅川の人形が話しあっている。「そんなら顔を見ぬように……」と、梅川の人形が老爺……孫右衛門の人形の後ろへ回り、「慮外ながら、と、めんない千鳥……」と、手拭いで目隠しをしてやる。梅川が奥の間に隠れていた若い男の人形を呼び出すと……、「親子手に手を取交せど、互ひに親とも我が子とも、言はず言はれぬ世の義理は……」忠兵衛が走り出て、孫右衛門のひざに手をつく。孫右衛門は手探りで我が子の顔をみとめ、ふたりは抱き合う。「涙湧出づる水上と、身も浮くばかりに……泣きかこつ」。

……その舞台を見つめる近松の心のうちには、「忠さまのところへ行きたい、忠さまのところへいかして!」という梅川の悲痛な叫びがこだましているのだった。

 

 

┃ クライマックスへの疑問 

この映画では、近松は芝居を書くにあたって、現実では悲惨な結末を迎えた二人の運命をそのまま劇化するのではなく、忠兵衛が故郷で実の親に会うという夢を浄瑠璃の中で結実させたという締めになっている。もっとざっくりいうと、近松があの有名な親子の再会シーンを書いたのには、こういう秘密があったのですよ……。というお話。現実世界が近松のイマジネーション(作劇)を経て、清元舞踊、人形振り、人形浄瑠璃とだんだん虚構の世界へ移行していく映像演出が特徴となっている。

ここで問題となるのが、映画のクライマックス=人形で親子が再会する部分の人形浄瑠璃の演目。作中ではタイトルクレジット等が一切が出ないが、これは文楽では通称「新口村」と呼ばれる、大変有名で人気の高い出し物である。歌舞伎にも同一のものがある演目なので、文楽・歌舞伎を観る方ならこのシーンが何を意味しているのかは義太夫が入った瞬間にわかるだろう。

 

しかし、実は、本作で「近松が書いた」と設定されているこの人形浄瑠璃「新口村」とは、実は『冥途の飛脚』のラストシーンではない。別人による後世の改作、『傾城恋飛脚(けいせいこいびきゃく)』の「新口村の段」なのだ。作者が違う、別の作品だ。

このことは文楽や歌舞伎を観ない方はまったく気づかないだろう。しかし、観る人にとっては結構引っかかってくるポイント。いい映画なんだけど、肝心のところで違う作者の作品を「近松作」としているのはあまりにザックリしすぎてはいないか。私は文楽を観るようになってから、その点がずっとモヤモヤしていた。

なぜこんな致命的な改変をしているのだろうか? 当時は映画の「時代考証」のリテラシーが低かったのだろうか?

(つづく)

 

 

 

TIPS.1  人形浄瑠璃『冥途の飛脚』のあらすじ

以降の話をわかりやすくするため、最初に人形浄瑠璃『冥途の飛脚』の現在の文楽での上演内容を紹介します。近松門左衛門作の『冥途の飛脚』は、現在、「淡路町の段」「封印切の段」そして「道行相合かご」の三つの段が上演されています。以下にその現行上演内容を簡単に記します。

 

淡路町の段」

飛脚屋・亀屋では、後家・妙閑が養子・忠兵衛の不在と不品行を嘆いている。亀屋が預かっているはずの金50両が届かないクレームを入れるため、丹波屋八右衛門が店の手前までやって来たところに偶然忠兵衛が帰宅。忠兵衛は八右衛門に、その金は田舎客けらの身受け話が持ち上がっている梅川を引き留めるために使ってしまったと告白。八右衛門は友情に免じてそれを赦し、帰ろうとするが、妙閑が気づいて八右衛門を家に上がらせる。忠兵衛は妙閑から丹波屋へ金を渡すように言われるが、窮して鬢水入れを紙に包み、八右衛門へ渡す。八右衛門は金包みのふりをして受け取るも、妙閑が受け取り証文を書いて欲しいと言い出してしまう。八右衛門は妙閑が文盲であることから、「金は受け取っていない」としたためた証文を書き付けて一旦ことを納め、帰っていく。その夕方、亀屋の店先に江戸からの荷が到着。夜も迫っていたが、忠兵衛は堂島の武家屋敷へ届ける金300両をいますぐ持って行くとして、羽織を着て外出する。しかしいつの間にか彼の足は色街である新町の方角へ向かっていた。忠兵衛はここで引き返して堂島へ戻るか逡巡するが、羽織が落ちたことも気づかず、梅川のいる新町のほうへと向かってしまう。

 

「封印切の段」

新町の茶屋・越後屋で遊女たちが身の悲しさを語らっているところへ、見世女郎・梅川が姿を見せる。遊女たちは打ち沈んだ様子の梅川を励ましていたが、そこへ八右衛門がやってくる。八右衛門は忠兵衛が来ても店に上げるなと一同に告げ、このままでは店で扱う人様の金に手をつける可能性があるとして鬢水入れの一件を話す。しかし実は店の前には忠兵衛が来ており、この話を立ち聞きしてしまう。忠兵衛は乱れた姿で店へ上がり込み、八右衛門に金をいますぐ返すと言い出す。その金の出どころを知る八右衛門は引き止めようとするが、言い合いになり、忠兵衛はついに武家の300両の金封を切ってしまう。忠兵衛は110両を茶屋の女主人に梅川の身請け金として渡し、さらに心づけを撒く。八右衛門は50両を受け取ってそのまま帰り、茶屋の一同が座を外したあと、残された忠兵衛は梅川へ金の正体はやはり武家の急用金であることを告白する。こうなっては死罪は免れられないが、せめて逃げられるところまで逃げようと、二人は大坂を後にする。

 

「道行相合かご」

大坂を逃れた忠兵衛と梅川は、大和新口村に住む忠兵衛の実の父・孫右衛門に会おうとみぞれの中を急ぐ。

参考:文楽では、「道行相合かご」は『浪花の恋の物語』公開の11年後、1970年に復曲されて、現在の上演に至っています(原作初演当時とは別の詞章・曲で上演しています)。すなわち『浪花の恋の物語』公開時点では失われていた曲であり、文楽のレパートリーには存在していませんでした。

 

↓ 『冥途の飛脚』詳細なあらすじと上演状況は以下の記事を参照ください。

 


┃ 参考文献

 

 

 

*1:以下、老婆のいるすさまじいボロ屋含め、脚本を参照するとこのシーンは「三輪の茶屋」ということらしい。歌舞伎ではそういう設定なのかな……。文楽でも確かに「道行相合かご」の途中によくわからないものすごく粗末な小屋(しかも書割)が唐突かつおざなりに一瞬出てきますけど、あれがもしかして「三輪の茶屋」……? 単なるものすごく粗末な小屋だと思っていままで観ていました。三輪の茶屋で休んでいるおつもりでしたの……? 全然わからなかった。玉男様ごめんなさい……。でも、浄瑠璃の文脈上、「借駕籠に日を送り、奈良の旅籠屋三輪の茶屋、五日三日夜を明かし二十日あまりに四十両使ひ果して二歩残る」なので、見た目だけは羽振りのいい逃避行(エーゾエーゾ的な)だと思っていたんですけど……。

*2:初回からこんなこと言うのもなんだけど、あの踊りの出来は斯界ではどういう評価になってるんでしょうか…………。あと、ここの本舞台に降ってる雪が直前の現実シーンで降ってる雪と同質(リアル)なのはなぜ……? このシーンの意義を考えると、三角とか四角の紙の雪のほうが脚本上適切だと思うのだが……。

文楽 『祇園祭礼信仰記』全段のあらすじと整理

祝・初日、大阪国立文楽劇場 2019年4月公演 第二部で上演されている『祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)』の全段あらすじと登場モチーフの元ネタをまとめる。

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┃ 概要

宝暦7年(1757)12月、豊竹座初演。室町期を舞台に、幕府転覆を狙う大悪人・松永大膳を討たんとする小田信長・真柴久吉(此下東吉)らの活躍を描く絢爛たる時代絵巻。

人形浄瑠璃の技巧発展期の作品にふさわしく、入り組んだストーリーやどんでん返しの連続といった作劇上の技巧、舞台装置を用いる人形演出としてセリを使うなどの上演上の技巧、すべてが超絶盛り盛りで、満艦飾のデコトラ軍団が爆走しているがごときデラックスな仕上がりになっている。極彩色のペイントにランプや行燈びっかびか、正月公開の『トラック野郎』みたいなもんですよ。今回の公演では四段目切にあたる金閣寺の段〜爪先鼠の段が上演されるが、素浄瑠璃を含めると上演可能な段はそれなりにあるようで、ぜひ半通し上演を見てみたい演目でもある。

 

 

┃ 登場人物

*印は今回上演部分に登場する人物

源義輝公
室町十三代将軍。殿。アホ。

花橘の君
九条の遊女。義輝公に気に入られ御台候補となる。実は雪姫の実姉で、父を亡くした後、家のために身を売った。松永大膳が後見となっているが、大膳に騙されて義輝公を殺してしまい、自害する。

松永大膳 *
執権。幕府転覆を企む大悪人。びっくりするほどいろんな悪事を思いつく上、やることが細かく、目配りが緻密でアフターフォローも入れてくる。これだけ仕事ができればアホの将軍を差し置いてそのまま幕府の実権を握れそうだが、クーデターを起こし要塞・金閣寺へ立てこもった。雪姫に懸想し、しつこく追い回している(なんでそこだけ行動が中学生男子?)。

三好存保
修理太夫。故三好長慶と父子二代にわたる忠臣で、度々君を諌めていた父長慶は大膳に殺されたのではと疑っている。

朝倉義景
越前の城主、信長の敵。松永大膳の仲間。悪人。出番少なめのまま首がコロリ➰🍙

慶寿院 *
殿のママ、つまり十二代将軍義晴の妻。ものすごくしっかり者。長男・義輝の放埓を心配し、出家した次男・慶覚に戻ってきて欲しいと思っている。趣味は美術鑑賞。

雪姫(小雪)*
慶寿院の腰元。絵師雪舟の孫娘で、絵ウマ。花橘の実妹で、義輝公から「姫」の名を授かり「雪姫」と名乗る。狩野助を慕っており、慶寿院の計らいで直信の弟子=妻になる。わりとものをハッキリ言うタイプ。

狩野助直信 *
イケメン絵師。雪姫の恋人。父は絵師・狩野元信。ジブリ映画の少年主人公役程度しか出番がない地味なやつ。わりとまじでなんにもしない。

小田信長
義輝公の忠臣で上総の太守。名将とうたわれている。牛頭天王を篤く信仰し、参拝を欠かさない。

お園
祇園八坂神社の近くで歌占いの店を開いている娘。町娘のレベルを超えた教養と器量の持ち主。

輝若君
義輝公と先御台の間に生まれた一人っ子。まだちびっこだが、かしこい。

慶覚法師
奈良一乗院の僧侶。慶寿院の息子、義輝の弟。慶寿院や信長から足利家を立て直すため還俗を勧められるが、断り続ける。

森蘭丸
信長にいつも付き従う小姓。出番はあるけど意外と役目少なめ。40代前半くらいの人形遣いさんが配役されそうな感じ。

山口九郎次郎
八坂神社で非人を買収して芝居を打って信長へ近づき、普請奉行に取り立てられた浪人。就職した後は仕事を怠けたりしているが……?

松永鬼藤太 *
松永大膳の弟。出番は多いが特徴もやることもあんまりなく中身もないという若干残念な役。

侍従
輝若君の乳母。本名はおちゑ。父は住吉の薬屋・是斎。

柴田権六勝重
信長の家臣。絶妙に玉輝さんがやりそうな役(わかってほしいこのニュアンス)。

此下藤吉(真柴久吉)*
信長の中間。信長の命で八坂神社へ赴き、義輝公の急事を知らせた手柄で普請奉行に取り立てられる。

お菊(薗菊)
藤吉の妻。茶をガブ飲みしたり、すごいいいタイミングで茶を差し出す田舎風の女房だったが、夫の取り立てにより、園菊と名乗る御内室待遇になり……?

作兵衛
信長の城の工事現場の棟梁。出てくるだけで特に物語上の役目はない。

市介
工事現場の日雇い。山口と内通している。そのせいで出てきてすぐ死ぬ。

几帳の前
信長の妻。信長の子を懐胎しているが……?

小次兵衛
あることないことわめきまくる遠州闇金。法外の高利子で金を貸している。江戸時代は大阪ではなく静岡が闇金の本場だったのだろうか。ものすごく図々しく、そしてものすごく聡い。岸野村へやってきて、是斎への借金のカタにお露を女房にしようとしている。

持兵衛
岸野村の庄屋。いろんな人の付き添いが仕事。

十河軍平 *
松永大膳が住吉へ派遣した代官。面倒がきらいらしく、なんだか仕事を適当にやっているようだが……?

是斎
住吉で漢方の薬屋を営む老爺。返せない借金の罰に手錠をされているが……?

お露
薬屋の娘。先代主人・龍雲の子で、是斎にとっては義理の娘にあたる。都で奉公している義姉が贈ってくれた櫛をいつも頭に差している。店の下働きの新作に惚れており、小次兵衛をキモがっている。

おさじ
お露の母。薬屋の前主人・龍雲の妻。

礫の三・勘太・どすの木蔵
岸野村をうろつくどろぼう。

新作
薬屋の下働き。お露に惚れられている。親は京都の鞘師だった。

百姓
岸野村に住む勢いある百姓たち。新作に偽人参を売りつけられたり、干していた桔梗の根っこを盗まれたりして大激怒している。

川嶋忠次・石原新五・乾丹蔵 *
おつめが経営する浮世風呂の常連客の侍三人組。職場は京都市北区。おしゃれな手ぬぐいを持っている。

おつめ
都で浮世風呂を経営する太腕繁盛記なおばちゃん。下働きのイケメン・久七を婿にしようと画策している。

 

 

 


┃ 初段 発端・松永大膳の反逆

  • 義輝公の放蕩
  • 信長の祇園詣と慶覚法師
  • 浪人・山口九郎次郎の信長仕官
  • 二人の絵師、雪姫と狩野助の恋
  • 義輝公射殺、慶寿院の誘拐
  • 執権・松永大膳の反逆宣言 

 

大序 九条の廓の段

室町時代。十三代将軍・義輝公は執権・松永大膳にたぶらかされて遊興に溺れ、九条の遊女・花橘の君に入れあげていた。そしてこの正月も、大膳、越前守・朝倉義景に担ぎ上げられ遊郭で放蕩三昧、くじ引きで役を決めての庶民ごっこをしていた(金持ち独特のむかつく遊び)。そんな上機嫌の義輝公は、足利家の家宝「小袖の鎧」を大膳に授けるという。一方、故三好長慶の嫡子・存保はこのような放蕩を苦々しく思っている。その席へ、義輝公の母・慶寿院のもとへ腰元として仕えている小雪が二本の扇を届けにくる。彼女が持参した扇は昨日、義輝公の母・慶寿院の絵合せに用いられたものだった。絵師・狩野介直信によって描かれた扇の絵柄はそれぞれ「雪解けの雫が五重塔の軒を伝う図」「紫宸殿の階段のもとにある橘の花の梢が折り取られている図」。義輝公はナンジャコラという顔。しかし大膳と三好はその絵に覚えがあった。扇の絵は恋に寄せた謎解きで、前者の扇の絵は小雪への恋心、後者は花橘への及ばぬ恋心を象徴していた。大膳は(?)絵の内容はただならぬこととして、この二本の扇の注文主を糺そうとするが、小雪は扇を大膳と三好へ渡して話を終わらせる。ところで小雪は花橘の実の妹だった。花橘が妹との久々の再会を喜んでいると、義輝公は彼女を身請けして御台へ迎えようとしていることを語り、小雪にも「姫」の称号を与えるという。小雪は「雪姫」と名を改め、慶寿院のいる室町の屋敷へと帰っていった。

それと入れ替わりに、小田信長が正月の挨拶に参上する。信長は手土産に花籠を持参していた。籠を開けると、中に入っていたのは足利家の家宝「小袖の鎧」。信長は、昨日室町の御所付近で鎧櫃を背負った不審な者がいたので咎めたところ、これを捨てて逃げていったと語る。義景が盗賊を取り逃がした信長を問い詰めようとすると、信長は鎧櫃を運び込ませる。その中にはなんと盗賊の死骸が入っていた。実は信長は盗賊を捕えており、拷問をして真犯人を吐かせていたのだった。信長は明日帰国する、詳しいことは室町の御所でとだけ言い残して退出する。

 

祇園女歌占いの段

一方、ここは祇園八坂神社。鳥居前の通りに、歌占いをするお園という女が店を構えていた。客が和歌が書きつけられた短冊を引くと、お園がその読み解きをして占いをしてくれるというのだ。綺麗な文字が書けて容姿も美しく、もしや公家の落とし子じゃないかと噂されるお園の店は大繁盛。今日もたくさんの客が詰めかけていたが、その中に覆面頭巾姿の浪人がいた。お園は浪人の願いとは立身出世だろうと言い、引いた短冊の歌からそれが叶うことを答えると、浪人は礼として多額の謝礼を置いて立ち去る。それを見ていた非人たちが浪人のもとへ寄ってきて、以前の施しの礼をしようとするが、男は頼みがあると言ってさらに金を渡す。そこへ先払いが現れ、慶寿院のおなりだと言う。非人たちはうなずきあって隠れ、お園も店を片付けて去っていった。

やがて鳥居通りに慶寿院と義輝公の子息・輝若君、乳母の侍従がやって来て、下河原で一休みする。そこへ僧侶・慶覚法師が偶然来合わせる。慶覚は義輝公の弟だったが、出家して奈良の一乗院で修行していた。母子が久々の再会を喜び合っていると、信長が通りかかり、一行に挨拶する。信長は慶覚に還俗して輝若丸の後見になって欲しいと頼むが、慶覚は取り合わない。すると慶寿院が割って入り、花橘の君に溺れ政道を怠る義輝公の情けなさ、花橘の兄(後見)であることを盾に威をふるう大膳の邪を語り、共に室町へ帰って慶覚から義輝公へ諫言して欲しいと言う。幼い輝若君からも室町へ帰ることを頼まれ、慶覚は勧善懲悪も出家の役目として室町へ同道することを決める。慶寿院は信長へ、吉野から禁庭へ届ける預かり物「神璽の小箱」のこと、輝若君のことを頼み、そのしるしとして三条小鍛冶が打ったという長刀を授けて室町の館へ帰る。

信長は、大膳の処遇、そして慶覚をなんとか還俗させられないかに頭を悩ませつつ帰国を急ぐが、立ちふさがったのはさきほどの非人たち。非人らは信長の家臣・蘭丸と押し問答になるが、信長は神前での流血は禁忌として無視させようとする。そこへあの浪人が現れ、非人たちを残らず斬り捨てる。浪人は覆面を脱ぎ捨てて山口九郎次郎と名乗り、信長へ狼藉を働いたために非人たちを斬ったと言うが、信長は参道を血で汚してしまったとして帰ろうとする。すると山口が詫びとして切腹すると言い出すので、驚いた信長はそれを引き止め、家臣に引き立てて千五百石を与えると言う。山口は礼を述べ、信長とともに帰国するのだった。


室町御所の段

二条の義輝公の奥御殿では、新御台・花橘の君を祝して昼夜を分かたぬ酒宴が行われていた。女中たちの噂にのぼるのは、松永大膳が雪姫に懸想して追い回してること。でも、姫は御所一番のイケメン絵師・狩野助直信の秘密の恋人なんやて〜! うわほんま〜? いや〜うちも狩野助の弟子になりたかったわ〜! とやっているところへ当の大膳が現れ、女中たちを叱りつけて追い払う。実は大膳にはこれから密談があった。大膳、その弟・松永鬼藤太、そして朝倉義景が寄り集まってゴニョゴニョ話しているのは、「神璽の小箱」を盗んで義景へ預けること、そして慶寿院と輝若君の仕儀。この三人は悪巧みの仲間なのであった。鬼藤太と義景が去ったところへ、狩野介が雪姫を慕って庭の切戸へ忍んでくる。その心が通じたのか、ちょうど雪姫が廊下を歩いてくる……ところへ大膳が擦り寄り、やっと会えたとばかりにヒゲを姫へ擦り付けて言い寄る(キモ)。狩野助は怒りにまかせ飛び出そうとするが、雪姫に制せられて耐える。雪姫は大膳に説教するも全く通用しない。そして後ろの障子の隙間からその様子を見ているのは慶寿院。そこへタイミングよく義輝公が大膳を呼ぶ声が聞こえ、大膳はブツクサ言いながら去っていく。

やっと狩野助に会えた姫は、いままで話せなかった家の苦難を語る。実は雪姫は、絵師・雪舟の孫娘だった。雪舟唐土へ渡ったとき、明帝から名刀「倶利伽羅丸」を拝領し、それは姫の父・将監雪村が受け継いだが、ある日雪村は河内慈眼寺の滝本で何者かに殺害され「倶利伽羅丸」も奪われてしまう。主を失った一家は困窮し、姉は九条の遊里へ身売り、母は病を得て死去。母の雪姫への遺言は、「倶利伽羅丸」を手がかりに父の仇を討って欲しい、名刀を欲しがるからには犯人は武士であろうという旨。そして姫は慶寿院に仕えるようになり、絵を好む慶寿院のもとへ出入りしていた狩野助と出会ったのだった。姫は狩野助に、自分を弟子にして雪舟の家を興して欲しいと懇願する。狩野助もまたみずからの父は絵師・古法眼(狩野元信)であると言い、絵師同士、仇を探し出して助太刀すると誓う。

そこへ慶覚を連れた慶寿院がやって来る。慶寿院は今日は先の御台の命日であること、慶覚をもう5ヶ月も留め置いていることを語り、その慰みに雪姫・狩野助へそれぞれ松と竹の絵を頼んでおいたことを話す。慶覚は二人から差し出された絵絹を見て、さすが雪舟と元信の子孫であると感心し、狩野助が描いた竹の絵を奈良への土産にすると言う。慶寿院は雪姫の描いた松の絵を手に取り、突然その絹を割く。慶覚は、割いて乱れた絹はその末が納まらないことから、還俗し乱れた糸を結べという母の願いを読み取るが、それでも一度仏門に入ったからには浮世へ戻るつもりはないと答える。常緑の松の絵を割いたその心は、足利の千年の治世ももはやこれまでということかと慶覚が問うと、慶寿院は答えず、割いた絹を狩野助と雪姫に与える。そして、雪姫が狩野助の弟子となるからは、師匠の苗字を継いで「狩野雪姫」と呼ぶといい、狩野助も雪姫をいたわるようにと申し付ける。二人の仲を知ってのこの取り計いに、狩野助と雪姫は顔を赤くして伏すのだった。

その夕方。先の御台の菩提所へ参っていた輝若君、そのお付きの三好存保と乳母の侍従が帰ってくる。館の騒ぎを見た三好は、義輝公の不甲斐なさと、それを諌めていた父の急死の原因は毒を盛られたためではないかと疑いつつ今日まできたことを侍従へ語る。そして、先春の扇の絵合わせの際、松永大膳から、花橘の君を口説き落とせば義輝公も家臣の恥を身の恥と思って目を覚ますだろうと言われたものの、その傾城を館へ引き込んだ大膳の心底が読めないと言う。花橘さえ館にいなければ義輝公の身も安泰であるという三好に、侍従は万一のときにはかつて武士だった父を頼りにと考えていることを話す。輝若君は二人の大人の長話に飽きてしまい、早くばば様のところに行きたいとねだる。それと入れ替わりに、「神璽の小箱」を小脇にかかえた松永鬼藤太と朝倉義景が抜足差足で逃げていく。

と、さらにそこへ酒に酔った花橘が歩いてくる。三好はここぞとばかりに花橘を口説き、館から去らせるべく駆け落ちをしようと誘いかけるが、花橘は相手にしない。次第に言い合いになっていたところへ大膳が姿を見せ、不義者と大声を上げたので、義輝公が刀を持って現れる。義輝公は、本来三好は縛首にするころ、親長慶の忠義に免じて自分の手で成敗すると言い出す。三好は乗じて、そこまで忠孝善悪を弁えているならどうして役目を忘れた放埓をやめないのかと諫言するも、大膳が割り入り、役目は自分が仰せつかっているので問題ない、お前は切腹しろと嘲笑する。三好はたまりかねて大膳を道連れに死のうとするが、そこへ慶寿院の声がかかる。慶寿院は不義者はほかにあると言い、雪姫を引かせてくる。さらには義輝公の家来にも不義者がいる、それは大膳であると告げる慶寿院。大膳は驚き否定するが、雪姫を口説いた現場を抑えられており、反論ができない。慶寿院は大膳に今後を嗜むよう言い渡し、雪姫の誠の不義の相手は別人であるとして、狩野助を呼び出す。雪姫と狩野助の二人は白州になおるが、今日は先の御台の命日、その追善に命は助けるとして、慶寿院は二人に暇を与え、夫婦力を合わせて本望を遂げよと言葉をかける。花橘は涙ながらに妹へ別れを告げ、雪姫と狩野助は館を去っていく。

大膳はなおも三好を詮議しようとするが、慶寿院はそれを遮り、新御台に不義の噂が聞こえては言い訳立たないとして、花橘は大膳に預け、三好は自らが預かって館の別棟に隔離することを提案する。三好はその仰せに従い、慶寿院とともに退出する。二人がいなくなると、大膳は義輝公になにやら耳打ち。義輝公は満足げに去っていく。花橘がそれを追いかけようとするところを大膳が引き止め、三好は慶寿院と組んで花橘を陥れようとしているに違いないと言い、三好を殺して義輝公の疑いを晴らせと種子島を渡す。夜忍んでくるであろう三好を狙い撃てばばいいと言われた花橘が庭の茂みで筒を構え待っていると、大膳に花橘のもとへ行くよう吹き込まれた義輝公が歩いてくる。それを三好と思い込んだ花橘は足音の主を撃ち、不義者討ち取ったりと声を上げる。御所中が大騒ぎになり、死体が改められるが、それは義輝公だった。花橘は義輝公が下げていた刀を抜き、喉を突く。家臣らは大膳の姿が見えないのは事件の黒幕であるに違いないとして我先に追っていく。慶寿院は、忠臣の諌めも聞かずに命を落とし、花橘まで死なせることになった息子の不孝を嘆く。そこへ信長の家臣を名乗る侍たちが迎えにきたとして現れる。慶寿院は慶覚に「神璽の小箱」を頼み、足利の御旗を持って輝若君、乳母の侍従とともに館を後にする。残された三好が今後の対応を考えていると、慌てた様子の侍従が輝若君を抱いて走ってくる。なんとさきほど現れた信長の家臣を名乗る者たちは偽物で、実は大膳の徒党の者であり、慶寿院はさらわれてしまったというのだ。館はすでに大膳の大軍に取り囲まれていた。三好は侍従に輝若君を連れて一旦身を隠すことを命じ、侍従は若君とともに館を旅立つ。一方、慶覚は「神璽の小箱」が盗まれていることに気づく。

そこへ「小袖の鎧」を着した大膳が現れ、長年の計略が実を結び将軍職と国家が手に入ったと笑う。大膳が首をとろうと義輝公へ乗り掛かったところへ三好が斬りかかるが、虚しくも松永軍の鉄砲に斃れる。三好の首をかき切り、大和信貴の居城に帰るまえにまずは金閣に立て籠らんと宣言する大膳のその姿は、阿房宮を焼き討ちした項羽安史の乱を起こした安禄山のような、伝説の反逆者のさまであった。

 

 

 

┃ 二段目 此下東吉の策略

  • 信長中間・東吉の出世と叡知
  • 信長の津島神社潔斎
  • 山口九郎次郎と几帳の前の秘密
  • 慶覚の還俗と祇園祭・山鉾行列の復活

 

信長居城割普請の段

北国・朝倉義景と対立する信長の居城では、破損した外廓の修復工事が行われていた。家臣・柴田権六勝重の来訪を出迎えた蘭丸は、中間・此下東吉が信長の代参として牛頭天王をまつる祇園八坂神社へ参ったまま帰ってこないと話す。そこへ東吉の妻・お菊がやってきて、夫が帰らない心配を語り茶をガブ飲み。そうこうしているうちに状箱を肩にかけた東吉が戻り、帰城に時間がかかった仔細はここに記したとして、守り札に書状を添えて蘭丸へ渡す。

蘭丸が御前へ向かった後、東吉は柴田へ京都での次第を語り、出立から随分日が経っているのに外廓の修復工事が終わっていないのはどういうことかと言う。すると普請奉行の山口九郎次郎が現れ、たかだか二合半の扶持しか貰っていないヤツが千五百石のオレに何言っちゃってんのと馬鹿にするので、東吉は扶持は違えど主君のためなら遠慮はしないと反論する。

二人が言い合いになっているところへ柴田が戻ってきて、京都の騒動を報告した褒美として東吉に千五百石を与え、山口とともに普請奉行の役を任じるという信長の上意を伝える。東吉とお菊は突然の取り立てに大喜び、山口は渋い顔をする。東吉がさっそく外廓修復工事の完成予定を山口に尋ねると、600人の大工を使って今月中に終わらせるつもりとのこと。東吉がもっと早く完成できそうなものを言うので、山口は大工の棟梁・作兵衛と日雇いの市介を呼び出してヒアリングすることに。作兵衛が高塀1間あたり6人の人手をかけて工事していることを話すと、東吉は200人の人手を足せば明日中に完成させられると言う。山口は疑うが、追加200人のうち40人は食事の調理係、80人は道具の受け渡し係、80人は食事の運搬係にすると語る東吉。こうすれば大工たちは十分な食事をとれて道具の運搬に煩わされることなく、最大のパフォーマンスを発揮できるというのだ。柴田はすぐその通りにと作兵衛と市介へ手配し、明日中に仕上げるようにと命じる。二人は承知して去っていくが、山口と市介はなにやら目配せをしているのだった。

そのとき、信長の御台所・几帳の前がやってくる。几帳は信長がさきほどの話を聞いていたと話し、東吉にはさらに五百石を加えて二千石を与えるという上意を伝える。東吉とお菊は信長へ謁見するため奥へと入っていく。残された山口のもとへ市介がやってきてゴニョゴニョしていると、衣服を改めた東吉とお菊が戻ってくる。山口が侍なら武芸を鍛錬しなくてはならないと言うと、東吉はそれなら指南を受けようと答える。山口は刀を振り上げ、まずはこの下を潜ってみよと言うが、東吉は畳を蹴り上げ、刀の柄をもぎ取ってしまう。その拍子にデコに刀が当たった山口は庭へ転がり落ちて気絶、飛び出てきた市介は東吉に袈裟斬りにされる。東吉は慶寿院を奪いかえすために出兵すること、敵・松永大膳は各地に郎党を放っており、山口もその一員で、生きて帰すことはできないと語る。そうこうしているうちに山口が息を吹き返すと、東吉は砂を払って刀を拾ってやり、山口の手討で市介が死んだと話す。山口はなにも返答できないのであった。

 

信長下屋敷の段

信長の下屋敷。芥子の花壇の前にしつらえられた凉み床で、主は蘭丸にうちわで扇がれながらお昼寝中。その傍には几帳の前と東吉の妻・園菊が控えていた。凉み床の花生けには、ひとつの茎に赤と白の花がついた珍しい芥子が差してある。それは信長自らが生けたものだった。几帳が夫へ被(かづき)をかけてやろうとすると信長は目を覚まし、懐胎中の几帳の体を労う(歩くのはいい運動になるよね!的な)。信長は、今川公を討ち取ったときに牛頭天王を祀る津島神社へ願掛けしていたことにならい、今回も逆臣大膳を討ち義輝公の仇を報いるため、三十七日の潔斎の願掛けをしていることを語る。今夜はその満願であり、几帳と園菊もここに一宿することを命じる。

夕方、山口が座敷へ燭台を持ってくる。すると信長は、毎夜の外出は潔斎ではなく、隠し妻のもとへ通っているのだと言う。山口は嗜むよう諫言するが、信長は余計として蘭丸に山口の額を打擲させた。山口は知行を預かる身として無念をこらる。蘭丸が退出すると、信長は隠し妻のもとへ行くと言って、身代わりとして山口に几帳が残していった被をかぶらせ、出かけていく。

やがて几帳と園菊がやってきて、被をかぶった夫=実は山口に暑気払いのお神酒を差し出す。山口はかぶりを振って酒も煙草も断るが、それならと二人はうちわで扇ぎ始める。すると風で被の薄衣がめくれてしまい、正体が山口だということがバレてしまう。山口は信長が夜毎隠し妻のもとへ通っていること、それを諌めた自分を打擲し額に傷をつけたことを几帳へ喋ってしまう。几帳はその話に怒り、自分が被をかぶってここで夫を待つと言い出す。

 

芥子畑の段

そうして被をかぶった山口=実は几帳だけが残された座敷に、信長が上機嫌で帰ってくる。信長は隠し妻との逢瀬をルンルンで語り、それをじっと聞いている隣の者にふざけて抱きつき、被を取ると……、几帳の前。几帳からどこへ行っていたと激詰めされた信長は、ヤレ信濃善光寺へ参った、筑紫羅漢寺へ参ったと嘘八百を並べ立てる。几帳が妾を作るのは構わないが、なぜ神仏に参るという嘘をつくのかと涙を流すと、信長は花生けの芥子を手に、この花が咲いたことは天の啓示であり、夫の胸中をこれをもって察せよと語って退出する。

几帳が思案していると山口が現れ、小田の旗印を象徴する赤い花を斬って几帳を打ち据え、兄の命令が聞けないのかと詰る。実は几帳は山口の妹で、信長を暗殺するため送り込まれた刺客だったのだ。山口は、赤白の芥子の花を渡されたのは信長が兄妹の計略を見抜いた印だと言う。几帳はせめてお腹の子を産むまで待って欲しいと懇願する。しかし兄は聞き入れない。自ら信長を討とうと急ぐ兄を引き止め、必ず討つと誓う几帳。山口は、討つ機会さえ作れば良い、この影を障子に写すのを合図にすれば信長は自分が討つと言って、白だけが残された芥子の花を妹へ渡し、身を隠す。ひとり残された几帳は、白い芥子の花を手に、芥子の花は夫のため命を捨てよとの信長の言葉だろうと考え、自分が信長の身代わりになることを決意する。

妹の合図を待ち、槍をたずさえて息をつめる山口。そのとき火影に照らされた芥子の花の影が障子に写り、山口は槍の切っ先を突っ込む。が、山口が障子を開くと、そこにあったのは花を掲げた蘭丸、縛られた几帳、そして槍の切っ先を掴んだ信長の姿だった。山口が逃げようとすると、信長が「明智十兵衛光秀、待て」と大声を上げる。実は山口の正体は北国・朝倉義景に仕える明智光秀だったのだ。信長は、祇園八坂神社での出会いから不審を感じていたこと、几帳の様子から計略に気づいたこと、そして額を傷つけたのは気を急いて正体を現したところを不意打ちしようという計算だったことを明かす。山口は否定するが、信長は確かな証拠があるとして園菊を呼び出す。園菊は、山口が祇園で非人を買収していたことや歌占いの文句を語る。実は園菊の正体は祇園の歌占いの女・お園だったのだ。

そのとき貝鐘と陣太鼓の音が鳴り響き、軍装に身を包んだ柴田が現れる。柴田は軍師・東吉の命で比叡山の山法師に擬して朝倉を攻め、「神璽の小箱」を奪還して朝倉を生けどりにしてきたという。明智をこの下屋敷に引き入れてとどめおき、そのすきに朝倉を生けどりにしたのは東吉の戦略だった。信長は、小田に仇する明智の妹ならわが子を懐妊中といえど自らの手にかけるとして、几帳へ長刀を振り下ろす。しかしその切っ先が斬ったのは、彼女を縛っていた縄目だった。信長は彼女を兄と同心ではないと判じ、お腹の子を無事に産んでほしいと語る。捕らえられた朝倉は歯噛みして明智を責め立てるが、明智は朝倉へ仕えていたのは武者修行の腰掛けで(ひどい)、信長公に妹を助けられたからには小田家の誠の家臣となり、忠勤を尽くすとして朝倉を抜き打ちにする(ひどすぎる)。そして信長もまた明智の本心を認めるのだった。

信長が柴田のかつぎこんだ神輿の扉を押し開くと、中から「神璽の小箱」を持った烏帽子直垂姿の慶覚が姿を見せる。京都での騒動の際、東吉は慶覚を守るために当地へ連れ帰っており、信長は彼を津島神社に隠していた。潔斎や妾通いのふりをした夜毎の外出の真相は、彼に還俗を勧めるための社通いだったのだ。そしてついに今宵慶覚は還俗し、十四代将軍足利義昭となることを決意した。義昭はすぐに津島の社へ帰るというが、信長は押しとどめ、絶えて久しい祇園会(祇園祭)を復興させたいとして、山鉾行列を仕立てようと言う。信長は、慶寿院から賜った長刀で几帳の縄目を斬ったことは祇園祭の始まりを告げる注連縄切りを暗示していたのだろうと語る。こうして慶寿院から授かった鉾(長刀)をたずさえた蘭丸を先頭に、足利義昭となった慶覚の御供をした数々の鉾が行列となり館を出ていくのであった。

 

 

 

┃ 三段目 住吉の薬屋の秘密

  • 輝若君・侍従の岸野村到着
  • 薬屋是斎の借金と代官・十河軍平
  • 是斎の正体、真柴久吉との由縁
  • 若君の真実 

 

道行憂蓑笠

乳人の侍従は輝若君を連れ、涙ながらに親里住吉を目指す。

 

岸野の里の段

大坂のはずれ岸野村。遠州闇金・小次兵衛は、村の薬屋・是斎への貸し936両を取り立てるべく出張に来ていた。庄屋・持兵衛を付き添いに連れた小次兵衛は、道で出くわした松永大膳の配下の代官・十河軍平に、明日が期日のその貸しを必ず返させるように頼む。軍平は、違法の高金利をはたらいておきながらお上に訴えるとはじぶん神経ごん太やねと言いつつ、是斎には手錠をかけた上で薬屋を営業させてあると答える。そして持兵衛に、室町家の落人を探しているので都から来たらしい者がいたら生け捕りにせよ、さすれば褒美は望みのままと告げて帰っていった。

そこへひょっこり現れたのは流れの盗っ人、礫の三・勘太・どすの木蔵。話を聞いていた三人はその落人を見つけて大金をせしめようと散り散りになっていった。

一方、毘沙門参道の道端にいる上燗屋。代官のお成りで人がはけてしまったので商売があがったりになっていたが、人が来るのを見てお面をかける。近づいてきたのは薬屋の娘・お露。お参りの行きがけだという彼女は上燗屋の客引きに乗らず、そのまま去っていく。すると今度は下向の客がやってくる。上燗屋はお面を脱ぎ、下向客へ「拾った」というビッグな人参を見せる。客が4〜5両の価値はあるだろうと見立てると、上燗屋は買い取ってくれと言う。1両に値切ろうとする客、上燗屋はそれなら売らないと言い出し、結局3両で客が買い取る。上燗屋がこれで元金が揃ったなどと言っていると、木蔵がぬっと現れる。木蔵は上燗屋にさっきの金を出せと言うが、上燗屋がごまかそうとするので刀を見せて脅しをかける。そこに戻りがけのお露が来合せ、上燗屋の顔を見て驚く。上燗屋の正体は薬屋の下働き・新作だった。お露は大切にしているタイマイの櫛を金のかわりに出そうとするが、さっきまで頭に差していたはずの櫛がない。仕方がないので懐にあったわずかばかりの金を渡すと、木蔵はご機嫌で引き下がっていった。

二人になると、お露は新作にかねてよりの恋心を打ち明け、小次兵衛から借金と引き換えに女房にと迫られていると涙ぐむ。新作もまた下働きの自分にずいぶん心をかけてくれるお露の気持ちを知っていたが、心懸かりは主人・是斎の借金。その返済の足しにしようと、新作は毘沙門さまの縁日に上燗屋の荷を借りて(盗んで?)商売してみたが儲からず、いろいろと商売を試していたと語る。そして、さきほどお露に声をかけたお面の上燗屋は自分であったと告白し、話しかけたすきに抜き取った櫛を返す。その櫛は京へ奉公に出ているというまだ見ぬ義理の姉(義理の父の娘)が贈ってくれたものだった。お露はこれも金に替えて返済の足しにと言う。しかし新作は櫛をお露の頭に挿してやり、金の算段はできているから大丈夫だとして、是斎の手錠が外れお露の母の許しを得たときに返事をすると話して彼女を帰す。

そんな新作の前に、百姓軍団が立ちふさがる。彼らは新作のインチキ商売に騙された&干していた桔梗の根を盗まれた被害者の会だった(さっきの人参、実は桔梗の根っこだったんです)。大激怒の百姓たちは新作を袋叩き。根元に藁が積まれた松の木へ彼を縛りつけると、火ィつけて焼き殺したる、いや一旦代官へ断ってからと騒ぎつつ去っていった。

 

住吉海道の段

月が傾き夜も更けた頃、村へ侍従と輝若君がたどり着く。草の露をすくって飲ませ、足をさすってくれる輝若君の優しさに涙する侍従は、もしもの時は見苦しい死に際を見せず、敵の名を尋ねて西を向き、手を合わせれば父が迎えにきてくれると幼君に教える。そこへ忍び寄るのは以前の盗っ人三人組。刃物をちらつかせてくるならず者に侍従は必死に切り結ぶが、逃げ回るうちに若君を見失ってしまう。侍従は輝若君に住吉を目指すよう叫ぶも、その声で三と勘太に見つかってしまう。一斉に侍従に襲い掛かった盗っ人二人はその拍子に転んでしまい、侍従はその機に乗じて二人を殺すも、彼女もまた深手を追っているのだった。一方、木蔵は輝若君を探すうち、松の木に縛られている新作を見つける。小判をやると言われた木造が新作の縄をほどいてやると、新作は松の木の上に金を隠してあるという。そこで木造が松に登ろうとすると、新作は棒で彼を滅多打ち。自分の代わりに松の木へ縛り付けて面をかぶせる。そこへ代官の許可を得た百姓たちが戻ってきて藁にファイヤー。新作はそのすきにスタコラサッサと逃げていくのだった。

 

天下茶屋是斎内の段

ここは住吉、是斎の薬屋。借金の罰に手錠をかけらた主人に代わり、その女房・おさじと娘・お露、下男・新作が供え物の用意をしていると、遠州闇金・小次兵衛と庄屋・持兵衛がやって来る。金を返せないなら娘を差し出せとお露にグイグイ迫る小次兵衛に、新作は小判6枚を叩きつける。これで元金は返したという新作に、小次兵衛は貸した金は小判ではなく大判で6両であり、小判換算で43両2歩。それに利子が2割ついて8年で909両、これに閏月27両の利子を算入してしめて936両を返せと騒ぎ立てる(突然はじまるナニワ金融道)(でも小判6両はいちおう受け取る)。どうせ返せないだろうと小次兵衛がお露にタコチューを迫っていると、是斎がやって来て小次兵衛をひっつかんで引き離す。是斎は借金のカタに義理ある娘を渡すことは出来ないと言う。是斎は入り婿(先代没後に迎えられた跡取り)で、お露は先代・龍雲とその妻・おさじの間にできた子だった。小次兵衛は今度は水牢へ入れてやると息巻き、是斎を連れて出て行った。

おさじは毎日帰りが遅かったのは金を作るためだったのかと涙ながらに新作へ手を合わせる。新作は当然のことをしたまでと言って、朝食の用意をするために勝手口へ入っていく。一方、なにやら騒がしい門前では、大勢の子供達に輝若君が取り囲まれていじめられているではないか。棒でつついてくるガキ大将たちに小太刀で必死に応戦する輝若君。見兼ねたおさじが子供達を追い払い、家の中に入れてやると、輝若君は祭りの用意にしめ縄を張った床の間へちょこんと座る。ずいぶん変わった服装をしている輝若君を見て、おさじは祭りの練り物行列の子かそれとも住吉のお社務様の子かと考えていたが、もしや噂の室町からの落人でないかと気づく。輝若君がさきほどから乳母がどうこうと言っているのを聞いたお露は、櫛を贈ってくれた是斎の娘=義理の姉が室町で乳母をしていると聞いたことを思い出し、是斎を頼って子供を連れ訪ねてきたのかもしれないと考える。しかしおさじがいくら身元を尋ねてみてもらちがあかない。お露が丁寧な口調で尋ね直すと、輝若君は、乳母の姿が見えないので尋ね回っていたところ、土地の子供にいじめられた、悔しいと泣き出す。

茶碗を持って様子覗きに来た新作は輝若君を見てびっくり。昨夜見かけた乳母連れの子供が無事逃げ延びてきたのかと驚く。新作がお腹がすいているだろうと輝若君に声をかけると、若君ははよ膳を持てとご催促。ところが新作が突き出した茶漬けを見るなり、こんなさもしい膳では嫌だという。そこでお露が床の間に供えていた三方に乗せて改めて膳を出しなおしてやると、輝若君は大喜び(そこなの?)。京へ戻ったら沢山の知行を取らせると言って箸を取るが、ネムネム。しかし乳母がいないので、輝若君はまた泣き出してしまう。母娘は昨夜寝ていないであろう若君を不憫に思い、汚れた足を洗ってやろうと奥へ手を引いて行った。

残された新作は、若君を代官へ訴人すれば褒美が手に入り、是斎の危難を救うことができると考える。たらいの中で甘えている若君を見ると涙が出てくるものの、背に腹は代えられぬとして急いで役所へ向かうのだった。

一方、迷子が将軍義輝の子であると気づき、その話から室町の事件を知ったお露とおさじは、輝若君の言う乳母、つまり是斎の娘(連れ子)の身に何かあったのではと考える。昨日輝若君と乳母を目撃しており、何か知っていそうな新作もとへ輝若君を連れて行こうとしたそのとき、薬屋に代官・十河軍平と数多の捕手が現れる。母子は驚いて若君を隠すが、軍平は新作からの訴人状を読み上げ、若君を出すように迫る。様子を見た輝若君は乳母の言葉を思い出し、お露らに西はどちらかと尋ねるので、そのけなげさに母子は涙を流す。すると輝若君もつられて最後に乳母に会いたいと泣き出すが、軍平が構わず若君を縛り上げてしまう。輝若君は、自分がいなくなった後に乳母が尋ねてきたら坊やは花を見に行ったと言って欲しいと言い残し、連れられて行った。

それと入れわかりに、庄屋の持兵衛が是斎を連れて戻ってくる。水牢は三日間お預けとなったので手錠だけ打ち直して帰されたというのだ。そして、是斎の頼みだと言って飛田の道端にあったという死骸を家の中に運び込ませる。おさじとお露は、それは若君の乳母ではないか、室町の姉ではないかと口々。すると是斎はこれは自分の娘・おちゑであると言う。泣き伏す女房に、是斎はさっき口走った若君とは何かと問う。事のあらましを聞いた是斎は悔し涙を流すも、新作の行動は忠義の心からのことで、叱ることはできないと言う。是斎はおちゑの死骸を改めると、なまくら物の刀傷で急所は外れているため、大明流の秘術を以ってすれば蘇生できるとして、薬の準備を始める。ところが薬箪笥を開けた拍子に、打ち換えたばかりのはずの手錠がすっぽりと外れてしまう。役人の手心かと不思議に思うも、是斎は秘薬の調合を完成させ、おちゑの口に流し込む。するとたちまち命脈が戻っておちゑはむくりと起き上がり、若様、輝若様と叫ぶ。是斎が抱きしめるとおちゑはやっと心つき、父との再会を喜ぶ。

6歳くらいの子供が来なかったかと尋ねるおちゑに、おさじらはその子はいま奥で寝ていると取り繕う。その子は義輝公の子供で、お前の乳で育てたのかと是斎が問うと、そうではないと答える。実は輝若君は、おちゑと修理太夫・三好存保の間に生まれた子供だった。おちゑはかつて父と別れ京へ上った後、三好家に仕えるうちに存保と恋仲になり、男の子を産んだ。ちょうどその頃、義輝公の前御台も男の子を産んだが、その子はすぐに亡くなった。慶寿院は赤ん坊の死を前御台に伏せたまま、すぐに存保とおちゑの子を引き取って将軍家の嫡子ということにした。そして前御台も産後の肥立ち悪く亡くなったため、慶寿院はおちゑを将軍家に引き取って乳母とし、彼女は名を侍従と改めた。そしていま、松永大膳が謀反を起こして義輝は殺され、存保もその死出の供についたこと、おちゑひとりで輝若君を連れてここまで逃げてきたことを語る。おちゑは死ぬ前にもう一度輝若君の顔が見たいと身悶えするが、若君を敵の手に渡してしまったというおさじの嘆きを聞いて息を引き取ってしまう。

おちゑの死に泣き沈む薬屋に、真柴筑前守久吉が来訪するという知らせが入る。五三桐の紋を掲げ若党近習を引き連れて入来したその男は、衣服名前を改めた此下東吉だった。東吉は家臣たちを残らず下がらせると、「松下嘉平次之綱殿」と是斎の前に平伏し、最敬礼で挨拶をする。実は是斎はかつて東吉が仕えていた遠江国の武将・松下嘉平次之綱だった。是斎=松下は声を荒げ、このように手錠を打たれる身になったのは、かつて家臣であった東吉の仕業であると言う。

8年前、松下は信貴城主・松岡大膳から出世の口があるゆえ具足を整えよと命じられた。松下が東吉へ闇金・小次兵衛から6両を借りて具足を整えよと申し付けると、東吉はその6両を持って逐電。松下は6両に暴利を乗せた小次兵衛から矢の催促を受けることに。このことから松下は落ちぶれ、小次兵衛の依願で代官から手錠を受けたのもそのせいだと言うのだ。しかし東吉は、金を盗んだのは元々松下の命令だと言う。それは、かつて松下が東吉に指南した「たとえ君主の命に背いても立身出世することこそ侍の誉であり、君臣の礼儀を違えたとしても武力を得て国を治めるのが勇士である」という軍書講釈によるものだと言うのだ。東吉は日陰者だった君主松下を引き立てようと、名将と名高い信長のもとへ行き主従の契約をして、いまこうして大膳を討つためこの住吉へやって来た。これまで何度か遠州を尋ねたものの松下の行方はわからなくなっていたが、今日偶然代官所で松下を見かけ、恩に報いるために役人に申し付けて手錠をゆるく打たせたと言う。そして、東吉は松下にも共に小田家に仕え軍師となって欲しいと言葉を尽くし低頭平身した。

しかし松下はいままで取っておいた東吉の奉公人請状を破り捨てると、命があるうちに頼みがあると言って東吉を上座へ座らせる。自らは大膳へ仕えていたが、大膳の反逆の意を察して遠州からここ住吉へ身を隠した。その予想通り、大膳は義輝公を暗殺。松下は大膳と対面したことがないとは言えど連判に名を連ねており、小田に仕える東吉とは敵同士だと。松下は小田家への仕官の儀は後ほど返答するとして、お露に東吉をもてなすよう言いつけ、奥の間へやらせる。

夫と二人になったおさじは松下の気分が晴れたことを喜ぶが、松下はなおも思案顔でなにやら書状を認める。するとお露が戻ってきて、東吉から悪人の大膳へ仕えず小田家に来るよう勧めて欲しいと頼まれたと報告する。しかし松下は、この書状と床の間にある箱を持って行けば返事には及ばないと言い、お露とおさじは書状を持って東吉のもとへ。

そこへ訴人の報奨金を受け取っているならはよ渡せと小治兵衛がやってきたので、新作は借金の証文と引き換えに褒美の千両箱を渡そうとする。しかし、松下が止めに入り、突然、輝若君が置いていった小太刀を腹へ突き立てる。驚く一同に、松下は、新作の訴人は忠義のためにしたことでありがたく思っていること、お露と新作を夫婦にしてやって欲しいと語る。新作は鞘師であった両親を亡くしたのち(?)、不甲斐ない身ながら松下の世話になった、これからも何事も言いつけて欲しいと涙する。嘆きを聞いた松下は、その正直な心を知ったからこその遺言であると言い、一同と別の間で聞いている久吉に自らの身の上を語り始める。

松下の正体は、明国・琳聖太子の子孫に仕えた宗設という唐人であった。そのころ明は朝鮮との国境争いで敗北。宗設=松下は報復の機会を狙って日本に渡り、琳聖太子の末裔である周防・大内義隆のもとへ身を寄せた。しかし再び朝鮮と戦を交える計略は逆臣の謀反により失敗。大内は死の間際、松下を呼んで琳聖太子の形見である衣装が入った箱を譲り、東国へ行って頼りとなる大将を見つけ宿望を達せよと言い残した。松下が床の間に飾っていた箱とは、この衣装箱だった。しかし東国へ来た彼は無念にも悪臣・大膳と契ってしまい、扶持を受けはしなかったものの、血判を押してしまっていた。松下はこの切腹の血で血判の血を濯ぎ、大膳と縁を切るので、これを小太刀の持ち主である孫・輝若君の手柄として取り立てて欲しいと語る。

障子の内で聞いていた久吉は、一件を代官へ報告しに行こうと駆け出す小治兵衛を見て「加藤虎之助正清引き止めよ」と声をかける。小治兵衛を止めたのはなんと十河軍平だった。軍平の正体は久吉の家臣・加藤正清だったのである。そして一同の前に、唐冠を被り琳聖太子の衣装に身を包んだ久吉が現れる。久吉は古主松下を探すため、家臣・正清を大膳のもとへ入り込ませたところ、住吉の代官に任命され松下を発見することができたと言い、小治兵衛の松下への暴利は見逃してやるとして、新作からの千両箱を与える。小治兵衛は金さえ返ってこれば用はないと千両箱を抱えて出て行こうとするが、それを久吉が引き止める。曰く、かつて下働きだった久吉を馬鹿にして、10両でも扶持を取れば首をやると言ったのを忘れたかと。これを違えては政道が立たず、また、正清を十河軍平と名乗らせて大膳の元へ入り込ませたことも感づいていた小治兵衛を生きて帰すことはできないとして、逃げだそうとする小治兵衛を捕まえて首を落としてしまう。久吉は衣装を正すと、松下の意思を継いで古主に代わって琳聖太子先祖代々の仇を討つべく、朝鮮を征伐することを約す。いまに伝わる久吉の朝鮮出兵はこの約束によるものである。

久吉は松下への餞として、正清に駕籠を呼ばせる。中から出てきたのは輝若君。松下は喜び、おさじとお露も嬉しさに遺骸となったおちゑに対面させる。彼女が本当の母とは知らない輝若君は、乳母が死んだなら自分も死ぬと泣き出す。久吉はそれに寄り添い、輝若君がお守りとして持っていた慶寿院の手紙で事情は知ったと言って、輝若君を抱き上げて子守唄を歌ってやる。久吉は輝若君を惣領として迎え、「久次丸」と名付けて家を継がせることを誓う。

新作は髻を切り払い、これからは若君のお伽役となると宣言する。彼の父は「そりとぬいてそろりとさす」ことのできる鞘を拵えた優れた鞘師だったので、自らもそろりと髪を切って曾呂利と名乗り、鞘師の家名をここに残すと言う。正清はそれを褒め称え、千両箱を新作に渡して若君の世話と松下の菩提を弔うことを頼み、自らはふたたび十河軍平として大膳に接近すると言う。

出立を急ぐ一同に、松下は女房と娘に襖を開け放たせ、高麗の地理を周囲の風景に例えて語り聞かせる。久吉は松下が授けたこの地理勘合の教えは天子の宝で、この村を今後「天下茶屋」と呼びならわそうと告げる。曰く、前主人・龍雲のたしなんでいた茶の湯の余情を残すため、この南に茶屋を構え通行人に茶を施すのが松下への追善供養だと。曾呂利はそれこそが自らの役目と受け止める。久吉と正清は出立のため馬に乗り、松下はおさじとお露に介抱されながら息を引き取る。久吉と久次丸もしばしの別れ、父たちの出立の行列に手を振る。こうして久吉一行は天下茶屋の古跡をこの御代に残し、旅立って行った。

 

 

 

┃ 四段目 大膳の要塞・金閣寺(今回上演部分)

  • 狩野助・雪姫の捕縛
  • 此下東吉の松永大膳への仕官
  • 倶利伽羅丸」の出現と鼠の絵の奇跡
  • 久吉の金閣寺攻略
  • 慶寿院の救出、「小袖の鎧」・足利家の御旗の奪還

 

浮世風呂の段

賑わいの都・京都。後家・おつめの経営する浮世風呂では、浴衣姿の湯上がり客が酒や肴と湯女の三味線を楽しんでいた。侍・石原新五と乾丹蔵がそうして遊んでいるところへ、風呂上がりの川嶋忠次が浴衣を引っ掛けてやってきて、二人はいいタイミングで上がって幸せだという。なんでも新五と丹蔵が上がった後に急にお湯がぬるくなり、体が冷えてしまったというのだ。するとおつめが飛んできて、風呂焚きの久七がどこかへ行ってしまったと言う。すぐに風呂を焚かせるのでそれまで酒でもと勧める女将。するとすでに酒が入っていた新五と丹蔵は蕎麦を食べに行こうとする。蕎麦と風呂は食い合わせが悪いといぶかしがるおつめに、侍たちは今では蕎麦を食って風呂に入るのがイケてると言って出て行くのだった。

客がいなくなると、おつめは湯女たちに当たり散らす。客に気に入られればウハウハなのに、下働きの娘・小磯のように年がら年中文弥節を聞いたような吠え面をしていてはアホだと。小磯を探して来いと言われた女たちは、小磯は久七と水汲みに行ったと答える。おつめはますます怒り、久七にくっつきたがる憎たらしい女と言い捨てて、湯女たちに客の機嫌取りを急かすのだった。

その後にやって来たのはこの店の馴染み客、十河軍平。軍平はおつめと軽口を交わしつつ、下女の小磯の正体は主人・松永大膳が探している雪姫に違いないと言い、小磯を大膳のいる金閣寺へ連れていけば共に褒美は思いのままと持ちかける。おつねはこれ幸いと、小磯を差し出してその後は久作を婿取りしたいと返すのだった。二人がそう話している店先に軍平を訪ねる深編笠の侍がやって来る。侍はおつめに風呂の注文をして場を退出させる。その隙に軍平と密談する侍の正体は久吉だった。金閣に攻め込む準備は整えているという久吉に、軍平は大膳から十分な信頼を受けているため金閣内部の構造は判明したが、2階は不審で、常に見張りがいると答える。久吉は3階に慶寿院が閉じ込められているであろうと推理し、自らも大膳のもとへ入り込むと言って帰っていく。軍平もまたおつめに小雪を騙して連れてくるよう頼んで町の会所へ向かい、おつめは忙しさでおろそかになっていた化粧の準備をはじめる。

そのころ、小磯こと雪姫、そして久七こと狩野助はようやく水汲みから戻ってきた。それを見つけたおつめはすかさず叱責するも、久七に執りなされ矛をおさめる。せっかく塗った口紅がはげないようハフハフ喋りになっているのを久七に言われたおつめはキャッとなって歯磨きへと走っていった。

二人になると、雪姫は盗まれた家伝の秘伝書を取り戻し一家の仇を討ちたいとこぼすが、狩野助はこの勤めの身ではすぐには叶わずとも必ず本望を遂げることができるだろうと言う。そうしているところへ中居がやってきて、客が久七を呼んでいるという。狩野助が出て行くとすかさずおつめが現れ、事情は聞いたので、大膳から逃れさせるべく小磯を知り合いの僧職へ預けてやろうと言う。久七には追って知らせると言い聞かされた雪姫は、おつめの用意した駕籠に乗ってしまう。

一方、狩野助は新五・丹蔵・忠次の三人に、小磯との恋をとり持つよう迫られていた。狩野助は風呂の中の三人がそれぞれ持った手ぬぐいを風呂の外から小磯に引かせ、当たった者の女房にすると提案する。アホ侍三人は大喜びで風呂へ入っていった。そうして狩野助が雪姫を探しているところへおつめがやってくる。グイグイ迫ってくるおつめに狩野助は、侍三人が女将に懸想しているので、自分がくっついてはどんな報復を受けるともしれないと言う。なので自分を加えた四人からの恋人選びの手ぬぐい引きのふりをして、自分の手ぬぐいは端を絞っておくのでそれを引いてくれればいいと諭す狩野助。喜んだおつめがいそいそと化粧をしているうちに、狩野助は手ぬぐいを風呂の戸に挟んで逃走。おつめは風呂から出ている手ぬぐいのうちから裾の絞ってあるものを引き、風呂の扉を開けるが、手ぬぐいのもう片方を握っていたのは丹蔵だった。久七を探すおつめに三人が小磯はどこかと尋ねると、 お尋ね者の雪姫は大膳のもとへやったと言う。それを聞いた狩野助は駆け出すが、実は大膳の家臣であった侍三人はこれまたお尋ね者の狩野助を探しており、喧嘩になる。愛しい男の危機におつめが参戦、風呂桶を侍たちに被せてポコスカ叩くも多勢に無勢、狩野助は縛り上げられてしまう。恋に生きる女・おつめは一緒に縛って連れていってくれと懇願するが、丹蔵に風呂の中へドブンと叩き込まれてしまうのであった。

 

金閣寺碁立の段(今回上演部分)

都の錦と謳われるここ金閣寺では、松永大膳が弟・鬼藤太を相手に囲碁を打っていた。二番続けて黒石で勝ち、白石=源氏を圧倒したことにご満悦の大膳は、侍三人組、川嶋忠次・石原新五・乾丹蔵を呼び出し、3階・究竟頂へ押し込めた慶寿院の警護を申し渡す。慶寿院はこの頃、天井へ雪姫か狩野助の筆で雲龍図を描かせよと言い出しており、大膳が雪姫と狩野助を探していたのもそのためだった。しかし二人は絵を描くことを拒否し、狩野助は牢へ入れられる。大膳がこうして慶寿院の機嫌をとるのはいざ信長に攻め込まれた際に人質として利用するためであったが、そもそも彼が大和信貴へ帰れず金閣寺へ引きこもることになったのは、その信長に家臣浅倉を攻め滅ぼされたせいだった。しかしその信長から浪人した此下東吉という男が大膳への仕官を望んでいると尋ねてくる。大膳はその裏の策略を察知しつつ、十河軍平の勧めもあり、敢えてその謀に乗って東吉を召し抱かえようとしていた。

東吉を迎えに行った軍平が帰るまで、大膳は遊興に耽ることに。隣の間の障子を開けると、踊る芸者衆に囲まれた雪姫が積み重ねられた布団の上に座らされていた(極楽責めだそうです)。大膳は雲龍図を描くか、抱かれて寝るかを迫るが(なぜか選択させてくれる)、泣き沈む雪姫は両方とも辞退する(NOが言える女)。雲龍図は雪舟から伝えられた秘伝書がなくては描けず、夫ある身ゆえ不義はできないとして、いっそ殺して欲しいと言う雪姫。大膳は両方拒否するなら狩野助を井戸に沈めて殺すと脅すのだった。

そこへ東吉を伴った軍平が帰ってくる。東吉は短躯ゆえ馬丁でも申し付けて欲しいと言うが、大膳は軍師の才覚は容姿によらず、人それぞれの持つ「癖」は許すものとして、東吉を自分の「癖」である囲碁に付き合わせる。その勝負が進むうち、雪姫は夫のために大膳に抱かれることを決意し、隣の間へ声をかけるが、大膳は碁に夢中でうつつ返事。劣勢になった大膳が思わず「斬れ」と言葉を発すると、狩野助を斬るとして軍平が駆け出す。慌てた雪姫は飛び出して引き止め、大膳の意に従うことを告げる。大膳は囲碁の勝負の最中なので夜まで待てと言い、姫が抱かれて寝たならその後で狩野助は釈放すると約束する。そうして続けられた碁の勝負は東吉の勝ちに終わり、短気な大膳は怒って碁盤をぶん投げてしまう。東吉は囲碁でも口論でも戦場でも後ろを取ることは嫌いだと言い、何番でも勝負すると語る。

その態度に満足を覚えた大膳は、採用の最終試験として東吉の智謀を試すという。大膳は碁笥(碁石入れ)を井戸へ投げ込むと、東吉に碁笥を手を濡らさずに取る方法を問う。すると東吉はすぐに庭の滝の水を井戸へ引き込んで水を溢れさせ、浮かんできた碁笥を回収した。東吉は碁盤を裏返してその中央に碁笥を置くと、信長を討ったそのときには碁盤を首実検の台にしようと言う。それを見た大膳は感心して東吉を召し抱えるとし、酒宴の準備をさせるのだった。

 

金閣寺爪先鼠の段(今回上演部分)

松永鬼藤太と十河軍平が東吉を連れて去ると、大膳は雪姫を閨へ連れて行こうとする。しかし雪姫はやっぱり天井へ雲龍図を描くと言い出す。そのためには手本として雪舟の秘伝書がなくては描けないと言う雪姫に、大膳は腰に差していた刀を抜き、庭の滝にかかげる。すると不思議なことに滝の水へまるで生きているかのような龍の姿が映った。雪姫はその剣を奪い取り、これこそ探し求めていた家伝の名剣「倶利伽羅丸」であると言う。姫は秘伝書を探しているふりをして「倶利伽羅丸」が姿を現すのを待っており、これを持っている大膳こそが父を殺した犯人、姉の仇だと斬りかかる。しかし大膳はそれをかわして剣をもぎ取り、河内慈眼寺の滝本でこの剣を掲げていた老人を殺したのは確かに自分だと告げる。一族の無念、その志に免じ討たれてやってもいいが、自らは天下どころか王位を狙っていると言う大膳は姫を踏み倒す。戻ってきた軍平に大膳は狩野助を引き出して夕刻・五つの鐘を合図に殺すように申し渡す。そして鬼藤太には「倶利伽羅丸」を預けて慶寿院の見張りを命じ、東吉に雪姫を桜の木の根元へ縛り付けさせるのだった。

夕刻、桜が雪のように舞い散る中、雪姫の前を狩野助が軍平に引かれて通りすぎ、互いに嘆き悲しむ。雪姫は大膳が父の仇であることを狩野助へ伝えたいと思い、縄をなんとかほどけないかと考える。姫は、祖父雪舟が中国で僧侶であったころ、絵にかまけ学問を疎かにしたことからお堂の柱に縛り付けられたが、流した涙で床板に描いた鼠が本物となり縄目を食いちぎったという逸話を思い出し、足元へ桜の花びらをかき寄せて鼠の絵を描く。すると姫の一念が通じたのか、桜の花びらは白鼠と化して彼女を縛った縄を食いちぎる。喜んだ姫は狩野助を助けに向かおうとするが、鬼藤太に捕まってしまう。しかしそのとき鬼藤太を手裏剣が貫く。現れたのは姿を改めた久吉だった。久吉は鬼藤太の死骸から「倶利伽羅丸」を取って雪姫に渡す。雪姫が大膳を討ちに走ろうとするのを久吉は引き止めて、天下の敵大膳は自分が討ち、慶寿院も救出すると言う。姫は大膳を久吉に任せ、「倶利伽羅丸」をたずさえて狩野助と軍平のいる舟岡山へ走る。

深夜、月も傾いた頃。久吉は桜の木を伝って金閣2階・潮音洞へ侵入し、警護の川嶋忠次・石原新五・乾丹蔵を斬り払う。久吉が3階・究竟頂へ登ると、そこには「小袖の鎧」と釈迦三尊像を前に称名を唱える慶寿院の姿があった。久吉は彼女に信長からの迎えの意を伝え、慶覚が還俗し足利家を再び興そうとしていることを語る。そして合図の狼煙を上げると太鼓と法螺貝の音が鳴り響き、伏せていた信長の軍勢が一斉に蜂起する。久吉と慶寿院が庭へ降りると、そこには軍平と雪姫、狩野助が待っていた。慶寿院は天井画を頼んだのはそれにかこつけて雪姫・狩野助を呼び出し、大膳を騙して奪い返した足利家の旗を二人に託し、慶覚へ伝えるためだったと語る。

軍平が大膳の寝室を開けはなつと、そこには金網が張り巡らされ、中央に大膳が仁王立ちしていた。互いに腹に策略を持つ大膳と久吉は、大膳の本城・大和信貴での再戦を約する。こうして足利家の旗と「小袖の鎧」、「倶利伽羅丸」は久吉たちの手に戻り、花の都の金閣寺の滝は「龍門瀑」として今に名を轟かせている。

 

 

 

┃ 五段目 大団円

 

信貴山の段

信貴山付近に敷かれた信長の陣へ義昭公がやって来る。しかし陣ではなぜか久吉の命で舞楽が催されており、明智光秀は不審だと言うが、狩野助はこんなところへ将軍を呼ぶのも久吉の何かの計略だろうと言う。そこへ久吉が二本の扇を持って参上し、この宴は敵の油断を誘うためであると明かし、義昭公から賜った舞扇を信長へ渡す。信長はその扇から、軍の門出が末広がりの幸いであること、二本あることから日本が手に入ると読み取り、長久の御代を寿ぐ。そこへ偵察に出ていた柴田勝重が帰ってきて、勝負の時が近いことを注進する。久吉は浅倉討伐の返礼として明智へ城の正門攻めを頼み、自らは信長の側について大膳方の隙を狙うと言う。後陣へつくという柴田に促され、光秀は家伝の槍を携えて出陣する。

明智に正門を破られた松永大膳は生駒山の麓へ落ちのびる。大膳は気弱になる軍勢を引き立て、夜闇を煌々と照らすこの篝火は多数の軍勢があると見せかける久吉の罠だと言うが、鬨の声が上がり、多数の信長の軍勢が姿を見せる。大膳が東吉見参せよと声を上げると、軍平が自らは久吉の家臣・加藤正清であることを明かし、燃えている篝火は火にかけた松永軍の兵糧であることを告げる。正清は大膳に刀を投げ渡すが、運の尽きか大膳が手にした刀は岩に当たって折れてしまう。大膳を踏みしく正清、この地が焼米の焼尾山と呼ばれるのはこのことによるものだという。

義昭公を連れてきた久吉は、先将軍を害した大罪人として正清に大膳を逆さ磔にさせる。狩野助は雪姫との約束通り、舅の仇として大膳を刺し貫き、義昭公は兄の仇として大膳の首を落とす。こうして足利家の二引両紋の旗は再び豊かにたなびき、将軍家は栄華の門として栄えるのであった。

 

 

 

┃ 本作の趣向取り(モチーフ)に関して

雪姫
本作をはじめとする浄瑠璃に登場する雪姫は、実在の女性絵師・清原雪信をモデルにしていると言われている。雪信は本名を「雪」と言い、狩野探幽の門下四天王と謳われた久隅守景の娘だと言われている。夫は同じく絵師で探幽の門人・平野伊兵衛守清とされているが、夫よりも彼女のほうが評価・人気ともに高い。はあ、だから雪姫は意思強くいろいろと行動するが、狩野助はとくになにもせず始終ぼーっとしてるのね。

信長の草履打ち(二段目・信長下屋敷の段)
近松門左衛門浄瑠璃『本朝三国志』、読本浄瑠璃太閤記第三 信長記』にすでに草履打ちの趣向が見える。

山口・几帳の前の変装(二段目・信長下屋敷の段)
狂言 『花子』からの引用。夫は隠し妻のもとへ通うため、一晩座禅をしているふりをして太郎冠者に自分の変装をさせ、外出。しかし太郎冠者は妻に見つかってしまい、ガチ切れした妻が太郎冠者になりすまして夫の帰りを待つ。朝帰りした夫は調子をこいて隠し妻との逢瀬をウハウハ語るが……👹という話。歌舞伎にも『身替座禅』として移入されている。

光秀の障子越しの槍突き(二段目・芥子畑の段)
近松門左衛門浄瑠璃用明天皇職人鑑』に同様の身代わり趣向がみられるらしい。

是斎と久吉(三段目・天下茶屋是斎内の段)
近松門左衛門浄瑠璃『本朝三国志』三段目、四段目からの引用。該当作は太閤記物の嚆矢とされているとのこと。

画題の化現(四段目・金閣寺の段)
宇治加賀掾本の浄瑠璃『女絵師狩野雪姫』に雪姫と画題の龍の化現譚がある。守り袋を水に写すと雲龍が現れた的な話。詳細忘れたけど、「屏風の虎を捕まえろ」みたいな感じのすごい無茶振りを逆に絵でとんちこねて解決、無茶振りしたほうがギャフンと言わされる話の浄瑠璃があったはずなんだけど、何だろう。『女絵師狩野雪姫』はほかにも馬に綿帽子を被せ女に見せかけて妻の悋気を煽る趣向(うま? horse? なぜ?)、奪われた太刀が仇の手がかりになる趣向、雪姫が顔を描いたナス・ひょうたん・瓜が生命を得て動き出す趣向が本作の元ネタになっていると言われている。
また、近松門左衛門浄瑠璃『傾城反魂香』にある、囚われの身の狩野元信が血で虎を描き化現させる趣向も本作に影響を与えていると言われている。雪姫と狩野助の恋物語も『傾城反魂香』からの引用。『傾城反魂香』って、いろいろ喋くってたかつての恋人である遊女が実は……というところしか知らないんだけど、いろんな話が盛り込まれてるんですね。(頭の悪い感想)

 

 

 

┃ 参考資料