TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

文楽 6月大阪文楽鑑賞教室公演『二人三番叟』『絵本太功記』国立文楽劇場

夕顔棚の段の冒頭、舞台上手の袖にそそっと集って楽しげに「ナンミョーホーレーンゲーキョー」を唱えるお若い太夫さん方がかわいい。寺子屋の子どもたちみたいだった。

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今年の大阪鑑賞教室公演は、幹部は抑えどころの脇役に回り中堅が主演格にというチャレンジ配役。玉男さんが光秀の回は絶対あると思っていたので予想外だったが、そのぶん野生のプリンス玉志さんが光秀に配役されていた。2年前の東京5月公演で玉志さんが光秀を演じた『絵本太功記』は深く心に残っていて、もう一度観たいと思っていた配役。というわけで、今年は玉志さんが光秀に配役されている前期日程に行ってきた。

 

 

 

まずは『二人三番叟』。

二人三番叟の二人ってデキてる組とデキでない組が確実にありますよね。今回だけの話ではなく、人形遣いさん同士自体の相性と言うべきか、この人らお互いに全然興味ないんだろうな〜という組、やってる人らからしたら笑い事じゃないと思うが、なんとも言えないお仕事感が出ていて笑える(失礼)。かと思えばきゃっきゃとじゃれ合ってやっている人たちもいるのでおかしい。踊り自体もじっと見ているとなかなか面白くて、二人の三番叟は同じ振り付けで踊ってはいるけど、首の動かし方や背の伸ばし方など、それぞれ個性が違う。上手にいる孔明のほうが上品な雰囲気。下手にいるギャグ顔のほうは元気で陽気なのかな。人形遣いさん自身の個性が結構出る気がする。また、人形遣いさんにも端正に舞を披露する前半が上手い人がいれば、後半の鈴を持って激しく踊る段のほうが上手い人もいて面白い。ベタに思えてよく見ると味のある演目だと思う。

それと、床は午前・午後とも良かった。以前はこういうアミューズ的演目は引くほどヤバいときが多かった気がするが、最近は良くなっていて嬉しい。

 

 

 

文楽へようこそ。

いつも同じ解説と思いきや、午前の部の希さんは先日の『彦山権現誓助剣』でご自身が語っていた瓢箪棚の段の田舎博打の部分の語り分けを取り入れて解説していた。これは良かった。文楽の語りって聞き分けにある程度リテラシーがいるし、ぶっちゃけ語り分けが微妙すぎてわかんない人もいるんで、これくらい割り切ってやってくれたほうが解説の意図を取りやすい。午後の部・靖さんは演目解説の新兵器レーザーポインタの光量が低く、明るいスクリーンに照射してもあんまよくわからないのが微妙に悲しげだった。しかしあの演目解説、一応ネタバレに配慮しているのが微笑ましいよね。「さて、どうなってしまうのでしょうか〜(靖さんの定番棒読みお茶濁し)」とか言ってますけど、文楽の場合その伏せてるネタっていうのが親殺し、子殺し、切腹ですからね。

人形解説で面白いのは、玉誉さん(午後の部)はNHKの手慣れたアナウンサー風になのに、玉翔さん(午前の部)がやると途端に料理番組になるところ。茶碗蒸しとかカニ玉とか作り始めそう。玉翔さんはなんだか嬉しそうで良かった。レクチャーをしている玉翔さんの好きなところはもうひとつあるんだけど、ご注進されてしまって玉翔さんがそうでなくしてしまったら悲しいので秘密にしておく。でも同じところが好きな人は多い……と思う。

 

 

 

本編、『絵本太功記』夕顔棚の段〜尼ヶ崎の段。ここからは午前の部、午後の部に分けて書こうと思う。

 

先に観た午後の部。これは玉志さん・玉男さん・千歳さん&富助さん出演の本命配役回。光秀=玉志さん、久吉=玉男さんというのはいまの文楽から出せるある意味で最高の人形配役だろうと思う。

私は玉志さんは堅実に端正にやると思っていた。先日、赤坂文楽で玉男さんが光秀役で尼ヶ崎のダイジェストを演じていたが、そこから大きく違わないだろうと思っていた。おふたりは芸風が違うが、根底は同じで、かつ玉志さんはお師匠様に寄せてくると思ったから。先日国立劇場の視聴室で初代玉男師匠の光秀の映像を2本観たので(予習したんです、えらいでしょ!?)、その射程範囲に来る=キッチリ決めてくると思っていた。だが玉志さんの光秀は全然違った。出の気迫にびっくり。かなり前のめりの、勢いがある光秀だった。玉志さんがここまで突き抜けてくるとは驚いた。今日の玉志さんいつもと違う。なんだかちょっとギラついてる。全然落ち着いてない光秀。しかし彼は不義者と後ろ指をさされ親に逆賊と罵られる結果を予想してなお主君を討ち久吉を亡き者にしようとする異様に強固な意志を持っている人物である。これくらいの勢いがあってもおかしくない。玉志さんは普段はかなり綺麗目の遣い方をされる方だと思うが、そこをやや破調させてもなおやっているのだからよほど考えて意識的に演じておられるのだと思う。しかし元々が端正だし、凛々しさや瑞々しさ、透明感のある煌めきといった元来の持ち味はキープされていたので、なんか覚悟完了具合がすごすぎて葉隠覚悟になっていた。うーん、『覚悟のススメ』を文楽にするなら覚悟クンは玉男様だと思っていたけど玉志さんかもしれない。いや〜、どうしよう〜、迷う〜(すべて妄想)。びっくりしすぎてなんかもう2年前東京で観た玉志さんの光秀がどんなんだったか曖昧になってきた。妙心寺とかがついていたからか、もっと落ち着いていた記憶があるけど、もう、無理……。前のめりになった玉志さんの今後が楽しみです。

そして玉男さんの久吉、これはとても良かった。本作の主人公は武智光秀だけど、尼ヶ崎の最後は「♪威風りんりん凛然たる、真柴が武名仮名書きに、写す絵本の太功記と、末の世まで残しけり」という印象的な節で終わる。歴史に名を残す羽柴秀吉の光輝に隠れた明智光秀の明暗を描くのが話の筋ということでこういう締めになっているんだろうけど、尼ヶ崎だけ聴くと「明智一家の話でこれだけ騒いでおいて!?」と唐突で不思議な印象を受ける。しかし今回、玉男さんの久吉を見て、このクライマックスがすごく腑に落ちた。最後に怒涛の勢いで加藤正清と数多の軍卒(当社比)が久吉を迎えにくるけど、確かに立派な家臣たちが迎えに来るに相応しい大きな優美さをそなえていた。文楽だと数多の軍卒は数人しかいないし書割の海に浮かぶ軍船の大艦隊もしょぼいんだけどさ、人形や浄瑠璃がいいとそれ以上のものが見えるよね。さつきや後世の人々の考える「正義」は実際に彼にあるのだ、だからこそ光秀がより引き立つという、威風堂々とした美しい久吉だった。夕顔棚の冒頭、僧侶姿でくるりと回りながら少し軽快に出てくるところもよかったな。そしてやっぱり玉男さんは独特の安心感があると思った。なんかほっとする。

もうひとつ書いておきたいのは、十次郎を代役で勤められた玉勢さん。胸を打たれるほど頑張っておられた。直前の二人三番叟にもギャグ顔の三番叟役でご出演されていて、体力的に本当に大変だと思う。後期ではもとから十次郎に配役されているとはいえ、正直不安の中やっていらっしゃる部分もあるんじゃないだろうか。前半の裃姿の物憂げな十次郎が本当に物憂げだった。しかし三番叟の踊りもそうだったけど、動きのある部分はとても良い。三番叟なら鈴の段、尼ヶ崎だと後半の物語の部分。物語は着付の胸元に汗がぼたぼた落ちるほどに頑張っておられて、その熱演によって華麗な古典軍記物の世界が舞台上に出現していた。語りと人形の身振り手振りだけであそこまで戦場の様子が手に取るように見えるのはすごいことだと思う。もともと持っておられる瑞々しさが若武者ぶりを輝かせる方向に発露して、玉志さんの勢いのある光秀とも合っていた。なんかこう……青春映画の陸上部の真面目なキャプテンって感じ。簑紫郎さんの初菊が同じく青春映画のアイドル風だったので似合っていた。お二人とも率直に言えば荒削りなんだけど、役柄ともご本人の性質ともいえないピュアな雰囲気が十次郎と初菊の純粋な恋を盛り上げて、とても良かった。

そして素晴らしかったのは尼ヶ崎の奥を勤められた千歳さん&富助さん。午後の部は公演2日目・3日目の2回観たのだが、3日目、本当に素晴らしかった!!! 2日目は千歳さんがかなり走っているように感じられて、操の1回目のクドキなどめちゃくちゃ速くてすごいことになっていたけど(操役の一輔さんも異様に素早かった)、何があったのか、3日目はたっぷり聞かせる感じになっていた。富助さんが手綱を引っ張ってドウドウしてあげてるんでしょうか。それにつけても本公演でここまでやったら最終日まで体力持たなさそうな熱演。近くの席の初めて文楽に来たらしい若い娘さんたちも「かっこよかった〜!」「迫力あったね〜!」と大変喜んでおられた。今回の公演チラシのキャッチコピーは「これぞ、名作!」だが、そのコピーに恥じない「これぞ、文楽!」という最高の語りだった。

 

 

 

 

午前の部はさつき=和生さん、操=清十郎さん、初菊=紋臣さん、そして尼ヶ崎の奥・津駒さん。

津駒さんにまじびっくりした。私、津駒さんて、もうちょっと艶やかだったり、しっとりしていたり、華やかだったりする段のほうが声的に似合うと思っていて、尼ヶ崎は千歳さんのほうが圧倒的有利かなと実は思っていた。しかし、津駒さんの尼ヶ崎、本当に、ものすご〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜く良かった!!!! 期待をはるかに上回る素晴らしいパフォーマンス。津駒さんてこういういかにも文楽という雄渾な時代物も超似合うのねと発見。女性の語りの部分すべて素晴らしい。不幸を予見しつつも夫の意思を尊重して見守っていた操がついに感情を溢れさせるその嘆きと諌め、苦しみの中息子を可愛いと思ってもなお意思を貫くさつきの強さ。特にさつきがとても良くて、尼ヶ崎への理解が深まったように感じた。光秀だけではなく、すべての登場人物のお互いを思い合う苦悩が滲み出る、武智の一族の必然的悲劇が表現された語りに感動した。そして光秀が落涙する部分、「雨と涙の汐境、波立ち騒ぐごとくなり」ってやたら大げさな表現だけれど、それが嘘にならない、時代浄瑠璃独特の壮大で勇壮な世界が立ち上がっていた。男性の語りを千歳さんとは違うベクトルから攻めてる。感情を発露させる女性の語り部分がきめ細かく詰められている分、光秀の意志の強固さとそのわずかなほころびが際立ち、物語世界が立体的に感じた。津駒さんてお声の良さのせいか時々合唱のところに配役されるけど、今後は絶対にピンで切の部分を、と思った。大器の人とわかってはいたけど、いますぐここまで到達するとは思っていなかった。本当にお見逸れいたしました。

人形は紋臣さんの初菊が大変可憐で愛らしく、人形らしい限りない純粋性を見せていた。以前にも書いたことがあるが、女方人形遣いさんでもその女性造形が「現実の女性にはありえない人形独特の神秘性」方向の人と、「生身の女性を感じさせるリアリスティックな陰影」方向の人がいると思うが、紋臣さんは前者寄りの人なのね。人形でしか表現できない透明性、まさに深窓の姫って感じのあどけなくピュアな可愛さ。少しうつむき加減に目を伏せた姿や、手を袖の中に入れた姫らしい三角ポーズでじ〜っとしている姿などとても良かった。ごくわずかな仕草でも細かいところまで気配りされていて、初菊が演技をしていないときに見てもぬかりなく可愛かった。今後の本公演でもこれくらいの役を配役されるべき芸を持つ方だと思う。同世代では圧倒的では。

操役の清十郎さんは予想外に情熱的だった。もっと哀れを誘うような悲惨な感じに行くかと思っていたが(清十郎さんをなんだと思っているんだ)、いままで心にとどめていた熱い思いを一気に吐露するようなクドキにびっくりした。4〜5月は道行初音旅の静御前で、いい役なんだけど性質的にドラマの中の登場人物を演じてもらいたい人だなと思っていたのでこの配役はよかった。

そしてこちらの十次郎は清五郎さん。かなり落ち着いた雰囲気で、悲劇の貴公子ぶりがきわ立っていた。所作も丁寧で非常に綺麗。優しい筆致で描かれた幽玄な絵巻物の主人公風であった。

和生さんのさつきは当然の良さ。竹槍で刺された後は苦しんでいるというより、もう、だいぶ死にかけている感じだった。おばーちゃんだから……。あと、和生さん、髪型がすごいキマっていた。最近、和生さんに「日本の母」(スケールでかい)を感じる私です。

あとは玉輝さんの久吉に安心感を得た。

 

 

 

人形演技のメモ

  • 十次郎と初菊の祝言の盃を運んでくるさつき・操→「雨か涙の母親は、白木に土器白髪の婆、長柄の銚子蝶花型」と、浄瑠璃上では操が三方と器、さつきが銚子を持ってくるはずだが、現行の人形の演技は逆。文法合わせでなく語感合わせか? だとすれば義太夫らしい解釈。
  • 光秀の出の場所→過去の映像を確認したところ、初代玉男師匠の場合、竹やぶから出てくる場合と、夕顔棚(家屋)の裏手から出てくるパターンがあったが、今回は玉志さん玉助さんともに竹やぶから。
  • 光秀の出のすぐ後、竹槍を作る場面で切っ先を髪にこすりつける演技→本当にやっていた(そりゃそうだ)。細かい。言われないと気づかない。
  • 操の1度目のクドキの後、「取り付く島もなかりけり」 で光秀が決まるところ→玉志さん玉助さんともにオーソドックスに軍扇を広げるやり方だった。
  • 十次郎「今生のお暇乞い、も一度お顔が見たけれど、もう目が見えぬ。父上、母様、初菊殿」→光秀は呼ばれると軍扇で膝を二度打って返事をする。十次郎の上手に操、下手に初菊が座っているが、十次郎は逆に思っていて、「初菊殿」で上手の操にすがりつき、髪を触って違うと気づき、下手の初菊のほうへ向き直って髪を触り、初菊だとわかって抱きしめる。髪自体の質感で気づいたのか、それとも髪型で気づいたのかは人形の演技では判別できず。
  • 「さすが勇気の光秀も、親の慈悲心子故の闇」の「親」は光秀ではなくさつきを表している→確かにその場面、一瞬だけ光秀がさつきのほうを向く。光秀はさつきから目をそらしている場面が多いので印象的。
  • 段切直前、光秀と久吉が同じ振りになる場面→玉志さんと玉男さんだと演技が揃って舞台映えしていて、とても良かった。昨年春の『菅原』でもお二人の梅王丸松王丸の兄弟役でのペアになる演技がとてもよかったが、兄弟弟子だと持っておられる基礎部分が同じだからか揃って見えるのかしらん。

光秀の演技に関しては、先日の赤坂文楽記事での玉男さんの談話もご参照のこと。松の物見などの解説もあり。

 

 

今回の鑑賞教室公演では文楽の今後の公演が楽しみになる本当にすばらしい舞台を見せてもらった。人形、太夫、三味線、すべてのパートに超大満足。ある意味、本公演を超えるものを観て聴いたと思う。本公演だとみんながみんなここまで全力で来ないしね。そして、千歳さんと津駒さんが切場語りになる日が本当に心から楽しみ。その日はもうすぐ来ると思う。

個別に書かなかった方々もみなさん個性を発揮されていて、とても良かった。やっぱり文楽って出演者の方々の個性を見るのが楽しい。鑑賞教室は見比べが出来るのが醍醐味ですね。

 

 

 

展示室では新作映像が流れていた。去年11月上演の『心中宵庚申』 を素材に文楽を紹介する「文楽の楽しみ」というタイトルの20分くらいのもの。文楽の基礎知識をダイジェストで紐解いていく中で、技芸員からは太夫・千歳さん、三味線・ 富助さん、人形・勘十郎さんが簡単な各パートの解説や稽古・準備の仕方を話していた。観光客向けなのか、ナレーションが若干わざとらしいくらいの大阪弁(というかおっとりした関西弁)なのだが、関西以外の人には通じづらいのではという言い回しも多く、なかなかチャレンジャーだなと思った。乙女のごとき可憐なピンクほっぺの富助さんが最高だった(もはや解説関係ない)。

しかし、鑑賞教室本編でもそうなんだけど、私が文楽の紹介で最初に言ったほうがいいと思うのは、「人形は音曲に合わせて演技している」ということ。これをわかっているかどうかって重要だと思うんですが……。文楽を構成する最重要要素は浄瑠璃で、音曲が根幹になっている芸能だと知らせたほうが良いと思う。歌舞伎の義太夫狂言ともこの点は異なってるし。知らない人は人形に合わせてアフレコ的に音楽がついていると思うのではないでしょうか……。

 

 

 

◾️

六月十日に六月十日の段を観劇。「旧暦ですけどね!」(BYノゾミ)

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文楽劇場の隣のたこ焼き屋のたこ焼き。12個入りからと聞いて「多い!?!?」とびっくりしたが、小粒で食べやすかった。

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文楽 5月東京公演『本朝廿四孝』『義経千本桜』国立劇場小劇場

物語のところで勘助が座る台、前半で狸寝入りするこたつなんだって。わかんねえよ!!

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4月大阪公演の後、浄瑠璃を復習した甲斐あってストーリーを把握してから観ることができたため、浄瑠璃や人形の演技のディティールをよく観察することができた。やっぱりちらしやパンフを読んだだけでは話が難しすぎるよ。周囲の席の人が「ちらしのあらすじの意味が全然わからない」と話していたり、上演中にちらしであらすじを確認している人がいたもの……。宣伝物のあらすじの書き方も工夫が必要だと思う。

 

 

 

桔梗原に登場する「槍弾正」こと越名弾正、文司さんがよかった。槍を振り回す演舞のところの肩関節の可動域のなめらかさ、豪快さ。越名弾正はかしらの通りに荒武者風なんだけど、動きが的確なため、野卑ではない、身分ある豪傑という感じ。手足が美しく伸び、アスリートのような力強さを感じさせる動きだった。大型の人形は肩の可動域の広さや腕の動きの自然さ、伸びやかな美しさが人形の見栄えに影響するように思う。文司さんの人形の動きは、(文司さんの?)見た目に反してわりと速い。フト、東映のヤクザ映画では安藤昇だけアクションシーンで異様に動きが速いことを思い出した。あと、子どもあやしの「いないいないばあ!」が心なしか大阪よりソフトになっておられた。もっと変顔してよ文司さ〜ん。子どもじゃなくてお客さんにはバカウケしていた。

「そんなふうに演技してたんだ!」と思ったのは、景勝〈吉田玉也〉の視線づくり。門のそばにいるときからずっと越路のほうを横目に見ているんだな。横を向いているので客席からは横顔になって見辛いが、視線(人形の目玉の向き)は越路のほうをじいっと見ている。登場する時間の短い役だが、そのぶんこだわりのある細かい所作が面白く、去り際の速いきびすの返し方なども締まっていて格好よかった。でも、玉也さんにしては一瞬役すぎて悲しかった……。

あと、前半の勘十郎さん越路のおばあちゃん度がアップしていた。枯れ木のようなヨボヨボになっていた。そこから後半の簑助さん越路になると急激に小柄で可愛い上品おばあちゃんになるのがなかなか興味深かった。簑助さんの越路は一番最後、打掛姿のお種が死んだ峰松を抱いて入ってきて、悲しみに打ち沈みながらも殊勝なことを言うところで、お種と一緒にじっと悲しげにうつむいていた。

お種〈吉田和生〉は優しい美しさ。彦山権現のほうを見慣れてしまって?、和生さんの娘ぶりも板についてきたなァ(何様?)と思っていたが、お種を見るとやっぱり和生さんてお母さん役が似合うと思った。独特の落ち着き感や優美さが光っていた。

慈悲蔵〈吉田玉男〉のクリアな美しさ。よかったのは桔梗原で子どもを捨てるところで、子どもの顔をじっと見て愛しそうに優しく頬ずりをするところ。ここが慈悲蔵が嘘偽りない姿で我が子と対面できる最後の機会なんですね。しみじみと優しい頬ずりだった。それと、タケノコ掘りに出かけるところで、簑を着て鍬をかつぎ、舞台下手から上手へゆっくり歩いていくところで、踊るように振り返る姿の美しさ。悲しげな姿にはっとさせられた。慈悲蔵は二枚目に使うようなかしらや着物を使っているわけじゃないけど、役柄そのものの持っている透明感が感じられたというか……。慈悲蔵って行動が文楽の中でもブッチギリにやばい部類の人だが、非情になりきれない心の弱さ、言い換えると心の優しさを持っている気がする。それがすごく美しい、人形らしい形で出てると感じた。あとは唐織を家から追い出した後、門扉を縄で結わえてキセルで錠をするところで、門扉の閂(?)に巻く縄の巻きつけ方が大阪より綺麗だった。どういうテク?

 

 

 

床では文字久さんの代役で桔梗原奥に出演された三輪太夫さんがよかった。桔梗原ってどんなところ? 慈悲蔵と高坂弾正、越名弾正はどう違うの? 唐織と入江は? 何人もがいっきに喋り始めたら、あのすすきの野っ原の雰囲気はどう変わる? ということがよくわかった。例えていうと……、若い子が一生懸命語るのが平面の板に彩度の高い油彩で描かれた桔梗原の風景だとしたら、三輪さんの語りは香木を透し彫りにした細密なレリーフで桔梗原の風景を描いている。みたいな感じ。においをかいだり、細かい彫りを時間をかけてじっくり見たり、ライティングを変えて細工をよく確認したりしたい感じ。三輪さんは普段こういうところにはご出演されないので、よりわかるのかもしれない。桔梗原に吹き渡る、寂しく冷え冷えとした風を感じた。

勘助住家後の呂勢太夫さんはとてもよかった。ここ最近の呂勢さんで一番よかったと思う。大阪では実は「一生懸命がんばっておられるのはわかるけど……」と思ったけど、今回東京で千秋楽直前に聞いた呂勢さんは、舞台を引っ張っていくような語りだった。多分、全体のバランス設計が成功しているのだと思う。

 

 

 

襲名披露口上。

メンバーは大阪と変わらず。唐突司会・簑二郎さんの人形遣いとは思えない美声がいかす。そして玉男様が大変ご立派に口上なされていてわたくしは感無量に存じます。和生さんが「三代目玉助さんが弁慶を1日に3度演じたのはわたしたち人形遣いのレジェンドでございます!」とまさかのウケを取りに行ったのが最高だった。そんな和生さん、客席スレスレを見るような微妙な目線のつけかたをされていたので、目が合いそうになってドキドキした。微妙に目を逸らしてくる和生さんvs人が話してるときはその人の目を見なきゃと思っている観客。和生さん勘十郎さんは大阪からお話をアレンジされていて面白かった。玉男様は同じでいいんですっ。簑助さんはお顔色も良く「ふむ!」って感じでお元気そうでよかった。

 

 

以上、個々に書いたけど、個別に光る人はいるが、上演全体としてはまとまりに欠ける印象だった。なんかチグハグというか軸がぶれているというか……。プログラム編成要因(最後に中途半端に「道行初音旅」がついてる)もあるけど、舞台に一体感や締まりがなかった。その点、呂勢さんは散漫になっていた舞台全体を浄瑠璃の世界に引き込んでまとめようとする気概を感じた。

 

 

 

義経千本桜』道行初音旅。

謎のオマケ感で座りが悪い道行初音旅だが、内容は良い。お人形さんがとても可愛い。人形の踊りって、普通の演技とはまた違った才能が必要とされると思う。踊りがうまい人形遣いさんていますよね。人形がひとりでに動いているように見える人。やっぱり勘十郎さんは上手い。狐忠信のゆったりとした優雅な動きが美しい。実際にはケレンがなくとも、踊りだけで十二分に楽しめると思う。

 

 

 

4〜5月は第一部・第二部とも東西で同じ演目だったが、やはり、うまい人というのは2ヶ月の間でうまくなっていくのだなと感じた。先日『女殺油地獄』を3回観た感想を書いたときにも触れたが、うまい人って別にはじめからできるんですね。できるんだけど、回を重ねるごとに演技がどんどん役の性根に接近していって、ディティールが克明になってくる。さらには気温や湿度、匂い、時間の流れまで感じられるようになる。その意味では今回の5月公演は第二部のほうが良かった。

2ヶ月も同じ演目をやっていると(というのを1〜2月、4〜5月の2回も見ると)、向上する人とそうでない人に分かれていくのを感じる。向上する人はかなり向上する。勘十郎さんなどはトークショー等で回による出来のムラや、必ずしも最初のほうが下手で最後が上手いというわけではないとおっしゃっているが、そういった調子の良し悪しとは別の次元の部分で、あっ、この人こないだと違う!この人の中でなにかが変わったんだ!と思うことがあるのだ。それは若い人にでも、ベテランの人にでも感じる。出演者の方はご自分のパフォーマンスをどれだけ客観的にわかるのだろうと思う。色々な意味で、わかんないんだろうけど……。

とにかく私が言いたいのは、丁寧にやって欲しいということである。頑張っているから許すとか、そういう志は私にはありません。頑張ってるもんが見たいときはYoutubeで動物の赤ちゃん動画見てますんで(疲れている人)、よろしくお願いします……。

 

 

 

のぼり。

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お昼は久しぶりに食堂へ行ってみた。予約せず入ったら、このお弁当1種しか選べなかった(1600円)。最後の幕間にはあこがれの桔梗屋信玄餅クレープアイスもいただいた(速攻食ったため写真なし)。すごくおいしかったので、次回も食べたい。

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勘助住家で降った雪。

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文楽 赤坂文楽#19『絵本太功記』尼ヶ崎の段 赤坂区民センター

吉例! 赤坂文楽に行ってきた。今回は玉男さんメインの回。

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内容としては公演というより実演付きトークショーと言うべきだろうか。『絵本太功記』十段目「尼ヶ崎の段」から光秀の出、操のクドキ、松に登っての物見〜段切の3箇所をダイジェスト上演し、高木秀樹さんの司会で玉男さんが人形の解説をその場でのデモンストレーションを交えて話すというもの。

ダイジェストとは言え、一昨年5月東京で半通しを観たのと、十段目は津太夫のCDを持っているから内容や詞章が頭に入っているため、迷うことなく話に入っていけた。

以下、簡単に実演とお話の内容。

 

 

 

┃ 光秀の出

月漏る片庇
こゝに苅り取る真柴垣、夕顔棚のこなたより、現れ出でたる武智光秀
「必定久吉この内に、忍びゐるこそ究竟一。たゞひと討ち」 と気は張弓、心は矢竹藪垣の、見越しの竹をひつそぎ槍、小田の蛙の啼く音をば、留めて『敵に悟られじ』と、差し足抜き足、窺ひ寄り、聞こゆる物音、『心得たり』と、突つ込む手練の槍先に
『ワツ』と玉ぎる女の泣き声
『合点行かず』と引き出す手負ひ
真柴にあらで真実の、母のさつきが七転八倒
「ヤゝこは母人か、為成したり。残念至極」
と、ばかりにて、さすがの武智も仰天し、たゞ呆然たるばかりなり

一番最初に高木さんから『絵本太功記』自体のおおまかな解説があって、そのあと光秀の出の実演→玉男さんのお話の流れで進行。

セットは暗幕をバックに、障子をL字型に立てて奥の一間(湯殿)に見立てたものと竹やぶのみの簡素なもの。そんな舞台にも関わらず、「夕顔棚のこなたより」で笠を掲げてゆっくりと姿を表す光秀の人形は、月の光をまとったかのように美しく静かに輝いている。諸般の事情によりさつきがいない(涙)のがまことに残念至極なのだが、光秀だけでも意外と違和感がない。さつきは湯殿の中にとどまっているのかなと思う程度。というのはもちろん呂勢さん&燕三さんの浄瑠璃と玉男さんの技量によるものなんだけど、とにかくあの悪環境で人形が輝いて見えるというのはすごいなとシンプルに思った。赤坂区民センター、本当に音響が悪いし舞台も狭いので……。

この部分は手すりなしの舞台装置で、人形遣いの足元がどうなってるのかがよくわかる形での上演だった。手すりがないと人形と舞台下駄を履いた人形遣い自身にかなり迫力がある。足遣いの人の足拍子の所作もよく見える。もともとの姿勢が低いし、高い位置から足を振り下ろせるわけではないので、かなり大変そう。というか、古典芸能用の舞台ならともかく、こんな普通の床でよくあんな大きい音出せるなと思った。それともうひとつ。手すりがないことで介錯の人が何をやっているかわかるのが面白かった。この場面でいうと、光秀が脱ぎ捨てた笠を拾ったり、竹を斬って槍にするところで竹を支えて水平を保ち、人形の演技を助けたり。人形が出ている間は袖で待機されていて、ずっと腰を屈めているので大変そうだった。それにしても、手すりがなくても人形って見えないグランドラインの上を違和感なく歩くんですね……。当たり前だけど……。

最後、トークショーに入るため幕を一旦下ろしたときに、幕が降りきるまで時間がかかるからか、燕三さんが頭を下げながらふふっと少し微笑んでおられたのと、呂勢さんとそっと顔を見合わせて笑っておられたのが可愛かった。

 

玉男さんのお話(1)

  • 『絵本太功記』は思い出深い狂言。昭和41年か42年、中学二年生だったころ、文楽協会が設立されてから初めて『絵本太功記』が通し狂言で出た。『絵本太功記』は登場人物が多く、人形遣いの人手が足りないので、「誰か若い子おらんのか」ということで、当時近所に住んでいた人形遣いの玉昇さんに「遊びに来ぃへんか」と誘われ、ちょっと「手伝った」。
  • 同世代の手伝いがほかにもいて、勘十郎さん(当代)もその手伝いをしていた。勘十郎さんはそれよりも前から楽屋へ遊びに行っていたらしい。
  • 手伝いの内容は、横幕(小幕)の開け閉め、舞台下駄や草履を揃えて運ぶなど。人形を持つ(遣う)まではいかなかった。ただ、十一段目の「大徳寺焼香の段」にはたくさんの人形が必要。ほとんど動かない人形もいるため、じっとしている大徳寺のお坊さんの足を「持っていた」。
  • 当時の公演期間は二週間程度で、学校の放課後、4時くらいから行っていた。夜の部が始まったころに劇場に着くと、師匠(初代吉田玉男。この時点では弟子入り前)がうどんを食べさせてくれた。それから、師匠に頭巾や黒衣を借りて、下は学生ズボンで手伝っていた。
  • その一興業が終わった段階で文楽に入ろうと思ったわけではなかった。進路には迷っていて、中三になる頃は高校に行こうかな?と思っていた。が、高校には行かず、文楽に入ることに決めた。
  • 初代玉男師匠の弟子になったのは、手伝いの頃から部屋が一緒だったし(紹介してくれた玉昇さんが玉市師匠の弟子で、初代玉男師匠と同部屋だった)、実の親のように接してくれたから。(お話自体にはなかったが、私の印象だと、どなたの弟子になるか、はじめから心に決めておられたみたいでした)
  • 師匠には預かりの弟子がいたけれど、直弟子はいなかった。ほかに先に兄弟子がいたが、お辞めになって、自分が最初の直弟子になった。師匠にもらった名前は「玉女(たまめ)」。はじめは「玉若(たまわか)」にすると言っていたが、途中から「玉女」にしようと言い出した。何故かって……? そのころはかわいかった*1から……////(高木さんから「師匠ははじめから名前を継がせようとしてたんでしょう!そうでしょう!!」と迫られ、「わかりません!!そんなことないと思います!!」と照れまくる玉男様)

  • 本舞台での初めての光秀役。昭和57年の朝日座正月公演で吉田文吾師匠が襲名し、その襲名披露狂言が尼ヶ崎だった。文吾師匠が光秀、玉男師匠が十次郎、簑助師匠が初菊。尼ヶ崎は文楽のお客さんにも大変馴染みがあり、曲もよい、誰もが知っている狂言で、勘十郎さんも襲名披露狂言にしていた。そのころ、本興行が終わった後に「若手向上会」という若手の勉強会があって、そこで光秀の配役が来た。
  • 本興行では光秀の左に入っていたわけではなく、左は玉幸さん、足は文司さんが入っていた。ぼくは師匠(十次郎)の左に入っていて、じっと光秀を見ていた。師匠の左を遣っていても気もそぞろで、光秀のほうばかり見ていた(笑)。舞台ではそんなふうに人が遣っているのを見ている。
  • (先代玉男師匠は当時光秀を遣っていなかったんですよね?と高木さんに振られ)当時師匠は光秀などの大きな人形は遣っていなかった。そのころ荒物を遣っていたのは先代勘十郎師匠や亀松さん(四世)。その方々が亡くなり、師匠が遣うようになった。大きな人形の配役が来るようになったのは大変だったみたいですね。
  • 若手向上会は舞台稽古1日で、本番4日間。本興行中は「見ているだけ」なのに稽古1日で遣えるのは、本興行中に毎日楽屋で人形を持たせてもらって遣っていたから。人形を遣っていると、師匠がやってきて「こうやで」と教えてくれる。
  • 本番には師匠が2回左に入ってくれた。師匠が左に入るとやりやすいとも言えるが、左から引っ張られて止められたり、「重い」。間違っていると(指導で)引っ張ってくる。でも、決めのところはちゃんとやってくれて、勉強になった。そのころ文七の初役がたくさん来たんです。ほかには『一谷嫩軍記』の熊谷の物語、『菅原伝授手習鑑』の松王の首実検の左にも師匠に入ってもらった。もう、汗が出て大変だった。こういう経験は師匠とぼくだけじゃなく、簑助師匠も勘十郎さんの左に入っていた。菅原でも勘十郎さんの源蔵の左に入っておられたり。
  • 光秀の出。竹を刈って先を斬ったあと、槍の穂先を人形の額部分につける所作がある。これは穂先に油をつけて久吉を刺す刃先の通りをよくしようとするもの。ずっと昔からあった演技だと思う。昔は地方公演に行くとこの部分で「細かい!」という声がかかった(笑)。師匠も笑ってましたね。

 

 

┃ 操のクドキ

妻は涙にむせ返り
「コレ見給へ光秀殿。軍の門出にくれぐれもお諫め申したその時に、思ひ止まつて給はらば、かうした嘆きはあるまいに。知らぬ事とは言ひながら、現在母御を手に掛けて、殺すといふは何事ぞ。せめて母御のご最期に『善心に立ち帰る』と、たつたひと言聞かしてたべ。拝むわいの」
と手を合はし、諫めつ泣いつひと筋に、夫を思ふ恨み泣き、操の鏡曇りなき涙に誠顕せり
光秀は声荒らげ
「ヤア猪口才な諫言立て、無益の舌の根動かすな。遺恨を重ぬる尾田春長。勿論三代相恩の主君でなく、わが諫めを用ひずして神社仏閣を破却し、悪逆日々に増長すれば、武門の習ひ天下の為、討ち取つたるはわが器量。武王は殷の紂王を討ち、北条義時は帝を流し奉る。和漢共に、無道の君を弑するは、民を休むる英傑の志。女童の知る事ならず。退さりをらう」
と光秀が、一心変ぜぬ勇気の眼色、取り付く島もなかりけり。

ここは先にお話を聞いてから実演。玉男さんが高木さんから扇子を借りて、光秀の「取りつく島もなかりけり」で決まる部分をご自身で実演された。玉男さんは体格が良くていらっしゃるからかもしれないけど……、なんかこう……違和感がなかった。人形遣いさんてみんなこういうのできるんですかね。なんかそういう芝居を見ているみたいな気分に……。あまりに普通なので反応に困った。そして光秀の前で崩れる操は高木さんが演じていた。はじめ、「操がいませんねぇ〜、操が〜……」とキョロキョロしながらおっしゃったので、客席から誰か操役を選ぶのかと思ったら、突然ご自分でやりはじめて爆笑。まあ、確かにお客さんでは操のポーズがわからない人が大半ということでしょうね。

そして実演。てっきり素浄瑠璃かと思っていたら、なんとびっくり人形がついていた。光秀だけだけど。ひたすらじ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っとしている光秀……………。本公演だと手前側で操が踊っているはずなのでそっちに目が行くが、今回は諸般の事情により操がいない(涙)ので、ステージに出ているのはじ〜っとしている光秀の人形のみ……。じ〜っとしているのって、大変なのねと思った。やっぱり足がちょっとフラついたりしちゃってたんで……。さすがに人形1体しか出てない状況でお客さんの全視線が集まるので、足を遣っている方も緊張してたと思うが……。じっとしている人形を見せるという趣旨はすごいと思う。

呂勢さんはなぜか(?)光秀の反論より操のクドキのほうがよかった。逆になるかと思っていたが。声量的にも操のほうが声の圧力があった。パフォーマンスそのものは良いんだけど、どういうバランス設計をされているのかがよくわからない……。前の知盛の回でも思ったけど、出来にムラがあるというか、こういう単発公演に弱い人なのだろうか……(東京の本公演はとても良かったんだけど)。

燕三さんはいついかなるときも上手い。お客さん全員知ってることだけど、まじうまい。決してこれみよがしだったりするわけではないんだけど、地力の高さ、その安定をしみじみと感じた。端正で清澄な音で、舞台が引き締まっている。嘆き伏す操の姿がまさに目の前に見えるような三味線。燕三さんは三味線の演奏者というより、あくまで文楽の三味線弾き……太夫さんがいて人形さんがいての三味線弾きって感じなのがとても好き。クドキの最後のほうは、ちょっと光秀から目を離して、しばらく燕三さんの手元を見て聴き入ってしまった。大変に美しい音色だった。

 

玉男さんのお話(2)

  • 操のクドキの間、光秀はじっとしている。大きい人形を高く差し上げ、ぐっ!と腹に力を入れていて……、休んでいるわけじゃないんです。ここは光秀の見せ場でもあって、「気」が入っていないと左や足がついてこない。
  • 光秀のような役は「立ち人形」と言って、動き回るので格好良く見せなければならない。十段目の光秀の人形は11kgほどある。太刀を吊っているので重い。本当は鎧を着ているはずだが、「千早」という甚平のような軽い衣装を着ている。これは明治時代に初代玉造師匠が人形を遣いやすいよう考案したのではないか。
  • 十段目は上演時間が一時間ほどあり、どこでイキを抜くか?気を抜くか?を考えている。若い頃はそれができなかった。人形を遣うのは腕力ではなく、コツがある。
  • 光秀が「取り付く島もなかりけり」で決まるところには2種類のやりかたがある。まず一つは、公演のチラシのビジュアルにもなっている、右足を手前の操のほうに下ろし、右手で鉄扇(軍扇)を顔の前に広げ、左手を頭の横で広げて突き出し、操のほうを見るやりかた(図A)。もうひとつが文吾師匠がやっていた古いやり方で、右足を下ろさず腰掛けて、閉じた鉄扇を両手で持ち、要を刀の根元に押し当てて力を入れて体重をかけ、顔は操のほうをぐっと見るやり方(図B)。

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  • 師匠は両方やっていて、これはむかしのフリや、グッと決まった(こっちの)ほうがラクや」と言っていたが、古いやり方はぼくらがやると「弱い」。師匠がやると力強いんですけど……。ぼくは古いやり方でやったことがない。
  • 師匠は一公演中でもいろいろやっていた。公演も一週間くらいすると左や足の気が抜けてくるので、違うことを突然やろうと思いつく。いきなりやられると、できないんですけど、今日は違う!!!とは思う。できます。(どっちやねん)
  • 人形の演技に手順はあるのだが、変わったりする(変えることができる)。フリがいきなり変わっても、左遣いはそれをこなさなければならない。ぼくも公演中慣れてきたらちょっとそういう変更をやることがある。滅多にはしませんけど……いまの足の子はそれに対応できないですね。でも、対応しなくちゃいけない。
  • 人形の持ち方。立役の大きな人形には「ツキアゲ」という棒がついている。この棒と右手の差し金を一緒に持つと肩が安定し、人形が決まる。指差す所作をするときなどは差し金のみを持ち、ツキアゲは離す(と言いながらさらさら実演する玉男さん。持ったり離したりが自然で、見ているぶんにはスムーズすぎて全然わからない)。人形の位置が高い姿勢のときなどは、ツキアゲをおなかに乗せる。
  • この舞台下駄はぼくが一番使いやすい高さのもの。こないだの六助でもこれを使っていた。(玉男さん背が高くていらっしゃるのでよくわからないが、そこそこ高さのある舞台下駄。見ているぶんには普通に歩いておられるけど、慣れるまでは大変そう。玉男さん身長があるからその高さですんでいるのだろうけど)

 

 

 

┃ 物見の松〜段切

またも聞こゆる人馬の物音、矢叫びの声かまびすく、手に取る如く聞こゆれば
光秀聞くより突つ立ち上がり
「アノ物音は敵か味方か。勝利如何に」
と庭先の、拗木の松が枝踏みしめ踏みしめよぢ登り、眼下の村手をきつと見下し
「和田の岬の弓手より追々続く数多の兵船、間く立つたる魚鱗の備へ、千成瓢の馬印は、疑ひもなき真柴久吉。風を喰らつてこの家を逃げ延び、手勢引き具し光秀を討つ取る術と覚えたり」
と言ふより早くひらりと飛び下り「草履摑みの猿面冠者イデひとひしぎ」と身繕ひ、勢ひ込んで駆け出だせば
「ヤアヤア武智光秀暫く待て。真柴筑前守久吉対面せん」
と呼ばはつて、三衣に替はる陣羽織、小手臑当も優美の骨柄悠然として立ち出づれば。光秀見るより仰天し、駆け戻つてはつたと睨み
「ヤア珍しゝ真柴久吉。武智十兵衛光秀が、この世の引導渡してくれん。観念せよ」
と詰め寄れば
「ホホヲ共に天を戴かぬ亡君の弔ひ軍。今この所で討ち取つては、義あつて勇を失ふ道理。諸国の武 士に久吉が軍功を知らさん為、時日を移さず山崎にて勝負の雌雄を決すべし。ガ如何に如何に」
「ヲゝさすがの久吉よく言うたり。我も惟任将軍と勅許を受けし身の本懐。ひと先づ都に立ち帰り、京洛中の者共へ、地子を赦すも母への追善、ガ互ひの運は天王山、洞ケ峠に陣所を構へ、たゞ一戦に駆け崩さん。首を洗つて観念せよ」
「ホゝゝゝゝ何さ何さ。たとへ項羽が勇あるとも、我また孫呉が秘術を振るひ、千変万化に駆け悩まし、勝鬨あぐるは瞬くうち」
と久吉が、詞はゆるがぬ大盤石
たちまち廻り小栗栖の、土に哀れを残すとは知らず
知られぬ敵
味方、睨み別るゝ二人の勇者
二世を固めの別れの涙、かゝれとてしもうば玉のその黒髪を敢へなくも、切り払うたる尼ケ崎。菩提の種と夕顔の軒にきらめく千成瓢箪
駒のいなゝき迎ひの軍卒、見渡す沖は中国より追々入り来る数万の兵船。威風りんりん凛然たる、真柴が武名仮名書きに、写す絵本の太功記と末の、世までも残しけり

ここは先にお話があってから、最後に人形浄瑠璃

お話パートでは大道具の松を特別に裏返して、人形遣いが登る階段が見えている状態で舞台下手に設置。御簾内で弾く三味線さんには今回は舞台上で立膝をして弾いてもらい、浄瑠璃を玉男さんがご自分で語りながら物見の所作を実演。本公演ではまったくの無表情で出演されている玉男さんが、笑顔で楽しげにこなされているのが印象的だった。このデモンストレーションでは、左遣い=玉佳さん、足遣い=玉路さんの動きも含めての解説。このお二人も黒衣の頭巾なしでの実演のため、お二人の目線がどこにいっているかがありありとわかった。足遣いの人はお顔をかなり上向きにされていて、ずっと人形の頭あたりを見てるんですね。左の人も上向きなんだけど、人形の姿自体をもっと細かくチェックしてコントロールしている感じ。物見に向かうとき光秀の人形は下手を向いて横向きになるが、解説では人形を正面に向け、玉男さんも左遣いの操演を実演してくれた。

物見はさすがに慣れておられるのか、スイスイと登っていたのでなんというかすごく普通に見えた。もはや裏から見ている意味がないほどのスイスイぶり……。いや、10kg以上の荷物持って段差を昇るのは大変だと思います。12月に観た『ひらかな盛衰記』逆櫓では、樋口の人形は綺麗に登っていたけれど、樋口役の玉志さんご自身は、人形を見上げてチェックしながら昇るのが結構大変げだったので……。松の木の裏に取り付けられた階段を上がるときは舞台下駄を脱ぎ、足袋の状態で昇るのだが、これもスムーズなので、さっと脱いで上がるために実際にはどういう工夫がなされているのかはよくわからなかった。なんか自然すぎて、ふーん。って感じでした(失礼)。

本番、人形浄瑠璃ではなんとびっくり!!! 諸事情によりいないかと思われていた真柴久吉が、いました!!! 玉佳さんが光秀の左から外れてここだけ出遣い(ちゃんと紋付袴にドレスアップ)でご出演。ほぼ本番一発勝負だったと思われるが、キラキラ系の瑞々しい久吉で良かった。詳しくは後述するが、段切のあたりで光秀・久吉がシンメトリーの演技をする部分があるので、久吉がいることで舞台にハリが出た。あと、お迎えの軍卒ツメ人形ちゃんがそっと出てきたのには笑った。そこはいるんかい!!!

 

玉男さんのお話(3)

  • 物見の場面は「木登りのメリヤス」に合わせて松に登る。気に登る所作をする役にはこの武智光秀、『ひらかな盛衰記』の逆櫓の樋口、『鎌倉三代記』の佐々木高綱がある。
  • そのころは(なんの「そのころ」だったか忘れました……すみません)、主遣い師匠、左がぼく、足が玉佳だった。左遣いは人形を支えて遣うのが難しい。光秀が下手向きになって松に向かって歩いていくところでは、左遣いは人形の前に回り込み、人形の左手を使いながら人形の腰を支える。このとき人形は大きく両手を広げて前後に振り、足を踏み出すが、わずかに前傾姿勢になるので、そのときに姿勢が崩れないように胴を支えている。
  • 段切「威風りんりん凛然たる〜」では光秀と久吉の人形が足をばたばたさせるが、これは「長六法」というもので、弁慶の「飛び六方」とは異なるもの。ほかには『八陣守護城』の後藤又兵衛にもある演技。お互いが上下で同じように踏む。光秀が踏み始めたら久吉も踏み、手を回す所作をする。
  • 『絵本太功記』は「尼ヶ崎の段」が有名だが、師匠はそれより前の「妙心寺の段」が好きだった。光秀が主君を殺したことを苦悩し、切腹しようとする段で、人形の演技では実際に衝立へ毛筆で辞世の句を書く場面が有名。大きく遣ってカッコよく見せる十段目とは役の性根が違う。師匠は「十段目はしんどいばっかりやね〜ん」と言っていた。
  • 衝立に辞世の句を書く場面。ぼくも7年ほど前に大阪で遣わしてもらって……。毎日壁に紙を貼って衝立に見立てて、墨汁で書く稽古してました……。うまく書けたときもあるけど、ほとんどよくなかった……。あの衝立は人にあげたり、なくなったり、捨てたり……。師匠が書いていたのはすごかった。取り合いになって……、手ぬぐいにもなっていた……。

 

 

 

お人形の話をされる玉男さんは、ふんわりお優しい雰囲気は変わらないまま、お話ぶりがとってもイキイキされていて、お話しが大変にお上手になられていて超感動した。前回は「秘蔵の姫」って感じだったが、今回は「煌びやかな若武者」って感じ。キラキラと、とても楽しげに人形のお話をなさっていた。とくに玉佳さん(みんなのアイドル)、玉路さん(なんてしっかりした子なんでしょう)が舞台に呼び出されてからは、ご紹介から実演までもう超超超嬉しそうでいらっしゃって、よかったですね……😭✨と思った。お二人のことが大好きなんですね……。玉佳さんが高木さんからいきなり光秀の左の要点を話すよう振られたときには、さっと「こうやなっ!?」って感じにすかさずフォローされていて、玉男様の兄弟子らしさ(?)を見られたのもとてもよかった。6月の大阪鑑賞教室での玉佳さんの光秀役の宣伝もされていて、とにかく嬉しそうでいらっしゃった。お師匠様のお話も楽しげになされていて、そのすごく自然な雰囲気がとてもよかった。

お話も面白かったし、いずれの実演も素晴らしく、美しい人形と浄瑠璃を満喫できた夜だった。今度はぜひ燕三さんらにもトークにお出まし願いたいと思う。

そんなこんなで、実家に油田が湧いたら飛鳥IIの文楽クルーズに行きたい私でした。 

 

 

 

  • 赤坂文楽シリーズ#19「伝統を受け継ぐ其の九」
  • http://labunraku.jp/2018/03/29/赤坂文楽19/
  • 人形浄瑠璃文楽『絵本太功記』尼が崎の段より“武智光秀”
    第一部 武智光秀登場
    第二部 お話)吉田玉男 聞き手)高木秀樹
    光秀の妻、操のクドキ
    第三部 武智光秀と真柴久吉
  • 出演
    太 夫/豊竹呂勢太夫
    三味線/鶴澤燕三・鶴澤友之助・鶴澤清公・鶴澤燕二郎
    人 形/吉田玉男(武智光秀)・吉田玉佳(真柴久吉)・吉田玉勢・吉田玉翔・吉田玉路・吉田玉峻・吉田玉延・吉田玉征

 

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*1:かわいかった時代の玉男様のお写真は書籍『二代目吉田玉男 文楽をゆく』に載っています。なんでコレがアレに?(クソ失礼)という驚異のかわいさに五度見してしまいます。 

文楽をゆく (実用単行本)

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