TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 5月東京公演『心中宵庚申』国立劇場小劇場


5月公演は第一部しか観られず。最近のよかったこと、横浜のへびが出てきたことだけです。

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第一部、心中宵庚申。
上田村は人形黒衣、以降は出遣い。

上田村のお千代パパ、平右衛門が玉志サンだった。玉志ジジイ……って感じのすごく真面目そうなジジイだった。根性だけで起き上がっている系で、体の位置が低く、左脇の丸めた布団に寄りかかり、体を二つ折りにして、かなり病んでいた。上演中、どんどん具合悪くなっていた。胃が悪いのでしょうか……。帰ってきた千代〈桐竹勘十郎〉が近づいてきたときに、ちょっと、「ウン……!ウン……!」とうなずいているのがよかった。
しかしなんというか、玉志さんから勘十郎さんは絶対生まれないだろと思った。お舅さんとお嫁さんって感じに見えるのが味わい深い。

半兵衛〈吉田玉男〉の出は、武家出身らしいクッキリした動き。お千代ファミリーの人たちはかなり世話がかっているので、半兵衛の出で突然雰囲気が変わり、「何者?」って感じだった。


八百屋は、清治サンの三味線がめちゃくちゃ上手いということがよくわかった。いや清治が三味線上手いことはお客さん全員知ってることなんですが、やっぱり上手い、と思った。音が繊細だ。私は、人形の演技が上手い人というのは、動きはじめ・動きの終わりが上手いと思っていると思うんだけど、三味線も同じだなと思った。音の入りや末尾の精緻さが場の雰囲気を作り出すんだなと思った。

クソババア・伊右衛門女房〈吉田文司〉。クソババアといっても、『心中宵庚申』の場合、彼女の悪辣さは表立って描かれていない。なぜいじめてくるのかわからないこと自体はいいんだけど、難しいと思うのは、ほかのキャラとリアリティレベルに整合性がなさすぎること。半兵衛やお千代のようないかにも芝居じみた善人テンプレキャラの真横にこれがいるというのが難問。若干いじわるババア風にする(桂川のおとせのようにする)人が多いと思うけど、やりすぎると原作から乖離するので、もやっとしたキャラになりがち。それを払拭できる人はいるのだろうか。『心中宵庚申』、いままで2回観て、今回で3回目だが、伊右衛門女房の演技に納得できたことがない。

玉男さんは、勘十郎さんの抱きついてくるタイミングや抱きつき方を見切ってるんだろうなと思った。勘十郎さんてものすごい勢いで抱きつきにいくけど、受け止めが良い塩梅の位置。右上腕で受け止めて、2人の人形の姿勢を綺麗に見せている。それと、抱きとめ方がちゃんとまともな夫だった。恋に溺れた若者や不倫してるヤツではない。さりげなくやっているけど、このあたりはかなり夫婦役の配役次第だと思った。

あとは二股大根がよかった。いつも同じ大根だけど、いつもイイ感じに「ふたまた〜」ってます。二股大根のお世話をする丁稚役の玉彦さんが転びそうになって、ちょっとひやっとした。


道行も團七さんが圧倒的に上手い。当然一番良い三味線を使っているだろうけど、単にそれだけじゃない。床に近い席だったからかもしれないが、誰が弾いているか、意外と(?)聞き分けができるなと思った。
今回の庚申参りカップルは、玉翔さん、紋吉さん。大きくなっても一緒に遊んでいる年の離れた兄妹みたいで、可愛かった。

 

 

 

出演者それぞれの個性がよく出た舞台だった。

なんというか、まともな人を集めた配役になっていた。中途半端な人が混入していると間持ちしない演目だからだと思うけど、正直なところ、このメンツ集めるなら別の演目をやって欲しい。もしくは、この演目をやるなら、人形の配役を変えて欲しい。半兵衛を玉志さんにするか、千代を和生さんにして欲しい。半兵衛の武士らしさをどこまでやるかは人によると思うので、そのあたりも含め、見てみたい。

紋秀さん、玉翔さん、紋吉さんは、一瞬しか出てこない役でも、ちゃんとどういう人物かわかるように遣っていらっしゃるのは面白いと感じたが、この役ではかわいそうだと思った。

 

5月公演は9日〜26日の公演が予定されていたが、9〜11日は緊急事態宣言の休業依頼のため中止。12日に初日を迎えたものの、休演日17日の翌日から千穐楽までは、出演者に感染者・濃厚接触者が確認されたため中止と、大幅な中止日程が出た。そのため、わずか5日間の上演で終わってしまった。こんな儚いことが世にあろうか。感染された方が早くよくなるよう、祈るばかり。9月公演までには、みんな、ワクチン接種できるのかな……。

 

公演が減少するなか、若手のみなさんが8月に自主公演を企画しているようだ。
その開催資金の一部をクラウドファンディングで集めているとのことで、私も孫にお小遣いをあげる気分で、少しばかり出資した。
色々みんなで相談してやっているのだとは思うが、目標金額が異様に低くて、1桁間違って入力しはったんとちゃうかと不安にさせてくる。当然のように即日目標達成していた。そして返礼品が即日なくなってしまったため、ただいま追加返礼品を考えているご様子。うーん、のんびりしとる。私は玉男様私服チェキか、パティスリー・タマショーのレシピブック希望です。

 

 

  • 義太夫
    上田村の段=竹本千歳太夫/豊澤富助
    八百屋の段=豊竹呂勢太夫鶴澤清治
    道行思ひの短夜=お千代 豊竹藤太夫、半兵衛 豊竹希太夫、豊竹咲寿太夫、竹本文字栄太夫/竹澤團七、竹澤團吾、鶴澤清𠀋、野澤錦吾
  • 人形役割
    下女お菊(丁稚がしらのヤツ)=吉田玉峻、下女お竹(鼻動きのヤツ)=吉田玉延、下女お鍋(娘のヤツ)=吉田簑悠、姉おかる=吉田簑二郎、駕籠屋=吉田玉征&豊松清之助確[前半]、女房お千代=桐竹勘十郎、百姓金蔵=吉田文哉、島田平右衛門=吉田玉志、八百屋半兵衛=吉田玉男、丁稚松=吉田玉彦、伊右衛門女房=吉田文司、下女さん=吉田和馬、甥太兵衛=桐竹亀次、西念坊=桐竹紋秀、八百屋伊右衛門=吉田玉輝、庚申参り(若男)=吉田玉翔、庚申参り(娘)=桐竹紋吉 

 

 

 

 

 

 

今月は文楽公演があまりに儚く終わってしまったので、特別企画公演の感想も書いておこうかな……。

 

5月22日、国立劇場大劇場で行われた特別企画公演〈二つの小宇宙―めぐりあう今―〉「変化(へんげ)と人間と ―羽衣伝説―」を観に行った。

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「羽衣伝説」を、天女=中村雀右衛門と漁師伯龍=吉田玉男(人形)が共演して描くという企画。

 人間と人形が同じ舞台に存在したとき、どう見えるかというのが鍵になるが、意外と違和感がなかった。違和感がないっていうか、なんや感じが違うんが二人おるなとは思うんだけど、え、人間と人形でしょ、という不自然さはない。良い意味で「違う人」たちって感じ。

 

これには、舞踊劇であることが大きいと思う。雅楽・神楽をベースに新作された曲に合わせで人間・人形が無言で舞い踊っていた。人間・人形とも、曲のテンポに合わせた動作。人間・人形とも舞踊では生っぽいリアルな動きが排され、音楽によって所作がコントロールされるというのは大きいなと感じた。文楽人形の場合、ある動きをひとつするにしても予備動作が存在するので、人間の役者と同居した際に、サイズ感以上にその点が不自然に見えないよう、コントロールをしていくのは大変だったのではと思うが……。

 

伯龍は、文楽の古典演目の若男よりも、かなり芯がしっかりとした動作に寄せられていた。武人とかの芯の強さではなく、良弁上人のような、間合いが大きくゆったりしていることによる芯の強さ。人間との共演でも存在感が劣らない最大の要因は、これだと思う。なにげなく見ていると、観客もゆったりした雅楽の速度に慣らされるので何も感じないが、実際には相当ゆっくりした演技だと思う。顔をそっと上げる、横を向ける動作にしても、時間をかけて、ゆったりと動いていた。実際には、ああいう軽い拵えの人形をゆったり遣うのは、かなり大変だと思う。座り姿勢でじっとしているときは、まじで空中で静止している状態。このゆったりした所作が単なる剛毅さに見えないのは、伯龍の目線がとてもピュアだったからだと思う。ゆっくりと、「しぱ…しぱ…」とまばたきをするのが印象的だった。一生懸命生きてそうだった。

また、玉男さんの人形特有の、なにか思っていることはあるんだろうけど、口には出さない、寡黙な雰囲気――人形の斜め上に、常に「……」の小さな吹き出しが浮いている――がよく感じられた。人形は元々喋らないけど、そうではなく、喋らなさそうな人に見えるのが良かった。

 

実際には、天女と伯龍が同時に本舞台に立っている場面は非常に少なかった。お互いをそっと見守っている過程の描写が多く、接近する演技はほぼない。時勢柄かもしれないけど、手に手を取り合うとかはなし。両者が背後に近づきあうところでは、さすがに現実のサイズ感の違いが「逆に」よくわかる。人形が小さく思えるというより雀右衛門デカいなという感じで、地母神というか、観音様?と思った。伯龍の背後に天女が立つ時、伯龍の左(玉佳さん)が「緊張している人形」のようにめっちゃ緊張していたのがよかった。いつも空気にそよぐように「ゆら〜ん」としてるのに、常時「シュッ!」としておられた。

 

漁師伯龍は、古典演目にはない拵えの人形。かしらは目がパッチリした描き眉の源太(若男?)、前髪センター分けで月代なしのポニテヘア。往年の時代劇の美青年といった佇まい。かしらは、当日の配布プログラムに乗っていた玉男様インタビューに「若男」というキーワードが使われていたが、優しい顔の源太のように見えた。衣装はコバルトブルーの石持の着付に白の袴。足元は素足。稽古公開の写真ではこの格好だったが、本番では、ペールブルーの袖のない水干のようなものを上に羽織っていた。左は吉田玉佳、足は吉田玉路。左・足は黒衣だが、プログラムにも名前掲載あり。

 

 


詞章の聞き取りはほとんどできなかった。字幕が出ていたが、席の都合で上演中はほぼ観られず、話はよくわからなかった。「羽衣伝説」というと、地上に降りてきた天女の羽衣を漁師が隠してしまい、天女が天に帰れなくなったので漁師と結婚し子供をもうけるが、やがて天女が羽衣を発見し、天に帰っていく話……とイメージされると思う。しかし、今回の天女と漁師伯龍は恋人同士や夫婦には見えなかった。雀右衛門さんの地母神オーラのすごさと、伯龍の人形の「じっ……」ぶりは何?と思っていたが……

帰宅後、配布プログラムの中に挟み込みで詞章が入っていることに気づいた。それによると、本作はどうも「羽衣伝説」の後日談という建てつけのようだった。
天へ帰った天女が地上へ様子を見に来ると、そこには成長した子供が一人で暮らしていて、彼もまた天女に何か不思議なものを感じるが、天女は再び天へ帰っていく……という話なのかな。最後、天女が下手花道を走り去っていくとき、上手花道から「じっ……」とそれを見る伯龍のあどけない表情が印象的だったが、なるほどね。

 

 

 

舞台美術として、樹木をベースにした大型の生け花がステージ中央に飾られていた。ちょっとしたガレージくらいの大きさがあった。伯龍さん、周囲をうろ……としていましたが……、あれは伯龍の家なのかな? 生け花を美術として扱うと聞いて、ああ、「やってみた」がやりたいのね……と思ってたが、なんというか、そういう、「在所で自然に馴染みながら暮らしている人が住んでいるあばら屋」の美的表現に見えて、面白かった。文楽や歌舞伎の俊寛のボロ着や伊左衛門の紙衣は、リアリティ追求でなく美的表現で作られているが、ああいう感じ。書は、意義がよくわからなかった。

薫物で山田松香木堂が参加していた。上演中にオリジナル調合の香を焚いていたようだが、結構前方席だっけど、マスクをしていたためか、正直あまりよくわからず……。
その限りの感覚ではあるが、伝統的な香木の香りというより、アロマ用に売られているもののような、フレグランス的用途な洋風の香りを感じた。前、山田松香木堂のお店へ行ったとき、色々お線香を試させていただいた。そのとき、アロマ用に作られたものも試させてもらったんだけど、お店の人が「華やかな香り」とおっしゃっていた商品と匂いの傾向が似ていた。ただ、燃焼の都合なのか、シーンによって調合を変えているのか、時々、もうちょっと渋い香りにも感じられるときがあった。

演奏の声楽部分は、個人的にはマイクなしでやって欲しかった。むしろ、くっきりはっきり聞こえる必要ないんでは、と思った。

 


客席をみると、おそらく前方は雀右衛門ファン、後方はコンテンポラリーアートのファンの人なんだろうなと思った。
この手の企画は、基本的にはコンテンポラリーアートファンの人向けだな。こういう古典芸能異業種コラボ、もしくはモダンアップデートって、企画としては非常によく見るけど、なんかこう……、古典芸能に詳しくないほうが、面白いよね……。私も、古典芸能を見るようになる前のほうが、この手の企画を「なんかすごい!なんかかっこいい!」というふうに、受け止められていたと思う。今となっては、「ここまで金かけた企画でも、こうなるんだ〜……」というのが、素直な感想……。

 

でも、玉男さんの良さが改めて感じられたので、観て良かった。玉男さんの人間の役者との共演は、令和改元のイベントで、野村萬斎・市川海老蔵と寿式三番叟を踊っていたことが思い出される。その動画配信を観たときにも思ったのだが、玉男さんの人形は、人間のスケール感と同等の存在感がある。

当日配布のプログラムに出演者インタビューが載っており、雀右衛門さん・玉男さんがそれぞれお互いについて書いていた。その雀右衛門さんコメントの中に、次のような言葉があった。

玉男さんは立役のお人形を遣われることが多いですが、人形を支えて動かすために「体の芯が鍛えられていなくてはならない」と常々おっしゃいます。(以下略、歌舞伎の女方でも同様の旨)

玉男様の体幹力は、やっぱり、意識的になされているものなんだ……。と思った。玉男さんは、文楽公演でも、人形が出てきたとき、明らかに胆力が違うオーラがある。他の人とは、動きのベースが違う。玉男さんならではの、立役の新しい解釈だと思う。今回は、人間の役者である雀右衛門さんと共演することによって、それがより一層はっきりわかって、良かった。

 

 

 

くずし字学習 翻刻『桜御殿五十三駅』二段目 田中村茶店の段

近松半二ほか作の浄瑠璃『桜御殿五十三駅』二段目の翻刻。たくさんの登場人物が次々に登場し、物語が本格的に幕を開ける。

 

舞台は、京都・田中村(現在の出町柳付近)の道端に開かれた茶店へ移る。

鷹狩りの仕事が終わった鷹匠・太郎治は、休暇をもらって久々の帰宅。田中村で茶店を開いている女房・お蘭のもとを尋ねると、同僚の犬引きの早助が通りがかる。早助は犬を使った狩りの仕事がないので暇すぎのため、休暇をもらって叔母の家へ飯をたかりに行くところだった。太郎治が用事があるので後で行くと答えると、早助は気を利かせて退散。久々の夫の帰宅を喜ぶお蘭は、酒を買いに出かけていく。

そうして太郎治がひとり留守番していると、九条町の傾城・雪の戸がやってくる。雪の戸は義政の弟・左馬之助の恋人で、最近左馬之助が会いに来なくなったことに痺れを切らして突撃してきたのだった(勢いがある女その1)。大騒ぎする雪の戸に、太郎治は薫姫との婚礼の事情を話してなだめようとするが、雪の戸はよその女に左馬之助を取られる!!!と一層大興奮。そこへちょうど帰ってきたお蘭は、夫が知らん女といちゃこいてる!!!と思い込んで大騒ぎ(勢いがある女その2)。お蘭は雪の戸に食ってかかるが、よく見ると、雪の戸はかつて別れたお蘭の実の妹・お縫だった。

お蘭は子供のころに大病を患い、その治療費を作るため、お縫は九条の廓に売られた。やがてお縫は太夫職にまで出世し、雪の戸と名乗るようになったが、お蘭や家族は廓の掟で面会ができず、これが久々の再会。姉妹は互いの健康を喜び合い、お蘭は太郎治へ雪の戸を左馬之助に会わせてやって欲しいと頼む。太郎治は思案があるから待つようとに言い、雪の戸は一旦九条へ帰っていく。そして太郎治も早助の叔母のもとへ出かけていくのだった。

そうしてひと騒ぎが収まった茶店へ、将軍の上使の若侍・浅川左膳と、年若い局頭・初柴がやって来る。ふたりは最近造営された金閣寺へ宗純法親王を招くため、その迎えに彼がいる比叡山へ向かうところだった。二人は礼儀正しく挨拶し合い、北の方からの内密の伝言があるとしてお付きの家来たちを払うが、実はこの二人、こっそり付き合っていた。初柴が、山名宗全の子息・治部太郎がキモく言い寄ってくる、ほんまにまじキモい!と左膳に相談していると……?

 

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 これまでの翻刻

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  • 捨て仮名、句読点はそのままとして、字体は現行に改めている。
  • 文中■は判読できない文字。
  • 画像引用元:<亭主は東山殿/上客は一休禅師>桜御殿五十三駅(東京大学教養学部国文・漢文学部会所蔵 黒4142-0449)
  • 参考文献:国立劇場芸能調査室=編『浄瑠璃作品要説<3>近松半二篇』国立劇場/1984

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第二

弥生半の。花盛り爰も名にあふ都路や。田中村の桜木に往来の人の足休め。茶店女房の器量よしや。葭簀の茶の端香。色を含みし優姿。折柄来タる鷹匠の。太郎治を夫レと見るよりも。ヲ丶こちの人。何ンとしてござんした。ホ丶女房共。日和がよさに見世出したな。若殿の御内用けふ一チ日お暇を貰ひ宿へさがつて見れば。見世を出して居ると聞イた故。直に爰へ出かけて来たと。聞クよりお蘭は会釈して。此間タはお鷹野で御用もしげく。休まんす暇もない。そんな事なら気もせくまい。けふは緩りと休まんせコレ。出端一トつと汲で出す。

 

 

 

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女夫が中カの濃茶也。同し傍輩犬引キの早助もぶら/\と。爰へ来かゝり顔見合。ヤア早助か何所へ行。ヱ太郎治。けふはお暇を貰ふたげな。コリヤ内義と二人リさし向カひしつぽりとヱうまいな/\。おらは楽しむ相イ人はなし。お預カりの白犬を抱て寝て。巨燵の替りするがせいさい。此日はお鷹野斗リ。牧狩がない故に。おれも犬も尾を降ツてほつと退屈。夫レでけふはおらもお暇を貰ひ。此田中村の伯母貴の所へ押シかけて。麦飯と出かける趣向。幸イな所で逢たサア貴様もいつしよにおじや往ふ。ホイヤ是も味い趣向。ガわしは叶はぬ用が有ル。夫れしまふたら跡から行ふといへば早助早合点。皆迄いふな込ンだ/\。わりや白米を喰ふ気じやな。コリヤ粋を通して先へ行クは。

 

伯母が所はアレあの向ふの松。我木が色は真ツ黒な。麦飯嬶を賞玩と。ちやりちらして出て行。跡にお蘭は吹キ出し。ホ丶丶丶丶モいつでも/\じやら/\言ふお人ト。シタガお前の気晴し。酒なと買てこふかいな。ヤソレハ御馳走。ガこれ迚もの事に諸白を。そんなら買て来やんせう。徳利は借て戻らふと。夫トに一トつ諸白の。酒やをさして行跡に。端手な取リ形リ。抅帯ぬめり姿も白絖の。古今帽子も。しほらしき。顔の白妙雪の戸は九条の。里の太夫職。禿供人引キ連レて。茶店の本トに歩み来る。太郎治見るより。是は/\雪の戸様。思ひも寄ラぬこりやどこへと。尋に雪の戸飛立ツ思ひ。太郎治が胸ぐらしつかと取リ。ヲ丶よい所て逢イました。ヱ丶お前は聞コへぬお人ト。左馬之助様ンも此  

 

 

 

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日は廓へお越シない故に。お前へ頼んだ日文の返ン事。なぜ取ツては下タさんせぬ。逢イたい見たい願ン参り日頃念じる三井寺の。観音様へと心ざし。頼みに思ふたお前迄。聞コへぬ仕かた胴欲と恨み詞に。サ丶サ丶丶丶尤じや/\。此には段々咄しの有ル事。コリヤ文字野。其人を連レ立ツて。そこら一遍歩行てこい。アイ/\そんなら太夫様ン。向ふの堤で五行花。摘で参ンじよと打チ連レて。足早にこそ急き行。雪の戸は心せき咄したい其訳ケを。早ふ聞カして下タさんせと。せり立テられて。サ丶咄さねばならぬわけといふは。此度帝様の勅命にて。二條家のお娘御。薫姫様と御祝言なさるゝ筈と。聞クより恟りヱ丶。そんならお姫様と御祝言なさるゝかへ。アノ祝言を。ヱ丶腹ラの立/\/\これやどふせふぞと身をあせれば。サ丶まあ気

 

をしづめて聞イたがよいわいの。併若殿様はお前に義理を立テ御承引なき故。兄公義政公の御立腹。やつさもつさの真ツ最中。此訳ケが納る迄は。廓通ひも御遠慮と。聞クに猶さら恋の意地。ヱ丶左馬様ンも張の弱い。そこをぐつと押シたがよいわいな。殿様ンとわしが中カはお前も知ツてござんす通り。突出しの初めより。互イにかはるな替らじと。言かはしたる二人リが中。祝言さす事わしやいや/\。左馬様ンのお傍に居たい。連レて往て下タさんせと。粋な育も色の道愚痴の涙ぞ誠也。太郎治もほつと持テあぐみ。ヲ丶腹ラの立ツは尤ながら。お前を館へ連レ立ツては。夫レこそは乱騒ぎ。コレ今暫し辛抱なされ。イヱ/\斯言中チも気づかひな。早ふ行たいサア/\/\連レて往て下タさんせ。コレハ迷惑。マア辛抱。イヤ/\  

 

 

 

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是非にと気をいらち。とゞめ兼たる折リからに。お蘭はとつかは戻りがけ。見るより恟り徳利はつたり打チ落し。二人リを押分ケ太郎治を引ツ立テ。コリヤがをれ。おれを酒屋へ出しぬいて。アノ女コとこつてりちん/\。ヱ丶マにくてらしい男づらと。擲いつわめく間違ひ悋気。太郎治はおかしく。ヱ丶何ぬかすやら。コリヤあの女中はといふを打チ消イヤ/\/\。古ルでな言訳ケこちや聞カぬ。マ厚皮な女コづら。どんなお顔じや見てやらふと。背きし顔を差覗き。どふやたこな様ン見た様な。わたしもお前は見た様なと。言ふお蘭は心付キ。若稚名はお縫とは言ぬかへ。アイお縫と申ました。ガ稚名を知ツて居るお前は。コレ姉のお蘭じやはいの。ヱ丶姉様ンか。妹か。是は/\と互イの驚き。太郎治は不審晴やらず。こりや女房。太夫様マを妹といふ子細はどふ

 

じやぞい。サイナ様子しらしやんせねは合点が行まい。此お縫の九つの年わしが大病の物入とゝ様がそなたを。九条の町へ売しやんして今の名は雪の戸太夫と名は聞ケど。逢フ事ならぬ廓の掟。なつかしう思ふて居た。ガ久しう見ぬ間にヲ丶能イ太夫様ンになりやつたのふといふもおろ/\涙声遉真身の挨拶に。雪の戸も打チ<しお>れ。思ひがけない御目もじ。爺様も御息災なと余所ながら聞キました。お前も御無事で嬉しうござんす。太郎治様は私が姉聟。マ知ラぬ事迚沢山そふに。堪忍して下タさりませ。アイヤ/\互イに知ラねば其筈/\。道理で面さしが似たと思ふた。若殿と言ヒかはされしお傾城が。賎しい女房の妹といふ事が。お耳へ入ツては為にならぬ。必此事沙  

 

 

 

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汰は無用。アイ。夫レは互イに隠して済マすが済マぬは祝言。左馬之助様ンが真実お姫様ンを嫌はしやんすが定ならば。私を館へ連レて往て。お傍に置イて下タさんせ。そふない内は何ンぼでも。疑ひは晴レませぬ。姉様ン倶々よい様に。頼ミますると涙ぐむ。真ン実見へて道理なり。ヲ丶そなたの身の出ツ世じや物。何ンの如在が有ロぞいの。コレ太郎治殿。どふぞ思案はないかいなと。言に暫く差<うつむ>き。ハテ其様に疑は敷クは。お館へ入レる工夫。万ン事は私が胸に有ル。若殿と示し合せ。翌は迎ヒに行ク程に。そふ思ふて待ツたがよいと。聞イて心もいそ/\と。アイ/\。そんなら廓へ逝で待ツて居るぞへ。文字野/\と呼フ声に。アイ/\と返ン事も長カ畷。男も俱に立チ戻れば。イヤ女房共。早助が嘸

 

待ツて居よ。伯母の所へツイ往て来ふかい。ヤ雪の戸様是でお別れ申シませふそんなら必。申シ姉様ンではない女中様ン。最お暇申シまする。ヲ丶そんなら最お帰りか。随分健で煩はぬ様にお勤へ。おさらば。さらばと尽せぬ名残リ。互イに見返り見送クりて。道は二筋三筋町廓を。さして帰りける。春の野の千草色取ル道のべを。踏分来たる優男。浅川杢之頭が弟左膳。御大将の御上使蒙り比叡山ンに皇居有ル。宗純法親王金閣寺へ。遷向の御迎ひ衣紋正しく歩みくる同じ役ク目を。蒙りし。上杉則忠が妹初柴。年シは廿に足ね共。局頭のしとやかに容儀勝れし出立チは。梅と桜の花くらべ。色香<あらそ>ふ風情也。コレハ/\初柴殿。北の方様より親王様への御上使。御苦労に存シ  

 

 

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ます。ハイあなた様にも今ン日はいかい御苦労。お使イの先キはいつしよ。同じ道筋女コの足。嘸御面ン倒にござりませふ。幸イの此茶店暫くお休みなされぬか。成ル程/\拙者より其元様の足シ休スめ。然らば左様仕らふ。イザ先々と辞宜左法。二人は床几に腰打チかけ。イヤ申左膳様。北の方様より御使イの義に付キ。蜜に申シ上ケたい事が有ル。暫く御家来を。お退ケなされて下タさりませ。ム丶御上使の義に付キ。蜜にと有レば聞キ捨ならず。ソレ家来共。向ふの松影に扣へて居よ。早く/\と有リければ。お蘭も心得葭簀かげ。気を通してぞ入リにけり。跡は桜木花の本ト。傍見廻し小声になり。誰レ憚る者もない。咄したい其訳は。サレバイナ。今改めて言ではなけれど。年端も行カぬ私なれど。御局

 

頭ラのお役ク目。外カの女中の不義徒。吟味する身を持チながら。お館の法度を背きお前と私が忍び逢ヒ。表は互イに堅い勤め。夫レにマアにくてらしい。意路悪の治部太郎が。是見さしやんせ此様に。あたいやらしい濡文。恥しめても厚皮頬。きのふも御前ンの次キの間で抱キ付キおつた其にくさ。余(ン)り腹ラが立ツた故其手をほふど噛だれば。ヲ丶嬉しといふはいなと。聞クより左膳はむつと顔。アノ無理やりに抱キ付イたか。アイア丶心元トない。お次キの間の小暗り。若闇ミ討チにあやせぬかや。ヱ丶めつそふな気の廻り。そんな私じやないわいな。そもマア二人リが初ツ恋は此元ン日の年シ越が結ぶの神ミの縁ン定め。立派にしやんと。長カ袴年男はお前の役ク。私は御前ン  

 

 

 

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を下カる時キ黄昏暗き長廊下互イに行合フ縁ンの端。此手をじつとしめられて。心も解て忍ぶ恋。茶の間へそつと福は内鬼の目顔を隠れ笠。身の濡絹もひつたりとかはす枕の梶取リてとをの眠りの宝船。何卒夫婦にしてたべと朝夕願カふ神仏へ。誓ひを立ツるは只一ト人。お前ならではない物を疑ひ深ひ胴欲なと恨涙のはら/\と。我カ名に寄リし。初柴の露に浸する。ごとくなり。左膳は心打チ解て。ヲ丶そふいふ心をしらず。疑ふたはわしが誤り堪忍しや。コレ此文を見やいのと。渡タせば受ケ取リ押シ披き。可愛らしい此文ン体。嘘じやないかへ。ほんまかへ。ヲ丶嬉しやと寄リ添て。わりなき中カぞ睦じき。最イ前ンより来かゝつて。始終立チ聞ク治部太郎。不義者見付ケた。

 

動くなと。聞クより二人は恟り廃忘。治部太郎殿。いつの間に。ヲ丶今日は我カ君。此福善寺の花御上覧と。俄のお成リの先キ払ラひ。イヤ両人ン共にコリヤ味をやらるゝよ。太イ切ツな上使の役クを蒙りながら。道草の千話遊び。不義はお家の御法せき。此通り申シ上る。両人ン共に覚悟せいと。己が恋路の。意趣ばらし。イヤ是治部太郎殿麁相いふまい。全く不義の覚はないぞ。イヤいふまい/\。たつた今初柴へやつた状を。コリヤとんぐり眼コで見付ケて置イた。何ンと夫レでもあらがふかと。いふを初柴打チ消て。コレ身に覚ヱのない事を言ヒかける。こな様こそ不義者。ヤア某を不義者とは。アノまあぬつぺりとした顔わいの。ワレ其いやらしい目つきで。附ケつ廻しつ

 

 

 

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度々の濡文。夫レでも不義の覚へはないかと。ずつかり言れて返ン答に。きつちり詰れば左膳は付ケ込ミ。ホ丶こりや潔白なお侍イ。見事言上なさるゝか。サア夫レは。但し身共が申シ上ふか。サア夫レは。サア/\/\と問詰られ。サ丶丶そんなら能イ。不義の詮ン義は互イに是切リ。イヤお先キ払ラひも延引したと。言ふこなたは慇懃に。治部太郎殿。御役ク目御太イ義。御上使御苦労千ン万ン。お前も御苦労。是にてお別れ。おさらばと。礼義を作るは表テ向キ胸に山名の治部太郎心。残して行跡へ。お蘭は手桶引提てずつと出れば。ヤアそちや最前からの様子。アイ。必御遠慮なされますな。私も粋とやらでござりますと。聞クより扨はと両人ンが心も解る其折から。御大将のお成リ

 

ぞと呼はる声に恟りし。二人はそこ/\取リ繕ひ叡山さして急ぎ行。早お先キ手の供廻り。ハイはい/\と御乗物桜の本トに舁居れば。お蘭はうつとり近習の侍イ。ヤア下郎め。下カれ/\。ハイ/\私は此茶店の者。俄のお成リを存じませず。不調法の段はまつぴら。御赦されて下タさりませ。ヤアお成リをしらぬとは不届きやつ。サア立テ。うせふと引ツ立れば。ヤア/\者共聊爾すな。其女に用事が有リと。仰にはつと近ン習の武士異義を。正して扣へ居る。義政公はしつ/\と。床几を仮リの御設悠々と御腰かゝり。お蘭が容義に。めでさせ給ひ。コリヤ/\女。そちや此茶店の者よな。かゝる住挟場所に似合ハぬ。ハテ遖成ル器量よし。某も不思

 

 

 

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議の縁。そちが手つから茶を持テやい。ソレ/\銀のお茶碗。コリヤ/\其茶碗ては気が替らぬ。やはり茶店の其茶碗。早ふ。/\と有リければ。夫レ早く持/\。ハツト恐れて立チ上り。気もわく/\と涌茶釜嗜み茶碗の清水焼。茶台に乗セておづ/\と。面映げにぞさし出す。茶碗取リ上御ン大将。御機嫌能打チゑみ給ひ。ホ丶遖成ル茶の香気。ハテ扨遠目に見るよりも。猶美しき此桜。ハア丶思ひ出れば。忠度の詠ぜし歌に。行キ暮レて。木の下タ影を宿とせば。花や今宵の主ジならまし。我レも暫しは。此下タ影ケに宿りして。花や今宵の主人ならまし。ナコリヤサ合点が行たかと召ル事を花に謎へ御ン戯れ。お蘭は夫レと推量し。ハツト驚き恐れ入リ。ア丶勿

 

体ない。恐れ多い。賎しい私がお茶の給仕。御褒美のお詞。又賎しい此花を。お手折なされんとの御意。冥加ないと申シませふか。有リがたふは存じますれど。此桜木も主有ル花。折リ取ル事は憚りながら。御赦されて。下タさりませと恐入ツたる詞の端。ム丶此花には主有ルとな。譬花守有ルにもせよ。某が心の侭。根引キにし館へうつし。詠めるは安けれ共。木折にせんは無下なからん。ソレ乗リ物の歌書を持テ。ハツト答へて指心得取リ出し差上クれは。挟し枝折を取ラせ給ひ。往古西行法師が芳野にて。花の名前を求んと。幾重の山に分ケ入リしに。道を尋る人もなく。案じわづらふ道芝の。木草に付ケし白紙を慕ひ。花の名前を得たりし時。芳

 

 

 

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野山。去年の枝折をしるべにて。まだ見ぬ奥の花を尋ねん。夫レより是を枝折と名付ク。今某が心も同じ。此花の姿に迷ふ。道しるべの此枝折。女ナ。得と思案し返ン歌せよと渡し給へば。心ならねと押シ戴き。何ンと答へと夕日影。良時キ移る其所へ。斯波多門ンの頭しづ/\と。家来引キ具し謹で。今ン日は軽々敷キ俄の御遊。殊更禁庭より勅諚の趣出来。御迎ヒの為参ン上仕。ホ丶多門の頭太義/\。コリヤ女。返ン礼の一首。必返ン歌を相イ待ツぞと御ン乗リ物に召シ給へは。近習若党備を立テしづ/\歩む跡備へ。多門の頭は不審女を尻目に室町の。館へ伴ひ帰らるゝ。お蘭は跡をながめやり。思はずほつと溜息つぎ。テモ扨もひやいな事。そしてマアしんきな物を貰ふたと。

 

屈託半へひよろ/\と戻る早助後ろから。ほうど抱キ着ク。酒機嫌。恟り突キ退ケ枝折を隠し。ヱ丶誰レじやと思ふたりや早助様ン。酒が過キてのじやれ事か。嗜んだはよいわいな。イヤ嗜まぬ/\。有リやうは遠からそもじに首たげ。太郎治は酔て跡に寝て居る。幸イな留守事。是じや/\/\と。又抱キ付クを振リ放し。ヱ丶何ンじやあたいやらしい。ほんにけふ程よふ人の惚る日はない程にの。傍輩中の手前も有リ。あたじたらくな。アタ不遠慮なと。恥しむればこれや尤。何ンぼ其様にいはんしても。惚人がよけりや靡く気で有ふがのと。いはれてむつとヲ丶しつこ。コレ今も今迚の。我カ君様の俄のおなり。歌に謎へて御執心。枝折とやらいふコレ

 

 

 

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此歌を給はつたれど。心にそまぬ返ン事は得せぬ。そんなお蘭じやないわいのと腹ラ立チ紛れに言放せば。ヤアそんなら我カ君もしぶかしやつたか。サ丶丶あんなお方タは位負に負て悪ルいノ。似合ふた様にコレ。わしが心に随ふてくれなされ。ツイちよこ/\とサアお出と。又抱キ付イて懐へ手を差入ルればコレ無体と。互イにせり合ふ其所へ。戻りかゝつて夫トの太郎治。コリヤ何ひろぐと振リ放し。背骨をぽんと蹴倒され。こりやたまらぬと犬引キは逃ケぼへしてぞ帰りける。ヲ丶能イ所へ戻らんした。コレまあ聞イて下タさんせ。サ丶丶よいわいやい。様子は皆知ツて居る。ヤ女房共。夫レに付イて少ト談合する事が有ル。聞イてくれるか。ヱ丶改つた事言しやんす。マア何ンで

 

ござんすへ。イヤちと思ふ子細有レば暫くの中チ親里へ逝んでたも。ヱ丶そりやマアどふして其訳ケは。ヲ丶様子言ねば驚きは尤。知りやる通り。鷹匠位の切リ米では。いつかな出世の時キは得ぬ。心当タりは鎌倉へ立チ越ヱ奉公に有リ付カば。時こそ立ツ身ン出ツ世。聞キ分ケてたも。女房と。思ひ込ンたる夫トの顔。訳ケをしらねば気にかゝり。ムゝコリヤどふでも深カい心入レ。コレ女房のわしに何遠慮。なぜいふては下タさんせぬ。ハテ其訳ケは跡でしれる。得心して早ふいね。イヤ/\訳ケを聞カねばなんぼでも。逝ぬる事はわしやいや/\。様子を聞カして下タさんせと。すがりなげゝば。ヱ丶聞キ分ケない。夫トが出ツ世の妨せば。夫婦の縁を

 

 

 

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切ラふか。サア夫レは。得ク心ンがいたら早う逝。はつと斗リに胸さまり暫し涙にくれけるが。良在ツて心付キ。ヲ丶夫レよ。思ひ廻せば廻す程私は爰に居れぬ品。知ツて夫トがそれぞ共言れぬ訳ケ故親里へ。身を隠せとの事なるかと。言ず語らず。心で納め。成ル程得心ンが
行ました。是から直クに親里へ逝にまする。有リ付キ次第。無事の便りを聞カしてくだんせ。ヲ丶よふ合点した。委細は早速しらせの状。かならず待ツて居ますぞへ。随分健で。お達者でとたがひに包む胸とむねあけていはれぬ暇乞。なみだにくれの鐘の音に。花や散らん花ぐもり泣別。れてぞ。行末の

(つづく)

くずし字学習 翻刻『桜御殿五十三駅』大序 御狩場の段

『桜御殿五十三駅(さくらごてんごじゅうさんつぎ)』は、近松半二・栄善平・寺田兵蔵・松田ばく・三好松洛による時代浄瑠璃
近松半二の作品としては、『妹背山婦女庭訓』の次に執筆・上演された円熟期のものである。室町時代を舞台に、愚かな将軍兄弟とそれぞれ思惑のある家臣たち、足利家に恨みを持つ反乱分子、若者たちの忍ぶ恋といった、絢爛たる時代浄瑠璃世界が描かれている。

 

物語は、将軍・義政公がお気に入りの家臣や鷹匠・太郎治を連れ、鷹狩りに出かけるところから始まる。のどかな狩場を訪ねてきた左大臣・政次公は、かつて天下転覆を狙い、足利家に鎮圧された赤松満入の残党が不穏な動きを見せていることを義政に知らせる。その政次公の娘・薫姫は、勅命によって義政の弟・左馬之助の許嫁と定められていた。薫姫は義政にすでに引き取られてはいるものの、正式な婚礼はまだ行われていない。政次はその婚礼も急ぐように告げ、狩場を去っていく。
……というのが、大序の内容。

 

本作には、文楽現行作品にはないような、とある過激な展開が含まれている。近松半二作品の中でももっとも過激で、勢いのある部類だろう。はじめて読んだときには、廃曲になった作品にもこんな面白く、現代的感覚をもった作品があるのかと驚かされた。なんだかんだいって時代浄瑠璃は典雅で品のあるものというイメージがあったが、この作品には、大映東映が1960年代に放った、ギラギラと燃え上がるような若手監督・俳優を起用したエネルギッシュな時代劇映画を彷彿とさせるものがある。

丸本は出版当時、その過激な内容に対して幕府の規制を受けたとみられ、内容を無難に改訂したバージョンが後日出版されている。そのため本作の丸本には、内容に複数のパターンが存在しているが、今回の翻刻はもっとも原型に近いと思われるものを使用している。(というか、最後まで読んでから内容を詳しく調べたときに、自分が読んでいたのがもっとも原型に近い部類の本であることに気づいただけだけという結果論なんだけど……)

かなり長い浄瑠璃なので全編掲載にまでは時間がかかるが、牛歩でがんばるので、どうぞお楽しみに。

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  • 捨て仮名、句読点はそのままとして、字体は現行に改めている。
  • 文中■は判読できない文字。
  • 画像引用元:<亭主は東山殿/上客は一休禅師>桜御殿五十三駅(東京大学教養学部国文・漢文学部会所蔵 黒4142-0449)
  • 参考文献:国立劇場芸能調査室=編『浄瑠璃作品要説<3>近松半二篇』国立劇場/1984

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亭主は東山殿/上客は一休禅師 桜御殿五十三駅  座本 竹田栄蔵

頃は文安春の空。雪も余の豊津年。御鷹狩の再宴と今日思し立ツ朝霞。召も定めぬ玉ぼこの草踏分クる武者草鞋。出立君臣わかちなく。皆一チ様にあやしの容。並行跡に御ン鷹匠。拳に居し鷹の名も。入リ波という秘蔵の翼獲物は。鶴を初めとし。あらゆる鳥を担ひ連レ兼て。構への御ン休み所暫しと。腰をかけらるゝ。上杉則忠謹

 

 

 

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で頭をさげ。御ン鷹入リ波今ン日の手柄。近来に覚へぬ獲物。君にも嘸御満悦と。申シ上クれば義政公いよ/\御機嫌麗しく。いざ折リよしと浅川左膳。御ン小竹筒盃を取リあへず捧れば。斯波多門の頭義廉が披て上クるお弁当。賎しき業を興とする貴人ぞ。いづれ貴人ンなり。遥むかふの森陰より風に靡きて真鶴の。羽打ツて来るを浅川左膳。あれこそは取リ得たる。鶴の番と覚へたりと。聞イてぬからぬ鷹匠太郎治。空にうたんと眼をくばり。拳を構へ待チ居たり。御ン大将声涼しく。只今見付ケし大鳥は。一ト矢を以て射て取レよと。聞キも
 

敢ず多門の頭弓矢をつがひ覗ひをかため。切ツて放せばあやまたず。空も遥に真鶴の片羽をぬふて落てげり。直様士卒取リ上ケて上覧に備ふれば。猶も酒宴のいさましく各。興に入ル折リから。遠見の侍イ走り付キ御前ヱに頭をさげ。扨も此度ヒ二條左大臣政次公。志賀の社へ御代イ参ンの帰りがけ。君の御遊を聞コし召れ。此狩場へ御入有ツて御内談の趣有ル由。早速に御注進と。言上申シ立チ帰る。上杉則忠気色を正し。左大臣政次公は御一チ門ン同然なれど。御遊の装束礼服に改め御対面有べしと。申シ上クれば御大将実尤と諸士引キ連レ。鷹匠には休息と仰も重き紋所。風に靉靆幔幕をしぼらせ。てこそ入リ

 

 

 

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給ふ。程も有ラせずこなたより行列美々しき御乗物。左大臣ン殿御入リと声冴かへる道芝に各足をとゞむれば。慢幕の内よりは御大将を始めとし。続て上杉斯波浅川違義を正し迎ふれば。二條左大臣政次公狩屋の床を儲の座。悠々と座し給ひ互イの。礼義事終り。此度ヒ帝の代イ参ンとして。志賀の社に幣吊を納め都へ帰る途中の噂。先キ達ツて亡びたる赤松満入が残党。辺鄙の在郷に隠れ住ミ兼て事を斗ル由。下タ々の取沙汰大方ならず。禁庭へ聞コへなは震襟をなやまし。堂上穏ならざる事目下と存れば。武将へ得と知ラせ度ク道をよぎりて此狩場へ。わざ/\駕を向へしといと懇にの給へば。大将ハツト頭を下け。先キ達ツ
 

て勅命下り。御息女薫姫殿を我カ弟左馬之助に娶せよと。則養子と定められとくより館へ引キ取リしが。内イ縁ン有ル此義政外カならず思し召れ。御内イ意の深切恐悦至極と述らるれば。政次公打チくつろぎ。我カ娘かほる姫事。貴殿へ任せし事なれば心任せたるべけれど。勅命の恐れ有レば遠からぬ内婚姻の義式を調へ給はれと。親子の道のいつくしみ何れ。劣はなかりける。ハ丶御尤なる仰。此度ヒ金ン閣寺造営成就に付キ。当今の御弟宗純法親王をむかへ入レ奉り。続て息女かほる姫と舎弟が婚義調へん。御安ン心ン下タされと事をわけたる御ン詞。政次

 

 

 

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公も笑の眉。此上は赤松が残党の逆徒を。治めるが肝要たり。ホ丶其義は兼て大将の思慮をめぐらし給ふ所。斯いふ上杉並居る両人ン。斯波多門浅川左膳。山名の一党ひかへ有レば恐るゝに足ぬ残党。日を待タず切リしづめん。御心安かれと。詞を揃へ三士の面々さも潔く聞コへけれ。左大臣殿勇み立チ。各々の忠勤も。委しく奏問申スべし。いざや帰館と立チ向カふ。雲井の袖や武門の袖。花ををくらぶる礼義の形チ。大将初め並居る諸士見送クる行烈小松原緑り栄へる君が代の。御遊も鷹のいさましく。八十氏川の末ひろき誉れぞ。猛き。久かたの

(つづく)