TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

くずし字学習 翻刻『桜御殿五十三駅』大序 御狩場の段

『桜御殿五十三駅(さくらごてんごじゅうさんつぎ)』は、近松半二・栄善平・寺田兵蔵・松田ばく・三好松洛による時代浄瑠璃
近松半二の作品としては、『妹背山婦女庭訓』の次に執筆・上演された円熟期のものである。室町時代を舞台に、愚かな将軍兄弟とそれぞれ思惑のある家臣たち、足利家に恨みを持つ反乱分子、若者たちの忍ぶ恋といった、絢爛たる時代浄瑠璃世界が描かれている。

 

物語は、将軍・義政公がお気に入りの家臣や鷹匠・太郎治を連れ、鷹狩りに出かけるところから始まる。のどかな狩場を訪ねてきた左大臣・政次公は、かつて天下転覆を狙い、足利家に鎮圧された赤松満入の残党が不穏な動きを見せていることを義政に知らせる。その政次公の娘・薫姫は、勅命によって義政の弟・左馬之助の許嫁と定められていた。薫姫は義政にすでに引き取られてはいるものの、正式な婚礼はまだ行われていない。政次はその婚礼も急ぐように告げ、狩場を去っていく。
……というのが、大序の内容。

 

本作には、文楽現行作品にはないような、とある過激な展開が含まれている。近松半二作品の中でももっとも過激で、勢いのある部類だろう。はじめて読んだときには、廃曲になった作品にもこんな面白く、現代的感覚をもった作品があるのかと驚かされた。なんだかんだいって時代浄瑠璃は典雅で品のあるものというイメージがあったが、この作品には、大映東映が1960年代に放った、ギラギラと燃え上がるような若手監督・俳優を起用したエネルギッシュな時代劇映画を彷彿とさせるものがある。

丸本は出版当時、その過激な内容に対して幕府の規制を受けたとみられ、内容を無難に改訂したバージョンが後日出版されている。そのため本作の丸本には、内容に複数のパターンが存在しているが、今回の翻刻はもっとも原型に近いと思われるものを使用している。(というか、最後まで読んでから内容を詳しく調べたときに、自分が読んでいたのがもっとも原型に近い部類の本であることに気づいただけだけという結果論なんだけど……)

かなり長い浄瑠璃なので全編掲載にまでは時間がかかるが、牛歩でがんばるので、どうぞお楽しみに。

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  • 捨て仮名、句読点はそのままとして、字体は現行に改めている。
  • 文中■は判読できない文字。
  • 画像引用元:<亭主は東山殿/上客は一休禅師>桜御殿五十三駅(東京大学教養学部国文・漢文学部会所蔵 黒4142-0449)
  • 参考文献:国立劇場芸能調査室=編『浄瑠璃作品要説<3>近松半二篇』国立劇場/1984

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亭主は東山殿/上客は一休禅師 桜御殿五十三駅  座本 竹田栄蔵

頃は文安春の空。雪も余の豊津年。御鷹狩の再宴と今日思し立ツ朝霞。召も定めぬ玉ぼこの草踏分クる武者草鞋。出立君臣わかちなく。皆一チ様にあやしの容。並行跡に御ン鷹匠。拳に居し鷹の名も。入リ波という秘蔵の翼獲物は。鶴を初めとし。あらゆる鳥を担ひ連レ兼て。構への御ン休み所暫しと。腰をかけらるゝ。上杉則忠謹

 

 

 

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で頭をさげ。御ン鷹入リ波今ン日の手柄。近来に覚へぬ獲物。君にも嘸御満悦と。申シ上クれば義政公いよ/\御機嫌麗しく。いざ折リよしと浅川左膳。御ン小竹筒盃を取リあへず捧れば。斯波多門の頭義廉が披て上クるお弁当。賎しき業を興とする貴人ぞ。いづれ貴人ンなり。遥むかふの森陰より風に靡きて真鶴の。羽打ツて来るを浅川左膳。あれこそは取リ得たる。鶴の番と覚へたりと。聞イてぬからぬ鷹匠太郎治。空にうたんと眼をくばり。拳を構へ待チ居たり。御ン大将声涼しく。只今見付ケし大鳥は。一ト矢を以て射て取レよと。聞キも
 

敢ず多門の頭弓矢をつがひ覗ひをかため。切ツて放せばあやまたず。空も遥に真鶴の片羽をぬふて落てげり。直様士卒取リ上ケて上覧に備ふれば。猶も酒宴のいさましく各。興に入ル折リから。遠見の侍イ走り付キ御前ヱに頭をさげ。扨も此度ヒ二條左大臣政次公。志賀の社へ御代イ参ンの帰りがけ。君の御遊を聞コし召れ。此狩場へ御入有ツて御内談の趣有ル由。早速に御注進と。言上申シ立チ帰る。上杉則忠気色を正し。左大臣政次公は御一チ門ン同然なれど。御遊の装束礼服に改め御対面有べしと。申シ上クれば御大将実尤と諸士引キ連レ。鷹匠には休息と仰も重き紋所。風に靉靆幔幕をしぼらせ。てこそ入リ

 

 

 

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給ふ。程も有ラせずこなたより行列美々しき御乗物。左大臣ン殿御入リと声冴かへる道芝に各足をとゞむれば。慢幕の内よりは御大将を始めとし。続て上杉斯波浅川違義を正し迎ふれば。二條左大臣政次公狩屋の床を儲の座。悠々と座し給ひ互イの。礼義事終り。此度ヒ帝の代イ参ンとして。志賀の社に幣吊を納め都へ帰る途中の噂。先キ達ツて亡びたる赤松満入が残党。辺鄙の在郷に隠れ住ミ兼て事を斗ル由。下タ々の取沙汰大方ならず。禁庭へ聞コへなは震襟をなやまし。堂上穏ならざる事目下と存れば。武将へ得と知ラせ度ク道をよぎりて此狩場へ。わざ/\駕を向へしといと懇にの給へば。大将ハツト頭を下け。先キ達ツ
 

て勅命下り。御息女薫姫殿を我カ弟左馬之助に娶せよと。則養子と定められとくより館へ引キ取リしが。内イ縁ン有ル此義政外カならず思し召れ。御内イ意の深切恐悦至極と述らるれば。政次公打チくつろぎ。我カ娘かほる姫事。貴殿へ任せし事なれば心任せたるべけれど。勅命の恐れ有レば遠からぬ内婚姻の義式を調へ給はれと。親子の道のいつくしみ何れ。劣はなかりける。ハ丶御尤なる仰。此度ヒ金ン閣寺造営成就に付キ。当今の御弟宗純法親王をむかへ入レ奉り。続て息女かほる姫と舎弟が婚義調へん。御安ン心ン下タされと事をわけたる御ン詞。政次

 

 

 

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公も笑の眉。此上は赤松が残党の逆徒を。治めるが肝要たり。ホ丶其義は兼て大将の思慮をめぐらし給ふ所。斯いふ上杉並居る両人ン。斯波多門浅川左膳。山名の一党ひかへ有レば恐るゝに足ぬ残党。日を待タず切リしづめん。御心安かれと。詞を揃へ三士の面々さも潔く聞コへけれ。左大臣殿勇み立チ。各々の忠勤も。委しく奏問申スべし。いざや帰館と立チ向カふ。雲井の袖や武門の袖。花ををくらぶる礼義の形チ。大将初め並居る諸士見送クる行烈小松原緑り栄へる君が代の。御遊も鷹のいさましく。八十氏川の末ひろき誉れぞ。猛き。久かたの

(つづく)