TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 9月東京公演『一谷嫰軍記』国立劇場 小劇場

このためにあぜくら会に入ったのである。

あぜくら会は国立劇場系列館の会員組織で、年会費2,100円(+入会金2,100円)でチケットの先行予約権、観劇料10%OFFの優待、会員限定イベント参加権等の享受を受けることができる。私はもちろん文楽のチケットの先行予約権目当て。わざわざ会員なんかならなくても一般でもチケット発売開始日・開始時刻に申し込めば取れるでしょというのは甘過ぎと5月の鑑賞教室公演で実感し、大人として金で解決できることは解決すべしとすかさず入会した。

結果、かなり良い席をゲット。初年度4,200円で東京で土休日にここまで良い席が取れるなら絶対入ったほうがいい*1。観劇料10%OFF優待のことを考えると十分モトが取れる。ただし、実はあぜくら会先行発売開始の時点でも前方は結構席が埋まっているので、よい席を巡る競争そのものは激しいまま。おそらく主催者や企業が押さえている席なのだろう。そのためセンターブロック最前列を取るのはさすがに難しいが、予約開始時刻に申し込みさえすれば席はほぼ確実に取れる。私は国立能楽堂のチケット確保でもあぜくら会先行予約を使っているが、能の公演でも出演者等によって一般発売ではチケットが取りづらいことがある。でも、あぜくら会先行だととりあえず席は取れる。能については文楽ほど必死ではないけど、逆に必死にならなくても席が取れるので便利。

ただ、実は今回の文楽公演に関してあぜくら会の予約開始前に千代田区民の優待席の存在を知ってしまい、心が折れそうになった。あぜくら会の会費払ってでも席を取ろうとしている私は一体……。 

 

 

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国立劇場開場50周年記念、『一谷嫰軍記』の通し上演。50周年記念公演とか言いながら、歌舞伎が『仮名手本忠臣蔵』を3ヶ月かけて通し上演するのに文楽普通では?と思っていたら、有名作にも関わらず通しは滅多になくて、東京では41年ぶり、大阪からでも十数年ぶりとのこと(通しが滅多に出来ない理由は後述)。

先述の通り、あぜくら会の威力で私史上最高の席が取れた。センターブロックかなりの前列で人形を見るには最適。人形の演技や衣装が細かいところまで見られたのがとても良かった。主役クラスの人形は、相当寄って見てもオオと思うくらい、豪華な衣装を着ているのだな。鎧の飾りなど細かいところまで作ってあった。軍馬のつけている、紫糸に金のテラテラがついたタッセル飾りがよかった。

しかし前すぎて舞台袖の字幕が見えない。相当首をひねらないと見えないので、舞台に人形がいるときに見るのはまず無理。だが謡曲の勉強のため先日『平家物語』全編概要&原文対訳の本を読んだので、今回は私には珍しく観る前から若干内容(というかモトネタ)を知っていたのでついていけた。

そこまではよかったのだが、実は特設サイトに上がっている出演者インタビュー動画で和生さんが豪快なネタバレをかましているのを見てしまい、結末を知っていたのだった。なんでインタビュートップバッターからいきなりネタバレしてんだ。古典芸能業界にはネタバレという概念がないのは理解しているが、いちばんのドンデン返し部分を話してしまうとは……和生さん、癒し系の喋り方をしているからと言ってあなどれない。インタビュアーも折角和生さんに話してもらうならほかのこと聞いたって。

 

 

とか言いつつ、ここから私もネタバレ(?)を書く。

本作はストーリーの核心部分が叙述トリックになっている。それが結構巧妙に出来ていて、古典は話が大味という思い込みがあった私は驚いた。その部分に関わるあらすじを簡単に書くとこんな感じ。

『一谷嫰軍記』あらすじ

源平の争乱も末期にさしかかった頃。熊谷直実源義経から「一枝を伐らば一指を剪るべし」と書かれた制札を受け取り、若木の桜を守れと命じられた。須磨に向かった熊谷は一ノ谷の戦場で平家方の身分の高そうな若武者と出会う。組敷くとその美青年は無官太夫敦盛と名乗る。熊谷は自分の息子・小次郎と同年輩の彼を逃がそうとするが、背後から平山武者所味方の軍勢が迫り、見逃せない状況になる。敦盛にも迫られ、熊谷はほかの下司下郎の手にかかるならと敦盛の首を落とす。ところがそこに敦盛を慕う許嫁・玉織姫が現れる。玉織姫は敦盛を追ってここまで来たが、姫に横恋慕する平山が彼女を手にかけたため、瀕死の重傷を負っている。敦盛の首が見たいがもう目が見えないという姫に熊谷は首を抱かせてやり、姫はそのまま息絶える。(堀川御所の段、須磨浦の段、組討の段)

そしてしばらく後。御影で石工をしている弥陀六という老人のもとに、石塔を立ててほしいという美青年が現れる。弥陀六は注文通り石塔を建てるが、完成後、彼を石塔へ案内すると美青年はたちどころに姿を消してしまい、弥陀六の娘が彼から受け取った笛だけが残される。敦盛が殺されるところを目撃していた近所の百姓たちが集まってきて、その美青年は幽霊ではないかと言い合う。そこへ敦盛の母・藤の局が現れる。藤の局は笛を見て敦盛のものに違いないと言い、熊谷に殺されて幽霊となった敦盛が託したものだと泣き伏す。(弥陀六内の段、脇ヶ浜宝引の段)

一方、熊谷陣屋には、息子・小次郎を心配した熊谷の妻・相模が訪ねてくる。熊谷は女の来るところではないと追い払おうとするが、そこに藤の局が現れ、敦盛の仇と熊谷に斬り掛かる。熊谷はやむを得なかったと敦盛の最期を詳しく語り、藤の局は泣き崩れる。藤の局は弔いにと弥陀六の娘から譲り受けた笛を吹く。すると奥の障子に若武者の影が映り、藤の局は取り乱すが、障子を開けるとそこには形見の鎧があるだけだった。やがて義経が現れ、敦盛の首実検が始まる。熊谷は義経から受け取った制札を示し、首桶をあけて敦盛の首を義経に見せる。ところがその首を見た相模と藤の局は驚愕する。その首はなんと熊谷の息子・小次郎だった。熊谷はあの制札によって義経から後白河法皇落胤である敦盛を助けよとの命を暗に受け、敦盛と息子・小次郎を入れ替えて実子を殺害していたのだった。すべてを承諾している義経は小次郎の首を敦盛の首と認定し、本物の敦盛は鎧櫃に隠して弥陀六に託し、戦場から逃れさせた。夫が息子を殺していたことを知った相模は泣き伏すが、熊谷が鎧兜を脱ぐとその下は僧侶の姿をしていた。熊谷は武士の身分を捨て僧侶となりたいと申し出、義経もそれを許す。熊谷は一同に別れを告げ、陣屋から去っていった。(熊谷桜の段、熊谷陣屋の段)

このストーリーは観客が全員『平家物語』の「敦盛最期」を知っていることが前提となる。熊谷が敦盛(に見せかけた小次郎)を殺害する「組討の段」の流れは「敦盛最期」と同じなので、『平家物語』を知っている客は「アアハイあれネ」と確実にミスリードさせられる。

問題になるのは敦盛と小次郎のすり替え殺害のトリックだが、熊谷が殺害現場を味方の軍勢に目撃させているのがポイントになる。私はあらかじめすり替えのことを知っていた(正しく言うと、敦盛が生存していることを知っていて、小次郎とすり替えているだろうと推察していた)ので殺害のシーンは注意して見ていたのだが、トリックの核心は「殺害を誰も間近では見ていない」ということ。

最有力目撃者の平山も実際には遠目にしか見ていないので、よく聞いているとここでの平山の台詞、浄瑠璃の詞章も「ヤアヤア熊谷。平家方の大将を組み敷きながら助くるは二心に紛れなし」と、誰を組み敷いているとまでは言っていない。その直後に現れる玉織姫、これは熊谷にとっては想定外の存在で、敦盛の顔をよく知っている危険人物だが、瀕死で目が見えなくなっているので、首を抱いたと言っても誰の首かは本当はわかっていない。さらに熊谷の知らないところで脇ヶ浜の百姓たちも殺害現場を目撃しているが、彼らもかなりの遠目にしか見ておらず、熊谷が組み敷いた相手を敦盛だと思い込んでいる。この百姓たちが底抜けのスットコドッコイというのもポイント。彼らの話を聞いた敦盛の母・藤の局は石塔を建てさせた青年が持っていたという笛とあいまって、敦盛は熊谷に殺され、その幽霊が笛を持ってきたに違いないと思い込む。

そしてとうの熊谷は熊谷陣屋に現れた藤の局に敦盛の最期を語って聞かせるが、ここで熊谷が語る平山の台詞は「熊谷こそ敦盛を組み敷きながら助くるは二心に極まりし」と、実際の平山の発言「平家方の大将」を「敦盛」とすり替えて喋っている。

最終的には首実検の現場に小次郎の実母・相模と敦盛の実母・藤の局が来てしまったことですべてが露見するが、首桶をあけた熊谷は瞬間的に開いた扇で首を隠し、相模らの視線を遮る。と言っても二人とも首を見てしまって「え!?!?!?」みたいになっているので、手にしていた制札でひとまず二人を押しとどめ、首実検自体は儀式として滞りなく終わらせる。この直前に笛の音とともに障子の影として現れる敦盛は本物で、実は丸本の詞章では、義経の志で影でだけでも母子を再会させていることが説明される、下記のような部分が存在する。

(今回販売プログラム付録床本のP61の頭、「夫は瞬きもせん方涙御前を恐れ、余所に言ひなす詞さへ、泣音血を吐く思ひなり。」のあとに続き)
藤の局は御声曇り。ナウ相模。今の今迄我が子ぞと。思ひの外た熊谷の情。そなたは嘸や悲しかろ。かうした事とは露しらず。敵を取らうの切らうのというた詞が耻しい。我が子の為には命の親。忝いと手を合はせ。此首の生世の中。逢見ぬ事の悔しやと倶に欺かせ給ひしが。是に就きいぶかしきは此浜の石塔。敦盛の幽霊が建てさせたとの噂といひ。秘蔵せし青葉の笛石屋の娘が貰ひしとて我が手に入り。最前其笛吹いた時あの障子に映りし影は慥かに我が子と思いしは。アいや其笛の音を聞いてかけ出し敦盛の幽霊。人目ありと引止め。障子ごしの面影は義経が志と。聞いて御壷は我が子の無事。悟りながらも箒木のありとは見えて隔てられ。又も涙にくれ給ふ。
(このあと「折節風に誘はれて耳を突抜く法螺貝の音喧すく聞こゆれば。」が続く)

この部分は大概の上演ではカットされるとのこと。確かに今回販売プログラム付録の床本ではこの部分抜かれているのだが、今回これ本当に抜いてたかな〜??? 字幕見てなかったし、同じような言葉の繰り返しになる場面だから確信ないですが……、今回公演をご覧になったみなさまどうでしょう?

さらに上演上の工夫としては、敦盛と小次郎の人形の衣装が同じで(人形の顔が同じかまでは間近で見られないのでわからなかった)、かつ敦盛役と小次郎役は同じ人形遣い(配役・吉田和生)が演じており、何も考えずに見ればマア和生さんは今回二役なのかなくらいで*2どっちがどっちかはわからないようにしてある。

そんなこんなで、初演時の江戸時代の観客は『平家物語』の教養があり、熊谷が受け取る制札(実在で当時は有名なもの)、若木の桜(同じく実在で有名なもの)の謂れを知っていたので、「あの名物の裏にはこんな秘話が……」という感じで楽しめたらしい。いまとなってはかろうじて『平家物語』がなんとな〜く知られているくらいだが、『平家物語』を知らなくても叙述トリックものとして楽しめる。浄瑠璃をバックに人形が叙述トリックを演じていると思ったらそれだけで結構意外性あっておもしろい。やっぱり人形がやってるってのがいい。前述の通り、浄瑠璃の詞章も結構整合性があり、いまでいう伏線とその回収が周到に構成されている。

それだけでなく、「組討の段」での熊谷と敦盛(に扮した小次郎)の会話では、小次郎はずっと父に遺体を引き渡してくれ等言っており、取りようによってはちゃんと親子の会話になっているのである。さらにその直前の「陣門の段」では平家の陣屋に勇み入った小次郎を熊谷が助け出すシーンがあり、ここでは熊谷が異様に焦っているが、これは入れ替えを計画していたにも関わらず、小次郎にここで戦死されては困るからである。

ただこれらは浄瑠璃が聞き取れて初めてわかることだが……。

 

 

……と妙に詳しく説明を書いているが、字幕を見ておらず知性が小学生レベルの初心者の私がなぜここまで理解しているかと言うと、NPO法人人形浄瑠璃文楽座主催の文楽座学(レクチャー)に行って詳しい解説を聞いたからです。えっへん。

午前の部の最後に「林住家の段」がくっついているが、観劇時はここの部分、唐突すぎて話が全然意味わからなかった。薩摩守忠度(配役・吉田玉男)が林という乳母(吉田和生)の家で恋人・菊の前(吉田簑助)と再会するが、義経の使者が現れ、いろいろウニャウニャ言ったけど最終的にはさわやかにひかれていくという話そのもの以外に何が言いたいのかわからん……ていうかなにをウニャウニャ言ってたんだ????? 上演中は玉男様おステキ、簑助様おカワイイということしか頭になく、終わった瞬間記憶がすべて蒸発したと思っていたが、レクチャーによると本当にただそれだけの話の段らしい。私が理解できなかった「ウニャウニャ」部分は「自分の詠んだ歌が『千載集』に載るかどうか」という話だったとのこと。話が驚異的に薄い。

そうなると配役が謎で、忠度は派手な見せ場があるので玉男さんが出るのはわかるのだが、簑助様、何故ここにお出ましに……。ほかの段だと美少女役はあまり見せ場がないから? でも、「敦盛出陣の段」での玉織姫(吉田一輔)は「誰もいないところで側に寄って膝をつねるんですよ!!!!」とか恋愛テクを入れ知恵してくる女房たちの台詞に「や〜❤ど〜しよ〜❤」とか照れているが、直後に自分を連れ出しに来た武将の腰の刀を瞬間的に引き抜いてそのまま刺し殺すというすごい芸当を見せる。美少女役ではここは一番の見せ場(?)か。プログラムには「姫は玄藩を手討ちにして敦盛への操を立てます」とか長閑なことが書いてあるが、こんなん残酷時代劇で剛毅な武士がやってんのしか見たことないわ。恋する乙女は強い。

 

 

◼︎

あとは「脇ヶ浜宝引の段」が面白かった。藤の局を追って脇ヶ浜に現れた須股運平を、藤の局をかばう6人の百姓たちがドヤドヤやっているうちに金的で殺してしまい、そこへ庄屋さんがやってきて犯人探しをするも、庄屋さん含めて全員がぼ〜っとしているため際限なくボケが連鎖してアラど〜しましょというしょうもない話なのだが、全員がぼ〜っとしているため際限なくボケが連鎖してアラど〜しましょという感じでおもしろかった(小学生の作文)。むかしの娯楽はツッコミがおらず際限なくボケるやつが多くて良い。床は豊竹咲大夫さん・鶴澤燕三さんだった。

 最後になったが、熊谷直実役は勘十郎さんだった。大輪の菊のような、あでやかに華がある感じで、とても良かった。

 

動物話シリーズ。何頭か馬が出てくるのだが、馬の顔は意外とリアルだった。みな武将が乗ってそうなブヒヒンとした顔をしていた。しかしニワトリの鳴き声はなぜあんなに素っ頓狂なのだろう。客席が若干どよめいていた。

あと、今回人形遣いさんが袴柄物の方が多かったのは何か理由があるのだろうか。人形の衣装等とコーディネートされてるんだろうが、実生活ではまずお目にかかれないすごい柄の方が若干おられて、中でもヒョウ柄風の謎の柄の方には「こんな柄の袴あるんだ……いや注文だろうけど何故これを……?????」と思った。太夫さん・三味線弾きさんたちの肩衣・袴は色物だけど、柄はとくになくて普通だった。

 

 

■ 

さて、何故『一谷嫰軍記』の通しが滅多にかからないか……だが、 今回は初段から三段目、プラス、午後の部の頭に『寿式三番叟』をくっつけて終日通し上演のかたちにされているが、実は今回上演のない四段目が存在しているとのこと。しかしそれは初段〜三段目とは作者が違うそうだ。というのも作者・並木宗輔は初段〜三段目を書いたのち逝去し、残された人が四段目を書いたとのこと。そしてその四段目だけあからさまにクオリティが低く江戸時代から不評らしい。四段目はもうずっと上演してないとのこと。最終作だけ笠原和夫が降りた『仁義なき戦い』シリーズとある意味同じ(高田宏治先生大変申し訳ありません)。それで初段〜三段目だけで上演するとなると今度は時間が短くなりすぎる。なので今回は午後の部の頭に「50周年ですから!!!!!」と言い訳をつけて『寿式三番叟』をくっつけ、終日上演の形式にしているとのこと。10年に1回くらいはこうして通し上演できるといいねって話になっているらしい。さすが明治維新以降は「最近」と言ってしまう古典芸能業界、気がクソ長い。とっしょりは死んでまうがな。

でも実は昔はさらに興行上の致命的な理由があったそうで、それは、通しで上演してしまうと午前の部か午後の部のどっちかに有名な太夫が固まってしまい、どっちかの部が「誰も出てへんやん💢💢💢」というやばい事故が起こってしまうからだそうな。太夫さんの層が厚かった時代ならではの贅沢な悩み……、いまは有名な太夫さんが亡くなったり引退されたりして誰もいなくなり、もうはじめから誰も出ていないから何の問題もなく通し上演ができる^^♪んだそうです。(レクチャー講師・談)

 

 

『寿式三番叟』の翁は玉男さん、千歳が吉田文昇さん、三番叟が吉田玉勢さん・吉田簑紫郎さんだった。人形が踊るのはやっぱりかわいい。動きそのものは人間が生身で舞うほうが流麗だけど、とくに三番叟のような激しい踊りは人形がやっているととてもかわいい。三番叟は黒地に原色の柄の衣装もかわいいし。人間の衣装では『寿式三番叟』は太夫さん三味線弾きさん含めてみなさん笹色の国立劇場の紋入りの肩衣と袴だった。でもこれ、午後の部の頭に唐突に始まるので、正直、朝一にやりゃいいのにと思った。

 

 

レクチャーで聞いたおまけ話。床本をプログラム付録のヤツとは別途入手した場合、実際の上演ではその詞章の一部が飛ばされていることがある。『一谷軍記』で言うと、先述の障子に映った敦盛の影の部分もそうなのだが、最後、相模が熊谷に向かって「エゝ胴欲な熊谷殿。こなた一人の子かいなう。」と言う場面があるが、深刻な場面にも関わらずここで大阪の客が爆笑するので太夫さんが激おこして飛ばしちゃうことがあるそうだ。今回の東京公演ではシーンとしていたが。さすが大阪のお客様、箸が転んでもおかしいお年頃、弁当のおかずと小学生レベルのエロネタには敏感に反応なさる(失礼)。

 

 

そんなこんなで今回はいままでで一番話そのものを堪能できた。通し上演ならではの楽しみだと思う。さらに今回は文楽が好きな知り合いの方と一緒に行ったので、より楽しかった。 きゃっきゃっ。

あと、開演前、半蔵門駅から劇場まで歩いていく途中、後ろから来た知らない男性に会釈された。見ると私の前を歩いているおじさんにも会釈している。観劇日の前日広島が優勝したので、広島優勝にテンション上がっちゃってる近所のオッチャンかと思って無視したが、よく見たら技芸員さんだった。劇場に向かって歩いている=自分トコの客だから追い抜くときに会釈してらっしゃったんだろう。言われて気づいたが、会期中は劇場近辺や駅にけっこう技芸員さんがいらっしゃるんですね。お客さん誰も気にしてないけど……。

 

 

  • 『一谷嫰軍記(いちのたにふたばぐんき/一谷嫩軍記)』初段 堀川御所の段・敦盛出陣の段、二段目 陣門の段・須磨浦の段・組討の段・林住家の段/三段目 弥陀六内の段・脇ヶ浜宝引の段・熊谷桜の段・熊谷陣屋の段
  • 『寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)』
  • http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2016/9157.html
  • http://www.ntj.jac.go.jp/50th/bunraku_9.html(50周年特設サイト。和生さん&勘十郎さんのインタビュー動画つき。公演成功祈願で行った須磨寺参拝のときに撮ったらしく、セミが鳴きまくっててめっちゃ暑そう。技芸員さんも大変)

*1:ただし、チケット代の支払いのため会員証=JCBのクレジットカードを作らなくてはいけなくなる。このクレジットカードはチケット代の支払い以外には使用できない。また、即日発行はしてもらえず、審査期間が20日程度かかる。絶対取りたい公演があるなら、発売日から1ヶ月前に申し込まなくてはいけない。

*2:実際にはもう一役やってるけど……。なぜ乳母林までやったのか。業界の慣例でもあるんでしょうか?

文楽の本、買ってよかった10冊 <初心者向け編>

文楽を見始めて半年、そのあいだに買ってよかったおすすめ本をメモ。

1冊を除き、すべて新刊で購入可能。残り1冊も古書市場一般に流通しているので、比較的手軽に入手可能だと思う。

 

┃ 1. 文楽へようこそ

文楽へようこそ (実用単行本)

初めて文楽を観に行く前に、最初に買った本。文楽関連の本の中でいちばん買ってよかった1冊でもある。

技芸員が文楽まわりの文化について自分の言葉で解説するという形式で、人形遣い桐竹勘十郎氏、吉田玉男(当時・玉女)氏の談話、おふたりの思い入れのある演目ベスト10を中心にまとめられた文楽入門書。初心者向けで談話形式&写真多数、わかりやすい言葉だけで書かれており、リラックスして読める。

インタビューパートは知識が必要な芸談等でなく、おふたりが対談形式で和気あいあいと入門から現在に至る50年を語るという内容になっているので、まったく文楽を観たことがなくても特殊な職業の人の談話として読めて入りやすい。修行期間がきわめて長い特殊業界ではあるが、かと言って格式ばった業界ではないとわかり、修行の中で学んできたことには誰でも共感できる。演目ごとのセルフ解説はさすがにその演目を観たことがないとわかりづらい部分もあるが、何に気をつけて演じているか、平易な言葉で語られているので、文楽業界がどういう世界なのかがなんとなく感じ取れる。

しかしふたりセットで当然というノリで突然話が始まっていて、金婚式状態になっちゃっているため、買ったときは「何故ふたりセット???」と思ったが、業界公式カプということなんですね。先に言ってよ、も〜。と思っていたら、途中に突然「焦がれる二人の共演」という豪速球そのまんまなページが挟まってた。古典芸能業界スゲー。これで別に兄弟弟子とかではなくて、50年来の友達兼ライバル、お師匠様同士は名カップルだったとか、私の気を狂わせる気なのだろうか。

ほか、三味線・鶴澤清志郎氏、人形遣い・吉田一輔氏の大阪文楽ゆかりの地案内、太夫・豊竹呂勢太夫氏、三味線・鶴澤燕三氏の入門から現在に至るまでの芸道談話、付録で太夫・豊竹咲寿太夫氏作のコミックが載っている(これがある意味一番スゲー。どうなってんだ文楽業界)。

メインのおふたり含め個々の技芸員さんを知らない人でも大丈夫な内容になっているが、文楽世襲ではないためそれぞれの方の技芸員になる前の来歴と何故技芸員になったかの話は興味深い。私が驚いたのは燕三さんが帰国子女という話。舞台観てるだけだと大人しく真面目な感じで、まったくそう見えないので……。親が三味線弾きくらいの勢いだと勝手に思っていた。

また、表紙と巻頭ポートレートの写真がとても美しく、印象的(撮影・渡邉肇氏)。表紙とカバー袖のプロフィール写真はいわゆるカメラ目線のポートレートではなく、普通に舞台で人形を遣っているときと同じ表情で写っているのが面白い。特に勘十郎さんが焦点がどこにあるのかわからん感じの完全無表情になってて、良い……。ちなみに表紙や巻頭のポートレートはここ(http://shogakukan.tameshiyo.me/9784093108249)から大サイズ画像が見られる。

文楽へようこそ (実用単行本)

文楽へようこそ (実用単行本)

 

 

 

┃ 2. 上方文化講座 菅原伝授手習鑑

上方文化講座 菅原伝授手習鑑 

大阪市立大学で一般開講されている文楽講座を抄録したシリーズで、『曾根崎心中』『義経千本桜』『菅原伝授手習鑑』が出ている。技芸員による解説・談話、浄瑠璃の詞章の詳細な校註をはじめ、文楽の演出技法や歴史、近世文学、周辺文化、中国演劇等から演目を多角的に学ぶことができる。講師技芸員は太夫・竹本津駒大夫氏(『曾根崎心中』のみ竹本住大夫氏)、三味線・鶴澤清介氏、人形遣い桐竹勘十郎氏。

これ、結構勉強になる。古典芸能のお勉強用書籍では演目ごとのあらすじをまとめた本がよく出ているし、初心者的にはまずそういうあらすじ本を買っちゃうのだが、正直な実感として、あらすじそのものには意味がないと思う。あらすじなら劇場で売ってるプログラム買えば十分だし、そのときの上演の演出にあわせたプラスアルファ解説も載っているので、鑑賞の助けとしてはそっちのほうがいい。そうではなくて、私にとって、古典芸能で演じられている話って、実際問題としてあらすじだけわかっても全然話の意味がわからないことのほうが問題なのだ。時代背景や当時の文化に対する理解がないと、そもそもなんでそんな話になっているのかそのものに引っかかってしまう。例えば『菅原伝授手習鑑』だとまず100%の人が引っかかる「忠義のために実子を殺す」という設定。武家社会で忠義が美徳とされるのはわかるが、仏教では殺生を戒めており、殺生戒は忠義より重いはずなのに何故実子を殺す話が美談になるのか。このシリーズはそういうひっかかりをときほぐす一助になる。『義経千本桜』だと化け狐伝承の解説や、勘十郎さん自身による人形の特殊演出(ケレン)の図解付き解説もあり。

上記のような講義抄録も面白いのだが、初心者的に一番惹かれるのはやっぱり技芸員さんの談話。各パートからの各演目のセルフ解説あり、会場からの質疑応答ありで大充実。みなさんもうちょっとおすましなさってくださいと思うほどに、わりとあけすけに話していて面白い。文楽協会・劇場制作部と技芸員がどういう関係にあるのかと、歌舞伎をどう思っているかの話には笑った。いや笑っちゃいけない。やっぱり技芸員さんも大変なんですね。

上方文化講座 曾根崎心中

上方文化講座 曾根崎心中

 
上方文化講座 菅原伝授手習鑑

上方文化講座 菅原伝授手習鑑

 
上方文化講座 義経千本桜

上方文化講座 義経千本桜

 

 

 

 

┃ 3. 簑助伝

簑助伝

 写真家・渡邉肇氏による人形遣い吉田簑助氏の写真集。よくある舞台写真やトリミングで人形遣いを切ってしまう人形のみの写真等ではなく、舞台上、バックステージ、稽古場、リハーサル、楽屋での簑助さん本人の姿を写したもの。すべてモノクロ。印象的なのは、冒頭のほうに入っている、楽屋の出入り口(?)近くの人形がたくさん並んでいる場所の前を、簑助さんがさっ……と歩いていく写真。背筋がしゃんと伸びて颯爽としていて、格好良い。それともうひとつ。楽屋で、文机にシナをつけて寝かせた女の人形に寄り添って、人形と喋っている写真。いや、本当は何をしているのかわからないのだが、人形と喋っているとしか思えないのだ。人形と見つめ合っている写真など、ほんとうに恋人同士のよう。

そういったドキュメントタッチの写真だけでなく、スタジオ撮影と思われるポートレートなども少しも入っていて、これがまた引き締まった写真で格好良い。撮影した写真家の方のご本業はビューティーフォト等スタジオで作り込んで撮る人物中心かと思うが、さすがプロのクオリティと思わされる。人間の肌、人形の道具の質感等が潰れておらず、美しく克明に写されている。

そして、巻末に収録されている勘十郎さんからの献辞が師匠LOVEに溢れすぎているのが微笑ましい。っていうか、すみません、ちょっと笑いました。はじめのほうは冷静に勘十郎さんから見た師匠、師匠から学んだことが書かれているのだが、途中から興奮してきて、舞台出るには無理せなあかんけど無理せんといてって、思ったことそのまま素直に文章にしちゃってるのが本当に心がこもってて、良い。また、勘十郎さんほかお弟子様方も写真の中に登場するが、お弟子様方の表情もとても良い。

写真家の方の自費出版で印刷・造本に凝っており、1万円近くする高級本だが、それを上回る価値とクオリティの一冊。

簑助伝

簑助伝

 

 

┃4.  文楽ハンドブック

文楽ハンドブック

文楽に関する基礎知識が手軽にまとまっている本。基礎教養本ではこれが一番よかった。

文楽の歴史、作劇要素等の定番セオリー、興行の仕組、技芸員紹介、演目ごとの解説、専門用語、参考文献紹介がわかりやすくまとまっている。あるある的な作劇要素の定番セオリー解説は初心者にはありがたい。

面白いのが技芸員紹介のページ。劇場で売っているプログラムにも名前・写真一覧が掲載されているが、本書では出版当時の技芸員全員の名前・写真・略歴(本名、入門年、師匠、初舞台、受賞歴等)と芸風のほか、ご本人がどういう方かのちょっとしたコメントが載っている。これが味わいがあって良い。「控えめで人当たりは柔らかだが、芯は強い」とか、技芸員さんの頑張りを見守る著者の方の優しい気持ちが伝わってくる。そんな中で、簑助様への「この人はどこかに憂いを秘めた、しっとりと露を含んだ花」という賛辞はすごすぎて爆笑した。

文楽ハンドブック

文楽ハンドブック

 

 

┃ 5. 七世 竹本住大夫 私が歩んだ90年

七世竹本住大夫 私が歩んだ90年

太夫竹本住大夫氏が引退後に自身の芸歴を振り返った本で、自伝的内容。

インタビュー形式で構成されており、住大夫さんの上品でやわらかな大阪弁をそのまま楽しむことができる。生まれてすぐに養家へ預けられて太夫を養父に持ち、華やかな大阪文化に触れながら育ち大学の法科へ進学、出征を経て戦後文楽へ入って頭角を現し、修行、三和会での地方巡業の時代ののち文楽協会での再スタート、先代吉田玉男氏ほか様々な技芸員との交流、そして引退に至るまでのエピソードがたっぷりと語られている。

太夫になってからの話も面白いのだが、一番興味深いのは実は幼少期、戦前の大阪のモダンな暮らしを語る部分。ご実家(養家)がお茶屋や花街でたばこ屋をされていたからか、とてもハイセンスな暮らしぶり。映画や歌舞伎、宝塚、落語、野球を観に行ったり、地下鉄や市電に乗ったり、百貨店に行って食堂でオムレツやカレーを食べたり、学校のきれいな先生に初恋をしたり。おしゃれすぎてめまいがする。  

ご自身でも語られているが、住大夫さんがとても幸せな人生を送られていることが伝わってくる、素敵な本である。

 

 

┃ 6. 人形有情 吉田玉男文楽芸談聞き書き

人形有情―吉田玉男文楽芸談聞き書き

著者の方が人形遣い・先代吉田玉男氏から聞いた来歴・芸談等の談話を氏の逝去後に出版したもの。

「何故この役でこういう演技をするのか」が大変理論的に語られている。師匠がやっていた、そう決まっているからとか以上に、演技ひとつひとつが深い考察と長い試行錯誤に裏打ちされていることがわかる。人形の遣い方は人形遣い・時代、あるいは太夫の語りによって変化するものであって、固定されたものではないと知ることができた。

この本、名人の芸談ということ以上に、著者の方が本当に本当に玉男さんが好きだったんだなということが伝わってきて、その点がほかの類書と違い、とても良い。文楽劇場から一緒に帰った話はまるで純真な高校生の初恋みたい。まあそもそも著者の方は玉男さんが舞台終わって帰る時間まで待ち伏せ(?)しているのだが、文楽劇場から地下鉄日本橋駅の入り口って徒歩1分程度しかかからないのに、すこしでも長く一緒にいたくて(?)トロトロ歩くとか、手をつないで階段を降りるとか、玉男氏についていってわざと乗り換えを回り道しちゃうとか、あまりにかわいすぎて……。そして玉男氏が亡くなる直前、最後に会った日の話には胸が締め付けられる。玉男氏ご本人がもう10年前に亡くなっていて、私は資料映像でしかお姿を拝見したことがないのになぜか親しみを感じられるのは、この著者の方の筆致のおかげだと思う。

人形有情―吉田玉男文楽芸談聞き書き

人形有情―吉田玉男文楽芸談聞き書き

 

 

 

 ┃ 7. 吉田簑太郎の文楽(新版 桐竹勘十郎文楽を観よう)

日本の伝統芸能はおもしろい〈5〉吉田蓑太郎の文楽 (日本の伝統芸能はおもしろい (5)) 

子ども向けの古典芸能入門本。

大型本なので写真が大きく見やすい。文楽をまったく知らない子どもにも親しみやすいよう、人形遣い桐竹勘十郎(当時・吉田簑太郎)氏がやさしい言葉で解説するという形式で、人形を中心に文楽のいろはが書かれている。私が買ったのは旧名時代に出た本なのだが、最近、桐竹勘十郎名義のほうで新装版も出ている。

面白いのが、技芸員さんたちが文楽劇場近隣の小学校で教えている文楽の実習授業の写真が載っている点。子どもたちが太夫・三味線弾き・人形遣いとなって『五条橋』の上演に取り組む様子を見ることができる。

最後に載っている、何故勘十郎さんが人形遣いになったのかの話が印象的。実際にはほかの本でもよく語られていることなのだが、この本では子ども向けだからか、子どもが実感できるような、学校の教室で起こったある思い出を交え……、ほかとすこし違う書き方がしてある。それがちょっとほろ苦くて泣けるのである。

 

 

┃ 8. 頭巾かぶって五十年 文楽に生きて

頭巾かぶって五十年―文楽に生きて

人形遣い吉田簑助氏の自伝。

戦前の幼い頃、人形遣いだった父に連れられて劇場や楽屋へ通っていたころから、入門・襲名・分裂時代を経て敬愛する兄弟子・先代桐竹勘十郎と死別するまでが書かれている。大変清廉で気品のある文章は簑助さんのお人柄を感じさせる。

心に残るのは、お師匠様のいまわのきわに、お師匠様が何か指を動かしているのを見てはっと気づき、お師匠様が大切にしていた娘のかしらを渡してあげて、人形を動かしたお師匠様がまもなく息を引き取ったという話。ご自身の体験された話のはずなのにどこかご自身の話でないような、淡く儚い雰囲気の不思議な筆致で、白っぽく掠れた古いサイレント映画を観ているような感覚になる。

文楽が因会と三和会に分裂し、お金のないなかで旅の巡業を続けていたころの話も、実際はとても大変なことだったろうに、儚げなロマンチックさがあり、おとぎ話のよう。自分に黙って三和会から抜けたお父上を一方的に罵倒して(簑助さんでもそんなことするのかとびっくり)家の中で冷戦状態になり、やがてその状態のままお父上は亡くなったが、亡くなる前に一度だけ酒を飲んだ話には涙。木下恵介大先生に映画化してほしいよ(時空に無理が……)。

でもそれだけではなく、若い頃、ある太夫さんへ愛人からの手紙を奥様やご贔屓さんの目の前で取り次いで大炎上させた等の失敗(?)エピソードも載っていて楽しい。

簑助さんは文章が本当にお上手なのだと思う。本書のみ刊行年が25年前と古いため古書でしか入手できないが、ぜひ復刊してほしい。滋味あふれる名著。

頭巾かぶって五十年―文楽に生きて

頭巾かぶって五十年―文楽に生きて

 

 

 

┃ 9. なにわの華 文楽へのいざない 人形遣い 桐竹勘十郎

なにわの華 文楽へのいざない: 人形遣い 桐竹勘十郎 

┃10. 文楽をゆく 

文楽をゆく (実用単行本)

それぞれ人形遣い桐竹勘十郎氏、同・吉田玉男氏のファンブック的な本で、舞台写真とインタビューを中心に構成されている。本人の芸風や師弟関係に関する細かい話も多いのであまり初心者向けではないが、ミーハーなら買わなきゃいかんでしょということですかさず買った。

勘十郎さんのほうはご自身の談話が大変充実していて、フンワリやさしい雰囲気の語り口が魅力的。オマケでついている、自身で振り返る出演舞台の思い出一覧は最高。私のお気に入りエピソードは「初めての東京公演。極度の緊張で出演途中に倒れて気がついたら楽屋で寝ていた」と「瓢箪棚から飛び降りる場面があるので、家の近くの公園に夜な夜な通いすべり台から下の砂場へ飛び降りる練習をして、カップルに怪しい視線で睨まれた」です。

玉男さんのほうは完全にファンブック仕様で、所々に挟まっているお若いころの写真と舞台裏がどうなっているかのページがまことにありがたみある。人形の拵え(着付け・組み立て)をしているめがね姿の玉男様はまじ最高素敵すぎて拝んだ。いとありがたし。あと技芸員さんて特殊業界のせいか年齢がわからん時空がおかしい外見の人がようけおるけど、玉男様のお弟子様ってなかでも年齢が謎な方多いなと思いました(生年月日が載ってるので、実年齢がわかります)。

文楽をゆく (実用単行本)

文楽をゆく (実用単行本)

 

 

 

 

 

 

 ┃ 番外編 買って失敗した本、公式動画が観られるウェブサイト

逆にコリャ買って失敗したなと思ったのは、小説家などが書いているクチの文楽入門本類。というのもあの手の本、文楽ファン向けではなく、その小説家のファン向けに書かれているので、著者に興味がないと内容にいっさい興味が持てない。それと、編集者が甘いのか、内容がおかしくてもそのままになっていることがある。劇場で売っているプログラムの巻頭にいつも著名人からの寄稿が載っているが、とくに興味のない著名人の文楽談義はあれくらいのボリュームで十分かなと思う。

ほか、ウェブサイト・文化デジタルライブラリーの「舞台芸術教材で学ぶ」ページの文楽項目も大変参考になった。文化デジタルライブラリーは舞台映像や解説映像などの動画も収録されていて、演目によっては校注付きの床本もダウンロードできるのが良い。特に人形の動かし方、拵えの詳細な実演動画を見られるこのページ(http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc5/index.html)は異様にボリュームがあってやたら見応えがある。サイトのつくりがちょっと古いので、iPhoneから観られないのが難点。リニューアルして欲しい。

 

文楽 内子座文楽『仮名手本忠臣蔵』内子座

夏休みスペシャルで四国出張。愛媛県内子町にある大正初期の芝居小屋「内子座」での公演に行ってきた。

内子は松山から特急で30分ほどの静かな町。町中にはコンビニやチェーン系店舗、華美な最近の建物がまったくなく、古い風情をとどめている。駅から民家の隙間を縫う細い道を歩いてゆくと、くるりとしたツタ状の飾りのついた華麗な避雷針を戴く塔状の瓦屋根が見えて、まもなく内子座に着く。極彩色の幟がはためく、東映の明治大正ものの任侠映画に出てくるようなクラシカルな芝居小屋が民家の隙間に唐突に建っているので驚く。大通り沿いにあるとかじゃなくほんとに建物と建物の隙間に建っていて、エントランス側でも隣の建物との間隔がほんの数mしかない。

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場内入ってさらに驚いた。まるでむかしの時代劇映画で見る芝居小屋そのままの、飴色に光る木でできた、升席、花道、桟敷席、格子状の天井、温かく美しい内装。天井近くには広告看板もかかっている。ランプ風の照明もあいまって、素朴というより、『緋牡丹博徒』などで見るような、明治大正期独特のモダンな雰囲気。往時の姿そのままというわけではなく色々改装工事をしているだろうが、そのぶん清潔で手入れが大変に行き届いていて、町の方々が内子座を大切にされていることが伝わってくる。大変に雰囲気のある素晴らしい場内。舞台脇の灯明も本物のろうそくの炎で、気分が盛り上がる。

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場内、上演前から内子座の内装に観客大盛り上がり。上の写真は場内整理係員の方オススメのアングルから、下の写真は午前の部の自分の席からのパノラマ写真。広角気味に写っているので広く見えるが、実際には小さな芝居小屋。

 

 

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 演目は『仮名手本忠臣蔵』。いつもは午前の部・午後の部を同じ演目で回しているようだが、今回は内子座100周年・内子座文楽20周年記念で通し上演になっているらしい。

午前の部は下馬先進物の段、殿中刃傷の段、塩谷判官切腹の段、城明渡しの段と緊迫感溢れる展開なのだが、席が良すぎて(?)ドキドキソワソワしっぱなし。

内子座は歌舞伎等を上演するための芝居小屋なので、国立劇場系列とは異なり、中央の枡席の両サイドに花道席・本家席と呼ばれる一段高い席、そのさらに外側に歌舞伎専用劇場のような桟敷席がある。私の席の場所は西桟敷と呼ばれる舞台下手、花道とつながった桟敷席の舞台寄り最前列。舞台と高さが同じで視界が完全に開けた状態のため、人形の目線上に自分が来るのでドキドキする。舞台には通常上演のように手摺が設置してあるのだが、自分の目線がそれより上にいくため人形遣いの膝くらいまでは常時見えており、様々な仕掛けがバレている状態。いつもと見え方が違いすぎてキョドってしまい、冷静に芝居を見られない。普通に見ている分にも人形の足拍子の振動が伝わってくるほど迫力があるのだが、塩谷判官切腹の段、「由良助は」「いまだ参上仕りませぬ」というところで外を見ている(という設定の)人形がコッチを覗き込んでくるので参った。由良助じゃなくてすいませんでしたねぇ……。

とにかく小さな芝居小屋なのでステージが大変に狭く、人形が何人も並ぶとギューギュー感がはんぱない。横幅もそうだが、文楽の上演用のセットを組んでいると奥行きもなくなるようで、人形と人形がすれ違うのが大変そうで、うしろを通る人形の左遣いさんは下の段を通れないので上の段に駆け上がって人形に追いついていた。ツメ人形などは主演格の演技場所をあけるためか、異様に端へ寄っちゃってて、私の席からは見えないほど。

高師直の人形配役は勘十郎さん。嫌な爺様を上品に演じていらっしゃった。さすがの気品が光る。なんだかここ数ヶ月、嫌な爺様役の勘十郎さんを延々観ている気がするが、どの爺様も単に嫌な爺様にはなっておらず、それぞれ違った方向の個性が光る嫌な爺様なのが良い。勘十郎さんのみ、私から見て仕掛けがバレない位置にいらしたので、演技を冷静に見られた。塩治判官役の和生さんは、私の位置から仕掛けがもろに見える位置で切腹の支度をなさるので本当どうしようかと思った。私の心の忍っち*1がそわそわ。あまりに間近だったので、タイミングをはかるために左遣い・足遣いにどうやって指示をしているのかもわかる状態。それに気づけるのは良いことなのか悪いことなのか。和生さん、姿勢がものすごく良い(人形遣いさんは皆そうだが)。というか随分シュッとしてはるなあとか全く関係ないことに頭が……。しかしそれもだんだん落ち着いてきて、最後はちゃんと集中して観られてよかった。

床は上手側にある「本家席」と呼ばれる花道状に高く作られた客席に臨時設置されている。よって自分の席は太夫・三味線と真向かいの側の席になるのだが、いかんせん狭いので実質の距離は近く、良い感じで浄瑠璃が聞こえた。ただ音響そのものはほとんど響かないので、柝の音がまったく響いてなくて(チョーン という音の、ーンがない状態)ちょっと不思議な感覚。

 

■ 

午後の部は勘平まわりの話で、山崎街道出合いの段、二つ玉の段、身売りの段、早野勘平腹切の段。こちらの人形配役は勘平が勘十郎さん、おかるが清十郎さん。上演できる段が限られる中に豪華な人形配役を突っ込むためか、和生さんと玉男さんはそれぞれ与市兵衛と定九郎で、唐突な(?)配役だった。ふたりとも冒頭ですぐに死ぬ……。

自分の席は同じく西桟敷のやや後ろ、2列目の席。張り出した二階桟敷を柱で支えている構造なので、1階の桟敷には何本か太い柱がある。視界センターに思いっきりその柱が入る席でどうしようかと思っていたら、近くの席の方が同行者が来られなくなり空いているからと見やすい席を譲ってくださった。私が異様にキョトついているのを気遣ってくださったのだろう。いとありがたし。

観劇にはどこの席がいいかという話だが、文楽を見始めて半年、チケットを取るたびいろいろな席に座ってみたが、やっぱり真正面から見るのが一番いい(当たり前)。下心を出して、人形遣い目当てで下手でもいいか思ってあまりに下手側にすると、人形遣いの陰に隠れて人形が見えない本末転倒現象が起こる。特に午前の部、由良助の人形が由良助役の玉男さん自身の陰になってほとんど見えず、純粋に玉男様を見に来た人状態になってしまった。玉男さんのお姿は見たいですが、人形が見えないのはさすがに辛い。午後の部は見え方がいつもとほぼ同じなので、落ち着いた。午後の部は本当、人形の演技を集中して観られてよかった。

与市兵衛と定九郎のやりとり、特に与市兵衛の命乞いのシーンが魅せるのだが、与市兵衛が定九郎に殺されるシーンは結構残酷で、うしろの席の年配男性は声に出して「あらー!」と言っちゃっていた。しかし、橋本忍特集に通いすぎた影響か切腹を見慣れた私は勘平の切腹は冷静に観られた。いや、4月に観た『妹背山婦女庭訓』の久我之助の切腹は残酷で、はよう介錯してやってくれとソワソワしたが。それはともかく勘十郎さんの瀕死演技のやる気には感服させられた。さすが好きな役はきつねと瀕死の役とおっしゃるだけある。聞いた話によると勘十郎さんの瀕死演技は、ご自宅のペットのワンちゃんの夏場の暑がり方を参考にされているそうです。

(結構むかしの談話で、うちのパグ犬のあんずちゃんはクーラーをつけてないと死ぬんじゃないかってくらいハアハア言ってるんです、つけると普通に戻るんですが、切るとまたハアハア言って、とかおそろしいことをおっしゃっていた。勘十郎様ときどき無茶苦茶なこと言うよね。こわっ。つけて。クーラー。勘十郎様のためにも。と思った。先日、勘十郎様のFBに「お誕生日のお祝いをしました」という記事が上がっていたが、そのときケーキを持つ勘十郎様と一緒に写っていたうつろな目のパグがあんずちゃんなのだろうか? 談話が結構昔のものなので、その子がそうなのかはわからないが、「無」としか言いようのないすごいシュールな写真だった)

しかし「二つ玉の段」で舞台を横切るいのししぬいぐるみ、一瞬で通り過ぎても客に視認させねばならないからか、漫画のようなザ・イノシシって感じの記号化されたいのししで笑った。話は全く笑うとこじゃないが、あまりにいのししがおもしろすぎて、玉男様がいのししにひかれて死んだのかと思った。

 

ほか、劇場環境などについてメモ。

空調について。升席の人はひざ掛けなどを使っていたので寒いのかも知れないが、桟敷は空調が届かず温度が高い。特に午後の部は結構蒸し暑かった。これは技芸員さんたちも大変だと思う。

食事について。近隣にいくつか飲食店があるが、渋い和食店は満席が多かった。チケットが郵送されてくるときに案内がついている幕間用のお弁当でもいいと思うが、升席の人は席が狭いので食べるの大変そう。そのほか、駅から劇場周辺にはコンビニなどはまったくないし、場内でも飲食物の販売はないので、内子へ来る前にいるものは全て買ってきたほうが良いと思う。

 客層は一般観光客も多いのではと思っていたが、実際には文楽ファンの人が多そう。場内の雰囲気もそうだし、朝昼の幕間に劇場の前で写真を撮っていたとき、はっと気付いたら目の前に技芸員さんが立っていらして、私がキョドっているうちに瞬間的に「いや〜❤️サインしてくださ〜い❤️」って人がワサワサ寄ってきていた。どうもご贔屓さんに会いに来たっぽいのだが、あまりに無防備すぎだよ。

 

ちなみに内子座で売っていた公演パンフレットの玉男様(私服)の写真がかっこよすぎて、上演前から早々に不気味な笑顔を浮かべてしまった。デュフフフフ。ええもん買うたわ……。

こんな感じで調子こいて当日中に帰京しなかったら、翌日東京に台風が直撃して飛行機が欠航になり、松山から東京まで電車で帰る羽目になった。これが行きだったらエライことなってたし、松山から岡山までの移動に使った特急しおかぜの車窓から晴れ渡る美しい瀬戸内海の風景が見られたので良いのだが。いままでの人生で一番長距離の電車移動。瀬戸大橋初めて渡らせてもらいましたわ。ありがとうございました。

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