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TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

 例え麻雀の神様が微笑んでくれなかったとしても

近代麻雀2010年2/15号にて、片山まさゆき『打姫オバカミーコ』が最終回を迎えた。全135話、長かったようで短かったような5年7ヶ月、麻雀漫画としての「ミーコ」の感想をがーっとまとめた。かなり感情的に書いたので、あとあと穴があったら入って蓋をしめたい衝動に駆られるはめになりそうです……。



1
まず、よくレクチャー漫画なんていう難しいジャンルに挑戦したな〜と思う。しかも専門誌で。『真剣』みたいな内容ならともかく、最初のレクチャーが「リャンメンで待て」って……、すごいよね。ヘタしたら読者の顰蹙を買うよね。*1
普通、麻雀漫画は、主人公の打ち方がフラットであればフラットであるほど地味になる。第1話のレクチャーは「リャンメンに受けろ」だった。でも、麻雀漫画としては「リャンメンに受けろ」より「カンチャンに受けろ」のほうが万人受けするだろう。また、オバカミーコでは否定された「レアケースセオリー」。「リャンメンに受けろと知っていても実際はさほどリャンメンに受けてないだろ」という説教より、「それは固定観念で、必ずしもリャンメンに受けることがベストだとは限らない。以下のケースではリャンメンよりウンヌン」というレアケースセオリー説教のほうがキンマでニーズがあると思う。その誘惑に負けず、それらを極力拒否して、フラットなレクチャーを目指したのはほんとよくがんばったな〜と思う。
レクチャーで一番よかった点は、「黄金のイーシャンテン」という言葉を使って、良形でのテンパイのためのプロセスを具体的に説明していたこと。受け入れの形を考慮してウンヌンというのは何切る解説ではよく見るが、ここまで執拗にイーシャンテンにスポットを当てた麻雀漫画は初めて読んだ。イーシャンテンの話をしているということはつまりその時点ではリャンシャンテンやサンシャンテンなわけで、そのあたりはやはり専門誌でしか出来ない地味っぷり。
思えば連載中、いろいろな議論が起こった。ハイテイを間違えたときのチョンボの裁定とか、盛り上がったよね(ね?)。それだけでもミーコの存在価値は十分にあったのかな。
いずれにせよ、後世に残るレクチャー麻雀漫画となっている。




2
女流プロの世界を舞台にしたのもすごいチャレンジ。
既存の麻雀漫画は男子まみれというか、女子は出てきてもお色気要員だったりにぎやかし要員だったりで存在の必然性がない場合が多し、また、印象論で言うのはよくないけど、それこそミーコのような「見た目はいいけど麻雀は……」という女流プロに対し快く思わない読者も多いだろうに。そんなイメージを変えたかったのだろうか。それとも、読者の「女流プロの世界を覗き見たい」需要だったのだろうか。ここに描かれているのがリアルかウソかはさておき、女子描写がうまい片チンだけあって読み心地のいい作品に仕上がっており、女流プロを好奇の目で描くようなことをしなかったところがよかった。*2




3
以上のように、私は実験作品としての『ミーコ』を絶賛する。だが、漫画としておもしろいかどうかは話が別。こちとら慈善事業でキンマ買ってるわけじゃねえからな。私は「ミーコ」において競技麻雀は "ついで" であり、レクチャーがメインだから描写はこの程度でいいなどとは全く思わない。おまえはばくち打ちじゃない競技プロだと言ったからには責任を取っていただく。

どうも、片山まさゆきが競技麻雀漫画を描くのにどんどん無理が出てきていやしないか。つまり、片チンの描きたい麻雀漫画と読者の読みたい麻雀漫画の間には、どんどんズレが出てきているのではないかと思う。競技麻雀ものは麻雀漫画ファンにとってキンマに1作は載っていてほしいジャンルで、かつ、読者の要求レベルは非常に高い。本格指向が求められる。しかし片チン自身はGPCのような作品を描いていきたい(のかな)。そのギャップの中で、「ミーコ」がどっちつかずのワケワカランことになってしまったように感じる。
私がミーコに感じた疑問は以下の三点。

  1. 舞台を競技麻雀の世界にしている意味が不明確
  2. 「流れ」の受け入れと片山的競技プロらしさとは、本来相容れないのでは?
  3. 提起した重要な問題に対し、答えが出ていない


私にとって不思議だったのは、競技麻雀の世界を舞台にしている理由が不明確なこと。これってギャル雀の新人ヘボメンバーと脱サラマスターの二人三脚物語じゃだめだったんですかね? 『ノーマーク爆牌党』や『牌賊!オカルティ』では舞台が競技麻雀だったことに重要な意義があったけど、今回はそれを感じられない。ミーコほかの登場人物は、なんとなく腰掛けで競技プロをしているように見える。自分がどういう活動をしたいとか、女流風王位になって何がしたいのかとか、ないのか? いや、自覚がなくとも、競技プロになってどう内面が変化したのか、あるいは逆になぜ自覚が持てないのか、描く余地は十分にあったと思う。また、登場人物のファン対応が雑な点も気になる。例え漫画とはいえ、プロを名乗る者が公式の場や興業の場で内輪しか眼中に入っていないような言動を取ることが現実の業界のイメージにどういう影響を与えるのか、もう少しよく考えて欲しかった。*3
一番ワケワカランかったのは、ミーコと波溜がどうも手なりにしか見えなかったこと。流れを踏まえた打牌選択ということなんだろうけど、「流れ」の受け入れと片山的競技プロらしさとは、本来相容れないものなのではないか? 私は、ミーコに描かれる「麻雀の神様が微笑んでくれる」だとか「微笑んでくれない」だとかいう話に説得力を感じない。麻雀の神様が微笑んでくれるかくれないかって、競技プロとしてのありかた、打ち方に何か関係あるのか? 私は寧香が一番プロらしいと思っている。麻雀の神様が微笑んでくれてもくれなくても、勝ったとしても負けたとしても関係なく、彼女はプロらしいと感じる。それゆえブレの大きいミーコと一緒に登場するとき、ミーコの引き強に不自然さを感じ、ミーコは単に運がいいだけじゃんという邪悪なことを考えてしまう。麻雀を楽しむとか言っても、失礼ながら、そりゃあんだけいい手牌になったら誰でも楽しい。さすがにそれはプリミティブすぎる。いわゆるデジタルな正着と自分が打ちたい一打が違うのはわかる。だが、それと同じように、自分の打ちたい一打は、流れの中の一打とも違うはずではないのか。
また、提起した問題に対し、正面から答えを出さなかったのは何故なのか。女流撲滅対決、デジアナ対決ともに問題提起に対して正面から答えを返せていない。がんばってるんだから、勝ったんだから認めてくださいというのはありえない。私は一時並行してオリのほうに載っていた「クロカルクラブキル」には否定的な感想を持っていて、それというのもあれは批判としてちょっと違うだろと感じたからだ(批判のつもりで描いているかどうか知りませんが)。批判なんかヒヨッ子がいちいちピーチクパーチクさえずらなくとも「20年間何してた」で終了ですよ。ミーコでの存在館の女流プロ批判はそれにどう返すか、これからどうするかを描くためのものだと思っていたので、あのままでは消化不良。これについては本当はわかっているはずの答えを拒否しているように感じる。
でも、以上に書いたことって過去作品で十分に描かれているから、片チンの中でももういいことなのかな。『ノーマーク爆牌党』ではプロの信念、『ミリオンシャンテンさだめだ!!』では例え強くなくとも自分ができることは何なのか、『理想雀士ドトッパー』ではプロの条件と意義、『牌賊!オカルティ』では有象無象の中で自分の信念を貫くことをテーマにしていたと思うが、では『ミーコ』は? ……かなり残念なかたちで最終回を迎えることになったので、不本意なことだったのかな。モヤモヤが晴れない。「オカルティ」も完結後しばらくは「何がやりたかったんだこの漫画??」と思っていたので、私が「ミーコ」のテーマがわかるようになるのも、もう少し先のことなのかもしれない。




4
そんなこんなで、典型的読者の私は欲求不満のあまり、連載中何度もきつい批判をしまくった。すいませんでした。愛ゆえにと思っていただければ幸甚の至りです。ここまで批判しているのも、やはり根底のおもしろさがあってこそのこと。批判が出ることがわかっていてこんな茨の道をいくのは、片チンにしかできない。ベテラン麻雀漫画作家のなかでも片チンは毛色というか、方向性が違うしね。
「ミーコ」でチャレンジしたいろいろなことが、次回作に繋がればと思う。今後の片山チン、あるいはキンマ読者がより豊かな麻雀漫画に恵まれますように。

*1:しかし、一般誌でやるとなると読者の麻雀知識レベルがバラバラゆえ、どこから話をはじめるかが難しい。それを考えると、結局読者の知識レベルが一定以上を越えている専門誌でしか成立しないことがわかる。本そういち『カキヌマの時代』(リイド社)はその点相当ひどいというか、後半にいくほどレクチャーレベルが下がっていくという一体何がやりたいのかさっぱり意味不明のかわいそうなことになっていた……。来賀友志+本そういち『平成ヘタ殺し』(白夜書房/竹書房)は専門誌掲載だったぶん、内容が安定。やはりレクチャー麻雀漫画は専門誌でしか成立しないのか。

*2:『覇王』の亜紀タンは狂ってました。

*3:あと、私はオーラスの意味なしアガリ批判を巡るエピソードはいまだに納得できない(まだ言ってるよ!)。意味なしアガりがダメなら見逃しはいいのか。際限なくなりますよ。JMPは完全順位制ではないんだから、何度もチクチクやるくらいならルール自体を検討してくれ。それが競技プロの仕事だよね……。