TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽《再》入門 文楽の「現在」を知る本[『國文学 解釈と教材の研究』2008年10月臨時増刊「特集 文楽−人形浄瑠璃への招待−」学燈社]

かねがね、文楽の中級者向けの本を探していた。

というより、中級になるための本、といったほうが正しいか。

文楽は興行規模や観客人口のわりに初心者向けの本はそれなりにあると思う。しかし、中級者向け書籍となると途端に心当たりがなくなる。隣の芝はなんとやらしてなんとやらなのか、歌舞伎・能楽・落語等は研究書からエッセイから芸談からそりゃもうボウボウに生えに生えまくっているような気がするのにと、隣の庭は釧路湿原くらいあるんちゃうかと思いを馳せていたが、最近は、自分が読みたい「中級者向けの本」ってなんだろう?と思うようになっていた。

自分にとっての「中級者向けの本」とは、現行の舞台に興味を抱いている自分に対して、別の角度・切り口からの見方があることを示唆してくれるものだと思う。次の興味への端緒を発見できる本。その「次の興味」が現行舞台の技芸そのものへの理解を深めることにあるのか、それとも上演史にあるのか、あるいは近世文学にあるのか、義太夫の音曲面にあるのか、違うジャンルからの観点なのか、それはわからないけど、そこで知ったこと・感じたことを経て文楽をもう一度新鮮に見られる本がいいなと思っている。その循環の繰り返しが理解と愛着を深めることにつながると思っている。そういう観点から、自分が読んでよかったと思える文楽《再》入門本について書きたいと思う。

 

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『國文学 解釈と教材の研究』2008年10月臨時増刊「特集 文楽人形浄瑠璃への招待−」 学燈社

書籍ではなく、『國文学 解釈と教材の研究』という学術雑誌の増刊号で、ムック的なつくり。

人形浄瑠璃への招待」とマイルドな副題がついているものの、内容は一般によくある文楽の初心者向け本とは大きく異なる。有名演目解説や三業の役割解説はなく、現在の文楽という芸能がどのようなものであるのかを多方面からの解説によって理解できるようになっている。文楽は遠いところにある古いものだから、その遠く古いものを現代の感性で感じてみましょうという捉え方を超えており、文楽はつねに現在形で存在し続けていて、受容側がそれに気づいたとき、その価値が目の前に現れるというか。文楽の現代性(現代まで継承され続けてきた、現行の古典芸能であること自体)が重視されている内容だと感じた。文楽の観客対象の教本ではなく、国文学の雑誌なのでこういうスタンスなのだろうけど、古典芸能本で「現在」であることに意義をおくというのは、興味深い切り口だと思う。

この本の構成を要約すると、以下のようになっている。

  • 吉田文雀談話(文楽という芸能の実践・現場)
  • 実際の公演の詳細(国立劇場の制作意図/舞台見たまま聞いたまま/CD・映像ソフトガイド)
  • 人形浄瑠璃略史(古浄瑠璃から現代までの興行史)
  • さまざまな観点からの文楽へのアプローチ(言語学音楽学/近世演劇/歌舞伎・大衆芸能・民俗芸能など他の芸能との関係性)
  • ブックガイド 

 これらの内容のうち、とくに感銘を受けたものについて少し詳しく紹介したい。

 

 

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人形遣い吉田文雀師の談話では、芸談というより、「文楽という芸能がどのように伝承されているのか」がリアルタイム目線で語られている。いちばん印象的なのは、人形の役作り、すなわち「人形の演技はどのような考え方にもとづいてなされているのか」という点。

ここで語られている「人形の演技はどのような考え方にもとづいてなされているのか」には、大きく2つのものがある。

まず、人形の演技にはすべて理由があるべきで、それは本(浄瑠璃)に基づいていなければならないということ。演技に理由があるべきなのは当然だが、それは手前勝手の解釈や理由ではなく、必ず浄瑠璃に基づくものでなければならない。従来「刹那的・感覚的な芝居である」と言われていた吉田文五郎も、実際には浄瑠璃に基づき緻密に計算された芝居を行っていたという。具体的には、「合邦庵室」で玉手御前が実家へ入るときの所作それぞれのターゲットの考え方、「酒屋」でお園が父宗岸とともに婚家へ戻ってきたときにどういう振る舞いであるべきかの考え方、お園のサワリの演技を生涯検証し変化させていたことなどが語られている。

また、演技が観客にどう受け取られるかは時代につれ変化していくものであり、演者はそれに自覚的であらねばならないということ。「いままではこうやっていた」としても、時代の変化でお客さんが理解できなくなっていることはするな、と教えられていると。

これを突き詰めていくと、古典芸能といえど演技を変化をさせなくてはならないときがくる。実際、人形の演技を変更したとか、詞章を一部変更したというのは、芸談本を読んでいるとしばしば出てくるエピソードだ。

それでは、芸の変化を許容する考え方の元にある、文楽としてここは動かせないものはなにかというと、文雀師匠はそれは本(浄瑠璃)だという。本を読み、その役を突き詰めて考えて表現すること。その考え方・突き詰めるやり方は、時代に合わせて変わっていくという。「文楽で一番重要なのは本(浄瑠璃)」ということは、入門本類にはなかなか書かれていないし、鑑賞教室等でも言及されないけれど、文楽を理解する上でもっとも重要な事項だと思う。ここではそれが具体例を交えて繰り返し語られている。

それにしても、文楽は思っている以上に実務的・合理的な話が多いね。かしら割りにしたって、舞台を見ているだけでは、人形ってなんだかいっぱいうぞうぞしてるぞということしかわからないが、よく考えてみると、60人くらいひしめいているアレを毎月毎月用意するというのは大変なことだ。床山さん(当時は一人。いまはどうなってるのかしら?)の作業時間を考えて早期にかしらを決定して指示、次回公演・各位の個人仕事での単発使用発注も踏まえてかしらの運用を管理し、次の公演でも使い回せるものはそのまま使う等の工夫をしているという。文楽は古典芸能の中でもかなり不思議ちゃん度が高いし、なんだかおっとりしているように見えるので、なんとなく、フンワリしているのかな……? サンリオキャラがうぞうぞしている的な……? 言われてみれば体重をりんご換算できそうな……? という印象を受けるが、技芸員にしてもスタッフにしても少ない人数・固定のメンバーで毎月舞台を回さなくてはいけないという観点から、実情はものすごく合理的な運営になっていることに驚かされる。

ほか、文雀師匠の子ども時代、まだ客として文楽を見ていたころの戦前の大阪の芝居茶屋や芝居小屋の様子が仔細に語られているのも興味深い。文雀師匠のご実家は芝居茶屋へ布団を手配する商売だったという。当時の文楽の客は道頓堀川から船で芝居茶屋へ乗りつけて、預けておいた布団を出してもらってそこへ泊まったそうだ。そして翌早朝、芝居が始まる時間になると、茶屋から芝居小屋へ渡した板を歩き、足袋のまま直接芝居小屋へ入っていたという。もう、あまりに隔世の感がありすぎて、本当、驚き……。むかしは朝6時くらいに開演して大序から通しでやっていたと聞くが、そんなん客みんな三段目くらいからしか来ないのでは?と思っていたが、文楽好きな人は近隣在住なら暗い中を籠で乗りつけたり(籠!?)、遠方在住なら前ノリして前泊、朝イチから見ていたそうだ。公演の状況は変わろうとも、やる気のある人のやる気だけは時代を問わないと思った。

 

 

 

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以上は技芸員側からみた現代の文楽公演の状況だが、続いて、国立劇場文楽劇場で制作にたずさわった山田庄一氏から、文楽本公演の準備進行過程、上演演目の制作意図や施策が解説される。国立劇場は設立時、なぜ通し上演を復活させようとしたのかや、文楽公演における新作の意図や東京公演/大阪公演の観客の違いによる公演企画の検討等、興味深い話題が多い。技芸員の談話にしてもそうだけど、現場の人はコチラ(客)が思っている以上に文楽公演はあくまで客あっての興行という意識が高いと感じる。誰のために何をするのか、最終的に何を目指しているのか、誰に何を伝えたいのか。技芸員は目の前にいる客との芸を通したコミュニケーションを重視しており、国立劇場側(というか山田庄一氏)は集客とともに将来を見据えた文楽・客の双方の育成を意識していると感じた。

ところで、文楽には、かしらが火災に遭って大量に焼失した場合、興行ができなくなり、最悪芸能が断絶するおそれがあるという大きなリスクが存在している。大江巳之助さんの存命時の話だが、文楽劇場設立前はかしら・衣装は文楽協会の所有で、国立劇場は手が出せなかった。そこで、当時始まっていた研修生育成事業の教材費を名目にかしらの製作費用を捻出。最低忠臣蔵が打てるだけのかしらを国立劇場サイドで保有する計画を進めていたようだ。現在、かしらは文楽劇場が所有・管理していると思うが、いまでも緊急時に備えて、どこか別の場所へかしらを保管しているのかな。

 

 

 

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以降は知識編で、人形浄瑠璃略史のパートでは古浄瑠璃の時代から現代に至るまでの浄瑠璃の歴史を概観できる。

浄瑠璃の歴史は『岩波講座 歌舞伎・文楽』シリーズに詳説されているが、詳しすぎて基礎知識がないまま読むと大変。本書は歴史のアウトラインをつかんでおくのに好適だと感じた。時代別に4人がリレー式に書いており、書き方が統一されていないところもおもしろかった。読みにくいっちゃ読みにくいんだけど、その時代時代によって着目すべき点や興行の変遷の状況・スピード感が違うので、単純な年表形式でなくてかえってわかりやすいように思う。文楽関係の書籍は竹本義太夫からその歴史を解説することが多いが、本書はそこに至るまでの時代・古浄瑠璃パートを設けているのが特色で、現行の舞台では知り得ない時代の大いなる厚みを感じた。

 

 

 

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文楽から発展しての興味関心という点では、近世演劇史以外の観点から見た文楽や、人形浄瑠璃の周辺文化への目配りがされたパートがアツい。

いままでの自分にまったくなかった観点を与えてくれたものを挙げるとしたら、言語学サイドからみた文楽に残る近世語を調査した記事「近世語と文楽」。「か」を「くゎ」と発音する等の音韻、あるいは、登場人物の身分等によるアクセント位置の違い(演出上の「訛り」)などの発音の側面から、近世語が文楽にどこまで現存しているかの調査が報告されていた。発音に関しては通常、義太夫大阪弁であるべきという話題が多くなるので、近世語という観点からの解説は興味深い。謡曲は音声問題を重視し、古い発音を保持するために謡本・稽古本等が発達したが、義太夫では清濁・アクセント以外の発音が重視されることはなかったという。そのため、発音面では「演者による」現象が結構発生しているようで、登場人物の身分や来歴の区別に近世語の古態を用いているらしい人と、法則性なくそれが出現する人がいるという例は、興味深かった。(ただし、太夫に聞き取りをしたとかではなく音源比較による調査なので、記事中には太夫の実際の意図等は書かれていない。)

古典の研究と現代の上演をつなげるという観点からは、「近松文楽」が興味深い。内容は、近松門左衛門と初代竹本義太夫による当世浄瑠璃の嚆矢『出世景清』を浄瑠璃史の中で捉え直すというもの。礎となった古浄瑠璃「景清」→『出世景清』→そこからさらに発展させた『壇浦兜軍記』を通して、一連の景清もので描かれる趣向の変遷から、浄瑠璃の先行作の取り入れ・アレンジの手法が理解できるようになっている(と私は受け取った)。また、昭和60年に行われた『出世景清』の復活上演がなぜ失敗したのかの考察も興味深い。って、もう失敗したこと前提なんですけど(これ、褒めてる人見たことないんだけど、どんなことなってたの? みんな理由を国立劇場の企画自体の失敗だと言ってるようだけど、ここまで批判されてると逆にどういう上演だったのかが気になる)、そこには現代の文楽公演で近松作品を扱うことの困難が端的に現れている。それにしても、文楽浄瑠璃)の作者の中でもっとも有名な近松の作品が実は現行文楽には合っていないって、文楽好きな人にはその理由がわかっていても、ご覧にならない方からしたら信じられないことだと思う。

 

 

 

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この内容を2019年版にアップデートした本が出たらいいのにと思っている。これ自体10年ほど前の本なので文楽公演の現状は変わってきているし、また、特にブックガイド等は内容が古くなってきていて、いまでは入手できない本やさすがに古く感じる本も多い。最新の知見や状況を知りたいことも多いし、いま第一線をつとめる現役技芸員の率直なことばを聞きたいと思っている。どこかの出版社がこういう本を出してくれないかしら。

 

 

 

 

『國文学 解釈と教材の研究』2008年10月臨時増刊「特集 文楽人形浄瑠璃への招待−」目次
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[インタビュー]
 吉田文雀師に聞く 人形の役作りとかしら割り(聞き手・後藤静雄)
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[コラム]
 文楽の配役 (横道萬理雄)
 四つ橋文楽座 (肥田晧󠄁三)
 文楽の面白さ (水落潔)
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舞台が開くまで (山田庄一
[舞台鑑賞」
 『本朝廿四孝』十種香の段・奥庭狐火の段 (富岡泰)
文楽のCD (大西秀紀)
文楽の映像資料 (飯島満)
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人形浄瑠璃略史]
 古浄瑠璃から近松へ 演劇空間の創造 (坂口弘之)
 人形浄瑠璃黄金時代 戯曲の時代 (内山美樹子)
 浄瑠璃の十九世紀 フシの変遷 (倉田喜弘)
 大正・昭和・平成の文楽史 今日への歩み (高木浩志)
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文楽研究とその周辺]
 民俗芸能と文楽 (齊藤裕嗣)
 近松文楽 (井上勝志)
 近世語と文楽 (坂本清恵)
 義太夫節の音楽的研究 (垣内幸夫)
 「趣向」と「虚」 近世文学に人形浄瑠璃全盛時代がもたらしたもの (黒石陽子)
 歌舞伎と文楽 (河合真澄
 寄席芸と文楽 (荻田清)
 操り人形考古学 (加納克己)
 五行本の世界 抜き本についての覚え書 (神津武男
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文楽読書案内 (児玉竜一
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文楽 10月地方公演『生写朝顔話』『ひらかな盛衰記』『日高川入相花王』神奈川県立青少年センター

台風19号通過直後の開催決行だったが、私鉄・地下鉄等が当日早々から通常運行していたのでスムーズに横浜までたどり着き、最初から観られた。

今回上演の大井川の段は、大井川が増水して朝顔が川を渡れなくなるという場面。昔の水害は本当に恐ろしいものだったんだろうなと思う。朝顔が川岸に来た時点ですでに船頭避難してるし、徳右衛門もものすごい勢いで朝顔を止めてくるしね……。

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昼の部、『生写朝顔話』。

明石船別れの段。深雪(豊松清十郎)と阿曾次郎(吉田文司)は兄妹みたいだった。文司サンがこういう純粋な二枚目役なのは不思議な感じがする。育ちのよい上品な坊ちゃん感があった。あと、人格がまともそう。

清十郎さんは清楚なお嬢様風。深雪の透明感のある清楚さはとても良かった。深雪ってまともに考えたらクソヤバ女だと思うが、「怖!!」とならない慎ましさがあった。しかし口元は拭くんやのうて、「ぽっ」と軽く抑える程度にしてくれ。清十郎は内心いやなのかもしれんが、そこは辛抱。

 

笑い薬の段、祐仙(桐竹勘十郎)がウザ可愛かった。こういう憎めないキモさ、チャーミングさや愛嬌は、勘十郎さん独自のもの。カートゥーンのキャラクターみたいで、可愛い。下手の柱にニョロリと巻きついて、「誰もいないよね〜?」と周囲を見回すときのウザさ、もったいぶって茶を立てるところのひたすらのウザさが良い。ウッシッシと肩をピコピコさせて笑うところも祐仙の小物ぶりや軽薄さが伝わってくるようで、浄瑠璃の言葉以上に、人形が多弁。そういったコミカルな動きや着物の着崩しなど、やることが多いのに決して雑多に見えないのは、ひとつひとつの動作が徹底的に洗練されて整理され、メリハリがついているからだと思う。着物の着崩しの段取りはすごいと思った。勘十郎さんが結構自分でやってる。笑いをごまかすために口元に手を持っていくのに紛らわせて襟を少し引く等して、自然に着崩していっているようだった。

それと床が三輪さんというのが面白かったな。滑稽な中に辛口の締まった品があり、勘十郎さんのケレン味とバランスが良いと感じた。しかしほんとなんで三輪さんが文楽太夫になったのか知りたいよ。

 

岩代多喜太(吉田玉輝)、ターンの速度が異様に早くてピッと綺麗に90度回るあたり、融通利かない感じがするのが良かった。祐仙の笑いころげぶりに途中でイライラしてくるのとマッチしていた。骨が綺麗に取り終わるまで焼き魚食えないタイプだと思う。ししゃもにぶち切れてそうだと思った。でも、玉輝さんはご自身はせっかちにならず、ちゃんと勘十郎さんが延々茶ぁ立ててるのをじ〜〜〜〜っと待っておられた。

ところで、徳右衛門(桐竹勘壽)って、なんであらかじめ笑い薬を買ってたんだっけ……? 以前、何かのレクチャーイベントで聞いた気がするんだけど、忘れた……。でも、文楽には通り道に偶然落ちてた死体の首を切り取っておく人もいるので、笑い薬買っとくくらい、たいしたことないか。と思考を放棄した。

 

宿屋の段、津駒さん宗助さんが良かった。琴の演奏があるので聞き応えとしては華やかではあるのだけれど、どこか朝顔の零落したうら侘しさが感じられるようで、しっとりと冷たい佇まいがあった。朝顔の、貧苦に迫られて枯れてしまった儚い声の表情も良かった。

人形もこの段になると、健康的な清楚さだった明石船別れの段からうって変わって、長雨に打たれて傷んだ花のような、少し悲しげな雰囲気。ただ琴がかなりグシャグシャになっちゃってて、惜しい。清十郎さんがどうこうというより、左が全然合ってないのでは……。ちゃんとした左は本公演でないと無理か……。今回の地方公演、人形さんは結構パツパツで舞台を回しているのかなと思った。

 

それにしてもこの演目、宇治川とか浜松小屋を抜くと、筋書き状態だなと思った。本編を上演しているはずなのに、ダイジェストをやっている感じ……。よほどのスター的な人が出ていないと間が持たない気がした。今回でいうと、仮に勘十郎さんが祐仙をやらなかったら、かなり厳しい。

『生写朝顔話』のなかで文楽として一番面白いのは浜松小屋ではないかと思うが、渋すぎるから出さないのだろうか。個人的には、明石船別れより、歌を書いた扇を渡す宇治川をやったほうがよいように思ったのだが、どうなんだろう。

 

なにはともあれ、勘壽さんがご出演されていて良かった良かった。徳右衛門、律儀そうな厚みあるジジイぶりで、さすがだった。

 

 

 

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夜の部、『ひらかな盛衰記』松右衛門内より逆櫓の段。

今回の地方公演の個人的目玉演目。松右衛門は勘十郎さん。個人的にはこれくらい抑えているほうが好み。最近の松王丸や由良助にあった無駄な誇張がなく、時代物の中の世話らしさを感じる人物像でとても良かった。

以前、女方人形遣いさんには「架空でしか存在しえない女性像」に寄るタイプの人と、「現実の女性像」に寄るタイプの人がいるように感じると書いた。それは立役にもあると思う。先代玉男師匠のご一門の方は「架空でしか存在しえない男性像」に寄っている印象があるけれど、勘十郎さんは「現実」に寄っている印象がある。玉男さんや玉志さんの松右衛門からは、たとえるならギリシャ彫刻が生命を得て動いているかのような、空想の中でしかありえないはずの完全な理想像がこの世に受肉した姿とも思える表現を感じるんだけど(私はそこに人形浄瑠璃ならではの世界を感じる)、勘十郎さんの場合は「もしかしたらずっと昔にはこういうスゴイ人がいたのかも」と思える、夢想と現実の境目の人物像を表現している印象。ものすごく絶妙なラインで、良い意味で普通の人間っぽさがある。動作がもちゃっとしているためだと思うけど、人形にじわりとした体温があったり、からだの表面に中年男性らしい脂肪がついているように見える。偶像ではなくあくまで人間。その等身大の誠意が伝わったからこそ、権四郎は松右衛門の説得に応じたのだろうと感じさせられた。

ただ、逆櫓はそのままでは間が持たないと感じた。所作が崩れていてモタモタしてるように見える。樋口役は逆櫓のほうが簡単だろうと思ってたが、そうではないようだ。逆になんで玉男さん玉志さんがあそこまで出来るのか、わからなくなった。記録映像を見ると、先代の玉男師匠は型を決めるにしても動作をパキンとさせすぎず、無駄な力を抜いた優美な所作。そうであっても時代ものならではの武将らしい美々しさや古典的な男性美が発現している。型が決まっていて、それを正確にこなしていくというのは決して四角四面になるという意味ではないと教えられる。時代物の立役というのは難しいんだな〜と思った。ここでは樋口は人間に見えてはいけないのかもしれない。

 

玉志サンの権四郎は思っていたよりはるかによかった。文楽らしいクリアな質感と持ち前のキレの良さがマッチして、ぴんとした姿勢も凛々しく、在所のめちゃくちゃカクシャクとしたシャッキリジジイで良かった。正直、もっとキラキラに寄ってしまうかと思っていたが、ちゃんと在所ジジイだった。それと、ご自分がやりたいことをやってらっしゃるんだろうなと思った。夏の七段目の平右衛門も由良助とおかるを無視してやっていらしたと思うが、今回も松右衛門を食ってもいいと思ってるだろと感じた。今後も戦闘的なまま、ガンガンいって欲しい。

権四郎のかしらは目が閉じて口が開く仕掛けがあると思うけど、それ以上の表情があるようだった。これは朝顔もそうだったので、地方公演ならではの舟底のないステージによる見上げ効果や、フットライトが強めの照明の、いつもと違う見え方のせいかもしれない。槌松が門先にいるんじゃないかと何度も外を伸び上がって見ているときのそわそわぶりとか、事情を聞いてお筆にソッポを向いているときの険しさとか、松右衛門の話を聞いて目を閉じてよくよく思案しているときとか、時々、人形にクレイアニメのような生々しい表情があるように感じ、はっとさせられた。お筆の不用意な発言に湯飲みを投げて激怒する場面のマジギレぶりは良かった。めちゃくちゃ怒っていた。逆に、松右衛門に持ち上げられて上座へ据え直されるところ、持ち上げられてびっくりしてピョコン!とするのがプレーリードッグのようで可愛かった。でももうあの段階ではお筆を許してるよね。もっと言うと、本当は包丁研いでる時点ではすでに許してるんじゃないのかなと思った。包丁の研ぎ方があんまり怖くなくて、樋口に本当に子供を殺すことを迫りたいわけではなく、あとはもう自分自身が納得できるかどうかで、その気持ちの間の埋めたさでしかなかったのではないかと感じた。この点は、以前に観た玉也さん権四郎とはかなり違っていた。

 

 

お筆の勘彌さん、およしの清五郎さんも上品でとてもよかった。お筆の武家の生まれらしい凛とした立ち振る舞いの中にあるどこか色っぽい雰囲気、およしの在所の女房とは思えない楚々としたおとなしげな雰囲気がよかった。おふたりとも抑えめで、松右衛門と権四郎の真逆の個性対決が際立っていた。さすがに勘彌さんはうまいね、お筆の帰り際、門口でクルリと回るところがとても綺麗だった。

 

床、ヤスさんは権四郎とおよしが良いなと思った。在所の真面目な良い人、その人たちが心からそう思って喋っているという感じがあった。しかし松右衛門がいまいちで、私は義太夫をやりたい人というのはああいう役をやりたいのだろうと思い込んでいたので、逆にヤスさんはどうしてああいう語り方をしているのだろうと思った。単純な大げささに頼らないアプローチをしようとしているのか。お若い方の場合、「ああ、この人はこうしたいのだろうけど、未熟でまだそれが表現できないのだろうな」と思うことがあるけど、その「こういうふうにしたい」まだ見えない状態だった。暗中模索中なのかもしれない。錦糸さんはヤスさんにやらせる分のフォローをされてたと思う。

逆櫓は床も人形共々モタモタしてしまっていて、ピンボケしてしまっていた。もっとメリハリつけていかないと、波が立った海の上で荒々しくやってる感がない。少なくともこの段、三味線は演奏そのものがかなり難しいのではないかと感じた。

 

 

松右衛門内ってすごく聴きがいのある面白い段だと思うけど、同時に、地方公演の見取りにするには難しい内容だと感じる。松右衛門内は「有名演目かつ人気演目だけど、いきなり観ると全然意味わからん話」の上位にランクインすると思う。あまりにも特殊なシチュエーションの話で、かつ煮詰まった状態からはじまる。事前にここまでの段の内容を把握しておかなければ、登場人物たちの言っていることが始終まったく理解できないと思う。さらに、前提を理解した上で権四郎の心の動きに注目することが非常に重要になってくるけど、そこまで気づいてもらえるかが難しい。「ジジイに注目」は文楽に普遍的な鑑賞のポイントだけど、普通に考えたら、松右衛門のほうに重要な意味があるかのように思ってしまうよね。

ところで、冒頭に出てくるあの近所のツメ奥さんたち、異様にクセが強くなかった? あのクセの強さ、すごい。あの奥さんたちの話ってかなり重要なのに、ビジュアルのクセが強すぎて話聴くどころじゃなかった。

 

 

 

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日高川入相花王』渡し場の段。

文哉さんが船頭役で出ていらっしゃるからか、口上がいつもと違う調子の人だった。文哉さんはもっさり船頭な感じでよかった。

それにしても、地方公演も後半なのに、なんでこんな状態なんだ。興行側は自分が何をどう表現すべきかを常に考えて舞台をつとめることのできない人を重要な役に配役するのはやめて欲しい。

 

 

 

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みなさん、頑張っていらっしゃったが、本公演ってやっぱりすごいなと思った。本公演のレベルの高さがよくわかった。そして、会場環境に左右されないベテランの安定感もよくわかった。パフォーマンスの安定というのは重要だと思った。

地方公演は地方公演で本公演にないイレギュラーな配役が面白いが、今回の場合、率直に言うと、三輪さんに宿屋、津駒さんに松右衛門内を語って欲しかったな〜(率直すぎ)。津駒さんって、本公演では当たらないけど、「いかにも文楽」な段、いいよね。尼が崎やすしやがかなり良かったので、松右衛門内も聴きたかったな。

 

 

 

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地方公演恒例グリーティング・ボーイズ。お伺いしたら、お人形はお七さんとのことだった。文楽のお人形さんたちはタンスを共用されているので一見では区別がつかない。清之助さんは体育会系の部活のようにめちゃ大きな声でお客さんに挨拶されており、いいぞ若人、その覇気でおれたちの北川景子・清十郎を守ってやってくれと思った。

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(お七さん、ゾウリムシが寄ってきたのでものすごくテンション下がってます)

 

 

 

清姫は本当に大蛇になったのか −文楽現行「渡し場の段」と『日高川入相花王』『道成寺現在蛇鱗』−

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現在、文楽公演では「渡し場の段」の外題名は『日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)』と表記されている。しかし、上演されている「渡し場の段」は、宝暦9年(1759)2月初演の人形浄瑠璃 日高川入相花王の該当箇所(「道行思ひの吹雪」の末尾)とは内容が異なる。現行「渡し場の段」は、寛保2年(1742)8月初演道成寺現在蛇鱗(どうじょうじげんざいうろこ)』清姫日高川の段」を改作したもので、近世末から『日高川入相花王』の外題で上演されるようになったようだ。

道成寺現在蛇鱗』と『日高川入相花王』では軸となるストーリーは異なっているが、ともに道成寺伝説が盛り込まれ、真部の庄司の娘・清姫安珍という山伏(その正体は貴人)に恋をするという設定は両者に共通している。謡曲、歌舞伎等にも存在する道成寺ものの中でもこの2つの浄瑠璃にひねりがあるのは、「道成寺伝説は事実ではなかった」という設定で、そこにストーリー上のおもしろさがある。

だが、「清姫が大蛇(化け物)に見えるのはなぜか?」という理由付けは両者で異なっている。

道成寺現在蛇鱗』清姫日高川の川岸で大蛇になって川を渡り、道成寺へたどり着いて鐘ごと安珍を焼き殺すというのは、実は安珍への嫉妬に駆られた姫の夢の中の出来事という設定。目を覚ました清姫は自分の嫉妬心に恐怖して泣き、本当に安珍へ危害を及ぼす前に死ぬことを決意する。ただ、この夢を見る前に清姫安珍に女がいることを知って胸ぐらに掴みかかるなど相当アグレッシブな行動を見せるので、勢いのあるヤバ女であることには変わりはないが……。

一方、日高川入相花王において清姫の水面に映った姿が大蛇に見える理由は、姫が持ち出してきた父の守り刀「十握の剣」の奇跡によるもの。「十握の剣」は八岐大蛇から出現した剣で、その奇瑞で大蛇の姿を鏡面に写す。清姫自身が大蛇に変わるわけではない。清姫は「十握の剣」を持って安珍らを追って日高川の川岸へたどり着き、水面に映った大蛇の姿を見て自分だと思い込んで覚悟を決め、川へ飛び込む。が、実際に大蛇に化けているわけではなく、人間のまま泳ぎ渡る(そっちのほうが怖いがな!東京オリンピックトライアスロンに出てくれ!)。また、姫が激しい嫉妬に駆られるのは事実だが、それはある壮大な策略のために姫を騙し、そう仕向けた登場人物が別にいるという設定になっている。

なお、清姫が恋する男のため死を選ぶ(受け入れる)展開は、『道成寺現在蛇鱗』『日高川入相花王』で共通している。

「渡し場の段」において、清姫は、川へ飛び込んでも人形を大蛇に差し替えるわけではない。衣装替えで、白いうろこ模様の着付+白い帯をほどき長く引いている姿になる。この演出や浄瑠璃の内容、船頭の反応からすると、「清姫が本当に大蛇になった」わけではなく、船頭には日高川を泳ぐ清姫の姿が大蛇に見えた」と解釈するほうがより浄瑠璃原文に近いのではないかと思っていた。今回、たまたま『日高川入相花王』の内容を調べたことで以上のことがわかり、すっきりできた。ガブのかしらで鬼女の面相になるとはいっても姿はあくまで人間のままなのは、「道成寺伝説は事実ではなかった」という上記2作品の設定を踏まえているのかなと思う。

気になるのは、では「渡し場の段」を上演するうえで、出演者はこれを『道成寺現在蛇鱗』ととらえているのか、『日高川入相花王』ととらえているのかだ。技芸員による上演前解説を聞いていると、一応、外題通り『日高川入相花王』の一部として上演しているつもりのようだが、劇場や出演者各位の見解は統一しているのだろうか。こういった断片化した演目において、失われた部分を踏まえて上演にのぞんでいるのかというのは、気になる。「日高川」に関しては、上演する上では若手がやる景事、舞踊の一種と割り切っているのだろうと思うが……。

 

以下に『道成寺現在蛇鱗』『日高川入相花王』の道成寺伝説を取り込んだ部分を簡単にまとめておく。

 

 

 

道成寺現在蛇鱗(どうじょうじげんざいうろこ)

  • 初演=寛保2年(1742)8月 豊竹座
  • 作=浅田一鳥、並木宗輔

奈良時代長岡京遷都の時期が舞台。物語の軸となるのは皇位争い。光仁天皇は病のため皇位を譲ることを考えるが、一の宮で更衣腹の他戸の皇子、二の宮で后腹の山部親王(のちの桓武天皇)のどちらを皇太子とするかで悪臣と忠臣が争う。これに加え、悪臣の謀略の巻き添えで父を殺害された青年の仇討ち譚が加わる。悪臣側に内心では善臣だったという人物が複数いる設定で、「実は」「実は」とたたみかけてくる複雑なストーリー。以下、清姫に関する部分をかいつまんで解説する。

 

皇位を狙う他戸の皇子は、三種の神器のひとつ「十握の剣」をあらかじめ盗んでいた。この神器がなくては儀式が執り行えないため、紀州真部庄司家に伝わる「雷鳴丸」を神器の代わりとして借りることになるが、その「雷鳴丸」を借り受けた使者が帰途悪臣の雇った浪人に殺害され、「雷鳴丸」は奪われる。その紀州真部家の息女・清姫が母とともに「雷鳴丸」の様子見がてら大和巡りに来た道中、清姫は美しい山伏・安珍(あんちん)と出会い、恋に落ちる。安珍は実は他戸の皇子派の悪臣・藤原百川の嫡男・藤原安珍(やすよし)だったが、安珍自身は山部親王派で父に反抗したため百川から勘当され、名を安珍(あんちん)と改めさせられ山伏になっていた。

さて、紀州真部家の当主・新左衛門は清姫の兄。かつては忠臣・橘道成(故人)に仕えていたが、父の死去により実家に帰って家を継いでいた。清姫は恋煩いで病に伏せて歯痛を訴えており、今日も歯医者・大橋元隆が真部家を訪れていた。ところで安珍には勅定により錦の前という許嫁がいた。この錦の前は橘道成の忘れ形見だった。錦の前は他戸の皇子から横恋慕された上、安珍が追放されたことを苦に家出。いろいろあって紀州へたどり着き、新左衛門に密かに保護される。そんな真部家へ熊野参詣の安珍が立ち寄り、錦の前との再会を喜ぶが、これを知った清姫は激怒。安珍に掴みかかったところを新左衛門に引き離され、寝所へ閉じ込められる。新左衛門はそのすきに安珍道成寺へ逃す。寝所へ閉じ込められた清姫は、大蛇となって安珍を追い道成寺の鐘の中に隠れた安珍を鐘ごと焼き殺す夢を見て、自分の嫉妬心に恐怖を覚える。

そんな真部家へ、出入りの歯医者・大橋元隆の密告により他戸の皇子の使者・鷲塚弾正が訪れ、安珍と錦の前の首を差し出すことを迫る。母は実の娘である清姫を錦の前の身代わりにと考えるが、先妻の子である新左衛門は、後家の娘(義理の妹)の清姫の首を討つことはできないと拒否する。そこへ清姫と錦の前が斬り合いながら姿を見せる。新左衛門と母はそれを咎めるが、清姫の本心は、自らの嫉妬心がいつか安珍に災いをなすだろうと考え、返り討ちを望んで錦の前にわざと斬りかかったというものだった。清姫は自らの首を錦の前の身代わりにして欲しいと頼んで自害する。そこへ「清姫が大蛇に化けて、安珍の隠れた道成寺の鐘を焼いた」という霊夢を見た安珍が戻ってきて館の様子に驚き、清姫を哀れむ。しかし道成寺の鐘が焼けたのは事実で、いまだその熱冷めやらぬとして清姫の思念の強さを畏れる。

そうして鷲塚弾正が安珍と錦の前を引っ立てていくところに突然床下から大橋元隆が現れ、鷲塚弾正に二心なし!と騒ぐが(鷲塚弾正が裏切らないか見守ってたそうです、えらいね)、鷲塚弾正に突然斬り殺される。実は、鷲塚弾正は他戸の皇子の家臣ながら、その非道ぶり目に余るとして、何度諫言しても聞き入れられないことを悩んでいたのだった。鷲塚弾正は清姫の首を錦の前の首と偽って他戸の皇子に差し出すと言う。それでは安珍の首はどうするのか? 鷲塚弾正は大橋元隆の首を切り取り、近くで湧いていた薬鍋の熱湯をかけて焼けただれさせ、「道成寺の鐘の中で焼き殺された安珍の首」ということにして持っていくという(首をクッキングすな)。そして、「安珍と錦の前は道成寺の鐘ごと清姫の嫉妬で焼かれた」という清姫の夢を真実として世間に噂を流すように言って、鷲塚弾正は去っていった。

このあと、道成寺で新しく鋳造した鐘の供養式が行われ、そこで「雷鳴丸」を盗んだ浪人と仇討ちの青年とが戦い、父の仇を討つ。続けて現れた他戸の皇子が捕らえられて流配が決定され、物語は大団円を迎える。

 

四段目の清姫の嫉妬と自己犠牲のくだりは並木宗輔の筆によるものと言われており、清姫の心情の変化、その激しさや救済に描写の重点が置かれている。本作での安珍は、朝廷に仇なすやと思いきや実は悪意ある皇子の思い上がりを抑えるために悪臣のふりをしていた忠臣・藤原百川の嫡男・藤原安珍という設定。妹背山の藤原淡海(求馬)をもっとクズにしたような言動で、衝撃的に中身がなく、錦の前にも清姫にもいい顔をして、何の役にも立たない上にやることなすこと本当にクズで驚く。求馬のほうがまだ世の中の役に立つことしてるよ……。あと、偽首や身代わりは文楽ではもうこっちが偽首になるんじゃないかというほど拝見仕ってるんで構わないんですけど、クッキングはやめて欲しいと思った。

 

 

 

日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)

  • 初演=宝暦9年(1759)2月 竹本座
  • 作=三世竹田小出雲、近松半二、北窓後一、竹本三郎兵衛、二歩堂

こちらも物語の軸となるのは皇位争いだが、討伐された平将門軍の残党・伊予守藤原純友がそれに乗じて再び反乱を起こそうとする筋がからんでくるのが特色。各段に個性的な風物や登場人物の葛藤が盛り込まれ、ボリュームのある内容となっている。ほかの段のエピソードは複雑なため割愛し、道成寺伝説に関わる四段目とその前提に絞って紹介する。
 
朱雀帝は病のため、弟である桜木親王に譲位を考えているが、左大臣藤原忠文は自らが帝位に就くべくそれを妨害しようと三種の神器を盗む。桜木親王にはおだ巻姫という許嫁がいたが、藤原忠文の謀略で離れ離れとなって、桜木親王は都を落ち行くことに。真那古の庄司の息女・清姫は、京都を訪ねたおり偶然落ちゆく桜木親王の姿を見かけ一目惚れをするが、言葉を交わすことができず、そのまま郷里へ帰る。やがて桜木親王は武将・源経基のはからいにより山伏・安珍となって熊野へ向かい、おだ巻姫もそれを追って、熊野・真那古の庄司のもとで落ち合うことに。

真那古の庄司の家では熊野参詣をする人に無償で宿を提供しており、そこへおだ巻姫も世話になっている。清姫とおだ巻姫はたがいに恋する男を追っている身同士として、その男がまさか同一人物とは知らずに仲良くなっていた。そこへ藤原忠文方の怪僧・剛寂と鹿瀬十太(バカ)がやってきたので、おだ巻姫は姿を隠す。続けて館に安珍が姿を見せ、清姫は再会を喜び思いの丈を打ち明けるが、清姫に横恋慕している鹿瀬十太は安珍を桜木親王の変装とみて詮議にかけようとする。真那古の庄司はそれを妨げ、安珍へは道成寺へ身を隠すように告げて、呼び出しのあった郡代所へ出かけていく。

奥の間に控えていたおだ巻姫は桜木親王との再会を喜ぶが、清姫がおだ巻姫に安珍を恋人だと紹介してしまい、緊迫した空気に。安珍は追われる身なのでもう旅立つと言い出し、同道をせがむ清姫も連れて行くと告げる。しかし清姫が旅の支度に小袖と父の守り刀を取りに行ったすきに、安珍とおだ巻姫は姿を消してしまう。旅支度を終えた清姫安珍の姿が見えないことに驚き涙に暮れるが、日頃父から女の悋気を戒められていたため気をとりなおそうと鏡を覗くと、そこには妖しい姿が写っている。そこへ剛寂が現れ、安珍はおだ巻姫と夫婦者で、清姫を嫌って女とともに日高川のほうへ逃げた、追いかけて取り殺せとそそのかし、妬嫉の心でおまえの姿はもう蛇になっていると鏡を突きつける。鏡に写った大蛇の姿を見た清姫は、このような姿になったのはあの女のせいだと狂ったように館を飛び出す。

吹雪の中、清姫安珍とおだ巻姫を追いかけるが、日高川に行く手を隔てられる。父の守り刀を抜いた清姫は、激流の水面に大蛇の姿が映っているのを見て、こうなってはもはや添われぬ身、取り殺さずにおくべきかと覚悟を決めて飛び込む。

清姫日高川を泳ぎ渡り、道成寺へとたどり着くが、道成寺は鐘供養で女人禁制となっており、入ることができない。清姫は僧侶たちを騙して寺内へ入り込み、安珍とおだ巻姫を斬り殺す。ところがそれは桜木親王とおだ巻姫に変装していた腰元たちだった。清姫は驚きの中、鐘楼の鐘が降りるのを見て、探し求める安珍とおだ巻姫はそこかと駆け寄る。そこへ駆けつけた庄司は清姫の持っていた剣を奪い取り、娘を刺す。

すると鐘にかかった血から炎が上がり、鐘が持ち上がって中から神鏡と神璽をたずさえた剛寂が姿をあらわす。藤原忠文の悪逆に加担していると思えた剛寂は実は親王派であり、忠文を信用させて三種の神器のうち神鏡と神璽を取り返すことに成功したのだった。そして、清姫が持ち出した父の守り刀こそ、剛寂にも行方がわからなくなっていたもう一つの神器「十握の剣」だった。朱雀帝は神鏡と神璽の紛失に逆臣の存在を感じ、密かに召し寄せた真那古の庄司へ「十握の剣」を預けていた。鏡や水面に映った清姫の姿が大蛇に見えたのは、八岐大蛇から生まれた「十握の剣」の威徳によるもので、清姫が自身の嫉妬で大蛇になったのではなかった。剛寂は清姫が桜木親王とおだ巻姫を呪い殺したことにして藤原忠文の油断を誘い、また、清姫の嫉妬の炎が道成寺の鐘を溶かしたたことにして鐘を鋳つぶして軍用金に換える計画だったことを明かす。剛寂は腰元ふたりを神器の力で生き返すが、清姫の命は助けることができないという。それを聞いた庄司は嫉妬のため蛇になったのではないと娘を励まし、いまわのきわに親王を一目とすすめるが、清姫は自らは蛇になって親王らをとり殺した、蛇であって娘と呼ばないで欲しいと言って息絶える。

この後、道成寺に賊軍討伐の軍勢が集い、剛寂、源経基らによって藤原忠文は滅ぼされるという展開。

 

こちらでの安珍の正体は桜木親王。『道成寺〜』の藤原安珍清姫に口移しで水を飲ませる等のクズ行為があったためウブな清姫が惚れるのも無理はないが、『日高川〜』だと桜木親王は通りがかりを一目惚れされただけという点が異なる。そのぶん清姫の一方的な想いが突き抜けていて、日高川を自力泳いで渡るぶん、『日高川〜』のほうがすごい。

真那古・道成寺を舞台とした四段目だけでも話がかなりしっかりしているので、復活上演しても面白そうだと思うが、話が妹背山の四段目とほとんど同じか……。

 

 

 


┃ 参考文献