TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

2013ベストムービー10本(旧作だけど)

2013年のベストムービー10本です。




┃ 青島要塞爆撃命令

紅の豚』を実写化したらこうなるんじゃないかな。第一次大戦の頃のクラシックなヒコーキが登場する航空ロマン。カッコよくてユーモラスでピリリと辛い、すばらしく男の子な活劇映画だった。
青島に建造されたドイツ軍のビスマルク要塞を日本軍が複葉機2機で攻略するというのが本筋。ずいぶん勇ましいタイトルがついているが、前述の通り第一次大戦期が舞台のため、爆撃と言っても加山雄三が手でレンガやら五寸釘を落として「攻撃」しているのんびり具合(もちろんドイツ軍もノリノリな返しをしてくる、必見)。メインキャストも池部良加山雄三佐藤允夏木陽介という東宝を代表するホンワカメンツである。飛行機自体も日本初の実戦投入期とあってまだまだポンコツぎみで、テスト飛行では不時着してしまい、近隣の農民に助けられ牛に引かれて帰ってきたり。複葉機が牛に引かれて田舎道を「時速1kmで帰還」する様子にほのぼのさせられる。主役となるモーリス・ファルマン水上機(レトロな複葉機)は実物大で製作されており、航空母艦(その実ただのオンボロ輸送船)若宮丸からクレーンで海上へ下ろされるシーンや飛行中に翼を支えるワイヤーが切れて大騒ぎするシーン、若宮丸が沈没しても水上機だからヒコーキだけは海上にぷかぷか浮いて助かって、翼に乗組員のみんながつかまって浮いているシーンなど、ユーモラスかつロマンチック。しかし特技監督円谷英二による飛行シーンや戦闘シーンは決してチャチではなく、むしろ手に汗握る迫力をもっている。監督の古澤憲吾クレージーキャッツ主演のコメディ映画で有名な監督だが硬派な航空機モノの映画も撮っており、いずれも大空のロマンに満ちた傑作。また円谷英二もヒコーキ大好きと聞いている。おそらく、東宝が誇る希代の天才ふたりの「ヒコーキ大好き」の心がこの幸福な映画を生んだのだろう。*1
戦争ものというと殺伐としていたり凄惨だったり、あるいは説教臭くて敬遠という方も多いかと思うが、戦争に対するメッセージは込めながらもほのぼの娯楽映画として完成している本作はクラシックなヒコーキ大好きの皆様にお勧めしたい。宮崎駿もこの頃のヒコーキ映画を実写で作って欲しい。




┃ 父子草

踏切の警報機の音が鳴り響くガード下のおでん屋台を舞台に、どうしようもない人生のかなしみ、そのさなかであっても人が人を思いやる心のやさしさ、美しさを描いた心温まる作品。
粗暴な労務者の平井(渥美清)は、屋台で夕食を食べて夜のアルバイトへ向かう勤労予備校生・西村(石立鉄男)にアヤをつけて取っ組み合いの喧嘩までしてしまうが、実は西村を息子のように思いはじめている。というのも、平井にはもう二度と会うことのできない息子がいたのだ。それは終戦からしばらく経った頃にまでさかのぼる。平井が長いシベリア抑留を経てやっとのことで日本へ帰ってくると、彼の家族は平井が戦死したものと思い込んでおり、妻は平井の弟と結婚して倖せに暮らしていた。彼はそれをただひとり港へ出迎えに来ていた父から聞かされる。つまり平井は「生きていた英霊」なのだ。妻と弟、そして息子のことを思うともう故郷・佐渡へ帰ることもできず、平井は飯場を渡り歩く労務者になった。このくだりがあまりくどくなく、台詞なしのサイレント状態で回想される。この回想が本作の白眉で、渥美清と浜村純の演技に圧倒される。それまで粗暴で感じの悪かった平井のまったく違う面が見えてくるのだ。平井はくじけそうになる西村を励まし、彼の学資づくりのため高給ではあるがより危険な飯場へと渡ってゆく。劇中随所で鳴り響く警報機も印象的。DVD化が待たれる、滋味あふれる名作。




┃ 二人の銀座

青春の輝きに満ちた歌謡映画。「二人の銀座」という曲を巡って、若者たちが失踪したある作曲家と彼の過去を追うというドラマになっている。電話ボックスでたまたま楽譜を拾い、ステージで場つなぎに演奏してみると大受けしてしまい、曲の人気が自分たちの手に負えなくなってゆく山内賢和田浩治らバンドの面々。楽譜の落とし主で、失踪した作曲家の婚約者の妹である和泉雅子。彼らは和泉の姉のため、失踪した作曲家をあちこち探しまわる。そして山内たちに目をかけているレコード会社のプロデューサーは作曲家が失踪した経緯を知っており、踏み込みすぎる山内たちの行動を危険視しながらも、彼らの未来を影から支え見守る。この若者たちの純粋な思いと、それに応えようとする大人たちの優しさに涙。日活青春映画の好きなところは、こういったきもちのよい心を持った主人公たちの純粋な思いが、周囲の人々の協力を得て、もっともよい形で実を結ぶところである。現実はそうでなくても、映画の世界だけは人の優しさが他社の幸福を生み出す、よい循環がなされる世界であって欲しい。
劇中で謎の名曲ということになっている「二人の銀座」、当時のヒット曲だそうだが自分は本作で初めて聴いた。しかし、映画を観ているわずかなあいだに謎を呼ぶにふさわしい名曲だと確かに感じることができた。山内たちのステージ衣装(お揃いでかわいい!)のほか、木村威夫による当時のジャズ喫茶(ライブハウス)の美術もよい。




┃ 競輪上人行状記

現実逃避からギャンブルに溺れ、一線を越えてしまった男の物語。
本作の主人公・春道(小沢昭一)は高校の教員で実家は寺という真面目人間。葬式仏教に成り下がっている実家の寺院経営に対して「宗教じゃなくて営業だ、葬儀屋だ」と言い放つ、きわめて潔癖な男だ。ところが実家の寺を継いだ兄が急逝し、父(加藤嘉)から実家へ呼び戻されるところから物語がはじまる。学校の夏休み中だけ実家を手伝うことにした春道だが、実家の経営状態はきわめて苦しく、近所からも檀家からも蔑まれて、資金集めはままならない。兄嫁・みの(南田洋子)に憧れを抱いていた春道だったが、兄の子についてみのから衝撃的な告白を受け、家の中は地獄絵図だと知る。ストレスが積み重なった春道は檀家廻りの途中にふと目に入った競輪場に入りなんとなく車券を買うと、これが大当り。ここから競輪に溺れてゆき、彼は車券代欲しさにかつての教え子を売り払うまでする、畜生道へと墮ちて行ゆく。
主人公、自分では自分のことを「自分だけは違う、自分だけは正しくて、他の奴らとは違ってマトモでちゃんとしているんだ、被害者だ」と思っていそうなことが滲み出ている。それは自分を棚に上げての上から目線ではなく、本気でそう思っていそうなところがリアルだ。しかし欲望に負け、どんどん低い方へ引きずられていってしまう。その生々しさが恐ろしい。
自分は『仁義の墓場』を観ていて主人公に感情移入/共感できるくちで、いつか自分もあちら側の世界に行く人間だろうと思っている。そして本作の主人公にもまたそれと同じように感情移入と共感ができる。「競輪上人」となった主人公の姿も他人事ではなく、本作はいちおうコメディとなっているらしいが自分にはとてもコメディとは思えない。日本映画のギャンブルものとしても最高レベルの作品だと思う。




┃ 剣

ストイックかつ純粋すぎたがゆえに自滅する剣道部主将・国分(市川雷蔵)を描く、暗い輝きに満ちた青春譚。
大学の剣道部を舞台としており、はじめは真剣に剣道に打ち込む市川雷蔵は好ましく映る。しかし、だんだんとそれが常規を逸したものだとわかるようになってきて、人間味を感じなくなってくる。そんな市川雷蔵を誘惑し堕落させようとする同級生役、川津祐介市川雷蔵とは対照的な雰囲気を持つ俳優で、退廃的かつリアリストな役に合っていて良い。彼がベッドの上で、裸で手を頭の後ろに組み寝そべっているシーンがあるのだが、そのとき脇のところの血管が脈打っているのがはっきり映されていて、こういったこまかい演出に唸らされる。対する市川雷蔵は始終きりりとした格好をしているので、この対比は鮮やか。端正なモノクロ映像も美しい秀作。




┃ 大阪ど根性物語 どえらい奴

大正時代に霊柩車を発案し、それまで大名行列式だった葬儀を合理化させた男の一代記。変にしめっぽかったりシニカルにならず、春の陽気のようにうららかで幸せな気分になれるチャーミングなコメディである。監督の鈴木則文は本作がデビュー作だが、後年『トラック野郎』等で開花する笑って泣けるアクション人情喜劇の資質の原型がすでにここにある。あと便所ネタも。
鈴木則文監督が師匠である加藤泰から受け継いだとおぼしき大正浪漫の雰囲気も素晴らしい。美術、音楽、小道具や衣装等、こまかなところまでセンスに満ちており、ハイカラな雰囲気を作り出している。たとえば主人公・藤田まことの親方である曽我廼家明蝶が経営する葬儀屋・駕篭為の長い石張りの土間はいかにも関西の商家っぽく、主人の居室の火鉢に湯気の上がる鉄瓶がかけられているのも雰囲気がある。




┃ ろくでなし野郎

日活の無国籍アクションのかっこよさ炸裂! 自分以外に褒めている人を見たことがないが、私の中では日活アクションの中でも上位ランクに入る作品。あらすじをフィルムセンターで上映されたときのチラシの解説文より引用する。

数少ない二谷英明主演作品のひとつ。自称イタリア帰りの神父・佐伯権太郎は治安改善のため、出来て間もない工場町にやって来るが、そこではすでに奇妙な事件が起きており、さらに殺人が続発していく。日本の風景の中で異国の黒い法衣がはためき、周囲の世界からは超越したヒーローの活躍が展開される。
http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2013-4-5/kaisetsu_17.html

この何言ってんだかわからなさ! 荒野の街、うさんくさい神父、連続する怪事件、決闘、ガンアクション! それを全部日本国内ロケ日本人俳優で! どんな時空だよ! なのにそれがなんだか妙にカッコいいのである。西部劇風の酒場やホテル、キャバレーがあるのにその横にナチュラルに農協や味噌屋がある荒野の街並みとか、最高すぎる。日活アクションにはムードアクションやハードボイルドなど分野はいろいろあるけれど、私個人としてはこの手の荒唐無稽な西部劇パチモン系が大好きだ。いまならアニメでやる世界観だろうけど、当時は実写! ウケ狙いでもなんでもなく、本気で「良い」=「これなら客を楽しませられる」と思っていやってそうなところが最高。こういうどうでもいい(失礼)荒唐無稽系日活アクションのDVD化を望む。




┃ 雲の上団五郎一座

昔の映画を観ていると、フィルムの上でだけは時は永遠に美しく止まっていて、止まっているがゆえにまばゆい光輝を放っている、と思うことがたまにある。本作に対しては脚本がいいとか演出がいいとか、そういった一般的に映画に対して言われるようなことではなくて、フィルムの上で止まった時間の輝きそのものに心を動かされた。いつか大舞台に立つことを夢見るドサ回りの劇団のシッチャカメッチャカというストーリー自体はわりとどうでもいい話なのに、何故かおもしろい。それは昭和の喜劇人で占められたキャストの力によるものが大きいのだろう。戻ることの出来ない美しい過去の夢を見ている気分になる作品だった。




┃ 東京ディープスロート夫人

この作品は映画として秀でているとか感動したとかそういう意味ではなく、2013年に観た中で異様に心に残ったという意味でベストテンに入れた。個人的にこういったものにおもしろレッテルを貼って好奇心を煽ることは好きではないのだけれど、とにかくインパクトがすごすぎた。お前んとこの柳の下には何匹ドジョウがいるんだよという地獄のような企画から生まれた映画のようだが、それゆえにあさっての方向に純化されてすごいことになっている。昔はおおらかだったとかそういう次元ではなく、日本映画の量産時代恐るべし、と思わされる。渡辺文雄があの『白い巨塔』以上に立派な医学者を演じていたのがやばかった、本当に。一切予備知識なく観に行ってよかったと思うので、ここにも詳しくは書かない。みなさん機会があったらぜひあらすじを確認しないままイノセントな気持ちで鑑賞してください。




┃ 斬人斬馬剣

  • 監督=伊藤大輔
  • 脚本=伊藤大輔
  • 松竹キネマ/1929
  • 出演=月形龍之介、天野刃一、伊藤みはる、関操、石井貫治、市川傳之助、岡崎晴夫、中根竜太郎、浅間昇子
  • 不完全版(122分中26分が残存)
  • 未ソフト化

製作は昭和初期、いまから85年前。まさに伝説をまのあたりにしているような、すさまじいクオリティの時代劇。
これは誇張でもなんでもなく、素直に、すごすぎて、すごい。白黒のサイレント映画であるが、そうであることを忘れるような迫力。馬を使ったスピーディなアクションが圧倒的で、浪人・月形龍之介が農民から高税を搾り取ろうとする代官たちと戦うという明快なストーリーを骨太に、ストレートに見せつけられる。疾走する馬上の月形龍之介を馬の後ろ頭アングルから捉えたカットが特にすばらしく、馬の蹄の音が聞こえるよう。いや本当に誇張ではなく、馬の蹄の音やそれに跳ね飛ばされる砂利の音、風切り音が聞こえるかのようなダイナミックな映像。
戦前の日本映画は残存しているフィルムが少なく、現在では観ることのできない作品も多く存在する。本作もまた失われた映画と言われていたが、いまから10年ほど前に短縮版のフィルムが出現してフィルムセンターが修復を行い、鑑賞できるようになったもの。戦前のフィルムは例え著名監督の作品でも多く失われていることは知ってはいたが、このような作品もまた闇へ消えようとしていたのかと思うと、複雑な気持ちになる。本作は上映される機会もそんなに多くないが、こういった作品の鑑賞機会(環境・設備・方法を含める)を増やし、フィルムセンターの事業が広く理解を得られるようになればと願う。そういう意味で、本作もまた「印象に残る1本」という意味でここに名前を挙げた。






ほかによかったのは、『闘牛に賭ける男』『(秘)女郎責め地獄』『七人の刑事 終着駅の女』『紅の拳銃』『海の純情』『獣の戯れ』『心と肉体の旅』『愛と希望の街』『青春を吹き鳴らせ』『乾杯!ごきげん野郎』『素浪人罷通る』『不倫』『日も月も』『人斬り』『音楽』『飢餓海峡』『大空の野郎ども』『清水港は鬼より怖い』『今日もわれ大空にあり』『のら犬作戦』『やま猫作戦』『華岡青洲の妻』『拳銃無宿 脱獄のブルース』『太陽への脱出』『丑三つの村』『大幹部 殴り込み』。新作では『風立ちぬ』がよかった。

年鑑通しての各名画座企画の感想としては、各館、日活創立100周年記念で日活作品の上映が多く、『心と肉体の旅』をはじめとした舛田利雄監督の初期作を観られたのが大きな収穫。また、ラピュタ阿佐ヶ谷佐藤允特集では古澤憲吾監督のスカイアクション3作『大空の野郎ども』『われ今日も大空にあり』『青島要塞爆撃命令』をスクリーンで観ることができたのがよかった。あとは個人的に加藤泰監督『清水港は鬼より怖い』観たさにお盆の時期に神戸映画資料館まで行ったのが思い出深い。席数が40席以下しかなく、2日間2回のみの上映なので確実に席を取るため根性で上映1時間半前に行ったら誰もいなかったこととか……。内容も珍奇でおもしろく、是非ともフィルムセンターに複製版が寄贈されてほしい1本だった。

*1:撮影中に大げんかになったそうですが