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TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

麻雀漫画と昭和の日本映画と文楽(人形浄瑠璃)について書くブログ

 近代麻雀 2011年1/1号

  • 来賀友志+嶺岸信明「麻雀群狼記 ゴロ」
    • イケメンが好き
    • さだめだくん的に尻上がりに引きがよくなっていくタイプなのか、安ちゃん、やっと本調子になってくるも荒川さんがアガって連荘。だいぶ遠い遠いとこから仕掛けてくるんですな。
    • ていうか安ちゃんそれじゃ佐々村タンと小山さんと北田ハンが死んだ人みたいなんですけど。北田さんとかまだ何もしてないんで早く活躍させて下さい。
    • 傾きかけた運の流れをスプーンで引っかき回す、か。おもしろい表現だな。スプーンっていうのがなんか童話みたいでかわゆい。
    • 混老頭に見えなくもないが、安ちゃんそこからどうするので以下次号。ところで前回の伊原さんvs佐々村タンにみんな爆笑しすぎてて笑った。いや私も笑ったし、あれは笑うしかないけど。イケメンが並んでいるだけで笑いが止まらなくなる、箸が転んでもおかしいお年頃のわたくし。そして佐々村タンの奇跡のキャラ造形に腰が抜ける。あのルックスにその性格、これが確信犯であったら恐ろしいことだ。
    • ゴロは全員イケメンにする気なのか。来賀嶺岸のイケメン底力に期待である。若い男の子というのはいいものだ。
  • 片山まさゆき「満潮!ツモクラテス」
    • 富良、お前の言う通りだ。
    • ツモクラテスにしてもGPCにしても、麻雀のマナーが悪いヤツと社会常識がないヤツをごっちゃにしてンじゃねえかという懸念があったのだが、ちゃんと分けているいうことがわかってよかった。富良の言う通りだ。自分が嫌がらせをされたからと言ってイライラして周囲にアタるのは、小っちぇえヤツだ。
    • なぜミーコの後半で五条が出てこなかったのか、今回の話で一応説明がついたということか。



堀江敏幸に『いつか王子駅で』という小説があり、これは純文学版の天牌外伝といった風情である。
タイトル通り、舞台は王子。しがない時間給講師の「私」は、行きつけの小さな居酒屋で出会った正吉さんという不思議な男性に惹かれてゆく。小柄で寡黙な正吉さんの背中には昇り龍の刺青があるらしい。しかし、正吉さんはときどき箴言めいたことを言うばかりで、その正体はわからない。ある日、彼は店にひと箱のカステラを忘れたまま消えてしまった。「私」はカステラの箱を預かり、正吉さんの行方を捜すうち、彼が印鑑職人であること、過去に借金苦で消えた友人の妻子を匿い逃避行したことがあることを知る*1。「私」と正吉さんの物語に、荒川線沿いで昔ながらの仕事を営む人々の生活が絡み、ゆるやかに進行するストーリー。あいまあいまに語られるのは古書、近代文学、童話、そして昭和の名馬たち。文芸系の競馬雑誌に連載されていたこと、著者が競馬好きなことから馬関係の話題がしばしば出てくるのだが、それがまた競馬がこんなふうに描けるのかという不思議な魅力を持った文章なのだ。テンポイントとクモワカ、ワカクモの物語といったらド演歌お涙頂戴に語られることが多いけれども、そういった泥臭さを排した清廉で詩的な文章で書かれている。近代文学についても、島村利正瀧井孝作安岡章太郎などの渋い作家が話題にのぼり、私は島村利正の「仙酔島」をこれを切っ掛けに読んだが、紹介されている通り、枯淡で美しい作品であった。
まあそれはいいですよ。近代文学とか昭和の名馬なんて一部の人の趣味だからね。問題は「私」と正吉さんの物語。一応、「私」がむかし好きだった(とははっきり書いていないがおそらくそうであったであろう)女性、居酒屋の女将さんや家庭教師先の女子中学生など、「私」はわりとモテるようで女性の話題はしばしば出てくるものの、「私」の正吉さんへの憧れの感情がなにより非常に美しく清らかに、そして叙情的に描かれている。天牌外伝で次回、いきなり黒沢さんがイケメン印鑑職人と出会っても何の違和感もないくらいに。
そういうわけで、こういう一毫の迷いなき憧れの心はやはり男性作家にしか書けないと確信する、限り無く静かに麗しくそしておだやかな作品である。

堀江敏幸『いつか王子駅で』 http://www.shinchosha.co.jp/book/129471/

*1:あれ? はじめから知ってたんだっけなぁ?