TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

 伝授 平成ヘタ殺し

来賀友志[原作] + 本そういち[作画] 竹書房 1995-1996

  • 白夜書房「雀王」1〜18号(1994-1995) 連載
  • 全2巻(上・下)

 

┃あらすじ
篠田 "ボンド" 潤は、フリー雀荘でイマイチ勝てない負け組。またもや持ち金がなくなり抜けたボンドのかわりに卓に入ったのは、見なれないメガネ青年。ボロ負けすると思われた青年はなんと6連勝していた。数日後、ボンドは6連勝の青年が酔っ払いにボコられているところを助ける。青年の名は加納。ボンドは加納に "ジミー" というニックネームをつけ、姉の経営するスナックへ連れ帰った。そこでボンドはジミーにドヘタを脱出する極意を伝授される。そのときちょうど帰宅したボンドの姉(超美人)に一目惚れしたジミーは、ボンドの家に住み込みでスナックのバーテンをすることになった。ジミーから伝授される「ヘタ殺しの極意」で、ボンドは麻雀が巧くなれるのか!?



レクチャー麻雀漫画。
初心者から中級者へステップアップしたい人向き。感覚としては『ミーコ』と『真剣』の中間くらいかな? 来賀原作の中では珍しく天牌*1していない。それでも天牌などに微妙に通じる部分はあり、戦術コラムもたくさん掲載されているので、来賀ファン必携の一冊。




にぎやかで大変楽しい作品。
ボンドとジミー、ボンドのお姉さん、ラーメン屋のチンさん&奥さん、バイトの桃ちゃん、ジミーのいいなづけ・れい子、愉快なヤな奴・カズ田さんなど、様々な登場人物が賑やかにドタバタしている。海や温泉、スキー、文化祭に行ったり、クリスマスパーティをしたり、90年代前半的なチャラチャラっぷりが楽しい。
原作は硬派で鳴らす来賀だが、作画の本が読者が読みやすいようかなりアレンジしたと推測される。ボンドとジミーが一緒に風俗に行くとか、ギャルのおっぱいボヨヨンとか、嶺岸信明作画だったら100億回転生してもありえない展開も待っている(私の知らないところでそういうの描いてたらすみません)。本そういちはイヤミなくこういった賑やかさを出せる才能がある人なんだな〜と感動した。小ネタも地に足がついていてGood。




レクチャー内容は「ヘタ殺し」と銘打たれているように、自分より格下の者をいかにひっかけるか、そして自分がいかにヘタから脱出するかが説かれている。
ひっかけるというのは言葉のアヤでなく、ドラ切りヒッカケリーチでロン牌をつり出す方法や鳴きブラフのテクニックなど、本当に相手をヒッカケる方法も紹介されている。今の戦術レクチャー漫画や麻雀漫画にはまずない内容。途中からは自分より格上の相手とどう対峙していくかのレクチャーが増えつつ、点数計算や点差把握の重要性、役の複合や役の成立条件をきちんと頭に入れておくという基礎の重要性が繰り返し説かれている。ちなみに点数計算を覚える方法として親の2翻を先に覚える方法が紹介されているが、私みたいなさんすうとってもにがて派はマル覚えしたほうが早いと思った。とか言いつつ……こないだ、ずーーーっと前に買った麻雀漫画を開いたら、当時点数計算を暗記するために使っていた点数表(片山まさゆき『麻雀入門王』からコピーした、片チンさし絵が入っているもの)が出てきて涙が出た。あのころからまったく点数計算できないまま放置している……。ヘタ殺しには、点数計算や点差把握の勉強などの労力がかかる部分は「いつかはするよ」と言っても決して実行されることはない、と書かれている。おっしゃるとおりでございます……。




レクチャー麻雀漫画としては、『オバカミーコ』と比較して読むとおもしろい。以下、ミーコとの比較。
※注:ミーコは場合によって赤が入っているが、ヘタ殺しは赤なし。



┃ 麻雀の基本役は?

平成ヘタ殺し:ピンフタンヤオ(クイタンを含む)、ホンイツ、チートイツ、ファン牌役
オバカミーコ:リーチ、ホンイツ、クイタン

ヘタ殺しでは、クイタンとチートイツについては1エピソードを使ってのレクチャーがある。チートイは攻撃にも防御にも応用がきく役だと説明されているが、そこからチートイいくのというくらいのチートイ好きにはちょっと驚いた。なお、リーチは意図的に役から除外しているらしい。ちなみにチャンタは値段のわりにリスクが高すぎる危険な役だと説明される。
一方ミーコでは、麻雀はフォームが重要であり、そのフォームを構成するのはリーチ、ホンイツ、クイタンであるとしている。イッツーやサンショク、チャンタはオマケであり、この3の役を重視すべきと説かれる。



┃ 好牌先打

平成ヘタ殺し:場合によっては効果的
オバカミーコ:オールドファッションセオリー

好牌先打とは配牌でとあったときに周囲を引くことを待たずを切ること。
オバカミーコでは好牌先打をのちのロン牌候補を早目に切っておく方法として紹介し、好牌先打してもあとでを引き戻したらどうしようもないとしている。一方ヘタ殺しでは、好牌先打をヘタ(初心者)からロン牌を釣る方法として紹介している。シュンツ系の手作りをすることが決まっているなら、第一打でを切っておき、待ちにしておけば、の外側は安全と勘違いしたヘタがを切ってくる可能性が極めて高いとしている。ただし条件に「場合によっては」がついているので注意。レクチャーは「捨て牌第一打に工夫を凝らせ」であり、第一打からちゃんと考えて打とうという意味で書いている様子。第一打の重要性はこのあとにも何度も説明がある。


┃ 3vs1の戦略

平成ヘタ殺し:【攻撃vs慎重】3vs1の1になれ
オバカミーコ:【鳴きvs面前】ギリギリまで我慢したあと3に混じれ

他家3人が自分とは違うタイプの打ち手だったときの対処。ヘタ殺しでは、他家3人が攻撃派だったら自分は落ち着いて打って攻撃派のアラを狙い、逆に3人が慎重派だったら自分は攻撃的にいくべきと説かれる。また、攻撃派2人に慎重派1人とあたったときは自分も慎重派にまわり、場を2vs2の均衡状態にもっていこうと説明されている。
ミーコでは鳴き麻雀3人に面前派1人だったら、鳴いたときに好ましい形になるまで待って鳴いていったほうがよいと説明されている。……って、他家が鳴いてような鳴いてなかろうが、鳴いて好形なら鳴かなきゃだめなのでは……。トイトイ狙いで4対子の状態から鳴くと鳴くたびに余剰牌(1枚だけの牌)の種類が減るって言われても、鳴いてかわりに捨てる牌は余剰牌なんだから、減るでしょ。そりゃ。余剰牌を効率良く減らすために鳴くんじゃないの? あの説明はよくわからなかった。鳴き方のテクニックを説明するならもっと別の例がよかったように思うのだが、私の読解力不足なんでしょうか。



┃ 3つのポイント

平成ヘタ殺し:高く(HIGH)、早く(SPEED)、アガり易く(EASY)
オバカミーコ:先手、好形、高得点

手のすすめかたの条件として挙げられた3つのポイント。言い方は違うけど、双方とも同じ。実はレクチャーテーマが微妙に違うので厳密には比較とは言えないが。
ヘタ殺しでは、ただ高く早くアガりやすければいいわけではなく、状況に応じて「高く、早く、アガり易く」のいずれかを選びとっていくことがレクチャーされる。「降り」の基準はこれとは別にあり、手の高さ低さで判断してはいけないと説明されるが、では「降り」の具体的な条件とは何かは説明されていない。他家にアガられたらこの半荘でトップは取れないと思ったら千点でもつっぱらなくてはならないし、相手が強引に仕掛けてきたら高い手を張っていても引く意志を持って欲しいと書かれていて、この説明だけ天牌化していてめっちゃ浮いていた*2。著者の中で一定の基準はあるが、言語化できなかったのだろう。ちなみに、「親で連荘するのはリスクが伴うので、場合によって流すことも考えるべき」とはっきり書かれているのは、レクチャー漫画では珍しいタイプかな。
「先手、好形、高得点」を押し引きの基準とするのはミーコ。このうち2つが満たされたら押し、2つが欠けたら引くことをレクチャーしている。ただしこの3つの重要度バランスが必ずしも1:1:1ではないことは説明されていないため、ミーコが安手で変なツッパリを見せ、師匠までもうひとつの条件「順風」とか言い出し、天牌化していた。




各話のあとには来賀友志による解説コラム+演習問題付き。
コラムは初心者向けに書かれており、読みやすい。演習問題の出題は普通に解説コラムの続きの口調なのに、模範解答はなぜかジミー&ボンドの漫才(?)になっているのが唐突すぎてすごい。あと、フリー雀荘に初めて行く人のためのレクチャーの「上着を持っていこう!」という教えがカワイかった。




ちなみに主人公・ジミーもまた来賀漫画恒例の爆弾台詞「女に興味ない」をぶちかますが、これに対してヒロインが言ってはいけないツッコミをぶちかますので、みなさん目視確認してください。

*1:秩父化@ぎゅわんぶらあ自己中心派の仲魔……ではなく、カッ飛びすぎていて誰もついていけない領域の闘牌のこと。あぶれもん、ナイトストーン、天牌などで顕著に見られる。

*2:抽象的なことを語るレクチャーの場合、ほかのところでは「私は……と考える」という書き方がされている。