TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

 むこうぶち

安藤満+天獅子悦也 竹書房
近代麻雀連載 1999.9〜

バブル期の高レート麻雀を舞台とした麻雀漫画。

┃あらすじ
時はバブル絶頂期。競技麻雀の世界では牌王位決勝の卓には若き研修プロ・水谷裕太が座っていた。裕太は無冠の帝王・安永萬へ親倍を振り込みそうになるも、他家が頭ハネをしたためなんとかタイトルを手に入れる。しかしその祝賀会で裕太をただのラッキーだという他プロの暴言に腹を立て、裕太はその先輩プロに殴りかかってしまう。逆に安永に殴られ、気を失った裕太。彼が目をさましたのは赤坂の高レート雀荘「東空紅」。そこには黒い服を着た「傀」とよばれる不思議な男がいた。「御無礼」――傀の不思議な打ち筋に、裕太は自身の麻雀観を壊され、あっという間に魅了される……。裕太はこの夜が自分の運命を大きく変える夜であることをまだ知らない……。




高レート卓に現れる謎の黒服の男・傀(かい)をオーガナイザーに、卓上で交錯する様々な人々の思惑・人生を垣間見る、麻雀漫画版・笑うせェるすまん&人間交差点
もちろん闘牌シーンもおもしろいのですが、ロジカルなセオリーより「流れ重視」タイプの漫画であることと、このあたりは実際に読んだほうがおもしろいというわけで、ここでは解説を省きます。
さて、むこうぶちのおもしろいところは、「傀は主人公ではない」というところです。主人公と言えば主人公ですが、真の主人公は、毎回さまざまな理由で高レート卓に足を踏み入れることになったゲストキャラでしょう。第1話のエピソードはあらすじのようなものですが、以降はさまざまなゲスト主人公が登場します。
成り上がりたいという出世欲のために、自分の工場の借金返済の穴埋めのために、思い出の旧車を買う為に、ただ金が欲しいがだけのために、…、ゲストキャラたちは様々な理由から地獄の淵にやって来ます。その人間模様こそ、むこうぶちの真の主人公。『むこうぶち』は、それらの短編が積み重なって、オムニバスのような構成になっています。
また、短編が多い為、話の構成がとても凝っているエピソードも多々あります。特に闘牌原作を担当されていた安藤満プロが亡くなって以降、天獅子悦也氏ひとりで作っていたと思われる話にこの手の話が多いです。



特に私がおもしろいと思ったのは「炎」というエピソード。ある日、画廊の息子の元に届いた画家からの麻雀大会の招待状。しかしその画家は過日に亡くなっており、招待状の消印はその命日となっていました。画廊の息子は念のためと画家の家を尋ねますが、そこには画家の遺作を狙う古道具屋と造園屋。彼は麻雀大会の招待客であったふたりと、画家の残した1枚の肖像画を賭けた葬送麻雀をしようとしますが、そこに現れるのは傀。しかし、画家+画廊の息子+古道具屋+造園屋で麻雀大会の面子はちょど4人となるはず。傀は「画家に呼ばれた」と言っていますが、真相は謎です。傀は3人に勝てる気を持たせながらいざという局面で狙い撃ちをしてトップをとります。次第に沈んでいく夕陽の中、鬼気迫る葬送麻雀が行なわれるが………。という話。終始不可解な印象に包まれ、夕陽が落ちていくのとシンクロしてミステリアスさが増す、不思議な話です。
もうひとつおもしろかったのは「河の底」。ホームラン強盗を追う刑事2人組は、参考人として事件現場近くにいた3人の男を取り調べます。その3人とは、近所のマンション麻雀で同卓していた3人。麻雀を打つなら、面子がひとり足りません。その3人は、今宵の麻雀と、大勝ちしたという最後のひとりの面子・黒服の男=傀について語り始めます。おもしろいのは、3人が3人ともその夜の麻雀について・傀にいついて、違う証言をするということ。同じ局であっても、打ち手によってその局の状況から感じ取ることは異なるという至極あたりまえのことを、事情徴集する刑事という立ち場から見るというおもしろい作品。1話完結で傀がほとんど出てこないという異色の構成ながらも、むこうぶちの中でもクオリティが高い話のひとつでしょう。



このように、麻雀漫画としての闘牌のおもしろさだけでなく、漫画としての話のおもしろさがあるのが『むこうぶち』の魅力です。単行本をどれか1冊適当に買っただけでも、ちょっとしたショートショートを読んでいる気分になることができます。こういった話のおもしろさを出した回もいいんですが、ちょっと心が温まるいい話もあり、一方、欲望に目が眩んだばかりに地獄に堕ちる話もあります。個人的には悲惨に破滅する話が好きですね!というわけで、




┃ベストオブ破滅さん @むこうぶち

3位  乾さん…海流
皆にノーテンって言われて、うやうやうやうやうりゅうりゅうりゅうりゅって破滅した可哀想な人。

2位 江崎さん…荒野
速攻!チィ!悪徳不動産売買で手に入れた金を元手に、劉大人の卓に現われた男。でも、海の男になってたくましく復活したので、2位。

1位 佐野さん…無尽
無尽で競り落とした金を元手に高レート麻雀を打つが、借金が返せなくなって生命保険でお支払いする羽目になった人。それだけならまだいいが、工場の経営の為の借金だったのに、工場は佐野さんが死んだお陰で万事うまくいくという悲惨な結末を迎えた破滅さん。




それにしても天獅子先生、最近、どえらいキモイ顔のオヤジがうまいですが、むこうぶち初期のころは超ダンディなおじ様が無意味に溢れかえっていました。茨木弁の人とか、キャバレーマカオさんとか、マカオさん界隈を仕切っていたヤーさんとか。そしてその頃、傀はレディコミの不倫相手役みたいな顔でした。そんな絵を見て
「どっかで見た絵だな〜」
とずっと思っていたのですが、しばらくして天獅子先生が『ゲーメスト』の漫画家だったことに気付き、懐かしさで涙が出ました…………ああ、懐かしのSNK…………!