TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

異身傳心 文楽『嬢景清八嶋日記』/能「景清」 宝生能楽堂

文楽人形遣い吉田玉男宝生流シテ方・辰巳満次郎のコラボ「炎之會(ほむらのかい)」の企画、「異身傳心」第一回公演へ行った。




そもそもなぜ玉男さんが辰巳満次郎さんとコラボに至ったかというと、昨年2月のイベントで意気投合したのがきっかけだそう。おふたりは同年代で(玉男さん69歳、満次郎さん63歳のはず)、ますますこれから芸道に精進したいということで「炎之會」と名付けたとのこと。同じ舞台で文楽と能を上演することを趣旨としているようだ。
文楽・能に共通する題材として、今回は「景清」が選ばれ、文楽は『嬢景清八嶋日記』日向嶋の段、能は「景清」を上演するという内容だった。

今回の会場は宝生能楽堂。最寄駅は水道橋、東京ドームのほど近くにある、ビル入居のこじんまりとした能楽堂だ。昭和テイストなしつらえで、応接間のような懐かしい雰囲気のロビーや昼白色の暗い場内照明が印象的。なんともいえない鄙び感があって安心する。個人的には、客席座席が座りやすいところが好きです。フカフカしとる。
普段、能楽関連の展示物が置かれているロビーの展示スペースには、玉男さんの舞台写真パネル、文楽人形(お染?)などが飾られていた。

昼の部・夜の部の2部制のうち、夜の部は、能舞台の周囲に蝋燭を立てるという演出があった。とはいってもいわゆる蝋燭能ほど蝋燭を大量に立てているわけでもなく、舞台の照明は普通についていた。蝋燭の光はほとんど意味がなくて、雰囲気程度。客電を落としていること自体は良かった。上演自体の演出の違いとしては、能は昼夜で一部配役を変える、囃子方の肩衣有無という変化をつけていたようだが、文楽は不明。

f:id:yomota258:20221226014719j:image

 

 

文楽『嬢景清八嶋日記』日向嶋の段。

玉男さんの景清についてはこれまでも感想を書いているため(2019年9月東京公演2022年4月大阪公演)、今回は本公演とは異なる条件下での見え方に絞って書いておきたいと思う。

文楽本編では、能舞台の構造の特性をいかし、橋掛りを海、本舞台を陸地に見立てた演出になっていた。手すりは立てず、人形遣いは舞台下駄なし、全身が見える状態で上演。
能を写し取ったような舞台の考え方、立ち位置配置で、空間の使い方が面白かった。横長の舞台で上下二段に別れて左右へ平面的に動く文楽とはまったく異なる、立体的な空間構成。主役だけが舞台センター、そのほかの脇役は舞台端へ下がって距離をとるという立ち方だった。その距離感と大道具のない舞台の簡素さによる景清の孤立性は印象的。
能楽堂は、本舞台が正方形であることが特色だ。ホール系会場とは異なり、舞台正面以外に、舞台下手真横(脇正面)と正面・真横の中間(中正面)にも客席が設置されている。文楽は通常真正面にむけて人形演技を行うが、能楽堂では脇正面や中正面も無視することはできない。そのため、本舞台での芝居でも、能楽堂の客席配置を意識した演出アレンジが行われていた。具体的には、冒頭のみどころ・重盛の位牌の前での独白は正面席向き、最後の一回転は脇正面向きで演じるようにアレンジがなされていた。これ自体は能の登場人物の動き方、正方形の能舞台の奥行きをいかしたやりかたで、面白い。*1
橋掛りを海、本舞台を陸地に見立てると、糸滝が船に乗って帰っていくときに、景清と糸滝の距離が際立つのは良かった。いや、実際に距離があるのだが、距離感を見失わせるような大道具がないため、人形の小ささもあって、より一層遠くに見えた。

 

しかしこの条件、実力がある者しか舞台上に存在しない世界だった。
私の感じた最大の問題は、手すりがないこと。率直に言って、人形遣いが邪魔で、人形がものすごく見辛い。文楽はなぜ手すりを立てて上演しているのか、よくわかった。技芸未達の人は、人形の芝居にボリューム感がないために人形より本人のほうが目立ち、人形の存在感がゼロになる。正直なところ、景清以外、誰かおったか?って感じ。景清も人形に動きが少ないところは人形遣いがノイズになり、厳しい。文楽として品質を高めることだけを考えるのならば、全員黒衣でもいい。
グランドラインがないことで、芝居が成立していない箇所もあった。糸滝の身売りを知り、景清が暴れて浜辺で転げる本曲のみどころは、手すりがないと何をしているのか非常にわかりづらく、迫力や見栄えが削がれていた。
この企画が文楽を文化簒奪的に扱っているわけではないことは承知しているので、浅い印象はない。が、文楽としては本公演で見たほうが面白いよねとしか言えなかった。人形出演者をよほどのハイレベルな方ばかりで固めない限り、物珍しさ以上のものにはならなさそうだ。

この条件でも、玉男さんの景清の人形は、はっきりと見えた。玉男さん自身の力強い足取りが見えるので、そこで人形の「小ささ」が少しは補われている。
玉男さんはどっしりと腰を据えて人形を遣っている。景清が地に低くかがむとき、玉男さんは状態を動かさないまま、スクワットのように大きく腰を落として、両足を大きく開き舞台に人形ごと低く深く沈む。玉男さんの人形は体幹が太くブレのないことが最大の特徴だけど、ブレていないのは玉男さん自身もなのだ。玉男さんは景清の巨大な精神性の具現のようだった。

また、今回ならではの気づきとして、玉男さんの人形の動きの特殊性をあらためて実感した。玉男さんの人形の玉男さんの人形の余剰の少なさ、抽象度の高さは、能舞台の雰囲気に適合していた。たとえば、能楽師の足取りは、歩いているようには見えるのだけど、人間としての普通の「歩き」の動作ではない。摺り足で、「滑っている」に近い。それを芸で歩いているように見せている。写実を離れた緩慢さ、一挙一動それ自体に注意を配った精緻な動き、これらによって独特の時空と強度をつくる玉男さんの人形の動きは、能楽師のそれに近いのかもしれないと思った。
仕舞みたいなものですよね。玉男さん(と、玉男さんの人形)の動きというのは。付け加えや小細工なくとも場が成立するのは、玉男さんならではだと思う。

 

橋掛りを海、本舞台を陸地とすることもまた、人形のサイズ感からすると逆効果になることもあった。橋掛りと本舞台の距離が実際に遠いために、そのあいだを移動する人形が異様に早足になってしまうのだ。本来なら、船から降りる(歩き始める)タイミングなどで調整することはできると思うのだが、単発公演ではそこまで気を回せないのか。糸滝は激走女になってしまっていた。足くじいてるのにめちゃくちゃすごい勢いで走ってくるッ!!! 怖いッ!!!!

 

大道具については能合わせがされており、写実を離れたものだった。景清ハウスは能の作り物風、細いフレームで支えられた屋根に引き回し(周囲を囲う幕状の布)をつけた至極簡素なつくり。屋根は藁葺き。普段からして物置みたいな家に住んでるのに、さらに強度が下がっとる。台風きたら一瞬で全て吹っ飛ぶ。
糸滝たちが乗ってくる船・頼朝の迎えの船も作り物で、フレームのみのもの。頼朝の船は帆が立ててあったが、文楽本公演のような笹竜胆の源氏の紋ではなく、緑・白・黄色(だったかな?)の、縦縞マスト。ただし、作り物を人形の足の高さまで上げていなかったので「乗っている」感は能以上になく、人形は普通に宙に浮いた状態だった。
冒頭の重盛の位牌、おもち・おはしセット、それをのっけるための土台の石は、文楽で通常使用されているものと同様。あと、景清にたかってくる鳥ちゃんも普通にいました。小道具はともかく、鳥の唐突な写実性を能舞台にそのまま持ち込むべきなのか、一考の余地ありだと感じた。なお、蓮台はオリジナルで作られているようで、能舞台の床を保護するためかそっと浮かせて運ばれていた。

あとはそもそも論として、又平(佐治太夫)が能舞台をうろついているのはむちゃくちゃ浮いていて、良かったですね。能楽堂にはおらん顔じゃ。

 

千歳さん、富助さんは熱演。玉男さんの景清の強靭さや能の出演者のレベルを考えると、これくらい押し出しがきく人でないと間持ちしないだろう。
千歳さんは本当に糸滝を幼児のように思ってるんだろうな……と思った。
なお、床は舞台上手奥での演奏。本舞台へ張り出して座っており、完全に地謡座へ逃す等ではなかった。

 

無料配布していたプログラム冊子に、人形小割(左、足などの配役)が掲載されていた。これはとても良かった。最近、外部公演で小割が公開されることがあるが、国立劇場も踏襲してほしい。重要な場面の主役級だけでも公開し、若手の奨励にしてはどうかと思う。
ちなみに、頼朝の隠し目付けは、天野四郎(陀羅助のほう)ひとりだけになっていた。人材不足で土屋軍内(検非違使のほう)は日向嶋まで来られなかったのか、能に人数合わせをしていたのか……(能の里人は1人)。

 

↓ 開演前の舞台

f:id:yomota258:20221226014743j:image

 

  • 義太夫
    竹本千歳太夫/豊澤富助
  • 人形
    悪七兵衛景清=吉田玉男(左=吉田玉佳、足=吉田玉路)
    娘糸滝=吉田一輔(左=吉田玉誉、足=吉田簑悠)
    肝煎佐治太夫=吉田玉勢(左=吉田玉翔、足=吉田玉征)
    天野四郎=吉田簑紫郎(左=吉田玉彦、足=吉田玉延)
    近習(頼朝の船に乗っているツメ人形)=吉田玉翔
  • 介錯=吉田玉峻、吉田玉延、吉田簑悠、吉田玉征
  • 幕柝=吉田玉誉
  • おはやし=望月太明蔵社中

*配布プログラムでは、人形遣いの苗字をすべて省いて掲載していた。いわゆる小割と同じ書き方で、文楽知らん人には完全意味不明なのだが、どうせ「わかってる人」しか来ないからOKということか。

 

 

文楽終演後、そのまま座談会「おもてとかしら」。

プログラム等では「座談会」とあったが、満次郎さんと玉男さんが言葉を交わすという形式ではなかった。能楽師だと装束付けがあるので、時間的な問題があるからだと思うが……、前半は満次郎さんが喋って退出、後半入れ替わりで玉男さんが喋るのを「座談会」とするのは、ちょっと疑問。

満次郎さんからは景清の面(おもて)の紹介があった。
使われた面は出目洞水(でめ・とうすい。江戸中期の能面師)の作品、辰巳家に伝承されているもの。景清の面は盲目のため、目を閉じた表情で作られているので、目の部分には横に長い切れ込みが入っている。一般的な小面などは瞳の部分に小さい穴があいているだけなので周囲が見づらいが、景清の面は見やすい。景清は盲目の設定のはずなのに、能楽師からすると実は景清の面のほうが視界が広いとのことだった。
『景清』は宝生流でも許しを得て演じるような奥伝とされている。満次郎さんも過去に1度しかやったことがないとのこと。今回のイベントでは昼夜2回上演だが、このような重い曲を1日2回演じるのは珍しいという話だった。

玉男さんからは、景清の首(かしら)の紹介。
景清のかしらは大江巳之助さんの作品で、文楽座に1つしかないもの。灰色の縮緬が貼られており、筋の浮いた手足とともに、潮風に焼かれて痩せ衰えた景清の境遇をあらわしている。普段は瞼を閉じているものの、目には赤いガラス玉が入っており、舞台では8回ほど目を開いて赤い眼窩を見せるとのことだった。
「日向嶋」でいちばん気合いを入れなくてはいけないのは、「子は親に迷うたな」の部分。糸滝に手探りで触れる瞬間、声をかけて出演者全員の息を合わせる。このとき、初代吉田玉男師匠は「ウッ」と声をかけていたという話を披露されていた。
司会者は、玉男さんは景清役これまで2回?のような話題振りをしていたけれど、文化デジタルライブラリーの上演記録で調べると、玉男さんは本公演では4回やっているはず。玉男さんの話だと、本役以前にも代役で勤めたことがあるということだった(本公演の記録にはなかったので、外部?)。本役でもらう以前に、師匠初代吉田玉男の足、左を経験しており、やはり足・左の経験がないとできないと話されていた。
糸滝が父のために身を売ったことを知った景清が船を呼び戻そうと暴れて、舞台上で一回転する見所の解説もあった。人形が倒れる際、主遣いは景清の左手を預かって一丁持ちになり、足遣いは人形とともに一回転する。玉男さんが「こうしてこう!」と突然試演をやりはじめたので、足の玉路さんは笑ってしまっていた。タマカ・チャンは鋭いので、速攻左を離して退避していた。タマカ・チャンはデヘヘ・スマイルをされていて、とても良かった。
玉男様はマイペースで渡らせ給ふため、突然、文楽鑑賞教室的な人形操演の解説をしてくださった。胴串がどうとかうなずきが云々とか眉毛がうんたらとか、今ここで!?満次郎さんのお客さんへのご配慮??と思ったけれど、景清は盲目のため、通常のスタンバイ姿勢でも若干うつむいているのが良かった。玉男さんは自然にそう持っている、景清ならばそうとしか持てないのだと思った。また、玉男さんは、人形のうなずきが一番下まで下がったときにどれくらい下向きになっているのかを見せてくれた。鑑賞教室でもやったほうがいいなと思った。
玉男様は自分の番で呼び出される前、屏風の影から「チョコ……」とコチラを覗いているのが、玉男様、って感じで、良かった。

千歳さんからは、「日向嶋」は咲さんに教わったという話があった。
頭のところだけ少しご注意があり、それ以外は"指導するほどにまで至っていないのか”、そのままだったそうだ。咲さんからは、冒頭の「松門閉ぢて」の前に、「あいうえお」でもいいから、5つ何かを言ってからやりなさいというアドバイスをもらったとのこと。それで心を落ち着かせてからやるように、という意味らしい。
千歳さんは熱演後の登壇のためか声が枯れており、妖精のような喋り方になっていた。

 

司会者は文楽トークショー系イベントにも出ている人だが、悪いけどこの人を使うの、やめて欲しい。出演者の話を遮るのが本当に迷惑。客は司会の話に金を払ったり時間を使っているわけではない。いらない話も多すぎる。
だいたい、満次郎さん自身はほとんど喋っていない。宝生流の関係者はこれで許せるのか。文楽も、千歳さんがせっかくトークに出てくれているのに、全然喋れていない状態だった。
ただし、玉男様は間合いがマイペースで渡らせ給ふので、逆に司会者の話を遮って独自の内容をおはなし遊ばされていて、うーん……、玉男様、って感じだった。
この方は、この方に向いた性質のイベントにだけお呼びしたほうがいいと思う。

 

 

 

能「景清」。

日向へ流された景清のもとへ娘が訪れ、景清は一度は他人のふりをするも最終的には親子の名乗りを交わし、娘はまた帰っていくという大筋の展開は文楽と同じ。「日向嶋」と異なるのは、娘の名前が「人丸」であること、景清はすでに盲官の官位を得ていること、そのため娘は身売り等をしたわけではなく単に父に会うために日向へ来たこと、景清は日向に残ること。
文楽の冒頭にある謡ガカリ「松門閉ぢて……」は本作からの流用で、能でも重視される謡。そのほか景清が栄華を誇った過去を回想し、三保谷四郎との錣引きを語る場面が見所で、この部分の詞章はどちらかというと『義経千本桜』「道行初音旅」を思い起こさせる。

景清の装束は着流しの場合もあるようだが、今回は大口(袴)をはいたもの。使用する面にヒゲがある場合は大口で、平家の武将であったことの表現らしい。面にヒゲがない場合の着流しで、勾当であることの表現のようだ(これは現場の解説で聞いたのではなく、『新編日本古典文学全集 謡曲集2』『能を読む3 元雅と禅竹』の「景清」の記述によります)。

満次郎さんはバリトン調の声がいい。能楽師の魅力にはいろいろな種類があるけれど、満次郎さんのそれは低く響く声楽家のような美声だろう。謡の調子自体に酔うことができる。いわゆる「大きな声」でなくとも、空間にいきわたるようにしっかりと聞こえていた。
また、佇まいも元平家の侍大将であった景清らしく、いまは勾当という設定であっても昔の威風を感じた。鬘桶に腰掛けるさまも決まっている。このあたりは玉男さんの景清とも近い。
景清は、舞台から退出するときも、「ちょん、ちょん」と杖をついているのも良かった。

夜の部の特殊演出として、ツレの人丸(景清の娘)を子方が演じていた。古風な演出という説明があった。この公演は古典芸能慣れしているお客さんが多かったので、「普通」にはもはや飽きている方々向けの目先替えの意図は理解する。ただ、個人的には、大人の能楽師にやって欲しかったな。

それにしても、ワキの人(森常好さん)、おなつかしや。ワキ方は人数が少ないため、能をよく見ていたころはしょっちゅうお見かけしたが……、お元気そうで何よりです。『バード』を実写化したときには蛇役をやって欲しい。

あとは、間狂言がない演目で良かった。(素直)

 

コロナ禍以降、能に行かなくなったので、3年ぶりくらいの観能だった。ひさしぶりに見ると、やっぱり、能って良いなと思った。
能は、ストーリーにとらわれず、声そのもの、動きそのもの、音そのものに集中できるのが面白い。上手い人が出ていると、あらすじなどどうでもいいくらいに場の雰囲気に酔えるのが最大の魅力だ。実際には謡本などを読んでから行っているんだけど、そうであっても「答え合わせ」や、「わかったかどうか」の自問自答の必要を感じない。現場は感覚だけで楽しめる。能舞台のうえに流れる、ゆったりとした時間とまどろみの霞のようなものが好きだ。
宝生能楽堂も久しぶりに行ったけど、上述の通り、昭和感が変わっていなくてよかった。でも、宝生グリルはなくなっちゃったのかな。
来年はまた観能を再開したいと思った。

 

  • 配役(夜)
    景清=辰巳満次郎、人丸=片桐遵(子方)、従者=和久荘太郎、里人=森常好
    笛=杉信太朗、小鼓=飯田清一、大鼓=亀井広忠
    後見=佐野登、小倉健太郎、田崎甫
    地謡=辰巳和磨、田崎甫、川瀬隆士、東川尚史、小倉伸二郎、金井雄資(地頭)、大友順、高橋憲正

 

 

 

この公演のいいところは、文楽と能を混ぜていないという点。
外部コラボイベントだと混ぜることが多いけれど、そうなるとまず、お互いのよさが削がれることになる。「やってみた」以上の意義を提供できることは稀で、ほぼないとみていいだろう。
私は、「やってみた」には、飽きている。長い時間をかけて熟成された芸能のおもしろさを楽しむには、素直にそれぞれの原型で上演したほうがいいと考えている。比較上演することで、それぞれの良さを引き立て合い、客にとっても発見がある。今回は文楽、能とも出演者のレベルが高く、お互いの良さをいっときに楽しむことができたのが良かった。
というか、普通は、資金集めなりをせんがために、意味のないプラスアルファや新奇性をくっつけなくちゃいけなくなるところ、それをせずに本物そのままの一本勝負でいけるというのは、幸せな企画だよね。自主企画であっても、玉男さんや満次郎さんのありのままを認めてくれる人、お客さんがたくさんいるということだから。そこは本当、良かったと思う。

 

来場者は、ほとんどが出演者がチケットを取り扱ったお客さん(関係者含む)、もしくは個々の出演者のかなりのファンの人ではという感じだった。ほぼ内輪の会状態だったと思う。
これは、拍手マナーからも感じられた。能の終演時に誰も拍手をしない、文楽でも本公演より拍手のはじまりが遅い(大きな拍手が起こるのは太夫が最後の一文字を言い終わってから。一番大きくなるのは三味線が最後のひと撥を下ろしてから)という点、「わかっている人」が多いことが推測できる。
あと、司会者の演目解説中に普通に退出したり、上演中に携帯を鳴らす人がいるのは、そうそう、これぞ能楽堂のお客さんだよなーと思った(失礼)。

司会者は文楽と能の客が完全に分離しているかのような言い方をしていたが、実際には両者は結構共通していると思う。伝統芸能の中でも能・文楽のような専門性が高いジャンルへ来る人だと、そもそも伝統芸能はなんでも観るという人、多いのではないだろうか。玉男さんや満次郎さんの「巧さ」を知っている、理解できる人となると、なおさらだろう。
いずれも、言い換えれば、伝統芸能の世界はものすごく狭いとも言える。
トーク等で自己紹介や基本的な芸能の紹介をカットして本論から入れるなど、内輪向けの内容に振り切れるのは客としては嬉しいですが、良し悪しはあるでしょうね。

 

この会、今後どういう形態で運営されていくのだろうか。しばらくは「俊寛」『平家女護島』、「橋弁慶」『五条橋』、「安宅」『勧進帳』など、文楽・能で題材が共通している演目でいくのかな。私がこの企画で一番観たいのは知盛だが、どうも過去にやっちゃってるっぽいんですよね。ほかには、「百万」と『良弁杉由来』とか、近似テーマの曲というのもできそうだ。今後どうなっていくのか、楽しみ。

 

 

 

内輪の会ならではの怪現象もいっぱい起こっていた。
等身大パネル。みんな爆笑して、あいだにはさまって、記念写真を撮っていました。良すぎる。

f:id:yomota258:20221226014825j:image

帰りには、出口で玉男様がたまお×まんじろチロルチョコを配っておられた。あまりにも良すぎました。

f:id:yomota258:20221226014840j:image

サイン入りポスターももらいました。
前々からうすうす思っていたけど、玉男様って自分の名前の「玉」の書き順が独特で遊ばし召されるよね。良すぎ。

f:id:yomota258:20221226014856j:image

 

 

ジャクエモン・インスタにも、このイベントに行ったよ投稿がされていたんですが(雀右衛門さんは玉男様とフレンド)、雀右衛門さんがもらったチロルチョコ、私がもらったやつとデザインが違う。雀右衛門さんがもらったやつのほうが写真が可愛い。負けた。(?)

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

中村雀右衛門 公式(@nakamura_jakuemon)がシェアした投稿

 

タマショー・インスタに打ち合わせ時の写真があり、チラリ程度ですが使用された作り物を見ることができます。

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

吉田玉翔(@yoshida.tamasyo)がシェアした投稿

 

マンジロ・インスタのキービジ撮影時のオフショット。玉男様が素すぎるのが良いです。

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Manjiro Tatsumi(@manjirotatsumi)がシェアした投稿

 

2023年は玉男様もインスタはじめてほしい。「きょうのふく」「めだまやき」「ねこ」とかの一言写真だけでいいので、頑張ってほしい🥺

 

 

 

*1:ただ、これだと中正面が一番よく見えるということになる。席料は本来、正面→脇正面→中正面で段階がついているので、料金と見栄えがあまり比例しなくなっていることには、良し悪しあるとは思う。文楽人形遣いがいるので、正面以外からのアングルだとそもそも人形見えないし。あと、見付柱は能以上に邪魔でしたね〜……。能だと役者の体の一部が隠れる程度ですが、文楽だと人形が小さすぎて、まるごと見えへんやつがおった。