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文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 『桂川連理柵』全段のあらすじと整理

文楽の世話物の代表的演目にして、上演されるごとに長右衛門のいい加減さが客をキレさすことにおいても文楽を代表する定番演目、『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』の全段のあらすじをまとめる。

 



┃ 概要

初演 安永5[1776] 北堀江市の側芝居、豊竹此吉座
作者 菅専助+近松半二*1

設定は、宝暦11年4月に、京都・信濃屋の娘お半(14歳)が失踪し、その翌日、隣家帯屋の主人・長右衛門(38歳)とともに桂川で遺体が上がったという実説をもとにしている。
これは江戸時代にも大きく注目された事件で、多数の随筆に記されている。さまざまな事件年月日、2人の年齢等の異同のある説が流布したが、それらの説で共通しているのは事件の真相で、心中ではなく、第三者による強盗殺人事件であるという推測だ。しかし巷間では「心中」と噂されていたことがこの物語の発想源になっているのだろう。

最も早い演劇化作品は、宝暦11年[1761]初演の人形浄瑠璃『曽根崎模様』(作者=若竹笛躬ほか)。事件の翌月、曽根崎新地で興行を打っていた豊竹座が、お初徳兵衛物のストーリーにお半長右衛門事件を入れ込んで興行したものだ*2。この時点で主要登場人物名や事件の経緯は『桂川連理柵』とほぼ一致しており、物語の大枠は完成している。(ほんとに結構同じ。文言まで流用されている箇所がある)

 

 

 

┃ 登場人物

※「*」付きは現行上演に登場する人物。名前の表記は、文楽現行上演の番付に合わせています。

お半 *
信濃屋の箱入り娘。ロリ。長右衛門に可愛がられて育ったため、相当に懐いている。

長吉 *
信濃屋の丁稚、18歳。まじ? もっといってるか、逆にもっと幼いと思ってたわ。出身は丹波。お半に片思い中で、お半と自分のことをお染久松だと思っている。人形の顔だけだとアホそうに見えるが、結構悪賢い。ただ、すべて思いつきで行動するため、金になびきやすく、計画性はない。

りん *
信濃屋の下女。眠い!!!!! 長吉のことが好きみたいです。

長右衛門 *
京都虎石町の呉服屋、帯屋の主人。40歳近い年頃。元は捨て子だったのを信濃屋の主人に拾われて養育されていたが、5歳のとき、隣家の帯屋の養子に。そのため、両家に深い恩義がある。にもかかわらず……。

お絹 *
長右衛門の妻。帯屋へ嫁入りして10年、夫を気遣い、義父母を気遣い、隣の家も気遣いの、気遣いし通しの人。かなり賢い女性だが、賢さの使いどころが可哀想。

繁斎 *
帯屋の前主人。長右衛門に家督を譲って以後は、隠居所で念仏三昧している。後妻おとせの態度には辟易しているが、外聞を憚って離縁などはせず、時々注意する程度。

おとせ *
繁斎の妻。元は帯屋の飯炊き女だったが、繁斎の元の妻が亡くなったのち、帯屋の奥様に成り上がった。連れ子の儀兵衛ばかりを可愛がって、長右衛門やお絹にイヤガラセをするのが日課

儀兵衛 *
帯屋の手代、長右衛門の義理の弟。おとせの連れ子で(元から帯屋に奉公していた?)、兄嫁であるお絹に横恋慕している。帯屋の家督とお絹を狙っているが……

お石
お半の母。夫・次兵衛亡き後、信濃屋を切り盛りしているシッカリ者。
なお、信濃屋にはお半の上に治助という兄がいて、いまは江戸店を任されている設定がある。お半の書き置きにある「江戸の兄様」というのはこのこと。

才次郎
お絹の弟、仏壇職人。まだ親元で暮らしているので、金はない。長右衛門夫婦の仲人で、近くお半と縁組することになったが……

雪野
才次郎の恋人の舞子。クズ兄・惣兵衛によって、田舎へ売られそうになっている。

本間の五六
長吉の兄。いたんですよ、そんな人が。

針の惣兵衛
雪野のクズ兄。お金LOVEで、妹を金ヅルとしか思っていない。

 


┃ 上の巻

道行恋の乗かけ

京都・信濃屋の娘、お半は、丁稚長吉、下女りんを連れて伊勢神宮へお参りに出かけていた。その下向道で、お半は偶然、隣家の呉服屋・帯屋の主人、長右衛門と出会う。
長右衛門には、赤ん坊のころ捨てられていたのを信濃屋の主人に拾われ、育てられたという過去があった。5歳になったとき、長右衛門は実子のいない隣家の帯屋の主人に見込まれて、養子として帯屋へ入った。長右衛門は育ての親の信濃屋の主人への恩義から、主人に晩年になってからできた娘のお半をその幼いころから可愛がっていた。主人は先頃亡くなったが、そのとき臨終の枕元へ呼ばれた長右衛門は、お半の行く末をくれぐれもと頼まれていた。
長右衛門は、遠州の得意先からの帰りがけで、京都へ戻るところ。大好きな長右衛門と会えたお半は大喜び、ちょうどよいとばかりに、お半と長右衛門は同道することにする。
(現行上演では「石部宿屋の段」の冒頭に入れ込み)

 

石部宿屋の段

お半と長右衛門は、石部の宿屋・出刃屋へ投宿していた。丑三つ時を過ぎた頃、お半が長右衛門の部屋へ逃げ込んでくる。道々、長吉がいやらしくじゃれかかってくるが、今夜はことさらウザく、いつもは退治してくれる下女のりんも今夜は目を覚まさないというのだ。長右衛門は、あまり騒ぎ立てては長吉がお払い箱になってしまうからとお半をなだめ、部屋に帰って大人しく寝るように諭す。しかし戻ればまた長吉に何をされるかわからないというお半は、ここで寝かせて欲しいと懇願する。長右衛門は子どものことだと思い、彼女を布団へ入れてやる。
しばらくして、お半を探して長吉がやってくる。猫なで声でお半を誘い出そうとする長吉は、大方長右衛門のところへ入り込んでいるのだろうと、部屋の障子に聞き耳を立てる。ン? ンン? 不審な様子に中を覗いてびっくり。腹を立てた長吉は、お半を盗られた意趣晴しに、長右衛門が遠州の大名から預かってきた刀を盗み出し、刀身を抜いて己のショボ旅差のそれとすり替えてしまう。
やがて、朝食の膳の支度ができたという宿の者たちの声が聞こえる。一同は、出立の支度をはじめる。

 

信濃屋の段

石部宿屋の一件から5ヶ月後。お半には、長右衛門の妻であるお絹の弟・仏壇屋才次郎との縁談が持ち上がっていた。仲人の長右衛門に代わり、義弟・儀兵衛が結納品を信濃屋へ持参すると、お半の母・お石が歓迎してもてなしてくれる。
連れの衆がお石から振る舞いを受けている影で、儀兵衛と長吉はコソコソ密談。お半を狙う長吉、帯屋の家督(アンド 長右衛門の妻・お絹)を狙う儀兵衛は利害が一致し、二人で組んで長右衛門を陥れようとしていたのである。儀兵衛は、必ずお半が長右衛門へ付け文をするとして、その手紙を盗むように頼む。しかし長吉は手が早いので、お半から長右衛門への手紙をすでに盗んでいたのだった。また、儀兵衛は、石部宿屋で長吉がすり替えた預かり物の脇差を、自分が発見したふりをして手柄とし、長右衛門を蹴落とそうと考えていた。ただ、すぐに本物の刀を受け取るのも目立つので、一旦、脇差は長吉の兄・本間の五六へ預けることにする。

その二人がウッシッシと去ったあと、仲人として、礼装姿の長右衛門が信濃屋を訪問する。するとお半が走り出てきて泣きつき、自分を嫁入りさせようとする長右衛門をなじる。お半は寺子屋の師匠から「娘たる者、夫と決めた男はただひとりとしなさい」と習ったこと、そして、長右衛門の子を妊娠していることを告白する。長右衛門は当惑し、年端もいかない身での不憫さにお半を抱きしめる(すべてお前のせいだろ)。

長右衛門の来訪に気づいたお石が迎えに出てくると、玄関先にひとりの武士が現れる。その男は、お半と才次郎の縁談は取りやめにして欲しいと言いだす。婿の才次郎には隠し女がいて、その女から、才次郎の妻にしてもらえるよう頼まれたというのだ。ヤンヤヤンヤと侍を応援する長吉と儀兵衛。お石は固辞するが、男はそれでは武士が立たないとして、この家で切腹すると言い出す。お石は金を包んで切腹をやめさせようとするが、侍は金をスマイルでチラ見しつつ「切腹する」と言い張り、押し問答になる。するとタバコを吸っていた長右衛門が割って入り、おもむろに「人が切腹するとこ見たことないな〜、見たいな〜、はやくはやく〜」と言いだす。どれだけ切腹のそぶりを見せても動じない長右衛門に、武士はスゴスゴ逃げていくのだった。
実はその侍は、長吉の兄・五六が化けた姿だった。五六は儀兵衛・長吉の頼みで、お半と才次郎の結納を妨害しにきたのだ。

お石は長右衛門の機転を喜び、早速お半を呼び出して、才次郎との結納の盃を取らせようとする。しかしお半は拒否。そうしているところへお絹がやってきたので、長右衛門はお絹にあとを任せて立ち帰る(は?)。お絹はお半に、嫁入りは最初は不安でも大丈夫、自分もしばらくついていてやると説得する。それでもシクシク泣いて聞き入れないお半に、親の決めた結婚を嫌っては、最終的には「八百屋お七」の芝居のように、自分ばかりか他の人の名まで傷つけると語る。こうしてお絹はとくとくと意見した上で、無理に嫁入りさせては互いに無益として、才次郎との話は破談にすると言い出す。お石はお絹に取り縋るが、お絹はそのまま帰ってしまうのだった。

その夜、お半は、どう考えても長右衛門とは夫婦になれないこと、お絹や母への申し訳なさから、カミソリを取り出して自害を企てる。と、長吉がその手を掴んで止めるッ! そこまでは偉かったが、どうせ長右衛門とは結ばれないと言い、なおもしつこくお半に頬ずりする長吉。それを突き飛ばすお半。その変なタイミングで、縁の下に潜んでいた五六が脇差の受け渡しを長吉に催促する。長吉は懐に隠していた脇差を五六に差し下ろすが、そのせいで手元がお留守になり、お半と下女りんがいつの間にか入れ替わっていたことに気づかない。行灯が吹き消された暗闇の中で、長吉は門口で待ち構えていた儀兵衛に腕の中の女を託す。その不審な声を聞きつけ、お石が燭台を持ってやってくる。燭台の光に照らし出された盗人を見たお石は驚いて声を上げるが、お半(と思い込んでいるけど実はりん)を背負った儀兵衛は、そのまま闇の中へと消えていくのであった。
(現行上演なし)

 


┃ 下の巻

六角堂の段

六角堂でお百度参りをしている女は、帯屋の女房・お絹だった。跡をつけてきていた儀兵衛は、彼女のお参りが終わるのを見計らってお絹に擦り寄る。儀兵衛はお絹の気を引こうと、長右衛門が隣家のお半とデキていると言い立て、お半から長右衛門への手紙をちらつかせる。すり寄ってくる儀兵衛をキモく思いながらも、お絹は夫のためとうまくあしらい、追い返すのだった。

そんなところへ、寺の敷地内にもかかわらず、平気で生臭物の🐟おさかな🐟を手にしたお使い帰りの長吉が歩いてくる。お絹は長吉を呼んで自分の隣に座らせ、お半と長右衛門のことを知っているだろうと尋ねる。石部宿屋で見たことを思い出してムシャクシャする長吉に、お半への思いを叶えてやると言うお絹。近日中に帯屋の内でその話が出るから、そのときには長吉が「既成事実」をぶちまけ、「お半は俺の女房」と言い張るようにと持ちかける。さらには、そんなことをしては信濃屋を追い出されるであろうから、長吉がお半を連れて家出した暁には、お絹が仕送りをしてやるという。お絹の話をウンウン聞いていた長吉は、手つけとしてビッグなお小遣いまでもらって有頂天。お絹と長吉は道すがらの談合をしつつ、連れ立って帰っていくのであった。
(現行上演ここまで)

 

お絹と長吉が去った六角堂に、為替の金を受け取りに行っていた長右衛門が通りかかる。長右衛門は、茶屋の床几で一休みすることに。
そんな六角堂へ、さらに、お絹の弟・才次郎がやってくる。才次郎は、ここで恋人の舞子・雪野と急ぎの待ち合わせをしていたのだった(六角堂って境内かなり狭いと思うが、そんなにワラワラ集まってきたらみんな顔を合わせてしまわないのか? 昔は広かった?)。陰に隠れて待っていた雪野の話によると、雪野は兄・針の惣兵衛の企みによって、近いうちに遠方の田舎へ百両と引き換えに嫁にいかなければならなくなったという。雪野を助けようと思っても、単なる仏壇職人で部屋住みの才次郎には金は才覚できず、二人は心中しようと思い詰める。そこへ雪野を探していた惣兵衛が現れ、雪野を引き離し、ゼニなしが妹へ手を出すなと才次郎を罵倒。惣兵衛は口答えする才次郎を踏み倒して打擲するが、様子を見ていた長右衛門が割って入り、惣兵衛を投げ飛ばす。騒ぎ立てる惣兵衛に、長右衛門はさきほど受け取ってきた百両を投げ出す。💰お・か・ね🤑を見た惣兵衛はクル〜ッと態度を変え、ヘコヘコと請取状を認める。では!!とばかりに百両を持って帰ろうとする惣兵衛だったが、長右衛門に踏み倒される。長右衛門は、さっきのお返しとして才次郎に惣兵衛を踏みつけさせる。ボロボロになった惣兵衛は、スタコラと逃げていった。
喜ぶ雪野と才次郎に、長右衛門は心づもりがあるとして、二人を伴い、雪野のひとまずの預け先へ向かうのだった。
(後半部分、現行上演なし)

 

帯屋の段

呉服屋・帯屋は、京の虎石町に店を構えていた(柳馬場通りと押小路通りが交わるところらへん。最寄駅は京都市役所前)。お絹はこの家へ嫁入りして10年、口うるさい姑・おとせに叱られないよう、掃除洗濯と、せっせと家事をこなしている。
そこへおとせがやってきて、長右衛門が朝出たきり帰らないのは、花街で遊んでいるのだろうとブツクサなじる。お絹は、夫は遠州の殿様から預かった刀の研ぎが仕上がったので、研屋から受け取ってそのまま蔵屋敷へ届けに行ったと説明する。おとせはなおも長右衛門にチクチク言葉、自分の連れ子の儀兵衛を褒めるばかり。隠居の繁斎が姿を見せ、それをたしなめてお絹を励ます。
やがて繁斎はお絹を連れて隠居所へ行くが、それと入れ替わりに儀兵衛が帰ってくる。儀兵衛は長右衛門が受け取ったはずの為替の金がないのを怪しみ、先方へ確認しに行っていたのだ。すでに長右衛門が金を受け取っていると知った儀兵衛は、それをネタに長右衛門をなじってやろうと言い出す。一方、おとせは長右衛門の管理になっている戸棚の金50両を合鍵を使ってくすねており、それも合わせて大金の紛失のかどで長右衛門を揺すり立てようというのだった。

そうして二人が悪巧みしているところへ、当の長右衛門が思案にくれた様子で帰ってくる。帰りの遅さをおとせが罵っていると、お絹を連れた繁斎が再び母屋へやってくる。繁斎が止めるのも聞かず、おとせは為替の金の行方を詰問。受け取りは明日の予定と言い抜けようとする長右衛門だったが、先方の受け渡し済みの確認を取った儀兵衛に逃げ道を遮られる。続けておとせは、別件で受領しているはずの50両がどうなっているかを尋ねる。長右衛門は金の入っていた戸棚の鍵を開けるが、50両が紛失していることに気づき、驚愕する。
そこへ儀兵衛が畳み掛けるように、近所で流れる長右衛門とお半との噂、そして、その証拠となるお半から長右衛門への恋文を見せびらかして、「伊勢参りの下向道、石部の宿の仮枕……長様参る」と手紙を読み上げる。恩のある信濃屋の娘をそそのかし、嫁入りを邪魔したことを責め立てるおとせと儀兵衛。温厚な繁斎もあまりのことに、ついに長右衛門へ恨みごとを口にする。義母義弟がいくら悪辣といってもすべて事実なので(それはそう)、長右衛門は反論でききず、ただ涙ぐむばかり。

しかしそこへお絹が割って入り、長右衛門に不義はないと言い出す。お半の手紙の宛先は、信濃屋の愚鈍な丁稚、長吉だというのだ。そんなことはありえないと、儀兵衛は大笑いしながら隣家から長吉を呼び出してくる。やってきた長吉は、お絹から目配せされ、六角堂での約束通り、「お半と懇ろしている、お半は私の女房」と宣言する。驚き呆れた儀兵衛が聞き直すも、長吉はなお「“長”様とは自分のこと」と言い張るので、儀兵衛は頭をかきむしるのだった。
お絹はこれで長右衛門の不義は晴れたと言うも、おとせは金の行方の詮議はまだ終わっていないとしつこく迫る。長右衛門は、為替の100両は自分が使い込んだが、戸棚の50両は知らず、合鍵で盗んだ者がいると言う。図星をさされたおとせは怒って、捨て子だった長右衛門の生まれをなじり、儀兵衛に棕櫚箒で長右衛門を打擲させる。あまりのことにお絹は驚き、おとせら親子の氏素性も知れたものではないと言い出すが、長右衛門がそれを止める。泣き出すお絹に、調子に乗るおとせ。儀兵衛はさらに箒を振り上げるが、そこに繁斎が割って入って止める。長右衛門は帯屋の主人であり、主人が自分の家の金を何にどれだけ遣おうがそれは主人の勝手だというのだ。これ以上言うならおとせは元の飯炊きに戻すという繁斎。おとせと儀兵衛は頰を膨らして去っていき、長右衛門夫婦は父の情けに感謝するのだった。

日も暮れてあたりが落ち着いたころ、繁斎は長右衛門夫婦に向き合う。おとせには帯屋の仕切りに口出しさせないようにするので、長右衛門は悩みすぎて「逆様事」をしないよう、これからもいままで同様、誠実に商売を続けるように諭す繁斎。そうして父は仏間へ去ってゆく。
夫婦ふたりきりになると、お絹もまた、長右衛門に「妙な考え」はしないで欲しいと話す。また、お半とのことを知ったであろう女房の気持ちを考えて、お半の嫁入りの仲人を引き受けた長右衛門に、その心遣いを感謝する。お絹がお半と才次郎の縁組を反故にしたのは、その長右衛門の気持ちへの返礼であった。嫉妬心はあるけれど、それを表に出さなかったのは、家内に波風を立てて長右衛門を苦しめたくなかったからだというお絹。彼女が六角堂へお百度参りに行っていたのは、みずからの夫婦仲だけでなく、お半と長右衛門の噂が世間に立たないようにという願いをかけていたのだった。
お絹は自分を見捨てないで欲しいと嘆き、それを聞いた長右衛門も、お絹の心遣いに涙する。長右衛門は、100両の金は才次郎と雪野を助けるために使ったことを告白する。また、戸棚の50両の金の行方はわかれど親不孝になるので詮議はできないと語る。そして、お半とのことを深く恥じ、お絹に謝る。お絹は女房に詫びることはないと言って、少し休むという長右衛門にふとんをかけてやり、酒と肴の支度をしに勝手へと立つのだった。

長右衛門はその姿を見送り、お絹と繁斎の心遣いに感謝する。しかし、お半が妊娠したという事実はどうしようもない。さらに、遠州から預かった正宗の刀がいつの間にか偽物とすり替えられ、本物を今夜中に見つけなければならないこともまたすでに手詰まりで、自害するよりほかないのであった。
長右衛門が床に伏せて嘆いていると、隣家からお半が忍んでやってくる。お半は今朝長右衛門からもらった手紙を読み、仲はこれきりにする気持ちの整理がついたという。お半の決意を褒め、こうしていてまた噂が立たないようにと、早く帰るよう促す長右衛門(まじでなんなんだこいつ?)。最後に長右衛門の顔が見たいと言うお半に、長右衛門もまたお半の顔を見て涙を流し、彼女を抱きしめる。そうしてお半は突きやられ、帯屋を出ていくのだった。
去り際のお半の様子に違和感を抱いた長右衛門が門口を見ると、手紙が落ちている。その書き出しには、「書置の事」という文字が見えた。慌てた長右衛門は外へ駆け出すが、すでにお半の姿はなく、帯屋へ戻って手紙の内容を確認する。繁斎の看経の声が聞こえる中、お半の手紙を繰っていくと、そこには、長右衛門と縁切りして他へ嫁に行くつもりはないこと、お腹の子のことが世間に知れては、自分はよくても長右衛門やお絹、母へ合わせる顔がないため桂川に身を投げるので、長右衛門はお絹と夫婦仲良く暮らして欲しい旨が綴られていた。お半が死んでは長右衛門もなおもって生きていられない。長右衛門の脳裏に去来するのは、十五、六年前に恋仲であった、芸子・岸野のことだった。岸野と桂川で心中すると誓い、岸野が先に飛び込んだにもかかわらず、長右衛門はそこから逃げてしまったのだ。お半はその岸野の生まれ変わりではないのか。長右衛門は観念し、桂川へと走っていくのだった。
(現行上演ここまで)

 

それと入れ替わるように、長吉の兄、本間の五六が走ってやってくる。出てきた長吉は兄に50両を渡し、正宗の脇差と引き換える。五六は、この程度の骨折り賃で儀兵衛から50両も弾んでもらえることを不思議がる。長吉は得意げに金の出どころや刀のすり替えのいきさつを説明し、儀兵衛がこのあと本物の正宗を遠州蔵屋敷へ持っていけば、長右衛門は御用達を失い、帯屋の家督は儀兵衛のものとなることを語る。ところが、それを聞いた五六は長吉を叱りつける。実は、五六と長吉の父は、元々繁斎の世話で八百屋商売を開くことができた者であり、長吉が信濃屋へ奉公に入れたのも繁斎の差配で、彼らは帯屋には一家ぐるみで恩がある立場だったのだ。儀兵衛からきた偽侍の依頼を怪しんだ五六は、誘いに乗ったフリをして、儀兵衛の企みを探ろうとしていたのだ。そして、さきほど長吉に渡した正宗の刀も偽物であり、本物は五六がしっかりと持っていた。逃げようとする長吉をとっ捕まえ、帯屋から飛び出してきたおとせ・儀兵衛をも投げ飛ばす五六。騒ぎを聞きつけた繁斎とお絹が駆け出てくると、長吉・おとせ・儀兵衛はスタコラサッサと逃げていくのだった。
五六から50両を返されたお絹は喜び、長右衛門に見せようとするが、夫の姿が見えない。信濃屋から出てきたお石から、お半が書置を残して失踪したと聞き、お絹と繁斎は、いなくなった二人の行方を危ぶむ。五六は一旦、本物の正宗を持って、遠州の屋敷へ状況報告に向かう。
そこへ桂の百姓たちがやってきて、桂川で長右衛門とお半の遺体が上がったことを知らせる。繁斎は驚き慌て、我を失う。帯屋の一同は、百姓たちに連れられ、長右衛門とお半の最後の場所へ向かうのだった。
(五六の出以降、現行上演なし)
(おしまい)

 

┃ 増補について

桂川連理柵』は、現行上演では、原作(正本)から演出・文章が改訂されている部分が多くある。
チャリ場として有名な「帯屋」での儀兵衛と長吉のやりとりは、実は増補によるもの。儀兵衛がお半の手紙をおもしろおかしく読む部分、愚鈍な長吉の様子に笑い転げる部分、長吉を“詮議”する部分は、原作では比較的手短にまとまっており、現行ほどボリューム感のある「おもしろおかしい」描写にはなっていない。
さらに、原作では、長吉はニキビ面ではあっても鼻水を垂らしている描写はない。長吉さんの人形は、いつから鼻水を垂らしていたのだろう……。いまの文楽のお客さんに一番喜ばれているの、あれだと思うけど……。
また、後半、お半が帯屋へ忍んできて、長右衛門を揺り起こす部分にも文章に手が加えられている。
現行『道行朧の桂川』も、初演にはない増補。上演史を追うと、文化11年[1814]には「帯屋」のあとに道行がついており、段名が「道行朧桂川」となっている。以降、「帯屋」のあとに道行がつく例が多くみられる。初演当時は心中物が禁止されていたので末尾に死出の道行がなかったものの、その統制が緩んだことで付けられたのではないかと言われている。

 

 

 

┃ 参考文献

*1:作者の表記に「近松半二」が加えられた正本が存在する。近松半二は竹本座の作者だが、『桂川』の初演年である安永5年のみ、一時的に豊竹座で菅専助と合作して作品を書いていた(『鯛屋貞柳歳旦闙』『蓋寿永軍記』)。『桂川連理柵』も関与の程度は不明であるが、そのひとつであると考えられる。

*2:まじで『曾根崎心中』と『桂川連理柵』をドッキングしたような内容。ハヤシ・カレーのあいがけのような状態で、両者の必然的関連性はほぼなし。長右衛門が徳兵衛の兄であるという点のみでストーリーが接続される。どんな兄弟なんだ??????