TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 大阪7・8月夏休み特別公演『うつぼ猿』『舌切雀』国立文楽劇場

お子さま&大きなお友だちで犇めく親子劇場。
大きなお友だち」は本気の方が多く、お連れのお子さまにプログラムの技芸員一覧を見せながら、「この人とこの人は親子」等の英才教育を施していました。

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うつぼ猿。

前解説に亘さんが登場。実際に舞台で使う小道具を手に、そもそも「うつぼ(靭)」とは何か?という解説をしてくれたので、話の意味がわかりやすかった。靭とは矢入れ容器のことです。亘さんの説明によると、靭に毛皮で装飾を施すのは身分が高い人の楽しみだったそうだが、そんなに毛皮貼りたいか? そもそも毛皮を貼った靭の実物を見たことがなんでねぇ……。と思って文明の利器・インターネットで調べてみたところ、確かにフコフコしていたほうが楽しそうでした。

 

あらすじ

ある日、大名〈吉田文哉〉と太郎冠者〈桐竹紋吉〉が野山をお散歩していると、猿曳〈吉田文司〉とビッグなお猿〈桐竹勘介〉がむこうから歩いてくるのが見えました。お猿のビッグぶりを見た大名は、太郎冠者に「猿の皮を靭に貼るからもろてこい」と無茶振りをします。太郎冠者は無理やろと思いましたが、「エライ人が貸せゆうとる」と言張れと命じられ、しぶしぶ猿曳のもとへ行きました。

大名と太郎冠者の話を聞いていた猿曳は、猿の皮を貸しては猿が死んでしまうと言って断ります(当たり前)。大名は5〜7年借りたら返すと言い、太郎冠者は交渉を粘りますが、猿曳は承知しません。怒った大名は猿曳と猿を射殺そうとします。やむなく猿曳は自分でお猿を打ち殺そうとしますが、お猿は人間たちがそんな恐ろしい話をしているとは知らず、猿曳から杖を受け取って船を漕ぐ芸をしはじめました。健気な猿とそれを憐れむ猿曳を見た大名は思い直し、猿を殺すのはやめることにします。

喜んだ猿曳とお猿は、祝福の舞をおさめるのでした。

 


人形の所作は狂言に寄せていてよかった。最近この話永遠にしてるな……。
太郎冠者〈桐竹紋吉〉はかなり“太郎冠者”らしかった。狂言でかなり上の人が太郎冠者をやっているときに近いというか、舞台に出てきたときからヤバイオーラが漂っておられるというか、「この人大丈夫かな……? アルコール切れてはる……?」みたいな意味で……。でも、真面目そうな太郎冠者で、良かった。
後半、下手でずっと「じーっ……」としている紋吉さんを見たお子さまが、「あの人生きとる?」と言っていたのが良かった。生きとる。

大名が上手から下手のお猿に向かって弓を引く(矢を射ろうとする)のは、文楽人形の振り付けとして厳しい。復曲の経緯を調べていたとき(本作は一応、近松門左衛門『松風村雨束帯鑑』の復曲という位置付けなので)、たまたま、昭和30年代の復曲時に振付を担当した舞踊家・藤間紋寿郎の談話を見つけた*1。それによると、藤間紋寿郎は人形遣いの桐竹紋十郎の息子で、人形が下手向きになれないことは父親の仕事の様子を見てよくわかっていた。そのため、人形の体を斜め振りにして左遣いが人形の前に出ないように工夫したということだった。が、うーん、今回の上演は斜めさが足りないのか……。いずれにせよ、そもそも上手から弓を引くなって話で、無理があるなと思った。

猿の人形は三人遣い。動物としてのユーモラスさの表現が難しい。これこそホントは文司さんがやらないかんのとちゃう? 『端模様夢路門松』の大猿は「ゆらっ」「のさっ」「もぞ…」とした動物らしいひょうきんな動きがかなり良かったが、あれは相当うまい人がやってたのかなと思った。ディズニーやピクサーのアニメの動物の動きを見て欲しい。
ちなみに、お猿が足で扇子を持つ演技をするのは、文楽人形であることにこだわって藤間紋寿郎が作った振り付けだそう。確かに人間の役者にはできない面白みがある。

猿曳・文司さんの『網走番外地』みはたまらん。田中邦衛由利徹嵐寛寿郎のフレーバーを一気に摂取できる。でも猿やってくれ。 

 

今年入門した太夫お二人はこの演目で初舞台。私が観た回は、錣さんのお弟子さん・聖太夫さんだったが、なんというか、すごい貫禄がある子だな……。見た目だけなら7年目くらい……。実際、もともと地元で義太夫やってたようですが。今回は「ひとまず客前に出てみた」くらいの登場ではあるけど、入門者お二人とも、末長く健やかに勤められますよう、応援しています。

 

しかしなぜこんな渋い演目を子ども向け公演でやろうと思ったのか……。松葉目ものの中でも渋いほうじゃない? アニマルが出てくる→子どもは動物が好き→喜ぶ!的な発想なのかな……。近隣のお子さま、途中で飽きて騒ぎはじめ、絵本読まされてました……。(公演中に騒いでしまって絵本を与えられるお子さま、結構見るよね)

 

  • 義太夫
    猿曳 竹本藤太夫、大名 豊竹芳穂太夫、太郎冠者 竹本津國太夫、ツレ 竹本聖太夫(前半)豊竹薫太夫(後半)、竹本文字栄太夫/鶴澤清友、竹澤團吾、鶴澤友之助、鶴澤燕二郎(前半)鶴澤清方(後半)
  • 人形役割
    大名=吉田文哉、太郎冠者=桐竹紋吉、猿曳=吉田文司、猿=桐竹勘介(前半)吉田玉路(後半)

 


解説。

前半しか観てないからなんとも言えないが、これ、鑑賞教室の人形解説と同じだよね。説明の仕方を工夫しているでもなく、さすがに手抜き感漂う。子どもをダシに自分が文楽を観たい大きなお友だちが多い公演だとは思うけど、お子さんには高度すぎるのでは。

  • 吉田簑太郎(前半)桐竹勘次郎(後半)

 

 

 

舌切雀。

人形黒衣。
すべてが怖すぎ。時事ネタを取り入れましたとか、つづらからたくさんおばけが出てきますとか、そういう問題じゃないクソヤバ案件が大量に盛り込まれていた。

あらすじ

むかしむかし、あるところに、おじいさん・善兵衛〈吉田勘市〉とおばあさん・お竹〈吉田玉助〉という夫婦が暮らしていました。お竹はヤバい鬼婆で、洗濯糊を食い荒らすスズメにブチ切れており、それを日頃放置するじいさんにもイラついていました。お竹がわざとらしく糊壺を置いておくと、さっそく子スズメがやってきて糊をつつき始めます。お竹は腹いせに子スズメを捕まえて舌をチョッキンしてしまいました。

そこへ善兵衛が帰ってきました。善兵衛はハサミの血の跡を見て何事かと尋ね(表現が怖い)、事情を聞くと、スズメを哀れんで隣山のスズメ屋敷へ詫びに行くと言います。たかがスズメと引き止めようとするお竹を突き飛ばし、善兵衛は隣山へと駆けていくのでした。
隣山のスズメへたどり着いた善兵衛が藪へ声をかけると、親スズメ〈桐竹紋秀〉が姿を見せます。善兵衛は親スズメにお竹の凶行を詫びますが、親スズメは善兵衛の日頃の信心により子スズメ〈桐竹勘次郎〉は助かったと言い、お礼の品を渡します。善兵衛が袋を開けてみると、その中には金銀小判の財宝が入っていました。

それを陰から見ていたお竹は、自分も宝が欲しいと親スズメにねだります。作り笑顔の親スズメは、妼へ善兵衛を屋敷へ案内するよう言いつけ、お竹にはビッグなつづらをプレゼントします。大喜びしたお竹は早速つづらをオープンしますが、中から出てきたのは(文楽劇場独特の味わいのある)バケモノたち。お竹は驚いてブッ倒れてしまいます。

お竹は善兵衛に介抱されて息を吹き返し、今後は仏門に入っていままでを反省すると言います。善兵衛はその心を褒めてスズメに謝るように勧めます。改心を聞いた親スズメは、「竹に雀」の縁で末の世まで二人を守ると告げ、たくさんの仲間たちを呼び出して大騒ぎするのでした。おしまい。

爺さん役のカンイチうますぎて激浮き、婆さんの着物がヒョウ柄、親スズメが八頭身など、現実と妄想の境界が曖昧になった悪夢の世界。

とにかく、前近代の擬人化セオリーに則ったスズメ人形さんたちが怖すぎ。そもそも、昔話の〈舌切雀〉の話自体、人間がやったらマフィアの見せしめかってくらい恐怖な話だが、八頭身のスズメはつづらの化け物なんぞ話にならんレベルのホラー。いまでは動物の擬人化ってマスコット風に可愛く描かれるけど(たとえばミッキーとかミッフィーちゃんとか)、江戸時代以前の御伽草子等では、獣や鳥の顔に人間の体がドッキングした姿で描かれることが多い。文楽の『舌切雀』に登場するスズメさんたちもその手法に則っており、顔はリアルなスズメ、体は八頭身の人間、手足も鳥類の羽と爪の生えた足。頼むせめて『銀牙』方式にしてくれッッ!!!(リアルアニマルが人語を喋る系)と叫びたくなる。

親スズメは気品がありすぎてすごかった。天智天皇平清盛かっていう気品だった。長者風の衣装を着ていたので、スズメ界ではそれくらいの位があるのかもしれない。でも八頭身が気になりすぎて気が狂う。この親スズメは紋秀さんなんですけど、黒衣なのでヘアスタイルチェックできなくて残念です。でも今月は第三部の清十郎さんのヘアスタイルがいつもと微妙に違っているのにかなり気を取られたので、紋秀さんのヘアスタイルチェックは9月のお楽しみということにしようと思いました。

 

お竹がもらったつづらの中には、3匹のバケモノが入っている。

その1、人頭の大蛇。近くの席のお子さんが激泣き。「かえりたい〜!!!!」と絶叫されていた。かわいそう。せっかく文楽劇場へ遊びに来てくれたのに、トラウマ植え付ける必要ないやろ。子どもが喜ぶ方向でびっくりさせりゃいいのにと思った(これ普通に真面目な批判です)。おめめがLEDとしか思えない光り方をしていたが、本当にLEDだそうだ。充電式というのが笑った。

その2、人頭のワシ。ワシのボディに『良弁杉由来』の志賀の里に出てくるワシを使ってるだろと思った。経費節減だろうか。小道具さんの苦労が偲ばれる。節約感が一番怖い。ていうか、「人頭」が1つめのバケモノとフリテンこいてるのと、鳥類であることがスズメとかぶってるのが気になる。

その3、ホネホネロック(死語)だけは、チープで愛くるしい見た目。踊りながら体がバラバラに分解するのが可愛かった。お竹はホネホネロックと野球対決をするが、その際、「OH!TAKE」と文字の入った赤い袖なし羽織を着る。もちろん「OHTANI(大谷翔平選手)」のパロディなんだけど、「ONITAKE」って書いてあるのかと思ってたよ!

 

スズメズはクライマックスで総踊りをしてくれるのだが、みんなスズメ・ボディに不慣れなせいか、正直言って何やってるのかよくわからなくて、笑った。最後に宙乗りさせられるために緊張されているのか、踊りにまったく気がいっていないような異様に下手な人とかがいて、もう、カオスだった。これも子ども向け公演らしくて、良い。

 

  • 人形役割
    爺善兵衛=吉田勘市、婆お竹=吉田玉助、親雀=桐竹紋秀、子雀=桐竹勘次郎、雀の家来=桐竹勘介、吉田玉路、腰元=吉田和馬、吉田簑之

 


世の中、初見感想ほど旨いものはないと言われているが、夏休み公演の親子劇場は最高の初見感想潮干狩りスポット。身も蓋もない感想とリアクションを観測できる。とはいえ2年目、3年目のお子さまもいて、そういうお子さまは、引率の親御さんよりも詳しく過去の公演を覚えておられるようだった。数年前の公演の細かい演出の話をされていた。親子劇場って、文楽の普及に効果があるんだなと思った。

 

今回は『舌切雀』の縁で文具メーカー・フエキ糊とコラボし、ご来場のお子さまにオリジナル文楽フエキ糊をプレゼントしていた。
…………………………。
センスが独特すぎないか……? 『舌切雀の』雀サンは、洗濯糊を食った罰で舌を切られたのですが……。それなら『先代萩』やったとして、菓子屋とコラボできるということか……?
なお、文楽劇場の基準では、「お子さま」とは18歳以下の方だそうです。私、精神年齢が小学4年生くらいなのですが、なんとか18歳ということにならないでしょうか。

 

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*1:国立劇場上演資料集<603> 靱猿・信州川中島合戦 ・桜鍔恨鮫鞘・関取千両幟・義経千本桜』日本芸術文化振興会/2016 掲載。でも、この談話で一番印象深かったのは、父・桐竹紋十郎は息子が3人いたにも関わらず、彼らには後を継ぐことを求めず、うまい人がいたら名前をもらって欲しいと言っていたという件。桐竹紋十郎は、人形は義太夫だけでなく、ありとあらゆる音楽で演技をすることができると考えて様々なジャンルに挑戦していたけど、文楽人形は3人で持っているため、自分だけがいくら頑張ってもほかの2人がついてきてくれないとどうしようもないと思っていた。だから、息子たちには1人でできることをやるように言っていたという話。でも、いまって、誰が桐竹紋十郎を継ぐことができるんだろう?