TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 6月大阪鑑賞教室公演『五条橋』『卅三間堂棟由来』国立文楽劇場

6月鑑賞教室公演は、大阪府の要請により、土日休演、平日のみの開催。今回はたまたま平日のチケットを買っていたので、観ることができた。

っていうか、玉志サンの出演がある後期日程、18日(日曜日)が元から休演設定で、基本土日しか行けない自分は「なんでやねん」と思いながら平日を買っていたんですが、世の中なにがプラスに転ぶかわかりません。

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五条橋。

午前の部

義太夫
牛若丸 豊竹睦太夫、弁慶 豊竹亘太夫、豊竹咲寿太夫、竹本碩太夫/野澤勝平、鶴澤寛太郎、鶴澤清公、鶴澤燕二郎、鶴澤清方

人形役割
牛若丸=吉田玉誉、弁慶=吉田玉翔

午後の部

義太夫
牛若丸 豊竹希太夫、弁慶 豊竹咲寿太夫、竹本小住太夫、竹本碩太夫/鶴澤清馗、鶴澤清𠀋、鶴澤友之助、野澤錦吾、鶴澤清允

人形役割
牛若丸=桐竹勘次郎、弁慶=吉田簑太郎


みんな頑張っていた。

特に人形。この手の若手中心配役・舞踊要素が強い演目だと、振りを順番通りにやってるだけになりがちだが、今回は「なにを見せたいのか」や「ここにだけはこだわってちゃんとやりたい」というのが伝わってきた。後半日程初日に行ったが、若手レベルが初日からここまでちゃんとできていることは普段まずありえないから、個別に稽古してるんじゃないかなと思った。
午前の部は弁慶の左と足、午後の部は弁慶の足がよかった。特に午後の弁慶の足は、思い切りのよさが気持ちよく、人間の役者にはできない人形ならではの表現になっていて、良かった。あと、午前の部の弁慶がムチムチプリンな感じなのは面白かった。

午前の部は三味線のばらつきが気になった。午後の部は良かった。

 

 

 

解説 文楽へようこそ。

午前の部
豊竹希太夫/鶴澤友之助/吉田玉誉

午後の部
豊竹亘太夫/鶴澤清公/吉田玉翔

 

ノゾミ・バインダーがかなり分厚くなっていた。私とオソロじゃなくなった。悲しい。

希さんは解説係として、毎年、毎公演、何をどう話すかを工夫されていて、本当に立派だと思う。たとえば自分のお客さんなりにヒアリングして、内容を研究してるのかな。
希さん以外も、今回は解説が全体的に良かった。私がはじめて鑑賞教室に行ったときに比較しても、非常にわかりやすくなっていると思う。
太夫解説で最近定番化している、同じフレーズの別人設定での語り分け。年齢・性別・人格によって口調が変わる(声色ではなく)ということをわかってもらうには非常に良いと思う。ほんとうは、文楽は本を絶対視する(本をもとにキャラクター研究を行う)ことも来場者に知ってもらうほうがよいと思うので、「今回は特別版をやります」、「違う年齢や性別に変えると、ちょっとしっくりこなかったり、笑ってしまったりするのは、本に書いてあるのと違うからです」とかの言葉を添えると、良さそうに思うが。

三味線の解説に関しても、シチュエーションを事前に観客に説明してから、長めのフレーズを演奏するというのは理解しやすい。三味線の演奏が何を表現しているのか(メロディ自体に意味が付随しているのと、演奏のテクニックで意味を表現していることはまた違うというのも含めて)は、ある程度文楽を見慣れていて、ハイレベルの三味線の演奏を聞いたことがある人じゃないと、ほとんどわからないと思う。そんな中で、直感的にわかるシチュエーションとフレーズを使って説明するというのは、工夫されてると思うわ。

人形も、こういう、もう一歩踏み出した解説があると、面白そうだなと思う。たとえば、姫と町の奥さんの動きの違いとか。……って、これを説明するとなると、相当の技量の人がやらないと、ハ?何が違うの?ってなるとは思いますが、そこは頑張ってもらうということで。

演目解説では、午前の部、午後とも、現行『卅三間堂棟由来』の前日譚部分を解説していた。『卅三間堂棟由来』は、『祇園女御九重錦(ぎおんにょうごここのえにしき)』という浄瑠璃の三段目のみを抜き出したものが独立して、新しい演目名がついているという状態。なので、『祇園女御九重錦』にたちもどると、いま上演がある「平太郎住家」以前の段に、平太郎&ママとお柳の出会いの場面が描かれている。それを過去に復活上演したときの写真も交えて説明していて、わかりやすかった。そう、平太郎は弓が得意という件、意外と重要だから……

なお、『祇園女御九重錦』最後の段、平太郎&みどり丸は完成した三十三間堂を訪れる。みどり丸は「おかーさんだあ!」とばかりに喜び、平太郎は三十三間堂を射抜く通し矢を披露して、無事父の仇を討つことで物語は幕を閉じる。
それにしても、『義経千本桜』もそうだけど、帝(朝廷)に親を殺されて何かの原料にされておきながら、子供がそれに復讐しようとせず、悲しみながらも受け入れる展開、いまでは結構奇異に思える。でも、柳はさすがに木なので、たとえば自分のうちが所有していた山から切り出した木材が、立派な公共建築物に使われたら、そりゃ、見学に行くかもしれないと思った。

 


卅三間堂棟由来。

午前の部

義太夫
中=豊竹芳穂太夫/竹澤團吾
奥=竹本織太夫/鶴澤燕三

人形役割
進ノ蔵人=吉田文哉[代役]、平太郎の母=桐竹紋秀、お柳=豊松清十郎、横曾根平太郎=吉田玉志、みどり丸=吉田玉路


午前の部は、燕三さんの三味線が非常に良かった。
燕三さんの三味線によって、ここ最近のしっとり演目では会心のクオリティだった。燕三さんの三味線を聞きにいくだけも価値がある公演だった。去年12月東京の『芦屋道満大内鑑』、4月の『傾城阿波の鳴門』と、一部の出演者が落ち着いた演目の雰囲気を描写できていない(していない)ことに非常に不満を抱いていたので、満足。
今回の三味線は、段全体を見渡したコントロールに秀でていると感じた。というか、この演目(柳)、こんないい曲だったんだ、と思った。燕三さんが雰囲気を的確に三味線で描写することで、舞台全体に対してバッチリ手綱を引いて、ほかの出演者をリードしている。燕三さんって他の出演者に配慮して演奏する方の人だと思うけど、ご自身がリードすると、ここまで舞台がうまくいくんだなと思った。

かなり音量を絞って、観客にじっと耳を澄まさせるような場面も多く、高い表現力を感じた。織太夫さんは普段、頑張ってるのはわかるんだけど、声の大きさや質に頼りすぎになっていると感じることが多かった中、燕三さんの三味線の描写をよく聞かれていて、いきすぎないよう考えて語っていらっしゃったと思う。
燕三さんは他の出演者や客を信頼しているんだなと思った。三味線の音を繊細にするというのは、それだけ繊細な表現が太夫にも求められ、また、客にもそれを感じ取る感性を求められる。自己主張が強い人や、「わかりやすい」ことがサービスだと思っている人にはできない。なにより、太夫や客を信用していないと出来ることではない。その信頼と、太夫や客をリードしていく姿勢がすごいなと思った。

 

人形・お柳役の清十郎さんも、とても良かった。
まさに柳の葉が風に揺れるような、柔らかく優しい雰囲気。清十郎さんの持ち味が存分に出ていた。うーん、さすが文楽業界の北川景子文楽では、人間ではない異類の化身の女というのは、絶世の美女として表現しなくてはならないそうだ。清十郎さんだと、容姿のみならず、内面が涼やかに美しい女性として表現されているのが良い。
泣いているところから顔を上げたり、顔を上げているところからふとうつむいたりといった姿勢の変化に気持ちの変化があらわれているのが良かった。泣いて自分の気持ちに溺れきっていたところにふと我に返ったり、喋っているうちに急に悲しくなったり。ほんの少しのあいだに、感情が刻々と変化していくさまが面白い。

 

平太郎は玉志サン。平太郎は平民の衣装だけど、武芸(弓)の達人で両親が武士階級なので、かなり綺麗目にいくかと思いきや、結構世話風に寄せてるんだなと思った。特に前半、ボ〜ッとした喋り方をしているうちは、かなりラフめに遣ってるのね。
最初、そこまでパンピー風に寄せていくとは思っていなくて、原作にある鳥目の設定(夕方になってくると目が見えなくなる)でやってるのかと思ったよ。木遣り音頭へ移行する直前、喋り方が武士になるところからは超・絶・シャキッッ!!!!!!としていたので、床に合わせているということか。

個人的には、玉志さんの個性なら、はじめからシャキッとしててもいいと思う。そのほうが派手見えするし。とは思うけど、『大経師昔暦』の茂兵衛役や『心中天網島』の孫右衛門役をみると、世話味のある役の技量もかなりある人だと思うので、やりたいようにやってもらうのが一番だなと思った。
今回は上演時間が短いカット版なので「平太郎は武芸の達人」という設定がわかる人にしかわからないことになっているけど、『妹背山婦女庭訓』の芝六や『本朝廿四孝』の慈悲蔵のような、出演時間や心理描写が長い役だと、遣い分けは映えると思う。

あと、枕屏風の陰で寝ているみどり丸を覗き込むときの覗き込みがすごかった。どんだけ覗き込んでんねん。

 

平太郎ママ役の紋秀さんのhair styleが今までにないことになっていて、思わずオペラグラスで確認した。ペカ紋秀を愛していた私としては非常にショックですが、今後も観察していこうと思います。平太郎ママ役自体は、綺麗に遣っていらっしゃって、良かったです。

 

 

午後の部

義太夫
中=竹本小住太夫/鶴澤清志郎

奥=竹本靖太夫/野澤錦糸

人形役割
進ノ蔵人=吉田勘市、平太郎の母=桐竹紋臣、お柳=吉田一輔、横曾根平太郎=吉田玉佳[6/10〜11 代役]、みどり丸=吉田和馬

 

午後の部は平太郎役の玉助さんが病気休演で、玉佳さんが代役。玉助さんには悪いけど、玉佳さん平太郎を観られてちょっとラッキー。玉佳さんらしく、真面目で素直そうな平太郎だった。午前の部の玉志サンとは異なり、登場から最後までシュッとした雰囲気。平太郎はかなりお母さん孝行な人だが、ママにきっちり仕えている感じだった。

 

午後の部で良かったのは、和馬さんのみどり丸。手先があんまり起用に動かないちんまりした感じが良かった。普通の大人の人形だと、手先が一番こまごまと動いて、肘、肩と胴体に近くにつれ可動域が狭くなっていく感じがあるけど、このみどり丸(子供の人形)だと、手先が不器用で、何をするにも体全体でひょかひょか動いてる感じ。肘から先の表情を少なくすることで子供っぽく見せるというのはなるほどなあと思った。
和馬さん、以前、『傾城阿波の鳴門』の子役おつるをやっていたときも思ったが、その人形が何者に対する感覚の鋭さというか、センスがあるな。同世代に対して、今後、大きな技量の差にあらわれてくるかもしれない。

 

勘市進ノ蔵人が唐突に上手くて、笑った。勘市、浮いとる、浮いとる。
あと、平太郎の母〈桐竹紋臣〉がお柳〈吉田一輔〉より若い雰囲気っていうか、可愛い系なのが味わいだった。簑助さんが引退された今、ロリババア系というか、美魔女系キャラの新境地だった。

 

 

 

今回の鑑賞教室公演は、午前の部の燕三さんが本当に良かった。

全体的には、若手会のような、「みんな頑張ってる」という雰囲気だった。そりゃ、頑張ってたらなんでもいいとは思わないし、実際問題として足りない部分もたくさんあるんだけど、目的意識をもって頑張っておられるのがわかって、とても良かった。

また、午前の部と午後の部の力量の違いがかなりはっきり出ていると思った。大阪の鑑賞教室の配役の慣例上、そうなって当然ではあるのだが(そうなるように配役されているし)、ある一定以上の水準の人と、若い人では、何が違うのかがよくわかった。
一段通しての物語の緩急や、感情の起伏表現の全体コントロールが全然違う。午後の部はどのパートも全体的にのっぺりしていた。これではこの演目、間持ちしない。こういう全体設計を通したメリハリコントロールって、一体どのタイミングでできるようになるのかな。それでいうと、午前の部の燕三さんのリードというのは本当に重要なことで、織太夫さんにはその萌芽を感じた。

あとは、平太郎のような、気が優しくて力持ちというか、真面目でおおらかというか、「えーと……、あの、ご天然の方……?」みたいなキャラは、玉男さんの独壇場だなと思った。玉志さんと玉佳さんは清楚度や真面目感が非常に高いので、玉男さんとはまた違った味ではあるのだが……。性格がおおらかそうだとか、奥さん子供に本当に優しそうな佇まいって、かなり難しいのかもしれない。

 

個人的には、学生向けの鑑賞教室に『卅三間堂棟由来』はあんま向かないのではと思う。「柳」は、鑑賞者側に求められる浄瑠璃リテラシーがかなり高いと思う。それと、親の立場が理解できないと(お柳に感情移入できないと)かなり厳しい演目のように思うが……。なんでこれが鑑賞教室に的確だという判断になっているのかは不思議。無難だということはわかるが。

今回、学生さんたちはほとんど来ていないようだった。私が行った日程では、学校団体が全キャンセルになっており、客席がものすごいガラガラだった。終演時の退場整理もしなくていいほど、人が入っていない。観客50人もいなかったのでは(清十郎ブログによると本当に50人、30人だったみたい……)。公演企画のメインターゲットのはずの「文楽を初めてご覧になる肩」はほぼいない状態、キャンセルチケットを拾ったオタク&もともと予約してたオタクが集結しただけだろ的な……。ゆっくり観られたので、良かったちゃあ良かったですが、劇場側は相当大変なことになっているだろうだと思った。

世間一般はこういう状況の中、来月、オリンピックは有観客で開催出来るというのが意味不明……。何のために4月25日が休演になったのか。

 

 

 

若手公演クラウドファンディング、無事2nd目標の200万円を達成し、舞台をDVDすることになったようです。
これでもし無観客上演要請がきても、上演できるとのこと(まじ?足出てるだろ)。DVDは1枚6,000円で返礼品として追加されているので、当日行かれない方は是非お申し込みください。

そうそう、その2nd目標のためにまた独特のセンスの返礼品が追加されていたんですが……、公演前後に出演者とオンライン懇親会ができるというリターン、技芸員2人対しお客さん側の参加可能人数が2名で、「それは…… 懇親会というより…… 面談では……?」と思いました。中高生時代を思い出しますね……。私が申し込むなら、将来の展望とか今取り組んでいること、今後の自己研鑽の計画をお伺いしたいです。(進路面談?)