TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 上方文化講座2019(9)文楽の至芸−太夫・三味線・人形、三業一体の舞台(竹本津駒太夫・鶴澤清介・桐竹勘十郎) 大阪市立大学

上方文化講座2019、最後の授業は受講生からの質問に技芸員さんが答える質疑応答。

受講生に配布された質問票を2日目終了後に回収、それを久堀先生が集計して、3日目に久堀先生から代理質問、指名された技芸員さんが回答という形式。昨年は細かい質問も多かったが、今回は結構ざっくばらんなというか、ものすごく素直な(?)質問もあった。

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文楽の至芸−太夫・三味線・人形、三業一体の舞台(竹本津駒太夫・鶴澤清介・桐竹勘十郎)INDEX

 

 


┃ Q1 演者からみた近松作品は?

竹本津駒太夫 近松の作品てのは現代的な解釈ができやすい。今の時代に置き換えても通用する。おさんさんという人、小春さんという人、どんな生き方をしていたか。治兵衛がいまいたら、禁治産者でしょうね(笑)(なぜかものすごい笑顔で)。いまの自分なりの、自分の捉え方というのができる。時代ものだと捉え方が決められているが、小春からみた「河庄」、おさんさんからみた『心中天網島』、それぞれの立場から描きやすい。のちのおさんさんがどうなったのか? のちの勘太郎くんはどうなったのか? お兄さん(孫右衛門)が自分の家を継がず、家を出ていってほかの商売してはるのはどういう事情なのか? 考えるとおもしろいことがたくさんある。

近松さんの作品には、お金の話がよく出てくる。「大和屋」で話題に出る月見の宴の支払い、いまでいうと20万円くらいですかね。心付けは2〜3,000円。鐚銭も質のいい銀(かね)もあるので、一概には言えないけど……。

いろんな視点で捉えられるので、ある種、おもしろさがある。

 

鶴澤清介 おっしゃる通り。人形浄瑠璃が荒唐無稽な見世物から演劇として成立したのが近松。話がわかりやすい。『本朝廿四孝』みたいに、騙っている人も本当はどこまで状況を理解しているのかわからないという複雑な構成ではなく、シンプルに義理人情が描かれているので、かえって現代に向く。だが、お芝居慣れしている人(文楽の常連客)には物足りない。馴染まんようになってしまった人にはわかりにくい(ここ、意味が取れず)近松半二みたいな難しい内容ではない。単語かて、わかりにくい言葉は出てきいへん。江戸時代初期やけど、時代物でもわからんことはない。スウーッと入ってくる。我々もやりやすい。難しいこと考えんでもええ。ありがたい。

 

桐竹勘十郎 お二方と同じような意見。内容がリアル。再演が少ないのは、作られたときには内容が新しすぎたのかも。近松さんの頭の中が進みすぎて、上演されなくなったのかもしれない。ウチの師匠(吉田簑助)なんか、いつも近松さんの女方が好きやと言うてる。いろんな人の情が絡まっている。女方女方らしいところが存分に出せる。

 

 

 

┃ Q2 わたしは弓道をしているのですが、弓道とは袴の形がかなり異なることに気づきました。脇開きのところが広いのはなぜですか? 太夫・三味線と人形の袴の形が違うのはなぜですか?(学生からの質問)

津駒太夫 機能の違いです。さっき実演で見てもらったと思いますが、わたしら、股を広げて、尻引き(あいびき)を敷くので、脇開きが「詰んで」たら座れない。座りやすい形になっている。わたし、学生時代、剣道やってまして。剣道の袴は馬乗がない。それは足を運ぶときの機能にあった袴の形になっているから。

 

勘十郎 同じ理由で、人形遣いの袴には按分がない。スカート状になっている。ちゃんとした格好(羽織袴の正装)をするときは、馬乗のものをはく。

 

 

 

┃ Q3 実演を聞いて、わたしも三味線を習いたいと思いました。わたしは民謡を習っているのですが、先生から「音に情がない」と言われます。どうしたら音に情が入りますか?(学生からの質問)

清介 ものすごい専門的なことですね。わたしも好きなもんで、いろんなところにそれを聞きに行った。そこで聞いた話に、人間の聞こえる周波数は決まっているが、その音に聞こえる以上の高周波が含まれていないと「エエ音」に聞こえないというのがある。

義太夫三味線は、糸と皮の間が高く、弾き方が多様。長唄や他流はバチを糸に当てるように弾くが、義太夫は糸を皮まで持っていって、勢いよく離す弾き方がベース。糸をはじいたときにバチが糸にこすれる。その速度に、速い、遅いがある。その「あわいさ」のところに、「情のあるところ」がある。

同じ「間(ま)」でも、情がある、ないがある。大上段に振りかぶって言うと、「心の間」なんです。民謡でも、「チャンチャラチャ〜ンとチャンチャカチャン(景気良くざっと)」と弾くのと、「チャンチャラチャ〜ン……チャンチャカチャン……(しっとりと)」と弾くのとでは違う。自分が情を込めて、どうしたら情が出せるか、考える。ぼくらはそう教えられた。その中(実際問題としてどういう演奏が情のある音を出せるのか)はブラックボックス

「弾く」楽器は、?????(聞き取れず)が長い。上等の仏さんのお鈴(りん)、明珍火箸の風鈴(とおっしゃっていたと思う)は、実にいい音がする。それのチィーーーーーーーーーンというのをよう聞いといて、なんも音がせんときにその音が聞こえてきたら、その音を「手」が探しはじめる。イメトレが大事。近い将来、弾けるようになる。

 

 

 

┃ Q4 稽古はどのようにするのか? 住み込みはあるのか? ほかの師匠から稽古をつけてもらうことができるのか?

津駒太夫 何を稽古していただくために行くかによる。フシ数だけじゃない、声の出し方、情の出し方、それが声に伝わるのか? 教えて教えられるものじゃない。高度なことは、教えられるほうに器がなければザルに水。教えてもらうほうの責任。「ボクは何を教えてもらうのか」という心構えがないといけない。最近、研修生に教えているが、わたしの言うてることがこの人たちに伝わっているのか?と思うことがある。

稽古は、稽古してあげる、もらうという関係ではない。教えるほうも気づくことがある。教えてもらうほうも気づくことがある。

それと、師匠の考え方、教える方に余裕があるか。弟子に対する責任をどれくらい取ってくれるのか。難しい。

住み込みは今の家屋、経済事情からすると難しい。経済事情が大きく関係する。

 

清介 三味線の稽古には段階がいろいろある。楽器として弾く段階、浄瑠璃として弾く段階、お客様に何か感じて頂く段階。全部のうち、ちょっとしかできへん。

稽古をする側からすると、お弟子さんの出来(素質)というものがある。よう言うんやけど、花にはたくさんの種類がある。牡丹に百合が弟子入りするとする。百合は清楚に咲いてりゃええんやけど、お師匠さんは派手に咲いている。そこでお師匠さんが百合の素質を見極め、自分のやっていることを真似させるのではなく、百合の素質をいかして導いてあげなくてはいけない。どういう道にいくにしても、基本の部分は、師匠が見てやらないかん。教えたことをぱっとすぐ理解する子も、じっくりわかってくる子もいる。師匠はそれを手助けするだけ。あとはその子がどれだけ勉強してくれるか。

「そっち行ったらあかん」というときは、きっちり教える。間違った道に行ったときは、重々注意して(怒るという意味ではなく、教え諭してというニュアンス)、正しい道に戻させる。三味線は技術が一番。そのときそのときに、良い技術、やったらいかん技術がある。間違ったときに、「やったらいかん技術」をしたら、「いまのは特別なときにするものやで。いまは封印しときなさい」と言う。

我々は、「ちゃんとした間(ま)」ということをよく言う。「正しい」とは言いません。浄瑠璃やから、三味線一人ではなく、太夫さんとやるもん。あくまで浄瑠璃が語りやすい弾き方をせなあかん。そのポイントがある。息したいところに入ってやらないかん。先輩に「いらん世話せんといて」と言われたことがあったが、自分で語ってみて、先輩が言っていたことが初めてわかった。

三味線は教えることが多い。弾き方。曲としての拵え。太夫のAさんとBさんでは「いき方」が違う。ゆっくり入ったらなあかん人、サーッと先回りせなあかん人がいる。目はしの早い子は、教えるとこれをパッパッとやる。回ってくんのが遅い子には、教える速度を下げる。

いままで教えてもうたことで一番基本で一番大事なことは……、専門的なことなのでここで説明することはできないが、教わったそのときは理解できなかった。先輩からは、「今わからへんでも覚えといて」と言われた。すると、お風呂入ってたり、電車乗ってたり、夢見てたりしたときに、「あれはこういうこと言うてたんや」とわかるときがくる。ぼくが教えたことを、教えた子がぼくの生きているうちにわかるか、死んだあとにわかるかは、わからない。そういう考え(理解できなくても覚えておくように伝えて、長い目で見守る)が、我々三味線引きの中で代々口伝として伝わっている。

お弟子さんが来るということは、その人の責任を取るということ。昔は師弟にはいろいろな関係があったが、今はお稽古だけ。いろんな心配はしますけど、赤の他人でも、何か縁があって来るのですさかいに、この世界で生きていけるよう、なんとか道をつけられたらええなと思っている。

昔は時間があったから、のんびり親切にやっていた。「(おっとりと)……チガウ。……チガウ。また明日おいで(超おっとり)」というのを一週間くらいやっていた(宿題にして自分で考えさせて再トライを繰り返させ、自分で気づかせながら教えるの意)。そうすれば覚える。いまは全部教えますけど、すぐ忘れまんねん。

 

勘十郎 ぼくが入ってからは、師弟関係や稽古は変わっていない。ぼくの師匠や先代の頃は厳しかったと思いますが。

人形は「お稽古」がない。ぼくには弟子が3人いてますが、勘昇だけが研修生国立劇場が募集する文楽研修生過程を履修してから正式入門する人)。ほかは直接入ってきてますので(研究生。技芸員に直接弟子入りする人)、イチから基本を教える期間がない。研修生は授業で習いますけど、研究生はなんとなくウロウロしている間に覚えていくと。通っているうちに(いろんなものの)名前も覚えて、何をどうして舞台が成り立っているのか、だんだんわかるようになってくる。それがお稽古。いろんな人がいろんなことを教えてくれる。

手取り足取り教えてくれる師匠もいるかもしれないが、うち(吉田簑助一門)はモノを持って教えない。もちろん、基本は教えるが、「基本の持ち方覚えたら、自分でせぇ」。そんなこと言われてもわからんのですけど、経験しないとわからない。舞台では全然違う。演奏されている三味線の間を覚えないと、足拍子なども正確に踏むことができない。

わたしの弟子の勘介は、内弟子に3年いた。神奈川県から15歳で出てきたんです。15で一人暮らしさせるわけにはいかんで、うちに住まわせた。部屋が余ってたわけやないんですよ、母が亡くなって、ちょうど空いてたんです。内弟子といったら、拭き掃除、犬の散歩させる人もいるかもしれないが、わたしがそんなん嫌い。寝るところはある、クーラーはある、冷蔵庫もある、すごい良い暮らし(笑)。18歳になったときに「一人暮らししなさい」と言ったら、「もーちょっとおりたいです」と言った(笑)。

勘介は1階の部屋に住んでいたが、ぼくは2階に住んでいる。勘介がうちに来てすぐ、部屋におったら、「師匠ーーーーー!!!!!」と呼ばれて。「初めて“師匠”て呼ばれたっ!!!!!!」と思って駆け下りて行ったら、「ゴキブリですっ!!!!!!!」。ゴキブリで師匠を呼ぶなっ(笑)。

さきほどの実演でも、誰が何をやるかは、本番の今日まで言わない。いじわるですねぇ(笑)。この演目のこれをやるのは事前にわかっているので、勉強をしておかなくてはいけない。「ここがカットされて、ここはどうなるんですか?」というのを聞きにこないかん。これが勉強。

実技のほうは失敗しながら覚えていく。本番中に、通常と違うことをパッとされても、対応できるか。ちょっと遅れてもついていけるか。ぼーっとしていると合図がわからない。毎日「段取り」でやるからそうなるねんで、芝居は段取りやないねんでと教える。そういうわけで、稽古はしないんです。

(簑助一門は)「マァ足遣いにはしてやるわ」(という風潮)。簑二郎もこう言われました。足は一人前にしてやる、それ以降は責任を持てない、あとは自分でやると。そこまでいったら自分でできるはず。どう生きるか、どう辛抱するかは、弟子が自分で考える。

 

 

 

┃ Q5 文楽は客席が明るいですが、舞台から客席は見えますか? アルコールが入ると上演中に眠ってしまいます。寝ていたら邪魔ですか? 

勘十郎 まあ、床のほうは客席に張り出している(ので当然見える)けど、人形もじっとしているとき、客席が見える。「今日もあの服着てきてはるわ」とか、「今、ペットボトルを取り出して飲もうとしてはるわ」とか(笑)。もちろん、寝ている人も見えます(笑)。

いちばん気になる(目に留まる)のが、字幕を見たまま寝ている人(笑)。東京の国立劇場は字幕が舞台の左右に縦書きで出るのでいいのだが、大阪の文楽劇場は舞台上部に横書きに出るので……。大阪の字幕の位置は、東京のお客さんからは「見やすい」と好評だけど、字幕を見るのに仰向いて、そのまま後ろに倒れて寝てはる人がいる……。

それと、オペラグラスが気になる。前から2列目でオペラグラスを使っている人は何を見ているのか!?と思う。視力の問題かもしれませんが……、こないだの七段目の由良助、舞台へ出ていったら、前から2列目のお客さんがこちらを見ずに、オペラグラスで字幕を見ていた(涙)。

 

津駒太夫 もー、もー、あの、床から、もちろん見えますっ!! 出番のときは、自分の空間(視界)を区切って、ココ、ココ、ココと決めたところだけ見ているが、そこに入っている人が見える。学生さんとか、よく………………………………。夜………遅くまで………………勉強してはったんやなと………………思います………(笑)。寝ている人を演奏でなんとか起こしてやりたい!!と意識することがありますね。

 

清介 よ〜〜〜見えます! 見えすぎて気になることがある。お客さんが床の目の前で拍子取りはることがある。この通り弾かなあかんのかなと思う。ほんまに集中すると見えへんのやけど、長い詞(コトバ)のところやと、どうしても見える。寝てる人は、起こそ!と思う。これで起きんかったらイヤやな〜〜〜〜〜「♪♪♪パパパパパーーーー!♪♪♪」……………寝てはるわっっ!!!!!!!

 

 

 

┃ Q6 おさんの心の中は理解しにくい。江戸時代の人を演じる上で心がけていることは?

津駒太夫 まさにそういう葛藤を、葛藤そのものを表現したいと思っている。近松さんがこれを書いたころ、庶民が一番共感できたのはおさんだったのではないか。しかし、今の時代は通用しないだろうなということを、その対比を描き出せればいいなと思っていますが、なかなかそうはいかん。

 

勘十郎 いろんなお芝居でこういうことはありますが、浄瑠璃がちゃんと出来上がっていますので、自分の中で作らないといけない。本を読んだり、浄瑠璃を聞いて勉強しても、迷いながら舞台へ出ていくときもある。なかなか難しい。

 

 

 

┃ Q7 文楽には子殺しなど後味が悪く、納得できないものがある。演じる側として、そういう演目を割り当てられたらどうするのか?

勘十郎 納得できない作品は、あることはある。それでも、そういう役も回ってくるので、断ることはできないし、自分は自分なりにやる。いくら名作と言うても、そういう部分はある。そういうものを全部なくすと、つまらんものになる。切腹しなあかん、首討たなあかん、子どもも殺さないかん。それにはこういう事情があって、どうしても逃れられない。そう思って、納得してます。

 

 

 

┃ Q8 気候の異なる海外公演において、人形・三味線のメンテナンスで気をつけていることは?

清介 日本は湿気がきつい国なので、三味線に気を使う。外国は乾いていることが多いので、それはない。皮がピンと張っているものではなく、ちょっと緩んでいるものを持っていくとパンパンに張って、エエ音が出る。鼓は湿気がないといけないと言うが、三味線は湿気はダメ。乾燥している外国のほうがいい音が出る。

ただ、三味線は棹が木なので、その木が痩せることがある。三味線の棹は3つに折れるようになっており、その継ぎ目が痩せてカクカクすることがある。それに気ぃつけないかん。バチの象牙にもヒビが入ることがある。

また、いまは外国でも普通のホールが多いが、オペラ座のような構造の劇場は音が違う。音が一度上にいって降りてくるので、かえってエエ音が出る。外国のほうがラク

 

勘十郎 人形にとって乾燥は怖い。バケツに水を入れて控え室に置いておく。かしらの本体は何年も乾燥させたヒノキを使っていて、作られてから長い年月が経っているのでほとんど問題はないが、その上に塗ってある胡粉が乾燥でひび割れてくる。ゆっくり乾燥していくならいいが、急激な湿度の変化があるとダメ。到着してすぐ、気候になじむまでは水を周りに置いてからホテルへ帰るようにしている。

昔、わりと新しいかしらを海外公演へ持って行った。なんやったかな、『忠臣蔵』をやるのに、ネムリの仕掛けのある検非違使やったかな。すると木が「動いて」、目の横、こめかみのところができものができたみたいに盛り上がってきた。ネムリ目の回る部分には竹の栓が通してあるが、それがだんだん出てきた。かしらのヒノキは乾燥で縮んでいくのに、竹は縮まず残って、胡粉を押し上げていた。乾燥が一番怖い。*1

 

 

 

┃ Q9 幕開き三番叟の二人遣いの人形の、かしらと左腕はどうなっているのか?

勘十郎 やってみたほうが早い?(と治兵衛の人形のかしら、左腕を取り外して持ち)三番叟の人形の左腕は棒になっている。かしらを持っている左手の親指に、この左腕の根元を十字状に一緒に挟んで持つ。なかなか難しい。衣装が重たくて、その重量が全部左手の親指にかかってくるので……。

……………………いま弟子が見てます!!!(控え室のほうに目をやりながら)こんなんふだん教えんから!!! こういうのが勉強です!!!

三番叟のような、左腕が固定された二人遣いの人形は、むかしは「弓手」と言って、左腕の肘のところにクジラのヒゲのバネがついており、動くようになっているものがあったそうです。

 

 

 

Q10 9月(東京)・11月(大阪)の配役と、最後に一言

津駒太夫 今回、初めて「河庄」を語らせてもらって、ドキドキでした。小春のクドキてのをちょっとやらしてもらいたいと思っていたので、勉強になりました。9月は『艶容女舞衣』「酒屋の段」の奥をつとめます。鶴澤寛治師匠となんどもやらしていただいた曲で、今度は竹澤宗助さんと……ン? チゴタ、鶴澤藤蔵さんとやらしていただきます。11月は『仮名手本忠臣蔵』の「道行旅路の花嫁」の小浪。お楽しみくださいませ。

 

清介 9月は『嬢景清八嶋日記』の「花菱屋の段」。先代の???(聞き取れず)がやらはったのを聞いて、すごいなと思いまして、自分がでけるかなあと思っている。11月は口三味線(『心中天網島』「北新地河庄の段」中)。ずいぶん昔にやらしてもらいましたことがありますが、今回も楽しくやらしていただこうと思ってます。

 

勘十郎 9月は『心中天網島』の治兵衛。治兵衛の人形は軽いんですけど、全場面に出るので結構しんどいんです。原作をいままで2回、改作を1回やらしていただいたのをベースに工夫を加えて、やらしていただきたいと思っています。11月は『仮名手本忠臣蔵』「山科閑居の段」の加古川本蔵。なかなか難しい、渋い役です。力弥に突かれてからが長いんですけど……、瀕死の役が好きなんです。何かが刺さっている役が好き(笑)。

宣伝してもいいですか? 来年の2月29日に、京都ロームシアターで公演をします(シリーズ 舞台芸術としての伝統芸能 vol.3 文楽公演 | ロームシアター京都)。ぼくが作ったものと時代物をと頼まれました。ぼくが作ったもののほうは、『端模様夢路門松(つめもようゆめじのかどまつ)』をやります。ぼくが30代のころに作った新作で、清介さんに曲をつけてもらった。二十何年やっていない。ツメ人形しか出てこない話で、「門松」というのは主人公のツメ人形の名前。もうひとつ、時代物は『木下蔭間合戦(このしたかげはざまかっせん)』三段目、「竹中砦の段」をやります。人形入りは昭和9年四ツ橋文楽座でやったのが最後。師匠が1歳のとき(笑)。誰も観たことがない(笑)。人形がたくさん出てくる話で、注進だけでも3人出てくる(笑)。時代物なんで武将が出てくるため、玉男さんにも出てもらいます。津駒さんにも出てもらいます。70分くらい? 誰もどうなるかわかりません! 大変ですけど、がんばります。

 

 

 

–––––講義ノートここまで–––––

 

 

 

近松作品をどう思うかというのは、文楽技芸員さんに対するオーソドックスな質問だと思う。その中で、津駒さんの「現代的な解釈ができやすい」「いまの自分なりの、自分の捉え方というのができる」という回答は印象的。厳密な音葉を使って回答されていると思う。近松作品ってよく「リアル」「共感できる」と言われるけど、これを安直に言う人は怪しい。言葉の精密性に欠け、既存の言葉に乗っかっているだけだと思う。もしそう思ったとしても、自分はなぜリアルだと感じるのか?共感するのか?それは当時と同じ意味でのことなのか?を突き詰めていかなくてはいけない。津駒さんの場合は、自分が戯曲や時代の流れとどう対峙しているのかということを語っておられるのがとても納得できた。また、「おさんの心情が現代では理解しがたいという葛藤そのものを表現したい」という回答もとても印象的で、なるほどと思わされた。現代において古典芸能の演目をそのまま上演することの意義にかかわる考え方だと思う。

現代では理解できない内容を含む演目については、勘十郎さんの回答が一般的な模範回答だと思うが、厳密に言えば本当はそれそのまんま思ってらっしゃらないんじゃないかなと思った。私が感じる限り、勘十郎さんは役をそのまま捉えればいい(そのまま再現すればいい)というのとは別の考え方でやっていると思う。現代において浄瑠璃の内容を伝える方法をよく考えておられて、もっと違う次元でやりかたを考えているはず。勘十郎さんがどう考えているか、ご本人の言葉で知りたいところだが……。勘十郎さんはお客さんを本当によく見ていると思う。

私個人が感じる文楽の最大の魅力は、登場人物・話にぜんぜん共感できない、理解できないところ。自分が古典芸能の中でも文楽と能が好きなのはそのためだと思う。この「共感できない・理解できない」に対し、個々の技芸員さんがどう向き合っているかは、もっとも気になるところです。

あとは、上演中に寝てるとやっぱり丸見えということがわかり、今後はしゃきっと生きていこうと心から思いました。
でもね〜、お人形さんが切腹してようが首刎ねてようが、眠いときは眠いんだよね〜〜。逆に技芸員さんたちが舞台で眠くなったらどうしてるのかの対策を聞きたい。30分レベルでじーーーーーーーーーっとしてる人形さんとか、担当部分が異様に少ないツレの人とか。

 

上方文化講座、今年もとても楽しかった。
学ぶこと自体や自分でそれを深めていくことの楽しさが実感できた。一般的な市民向け講座ではなく、大学の講義を受講できるスタイルというのがいいですね。自分の関心自体以外の周辺分野を含めて学べるのは、やっぱり、いい。それと、資料の信憑性や正確性について、その先生の見解も聞けるし。こういうのはやはり、現役研究者によって、教育の現場でおこなわれる講義スタイルならでは。ふだん自分で調べ物をするだけだと、調べ物にすぎず、どれだけ時間をかけてもここまでの広がりは持たせられない。とにかくがんばってデータをまとめました系の調べ物ならいいけど、それをやりたいわけじゃないし、かさは増えても密度が上がらない。裏付けを取らなくてはいけないとき、どうやって進めていけばいいかわからないこともあるし、別の角度から検証したいとき、どういう角度がありえるのか、わからない。深めたいことがあっても、どうやって掘り進めればいいのかの見当がつけられないことが多い。学びのセオリー自体を身につけてないから、自分が本当にやりたいことにたどり着けていない気がする。こういうとき、ほんと、また大学行きたいなーと思う。

もちろん、技芸員さんのお話もとても面白かった。特に、中級以上向けのお話を聞ける機会はあまりないので、貴重。文楽にかぎらず、古典芸能って初心者向けのお話会とか本ってものすごくたくさんあるんだけど(もちろん玉石混交だが)、中級者向けの、おもしろさを深めていくようなイベントや本ってなかなかない。今回は特に、技芸員さんは芸人としての立場から戯曲をみているというのがよくわかって、とても良かった。技芸員さん自身の価値観で話していただけるのが良いですね。国立劇場が噛んでくると無難に流れて一般論しか話されない場合もありますが、外部イベントは野生のままにお話しいただけるのも良いです。

今回のテーマ、『心中天網島』について、私は近松を取り巻く言説にモヤモヤする部分が多いんだけど、津駒さんの話はそれに対する明快な答えの一つのような気がする。私は近松演目が好きじゃないんで(正直者)、今回受講できてよかったと思う。嫌いな理由というのは簡単で、私が文楽に期待する醍醐味を備えていない(ドラマ性が低い)からなんだけど、それは制作年代や好みの問題として、じゃあ、上演されたとき、現実的にどこをどう観てどこをどう聞くかというのが自分の中では重要になる。普通の演目のみどころ、ききどころというのとはまた違った意味で。津駒さんのお話からはそのヒントを得られた。

ところで、上方文化講座の一般受講生のあいだでかねてよりの謎だった「講義開催上の実務連絡やオリエンテーションをしてくれる先生は一体だれなのか」という謎が解けた。
なんと、文学研究科長・文学部長だった(小林直樹教授)。
いやね、一般受講生みんな、進行係やってくれてるあの人と、入場整理とかのお世話をやってくれてる人が何者なのか、不思議に思ってると思う。このおふたりは毎日顔を出されているのに、自己紹介とかされないので、文学部の先生なのか、それとも大学自体の職員(一般向けイベント等を担当する学務課とかの人)なのか、ぜんぜんわかんなかったので。ただの人のよいおじさんじゃなかった。
研究科長・学部長は今年から拝命しましたっ✨とのことだった。去年までは上方文化講座担当教員の特権で全講義を横で聴いていたそうだが(その日の講義担当教員は全員自分の担当講義以外の時間も同席しているのです)、今年は会議等があって抜けざるを得ない状況があり、参加が抽選式で毎年受講できるわけではない一般受講生の方の気持ちがわかりましたと話されていた。お名前で検索したら、中世説話文学がご専門なんですかね。この先生にもぜひ講義をしていただきたいです。あと、出欠確認等の運営をしている(一般受講生も出欠取られるんですよ!)若い方は学生さんなんですね。文学部の上級学年の学生さんなのかな? 近世文学専門とかそういうわけではなく、ほかの時代をやっている子もいるみたいでした。


今年度の講義の様子は大阪市立大学の以下のページで見られます。実演の写真もあるので、ぜひご覧ください。
https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2019/190903

 

来年のテーマは『伊賀越道中双六』沼津の段。来年、通し上演があるのかな。来年もぜひぜひ参加したい。とても楽しみです。

 

 

 

┃ 上方文化講座2019記事 INDEX

上方文化講座2019 カテゴリーの記事一覧 - TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

 

 

 

*1:この話、文楽劇場刊の『文楽のかしら』の検非違使のページに現物写真とともに詳しく載っていました。3月の公演で、ニューヨークの寒さと公演中の暖房による温度の変化に耐えられなかったようです。昭和41年に制作された、大江巳之助によるネムリ目の検非違使