TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

にっぽん文楽『小鍛冶』『日高川入相花王』渡し場の段 明治神宮

ひさびさのにっぽん文楽・東京公演、今回は明治神宮での開催。

前回の上野公園での開催時、雨天中止でチケットが払い戻しになり、その手続きがあまりに面倒だったため、今回は天候が見えてからチケットを買おうと思っていた。ところが天候の見通しが立った頃にぴあを見たら「予定枚数終了」。あれだけデカい会場で売り切れるとは?と思い調べてみたら、明治神宮の境内ではなく、一の鳥居と神宮橋の間にある小スペースでの開催となっている。なるほど、有料席が少なくて無料の立見席を設置するというのはこういうことか。

というわけで、今回は着座できる有料席ではなく、立見で行ってきた。

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開演1時間45分前。JR原宿駅から神宮橋へ出ると、もうそこから定式幕が引かれた宮型の舞台が見えている。「歌舞伎やるの?」「文楽だって!」「人形劇だよ」と行き交う人々が話題にしている。それくらいのモロなド往来に会場は設営されていた。いつものような幔幕囲いはなく、道(っていうか神宮橋)に向かってやっている状態。近づいて見てみると有料席はかなり少なく、過去の三分の一以下。これでは売り切れて当然だ。しかし、この時点では立見スペースは封鎖されていた。「いまこの瞬間文楽に興味を持った通りすがりの興味津々の人💖」を装ってスタッフさんを呼び止め尋ねてみたところ、開演30分前には入れるとのことだった。

明治神宮を参拝して時間を潰しそれくらいの時間に戻ってみると、すでに立見スペースは解放されており、モリモリ人がいた。が、私の姿を発見したさきほどのスタッフさんが前方に入れる場所に誘導してくださったため、無事に最前列を確保。ありがとうスタッフさん。私、実は「いまこの瞬間文楽に興味を持った通りすがりの興味津々の人💖」ではなく、「清姫よりクソヤバな執着心トグロまきまきのキモ野郎🐍」なんです。文楽なら後半髪をさばいて正体を顕し、衣装が派手に変わるやつです。

開演を待っていると、上演中でも撮影可能というすごいアナウンスが入った。写真・動画ともにOK、ただしフラッシュ不可とのことだった。というわけで、今回は当ブログ初のオリジナル舞台写真付きでお送りします。

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┃ 小鍛冶

今回のにっぽん文楽は1日3公演の設定で、演目は『小鍛冶』と『日高川』を交互に上演するという方式。それぞれの前に人形or床の解説パートを入れるのは従来通りだった。まず最初に観たのは『小鍛冶』、解説パートは玉翔さんによる人形解説。

人形解説の内容は鑑賞教室と同じだが、今回は解説に使用している人形が赤姫のため、いつもやっている「走っていって、小石にけつまずく」の演技の前に「袖を腕に巻きつける」が入っていたのがかわいかった。それと「ちょっと変な位置に膝が入ってしまった立膝ポーズ」、お園さんの人形でやると確かに変なのだが、姫でやると「そういうもんかな……?」みたいな凛々しい姿勢になっていた。文楽だと姫は商家の奥さんよりかなり活発だから……。そして、玉翔さんの持ちネタ(?)「お尻で踏み潰しちゃうメガネ」がなんと本物のハズキルーペに進化していて爆笑した。勘十郎さんに私物を持ってきてもらったそうです。玉翔さんはにっぽん文楽プロジェクトについても解説していた。この宮造りの舞台は1億円かかっているとのことだった。1億あったら本公演の大道具何回分作れるのでしょうか。おふねのきょうそうがだいすきなおじさんたち、ありがたや、かたじけなや。

↓ 玉翔さんはおなかがすいているのでさしいれがほしいそうです。左は勘次郎さん、足は玉征さん。

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『小鍛冶』本編。

同題の謡曲からの移入。京三条に住む刀鍛冶・宗近は帝の命により刀を打つことになるが、それに相応しい相槌を打つ者がいないので氏神の神助を得ようと稲荷明神へ参拝する。その下向道、不思議な老翁が現れて十握の剣の故事を語り、宗近はそのような名剣を打てる家柄であるとして、帰ったら祭壇を作って待てと言って姿を消す。宗近が言われた通りに祭壇を作り、幣帛を捧げて礼拝していると、稲荷明神が現れて相槌をとる。稲荷明神の力添えによって宗近は刀を打ち、二人の銘の入った名剣・小狐丸が完成する。宗近が剣を掲げて君の世を寿ぐと、稲荷明神は雲に乗って帰っていった。という話。

文楽って、室内環境で上演することを前提とした芸能で、ほんとはこのような屋外公演には向いていないと思う。床の音が拡散して生音でできなくなることは勿論だが、人形の見栄えの低下が甚だしい。屋外は余計な視覚情報があまりにも多く、文楽人形の小ささがそのノイズに対抗できないからだ。

ところが、この悪環境に負けないほど人形が見映えする人もいる。老翁実は稲荷明神役の勘十郎さん。屋外、しかも立見席という遠距離からでも人形がくっきりと美しく映えている。老翁も稲荷明神も小さい人形だけど、存在がはっきりと浮き上がって見える。現代の風景の中に、突然、異様なものがいる感じ。この違和感はある意味劇場上演以上の効果を生んでいた。とくに後場の稲荷明神、佇まいそのものに加えて、狐役独特の異様な動き。周囲に視覚的ノイズが多すぎるからか人形遣いが全員出遣いでもあんまり目につかず(!?)、宙に浮いて激しく動き回る人形だけが目立っていた。たしかに浄瑠璃通り、あの金色に輝く人形は神仏や超常現象のたぐいだった。

でもさすが人形だなと思う微笑ましいところもあって、トントンカンカンとリズミカルに刀を打つところは、こびとのかじやさんのようで可愛らしかった。うーん、突然おとぎ話風。サイズ感でいうと、稲荷明神は冠に乗っているきつねちゃんが小さすぎるのがかわいくて良い。あとは、刀が打ち上がるのを上手でじっと見守る勅使役の道成が全然動かなくておもしろかった。

義太夫は能から移入された演目だけあってか、前半は謡ガカリの部分が多くて面白かった。そういえば、前場での人形の扇の広げ方も、ふだん武将の人形がするような勢いでバシッと広げる所作ではなく、水平にかざしてゆっくり手で開く、仕舞のような所作だった。

この『小鍛冶』、衣笠貞之助監督の『花の長脇差』(大映/1964)という映画の劇中劇で、歌舞伎版が演じられているのを観たことがある。二世市川猿之助が後半の稲荷明神を舞うのだが、その義太夫がなぜか文楽から出ていて、豊竹松太夫(後の竹本春子太夫)・鶴澤清六が演奏していた。レベルが高い劇中劇で、いくつか入っている劇中劇の中でも浮いていた。

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日高川入相花王 渡し場の段

開演前、かなり早めに会場に着いたら、スーツ姿に中年風肩掛けバッグを下げたサラリーマンがダイソーのポリ袋を下げてこっちに向かってズンズン歩いてきた。土曜なのに仕事とは大変だなー、それでも文楽が好きでわざわざ見に来たんだろうなーと思った。が、「それにしてもなんか見たことあるなこの人」と思ってじっと見てみたら、日高川に出る技芸員さんだった。何をどう見てもリーマンにしか見えない完璧な擬態だった。

このころには日も落ちて夜になり、じっとしていると体が冷えてくる。するとスタッフさんが貼らないカイロを配ってくださった。冥加に余る御情。阿古屋ばりにおふねのきょうそうがだいすきなおじさんたちを深々と拝んだ(カイロを手に挟んで)。

こちらの解説は咲寿さん&清公さん。おふたりとも鑑賞教室でよくあるものとは異なる内容の解説で聞き応えあり。慣れてしまえば当たり前だと思ってしまうようなシンプルな事柄(たとえば文楽座は全員男性であるとか)を切り口に、例え話を盛り込んだわかりやすい構成だった。

咲寿さんは「父(とと)さんや母(かか)さんに会いたい」というフレーズの語り分けを幼い女の子、姫、品のある豪傑の三つの役から実演。文楽というのはうちの一座の固有名詞なんですというアピールと(これはやっぱり積極的にした方がいいですね)、『日高川』のあらすじ解説もなさっていた。清公さんはかなり細かめに義太夫三味線について解説。義太夫の三味線は大音量を出す必要があるが、長唄常磐津だと音が小さくていいのはどうしてなのか(=義太夫は芝居小屋での単独演奏が基本だが、長唄常磐津はお座敷での演奏や合奏を前提としているから)など、邦楽の中での義太夫節の特性を踏まえながら解説していて、わかりやすかった。また、実演は感情表現だけでなく、「春のうららかな日差し」「桜が満開の風景」「ちょうちょがひらひら飛んでくる」「急に北風が吹いてくる」など、情景表現関係をかなりの数を弾いてくださった。「男性の悲しみ」を表す一音を「ちゃんと弾いた場合」「てきとうに弾いた場合」の二通り繰り返し何度も弾いて説明してくださったが、最終的には「“言われてみればそう聞こえる”の世界」「自己満足」と自爆なさっていたのが実に良かった。

ところで、咲寿さんが「文楽を初めて見る方〜?」と会場に質問していたが、手を上げる人がほとんどいなかったのには笑った。そりゃそうだろうな。この公演の告知、文楽公演の会場くらいでしかされてないもん。でも、私の周囲の立見席の人は結構挙手していて、みなさん解説中「へぇ〜っ」と盛り上がってらっしゃいました。

↓ 咲寿さんはちゃんとシャッターチャンスを作ってくれました(シャッターチャンスじゃないところを撮るヤツ)

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↓ 目付柱現象が発生し見えなくなってしまった清公さん

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日高川』本編。

清姫は日本一かわいい勘彌さんだった。こちらは逆に屋外上演であることが功を奏して清姫の人形をよりちんまりと見せ、ふわふわとか弱く可憐な雰囲気に引き立てていた。文楽だと姫の表現に「あら風に肌をさらしたことなどない」的な文句が出てくることがあるが、繊細で儚げな雰囲気の清姫は、まさしくこんなやかましくてゴシャゴシャな場所(原宿)には来たことなさそうな、守ってあげたくなるような姫だった。襟元をふんわりと乱れさせて出てくるところなど、まだ熟れきってはいないがもうだいぶ色は濃くなってきている桃の実の、甘く瑞々しい香りがするようだった。とはいえ、あいつは日高川を泳いで渡りきるようなクソヤバ女なわけですが。その川を泳ぐところも人形の姿を大変美しく見せていて、さすがベテランだと感じた。水に沈んでいる時間も短く、人形の交換もスムーズで自然。川を渡りきったあとの最後の決めもキリリとわかりやすく見せ、今回のような雑多な環境・観客の中での公演でも映えていた。となりで立見していたお爺さん(文楽初めて見る方〜?に挙手していた)もしきりに拍手されていた。どうですかわいいでしょう日本一かわいいでしょうそうでしょう。日本一かわいかった。

床のみなさんはかなり良くて、聞き応えがあった。呂勢さんの清姫は早々のうちからなんというかちょっと言動がおかしい感じのヤバさがあった。そういえば、先月、赤坂文楽の『生写朝顔話』へ行ったのだが、そのトークショーで呂勢さんは朝顔について「あんな格好になって追いかけきたら“うわっ!”と思いますけどねぇ」とヤバ女呼ばわりしていた。みんな思ってたけど言わないようにしていたことを……。技芸員さんは文楽の登場人物を結構disってくるのがやばい。燕三さんも以前、塩谷判官が普通の格好の下に白い裃を着ているのを指して「そんな奴いないですね。ジャミラかお前は」とおっしゃっていた。自分が判官切腹弾くのに。睦さんの船頭は金で動く下賤な奴のわりには微妙にイイ男風で艶男(死語)だった。

あと、口上で、太夫さんへのフリーなメッセージを叫んでいる方がいらっしゃったのが味わい深かった。ここは自由の国、文楽

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どちらの回も最後にカーテンコールがついていたが、技芸員さんたち、カーテンコールに慣れていなさすぎてちょっとギグシャグしているのと(人形遣いさんたちは自分のかわりに一生懸命人形に手を振らせるのが良い。女方の人形はちゃんと小ぶりに振るのである)、最近はカーテンコール撮影可能で撮影ポイントを作ってくれる舞台も多いが、当然それにも慣れていないから全員正面向き等ができていなくて、とてもほっこり。ほんわかした気持ちになった。ほんと、この世に残された最後のお花畑だよ……。

見終わって思ったこと。普段はわりと前方席で見ているので気づかないが、たまにこういうときに後方から舞台を見ると、環境や距離に負けない人形の見栄えというのがあるのだなと実感する。それと、いついかなる時も丁寧に安定して演じられるかという人形遣い自身のポテンシャル。相当のメンタルの強靭さが必要なことだろうけど、これ本当重要だと思う。その点勘十郎さんはやっぱりすごいわ。華があるし、ゆらぎがない。床はみなさんすごく安定されていてさすがだった。にっぽん文楽はマイク使用・スピーカー音声になるのが個人的ネックなのだけど、呂勢さんとか希さん、睦さんあたりは元気すぎて、普通に肉声聞こえました。

往来での上演で立見客もかなり多かったのに、お客さんがみんな静かだったのも印象的だった。やはり飲食している人もあまりいない。撮影マナーに関してはかなり良いと思った。日高川であきらかに人形の決めがくることが予測できるタイミングでスマホをそろっとかざす程度。主催者は宣伝・SNS拡散目的で撮影許可したのだろうけど(勿論ありがたいですが)、お客さんは文楽が好きな人が多数だからか、結構みんな上演に夢中って感じだった。やっぱり普通に観ちゃうよね。自分も結局あまり撮らなかった。特に一番フォトジェニックなところの勘十郎さんは人形の動きが結構速いので、写真撮ってたら見逃す。文楽は普通に観るのがいちばん楽しめる。 

 

 

ここまで読んでくださった方へのおまけ。『日高川』で清姫安珍への恨み事をくどきたてる部分の動画です。
※音声あり。呂勢さんの声がかなり大きく入っていますので注意して再生してください。

 

 

 

 

  • 『小鍛冶(こかじ)』
    太 夫:稲荷明神=豊竹呂太夫/宗近=豊竹希太夫/道成=豊竹亘太夫
    三味線:鶴澤清介、鶴澤清𠀋、鶴澤清公、鶴澤清允
    人 形:三条小鍛冶宗近=吉田玉助、左・吉田文哉、足・吉田玉征/老翁実は稲荷明神=桐竹勘十郎、左・吉田簑紫郎、足・桐竹勘介(全員出遣い)/勅使橘道成=吉田勘市、左・吉田玉翔、足・吉田簑之
  • 日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)』渡し場の段
    太 夫:清姫=豊竹呂勢太夫/船頭=豊竹睦太夫/ツレ=豊竹咲寿太夫
    三味線:鶴澤藤蔵、鶴澤友之助、鶴澤清公、鶴澤清允
    人 形:清姫=吉田勘彌、左・吉田簑一郎、足・吉田簑之/船頭=吉田簑紫郎、左・吉田玉翔、足・吉田玉征
  • 他 人形部=吉田簑太郎、桐竹勘次郎、桐竹勘昇
    ※人形の左・足の配役表記は、3/9(土)16:00、19:00の回のカーテンコールの目視確認によるものです。