TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 12月東京公演『伊達娘恋緋鹿子』国立劇場小劇場

『鎌倉三代記』で集中力を使い切ってしまい、客席まったりしているところで始まる『伊達娘恋緋鹿子』。なんかこう、それなら『鎌倉三代記』の現行で出せる段ぜんぶ出せばいいのではと思ってしまうのだが……。

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八百屋内の段

雪がちらつく本郷の町。八百屋久兵衛宅の前には、吉祥院の小姓・吉三郎〈吉田玉勢〉の姿があった。主君・左門之助が紛失した家宝「天国(あまくに)の剣」の行方詮議も今日が期限、今夜中に見つからなければ彼は主君とともに切腹しなければならなかった。そのため吉三郎はこの世の別れとして恋人であるこの家の娘・お七に会いに来たのである。そこへお使いの出がけの下女・お杉〈吉田簑紫郎〉が来あわせ、自分が戻ったらお七に引き会わせるとして吉三郎を縁の下へ隠し、いそいそと出かけていった。

一方、家の中ではお七〈吉田一輔〉が吉三郎への想いに打ち沈んでいた。親・久兵衛〈吉田勘市〉は今宵訪ねてきている釜屋武兵衛と内祝言を上げるようにと説得するが、彼女は聞き入れない。先日の大火で焼けたこの家を再建するために久兵衛は武兵衛から多額の出資を受けており、武兵衛はその対価としてお七を嫁にと要求していた。この祝言を断るなら久兵衛は武兵衛に大金を返さねばならず、身代すべて焼けてしまった一家にそれは無理。普通なら娘の気の進まない祝言を蹴ってこの家を出て、一家三人袖乞いになればいいのだが、お七の父は元々この八百屋の奉公人であり、先代の気に叶ってその娘を妻にもらい跡式を譲られた身ゆえ、先代の娘である妻を路頭に立たせるわけにはいかないと言う(先代の孫娘がクズの嫁へいくのは良いのか?)。無理を頼み込む久兵衛にお七は、そちらに義理があるならわたしにも義理があり、言い交わした男を捨てて他の男と添うことはできないと返す。お七と吉三郎の仲を知る久兵衛は、吉三郎は許嫁・お雛と夫婦になって安森家を継がねばならず、そこを邪魔しては吉三郎は咎めを受けて切腹となる。あるいは吉三郎が出家の身となるなら、出家と関係した女は死ぬ前から地獄の迎えが来て、男とともにその責め苦を受けることになると言ってお七を脅す。うまくつけこまれたお七は、自分が地獄へ落ちるのはいいが吉三郎に切腹させ地獄へ道連れにするのは嫌だと泣きじゃくるのだった。そこへ母〈桐竹亀次〉が加勢して、吉三郎を思い切って嫁入りしてくれ、しかし夫に気に入られる必要はないと言う。久兵衛は「嫁のつとめ」を果たさず怠けまくり&無駄遣いしまくり&旦那無視しまくりをしていればすぐに愛想尽かしをされて戻って来られるであろうと加えて、両親揃ってお七に手を合わせて嫁入りを頼み込む。そうして了見したお七は泣きながら両親とともに茶の間を後にした。

親子の話を縁の下から聞いていた吉三郎は三人の思いに声を忍んで泣き、雪の中をそっと立ち去る。それと入れ替わりにお杉が戻ってくると、お七が走り出てきてわっと泣きつく。てっきり吉三郎がお七と会えたと思い込んでいたお杉だったが、二人が会っていないことを知ると、彼を隠しておいた縁の下を改める。するとそこには蓑笠があるばかり。お七はその中に自分宛ての手紙があることに気づき、開いて読んでみると、そこには自分を思い切って嫁入りして欲しいこと、天国の剣の詮議は今宵限りで明朝には若殿共々切腹すること、そのため最後に一目と訪ねてきたが、名残になってしまうので会わずに帰ることが書かれていた。死ぬときは一緒だと言ったではないかと狂乱するお七を引き止め、お杉はなんとかして天国の剣を探し出し男を死なせない算段はないものかと思案する。

すると突然奥の戸棚が開き、丁稚の弥作〈吉田玉翔〉が現れる。弥作はなぜか「天国の剣は太左衛門が先ほど持ってきて武兵衛が腰へ差している」ことを知っており、それを奪って神田の左門之助宅へお杉に届けさせればよいと言う。するとお杉はお七のためなら盗みも厭わない、酔っ払っている武兵衛からは自分が盗んでくると言い出し、弥作も手伝うという。お杉と弥作は抜き足差し足、武兵衛のいる座敷へ向かうのだった。

世話物らしい会話劇。

「火の見櫓の段」だけだと派手な人形の振りしか見どころがない(と言ったら申し訳ないけど)ので、国立劇場としては浄瑠璃をしっかり聴かせるべく滅多に出ないという「八百屋内の段」をつけたのかな? と思いきや、「八百屋内の段」、全然意味わからなかった。いや、正確には「八百屋内の段」もモノスゴク話の途中で、もっと前から上演してもらわないと意味がわからない(ここまでの詳しいあらすじはこの記事末尾に付けてます)。

ストーリーがとくに複雑なわけではない。「お七と吉三郎は何かの事情で別れさせられた恋人同士」「お七は嫌な男に嫁がなくてはならない」「お七の両親はその男に多額の借金をしており、娘の嫌がる結婚は不本意だが、とにかく金がなくて断れないので説得に回らざるを得ない」というのが状況理解のポイントだと思うが、これに関して全員自分の意見を表明しているだけなので、話に入り込むとっかかりがないのだ。プロット上のギミック等もない。津駒さん&宗助さんがここに突然配役されている理由がよくわかった。情景描写や登場人物の語り口等がキッチリしていないと聞き応えも情感もなにもなくなるので、若手等ではこれは間がもたない。これくらいのベテランがキッチリ押さえ込ないと、大炎上してしまう。客席でも素で「津駒さんでよかった……」と言っちゃってる人がいてめちゃくちゃ笑った。

津駒さんはいつも超一生懸命な顔になっておられるが、今回は世話物だから軽く、かと思いきや、超一生懸命な顔で語っておられて、感動した。当たり前だが、津駒さんはいつも本気なのだと思った。お七パパの商売人らしい軽妙な印象や、お七を説得する手練手管(?)に合わせての口調の変化が面白かった。「まだ肝心はの、コレ」と声を潜めて新婚早々離縁されるテクを伝授してくるが、その前におんしは金の算段なんとかせえやとしかいいようがない絶妙な適当加減で良かった。あと、冒頭でお杉が家の前にいる吉三郎に気づいて驚き、「ヲゝ怖」と言うところ。いちばん最初に拝聴した3日目だと、「うっわっ」って感じでお杉が素で驚いたようなトーンで語られていたが、後半日程では調子を抑えて、前後とつなげて浮かないようにされていた。どういうご意図なのだろう。お杉の素の驚き声、微妙に声を潜めた感じがいかにも商家の下女というか、いまでいうなら中高大一貫の女子校育ちの女の子が女の子同士でいるときに発する地声調で面白かったんだけど。

どうでもいいが、文楽太夫さんって、床が回った後、三味線さんからものすごく離れて座りなおす人と、ほぼそのままの位置で語り出す人がいる。津駒さんは猛烈にずれているが、一体何の間合いなのだろう? 体格がいい人同士ならそりゃ邪魔だろうから離れた方がいいだろうけど、宗助さんはチョコリンとしてるからそのままポジでもよさそうだが。いや、宗助さんのほうが汁をかけられたくなくて、三味線が濡れちゃうからとかなんとか言って津駒さんに離れてくれって言ってるのかも……。一方離れないのが千歳さんで、逆に富助さんは千歳さんを邪魔だと思っていないのかが気になる。千歳さん、なんかときどき、プレーリードッグっていうかオットセイみたいな感じに、にょきっと伸びながら何かをスプラッシュしているから……。それが客にかかっているということは富助さんにかかってないはずがないもん……。その点で言うと、歌舞伎で義太夫狂言が出るときの竹本の太夫さん三味線さんは床がちっちゃいのでどんな大曲だろうがめっちゃ密着しているが、あれはツラくないのかしらんと思う。

しかし途中で突然戸棚をガラリと引きあけて出現する丁稚のまったく意味わからなさはすごかった。誰???ドラえもん????ってか玉翔よくそんな狭いとこから出てくるな?????とどよめく客席。あの絶妙な空気感は来場できなかった方々にも共有したい。

ところで突然脈絡のない発言をするが、女性役の人形さんで、袖でそっと涙を拭く仕草が居酒屋のオシボリでゴシゴシ顔を拭くオジサンになっちゃってる人がいて、乙女でございという顔はしていてもやっぱり正体はオジサンなんだなと思った。あと、娘役の人形で、背筋は伸ばすってか軽くS字湾曲状にしつつ真っ直ぐにして、首だけ急にカクッと下げて強く顎を引いた状態にしてシオシオ泣いている表現をする人がいると思うが、人間でそのポーズをすると二重顎になるか、首元で皮膚がモタついて美しくない。人形にしかできない可憐さだなと思う。以上、無軌道発言でした。

 

 

 

火の見櫓の段

お杉と弥作が武兵衛から天国の剣を盗んでいるころ、町中へ迷い出たお七はいかにして剣を本郷から神田まで届けるかを思案していた。江戸では夜間は何人たりとも屋外の往来を禁じられており、町の門も閉ざされるのでとても神田へ行くことはできない。そしてはやその合図となる九つの鐘が鳴るのだった。そんな中、火の見櫓を見たお七はあることを思いつく。火事の知らせの半鐘を鳴らせばさすがに町々の門も開き、お杉も神田までたどり着けるはず。みだりに半鐘を打った罪でこの身が火刑とされても恋しい男ゆえ後悔はないと意を決し、凍結した火の見櫓の梯子に足をかける。

一方、お杉はなんとか天国の剣を盗み出し、久兵衛宅を駆け出てくる。それを追ってくる武兵衛〈桐竹勘介〉と太左衛門〈吉田玉路〉、そしてお杉を助ける弥作。お杉・弥作と悪人二人が剣の奪い合いになり大騒ぎとなる中、櫓の上へたどり着いたお七は半鐘を打ち鳴らす。すると町々の門が次々と開いてゆき、お杉はなんとか掠め取った剣を携え、吉三郎のいる神田へ急ぎゆくのだった。

よくある外部公演ではお七が火の見櫓を登るところだけ見せるので、お七役の人形遣いのみが目立つ演目というイメージだった。

なので、今回も一輔さんのファン以外は観てもしょうがないだろと思っていたが……、むしろ一輔さんのファンのほうが可哀想だった。今回は前段から上演するためか、通例カットとなるお七以外の脇キャラのみなさんが登場してしまい、下界では掴み合いになったり剣をトスしたり雪をかけたり用水桶に叩き込んだりというドリフが始まるため、イチスケ、全然目立たねえ……。つぶらな瞳で(一輔さんが)けなげに半鐘打ってるだけになっておられた。

脇キャラも先ほどの段に引き続き登場するお杉・弥作の二人だけでなく、「誰???」としか思えない二人(武兵衛・太左衛門)が突然出てくるので、客の視線はソッチに釘付け。しかもなんでこんなパンチが利いた人形配役やねん。みんな元気がありすぎ、お前ら頑張りどころが間違うとる。下界のみなさんも中日あたりからはお七が目立つよう、大人しく(?)やってらっしゃったが、普通にお七だけが登場する外部公演のほうが見応えがあり、この演出この仕打ち、国立劇場の配役担当者は火の見櫓に逆さ吊りにされてもおかしくないと思った。楽しそうなのはいいんだけど、さすがに本公演なんで……。

ところでパンフレットによると、お七が禁忌を破り鐘を打ち鳴らす展開は『ひらかな盛衰記』神崎揚屋の段で、遊女梅ヶ枝が夫のため、打てば現世では富貴を得られるが来世では無間地獄に堕ちるという「無間の鐘」になぞらえて手水鉢を打つシーンを受けて作られているらしい。フーン。普通の「八百屋お七」の話を受けて、放火したかに思えて実は放火しておらず、火事騒ぎには理由があった的なことをアナザーストーリーとして見せるのが趣旨なのかと思っていたので、意外だった。

 

 

 

読了が観劇後になったが、本作も全段を読んだ。それにより話全体をやっと理解。武家の家宝を巡りテンション高い人々がテンヤワンヤするストーリーで、お七が登場するに至るまでになかなか長い展開がなされていた。以下、今回上演以降も含んだ全段のあらすじ。(参考=土田衛・北川博子・福嶋三知子=編『菅専助全集 第二巻』勉誠社/1992)

  • 京都・吉田神社へ、近江国守・高島左京太夫の嫡男、左門之助が禁裏の所望により家宝・天国の剣を持参してやって来る。左門之助には家臣・安森源次兵衛と軍右衛門が伴っていた。源次兵衛は天国の剣を社壇へ奉納し、禁裏の使者を迎えに退出する。そこへ島原の傾城・花園がやってきて、近頃寄り付かない左門之助の無精をなじる。花園は軍右衛門から左門之助が吉田神社に来ることを聞いて出張ってきたのであった。しかし、左門之助が彼女と別れて使者の出迎えに退出したすきに、謎の宮仕が天国の剣をナマクラ物とすり替えてしまう。そうこうしているうちに禁裏の使者・渡辺隼人と相役・鳴島勘解由(かげゆ)が現れる。隼人が剣を改め偽物であると言うと、軍右衛門は左門之助が傾城に放埓を尽くしていることを暴露し、金を作るために天国の剣を売り払ったのだろうと言う。左門之助と源次兵衛は禁裏よりの所望品を盗まれた責任を取り切腹しようとするが、隼人がそれを引き止め、100日以内に行方を詮議して再度献上するようにと事態を取り成す。源次兵衛は近江へこれを報告しに帰り、左門之助は天国の剣を探す旅に出る。
  • その夜、二条河原では軍右衛門と勘解由が密会していた。実は二人は天国の剣をめぐる悪党仲間だったのである。勘解由は左門之助がいなくなればかねてより懸想している花園は自分のものとほくそ笑み、軍右衛門もまた源次兵衛が失脚すれば、現在江戸へ追放されているその子息・吉三郎も帰参が叶わず、彼の許嫁であるお雛が自分のものになるだろうとテンション上がっていた。そこに天国の剣を携えたあの宮仕がやって来る。実は宮仕の正体は釜屋(万屋とも)武兵衛といって軍右衛門の乳兄弟であった。三人は左門之助を始末する相談をして、うなずきあって帰っていく。
  • 一方、国に帰れず行く先に迷う左門之助が寂しく河原道を歩いていたところ、突然多数の非人たちに取り囲まれる。その窮地を救ったのは渡辺隼人だった。吉田神社からの帰りに勘解由が姿を消したことを怪しみ、戻ってきたのだった。隼人は非人たちを買収したのは天国の剣を盗んだ者であると推察する。あのような名剣は京都で売り払うことは出来ず、出現するなら諸国の武士が入り乱れる江戸であろうと言い、左門之助に路銀を渡して江戸へ送り出す。
  • 近江の国。安森源次兵衛は天国の剣紛失と左門之助の放埓の責任を取り、屋敷で謹慎していた。源次兵衛の妻・お町は、夫がこのような状況の上、主君に異見したことで勘気に触れ、江戸の吉祥院へ預け置かれることになった息子・吉三郎の身の上も気になって仕方がない。そこへ城からの上使が到着する。上使が伝えたのは、吉三郎を赦すので江戸から呼び戻して安森の家を継がせよという大殿の言葉だった。喜んだ夫婦は早速、家臣・戸倉十内を江戸に迎えに行かせる準備をはじめる。
  • そこへ花嫁が到着したという知らせが入り、屋敷へ嫁入り道具が次々に運び込まれる。現れたのは高島家家老・鈴木甚太夫とその娘・お雛だった。吉三郎の帰参が許されたため、かねてよりの許嫁であった吉三郎とお雛の祝言をという上意により早速やって来たのだった。ところがそれを迎える源次兵衛は白無垢の無紋の裃の死装束。源次兵衛が甚太夫から贈られた引き出物の箱を開けると、そこには三方に乗った扇とともに刀が入っていた。源次兵衛は左門之助の品行不方正と天国の剣紛失の責任を取って切腹しようとしており、大殿も本来は彼を殺したくはないが、赦免しては政道が立たないとして、涙を飲んでその介錯に甚太夫を遣わしたのだ。吉三郎の赦免は安森家を断絶させないためのせめてもの厚情だった。一同が祝言と別れの杯を交わしているところへ、検使としてドヤりにドヤった軍右衛門がやって来る。言いたい放題言いまくる軍右衛門を大殿の命令だと言ってギッタギタにして追い払う甚太夫。これも実は大殿の心遣いで、ふだんから軍右衛門に苦慮していた源次兵衛へせめて目の前で憂さ晴らしをさせてやるべくわざと軍右衛門に検使を命じていたのだ(ダイナミック・トノ)。軍右衛門は大泣きしてキャンキャン逃げ帰っていった。
  • 旅立ちの準備を終えた十内に、源次兵衛は次のように言い渡す。十内は源次兵衛に代わって江戸へ吉三郎を迎えにゆき、二人で天国の剣の行方を探すこと。若殿・左門之助を探し出し、帰国できるようにすること。嫁入りしたばかりのお雛を江戸へ連れていき、吉三郎と添わせること。100日の期限以内に天国の剣が見つからなければ、左門之助切腹に伴い吉三郎にも追腹を切らせること。そう言って源次兵衛は別れを惜しむ十内とお雛を追い立てると、苦悶のうちに切腹する。それを密かに見届けた十内とお雛は形見の扇を受け取り、涙ながらに近江の国を旅立つ。
  • 夏、江戸。傾城花園は吉原へ移っていた。客の座敷へ出ているにもかかわらず沈んだ様子の彼女に、仲間の遊女たちが何故京都を離れ江戸へ来たのか尋ねると、花園はそれには二つの理由があり、恋しい男を追ってきたのと、それゆえに転売されてきたのだと答える(このあたりよく意味が取れず)。そのとき紙衣姿の「恋の伝授書」売りが外を通りかかる。花園が覗いてみると、その紙衣の男はなんと左門之助だった。近場の女郎たちが伝授書売りに何故そんな姿になったのかと尋ねると、左門之助はこのように答える。かつてわたしは京都で人に使われる身であったが、若気の至りで色街へ出入りするようになった。しかし主人に露見し通えなくなると、その傾城は金がない男とわたしを見限ってどこかへ消えてしまった、と。それを聞いていた花園はブチ切れて「誠なしとはふざけんな!その傾城も男を追って廓を抜けようとしたところを捕まり、遠国へ売り飛ばされたのだ、そして昼も夜も男会いたさに泣き暮らしているというのに!」と客の胸倉に掴みかかって泣きじゃくる(客ドン引き)。そんな大騒ぎが起こっている街角へ勘解由が現れる。会ってはまずいと笠で顔を隠して立ち去る左門之助。勘解由は島原を離れた花園を探し求めて暇を乞い、はるばる江戸まで追いかけてきていたのだった(衝撃的なアホ1号)。キモく言い寄る勘解由だったが、花園につれなく突き飛ばされ、腰をしたたかに打って帰っていく。
  • その頃、江戸へ辿り着いた十内は吉原間近の衣紋坂でやっと吉三郎を捕まえる。吉三郎は用事でしばらく吉祥院を離れており、会えなかったのである。一方、そのすぐそばに軍右衛門と武兵衛、そしてその仲間の油屋太左衛門もやって来ていた。軍右衛門はお雛が江戸へ発ったと聞いて浪人し、追いかけてきたのだった(衝撃的なアホ2号)。三人は天国の剣の質入れの算段をして散っていく。そうやって人の行き来が途絶えたすきに、左門之助が戻ってくる。花園は左門之助に抱きついて彼の身の難儀を嘆き、左門之助も自分のために苦労した花園の身の上を憐れむ。そこに軍右衛門と勘解由が現れて左門之助に飛び蹴りをかます。左門之助は二人が一緒にいるのを見て天国の剣を盗んだ犯人を推察するが、軍右衛門はもう俺は浪人の身の上だもんね〜!と構わず左門之助を踏みつける。そこへ十内と吉三郎が現れ、左門之助と花園を保護する。十内は軍右衛門・勘解由と斬り結び、左門之助と花園、そして吉三郎を逃すのであった。
  • [ここから今回の上演に関係する部分]吉祥院の小座敷では、火事で焼け出されこの寺に仮住まいする八百屋一家の娘・お七が吉三郎から茶の接待を受けていた。お七は吉三郎にしきりにちょっかいを出すが、吉三郎は彼女に「あなたは家の普請を世話してくれた釜屋武兵衛へ嫁入りする談合ができている、夫ある娘にはもう関われない」と言う。しかし、お七は火事のおかげで吉三郎に出会えた、家が焼けたのも苦にならずむしろ火元を拝んでいる、吉三郎を捨てて嫁入りするようなわたしではないとカッ飛んだ返しをして、下女のお杉もそれに口添えする。吉三郎もお七から渡された起請文で彼女の心底を知るが、そこへお七の父・八百屋久兵衛がやって来る。お七と吉三郎の仲を承知している久兵衛は店の再建の目処がついたのを機にお七を迎えに来たのであるが、お七とお杉は抵抗。久兵衛は院主へ挨拶に行くとして座を後にする。お杉がお七と吉三郎を二人にしてやろうと算段しているところに、話を盗み聞きしていた寺の小僧・弁長が現れる。お杉は院主へコトの次第をチクろうとする弁長を張り倒す……のではなく、ソデノシタを渡して買収、弁長はお七と吉三郎を密会用の囲いの中へ押し込むのだった。弁長はお七の起請文が落ちていることに気づき、これが院主に見つかっては一大事とそっと懐に隠す。それを見ていた武兵衛と太左衛門は弁長を浄瑠璃本で買収しようとするが、乗ってこない。しかし寺の前で小僧がお七と吉三郎の色事の取持ちをしていると叫んでやると脅されると、そんなことをされてはお七が可哀想だと思った弁長は、誰にも見せないようにと言って起請文を二人に渡してしまう。
  • 悪党二人が一杯やりに去ったのと入れ替わりに、戸倉十内が吉祥院へやってくる。院主に面会した十内は大殿の赦しが出たため小姓として預けられた吉三郎を返して欲しいと頼むが、院主は一旦弟子とした者を簡単に返すわけにはいかないと拒否。十内は怒って無理にでも吉三郎を連れ帰ろうとするが、居合わせた八百屋久兵衛が取り成して落ち着かせる。するとそこへ酒に酔った武兵衛がやって来て、久兵衛にお七を早々に寄越せと催促する。久兵衛は家が落ち着いた来春にでもと言うが、武兵衛はお七と吉三郎が不義を働いた上、吉三郎の父・源次兵衛は主君の宝を盗んだと言い立て、先程の囲いを引きあけてお七と羽織を被った吉三郎を引き出す。ところが羽織をはがしてみると、吉三郎に見えたのはなんと院主。院主は不義の科は自分にあるとして、お七には自分との恋を思い切り親に尽くすように語るが、これは吉三郎を庇った院主の芝居であった。武兵衛はそんな芝居を打っても証拠を押さえていると嘲笑って起請文を読み上げようとするが、開いてみるとそれは御影講の紙袋。弁長にしてやられていたのである。武兵衛はそれなら院主の不義は間違いないと彼を打擲するが、十内が割って入り、逆になぜ一般人が源次兵衛の失敗を知っているのかと詰問してコテンパンにしてしまう。悪党二人は「代官所へ院主の不義を言い立ててやる」「いやそんなことをしてはお七まで捕まってしまう」などと騒ぎながら逃げ帰っていった。
  • 囲いの内では吉三郎が院主の思いに涙を流す。一方、久兵衛はお七を引き掴み、よくも親に恥をかかせ院主に悪名を立てさせたと拳を振り上げる。吉三郎は割って入って平身低頭するが、今度は十内がそれを引き掴み、源次兵衛の腹切り刀に添えられていた扇で打擲する。父の切腹を知り驚く吉三郎。十内は父母が吉三郎をずっと心配していたにもかかわらず、本人は他人の大切な娘に手をつけ師の顔に泥を塗った、これでは安森の家も終わりであると拳を握り涙を流す。その様子に吉三郎は扇を押し戴いて先非を悔やむ。院主は互いを思い切ってそれぞれの許嫁と添うのが孝行と説得するが、二人は納得しない。その様子に十内は切腹、院主は寺を出ると言い出したので、二人は当座逃れに別れを約束する。こうして吉三郎は十内、お七は久兵衛に連れられて吉祥院を後にするのだった。
  • 師走。瀬戸物町にある十内の仮住まいに吉三郎とお雛も一緒に住んでいたが、二人の仲は打ち解けることがなかった。お雛は吉三郎にお七が忘れられないのだろうと恨み言を言うが、吉三郎はそれに加えて天国の剣の行方と左門之助の身の上を案じているとしてつれない態度。そこへ神田にある左門之助の隠れ家を訪問していた十内が帰ってくる。甚太夫の計らいで花園の身受けの相談もまとまったが、天国の剣の行方は未だ知れない。ここにきて軍右衛門がこの仮住まいに勘付いたらしいので、今夜のうちに夜逃げして左門之助宅へ引っ越してしまおう。家賃もおさめてないし。と言っていたところへ夜逃げの気配を察した家主がやって来る。十内は家賃の代わりに家財道具すべてを渡すと言うが、お雛に惚れている家主は金はいらないから彼女を寄越せという。十内は家主にお雛との逢い引きの算段をするとして「夜、行灯の火を消しておくので表から猫の鳴き真似をして入っておいで」と丸め込むと、家主は有頂天で帰っていった。それと入れ替わりに仕送り屋が借金の取り立てにやって来る。十内は相場で大儲けした作り話をするが、聡い仕送り屋は騙されず、夜にまた来るとして去っていった。さらにそこへやって来たのは家主の女房。十内に惚れている女房はグイグイ言い寄ってくるが、十内は「夜、行灯の火を消しておくので裏からネズミの鳴き真似をして入っておいで」と丸め込んで帰すのだった。やがて夕刻。まとめておいた荷物を取り出し、行灯を吹き消して三人は夜逃げする。そして寄り集まってきた家主、仕送り屋、家主の女房の三人が鉢合わせて……???(怪談)
  • さらに暮れも押し迫った頃。先ごろ大火に遭い丸焼けとなった本郷にも新宅が立ち並び、正月の準備で賑わっている。防火のため、新しい街の四つ辻には火の見櫓が設置されている。そして夜間は防犯のために屋外の通行は厳禁、それが許されるのは火災を知らせる半鐘が打ち鳴らされたときのみという新しいお触れが回っていた。今夜はついにお七と武兵衛との内祝言、八百屋久兵衛宅へ町の名主を仲人に伴った武兵衛がやって来る。久兵衛宅の台所では下女お杉が忙しく立ち働き、丁稚弥作は戸棚で居眠りを決め込んでいた。久兵衛夫婦はお七が嫌がっているので祝言は来春にして欲しいと言うが、武兵衛はお七に吉三郎という虫がついているのは知っている、そのお七を得んがため火事で焼け出された久兵衛一家に店の再建費用200両を投げ渡したのだ、娘を渡さないならいますぐ200両を返せと迫る。夫婦は口惜さに悔し泣きしつつ、ひとまず奥で武兵衛らに酒を振る舞うことに。一方、雪がちらつく屋外には油屋太左衛門が忍んできていた。太左衛門は座敷を抜け出てきた武兵衛に、天国の剣は500両で買い手がついた、軍右衞門には200両で売れたと嘘をついて100両を渡し、残り400両をコチラで着服しようと持ちかける。武兵衛は喜び、お七のことも算段がついたのでこっちで一杯と、太左衛門を屋内へ引っ張り込む。(この後、今回上演の「八百屋の段」「火の見櫓の段」へ続く)
  • その後日、代官所。お七らの働きにより天国の剣を取り戻した左門之助は、代官・長芝栄蔵と渡辺隼人に面会していた。そこには吉三郎、武家の妻の身となった花園、十内も同伴していた。左門之助はかねてより嘆願していたお七助命を再び願い出るも、代官は不憫ではあるが国法を曲げることはできないと言う。涙に沈む一同に、隼人は左門之助夫婦には帰国を促し、吉三郎へは江戸出立の準備のための「暇」を与えてお七が処刑するのは鈴ヶ森であると教える。
  • 鈴ヶ森の刑場へ引かれていくお七の心にあるのは、なおも吉三郎のことだけだった。(この部分、道行なのでこれといって中身はない)
  • 見物人が詰めかける鈴ヶ森の刑場。弱々しい足取りで現れた久兵衛夫婦は、ただ一軒家を建てたために娘をこんな目に遭わせる羽目になったと嘆き悲しむばかり。そこへ名主とお杉が走ってきて、お七と会ってしまったら来世の迷いになるので処刑を見ずに帰ったほうがよいと説得し、後ろのほうへと下がらる。やがてお七が刑場へ連れられてくる。代官・長芝栄蔵は罪状を申し渡し、言い残すことはないかと尋ねる。答えてお七は、処刑は覚悟の上だが、名残に父母に会いたいと言う。久兵衛夫婦はあらん限りの声を上げるも、人混みにまぎれお七には届かない。夫婦は目眩で倒れてしまい、周囲の見物に介抱されて遠くへ連れられていった。そこへ吉三郎が駆けつけ、主君左門之助の帰国が叶い、自身も家名を継ぐことができたにも関わらず、その恩人である彼女を死なせねばならない悔しさに号泣する。しかしお七は吉三郎が左門之助と共に身を立てられればそれで幸せ、自分とは来世で夫婦になってほしいと答えた。吉三郎は夫婦のしるしとして髪を切って差し出す。いよいよ処刑の時となり見物人の回向の声が高まる中、その人ごみの中に吉三郎を狙う軍右衞門の姿があった。そこへ丁稚弥作が太左衛門を引きずってやってくる。太左衛門が天国の剣盗難の黒幕を軍右衞門と白状したというと、代官は吉三郎に先ほど暇を与えたのは軍右衞門をおびき寄せるためだったと告げる。続いて縄を打った武兵衛を引き出し、三者に獄門・打ち首・国へ引き渡しと、相応の処罰を申し渡した。この見事な取り捌きにお七・吉三郎の恨みや未来の迷いは晴れ、正しき政道によって治めらるこの国のこの娘の物語は、後世に語り伝えられているのである。(おしまい)

 

上演企画に対して率直に言うと、八百屋内の浄瑠璃を聴くのは面白かったけど、私が文楽に求めているカタルシスと、この作品が持っている「見どころ」があまりに違うので、やっぱり『鎌倉三代記』の現行で出せる段全部を出す方式にして欲しかった。

『伊達娘恋緋鹿子』はどこかの単発公演でちょっとだけ見るとか、お七の配役が驚異的に豪華なら話は別だが(たとえば勘十郎さんがやって半鐘が本物・舞台のセリを使い火の見櫓の高さをさらに高くする等の特殊な演出を加えるとか)、国立劇場の本公演、しかも中堅公演で出すには厳しいと感じた。話がつまらん場合、配役とその芸でしか満足感が得られないので……。人形浄瑠璃の上演演目の保持・伝承の意図は理解しますが……。

とはいえ私は私の姫たちがいい役をやれれば演目はなんでも構わないんですけど、それならなおのこと津駒さんには「寺子屋」か『鎌倉三代記』の時姫のセリフが多い段に出て欲しかったです。以上、素直意見でした。