TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

レンタルサイクルで巡る湖北の国宝・重文仏像 一日旅

上方文化講座でせっかく西日本へ行くことだからと、大阪へ行く前後に小旅行をくっつけた。これはそのひとつ。

琵琶湖の北部、いわゆる湖北と呼ばれる滋賀県長浜市には、京都・奈良のような都とは違った仏像がある……ということで、湖北の仏像めぐりに行ってきた。

ふだんの旅行では風景を見ながらのんびり歩くのが好きなのだが、今回はお寺の所在地がかなりばらけていて公共交通機関が少ないことから、自治体が提供しているレンタルサイクルを利用してサイクリングがてら回ること。木ノ本駅を9:00スタート・16:30ゴールと設定し、円を描くように長浜を一周するルートを設定した。


A JR木ノ本駅 Kinomoto Station

今回のルート設計では木ノ本駅を拠点にすることにした。前日は彦根に泊まり、北陸本線で8:55に木ノ本駅到着。お寺さんは営業終了時間が早いので、本来ならもっと早い時間から現地に入りたいところだが、観光案内所(レンタルサイクル)の営業開始が9:00からなのでこの時間に。駅のコインロッカー(200円)に大きな荷物を預け、身軽にしてからレンタルサイクルを扱っているという観光案内所を探す。googlemap的には駅隣接の場所に観光案内所があるらしいけど、それらしい建物はない……、どこ?と思ったら、駅舎併設の道の駅的な売店のカウンターが観光案内所になっていて、そこで手続きできるという仕様だった。山の中のお寺もあるので電動アシスト付き(1日1,000円、保証金500円)を選んで出発進行。

↓ 駅近辺の川。ウルトラのどか。

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  • 滋賀県長浜市木之本町木之本1543
  • 有人駅。コインロッカー、公営レンタルサイクル、トイレ、観光案内所兼道の駅的なおみやげ売店、自販機、改札外の冷暖房付き待合室あり。

 

 

 

B 黒田観音寺 Kuroda Kannonji

千手観音菩薩准胝観音)[重要文化財
平安時代/檜一木造/像高199cm

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木ノ本駅から2km、自転車で約10分くらい。のはずだが、レンタルサイクルの受付の方が親切すぎて出発が9:15くらいになってしまったり、田んぼを眺めたり、道がわかりづらくてウロウロしたりと余計なことをしまくったため、時間がかかって9:35ごろ到着。広大な田んぼの果て、田んぼと森の境目にあるちいさな集落、その少し奥まった外れに赤い屋根の小さなお堂が建っており、そこが黒田観音寺だった。

ここは普段は無人の予約制のお寺である。観光協会に電話すると世話方さんの電話番号を教えてもらえるので、あらかじめ連絡して訪問日時の約束をしておく。世話方さんには9:40ごろ到着と連絡していたが、私が着いたときにはすでにお越しになっていて、ちょうどお堂の木戸を開けていらっしゃるところだった。ご挨拶してお堂に上がり、厨子の扉を開けていただくと、なんとも大きく華麗な十一面観音像*1がその艶姿を見せる。木地にうっすらと残った彩色とふっくらとした腕が大変に妖艶で優美。そして、お堂に対してかなり大型の像である。ひろーい田んぼの中の静かでこぢんまりとした集落の小さなお堂に、こんな美しい仏像がまつられているとは驚き。あまりの麗しさに見入ってしまった。むかしむかし、娯楽もなかったころは、このような美しい観音さまが村人たちのアイドルでもあったんだろうなと想像。そんな時代にこんな美しい像を見たら、気がおかしくなってしまうと思う。あのむちむちした色っぽい腕が絶対私を救ってくれると思い込んでしまうだろう。外はあんなに日差しがどきついのに、お堂の中に回っている光は優しくて、暑さを忘れてしまう。お堂の中はおばあちゃんの家のような雰囲気で、建物も置いてあるものも古めかしいけど綺麗に手入れされている。つねに人が気にかけている気配がある良いお堂だ。

世話方さんにお伺いしたところ、この像はむかしは秘仏で地域の行事のときにのみ開帳していて、世話方さんも存在を知らなかったほどだが、最近の仏像ブームで観光協会に要請されて公開するようになったそうだ。世話方さんはこの観音さままじLOVE❤️らしく、電気を消して自然光で見せてくださったり、もっと近くで見てみてくださいと近寄らせてくださったり、像のつくりを質問すると学術調査が入ったときのアルバムを見せてくださったりと、いろいろお話ししながら拝観できて楽しかった。像の構造にもかなり詳しい方だった。伺うと、世話方の役割は集落で3軒ずつ交代の持ち回りとおっしゃっていた。不特定多数の人が来るだろうから、大変そうだなと思った。でも、今夏は地震や豪雨、酷暑から人が少なめなんだそうである。

所要時間約30分、次の予約もあるので10:10ごろ出発。ここはもっとゆっくり見たかった。

 

 

 

C 西野薬師堂  Nishino Yakushido

薬師如来立像[重要文化財
平安時代藤原期/一木造/欅材・漆箔・古色/像高159.4cm
千手観音立像[重要文化財
平安時代藤原期/一木造/桧材・漆箔・古色/像高166.7cm

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黒田観音寺から5.9km、自転車で約30分。ひたすら広大な田んぼの中を流れる川の側道やサイクリングルートを経て、高月まで移動する。googlemapでは平坦な道と出ていたが、のんびりした川の側道(堤防の上が道になっているアレ)はのんびりマキシマムすぎて未舗装でかなりガタガタ、お尻が痛かった。大きい通りに出るとサイクリングルートになっているので走りやすい。が、またも途中で道を間違えて謎の農道に迷い込んで犬に吠えまくられたりしてしまったので少し急いで走り、予約時間通りの10:40着。ここは黒田より集落が少し大きく、ビッグな案内看板が出ていたので、集落に入ってからはすぐにたどり着けた。無人のお寺とは言いながら公園風に整備され、綺麗に掃除されたちょっとした広場つきのお堂。ひとつの敷地に2つのお堂が建っており、そのうち大きなお堂のほうに薬師如来立像と十一面観音立像が安置されている。こちらも予約制のお寺で、観光協会に連絡すると予約専用携帯電話の番号を教えてもらえるので、そこに電話してあらかじめ訪問日時を連絡をしておく。

私がたどり着いたときには世話方さん(もうひとつのお堂と合わせてお二人)はすでに到着されており、お堂の前で待っていただいていた。すぐにお堂を開けていただく。堂内は集会所風で、ここも人がよく出入りしている気配。手作り風に電化されており、自動で開閉するカーテンがついているのにはびっくり。看板や前庭の整備とあわせて見るに、集落の人が「うちの村の宝をちゃんとおまつりしよう!」と思っておられることが伝わってくる。仏さんたちの足元には緊急時に像を持ち出せるよう、避難用の白布が準備してあった。世話方さんの口調も「うちの自慢の仏さん♪」という感じで、愛されぶりが伝わってくる。

かけていただいた解説テープを聴きながら拝観。像は漆箔が残っているのか、肌の部分が赤くてらてらと光っている。素朴なずんとした像で、集落ののどかな雰囲気と合っている。しかし像自体は大きく、ふたつもあることから、かつては随分と大規模な寺社であったのだろう。

このふたつの像がおさめられたお堂以外に、境内にもうひとつ小さなお堂が建っており、そこには「千手千足観音像」という小さな仏像が安置されている。ふつうの千手観音は手がいっぱいだが、この像は足もいっぱいで、急いで!衆生を!助けに!行こうと!している!さまを表しているそうだ。像自体は金箔貼りだが、不思議なカラフルペイントを施された土台に乗っておられるのが不思議。木製で、雲を表現しているのかなと思わされる少し荒い削りにフレンチポップな彩色がしてある。世話方さんもいつからこのような土台がついているのかご存じないということだった。

所要時間はふたつのお堂合わせて30分弱、またもビッグなお見送り看板のわきを通り過ぎて自転車を高月駅方面へ走らせる。

↓ノリのいいお見送り看板

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D 渡岸寺観音堂向源寺) Doganji Kannondo

十一面観音立像[国宝]
平安時代/檜材一木造/彫眼/像高195cm

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西野薬師堂から3.9km、自転車で約20分。田んぼ道をひたすらまっすぐ走ると、国道8号線に出る。のちに飲食物を買うにはここ近辺しかないと知るが、まあいいかとスルーし、駅近辺にあるなつかしい雰囲気の町中を通り抜けて渡岸寺観音堂へ。

琵琶湖一有名な国宝の十一面観音。本堂ではなく保存庫に収蔵されており、美術品的に鑑賞することになる。厨子やケースに入っておらず、展示室中央にそのまま置かれているため、背面もじっくり観察可能。木の古色そのままの堅実な美しさながら、痩せているがうっすらと脂肪がついたような肢体、足を踏み出して少し腰をひねった方が艶めかしい。

像自体がかなり大きく、また、さすがに国宝ともなると(?)周囲に広く柵があるので、拝観の際は双眼鏡持参が望ましい。頭部に頂いているチッコイ像の並びが通常の十一面観音と違うらしいが、双眼鏡があればその細部も見られる。アゴあたりに割れ?のようなものがあるのもチェックチェック。6倍の観劇用双眼鏡を持って行ったが、十分だった。

それはともかく案内の方が「うちの観音さんは身長195cm❤️年齢1000さい❤️❤️体重42キロ❤️❤️❤️」と言い出して爆笑した。なんでアイドル体重やねん(木材の割れを防ぐために内刳がされていると言いたかったらしい)。

ただここ、道に迷わず平坦な道路だったためかなり早めに着いたものの、案内の方の話がめちゃくちゃ長く、像を見ている時間よりお話を聞く時間が長いという事態になってしまった。お話はおもしろいんだけど時間の制約もあるので、案内を受けている人数がそこそこいて出入りもあったのをいいことに、失礼して途中から案内を無視して勝手に見ることにした。しかし照明の向きをいじったり覆ったりしている観光客にはかなり辟易した。拝観の邪魔なので案内の方以外は設備に触らないで欲しい。長浜界隈のお寺は静かに見られていいなと思っていたけど、やはり有名どころは品の悪い人もいるので気をつけなくてはならない。って、気をつけようがないけど。ああいう大人(40〜50代)にはなりたくない、ならねえと固く決意した。

この時点で12:15ごろ、お昼どき。このお寺の隣には「高月観音の里歴史民俗資料館」という施設があり、さらにその隣に観光客向けにやっているらしい食堂があったので、そこでランチ。鮎寿司を頂いた。妙に人なつっこい看板猫がいて、私の食事中、なぜか真後ろの窓枠に座ってスヤスヤ。つまみ食いをしないのはさすが食堂の猫、えらい。また、私しか客がいなかったためか、店のご主人が地元の仏像を集めた写真集を見せながら色々とお話しをしてくださった。鮎寿司は素朴な料理。淡い味付けの中に少し柑橘系の風味づけがしてあるのか、爽やかで食べやすかった。しかしさっきの案内長すぎ事件によって時間がかなり押してきていたので、少し急ぎめに食べて、向源寺界隈を後にする。

拝観45分、食事30分弱で、次のお寺へ向かって出発。

↓食堂のねこ

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E 石道寺 Shakudoji

十一面観音立像[重要文化財
平安時代後期/一木造/彩色/像高173cm

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渡岸寺観音堂から3.9km、自転車で約20分……くらいのはずだが、通行止めの箇所があったり、道に迷ったりでもう少しかかった。googlemapが指し示す田んぼの中の用水路脇の道を走り抜け、のどかな山里方面へ。細い用水路ながら水力発電もしているらしく、水路を流れるわりと激しい水音が爽やか(?)である。石道寺近辺の集落に入ると中が入り組んでいて、googlemapを見ていてもどうやって石道寺へたどりつけるかわからない。googlemapはどう見てもよそ者のメンタルでは入れないような家と家のすきまの通路を指している。人間が通っていいのかあやしいほどの未舗装の細道。この先はどうも自転車では入れないようなので、ひとまず拝観と関係ないお寺さんの前に自転車を停めさせてもらい(すいません)、蔵の裏と畑の間を縫うすきま通路(引き返そうかと思ったよ!)を入っていくと、木々と雑草に覆われた細い道の先に小さなお堂が見えた。*2

ここはかなりひっそりした雰囲気のお寺で、お堂の扉は常時閉ざされているが、詰所に声をかけると世話方さんが通用口を開けてくれる。締め切った堂内に入ると、中央に厨子、狭い内陣にも関わらず脇侍の持国天多聞天立像が置かれている。この寺はかつて山の上のほうにあったが、衰退に伴って人が世話しやすい里近くへ引っ越してきたそうで、仏像たちはいまのお堂の規模に似合わない立派なものである。厨子を開けていただくと、これもまたなんとも立派な十一面観音。厨子内は暗いため、世話方さんが懐中電灯で照らしてくださる中に浮かび上がる像は痛みが進行しているもののわずかに彩色が残っており、唇の赤みが色っぽい。かつては極彩色の像だったそうだ。都風の洗練された華麗な像とは異なり、素朴な表情が愛らしく、優しげな雰囲気。おっとりした目元には飾らない美しさがある。村娘の姿を借りて化現した観音さまと言われるのも納得である。勧められてかなり近くまで寄らせていただくと、木が痩せて衣紋に木目が浮き出てきていた。肉眼でそれが見えるほどに近づかせてもらえるのが、この地域の仏像拝観形態の特徴でもある。

世話方さんによると、このあたりはかつては天台宗が栄えていたが、現在ある寺院はすべて浄土真宗で、地元の人に十一面観音への信仰はないとのこと。しかし、それとこの観音さまとは別!!で、みんなで観音さまを大切に守っているそうだ。なるほどお堂は小さいけれど、たしかに人の気配がして、観光化された寺院とはまた違う空気を醸し出していた。

ここの境内から鶏足寺へ上がることもできるそうだが、今回は時間がないのでパス(さきほどの食堂のご主人が「あそこが鶏足寺」と指さして教えてくださった場所が鬼のような山の上だったので)。鶏足寺は最近は紅葉の名所として大人気だそうで、じゃあ秋にまたゆっくり来ますねと申し上げたら、本当に人がすごいからと言われた。ものすごく狭いお寺と参道なのに、どんだけ人が来るのだろう。あと、近所にはサルやクマが出るそうだ。サルはなんもせんから、と言われたが、じゃあクマは一体……。

拝観時間は約30分。次の己高閣への行き方を聞いて石道寺を後にする。

↓己高閣へ向かう最中、集落の中を流れる川

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F 己高閣・世代閣 Kokokaku・Yoshirokaku

十一面観音立像[重要文化財
平安時代初期/一木造/彩色/像高173cm

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石道寺から1.4km、自転車で約10分ほど。このあたりから山里風になってきて道のアップダウンがはじまる。小さな集落の中の細い道の果てにあるため道がわかりづらく、石道寺の世話方さんから「村に入ったら3つに分かれた道があるので、そのまんなかを入っていく」と聞いていたが、それを伺っていなかったら完全に道に迷っていた。道があまりに細すぎて私道としか思えず、この道で大丈夫なのかと思いながらおそるおそる進んでいくとなんとか道が広がり、突然大きめの看板が出ており*3、安心して無事到着。

文化財収蔵庫と聞いていたので空き地にいきなり建ててる系かなと思ったが、廃寺?になったお寺(神仏習合しているため神社も同居)の境内に収蔵庫を建てているらしく、そのお寺のお堂にさめられている仏像たちも一緒に拝観できた。ここ、近隣の廃寺になったお寺からいろんな仏像を寄せ集めてきているようで、かなり狭い暮らしをされている仏さんも……。観音さん二体と天部衆が全員集合でビッシリひしめいているお堂とか、田舎の盆正月の仏前の広間状態になっていた(田舎者にしかわからない表現)。そしてお堂にダイレクトに郵便受がついているのが不思議だった。仏さんに直接手紙が届けられる仕様でしょうか。

己高閣は滋賀県(?)が建てた収蔵庫。かつて栄えた大寺院・鶏足寺の本尊であった十一面観音立像など、多数の文化財がおさめられている。十一面観音立像はまるまるしたお顔だちで顔のパーツが真ん中に寄っており、岡田茉莉子風の風貌。世話方さんによると頭と胴体は別の人が作ったということで、ボディはなぜかスレンダーで不思議なミスマッチであった。あと、向源寺や石道寺の十一面観音のようには腰をひねっておらず、一応、右足を一歩前へ踏み出してるポーズなんだけど、なんか、真面目そうにまっすぐめに立っていた。ほかには兜跋毘沙門天というかなり破損した不思議な木像が印象的だった。両腕はすでに失われ、木地がだいぶ露出した天部像であるが、足元にこの神将を支える地母神がおわすのが珍しい。

世代閣は地元の人が自力で建てた収蔵庫。世話方さんによると、かつて、すべて揃っていた天部衆の像が2体盗まれてしまい、「こんなことでは仏さんをお守りできないっ!!」となってみんなで建てた!!いまはセキュリティがしっかりしているのでこれで安心!!とのこと。確かに所蔵されている仏さん方もちょっと安心した表情をされている、かも、しれない。こちらには堂々とした薬師如来立像がずずーんと立っておられたり、盗まれなかった天部衆の皆さんがきゅうきゅうと寄り添っておられたり(ものすごいいっぱいひしめいておられた。2セットくらいいないか?)「魚藍観音」というウオ入りの魚籠を持ったお嬢さん風の観音様さまが安置されていたり、神仏習合時代の名残をのこすプチな権現像のみなさん、はたまた石田三成関連の手紙などが展示されていたりともりだくさん。とくに仏画はたくさんあって全てを展示できず、時々入れ替えをしながら展示しているそうだ。

さてこのあたりで時計は14:15を示している。次の医王寺を医王寺を15:00で予約しているが大丈夫かしらんと思ったが、世話方さんいわく「電動アシストなら大丈夫ちゃうかなー」とのこと。電動アシスト自転車ほんと便利、あれに乗ったらほかの自転車にはもう乗られん、という話でしばし盛り上がる。あと、近くの川の上流にはオオサンショウウオが住んでいるという話。ほんとにいるんですか!?と聞いたら、「夜行性やから今行ってもおらん!」とのこと。しかし、大雨が降るとこの近くまで流されてくるという。世話方さんも見たことがあるけど、「天然記念物やから触ったり捕まえたりしたらあかん!」ので、近くにひとりだけいる「オオサンショウウオに触れる人」に電話をして、上流へ連れて帰ってもらっているそうだ。大自然……。あとやっぱり鶏足寺は最近紅葉の季節はものすごい人出で、観光バスが何台もつけてるよなどととお話ししていたら、時間が14:30になっていた。世話方さんとお別れして、今回の旅でも山の最深部、医王寺へ急ぐ。

 


G 医王寺 Ioji

十一面観音立像[重要文化財
平安時代/楠材一木造/像高152cm

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己高閣・世代閣から4.5km、自転車で約30分。己高閣の世話人さんから医王寺までの行き方を伺うと、「一本道やから!道に迷うことはない!!」とのことだったが、本当に山の中の一本道だった。あまりに一本道すぎて逆に不安だった。拝観予約の電話をしたとき、観光協会の方が「山の中なので電波が通じないことがある」とおっしゃっていたのでビビっていたが、電波は通じていた。ニョロニョロ曲がった山の中の道を駆け抜け、美しい渓流や吊り橋を見ながら森の奥へ奥へと向かう。山と言っても思ったより傾斜は激しくなく、林道のような感じ。電動アシスト自転車ならターボモードにすれば漕ぐのもまったく苦労しない。道は生い茂る樹々で木陰になっているため涼やかでここちよい風が吹きわたる。空気が爽やかで気持ちがいい。だが午後の部に突入してからルート上に全然お店や自販機がなく、500mlの水筒に入れたお茶も飲みきってしまったため、のどが渇いてきた。そろそろ辛いなと思いながら走っているうちに人里に出て、どうもここが医王寺らしいぞという場所を発見(道路脇の狭隘なスペースに突然ある)。予約の15:00までまだ5分あるのをいいことに、自転車をお堂の前の駐車場(という名の空き地)に置いて、手前にあったキャンプ場のような施設へ飲み物を買いに行く。入り口がわからなくて草むらから無理やり侵入してしまった。暑い日だったので、はじける炭酸飲料が旨い。

喉を潤してからお堂に伺うと、扉が締め切られているようだ。こちらも予約制で観光協会から世話方さんを紹介していただくタイプのお寺である。そういえば予約の電話をしたときに世話方さんが「近くに来たら電話して」とおっしゃっていたなと思い、電話しなきゃとスマホを取り出したら、同じ敷地内にプチなお堂がもうひとつ建っているではないか。その扉が開放されており、世話方さんが厨子を開けてお堂の中で待っておられた。事前連絡しなかったことをお詫びして、早速拝観する。かなり古色を帯びた、ふんわりと優しいお顔立ちの小柄な観音さま。穏やかな雰囲気がこの山里に似合う。このお寺のすごいところは、本当に間近で拝観ができるところ。説明がひととおり終わると、どうぞ上がってくださいと、須弥壇へ上らせてもらえる。こんな場所上がっていいの!?と驚いてしまったが、失礼して観音さまと同じ台に立ってツーショット自撮り級に寄り添ってみると、よりいっそう穏やかで優しい雰囲気が伝わってきた。近くで見るとよく木の痩せも少なく、往時のなめらかさを残した美しい像だった。

この像は明治時代に住職が古物商から買い入れてきたもので、元々どこにあったものかはわからないとのことだが、村の言い伝えでは、〇〇寺(忘れた……すいません)の住職が廃仏毀釈からこの像を守るために町の古物商に預けたのを、医王寺の住職さんが「この仏さんはこんなところにいるような方ではない!」と買い入れてここにやってきたものだという。そして、世話方さんによると、この観音さんは当初は医王寺の本堂(閉まっていたほう?)に薬師さんと一緒にまつられていたが、大正時代に近隣住民のあいだで「戸建ての独り住いじゃないとかわいそう!」という話になり、みんなで材料等を出し合ってこのお堂を建てたのだとか。そのとき、世話方さんのお父さん(おじいさん?)が木材を出したのが縁で愛着があり、世話方をなされているそうだ。この集落には30軒の家があり、うち人が住んでいるのは20軒。若い人は街に働きに出ていて、なにかあれば帰ってくるが、ふだんはお年寄りばかりなのだという。その自治会の選挙でこのお堂の世話方を決めるそうだが、世話方さんはずっと世話方をしていて、できれば死ぬまでやりたいとおっしゃっていた。世話方さんは、それこそ観音さまのように穏やかでお優しい方だった。お堂や村の雰囲気とあわせて、まるでジュブナイル小説の中に来た気分になった。

15:30、世話方さんと別れて木ノ本駅へ向かう。

↓近辺こんな感じ。子供たちが川で遊んでいた。

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H JR木ノ本駅 Kinomoto Station

医王寺の世話方さんから「トンネルをふたつ超えて、信号の向こうに駅がある」と昔話のような道案内を聞いたが、本当にそうだった。「ここらへんに信号はない」との言葉通り、山の中なので信号というものが存在せず、ひたすら一本道か、信号が必要ない程度の交差点(というほどたいしたものでもない)。うーん、のどかだ。しかし下り坂を調子こいて飛ばしまくっていたせいかなぜか道に迷ってしまい、気づいたらアサッテな場所を走っていた。でも轟音響くトンネルを通り抜けるのが面白かったので問題なし! 車だと窓を閉めているから気づかないけど、トンネルって音があんなにも響くんだねえ。

軌道修正して木ノ本駅へ向かっていると、木之本地蔵の参道に出たらしく、街道筋的に少し観光地っぽくなっていた。和菓子屋さんがたくさんあったり、お洒落な古本屋があったりと門前町の雰囲気。しかし疲れていたので立ち寄らず、そのまま駅へ向かう。木ノ本駅、16:00着。ちょっと早めだったので、レンタルサイクルを返却して保証金を返金してもらい、そのお金でそのままカウンターで売っているソフトクリームを買って外のベンチで食べる。静かで穏やかな町並み、のどかな休日。

16:54、近江塩津行きの列車に乗って*4長浜を後に。充実の8時間だった。

 

 

 

 

長浜は穏やかな場所で、世話方さんはじめ観光協会の方、食堂の方など、対応してくださった方みなさんふんわりと優しく、土地も人も素敵な町だった。観光客が増えたのはわりと最近、仏像ブーム以降だそうだ。とはいえそこまで人が押し寄せてくるわけでもないため、のんびりとしている。行ったのはお盆最後の休日だったが、人混みはなく静か。道路も自動車が少なくて自転車で走りやすい。今回通ったルートの一部の道路は琵琶湖サイクリングロードになっているようで、自転車が走りやすいようマーキング等されており、実際、ロードバイクで走っている方もちらほら見かけた。観光も移動もここちよく、ゆったりとした休日を過ごすにはぴったりの町である。

そして、どこの世話方の方も「うちの観音さまLOVE❤️❤️❤️見て見て❤️❤️❤️」なのがとても良かった。京都奈良の寺院だと、入り口でお金を払ったらあとは勝手に見てください方式だけど、今回巡ったところはどこも案内の方が丁寧に説明しながら見せてくださった。こういう案内ってある意味煩わしい場合もあるんだけど、どこの世話方さんも良い人で、押し付けがましくなく、しかしご自身の思い入れを含めて話してくださったので、楽しい時間を過ごすことができた。そしてどこも像にかなり近づかせてもらえるのもすごい(近くで見てくださいとめっちゃ勧められる)。世話方さんが一緒に拝観しながら「うちの観音さま、どこがいいのか!?」という細かいところまで説明してくださるのも良い。みなさんお寺の方(お坊さん等)ではなく近所の方で、観音さまラブ心で世話方をつとめられているようだった。世話方さんほとんどの方が観音さまデータにかなり詳しく、構造や技法などの美術的観点からのお話しもしやすかった。信仰の場だと美術的観点から仏像をじろじろ拝観するのを遠慮せざるを得ない状況もあるが、おそらくどの方も信仰というより親しみや愛着でもって観音さまを愛しておられる部分が大きいようで、その点において美術的観点から拝観するには回りやすかった。

いちばん印象に残ったのは黒田観音寺かなあ。厨子を開けていただいたとき、あまりの美しさに驚いた。こんなのどかな場所にこんな妖艶な仏さんがあるとは……不思議なことである。

しかしどこもゆったりと見られたのは本当にありがたいことである。京都の有名寺院などでは静かに拝観することはなかなか難しいが(拝観終了ギリギリ時間に行くなどの小細工を駆使しないといけない)、この湖北のお寺はどこも心ゆくまで静かに拝観することができた。そして、自転車で風を切りながら眺める長浜ののどかな風景も素晴らしいものであった。ひたすらにだだっ広い田んぼや、緑と清流が薫る森の中の道が最高だった……。

仏像ブーム以来、上野の国立博物館等が奈良京都等、遠隔地の仏像を借り受けて展示を行うことがあり、湖北の観音さま方も東京出張されたことがあるそうだが、世話方さんたちは、もううちの観音さまはどこにも貸さないようにしようとみんなで話しているとおっしゃっていた。最近はお客さんが多く、観音さまが留守ではわざわざ遠方から拝観に来てくれた方に申し訳ないという思いがあるそうだ。それもあるけど、やっぱり仏像は元々安置されている場所で拝観するのがいいよね。今回、里の人たちが観音さま超ラブ❤️の湖北を訪ねて、その考えはいっそう強まった。

今回は回りきれなかったお寺や、また拝観したい仏像もあるので、折を見て湖北を再訪したいと思っている。

 

 

 

おまけ1 仏像サイクリング必須アイテム

同じように湖北の仏像をサイクリングで回りたいと思っている方へ。

琵琶湖周辺は公営のレンタルサイクルが充実しており、ほとんどの駅でレンタルサイクルを借りることが可能。また、別駅での乗り捨ても可能なので(その場合保証金は返金なし)、たとえば木ノ本駅で借りて高月駅で返すということもできるようだ。私は木ノ本駅スタート&ゴールにしたが、別駅返却ができるのはありがたい。
レンタルサイクル取扱場所・料金など、詳しくはhttps://pluscycle.shiga.jp/rental/をご確認いただきたい。

自転車でお寺をめぐるにあたって持参が必要だなと思ったアイテムは、スマホ(googlemapアプリ)、モバイルバッテリー、そしてできれば自転車にスマホをマウントするホルダー。自分が設計したルートでは田んぼのあぜ道や用水路脇の道など、よそ者にはかなりわかりづらい道を通る必要がある。また、複雑な未舗装の農道を走らなくては行けない場合や、工事等の通行止めによって迂回路を通らねばならず謎の道を駆使しなければならない場合も多いため(今回の旅行では後日行った豊島でも同じ目に遭った)、予めルートを入れた地図アプリは必須。私はgooglemapのマイマップを使用した。かつ、地図を常時表示しているとかなりバッテリーを食うため、モバイルバッテリーは必須。できれば5000mAh以上あったほうが良いと思う。私はiPhone6使用でモバイルバッテリー6700mAhを持参し、行き帰りの電車でネットしたりしたのと合わせてほぼ消費した。それと、道が難しすぎて頻繁に地図を確認しなくてはならないので、できればスマホを自転車にマウントできるホルダーがあったほうが良いと思った。私はそこまで気がまわらず持っていかなかったので、自転車の前カゴにスマホを置いて時々チラ見確認というスタイルにしたがガタガタ道ではめちゃくちゃピョンピョンスマホが跳ねた。

長時間サイクリングをする上でひとつ注意しなくてはならないのは、木之本・高月近辺にはコンビニや自販機があまりないこと。特に夏場は、自販機を見つけたら飲み物を買っておいたほうがいいと思う。昼食を食べられるお店も少ないので、先にお店を調べておくか、長浜到着前に予め買っておいて持ち込むのが好ましい。現地で何か買うなら、国道8号線の高月近辺にはコンビニや大型スーパーがある。

 

 

 

おまけ2 予約制のお寺の拝観予約について

長浜市のお寺は、重文仏像を安置しているお寺でも無住のところが多く、事前に拝観予約が必要な場合が多々ある。予約の手順は以下の通り。

1. 担当の観光協会に電話する
観光案内ウェブサイトでは、各お寺で担当観光協会名が違っているが、実は電話番号は一緒で、同じところにつながる。観光協会に行きたいお寺の名前を知らせると、そのお寺の世話方さんの電話番号を教えてもらえる。

2. 世話方さんに電話する
観光協会から世話方さんの電話番号を聞いたら、自分で拝観の予約を取る。連絡先は個人のご自宅の場合が多い。私は希望日の5〜3日前の昼間に電話して、希望日と時間をお伝えした。こちらの連絡先は聞かれることはない(名前のみ聞かれる場合もある)。大丈夫か!?と思うが、個人情報保護等で聞かないようにされているのだろうか……。

3. 当日
到着前に連絡して〜♪と言われたところは、到着する少し前に電話したほうが良い。とはいえ、世話方さんは大抵早めに到着されてご準備いただいていることが多いようなので、早めに着いて電話しよ!という設計で回ると、電話する機会がなかったりもする。到着が遅れそうな場合は電話必須。

 

 

*1:学術的には准胝観音と推測される。

*2:あとで世話方さんに聞いたら実は道路に面した表口があるようで、私は近所の人が使う裏道を通ってきてしまったようだった。

*3:宿泊施設を併設しているようで、案内が充実しているようだった。

*4:近畿・四国周遊旅行の最中だったので、敦賀経由で舞鶴へ向かったのです