TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 5月東京公演『彦山権現誓助剣』国立劇場小劇場

彦山と毛谷村がどこにあるかわかってない私ですが、大阪公演に続き東京公演も観に行きました。

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第二部、『彦山権現誓助剣』。 

今回は床の間際の席にしたため、太夫の声・三味線の音の生感を味わえてとてもよかった。床の直下は三味線の音の聞こえが違って、奏者それぞれの個性を感じ取れる……気がする。やはりなんだか錦糸さんは音の感じがちょっと違う気がするんだよね。楽器自体の個性なのか、調弦等なのか、演奏なのかはわからないけど……。

須磨浦・三輪さんは、合唱になる部分でも一本調子にせず、末尾の伸ばしの部分にまで声の調子の上下に気を使って語っていたり、わずかな声の強弱やニュアンスづけを言葉単位で行っていることに気づいた。太夫の真ん前の席だと合唱部分でも個々人がどう語っているのか聞き分けられるので、それがよくわかった。単独で語っているところもお菊の可愛らしさがよく出ていて、嘆き悲しむ鳥のような、あるいはまるで本当に女性が喋っているような語りで本当によかったのだけれど、今回はそこが印象に残った。

瓢箪棚の奥、津駒太夫さんはホント良い。津駒さんの少ししわがれたような声が、瓢箪棚のあの暗く妖しい雰囲気にすごく合っている。この段って、心情を吐露するような登場人物もなく、いかにも文楽らしい聴かせどころがあるわけじゃないと思うけど、振り絞るようなお園の気持ちが感じられて、しみじみとよかった。

あとは杉坂墓所の奥、靖太夫さんがよかった。どこがどういいとはうまく言えないけど、「きょうの靖さん、なんだかいつもとチガウ……(☆o☆)」って感じだった。声の響かせ方や、男性ばかりの登場人物のちょっとしたニュアンスの差とか……、がんばっておられた。

そして毛谷村奥、千歳さん&富助さんは超安定の良さ。春のやわらかい日差しや空気を感じさせる義太夫。一音一音のディティールが細やかで、日常の時間の流れから切り離されて、ユッタリした気分になる。しかしお園が「エエ〜わっけもないわっけもない、ナンの家来の一人や二人、どうなとしたがよいわいなっ❤️」と六助に迫るところを語る千歳さんが完全に乙女になっていたのには笑った。語りばかりか語っている姿勢(?)が乙女。周囲のお客さんがあまりに爆笑してたからなんだと思ったら、みなさんクネクネしている千歳さんを見てたのね。というのは別にしても、お園の「トウの立った」可愛らしさ現金さがとても良かった。千歳さん&富助さんはこないだNHKラジオでも毛谷村やってたけど、あれも人形が見えるようでほんとよかった。

 

 

そして今回は本当、人形が生きているみたいでびっくりしました(小学生の感想)。

ことに京極内匠〈吉田玉志〉がよくて、人形が表情を変える様子など、本当に人間の役者が演じているようだった。首を左右に続けて2度振る演技で、1度目と2度目で振り方のニュアンスが違うとか(1度目はわずかに下弦を描くように降り、2度目は大きく下弦を描いて速度を落として振るなど)、話に夢中になる前傾姿勢の微妙な身の乗り出し方、単なる前のめりにならない、目を見開いて前方をぐいっと見るような胴と首との関係値とか。杉坂墓所で六助を騙す誠実めいた強いメリハリのある演技、それに対してばあさんが座る前に石の上に笠を乗せてやったり着物の裾を払ってやる優しげな動きの芝居めき方も良い。いずれ人間の役者ならよく見るテクニックだと思うが、人形でもそれをやっている人がいるんだな〜と思った。本当細かいところまで洗練されていて、彦山権現ってケレンに目がいく演目だと思うけど、そこに乗っからないでよく考えられ練られた演技でとてもよかった。しかし瓢箪棚の段の棚の上で戦う場面では棚の端ぎりぎりまで人形を寄せるなど*1、派手にすべき部分は抑えられていて、演目上のスリルはキープされているのがよかった。

須磨の浦のお菊〈吉田勘彌〉のかわいらしさ。前半の亡父への思いを語る部分、はっと倒れ伏して泣くところは木蓮の花のような柔らかでふっくらとした花びらが春風に揺られて落ちるよう。後半、京極内匠が現れ靡く演技をする直前の、すこし外側に体を向けて座り、それこそ人形のようにシラっとした冷めた表情はそれと対極的であった。斬られて傷口を抑えてうずくまる姿が色っぽくてよかった。あっ、京極内匠の裾めくりはよく見ないとめくっているとわからない控えめさになっていました。

あとは和生さんのお園の娘ぶりが爆上がりしていて驚いた。六助が父の決めた許嫁だと気づいて「…………////」とうっとりと見とれるところ。人形の目が急にぼ〜っとなって、白い顔がほのかに桃色に染まっているようなうっとりぶり。お園のまわりだけ時間の進み方が変わったようだった。しかし最後、裃姿に改めた六助の膝に手をついて「油断なされな、こちの人」と言う部分は2ヶ月目なせいか人形太夫ともにかなり堂に入ってきていて、初々しい新妻感というよりラブラブ夫婦の奥さんになってきていた。でも、あそこの演技、いいですよね。普通、人形って客席から顔が見えるようにするけど、あのときのお園はぐっと後ろを向いて六助の顔をじっと見ていて、六助以外の誰もお園の顔を見ることができないのが、二人の世界って感じ。そのあとに紅梅を手折って六助に挿してやるところで親に遠慮して抱きつかないことになっているが、その直前にあの演技があるのがいい。しかしそれにしてもお園のかしら、とても可愛い。何か特別なかしらなのかと思わされる優しくふんわりとした可愛さがある。おそらくかしら自体に特別な作りがあるわけではなく、普通に老女方のかしらに眉を引いただけのもので、あの不思議な可愛さは和生さんの演技によるものだと思うけど……。和生さんは客を惑わせてくるんで……。

六助〈吉田玉男〉。六助は何があっても動じず、悠々とした動きでゆったりと構えているが、一味斎が闇討ちにされたことを聞いた後は怒りと悲しみをあらわにして、豪傑らしい演技になる。しかしわりと可愛いところもあって、京極内匠との立ち合いのあと、ハチマキを取ってツインテール(?)の左右のフサフサ髪をナデナデして直しているのが猫みたいだった。それと弥三松を寝かしつけながら肘をついて虚無僧(に化けたお園)を見ているところも図体のデカさに似合わずなんだか可愛い。お園が化けた虚無僧を偽と見破れるのに、なんで京極内匠の孝行芝居に騙されてんねんという気立ての良さぶりが謎な六助だけど、なぜか納得いく人物像になっているのはさすが玉男様……。アホなわけではなく相当賢くてまともなのにあそこまでピュアネスという掴めなさは、濃い味付けをしてわかりやすくするという手法では捌けないと思う。個人的に戯画的な「わかりやすいキャラ」に飽きてきているので、こういう役を見るのは面白かった。たぶん、あの独自の池部良的な「ぬぼ〜」オーラがマキシマムプラスに働いているんだと思いますが……。

細かい部分でよかったのは六助のファンその1・栗右衛門役の紋秀さん。細かいところまで気を遣った演技でとてもよかった。その役回り通りのコメディ的な愛らしい動きで、ところてんのようにプルンプルン首を振るのが可愛い。ディズニーアニメに出てきそうな、くにゃっとしたような、コテンとしたような仕草が楽しい。『美女と野獣』を文楽化したら、ルミエールは紋秀さんだね……。あと、『アナと雪の女王』の雪だるま(名前忘れた。突然全身バラバラになるのが文楽めいてた野郎)。かしらの動きに人間離れした文楽らしい味があって良かった。

そして謎の小道具ギミックシリーズ。大阪ではあんなにブクブクしていた瓢箪棚の池のブクブクがブクブクしないようになっていて爆笑した。あのブクブク、明智光秀の亡霊やなかったんかい。京極内匠が池と喋っている人になっていた。いや、ブクブクしていてもブクブクと話している人なんだけど。それと六助の家の前にあるあのドラム缶みたいなやつ。石だったんですね。なんかこう、枯葉燃やす用の一斗缶的なものかと思っていた(江戸時代に一斗缶はない)。そして京極内匠が持っている蛙丸。やはりこれだけ刀のつくりがほかの人形の持っているものと違うよね。刃が薄くて、スラリと抜いたときのその輝きが桁違い。模造刀を使っているのだろうか。細かいところだが、お園の刀の折れた刃先が瓢箪棚のヘリに刺さったのにはびっくりした。折れて刺さったようにしか見えなかったけど、ヘリに押し当ててから折っているのかしらん。一瞬のことだったので驚いた。

 

 

 

太夫・三味線・人形すべてすばらしい舞台だった。第二部は配役がとても良い。とにかく玉志さん、津駒さん、千歳さん&富助さんがよかった。本当にすばらしい、文楽観た〜っっっ!!て感じのパフォーマンスだった。この面々で是非文楽を代表するような大作をやって欲しい。今後の文楽を観る楽しみが増したように思った。

そして、やっぱり、丁寧にやっている人は丁寧にやっているんだなと思った。4・5月は2ヶ月連続で同じ演目になるため、それがより顕著になっているように感じた。さすが2ヶ月目ともなれば、丁寧にやっている人は当然技芸が向上する。大阪の初日より明らかに良かった。私は東西で同じ演目を興行することには反対だが、個々の技芸の向上という点では意味があることだと思う。当たり前だが、うまい人はうまい理由があると思った。客席からはいろんなことが結構見えるように思う。おそらく、ある意味、出演者ご本人方が思っている以上に見えているのではないだろうか。

 

 

 

 

今回の5月公演第二部では「アフター6 BUNRAKU」という特殊な当日券施策が行われている。予約で正規チケットも購入しているが、せっかくなのでこのアフター6に行ってみた。

「アフター6 BUNRAKU」チケットは、後半パート、18:35開演の杉坂墓所の段+毛谷村六助住家の段を4,000円で観られるというもの。指定日の5時30分から劇場のチケットカウンターのみで販売され、席は選べず一等席のいずれかの席に配席される。私が行った回だと元々席がかなり埋まっていたため、配席されたのは限りなく二等席に近い一等席だった。前列が空いていたとしても、極端な下手・上手等のような好みが出る席にはならないようになっているらしい。配席は決済・チケット発行後までわからない。6時05分の長休憩から入場可能。

一見、幕見席のような施策に感じられるが、安売りはしない正当な料金設定となっていて、また、実質毛谷村を聴くチケットになっているので、何度も観に行くようなかなりの玄人向けの施策、あるいは開演時間に間に合わず日によって都合のつく・つかないが事前にわからない勤め人向けの施策な気がする。私は後者なのでこのチケット使えるのはありがたいが、時間に余裕がある人は普通に正規料金で席を選んだ上で須磨浦か瓢箪棚から入ったほうが楽しいと思いました(素直すぎる意見)。

今後も空席がある場合はこの施策をするのだろうけど、仮にこれが菅原の半通しで出て、寺入り〜寺子屋が観られるのなら初めて文楽を観る人にもお勧めの超お得なチケットだと思う(その番組編成だと空席は出づらいと思うが)。というか、今回第二部に空席があるのは東西で同じ演目しかも地味なのを打っているからだと思う。出演者の技芸はぶっちゃけ第一部以上に秀でているのに大変にもったいない。せめて配役を東西でシャッフルしたり、若い技芸員さんにいい配役を回すならいいけど、してないし。制作の負担は私は客なんで知りません。技芸の保持や上演可能演目保持に意欲がないプログラム編成としか感じられない。同じプログラムやるならまず『義経千本桜』の通し上演を東西でやってくれ。

そんなこんなで初めて文楽観たときぶりに後列から見たけど、やっぱり後列から見てもうまい人はうまい。と思った。(突然の当たり前結論)

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ところで国立劇場インスタアカウントの人、玉志さん好きだよね。これは安全祈願に玉串を奉納する玉志さんの写真。「無」としか言いようのない玉志さんの表情が味わい深い。この次のページにある瓢箪棚に御幣を振る神主さんとその後ろにいる玉志さんの写真が最高で「あそこから飛び降りるのアナタですよっ!!!!」としか言えない「無」の表情の玉志さんが写っている。

 

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こちらは玉男様スペシャル。なんだかお園に迫られ慣れてきている六助。

 

 

4月 大阪公演の感想、あらすじ入り。

 

 

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*1:突然の批判ですが、瓢箪棚の上では京極内匠の左遣いはしゃがんで遣って欲しい。人形が這いつくばる姿勢になるので人形より位置が高くなっていて、客席から見るとかなり悪目立ちしている。他の人形遣いやお園の左遣いはしゃがんでいるので、やってください。