TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

能の予習に読む本 3シリーズ<初心者編>

能を見始めて2年。観に行く前の予習に、どんな本を参照したら良いかずっと困っていた。

初心者なのでまずは詞章の理解をしたいと思っていて、手探りでいろいろ調べてみたが(能の本ってほんといっぱいあるね)、『能を読む』『新編 日本古典文学全集』『謡曲大観』の3シリーズが良さそうであるとわかった。これらのシリーズには、原文、校注、現代語訳、装束・面や立ち居振る舞いが載っているのでニワトリ知性の私にでもわかりやすかった。今回の記事ではその3シリーズの特色を書きたい。

 

 

┃ 能を読む

全4巻/角川学芸出版/2013

能を読む(1) 翁と観阿弥  能の誕生 能を読む-2 世阿弥    神と修羅と恋 能を読む-3 元雅と禅竹  夢と死とエロス 能を読む-4 信光と世阿弥以後  異類とスペクタクル

初心者向け&舞台鑑賞向け。とりわけ上演前にさっと読むのに最適、すべての文章がきわめて平易なため、舞台鑑賞のおともに一番使いやすい。

とくに冒頭についた1ページ程度の小誌(作品解題)が丁寧でわかりやすく、大学1年生になって講義を受けている気分になる。詞章を読んだだけではわからないこと、たとえばどういう意図・時代背景でその曲が書かれているのかを手軽に知ることができる。

詞章ページは原文・現代語訳の二段組レイアウト。現代語訳が翻訳調でなく普通の文章のようななめらかな文体で書かれており、現代語訳単体でも違和感なく読める。現代語訳を読んでから原文に取り掛かる場合や現代語訳だけ知りたい場合に大変わかりやすい。注釈は末尾にまとめて掲載する方式で参照が面倒だが、初心者にわかる程度の内容にとどめられていて、注釈が高次元すぎて注釈の意味を別の辞書で引きその意味がわからなくてまた辞書をという無間地獄が発生しない(良くも悪くも)。しかしながら掛言葉は本文中にルビ(ふりがな)のように振られているので、中二病的においしいところは的確に摂取できる仕様。

本書は謡曲の詞章解説書というより能楽文化自体の初心者向け解説書のため、末尾に編者(研究者・文化人)による論考や能楽諸派の著名人との対談が掲載されている。このうち能楽師のインタビューは観能の上で大変参考になる。たとえば、ある曲でシテの役者が一番大切にしているのはどこなのか、など。おもしろかったのは4巻の大槻文藏さん(観世流)、友枝昭世さん(喜多流)の話。まだ全部読んでいないので、残りを読むのが楽しみ。そして、近刊なので最近の研究や意見が反映されているのも良いところか。

ただ、若干間違いが散見されるようだ。『朝長』のページに「平朝長」と表記があるとか……。これはやばすぎるので私にも気づけたけど、こういうトラップがあると初心者はかなり困る。『朝長』だけでもほかにひとつ誤りだろうと教えていただいた箇所があるし、少々つくりが甘いのかも。

有名曲を抜粋した廉価版として『能楽名作選』上下巻が刊行されている。こちらは校注がないのが残念だが、サイズ小さめ&ソフトカバー&軽量で能楽堂へ持っていくのに便利。Kindke版もあり。

 ┃掲載内容┃
舞台写真│あらすじ│小誌(カテゴリ、作者、成立年代、成立背景、特徴、出典など)│原文+現代語訳│校注│流儀による相違

┃その他の特徴┃
原文・現代語訳は場面ごとに区切ってあり、場面の冒頭に概要・面・装束・簡単な立ち居の解説付き
狂言の詞章掲載なし、概要のみ掲載
掛詞は本文中にルビ形式で併記

┃収録曲数┃
128曲

┃備考┃
廉価版にあたる『能楽名作選』はKADOKAWAより発行、校注類はなし(掛詞のみ表記あり)、全59曲

能楽名作選 上 原文・現代語訳 能楽名作選 下 原文・現代語訳

 

┃ 新編 日本古典文学全集 58〜59 謡曲集(1)〜(2)

全2巻/校注・訳=小山弘志、佐藤喜久雄、佐藤健一郎/小学館/1997-1998

新編日本古典文学全集 (58) 謡曲集 (1) 新編日本古典文学全集 (59) 謡曲集 (2)

個人的にはこれが一番使いやすいと思う。詳細な校注付きで観能の予習のみならず古文の勉強(?)に最適。

古典文学全集の一部なだけあって、詞章そのものをジックリ読みたい人向けに丁寧に作られている印象。校注・原文・現代語訳を三段組にしたレイアウト&スミ・朱の2色刷りの見易い仕様がありがたい。校注がかなり細かく、掛詞・序詞・縁語から和歌・古典等の引用部分、能楽には欠かせない仏教用語まで懇切丁寧に解説されている。ありがたかったのは、一見誰にでもわかりそうな「〇〇さす」という部分に注釈がついていて、「軍記物では使役の助動詞“さす”を受身の代わりに用いる場合がある」とあるなど、文法の解説もある点。古典の知識がない自分には勉強になる。現代語訳も真面目で、たとえば掛言葉の部分は二重に訳されていたりと『能を読む』に比べるとかなり厳密である。率直に言うと直訳すぎて読みづらいとも言えるが……。訳文としては正しいが、日常の日本語としてはそういう言い回しはしないという文があったりする。あくまで原文を読んでからの答え合わせ用という感じ。

詞章をジックリ読みたい人向けと書いたが、上演にあたって出演者がどういう動きをしているかの所作解説が詞章文中に差し挟まれている。その点、視覚的なイメージわいて良かった。

このシリーズは多くの図書館が所蔵しており、手に取りやすいのもありがたい。原文の行間がかなり開いたゆとりあるレイアウトは、コピーしたときに行間へメモを書き込みやすく、自分で調べたことを転記するのに便利だった。ただし判型が菊判のため、見開きをA4横でコピーしようとするとおさまりきらず最下部に掲載されている現代語訳が切れやすいので、コピーするときは十分ご注意ください(失敗した人)。

いままで古典文学全集って応接間の飾り用か特殊な人向けだと思っていたが、古典芸能を観るようになってその恩恵をひしひしと感じている。こういう本って本当に万人向けに出版されているんですね。いとありがたし……🙏
┃掲載内容┃
舞台写真│基礎情報(作者、梗概、登場人物・面・装束、底本、上演流儀・太鼓有無などの備考)│校注+原文+現代語訳

┃その他の特徴┃
本文中に立ち居の情報あり
狂言の原文・校注掲載あり(現代語訳はなし)
流儀による相違は校注にあり

┃収録曲数┃
81曲

┃備考┃
全集全体では88巻あるうち、謡曲は全2巻

 

 

謡曲大観

全7巻/明治書院/著=佐成謙太郎/1930-1931

謡曲大観 (第1巻)

現行曲すべてが収録された最後の手段。これさえあればなんとかなる。

校注・原文・現代語訳を三段組にしたレイアウトで読みやすい仕様。ただ、1930年に出版されたものを増刷し続けているようで、文章が旧字旧かななのが激渋。が、文章そのものは平易なので、見た目に反して読みづらくはない。訳文の言い回しがおじいちゃん風の若干渋めなのは可愛くて味がある。戦前生まれの一人称「ぼく」の上品なおじいちゃんが書いたって感じ。校注は適度に簡潔で情報を盛り込みすぎておらず、シンプルでわかりやすい。そんな本文解説に反して(?)、梗概に記された批評が容赦なく辛辣なのはちょっとうける。まるでジブリ時空でおじいちゃん先生の講義を受けているかのような気分になれる、そんな読後感がある本。

作品基礎情報などは現在研究が進んで否定されている説もあるようなので、そのあたりは近刊の能楽解説書と併読するのが良さそう。

どんな曲でも載っていて大変便利な本ではあるが、所蔵している図書館が少ないのが難。

┃掲載内容┃
かわいい舞台イラスト│上演流儀、カテゴリ、登場人物・面・装束、舞台、時代設定、作者、梗概、出典(伊勢物語平家物語を題材としているものなど、該当箇所の原文引用で超便利)、概評│校注+原文+現代語訳│流儀による相違、古謡本との相違、付記(校注で補いきれない詳細情報)

┃掲載内容┃
本文中に面・装束・立ち居の情報あり
狂言の原文・校注掲載あり(現代語訳はなし)

┃収録曲数┃
292曲

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