TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 トークイベント:吉田玉男「『生写朝顔話』&近況について」文楽座話会

文楽座話会」はNPO法人人形浄瑠璃文楽座主催のトークイベント。「文楽座学」とは異なり、ホスト技芸員個人の芸談等が中心。以前、燕三さんの回に行ったときは燕三さんの弾き語りの会と化していたが*1、サテ、今回の玉男さんの話は一体どうなるのか……?

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┃ 宮城阿曾次郎の役について

  • (傍に置いた阿曾次郎の人形に目をやって)横に人形があると話せる……。
  • 宮城阿曾次郎は、遣っていて自分でも気持ちが良い。先代がよく遣っていた役。なんというかじっとしている役で、師匠は手数も使わない。いつもじっとしてるという気持ちで遣っていた。自分も足、左で遣っていて、その気持ちがわかった。
  • 阿曾次郎は動かない役だが、今日は暑くて……、目に汗が入って……、つらい……。目をぱちくりしてたと思うんですけど……(きゅっと目をつぶる仕草)。
  • 宿屋ではこう……、深雪がかわいそうだと思って遣っています……。深雪は目が見えなくて……、でも駒沢は名乗れなくて……、いい役やと思って遣っています……。お客さんには「名乗ればいいのに!」とよく言われる……。深雪は色々苦労があって……、輪抜吉兵衛に売り飛ばされて……、側にいて手を出したいけど……、ねえねえ。別れる芝居(話)で……、なんていうかこう……。最後の最後は……、会えるみたいですね……(注:最後の道行、「帰り咲吾妻の路草」のことらしい)
  • 駒沢のお兄さんが出る芝居(話)がある。駒沢が徳右衛門に渡す目薬はその兄貴=春次が中国から持ち帰ってきたもの。それは「麻耶岳の段」でわかる。通し狂言だと、そういうのが朝から晩まで続いてるんです。

 

┃ 笑い薬ではひたすらじ〜〜っとしている

  • 笑い薬の段では駒沢は動かないし、セリフもなくてつらい……。こないだ、祐仙(勘十郎さん)の左遣いが茶碗を取り落としてパリーーーンと割ってしまって……、びっくりしました……。ちょっと笑ったりしました……。
  • (司会からお客さんは演出だと思って大笑いしていましたねと振られ)簑助師匠が祐仙役を演じるときは、わざと茶碗を割る仕掛けを作っていた。拭いているうちに茶碗が割れるというもの。割ると、もういっこ用意してあった茶碗を茶箱から取り出す。そういうことをしているので簑助師匠はお茶を点てる演技が長くて、うちの師匠が「長い〜〜〜〜〜!!!!!!」と言っていた。
  • 駒沢役はそのお茶を点てるところをじ〜っと見て……、笑い転げているところを見て……、ほんとしんどいです……(心の底から大変そうに)。ずっとじっとしていなくてはならないので、左遣い、足遣いがつらい……。今回足は玉征、左は玉佳が遣っている。玉征はからだが大きいから大変……。足遣いがちょっとでも動くと「ん〜〜〜」(と腰をひねる仕草をして、動くなと指示する)。
  • ぼくの左はずっと玉佳、足は玉路か玉征。足遣いは体格で変えている。時代物の大きい人形のときは体の大きながっちりした子をつけている。そうでないと、「足に負ける」。大きな人形の足を安定してしっかり持って、がっちり遣えない(大型の人形の座り姿勢の足を持つ仕草)。いまは主に玉路にいかせている。世話物の二枚目は、(小柄な)玉延か玉峻にいかせている。

 

┃ 近松の男と世話物・時代物の違いについて

  • 最近は、近松物、『曾根崎』の徳兵衛、『冥途の飛脚』の忠兵衛の役を頂いている。時代物と比べ、世話物では様々な所作が必要になる。時代物は型が決まっているのである意味やりやすいが、近松になるとセリフが多く、ことばが多いと遣いにくい。世話物はサラサラと流れるように遣わなくてはならない。近松の男はナヨナヨして……、それがまあ……、上方の着流しの良いところやけど……。
  • 今年の2月東京公演では、忠兵衛と徳兵衛やらしてもらいましたけど、普通はこのように似たような世話物を続けて遣うということはない。通常なら「俊寛と忠兵衛」など、時代物が間に挟まれるので気分転換になるが、あれはちょっとしんどかったなあと……。時代物になると、人形が大きくて、大きく遣えるが、世話物だとダラっと長くなる。力を抜いて遣うのもそれはそれで苦労がある。どちらが好きか? 時代物のほうが好きかな……。でも、色々やってみたい……////

 

┃ 「玉男」の名跡について

  • 「玉男」の名前には、先代のイメージがあって、それが大きい。お客さんから「玉男さん」と呼ばれると、「ハイ❤️」となるが、ちょっと(ぴんと)こないときもある。先代の名前を継がせてもらうのは大きいことだと思う。
  • 「玉男」での駒沢、忠兵衛、徳兵衛、そしてつぎの大阪公演の加藤正清、半兵衛は「初役」。半兵衛は本当に初役で、ずっとやってみたいと思っていた。半兵衛は勘十郎さんとやります。大阪に来てください……。チケットありますので……(発売してないうちから売れ残り前提で話してしまう玉男様……😭)

 

┃ 女方配役と師匠の導きについて

  • 5月東京公演『加賀見山旧錦絵』での岩藤役は照れ臭かったですね……。立役でずっとやってきているので、お稽古から照れた。色気と品がないと大奥の女方の芝居はできない。「遣う」まではいかないが、この色気と品を出すのが難しかった。
  • 草履打ちは華やかな鶴ヶ岡八幡宮が舞台。ぼくが和生さん(尾上)をいじめる役。師匠が尾上を遣ったとき、2回くらい左に入ったことがあり、そのとき岩藤がどうやっているのかを見ていた。
  • この岩藤や先代萩の八汐は歌舞伎でも立役が演じる役。仁左衛門さんや吉右衛門さんがものすごいいじめるでしょ……。ぼくはこういう役しかできない。師匠は尾上を遣っていたが、自分には絶対できない……、遣えないと思います……。
  • (司会から今回の岩藤役もかなり悩んだと聞いていますがと振られ)10年前に大阪公演で遣ったときは、尾上役の紋壽兄さんから「もっといじめないかん」と言われた。今回はもっといじめたと思う。ああいうのはおもいっきりやらないと面白くない。お初役の勘十郎さんもかなりきつく叩いてました(びっくりした仕草、勘十郎さんも負けじとやり返してきたという意味か)。このときばかりはと……首筋をつかんで……ふだんはそんなことできませんから……(笑)。そういう役のときは楽しまないと……。大げさに「憎いな」「すごいな」と思っていただければ……。
  • 他に女方をやることはない。お七を一度遣ったことがあるが……(突然の仰天告白)。いろんな事情があって、お七と、『傾城阿波の鳴門』と、お園のサワリをイベントでちょっと遣わせてもらった。できなくはないんですけど……、照れ臭い。自分でも笑ってしまいそうになる。立役も女方も両方とも若い頃から遣っていればよかったが……。二十代では下女や遊女(『冥途の飛脚』の鳴戸瀬など)を遣わせてもらったが、三十代から人形遣いとしての方向が決まる。そのとき、「玉女は立役やな」と師匠が気づいてくれて……。(ぼくの遣う)女方の足が不器用やったから……(そう考えてくれだんだと思う)。
  • 勘十郎さんは本当に器用な人。ぼくは本当不器用やから……、もっともっと勉強したらできると……(思って頑張って修行を続けてきた)。師匠も「ぼくも不器用やったんやで」(←ものすご〜く優しい口調)と言っていた……。師匠から教えてもらい、注意を受け、だんだんできるようになってきたんかなあ……と思う……。
  • ぼくは今年で芸歴50年。勘十郎さんと和生さんも50年。勘十郎さんとは同い年で、勘十郎さんは3月生まれ、ぼくは10月生まれ。和生さんはちょっと年上です。

 

┃ 質疑応答

  • (『玉藻前曦袂』の金藤次の役について、気をつけているところ、どういう気持ちで遣っているか?)金藤次はあとの話に繋がる重要な役。道春館を上使として訪ね、そこで首を斬らなければいけない娘の片方がむかし生き別れた実の娘だったというのはいかにも芝居らしいが、即座に気づいた演技をしてしまうとお客さんに違和感を抱かせるので、すぐ変えたりしないようにしている。(このあと長々語り出そうとして、司会者にもう出番ですから!と打ち切られる)
  • (第一部の『生写朝顔話』ではなぜ白い着付なのか?)夏場の公演、夏らしい狂言は劇場からの依頼(指定)で白い着付を着る。でも、勘十郎さんや簑助師匠など、主役級の人は薄茶など、すこし色がついた良い着付を着る。若い人は化繊というか、ナイロンでできたみたいな真っ白な着付。これは出遣いが終わるとすぐ黒衣に着替えないといけないので、あまり良い着物を着ても意味がないから。(このあと長々語り出そうとして、司会者にもう出番ですから!と再び打ち切られる)

 

最後は阿曾次郎の人形をご自分で抱えて颯爽と去っていた玉男様(お弟子さん全員出演中のため自力回収)。ご出演のあいまでのトークイベントだったため、実際のお話は30分程度だったが、ニコニコしながらささやくようにお話しされる玉男さんのふんわり優しい空気感に会場全体がほわん……となった。舞台での勇壮さや覇気、ご自身の外見上からは玉男さんって武骨なかんじの方かなと思っていたけど、お話ぶりはとっても柔和、飾り気なく自然体で、ほんわか……しておられる。とっても癒し系で、舞台のお姿とオフとは真逆なんですね。玉男さんがいままでに見た中でMAX笑顔だったのも良かった。お孫さんでも生まれたのでしょうかというすごい笑顔だったが、会場に来ている方に心安い方が多かったのかしらん。とてもリラックスしてほわわん……とお話しされていた。

「玉男」という名前をとても大切にされているご様子が印象的だった。玉男という名前であらためて演じる役ひとつひとつを大切に思われているさまからは、お師匠様を本当に敬愛されていたんだなということが伝わってきた。そしてお若い頃お師匠様からかけられたという「ぼくも不器用やったんやで」ということばは玉男さんの中でとても大切なことばだったのだと思う。

 

最後に。トップに貼っている画像の写真は、お土産としてもらった渡邉肇さん撮影の舞台写真、玉男さんのサイン入り。これ、5月の赤坂文楽のときのものかな。白く輝くような知盛の人形の写りはすっごく良いんだけど、肝心の(?)玉男様がめっちゃ見切れてて、受付で受け取ったとき笑った。でも、「渡邉肇さん撮影の玉男様舞台写真、サイン入り」って、私がかねてより「欲しい〜!!!!!」と思っていたものなので、とてもとても嬉しかったです!!!!!

 

 

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*1:仮名手本忠臣蔵』の判官切腹をちょっとづつ弾き語りしながら詞章や弾き方のポイントを燕三さんが説明していくという外部運営ではまずありえないすごい回だった。燕三さんの弟子になった気分になれました……。燕三さんもとても自然体な方でした。