TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 7・8月大阪公演『夏祭浪花鑑』国立文楽劇場

大阪、暑い……。暑すぎる……。 

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夏祭浪花鑑。昨年の鑑賞教室で観たときは団七=玉男さん、義平次=勘十郎さん、三婦=和生さんだった*1。今回の団七は勘十郎さん。何よりの注目は簑助さんがお辰役で出演されることだった。可憐イメージの簑助様が俠客の女房役とは? そして義平次役が老獪ジジイ役をやらせたら右に出る者はいない玉也さん(※個人の意見です)というのも楽しみな、夏休み公演第3部に行ってきた。

 

 

住吉鳥居の段。ここは鑑賞教室では出なかった部分。ステージ中央には「碇床」の文字も雄渾鮮やかなる巨大な黄色い暖簾のかかった髪結い床の小屋が建ち、上手側奥には小さく鳥居が覗いている。

三婦(人形役割=吉田玉也)と彼に付き添われた団七の妻子、お梶(吉田一輔)と一松(桐竹勘昇)は、住吉神社前へ喧嘩の件で入牢していた団七の釈放を迎えにやって来る。三婦はお梶らを先に料理屋へ行かせ、自分だけで団七を待つことに。そこへ駕籠が現れ、客と駕籠かき(こっぱの権=吉田文哉、なまの八=桐竹紋秀)が言い争いをはじめる。たちの悪い駕籠かき二人は金を払え、ここで降りろと迫るが、客の男は約束の長町まで行ってほしい、着いた先で金を払うと返す。見かねた三婦が駕籠かきに金を与え保護したその男こそ、お梶から話を聞いていた磯之丞(吉田清五郎)だった。三婦は後のことは団七がうまくやってくれるだろうと言って磯之丞を料理屋へ行かせる。
やがて役人が現れ、団七(桐竹勘十郎)が釈放される。三婦は団七を労い、お梶と一松、そして磯之丞は料理屋で待たせてあると告げて団七を髪結い床へやらせ、自分は先に料理屋へと発っていった。
そこへ入れ違いに遊女・琴浦(桐竹紋臣)が現れる。琴浦は自分のために難儀に遭った磯之丞のあとを追って大坂へやって来たのだった。さらにその後を追って彼女に横恋慕する大鳥佐賀右衛門(吉田玉勢)が現れ琴浦を連れ去ろうしたが、髪結い床から出てきた団七に腕をひねり上げられ、しっぽを巻いて逃げていった。
さらにそこへ一寸徳兵衛(吉田幸助)が現れて琴浦を渡せと団七に迫るが、喧嘩の仲裁に入ったお梶に窘められる。実は徳兵衛はお梶に救われた過去があった。彼女からことのいきさつを聞いた徳兵衛は佐賀右衛門に雇われたことを悔いて心を一変させ、団七とともに磯之丞を守ることを決意する。二人は片袖を交換してその契りを交わすのだった。

数多くの登場人物が入れ替わり立ち替わり現れ、顔を揃える段。釈放されたばかりでは髪も髭も伸び放題で穢いなりの団七が、髪結い床から出てくると凛々しく涼やかな伊達男に変身しているのが見所(男シンデレラ)。琴浦も紋臣さんらしく平野耕太の好みのタイプっぽくて可愛らしい。しょうもなさすぎの駕籠かき二人、こっぱの権&なまの八がしょうもなさすぎて面白かった。名前からしてしょうもなさすぎて、良い。 でも人形遣いさんおふたり、文哉さん&紋秀さんは普通に頑張っておられた(当たり前だ)のがより一層味わい深くて良かった。

 

 

 

釣船三婦内の段。

三婦の自宅では女房・おつぎ(桐竹勘壽)が食事の支度をしている。焼いている魚がでかい。傍では磯之丞と琴浦が痴話喧嘩(暑い熱い暑い熱い暑い熱い暑い熱い)。その琴浦の「んもうっ!ぷんぷん!」という所作が可憐。二人とも妙にパタパタとうちわをあおぐ苛立った仕草も愛らしい。文楽ではお熱い二人がいるとき、その他の脇で控えてる人形がものすごい速度でうちわをあおぎはじめるのも可愛い。本作は夏ものの狂言だけあって、登場人物がみなうちわや扇子を持っており、そのあおぎ方で気分を表現しているのも見所。

あれやこれやしている間に三婦の家を訪ねてくるのは一寸徳兵衛の女房・お辰(吉田簑助)。水色の日傘を差した姿も涼しげに、黒い着物姿でゆったりと舞台へ現れる。おつぎはこれを機会とばかりに磯之丞をお辰へ預けようとするが、三婦が割って入って拒否。お辰は女だから舐めて預けてくれないのかと三婦に問うが、彼の言うその理由はお辰があまりに美しすぎるから。と言った瞬間のお辰の仕草が美しい。恥じらってなのか、三婦から顔をそむけ大きく身体をよじって下手に向いてうつむくのだ。三婦は本来なら預けたいところだが若い女に若い男を預けて何かあっては徳兵衛の顔も立たないと得々と説明するが、お辰は突然焼けた鉄弓*2を顔に当てて大きな火傷をつくり、これでも預けられないかと凄む。その所作もやはり簑助さん独特のもので、後ろ向きから身体を大きくよじって伸び上がるようにして三婦のほうに目をやる。人間には出来ない極端な姿勢だが、おそろしいほどに凄艶な、不思議な演技。このあと手鏡を覗き込み、心配する三婦らに応えて「なんのいな、わが手にしたこと、ホゝ、ホホ、オホゝゝゝゝ、オゝ恥かし」とうち微笑んで顔を隠す色っぽさと底知れない侠女のおそろしさ。簑助さんは昨年観た『艶容女舞衣』の三勝の悲しげな色気も素晴らしかったが、このお辰の一線を超えた色気も美しい。

人形遣いの芸って普段ぼーっと見ているぶんには上手い下手の区別がよくわからないが、やはりあきらかに上手い人というのは全然違っている。そういう人が出てくると舞台の雰囲気が一変し、そこだけ突然この世の解像度が急激に上がって、目が釘付けになる。特殊な演技だけでなく、動作と動作の間にまで心が配られていて、歩くとか座るとかの普通の演技のちょっとした見え方も全然違うので本当に驚く。そして人形の見た目以上の印象や雰囲気を演技によって作り出せるかという点も上手い人はやはり全然違っているなと感じる、今日この頃である。

しかし三婦が何故お辰に磯之丞を預けることをかなり渋ったのかよくわからなかったが、文化デジタルライブラリーで『夏祭浪花鑑』の全段解説を読んでわかった(絵本太功記・夏祭浪花鑑|文化デジタルライブラリー)。磯之丞、クソすぎるだろ……。もう前の段で心中しとけや……。もしも間違いがあってはというのは、かわいい若様に何か間違いがあってはと単純に心配したんじゃなくて、磯之丞の手癖が悪いということか。確かに前科持ちは普通には預けられない、三婦の言うことも道理である。

最後、おつぎから琴浦を義平次に預けたと聞かされた団七は慌ててそのあとを追うのだが、その速さがはんぱなくてちょっと笑った。走る距離が短いので一瞬しか見えないのだが、立役ではいままでに見たことないくらいのすごい速さだった。

この段の奥は床も千歳さん&富助さんで充実。若干千歳さんの声が枯れかけなのが残念だったけど(千穐楽近い日程で行ったので……)、ゆったりと浄瑠璃を楽しむことができた。

ところでこの段の冒頭、三婦は右耳から数珠を垂らしているが、これは耳に数珠をかけているということ? 戒めを破るくだりは浄瑠璃では数珠を千切ることになっているが、さすがに毎日千切れないからか後ろへ放り投げることになっているのが惜しい。三婦役の玉輝さんは今となっては気のいいおじいちゃんだけど昔はやんちゃだった絶妙な親しみやすさ(?)が出ていて良かった。 

 

 

 

長町裏の段。高津宮の祭りの喧騒から遠く離れた、暗くうら寂しい長町裏の井戸端に義平次と駕籠が現れる。そこへ団七がやっと追いついてくるが。

津駒さんの語る義平次が気色悪すぎて、滅多斬りにされる前から化け物だった。団七に媚びへつらう口調、ガラスを引っ掻くがごとき神経を逆撫でする下品な猫なで声ぶりに感動してしまった。歯が抜け落ちだらしなく開いた、ぬたぬたした赤い口元が見えるよう。今思い出しただけでゾッとする。語りによる人物造形力に驚き。

人形の勘十郎さんの団七、玉也さんの義平次はナイスな配役。人形だけで演技し続ける部分の多い演目にぴったりだと思う。義平次は一般市民の爺さんなだけあって人形も小柄で、背筋をしゃんともせず、体をかがめるようにしてちょこちょこ歩いているのもいかにもといった風情。昨年の鑑賞教室の勘十郎さんで義平次を見たときは婿さんに甘えかかるウザ可愛いジジイという感じで、長町裏でも無駄に団七に甘えるように肩をドンドンぶつけたり(玉男さんの団七はひたすら静止……)、股間をわざとらしくパタパタしたりと可愛いらしかった。しかし今回は語りもあってピュアネスにまじキモい妖怪ジジイになっていた。

ウザく団七に纏わりつく義平次だったが、もみ合ううちに団七の脇差で耳を切ったところで「人殺し〜!!!」と大騒ぎをはじめ、口をふさがれてもまだわめくので、団七に本当に斬りつけられてしまう。仄暗い闇の中、大蛇のようにうねる団七の裸身、いくら斬られてもしぶとく団七に纏わりつく化け物めいた義平次の姿。お二人とも演技の手数の多い役でもそのつなぎが綺麗でスマートなので見栄えして格好良い人だけど、二人ペアならより一層。千穐楽の近い日に行ったこともあって息も合っている。勘十郎さんはやっぱり一線を超えた人の役がよく似合う。ご本人的には狐の役、死にかけの役(切腹する役)に凝っておられるとのことだが、個人的にはお三輪、八重垣姫、福岡貢のような鬼気迫る常軌を逸した役が一番の当たり役のように思う。常軌を逸する前と後の演じ分けもあって、劇場の雰囲気もそれに従って一変する。団七は当初は義平次を立てて婿さんに徹しまともげな感じで、何故こんなちゃんとできるのに元々はだらしない生活をしていたのか?こんだけまともならちゃんと堅気でやっていけるのでは?と思うのだが、後半で成る程これは堅気ではやってはいけまいとわからせる芝居だった。

 

 

 

次第に高まるお囃子の音色やクライマックスで突然舞台に現れる宵宮のお神輿など、季節感ある高揚を感じる面白い構成の狂言だった。勘十郎さん&玉也さんのスピード感あるスタイリッシュな立ち回りは古典芸能ということを忘れさせる洗練を感じる。古典芸能というものはつねに現代的であり、新鮮なものであると改めて感じた。

それにしても、やはり人形の配役ってとても重要で、ペア役は技量が拮抗しているか、慣れた人同士でないとどうにもペア役に見えづらいなと思った。若い人同士ならそれはそれで良いのだが、技量に差がついたペアだとどうしても上手いほうの人が気を使っていたり、リードしていたりするがわかる。特によくわかるのが演技の速度とテンポ、これがぜんぜん違う。これは芝居の盛り上がりに直結する。上手い人と中堅以下を組み合わせて、これからがんばって成長してねというのはよくわかるけど、客の立場としてはやっぱり上手い人同士のペアで観るのが一番盛り上がるので、良い配役のときによーく観ておこうと思う。

 

 

 

おまけ

開演前にちょっと寄り道。長町裏には高津神社の宵宮が登場するということで、高津宮へ行ってきた。高津宮は文楽劇場からは10分かからないくらいの場所にある。周囲から小高くなった丘の上にあり、長い参道を登っていくと本殿前に着く。

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高津宮からほど近くに生國魂神社もある。

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当日は気温38℃と猛暑の大阪だったが、こういう気温の中、公演成功祈願等で紋付姿で人形持って参拝している人形遣いさんは本当に大変だと思った。60代とかの人のやることじゃない。

最後は劇場でもらったうちわでパタパタ涼んだ。フィルムセンター(国立近代美術館)や国立能楽堂は空調やる気なしだが、文楽劇場はちゃんと涼しくしてくれるのでありがたい。

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*1:ところで今年のながと近松文楽も演目夏祭だったそうですが、配役どうなっていたのか、どなたか教えてください……。勘十郎様が団七だったことはわかったんですが、玉男様は義平次だったんでしょうか……。

*2:ここでは魚の焼き串