TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹

文楽(人形浄瑠璃)と昭和の日本映画と麻雀漫画について書くブログ

文楽 6月大阪・文楽鑑賞教室/外国人向け公演 Discover BUNRAKU『二人禿』『仮名手本忠臣蔵』国立文楽劇場

観劇からだいぶ時間があいてしまったが、大阪の鑑賞教室に行ってきた。

文楽鑑賞教室は配役が4種ありどれを観に行くのか悩ましかったのだが、後半日程の午前の部・午後の部を観に行くことにした。このうち午後の部は「Discover BUNRAKU」と銘打たれた外国人向け公演で観ることにした。

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┃ Discover BUNRAKU(外国人向け英語解説公演)

外国人向け公演 Discover BUNRAKU。通常の鑑賞教室とは異なり、外部作家の構成による特殊プログラム。それは狂言師・茂山童司さんが太郎冠者となって文楽の世界を探検するというもので、太郎冠者の話す日本語での解説部分は狂言仕立て(狂言の台詞口調で話す)、続けてそれを英語に訳して話すという手順になっていた。通常の鑑賞教室のガイダンスでは太夫さんが司会をされているが、そのかわりに“太郎冠者”がナビゲーターとなって解説技芸員さんに質問を投げかけていく進行。デモンストレーションも通常とは少々異なり、通常通りに行う語り分け・弾き分け解説に加えて、童謡「どんぐりころころ」を義太夫節化することで太夫・三味線の語り分け・弾き分けを知ってもらうというものだった。

一番おもしろかったのは義太夫版「どんぐりころころ」(絵=細川貂々)。童謡の歌詞自体はそのままで節回しを義太夫節にして、三味線は通常のメロディを伴奏するのではなく文楽と同じように情景描写を演奏するというもので、出演は靖太夫さん&龍爾さん。どじょう、めっちゃデカかったですね〜。本公演で人形付けてやるならどじょう役はめっちゃデカい悪役の人形で、配役は文司さんでしょうね〜(顔で選びました、すみません)。そして前奏の不穏な旋律からすると、どじょうは絶っっっっっ対どんぐり坊やを突然刺して殺すと思いますわ〜。若君の身代わりにね〜。という感じで、前々からどじょうは不審者だろうと思っていたが、不審者感が極まって悪役になっていた。どじょうが女性のバージョン(少し年配の女中さん風?)も語り分けの一例として披露されていたが、私、どじょうはオスだと思う。*1

それと、三味線による出の弾き分け解説で龍爾さんがいつもなさっているキムタクと猪木のモノマネが外国人向け上演だからか世界レベルになっており、ジョニーデップとシュワちゃんになっていた。このなんともいえない「これなら文楽に来るようなご年配の方も知っているだろう」絶妙セレクト、さすがって感じで笑った。

 

本編『仮名手本忠臣蔵』は三段目と四段目の抜粋上演。これは字幕が英語というくらいで通常通りの公演。しかし人形の配役が塩谷判官=清十郎さん、由良助=玉也さんという本公演では絶対ありえない配役になっていた。チャレンジ精神に溢れているというか新兵器実験場というかだけど、珍しいものを見たという感じだった。正直、途中までは出演者に不安な面もあり大丈夫かいなという感じだったが、最後に出てくる由良助と顔世御前=紋臣さんで締まっていた。玉也さんの由良助は老練で落ち着いたシッカリ者感があった。仮名手本だと由良助は塩谷判官の切腹にギリ間に合うことになっているけど、実際のところは江戸時代にどうやって赤穂(兵庫県)から江戸へ1日で来られたのか不思議なはずなのだが(映画等だと間に合わない設定のものも多い)、万障繰り合わせてなんとかギリギリ間に合いましたっ!って感じだった。いかにもな国家老感あった。そして紋臣さんの顔世御前、上手のふすまがさっと開いて彼女が泣き崩れながらタタタタタと出てくると掃いたように場の雰囲気が変わったのがとても良かった。そこまでは義理立ての世界だけど、ぱっと情の世界へ切り替わる感じ。

それはともかく冒頭、前座的に上演する『二人禿』はチャレンジ精神ありすぎて正直大変なことになっていた。特にお人形さん。お若い方に頑張らせるのはよくわかるのだけど、お師匠様や兄弟子さん、もう少しなんとかさせてあげないと出ている方が可哀想に思う。頑張っているのはよくわかるのだけれど、鑑賞教室に来てるお客さん全員があの子らがピヨピヨのヒヨコちゃんだと知ってるわけじゃないんで、なかなかね……。

 

そんなこんなで英語を喋る太郎冠者、日本語解説部分は狂言状態、ジョニーデップ&シュワちゃん、何を振られてもびくともしない靖さんのまゆげ、絶対どんぐり坊やを殺すであろうどじょう、混沌とした配役の忠臣蔵と、盛りだくさんすぎて脳が情報を処理しきれなかった。

ただ、気になることもある。解説が狂言仕立てになっているという構成は面白いのだが、観客のうちで狂言を観たことがある人はどれくらいいるのだろうか。狂言というものがあるということをなんとなく知っている程度ではなく、観たことがある(太郎冠者がどういう役回りの人物なのか知っている等)前提の演出ですよね。おもしろいことをやりたいという意気はわかるけど、正直作り手の自己満足に寄っていると感じた。狂言文楽と同じくそこまでメジャーじゃない古典芸能だと思いますんで……(失礼)。語り方・話し方に特徴のある芸能を解説・被解説で並べると、狂言文楽も観たことがない人は、どれが狂言の演出でどれが文楽の演出なのか混乱するのではないかと思う。文楽劇場の外国人向け公演でこれをやるには検証が必要だと思う。

本来なら、英語などの外国語がネイティブ向けレベルで話せる技芸員さんが解説するのが良いのだろう。燕三さんとか本当は英語できるんじゃないんですか? どうなんだろ? お若い人形遣いさんでできる子がおられるとは聞いたが、ヒヨコちゃんなので鑑賞教室の解説に登場されるまではまだ時間がかかるだろうか。

 

↓ 入場者プレゼントのミニトート&クリアファイル。トートは高師直の切り絵、クリアファイルは昨年4月の『妹背山婦女庭訓』山の段。なぜ。でもうれしい。

なお、今年の無料配布パンフのあらすじまんがは細川貂々さんだった。かわいくのんびりした忠臣蔵で、緊迫感のなさがすごかった(褒めてます)。

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文楽鑑賞教室(通常公演)

ここからは通常の鑑賞教室公演。本当は津駒さんが出ている前半日程・午後の部が良かったのだが、その部の人形の配役(塩谷判官=和生さん、高師直=勘十郎さん、由良助=玉男さん)は昨年内子座で観たため、どうせなら観たことがなくてお気に入りの人が一番固まって出ている後半日程午前の部へ行くことにした。この回は塩谷判官=玉男さん、由良助=和生さんという豪華シャッフル配役なのである。

 

塩谷判官役の玉男さんがよかった。線が太い印象で、確かにその場限りの短気でいきなり人に斬りかかりそうな感じがあった。午後の部の清十郎さんはまあ抜いたはいいけど人を殺せはしまいという感じの青びょうたん若大名、忠臣蔵映画で浅野内匠頭を若めの美男俳優がやっていたりする、あの感じ。しかし玉男さんは高師直を一撃で殺しそうだった。なんでその剛毅ぶりで一太刀目で仕留められなかったのかなーというすごい勢いで高師直を追いかけており、そらみんな必死に止めますわなという迫力だった。しかしそこは高師直役の玉輝さんがシャーっと逃げていた。なんとかギリ助かった高師直、て感じ。玉男さんの人形は、重量感を感じて、良い。人形の中は空洞で、木と布でできた簡易なもののはずだが、肉のつまった人間の体重を感じる気迫がある。数百年の風雪に耐えうる白漆喰の壁や松の巨木のような雰囲気。

そしてもうおひとり良かったのは、和生さんの由良助。塩谷判官切腹の段でさっと広間に入ってくるときのあの雰囲気。いかにも切れ者の国家老という感じで、ものすごく品があり、ものすごく頭がよさそうだった(アホな褒め方ですみません)。これからストーリーが大きく動いていくことを感じさせる品格、場の雰囲気を掃き清めるようなうつくしい登場。和生さんが由良助役の全段通しを観てみたいなと思わされた。

同じ段、石堂右馬丞役で玉志さんが出ていたのも良かった。石堂右馬丞はまっとうな立派な心を持った使者という設定だそうで、入場してくるときの三味線の旋律がそれをあらわしているそうだ。それをなるほどねと思わせる品格ある石堂右馬丞であった。

そんな塩谷判官切腹の段の床は千歳さん&富助さんでこちらも大満足。配役が切り替わってすぐの日に行ったからか、千歳さんはがんばりがそのまま素直に声に反映されているような語りだった。

 

 

 

以上の観劇は2日に分けたが、続けて観ると出演者による見え方の違いが面白く感じられた。見え方の違いは配役やその組み合わせによって生まれるものだったりするだろう、回によってちょっとずつ雰囲気が違う。文楽は見せ方がストーリーそのものに即しているし、人形にしてもかしらは同じなので大ブレするわけではないのだが、太夫・三味線がつくる場の雰囲気や人形遣いの所作によってニュアンスが微妙に変わってくるように思う。今回はとくに間隔をおかず観ているので、それがより鮮明に思える。

明らかな違いでいうと、人形は細かい所作がやはり人によって違う。何かを意図してそうされているようだったり、あるいはその方の細かいこだわりでそうされているようだったり。たとえば鷺坂伴内が本蔵から賄賂(というかお小遣い?)を受け取るところの仕草とか。おのおのの方の工夫を感じて、面白かった。ネガティブな面での違いをいうなら、やはり慣れない配役で芝居が浄瑠璃とずれていたり(逆に太夫さんも不慣れでテンポがおかしいのかもしれないが)、芝居がかりすぎの人がいたりで、なかなか混沌としていた。

あと、上記では玉也さんと和生さんの由良助を国家老感ある!と褒めまくっているけど、普段由良助役をなさっている玉男様が国家老感ないわけじゃないですからそこんとこよろしくお願いします。玉男様の由良助は映画でいうと『赤穂城断絶』(東映大石内蔵助=萬屋錦之介)、和生様は『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(東宝、同=八代目松本幸四郎)、玉也さんは『大忠臣蔵』(松竹、同=二代目市川猿之助)もしくは『忠臣蔵』(大映、同=長谷川一夫)って感じ。ちなみに清十郎さんの塩谷判官は『サラリーマン忠臣蔵』(東宝、浅野卓巳社長=池部良)って感じ*2。由良助ではそこまで大きなブレは感じなかったが、塩谷判官は人形配役によって振れ幅が大きいなと感じた。

 

仮名手本忠臣蔵』の前半は鑑賞教室で小中学生が見るにはなかなか難しい話のように思われるが、ご来場の生徒さんたち一生懸命ご覧になっていたそうで、よかったーと思った。歌舞伎では国立劇場主催の鑑賞教室は夫婦愛等を描くような無難な演目を上演し、殺人・不倫・遊郭描写等のある出し物はしないと聞いたが文楽はやくざ、親殺し、女郎、心中、刃傷、切腹、なんでもありの自由にやっておられるようで、何よりだと思う。

 

 

 

*1:あと、勘十郎さんが何かのインタビューで「孫悟空はオスかメスかわからないが」と発言されていたが、私、孫悟空はオスだと思う。

*2:『サラリーマン忠臣蔵』、映画では珍しく仮名手本準拠のストーリー展開で、パロディものにも関わらず前後編構成でオールスターキャスト、脚本も凝っているので、みなさん是非ご覧になってみてください。